スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
清水 真(しみず まこと、1961年5月21日 - )は、日… 清水 真(しみず まこと、1961年5月21日 - )は、日本の法学者(刑事法)。函館市生まれ。カトリック信者で洗礼名はアウグスティヌス。専門は、刑事訴訟法、医事法、少年法。明治大学大学院教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科講師、財務省税関研修所高等科・高等専科講師、東京医科歯科大学医学部研究倫理審査委員・同遺伝子解析倫理委員や日本動脈硬化学会倫理委員、日本臨床法学教育協会理事、日本比較法研究所嘱託研究所員。 元函館大学教授の清水紘史は父親、作庭家で京都工芸繊維大学講師の重森千青は義兄。母方の祖父母・叔父・従弟等、親族に医師が多いことが医事法をも研究するきっかけだったとする。 北海道函館中部高等学校卒業。
今井 浩三(いまい こうぞう、1948年1月1日 - )は、… 今井 浩三(いまい こうぞう、1948年1月1日 - )は、日本の医学者・内科医。札幌医科大学名誉教授、元・同大学長。元・北海道公立大学法人札幌医科大学理事長。研究対象は癌(がん)、癌の分子診断や新しい治療が専門。日本学術会議会員(20,21期)、2009年、春の園遊会に招待。2010年、東京大学教授(東京大学医科学研究所附属病院第19代病院長)。2013年、紫綬褒章受章。2014年、東京大学特任教授(東京大学医科学研究所医療イノベーション推進室長)、神奈川県立がんセンター臨床研究所長。2016年、東京大学客員教授、東京大学医科学研究所 学術研究基盤支援室長。2019年、日本医療研究開発機構 (AMED) プログラムオフィサー, 2022年、同プログラムスーパーバイザー。
渡辺 信英(わたなべ のぶひで、1941年(昭和16年)7月… 渡辺 信英(わたなべ のぶひで、1941年(昭和16年)7月 - )は、日本の法学者。博士(社会福祉学)、東北福祉大学名誉教授、郡山東都学園学校長、仙台北学園学校長。公益財団法人仙台微生物研究所理事、全国保育士養成協議会常任理事。聖和学園短期大学学長 北海道函館市出身。北海道函館中部高等学校を経て、1970年に東洋大学大学院法学研究科博士課程を満期退学。1968年東北福祉大学の助教授に就任した。1979年に同教授となる。その後学生部長などを務め、1990年に社会福祉学部長、大学院社会福祉学研究科長、2002年、通信教育部が設置された際には、初代の通信教育部長も歴任した。 2008年に、総合福祉学部からスピンオフして設置された総合マネジメント学部長を兼務し、2009年4月より学長補佐、2015年4月より総合福祉学部長兼務解除の上で副学長に就任。
四ツ柳 隆夫(よつやなぎ たかお、1938年4月11日 - … 四ツ柳 隆夫(よつやなぎ たかお、1938年4月11日 - )は、日本の化学工学者。東北大学名誉教授。元宮城工業高等専門学校校長。元日本分析化学会会長。元日本化学会副会長。父は四ツ柳高茂。 北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校を経て、1961年北海道大学工学部応用化学科卒業。1966年北海道大学大学院工学研究科応用化学専攻博士課程修了、工学博士。1971年日本分析化学会奨励賞受賞。北海道大学助教授を経て、1978年東北大学教授。1991年環境科学会評議員。1992年日本微量元素学会評議員。同年日本化学会学術賞受賞。1996年日本分析化学会学会賞受賞。1997年東北大学大学院工学研究科研究科長・工学部学部長。
奥平 忠志(おくだいら ただし、1936年3月23日 - 2… 奥平 忠志(おくだいら ただし、1936年3月23日 - 2007年8月24日)は、日本の地理学者。専門は人文地理学。北海道教育大学名誉教授。兄に憲法学者である奥平康弘(東京大学名誉教授)がいる。
所 一彦(ところ かずひこ、1935年2月12日 - 202… 所 一彦(ところ かずひこ、1935年2月12日 - 2020年1月30日)は、日本の法学者。立教大学名誉教授。東亜大学教授。元日本犯罪社会学会会長・日本刑法学会理事・日本学術会議第16期会員(第3常置委員会委員長)。刑事法専攻。刑法の法社会学で業績を残す。北海道函館市出身。 1959年の立教大学法学部創設の際、刑事学(刑事政策)の担当教員に当時学士助手だった所を推薦したのが団藤重光である。ところが、東京大学の学士助手制度は3年で助手論文を仕上げるというものであるから、2年しか在籍していない所は助手論文が出来上がらずに講師になることになる。所自身が団藤に在籍年数を間違えたのではと尋ねたが、団藤は否定している。
