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木村 敏文(きむら としぶみ、1956年(昭和31年)1月1… 木村 敏文(きむら としぶみ、1956年(昭和31年)1月1日 - )は、日本の政治家。茨城県坂東市長(3期)。坂東市議会議員(3期)、猿島町議会議員(1期)。 茨城県猿島郡猿島町(現・坂東市沓掛)生まれ。明治学院大学法学部卒業後、猿島町役場の職員となり、その後、友人と建築会社を設立。 2001年(平成13年)4月、猿島町議会議員に初当選。2005年(平成17年)3月22日、猿島町は岩井市と新設合併し坂東市が誕生する。 坂東市議会議員3期目の2017年(平成29年)1月14日に次期坂東市長選挙への出馬を表明。同年3月、市議を辞職。4月2日に行われた市長選挙で現職の吉原英一との一騎打ちを制し初当選した。
高杉 徹(たかすぎ とおる、1953年(昭和28年)8月13… 高杉 徹(たかすぎ とおる、1953年(昭和28年)8月13日 - )は、日本の政治家、社会保険労務士、中小企業診断士。協同組合茨城県中小企業労務協会理事長。茨城県常総市長(1期)、常総市議会議員(4期)を務めた。 水海道市立水海道小学校、水海道市立水海道中学校、茨城県立水海道第一高等学校を経て、1977年、早稲田大学卒業。1985年、日本社会事業大学研究科卒業。 1977年から1989年まで、実父で参議院議員の高杉廸忠の秘書を務めた。1989年より茨城県中小企業労務協会に勤務し、社会保険労務士として活動した。 1990年、茨城県議会議員選挙に日本社会党公認で立候補するが、杉田光良に敗れ落選。1999年より水海道市議2期、常総市議2期を務め、2012年6月辞任。
会田 真一(會田 真一、あいだ しんいち、1951年(昭和2… 会田 真一(會田 真一、あいだ しんいち、1951年(昭和26年)2月2日 - )は、日本の政治家。元茨城県守谷市長。 市制施行前の守谷町時代から、連続6期24年にわたり首長を務めた。父は元守谷町長の会田源一郎。 茨城県北相馬郡守谷町(当時。現在の守谷市)に生まれる。守谷町立高野小学校、守谷町立守谷中学校、茨城県立水海道第一高等学校、中央大学文学部出身。 1980年(昭和55年)の守谷町議会議員選挙で初当選し、町議を2期務める。1992年(平成4年)に行われた守谷町長選挙で当選し、2002年(平成14年)の守谷市制施行後も連続して当選を重ねた。6期にわたる連続就任は、市長および東京都特別区長としては全国2位タイであった(2015年12月31日当時)。
片庭 正雄(かたにわ まさお、1949年(昭和24年)5月1… 片庭 正雄(かたにわ まさお、1949年(昭和24年)5月12日 - )は、日本の政治家。元茨城県つくばみらい市長(2期)。 茨城県筑波郡谷和原村立谷原小学校(現在のつくばみらい市立谷原小学校)、谷和原村立谷原中学校(現在のつくばみらい市立谷和原中学校)、茨城県立水海道第一高等学校、千葉工業大学卒業。 ロンシール工業勤務を経て、1982年4月から1992年5月まで衆議院議員・参議院議員狩野明男の秘書を務めた。 1998年7月12日に行われた第18回参議院議員通常選挙に、茨城県選挙区から青年自由党公認で立候補するも落選。 2003年12月、水海道市(当時)等との合併が争点となった谷和原村長選挙に立候補するも、当時現職だった鈴木亮寛(のち自由民主党茨城県議会議員)に大差で敗れる。
杉田 光良(すぎた みつよし、1937年〈昭和12年〉1月1… 杉田 光良(すぎた みつよし、1937年〈昭和12年〉1月1日 - 2008年〈平成20年〉6月14日)は、日本の政治家。茨城県常総市長(1期)、茨城県議会議員(3期)、水海道市議会議員(3期)。 茨城県水海道市(現在の常総市)出身。茨城県立水海道第一高等学校卒業。1979年(昭和54年)4月から水海道市議会議員を連続3期務める。1990年12月の茨城県議会議員選挙に水海道市選挙区から自民党公認で立候補し、初当選。1999年に3期目の当選。2002年の県議選で前市議の長谷川典子に敗れる。 2007年、任期満了にともなう常総市長選挙に立候補し、現職の遠藤利を僅差で破り初当選した。 ※当日有権者数:51,545人 最終投票率:74.67%(前回比:-pts) 5月1日に就任した。
