原野 広太郎(はらの こうたろう、1930年9月16日 - … 原野 広太郎(はらの こうたろう、1930年9月16日 - 1994年2月9日)は、日本の教育心理学者。
東京教育大学:400人
原野 広太郎(はらの こうたろう、1930年9月16日 - … 原野 広太郎(はらの こうたろう、1930年9月16日 - 1994年2月9日)は、日本の教育心理学者。
大野 清志(おおの きよし、1930年7月14日 - 200… 大野 清志(おおの きよし、1930年7月14日 - 2007年10月6日)は、日本の臨床心理学者。筑波大学名誉教授(1991年)。従四位瑞宝中綬章。 神奈川県生まれ。成瀬悟策(九州大学名誉教授)に師事し、東京教育大学の学生であった1951年に当時心理学科の助手であった成瀬悟策と月曜催眠研究会を立ち上げ、研究会の一員として林茂男(湘北短期大学教授)、高橋良幸(山形大学名誉教授)らと自律訓練法の日本での導入のための研究を行った。 2007年10月6日、大阪大学において日本催眠医学心理学会第53回大会の講演(教育講演Ⅱ:「面接技法におけるクライエントの自己関与について-自己コントロール法-」)を行っていたさなか、突然意識不明となり、午後7時過ぎに搬送先の大阪大学附属病院で息を引き取った。
岡田春馬(おかだ はるま、1930年3月27日-2007年(… 岡田春馬(おかだ はるま、1930年3月27日-2007年(?))は、日本の英米文学者、帝京大学名誉教授。 岐阜県出身。明治学院大学文学部英文科卒、1957年東京教育大学大学院修士課程修了。岩手大学助教授、大妻女子大学文学部教授、帝京大学文学部教授。帝京大学短期大学国際コミュニケーション学科科長を兼ねる。2005年定年退官、帝京大学名誉教授。専門分野は、現代英米短編小説と劇。
土屋 澄男(つちや すみお、1930年2月26日 - 201… 土屋 澄男(つちや すみお、1930年2月26日 - 2017年11月5日)は、日本の英語教育学者。 1952年東京高等師範学校英文科卒業(同校最後の卒業生)。1955年東京教育大学心理学科卒、東京都公立中学校教諭、東京教育大附属中学校教諭、茨城キリスト教大学教授、東京電機大学教授、文教大学教授を歴任し、2001年定年。1996-2000年語学教育研究所理事長、のち顧問。キリスト教徒。
菊川忠夫(きくかわ ただお、1930年2月7日- )は、日本… 菊川忠夫(きくかわ ただお、1930年2月7日- )は、日本の哲学研究者、神奈川工科大学名誉教授。 東京府(現杉並区)生まれ。1952年東京文理科大学卒、55年同大学院修士課程修了。米国オハイオ大学留学。1960年「現代功利主義論」で論争新人賞受賞。1965年東京都立九段高等学校教諭、幾徳工業高等専門学校助教授、78年教授、神奈川工科大学教授、2001年定年、名誉教授。
小林望(こばやし のぞむ、1930年2月6日 - )は、日本… 小林望(こばやし のぞむ、1930年2月6日 - )は、日本の気候学・地理学者。青山学院大学名誉教授。 大阪府生まれ。東京教育大学大学院修了、1969年「中緯度の大陸東岸及び西岸の上層気候学的研究」で理学博士。青山学院大学経営学部教授。
戸田 金一(とだ きんいち、1930年1月1日 - )は、日… 戸田 金一(とだ きんいち、1930年1月1日 - )は、日本の歴史学者・教育学者。秋田大学名誉教授。元聖園学園短期大学保育科教授。専門は近代日本教育史・教育学。 栃木県に生まれる。1953年、東京文理科大学教育学科卒業。秋田大学教授、八戸工業大学教授、聖園学園短期大学教授をへて、秋田大学名誉教授、教育学博士。1981年に秋田市文化賞、1994年に北方教育特別賞を受賞。かつて皇民化教育を批判的に研究していた。2008年秋の叙勲で、瑞宝中綬章を受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
亀井 浩明(かめい ひろあき、1930年 - )は、日本の教… 亀井 浩明(かめい ひろあき、1930年 - )は、日本の教育者・教育学者。帝京大学名誉教授。 群馬県生まれ。東京教育大学教育学部教育学科卒業。公立中学校・高等学校教諭を務めたのち、東京都教育委員会指導主事、同教育委員会高等学校教育指導課長、指導企画課長、指導部長をへて、帝京大学文学部教授、教育学科長、文学部長。2001年定年、名誉教授。日本連合教育会会長。
