スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
猪股 南(いのまた みなみ、1992年12月6日 - )は、… 猪股 南(いのまた みなみ、1992年12月6日 - )は、青森放送(RAB)のアナウンサー。 青森県弘前市出身。身長159cm。血液型はO型。特技は一輪車、ルービックキューブを6面揃えること。生長の家聖使命会員。 青森県立弘前中央高等学校、弘前大学理工学部地球環境学科卒業。 特技の一輪車は、小学2年生のときに地元の豊田児童センター一輪車クラブに入会して始めた。6年生のときに全日本一輪車競技大会の小学5・6年生の部でペアで優勝したのを皮切りに、中学生のときに中学生の部団体ペアで2年連続で準優勝、高校1年生のときに団体高校生以上の部で総合優勝、2008年にはデンマークのコペンハーゲンで行われた第14回国際一輪車大会で団体・年齢別ペアともに優勝、2009年には全日本一輪車競技大会の団体高校生以上の部で総合優勝と数々の業績を残した。
流石 景(さすが けい、1981年10月6日 - )は、日本… 流石 景(さすが けい、1981年10月6日 - )は、日本の漫画家。青森県出身。女性。弘前中央高等学校、東洋美術学校出身。本名は佐々木 恵子。
斎藤 春香(さいとう はるか、1970年3月14日 - )は… 斎藤 春香(さいとう はるか、1970年3月14日 - )は、青森県弘前市出身の女子ソフトボール選手(内野手)・指導者。元日立ソフトウェア所属。元ソフトボール日本代表監督。2008年北京オリンピック優勝監督。 弘前市立第一中学校に入学してソフトボール部に入部し、青森県立弘前中央高等学校に進学後もソフトボールを続けた。 高校を卒業して1部リーグの実業団・日立ソフトウェアで活躍。二塁手として、1部リーグのベストナイン賞に3回、打者としては2回選ばれた非常に優秀な選手であった。選手生活の後半〜終わり頃には、特に打者として活躍し、チームでは1番、左打者を任されチームをリーグ戦の上位に幾度となく導いた。また、アトランタ、シドニー、アテネと3大会連続で五輪に出場し、日本の主砲としてその実力を発揮した。
三浦 徳子(みうら よしこ、1949年 - 2023年11月… 三浦 徳子(みうら よしこ、1949年 - 2023年11月6日)は、日本の作詞家。本名は高原 徳子(たかはら よしこ)。青森県弘前市出身。生前はアップフロントグループに所属していた。別名義に「亜伊林」(あいりん)がある。 1970年代後半から日本を代表する作詞家として活動し、1980年代における作詞家総売上枚数は松本隆、売野雅勇、秋元康に次ぐ4位、女性作詞家としては1位であった。兄は文芸評論家の三浦雅士。 1949年、青森市で出生。小学校3年までは青森県の大鰐町、それ以後は八戸市で育った。三浦が中学生のとき、兄の雅士が青森県立弘前高等学校に進学し下宿したため、同兄と一緒に育ったのはそれまでである。
下田 敦子(しもだ あつこ、1940年8月5日 - )は日本… 下田 敦子(しもだ あつこ、1940年8月5日 - )は日本の政治家。参議院議員(1期)、青森県議会議員(3期)、学校法人城東学園理事長を務めた。 青森県弘前市出身。弘前中央高校を経て秋田短期大学家政学科卒業。 学校法人城東学園理事長として、弘前医療福祉大学・弘前医療福祉大学短期大学部を運営する。1991年には青森県議会議員選挙に無所属で出馬し当選。2003年まで3期務めた後、2004年2月の弘前市長選に出馬。現職の金沢隆に対し互角に戦ったが、180票の僅差で落選した。2004年7月の第20回参議院議員通常選挙では、民主党公認で比例区より出馬。党の東北ブロック重点候補となり、初当選。 2010年7月の第22回参議院議員通常選挙では再選を目指し、民主党の比例区から出馬するが落選。
相馬 錩一(そうま しょういち、1936年(昭和11年)10… 相馬 錩一(そうま しょういち、1936年(昭和11年)10月30日 - 2024年(令和6年)1月3日)は、日本の税理士。政治家。元青森県弘前市長(1期)。 青森県弘前市出身。青森県立弘前中央高等学校卒。税理士、行政書士、社会保険労務士となる。弘前市議会議員を経て、1986年、青森県議会議員弘前市選挙区補欠選挙に無所属で立候補して当選する。以来連続6回当選する。2006年合併による弘前市長選挙に立候補し、合併前の弘前市長だった金沢隆を破って当選した。津軽広域水道企業団企業長を併任。市長を1期務め、2010年の市長選挙に出馬したが、元弘前市副市長の葛西憲之に敗れて落選した。2011年の青森県議会議員選挙に立候補して当選し、県議に復帰。
