スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
田中 拓馬(たなか たくま、1977年 - )は、東京都出身… 田中 拓馬(たなか たくま、1977年 - )は、東京都出身の日本の画家。イギリス国立アルスター博物館(英語: Ulster Museum)に絵画作品「Blue Rose」収蔵。 1977年東京都江戸川区生まれ。埼玉県越谷市にて幼少期を過ごす。埼玉県立浦和高校から千葉大学に入学するも中退し、後に早稲田大学法学部に進学する。 もとは弁護士を志していたが、二度の司法試験不合格で体調を崩し、リハビリとして絵画を始める。その後大道芸人のピーター・フランクルに影響を受け、浦和や銀座の路上で絵画の販売を始める。 リーマン・ショック以降、新天地を求め海外へ渡る。上海、台湾、アメリカ、フランス等のギャラリーで取り扱いが始まり、2015年にはニューヨークのNPO団体Chasamaで個展を開催する。
松本 忠(まつもと ただし、1973年 - )は、日本の画家… 松本 忠(まつもと ただし、1973年 - )は、日本の画家。鉄道風景画家として、全国各地の鉄道のある風景を描き、ローカル線の応援活動にも取り組んでいる。 横浜市生まれ。3歳から埼玉県戸田市に移り住む。戸田市立戸田第一小学校、戸田市立戸田中学校、埼玉県立浦和高等学校卒業。一年間の浪人を経て、1993年に東北大学文学部(社会学専攻)に進学。大学卒業後の1997年、三菱化学株式会社へ入社する。入社後は、三菱化学MKV株式会社の産業用塩化ビニルフィルムを製造する部署に配属され、大阪や東京、名古屋に勤務する。 3年目の名古屋への転勤を機に、週末は列車での日帰りスケッチを楽しむようになる。この頃から実際に自らの手で何かを創作したいという気持ちが強くなっていった。
内藤 五琅(ないとう ごろう、1948年 - )は、日本の日… 内藤 五琅(ないとう ごろう、1948年 - )は、日本の日本画家。東京都出身、さいたま市浦和区在住。日本美術院特待。浦和画家。 東京都杉並区に生まれ、浦和市(現・さいたま市)に移住。埼玉県立浦和高等学校、東京芸術大学日本画科卒業。佐野東石美術館、成川美術館などに作品が所蔵されている。父、内藤四郎は彫金の人間国宝。
根岸 右司(ねぎし ゆうじ、1938年3月20日 - 202… 根岸 右司(ねぎし ゆうじ、1938年3月20日 - 2021年5月26日)は、埼玉県出身の洋画家。日展副理事長。「雪の画家」と呼ばれる。 埼玉県に生まれる。1960年、光風会展初出品・入選。1961年、新日展初出品・入選、埼玉大学教育学部美術科卒業、渡辺武夫に師事する。1964年、光風会展50回記念賞。 1969年、光風会会員。1978年、光風会展会員賞。1983年、光風会展寺内萬治郎賞。1987年、日展特選「鉱山寥乎」、埼玉県立浦和高等学校において教鞭をとる。1990年、光風会展寺内萬治郎賞。1992年、光風会展つばき賞、日展特選「雪の選炭工場」、現代美術選抜展(文化庁)。1993年、画家の旅から 美しき東日本展(東京ステーションギャラリー)。
小川游(おがわ ゆう、1932年 - )は、満洲国出身の洋画… 小川游(おがわ ゆう、1932年 - )は、満洲国出身の洋画家。浦和画家のひとり。一水会代表。さいたま市美術家協会会長。 満洲国四平街に生まれ、戦後引き揚げて浦和中学校に編入学、在学中に高田誠に師事してデッサンや油彩画を学んだ。東京芸術大学美術科卒業後、浦和市内の中学校の美術教師となった。2016年(平成28年)には北海道河西郡中札内村にある中札内美術村にて小川游作品館が開館。
小松崎 邦雄(こまつざき くにお、1931年9月2日 - 1… 小松崎 邦雄(こまつざき くにお、1931年9月2日 - 1992年12月28日)は、東京都出身の画家。浦和画家のひとり。 日暮里に生まれ、9歳の時、浦和で料亭を営んでいた叔母の縁で浦和市高砂町に転居。浦和中学校(現埼玉県立浦和高等学校)に入学し、2年生だった14歳の時に高田誠につきデッサン、油彩を学んだ。 東京芸術大学油画科に入学すると高田の師であった安井曾太郎の教室に入った。翌年に安井が退職したため林武の教室に入った。大学卒業後、同大学油絵専攻科に進み、一水会への出品が始まった。東京芸術大学講師も務めた。