宮台 朝直(みやだい ともなお、1930年(昭和5年) - … 宮台 朝直(みやだい ともなお、1930年(昭和5年) - )は、日本の物理学者。理学博士(北海道大学)。専門は実験物理学。北海道大学名誉教授。元道都大学短期大学部学長。神奈川県出身。 1953年東京教育大学理学部物理学科卒業。日本電信電話公社電気通信研究所に入所。1962年(昭和37年)北海道大学理学部講師。1963年(昭和38年)同理学部助教授。1981年(昭和56年)同理学部教授。1993年北海道大学停年退官。同名誉教授。道都大学美術学部教授。1998年道都大学短期大学部学長に就任。2002年同学長退任。道都大学美術学部教授。2005年道都大学退職。 1962年 東京教育大学 理学博士 論文は「希土類・鉄・ガーネットの強磁性共鳴」。
森野 宗明(もりの むねあき、1930年(昭和5年) - 2… 森野 宗明(もりの むねあき、1930年(昭和5年) - 2022年(令和4年)[要出典])は、日本の国語学者、筑波大学名誉教授。 東京生まれ。1953年東京教育大学国文科卒、同大学院博士課程単位取得退学。金沢大学教養部助教授、1968年青山学院女子短期大学助教授、筑波大学教授、1994年定年退官、名誉教授。旺文社の大学受験ラジオ講座を担当した。
佐藤 三夫(さとう みつお、1929年11月2日 - )は、… 佐藤 三夫(さとう みつお、1929年11月2日 - )は、ルネッサンスの研究者、詩人、千葉大学名誉教授。 神奈川県生まれ。1954年東京教育大学哲学科卒、61年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1973-74年ローマ大学文学哲学部に学び、1984-85年パドヴァ大学文学哲学部に学ぶ。1977年「ユマニストとデカルトの時代における世界観形成の基本問題」で東京教育大学文学博士。1966年流通経済大学講師、67年助教授、72年教授、1983年千葉大学教育学部教授。95年定年退官、名誉教授。 『世界史』の受験参考書を書いている佐藤三夫は、ほぼ同年だが小石川高校の教諭を長く務めた別人である。
間 宏(はざま ひろし、1929年9月25日 - 2009年… 間 宏(はざま ひろし、1929年9月25日 - 2009年8月14日)は、日本の社会学者。文学博士(論文博士・1966年)(学位論文「日本労務管理史研究 経営家族主義の形成と展開」)。 神奈川県横浜市出身。東京教育大学卒、1958年同大学院産業社会学博士課程満期退学。1966年「日本労務管理史研究 経営家族主義の形成と展開」で文学博士の学位を取得。1958年東京教育大学文学部助手、1961年専任講師、1964年助教授、1976年早稲田大学文学部教授。2000年定年、名誉教授。1975年『イギリスの社会と労使関係』で日経・経済図書文化賞受賞。産業・労働社会学、経営史。
佐藤 泰正(さとう やすまさ、1929年8月29日 - 20… 佐藤 泰正(さとう やすまさ、1929年8月29日 - 2021年1月16日)は、日本の教育心理学者、筑波大学名誉教授。障害児教育が専門だが、速読術、野球などに関する一般書も多く著した。 東京生まれ。1952年東京文理科大学心理学科卒。東京教育大学講師、助教授、筑波大学心身障害系教授。82年「視覚障害児の読書速度に関する発達的研究」で筑波大学教育学博士。1993年定年退官、名誉教授。日本医療科学大学学長。2015年瑞宝中綬章受勲。 2021年1月16日、老衰のため、埼玉県川口市の自宅で死去。91歳没。死没日をもって正四位に叙される。
安西 廸夫(あんざい みちお、1929年〈昭和4年〉8月9日… 安西 廸夫(あんざい みちお、1929年〈昭和4年〉8月9日 - 1999年〈平成11年〉5月14日)は、日本の国文学者・国語教育学者。位階は正五位。 静岡県沼津市出身。1953年東京文理科大学国文科卒。東京都立高校教諭、東京成徳短期大学教授、上越教育大学教授、上越教育大学附属小学校長、上越教育大学附属図書館長、1995年定年退官、名誉教授、十文字学園女子大学教授。1999年、脳内出血のため死去。死没日付をもって正五位に叙された。
