安田 優(やすだ ゆたか、1912年(明治45年)2月1日 - 1936年(昭和11年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍砲兵少尉。陸軍砲工学校学生。二・二六事件に参加して他の将校らと内大臣斎藤實、教育総監渡辺錠太郎を相次いで襲撃、殺害し、事件後処刑された。 安田のほか、中尉坂井直、少尉高橋太郎、少尉麦屋清済が率いる150人の襲撃部隊が、東京府東京市四谷区仲町三丁目(現東京都新宿区若葉一丁目)の内大臣斎藤実の私邸を急襲。斎藤を機関銃で殺害した。 このあと、 安田は高橋少尉とともに30人を連れ、上荻窪の渡辺錠太郎教育総監私邸へ向かい、 渡辺を射殺。後の安田の供述によれば、本来、渡辺に関しては殺害する意図は無く、陸軍大臣官邸まで連行するのが目的であったという。
出典:ウィキペディア「安田優」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