川口 三郎(かわぐち さぶろう、1932年11月23日 - … 川口 三郎(かわぐち さぶろう、1932年11月23日 - 2007年3月8日)は、日本の政治家。茨城県議会議員、第78代茨城県議会議長を務めた。 茨城県取手市(旧・北相馬郡藤代町)出身。茨城県立水海道第一高等学校卒業後、中央大学卒業。1967年に藤代町議会議員となる。1970年、茨城県議会議員選挙に北相馬郡選挙区から立候補し、当選。 2007年、9期目途中で肺癌のため死去。これにより県議選で一騎討ちとなった自由民主党の新人、小林靖男が繰り上げ当選。
山口 武平(やまぐち ぶへい、1921年〈大正10年〉5月1… 山口 武平(やまぐち ぶへい、1921年〈大正10年〉5月19日 - 2018年〈平成30年〉7月27日)は、日本の政治家。位階は正五位。 茨城県猿島郡神大実村助役、茨城県議会議員(14期)、茨城県議会議長(第64・97代)、全国都道府県議会議長会長、自由民主党茨城県支部連合会会長、同連合会最高顧問などを歴任した。 茨城県猿島郡神大実村(現在の坂東市)出身。茨城県立水海道中学校を経て、秋田鉱山専門学校卒業。 神大実村の助役を経て、1955年に茨城県議会議員選挙に初当選を果たした。同期には梶山静六(のちの内閣官房長官)がおり、梶山が国政に転出した後も盟友の関係であり続ける。1966年に茨城県議会議長選出をめぐる茨城県議会黒い霧事件で起訴され、最高裁判所まで争うが1989年1月に懲役8月執行猶予3年・追徴金20万円の有罪判決が確定した。
登坂 重次郎(とさか じゅうじろう、1913年4月3日 – … 登坂 重次郎(とさか じゅうじろう、1913年4月3日 – 1997年3月22日)は、日本の政治家。元衆議院議員(自由民主党所属)。現在の茨城県常総市出身。 会社員・登坂長吉の三男として生まれる。生後間もなく父母と死別し、父方の伯父・豊島重太郎に育てられる。1932年茨城県立水海道中学校(現在の茨城県立水海道第一高等学校)を卒業後、母校・水海道中学校の事務職員等を経て、1940年土浦税務署に入職する。1944年大蔵省本省に出向し、東京財務局(現在の関東財務局)長・池田勇人の秘書となる。以後池田に師事し、1948年池田の総選挙出馬を期に大蔵省を退官し、個人秘書となる。 1963年の第30回衆議院議員総選挙に、旧茨城3区から無所属で立候補し当選(当選同期に小渕恵三・橋本龍太郎・小宮山重四郎・伊東正義・田中六助・渡辺美智雄・佐藤孝行・藤尾正行・中川一郎・三原朝雄・鯨岡兵輔・西岡武夫・奥野誠亮など)。
飯村 五郎(いいむら ごろう、1888年(明治21年)4月1… 飯村 五郎(いいむら ごろう、1888年(明治21年)4月13日 - 1946年(昭和21年)5月8日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会→昭和会)、弁護士。 茨城県筑波郡真瀬村(現在のつくば市)出身。飯野茂吉の二男として生まれ、1910年(明治43年)に茨城県会議長飯村忠七の婿養子となった。1913年(大正2年)、東京帝国大学法科大学を卒業後、一年志願兵制度によって陸軍三等主計に任じられた。退役後は弁護士を開業した。 1924年(大正13年)の第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、当選回数は6回を数えた。その間、米内内閣で厚生参与官を務めた。1935年(昭和10年)には昭和会を結党にも参加している。