穐山 貞登(あきやま たかのり、1929年8月1日 - 20… 穐山 貞登(あきやま たかのり、1929年8月1日 - 2001年9月20日)は、日本の教育心理学者。東京工業大学名誉教授。 東京府生まれ。1954年東京教育大学教育学部心理学科卒業、1960年同大学院教育研究科博士課程満期退学、東京工業大学助手、1965年助教授、1974年教授、1976年「モーダル・パーソナリティーの社会心理学的研究」で東京教育大学より教育学博士の学位を取得。1990年東京工業大学退官、名誉教授、芝浦工業大学教授、2000年退職。財団法人たばこ総合研究センターの研究審議員、評議員、理事。 2001年9月20日、肝臓癌のため死去。
石原 静子(いしはら しずこ、1929年7月13日 - 20… 石原 静子(いしはら しずこ、1929年7月13日 - 2010年12月20日)は、日本の心理学者。 東京生まれ。奈良女子高等師範学校国文科、東京文理科大学心理学科を経て、東京教育大学大学院教育学研究科実験心理学専攻博士課程を修了した。1961年に「学習における禁止とインダクション」で文学博士(東京教育大学)を取得した。 1966年に和光大学人文学部助教授に、1968年に教授に就任し、人文学部長、一般教育委員長を務めた。2000年に定年退職し、名誉教授に就いた。2006年1月、学校法人和光学園理事長に就任した。 2010年12月20日、血胸のため死去。
中野 光(なかの あきら、1929年7月1日 - 2023年… 中野 光(なかの あきら、1929年7月1日 - 2023年5月12日)は、日本の教育学者。立教大学・中央大学教授を歴任。 愛知県生まれ。岡崎高等師範学校出身。1958年、東京文理科大学卒業。1954年から桐朋学園教員として中等部、初等部で教え、1959年に金沢大学助教授、のち和光大学助教授、教授、立教大学教授を経て、1990年に中央大学教授。2000年、定年退任。日本生活教育連盟委員長。2004年、ペスタロッチー教育賞受賞。
所 理喜夫(ところ りきお、1929年(昭和4年)5月1日 … 所 理喜夫(ところ りきお、1929年(昭和4年)5月1日 - 2016年)は、日本史学者、駒澤大学名誉教授。 茨城県結城郡石下町(現在の常総市)生まれ。茨城県立下妻中学校(現在の茨城県立下妻第一高等学校)、陸軍士官学校、東京高等師範学校から東京教育大学に編入、1955年同大学院修士課程を修了し、桐朋高等学校教諭に就任。1956年東京都立城北高等学校赤羽分校(後の赤羽商業高等学校)教諭、1970年駒澤大学文学部専任講師、1972年助教授、1978年教授、1989年文学部長、1996年から1998年までは図書館長を務めた。2000年駒澤大学を定年退任、名誉教授に就任した。 1977年「徳川権力体制完成過程の基礎的研究」で東京教育大学文学博士。
西沢 利栄(にしざわ としえ、1929年2月16日 - 没年… 西沢 利栄(にしざわ としえ、1929年2月16日 - 没年不詳)は、日本の気候学・地理学者、筑波大学名誉教授。 長野県長野市生まれ。東京教育大学卒、1961年同大学院理学研究科修士課程修了。1967年「日本における河川水の熱収支に関する研究」で理学博士。立教大学助教授、筑波大学教授、1992年定年退官、名誉教授、東京成徳大学教授、同附属図書館長。1993-99年PPG7国際諮問委員会委員。1993年、21世紀地球賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
平野 一郎(ひらの いちろう、1929年1月16日-2006… 平野 一郎(ひらの いちろう、1929年1月16日-2006年7月8日)は、日本の教育学者、愛知教育大学・名古屋外国語大学名誉教授。 三重県桑名市出身。1951年東京文理科大学教育学科卒、愛知学芸大学助教授、愛知教育大学教授。92年定年退官、名誉教授、名古屋外国語大学教授、2001年名誉教授。 ドイツ教育史が専門で、ヒトラーの『わが闘争』の訳者でもある。
隈部 直光(くまべ なおみつ、1929年 - )は、日本の英… 隈部 直光(くまべ なおみつ、1929年 - )は、日本の英語教育学者、大妻女子大学名誉教授。 東京都生まれ。東京教育大学大学院博士課程満期退学。語学教育研究所長を務めた。2002年まで大妻女子大教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