古川 静二郎(ふるかわ せいじろう、1934年 - 1993… 古川 静二郎(ふるかわ せいじろう、1934年 - 1993年)は、日本の電子工学者。東京工業大学名誉教授。 北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校を経て、1956年東京工業大学理工学部電気学科卒業。1961年東京工業大学理工学部博士課程修了、工学博士、東京工業大学精密工学研究所助手。1963年東京工業大学精密工学研究所助教授。1973年東京工業大学精密工学研究所教授。1975年東京工業大学大学院総合理工学研究科教授。1991年日本工学アカデミー会員。1993年急逝。1994年東京工業大学名誉教授。指導学生に石原宏東京工業大学名誉教授など。
五十嵐 義三(いがらし よしぞう、1933年(昭和8年)9月… 五十嵐 義三(いがらし よしぞう、1933年(昭和8年)9月16日 - 2000年(平成12年)5月23日)は、日本の弁護士・官僚・法学者。北海道函館市出身。専門は教育法学。中央大学法学部通信教育課程出身の生え抜き法曹の一人。位階は正五位。勲三等瑞宝章。 函館の中学校卒業後、函館地方検察庁に入庁。北海道函館中部高等学校定時制、中央大学法学部通信教育課程卒業。東京高等検察庁事務官に就任。間もなく司法試験に合格。1967年札幌で弁護士登録。1977年札幌弁護士会副会長。1983年札幌学院大学法学部客員教授( - 1989年)。1990年札幌弁護士会会長に就任。1991年北海道弁護士連合会理事長に就任。
品川 孝次(しながわ こうじ、1930年 - )は、日本の民… 品川 孝次(しながわ こうじ、1930年 - )は、日本の民法学者。専門は民法全般。上智大学元教授。北海道亀田郡大野町(現・北斗市)出身。
奥平 康弘(おくだいら やすひろ、1929年(昭和4年)5月… 奥平 康弘(おくだいら やすひろ、1929年(昭和4年)5月19日 - 2015年(平成27年)1月26日)は、日本の法学者(憲法〈表現の自由及びアメリカ合衆国憲法〉)。エッセイスト。東京大学名誉教授。 北海道函館市生まれ。鵜飼信成と宮澤俊義の弟子。法学界・法曹界に止まらず、広く影響力を有する法学者だった。九条の会の呼びかけ人の一人で、エッセイも多数執筆。日本ビデオ倫理協会評議員、自由人権協会評議員も務めた。 「学者」という呼称を敬遠し、大学を離れて以降、「憲法研究者」という肩書きを名乗ることが多かった。 奈良県医師宅放火殺人の供述調書漏洩事件をうけて講談社が2007年に設置した第三者委員会である『僕はパパを殺すことに決めた』調査委員会の委員長を務めた。
四方 英四郎(しかた えいしろう、1926年9月25日 - … 四方 英四郎(しかた えいしろう、1926年9月25日 - )は、日本の農学者(植物病理学・ウイルス学)。勲等は勲二等。学位は農学博士(北海道大学・1961年)。北海道大学名誉教授、石河子農学院名誉教授、一般社団法人日本植物病理学会名誉会員、日本ウイルス学会北海道支部名誉会員、日本学士院会員。 北海道大学農学部教授、北海道澱粉工業協会参与、株式会社北海道グリーンバイオ研究所所長などを歴任した。 北海道出身の農学者である。植物病理学やウイルス学を専攻しており、虫媒性植物ウイルスが昆虫体内で増殖することを証明するとともに、ウイルスゲノムの分子構造と機能を解明したことで知られる。さらに、日本のホップや果樹に被害を与えるウイロイドを発見し、その病原性と発生生態を解明した。
亘理 厚(わたり あつし、1917年5月13日 - 1983… 亘理 厚(わたり あつし、1917年5月13日 - 1983年1月24日)は、日本の機械工学者。東京大学名誉教授。自動車の振動・騒音研究の祖である。陸軍では技術大尉となる。 宮城県出身。1935年、函館中学校(現北海道函館中部高等学校)、1938年、第二高等学校理科を卒業。 陸軍航空技術研究所の所属時には、中西不二夫の指導を受け、星形エンジンのピストンの運動について研究した。その後、クランク軸のねじり振動防止のための摩擦ダンパの研究を行った。 戦後は航空機関連の研究が禁止されてしまったため、紡績用スピンドルの高速回転化を目指し、スピンドルの触れ回り運動の研究を行った。これにより工学博士の学位を得た。
野又 貞夫(のまた さだお、1901年(明治34年)12月2… 野又 貞夫(のまた さだお、1901年(明治34年)12月23日 - 1976年(昭和51年)10月15日)は、日本の商学者・学校経営者・政治家だった人物。 学校法人野又学園初代理事長。数多くの学校長を務めた。北海道旭川市出身。子に野又肇がいる。
児玉 作左衛門(こだま さくざえもん、1895年(明治28年… 児玉 作左衛門(こだま さくざえもん、1895年(明治28年)12月3日 - 1970年(昭和45年)12月26日)は、日本の解剖学者・人類学者。北海道大学名誉教授。アイヌ研究で知られる。秋田県鹿角郡生まれ。 1895年(明治28年)、秋田県鹿角郡柴平村(現鹿角市)に生まれる。1900年(明治33年)、父が眼科医院開業とクリスチャンとしての宗教教育を目的として、一家で函館に移住。函館中学校、第二高等学校を経て東北帝国大学医学部に進学。解剖学を専攻し、スイス留学後の1928年(昭和3年)に「中枢神経の解剖学的研究」で博士学位を取得。翌1929年(昭和4年)、北海道帝国大学医学部解剖学第二教室教授に任じられる。