佐野 ぬい(さの ぬい、旧姓:佐々木、1932年11月16日… 佐野 ぬい(さの ぬい、旧姓:佐々木、1932年11月16日 - 2023年8月23日)は、日本の洋画家。位階は正五位。 女子美術大学名誉教授(第16代学長)。日本美術家連盟洋画部理事、新制作協会会員。1950年代から青色を基調とする作品を多く発表し、自身は「青の画家」、作品の青使いは「ぬいブルー」「佐野ブルー」と称される。 青森県弘前市百石町出身。実家は「和菓子さゝき」(現・ラグノオささき)。青森県立弘前高等女学校(現・青森県立弘前中央高等学校)、1955年女子美術大学芸術学部洋画科卒業。25歳で結婚。夫は元新聞記者でエッセイストの佐野寧。寧との間に2男を儲ける。 女子美術大学助手(1955年 - 1961年)、同講師(1961年 - 1976年)、同助教授(1976年 - 1987年)、同教授(1987年 - 1994年)。
古川 智映子(ふるかわ ちえこ、1932年4月1日 - 20… 古川 智映子(ふるかわ ちえこ、1932年4月1日 - 2024年7月29日)は、日本の作家。埼玉県所沢市在住。本名、古川 ぬい(こがわ ぬい)。 青森県弘前市に生まれる。青森県立弘前中央高等学校、東京女子大学短期大学部英語科、東京女子大学文学部日本文学科を卒業。国立国語研究所で『国語年鑑』の編集に従事、その後東京都内の私立高校教諭を経て、執筆活動に入る。日本文藝家協会会員。ヴィクトル・ユゴー文化賞受賞(フランスのヴィクトル・ユゴー文学記念館主催)。潮出版文化賞受賞。 著書の『小説 土佐堀川 女性実業家・広岡浅子の生涯』は、NHK連続テレビ小説『あさが来た』(2015年度後期)の原案となる。本書は著者の処女作。
奈良岡 朋子(ならおか ともこ、1929年〈昭和4年〉12月… 奈良岡 朋子(ならおか ともこ、1929年〈昭和4年〉12月1日 - 2023年〈令和5年〉3月23日)は、日本の女優、声優、ナレーター。劇団民藝の代表を務めた。父は洋画家の奈良岡正夫。 東京府東京市本郷区駒込(現:東京都文京区)で生まれる。父・正夫の影響で、子供の頃から絵を描いていた。東京府立第一高等女学校(現・東京都立白鷗高等学校・附属中学校)在学中の1945年に父の故郷である青森県弘前市へ疎開し、青森県立弘前中央高等学校を卒業。 1951年、女子美術大学洋画科を卒業する。「女優にならなければ医者になろう、と学生時代は考えていた」と『人生は三百六十五歩のマーチ』(BSフジ、2020年3月7日放送)のゲストトーク内で話している[出典無効]。
奈良 光枝(なら みつえ、1923年(大正12年)6月13日… 奈良 光枝(なら みつえ、1923年(大正12年)6月13日 - 1977年(昭和52年)5月14日)は、昭和時代の歌手。本名は佐藤 みつえ。美貌の歌手として知られた。 青森県弘前市出身。弘前高等女学校(現:青森県立弘前中央高等学校)卒業後、兄の学友であった作曲家の明本京静の薦めで東洋音楽学校に進学。病弱であったためクラシックやオペラを断念し、この事を明本に相談したところ、「マイクロフォンを使う歌手なら大丈夫」と助言を受け、1940年(昭和15年)3月、コロムビアのテストに合格し、16歳で専属歌手となる。同年6月に「胡弓哀歌」を吹き込むが、検閲により発売禁止になる。二作目の「南京花嬌子」で流行歌手としてデビューする。
大西 正道(おおにし せいどう、1912年(大正元年)11月… 大西 正道(おおにし せいどう、1912年(大正元年)11月7日 - 1960年(昭和35年)7月15日)は、大正から昭和期の教育者、労働運動家、政治家。衆議院議員(3期)。 兵庫県飾磨郡花田村(現姫路市花田町)で生まれる。姫路師範学校をへて、1939年(昭和14年)日本大学高等師範部を卒業した。 1939年から兵庫県、東京都、青森県の小学校訓導を務め、青森県立弘前高等女学校(現青森県立弘前中央高等学校)教諭に就任。戦後、労働組合運動に加わり、日本教職員組合が結成されると同中央執行委員、その後、同副委員長に就任した。その他、中央教育復興会議幹事長、ユネスコ全国連盟常任委員、世界連邦建設同盟常任理事、文部省教科書検定委員、全日本仏教会参与などを務めた。
板垣 直子(いたがき なおこ、1896年11月18日 - 1… 板垣 直子(いたがき なおこ、1896年11月18日 - 1977年1月21日)は、日本の文芸評論家、日本近代文学研究家。 青森県北津軽郡栄村湊(現五所川原市)に平山兼吉の次女「なを」として生まれる。1914年青森県立弘前高等女学校(現・青森県立弘前中央高等学校、太宰治の姉トシが2学年上で寄宿舎で同室)、1918年日本女子大学校英文科卒、1921年、東京帝国大学の第一回女子聴講生となる。美学、哲学を聴講。美術評論家の板垣鷹穂と結婚。夏目漱石などについて多くの著述を行い、比較文学研究では島田謹二、吉田精一らと並ぶ存在とされる。長谷川時雨主宰の「女人芸術」の編集委員として林芙美子を見出した。また、国士舘大学等で教鞭をとっている。
花田 ミキ は、日本の保健看護研究家、保健指導者。青森県中津… 花田 ミキ は、日本の保健看護研究家、保健指導者。青森県中津軽郡清水村(現・弘前市)出身。