菅野 禮行(すがの ひろゆき、1929年 - 没年不明)は、… 菅野 禮行(すがの ひろゆき、1929年 - 没年不明)は、日本の漢文学者、静岡大学名誉教授。 福島県生まれ。東京教育大学卒、同大学院博士課程中退、和歌山大学助教授、静岡大学教授、1993年定年退官、名誉教授、東京成徳大学教授。 1988年筑波大学文学博士(論文の題は「平安初期の漢詩における中国文学の影響 」)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
磯貝 芳郎(いそがい よしろう、1929年 - 2013年9… 磯貝 芳郎(いそがい よしろう、1929年 - 2013年9月21日)は、日本の心理学者、東京学芸大学名誉教授。 東京生まれ。1951年、東京文理科大学 (旧制)心理学科卒業。1960年代に信濃教育会教育研究所専任所員を務め、その後、武蔵野美術大学教授、東京学芸大学教授を経て、明星大学教授となった。この間、東京学芸大学から名誉教授の称を受ける。 専門は、社会心理学、コミュニケーション心理学であるが、おもに児童を考察の対象とした児童心理学、教育心理学分野の論文も多く、その方面での共編著もある。 死去後、従四位瑞宝小綬章を追贈された。
大沢 博(おおさわ ひろし、1928年〈昭和3年〉9月15日… 大沢 博(おおさわ ひろし、1928年〈昭和3年〉9月15日 - 2020年〈令和2年〉5月6日)は、日本の心理栄養学者。岩手大学名誉教授。 群馬県富岡市出身。1949年(昭和24年)群馬師範学校を卒業し、1952年(昭和27年)に東京文理科大学を卒業した。 1952年(昭和27年)前橋少年鑑別所法務技官、1953年(昭和28年)前橋市立女子高等学校教諭を経て1956年(昭和31年)岩手大学学芸学部助手。1959年(昭和34年)同講師、1963年(昭和38年)同助教授、1972年(昭和47年)教育学部教授。1977年(昭和52年)附属看護学校長、1983年(昭和58年)附属中学校長。1994年(平成6年)に名誉教授となる。
駒林 邦男(こまばやし くにお、1928年〈昭和3年〉8月2… 駒林 邦男(こまばやし くにお、1928年〈昭和3年〉8月29日 - 2011年〈平成23年〉5月27日)は、日本の教育学者。岩手大学名誉教授。アルゴリズム化教育、ソビエト教育学を研究した。 群馬県高崎市生まれ。高崎中学校を経て、1952年(昭和27年)東京文理科大学教育学科卒業。同年北海道学芸大学釧路分校助手。岩手大学教育学部助教授、教授を経て同附属小学校長。1975年、「現代ソビエト教授 - 学習諸理論の研究」で、東京教育大学より教育学博士の学位を取得。 1994年、定年退官、名誉教授、日本大学工学部教授。没後、正四位。
横山 昭市(よこやま しよういち、1928年8月7日 - 2… 横山 昭市(よこやま しよういち、1928年8月7日 - 2023年11月10日)は、日本の地理学者(専攻は人文地理学なかんずく政治地理学)。愛媛大学名誉教授。 1928年(昭和3年)東京都渋谷区生まれ。東京高等師範学校文科(地理・歴史専攻)3年修了、東京文理科大学(後の筑波大学)地理学専攻卒。1965年(昭和40年)『香港工業化の研究』にて理学博士(東京教育大学)。 愛媛大学文理学部助教授、同法文学部教授に就く。 この間、米国ワシントン大学客員研究教授、総理府事務官・国土庁国土審議会特別委員、愛媛県文化の里整備委員長、県史編纂部会長、しまなみ海道イベント企画委員長、愛媛県文化振興財団評議員、愛媛県美術館運営委員などを歴任。
伊津野 朋弘(いつの ともひろ、1928年7月17日- )は… 伊津野 朋弘(いつの ともひろ、1928年7月17日- )は、日本の教育行政学者。東京学芸大学名誉教授。 熊本県山鹿市出身。海軍兵学校、1953年東京文理科大学教育学科卒、千葉県教育研究所研究員、千葉県立千葉東高等学校教諭、北海道教育大学助教授、東京学芸大学助教授、教授、92年定年退官、名誉教授、日本女子大学教授、97年退任。