川村 親光(かわむら ちかみつ、1928年 - 2020年)… 川村 親光(かわむら ちかみつ、1928年 - 2020年)は、埼玉県出身の画家。第4代埼玉県美術家協会会長。一水会特別会員。 北足立郡浦和町(のち浦和市)に生まれ、埼玉県立浦和中学校(現埼玉県立浦和高等学校)を卒業、叔父の洋画家関口隆嗣の紹介で寺内萬治郎の指導を受けた。日展初入選後は高田誠に師事し、一水会への出品を続けた。 作品の一部は埼玉県立近代美術館に収蔵されている。
喜多 迅鷹(きた としたか、1926年1月11日 - 201… 喜多 迅鷹(きた としたか、1926年1月11日 - 2015年9月12日)は、日本の翻訳家、画家。 長崎市生まれ。埼玉県立浦和中学校、第一高等学校を経て、1948年東京大学法学部卒。埼玉県立浦和高等学校、東京都立大学附属高等学校教諭のほか、東京都立大学 、横浜市立大学講師を務めたが、1971年、学園紛争を機に画業に転向。 1992年「東京を描く市民の会」創立に参加。1994年「彩の国を描く会」を創立、主宰。2001年読売・日本テレビ文化センターで「ペン水彩」講座開講。2002年読売・日本テレビ文化センターで「模写による西洋美術史」講座開講。
斎藤 三郎(さいとう さぶろう、1917年5月10日 - 1… 斎藤 三郎(さいとう さぶろう、1917年5月10日 - 1996年3月17日)は日本の洋画家。浦和画家。 23歳で太平洋戦争に応召し、生死のはざまで和紙に3000枚のスケッチを残した。生きて帰国できれば画家になると決意し、終戦後1945年に帰国。浦和市に居住した。
渡辺 武夫(わたなべ たけお、1916年7月2日 - 200… 渡辺 武夫(わたなべ たけお、1916年7月2日 - 2003年9月11日)は、埼玉県出身の洋画家。日本芸術院会員。浦和画家の一人。瑞宝章受章者。
金子 徳衛(かねこ とくえ、1914年 - 1998年)は、… 金子 徳衛(かねこ とくえ、1914年 - 1998年)は、埼玉県出身の洋画家。浦和画家の一人。 兄は元蕨市市長の金子吉衛。浦和中学校(現:埼玉県立浦和高等学校)卒業後、東京美術学校油画科に入学。同級生には藤本東一良、柳宗理、1年先輩に渡辺武夫がいた。1947年の第三回日展では、審査員であり師の寺内萬治郎(同じく浦和画家)の肖像画「T先生の像」を出品し、特選を受賞した。また、萬治郎も弟子の金子の肖像画「画家K君の像」を展示し、師弟が互いの肖像画を展示するというのは文展以来の歴史の中でも無く、話題となった。作品の一部は埼玉県立近代美術館に収蔵されている。
高田 誠(たかだ まこと、1913年9月24日 - 1992… 高田 誠(たかだ まこと、1913年9月24日 - 1992年10月24日)は、埼玉県出身の洋画家、文化功労者。瑞宝章受章者。浦和画家の代表格として知られる。 埼玉県浦和町(のち浦和市、現・さいたま市)常盤町の代々医者として知られていた旧家である高田家に生まれた。父は医師のほか民政党の県議会議員を務めた高田源八。兄に、医師であり浦和医師会会長、埼玉県産婦人科医会会長、浦和教育委員などを務めた高田進、弟に斎藤工業株式会社代表取締役社長、社団法人埼玉建設産業団体連合会初代会長、社団法人全国建設産業団体連合会会長などを務めた斎藤裕がいる。埼玉県立男子師範学校付属小学校の5、6年生のころに初めて油絵を制作している。
永田 二郎(ながた じろう、1883年 - 1971年)は、… 永田 二郎(ながた じろう、1883年 - 1971年)は、埼玉県出身の洋画家。浦和画家。 浦和中学(現:埼玉県立浦和高等学校)を卒業後東京美術学校に入学し、黒田清輝や岡田三郎助に学ぶ。卒業後フランスへの留学を希望していたが、家督を相続するため断念するも細々と絵を描いていた。晩年は田園風景を描き続け、徳富蘇峰と荒川堤防を散策するなどしていた。