都筑 卓司(つづき たくじ、1928年6月26日 - 200… 都筑 卓司(つづき たくじ、1928年6月26日 - 2002年7月13日)は、日本の物理学者。横浜市立大学名誉教授(理学博士)。 静岡県浜松市生まれ。東京文理科大(東京教育大学の前身校の一つ)でノーベル賞物理学者の朝永振一郎に師事。 1957年8月に横浜市立大学文理学部講師となり、以後助教授(1961年4月)を経て、1972年4月に教授に就任する。 趣味は「都市探索」で、社交ダンスもたしなんだ。 1970年頃から物理学に関する約40冊以上の著書を残した。講談社ブルーバックスでは17冊の著書を刊行し、2017年現在でもシリーズ中著者として最多(刊行部数はその時点で累計340万部)である。ブルーバックスの編集者からは、都筑の著書は「本が好きであれば科学の知識がなくても読めること」が魅力で、「宇宙・素粒子などの私たちの日常とはかけ離れた世界を題材にして「科学」というものの「驚き」を教えてくれ」、「ブルーバックスの原点ともいえるスタイル」との評価を受けている。
金子 隆芳(かねこ たかよし、1928年〈昭和3年〉5月17… 金子 隆芳(かねこ たかよし、1928年〈昭和3年〉5月17日 - 2022年〈令和4年〉7月2日)は、日本の心理学者。文学博士。専門領域は知覚心理学、色彩学。筑波大学名誉教授。日本心理学会元理事長。社会的活動としては、日本色覚差別撤廃の会会長を務めた。位階勲等は正四位瑞宝中綬章。 その後、日本大学大学院芸術学研究科非常勤講師等を務めた。「石原式色覚異常検査表」に代わる新しい学校教育用色覚検査表「色のなかまテスト」(Color Mate Test、CMT)を眼科医の高柳泰世と共同で開発。自らが色覚異常であることを公表し、日本色覚差別撤廃の会会長として活動した。
村石 昭三(むらいし しょうぞう、1928年2月7日 - )… 村石 昭三(むらいし しょうぞう、1928年2月7日 - )は、日本の言語教育学者。国立国語研究所名誉所員。埼玉大学教育学部教授・東京家政大学教授を歴任。 静岡県生まれ。東京文理科大学大学院心理学研究科修士課程修了。国立国語研究所所員、同言語教育研究部長。1989年、埼玉大学教育学部教授。1993年、退官、東京家政大学教授。 言葉の誤用を指摘する『お言葉ですが…』という題の本は、高島俊男より先に村石が出していた。
山本 正三(やまもと しょうぞう、1928年〈昭和3年〉1月… 山本 正三(やまもと しょうぞう、1928年〈昭和3年〉1月3日 - 2025年〈令和7年〉1月6日)は、日本の地理学者。位階勲等は従四位瑞宝中綬章。 筑波大学名誉教授。筑波大学自然学類長、筑波大学附属高等学校長、第27代日本地理学会会長等を歴任した。学位は理学博士(東京教育大学・1961年)。 静岡市生まれ。1945年(昭和20年)静岡県立静岡中学校卒業。1948年(昭和23年)東京高等師範学校文科4部3年修了。1951年(昭和26年)東京文理科大学地学科地理学専攻卒業。1951年(昭和26年)4月、静岡県立静岡城内高校教諭。1952年(昭和27年)3月、同校教諭退職。1955年(昭和30年)東京文理科大学(研究奨学生)前期修了。
吉野 正敏(よしの まさとし、1928年1月1日 -2017… 吉野 正敏(よしの まさとし、1928年1月1日 -2017年7月4日)は、日本の地理学者・気候学者・気象学者。東京都出身。 東京文理科大学地学科地理学卒。東京教育大学大学院、1953年同助手、1961年「風に及ぼす小地形の影響」で理学博士の学位を取得。1957年に法政大学助教授となり、その後、教授となる。1961-1963年ボン大学研究奨学生。1974年に筑波大学教授となり、1992年に定年退官し名誉教授となる。その後、愛知大学教授となる。1967-1968年ハイデルベルク大学客員教授。 2001年から2010年まで国際連合大学の上席学術顧問をつとめた。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
宇田川 宏(うだがわ ひろし、1928年 - 2017年8月… 宇田川 宏(うだがわ ひろし、1928年 - 2017年8月30日)は、日本の教育学者。専攻は教育内容・教育方法。 東京生まれ。旧制城北中学校を経て、1955年東京教育大学文学部哲学科卒業。日本福祉大学社会福祉学部教授、教育科学研究会常任委員、全国民主主義教育研究会副会長、「教育委員の区民投票を成功させる中野区民連絡会」会長。 現代哲学の理論をふまえて道徳を意味の問題であるととらえ、その立場から道徳と道徳教育の本質、内容、方法の検討を試みることが、道徳教育の研究に必要であると呈示した。教育と福祉の制度間接続について研究した。道徳教育、社会科教育、生活指導に関する提言を行った。教育科学研究会の機関誌『教育』、全国民主主義教育研究会の機関誌『未来をひらく教育』への寄稿者となった。
太田 陽子(おおた ようこ、1928年 - 2024年3月3… 太田 陽子(おおた ようこ、1928年 - 2024年3月30日)は、日本の地理学者、横浜国立大学名誉教授、国立台湾大学特任教授。専門は、変動地形学であり、漆原和子とともに日本の地形学における女性研究者の草分け的な存在として知られている。 東京に生まれ、東京文理科大学地理学科を卒業し、東京教育大学大学院理学研究科地理学専攻を修了した。 横浜国立大学教育学部教授を経て、1994年に専修大学文学部教授となる。横浜国立大学名誉教授となっている。 この間、1960年代から活褶曲、活断層、海成段丘などの調査に数多く参加し、特に、国内外各地の現地調査を踏まえた海成段丘の高度分布を手がかりにした最終間氷期以降の地殻変動の研究を展開して、国際的に評価された。
千原 光雄(ちはら みつお、1927年9月15日 - 201… 千原 光雄(ちはら みつお、1927年9月15日 - 2016年8月17日)は、日本の藻類学者、筑波大学名誉教授。 千葉県生まれ。1952年、東京文理科大学生物学科卒業、東京教育大学下田臨海実験所助手。1961年、「日本産カギノリ科植物の生活環」で東京教育大学理学博士。 1964年より国立科学博物館植物研究部勤務、1972年、東京教育大学助教授、教授、筑波大学教授、91年定年退官、名誉教授。1991年より1998年まで日本赤十字看護大学教授、1998年より2003年まで千葉県立中央博物館館長。 2016年死去、叙従四位、瑞宝中綬章追贈。
藤野 保(ふじの たもつ、1927年(昭和2年)9月5日 -… 藤野 保(ふじの たもつ、1927年(昭和2年)9月5日 - 2018年(平成30年)5月14日)は、日本の日本史学者。文学博士。専攻は日本近世史。 1927年、長崎県で生まれた。1951年、東京文理科大学史学科を卒業。1959年、東京教育大学大学院の博士課程を修了。 1962年、学位論文『幕藩体制史の研究』を東京文理科大学に提出して文学博士号を取得。同論文は、同時に東京文理科大学賞を受賞した。1965年、九州大学文学部附属九州文化史研究施設助教授となった。1972年に教授昇格。1975年から1983年には九州文化研究施設長を務めた。1986年、中央大学文学部教授に転じ、1998年に退職。 2018年5月14日、多臓器不全のため死去。
坂本 昇一(さかもと しょういち、1927年(昭和2年)8月… 坂本 昇一(さかもと しょういち、1927年(昭和2年)8月18日 - )は、日本の教育学者。千葉大学名誉教授。 神奈川県川崎市生まれ。1945年海軍兵学校中退、1947年(旧制)横浜工業専門学校(のち横浜国立大学工学部)卒業、横浜市の中学校教諭となり、1956年東京教育大学卒、64年同大学院博士課程満期退学後、都立教育研究所員。千葉大学教育学部助教授、教授。1970年「アメリカのガイダンスにおける哲学的前提に関する研究」で東京教育大学より教育学博士の学位を取得。1992年千葉大を定年退官、名誉教授、聖徳大学教授、同児童学研究所長。文部省の「児童生徒の問題行動に関する調査研究協力者会議」主査。1998年「学校は万能ではない」として限界主義の答申を行う。
久保 義三(くぼ よしぞう、1927年3月4日 - 2014… 久保 義三(くぼ よしぞう、1927年3月4日 - 2014年11月19日)は、日本の教育史学者。武蔵野美術大学名誉教授。 東京出身。1951年東京文理科大学(現・筑波大学)教育学科卒業、同大学特別研究生修了。1958年武蔵野美術大学短期大学部講師、助教授、武蔵野美術大学教授、1969年学長、名誉教授、学校法人武蔵野学院理事長。政治学者の久保文明は長男。
台 利夫(臺 利夫、うてな としお、1927年 - 2023… 台 利夫(臺 利夫、うてな としお、1927年 - 2023年)は、日本の心理学者、筑波大学名誉教授。 東京生まれ。1952年東京文理科大学心理学科卒業、1981年「自発的行為と役割関係の統合的発展に関する研究 慢性分裂病者への心理劇的接近」で早稲田大学文学博士。法務技官(心理)として少年鑑別所に勤務しサイコドラマを実践・研究。國學院大學教授、筑波大学教授、2001年定年退官、名誉教授、文教大学教授。
内山 知也(うちやま ちなり、1926年11月15日 - 2… 内山 知也(うちやま ちなり、1926年11月15日 - 2018年7月29日)は、日本の漢文学者、筑波大学名誉教授。斯文会常務理事、漢字文化振興会常務理事。専門は漢文小説。 1926年、新潟県生まれ。東京文理科大学漢文学専攻で学んだ。卒業後は同大学研究科へ進んだが、太平洋戦争の戦局悪化により応召し、1945年に復学。 その後は、新潟大学教育学部講師に着いた。大東文化大学助教授・教授を経て、1976年より筑波大学教授となった。1980年に学位論文『隋唐小説研究』を筑波大学に提出して文学博士号を取得。1992年に筑波大学を定年退官し、名誉教授となった。同年より大東文化大学教授となり、1997年に退職した。
三枝 孝弘(さいぐさ たかひろ、1926年9月25日 - 没… 三枝 孝弘(さいぐさ たかひろ、1926年9月25日 - 没年不詳)は、日本の教育学者、名古屋大学名誉教授。 長野県松本市出身。東京教育大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科教育学専攻修士課程修了。岡山大学教育学部助教授、名古屋大学教育学部教授。同名誉教授、埼玉大学教授、白鷗大学教授。2005年瑞宝中綬章受勲。
岡野 恒也(おかの つねや、1926年9月2日 - 2003… 岡野 恒也(おかの つねや、1926年9月2日 - 2003年7月21日)は、日本の心理学者、動物行動学者。 東京市(現大田区大森)生まれ。1950年東京文理科大学心理学科卒。1956年同大学院修了。1955年松商学園短期大学助教授、1956年東横学園女子短期大学助教授、1967年明星大学人文学部助教授。1972年「類人猿の知能的行動に関する心理学的研究」で東京教育大学文学博士、静岡大学教養部教授、1982年日本女子大学文学部教育学科教授、1990年同人間社会学部心理学科教授、1995年愛知みずほ大学教授、1997年学長、1999年退任。
高野 桂一(たかの けいいち、1926年8月28日 - 20… 高野 桂一(たかの けいいち、1926年8月28日 - 2012年3月31日)は、学校経営を専門とする教育学者。九州大学名誉教授。 栃木県安蘇郡生まれ。別名・晃雨山。1951年東京文理科大学教育学科卒。1976年「学内規程に関する理論的・実証的研究 その形成過程と規範論理の分析を中心として」で東京教育大学教育学博士。秋田大学学芸学部助教授、東京都立教育研究所で『教育社会学研究』の編集に当たる。奈良学芸大学助教授、校名変更で奈良教育大学助教授、九州大学教育学部助教授、教授、1989年定年退官、名誉教授。同年早稲田大学客員教授に着任し、1997年退職。この間、日本教育経営学会大会実行委員長を担った。
芳賀 登(はが のぼる、1926年7月30日 - 2012年… 芳賀 登(はが のぼる、1926年7月30日 - 2012年2月26日)は、日本の日本史学者。筑波大学名誉教授。 愛知県豊橋市生まれ。1951年東京文理科大学史学科卒業後、高校教師を経て、大阪教育大学に赴任。東京教育大学が廃止され、筑波大学が設立されるにあたって同大教授に就任。大江志乃夫ら東京教育大学日本史教室の教員は、東京教育大学の廃止に反対して全員が筑波大学に横滑りしなかったため、井上辰雄・田沼睦・岩崎宏之・大濱徹也らは芳賀の招請によって筑波大学に赴任した。副学長を務め、1990年に定年を2年前に退官、東京家政学院大学教授、理事長を務めた。日本風俗史学会会長も務めた。 幕末の国学を専門とするが、著作の分野は多岐にわたる。
平田 博則(ひらた ひろのり、1926年(大正15年)6月2… 平田 博則(ひらた ひろのり、1926年(大正15年)6月20日 - 2024年(令和6年)2月11日)は、日本の数学者、昭和薬科大学名誉教授。囲碁のアマチュア強豪として知られる。アマ四強 (囲碁)と呼ばれる一人。福岡県出身、東京都福生市在住。 福岡県大刀洗生まれ。小学2年の時に一家で上京し、荒川区その後大田区蒲田に移って本屋を始め、囲碁好きの父の影響で碁を覚えた。大森の私立東京中学校に通ううちに囲碁に熱中し、増淵辰子門下の吉原一郎準棋士に指導を受けて二年ほどで二子に上達、15歳の時に増淵辰子の紹介で日本棋院院生となる。1942年の入段試験で岩田正男(岩田達明)らとともに初段を認められるが、戦争のために囲碁を打つ状況ではなかった。
海老原 治善(えびはら はるよし、1926年6月6日 - 2… 海老原 治善(えびはら はるよし、1926年6月6日 - 2005年8月)は、日本の教育学者。 東京出身。東京教育大学卒。国民教育研究所員、関西大学助教授、教授、1983年東京学芸大学教授、1990年定年退官、東海大学教育研究所教授。1997年退職。海後勝雄らの教育史研究会に参加、教育政策史を研究。著作集全8巻がある。
石川 松太郎(いしかわ まつたろう、1926年4月20日 -… 石川 松太郎(いしかわ まつたろう、1926年4月20日 - 2009年5月26日)は、日本の教育学者である。 東京出身。東京文理科大学卒業。和洋女子大学教授、図書館長、日本女子大学教授を経て、昭和女子大学大学院講師を務めた。父は石門心学研究の石川謙。父のあとを継ぐように日本教育史の研究に志す。江戸時代の寺子屋の研究や、そこで使われた往来物と呼ばれる教科書類の研究に力を注ぎ、謙堂文庫と称する、往来物などのコレクションは、近世往来物集成として刊行されるにいたった。 また、時代劇などでの寺子屋が登場する場面などでの、時代考証の指導をすることもあった(NHK『寺子屋ゆめ指南』など)。 なお、謙堂文庫の往来物コレクションは、没後は東京書籍の運営する東書文庫に移管され、その他の近世期の和書は横浜国立大学の図書館に寄贈された。
西平 直喜(にしひら なおき、1926年1月13日 - )は… 西平 直喜(にしひら なおき、1926年1月13日 - )は、日本の教育心理学者、創価大学名誉教授。 東京生まれ。東京高等師範学校国語漢文専攻卒、東京文理科大学心理学科卒業。1950年財団法人野間教育研究所勤務、1953年山梨大学講師、助教授、教授、保健管理センター所長・付属中学校校長兼職、1980年「青年心理学の方法論的研究」で九州大学より教育学博士の学位を取得。1988年創価大学教育学部教授。特任教授、名誉教授。日本青年心理学会名誉会員。財団法人野間教育研究所評議員。京大教授の西平直は子。
中野幸次(なかの こうじ、1926年(大正15年) - 20… 中野幸次(なかの こうじ、1926年(大正15年) - 2001年)は、日本の哲学者。学位は、文学博士。昭和女子大学教授を経て、昭和女子大学名誉教授。栃木県出身。栃木県立栃木商業高等学校を卒業後、東京文理科大学哲学科大学院、東京教育大学文学部言語学科を経て、昭和女子大学教授、昭和女子大学名誉教授。 1926年、栃木県に生まれた。1944年、栃木県立栃木商業高等学校商業科を卒業。その後は東京文理科大学哲学科に進み、同大学大学院を1956年に修了。1958年、東京教育大学文学部言語学科を卒業。 1958年10月、昭和女子大学専任講師に就いた。後に同大学教授に昇進。1993年、学位論文『人倫と自然の形而上学』を筑波大学 に提出して博士の学位を取得。
本山 博(もとやま ひろし、1925年12月15日 - 20… 本山 博(もとやま ひろし、1925年12月15日 - 2015年9月19日)は、日本の超心理学者、心理学者、宗教家。国際宗教・超心理学会(IARP)初代会長、宗教心理学研究所初代所長、玉光神社名誉宮司、カリフォルニア人間科学大学院大学(CIHS)創設者。 香川県小豆郡(小豆島)出身。東京文理科大学(現筑波大学)卒業。 本山は、のちに玉光神社を開いた母の指導の下で、幼少の頃より滝行や断食、般若心経の読誦などの修行をしていた。 クンダリニー・ヨーガの研究者であり、立花隆によればその研究は世界的に有名であり、ユネスコ本部は、本山を世界の著名な超心理学者十人の一人に選出したという[要ページ番号]。心霊手術やユリ・ゲラーの超能力、外気功、福来友吉の念写の研究、霊の憑依現象、輪廻転生等に肯定的な発言をしている。