坂本 忠雄(さかもと ただお、1935年4月15日 - 20… 坂本 忠雄(さかもと ただお、1935年4月15日 - 2022年1月29日)は、日本の編集者。 月刊文芸誌『新潮』編集長を長年務めた。三田文学新人賞選考委員、開高健記念会会長。こども読書推進賞表彰選考委員。山口県下関市生まれ。
東京都立新宿高等学校:333人
坂本 忠雄(さかもと ただお、1935年4月15日 - 20… 坂本 忠雄(さかもと ただお、1935年4月15日 - 2022年1月29日)は、日本の編集者。 月刊文芸誌『新潮』編集長を長年務めた。三田文学新人賞選考委員、開高健記念会会長。こども読書推進賞表彰選考委員。山口県下関市生まれ。
森 謙治(もり けんじ、1935年3月21日 - )は、日本… 森 謙治(もり けんじ、1935年3月21日 - )は、日本の化学者。東京大学名誉教授、日本学士院会員。農学博士。専攻は有機合成化学、生物活性物質化学。元日本農芸化学会会長。元社団法人有機合成化学協会会長。日本統治時代の朝鮮京城府生まれ。
鈴木 喬(すずき たかし、1935年1月18日 - )は、日… 鈴木 喬(すずき たかし、1935年1月18日 - )は、日本の実業家。エステー会長(元社長)。東京都渋谷区出身、一橋大学商学部卒業。 1935年(昭和10年)今でいう日用品のディスカウンターをしていた鈴木千蔵(エステー化学初代社長)の四男として東京都で生まれる。戦争にかり出された兄たちにかわり、小学生のころから家業を手伝う。東京大空襲で店を焼かれ、焼け野原のなか父のゼロからの再出発を支えた。 東京都立新宿高等学校を経て、商人になりたいという想いから叔父に勧められ一橋大学商学部に進学。すでに父と兄がエステー化学工業㈱(現エステー)を設立していたが「もっと広い世界で活躍したい」と考え、サラリーマンの道を選択する。
友枝 啓泰(ともえだ ひろやす、1935年 - 2009年8… 友枝 啓泰(ともえだ ひろやす、1935年 - 2009年8月27日)は、日本の文化人類学者。国立民族学博物館名誉教授、広島市立大学名誉教授。 東京都立新宿高等学校を経て、東京大学教養学部卒業。埼玉大学助教授、国立民族学博物館助教授、同教授、広島市立大学教授を歴任。主にアンデス社会・文化を中心に研究活動を行った。
新井正(あらい ただし、1935年- )は、日本の水文学者、… 新井正(あらい ただし、1935年- )は、日本の水文学者、立正大学地球環境科学部元教授(名誉教授)。水文気候学、陸水学が専門。
丸山 松幸(まるやま まつゆき、1934年10月24日 - … 丸山 松幸(まるやま まつゆき、1934年10月24日 - )は、中国思想史学者、東京大学名誉教授。台北生まれ。
副田 義也(そえだ よしや、1934年10月17日 - 20… 副田 義也(そえだ よしや、1934年10月17日 - 2021年10月8日)は、日本の社会学者・漫画評論家。筑波大学名誉教授。 東京生まれ。父は牧師・副田正義(1906年-2004年、青山学院神学部卒業)。 1953年、東京都立新宿高等学校卒業。1957年、東京大学文学部社会学科卒業。1959年、同大学院社会科学研究科修士課程修了。1995年、「生活保護制度の社会史」で東京大学より博士(社会学)の学位を取得。1959-1966 日本社会事業大学 嘱託・助手・講師・助教授。1966-1977 東京女子大学助教授・教授。1977-1998 筑波大学 教授 1995年、副学長。1998-2010 金城学院大学教授。
中島 貞夫(なかじま さだお、1934年(昭和9年)8月8日… 中島 貞夫(なかじま さだお、1934年(昭和9年)8月8日 - )は、日本の映画監督・脚本家。
轡田 収(くつわだ おさむ、1934年1月30日 - )は、… 轡田 収(くつわだ おさむ、1934年1月30日 - )は、ドイツ文学者、学習院大学名誉教授。 兵庫県出身。東京大学卒。立教大学助教授、学習院大学助教授、75年教授。2004年定年退任、名誉教授。 ドイツのバロック文学を専攻。ドイツ文芸理論を翻訳紹介した。
田草川 弘(たそがわ ひろし 1934年1月28日 - 20… 田草川 弘(たそがわ ひろし 1934年1月28日 - 2024年7月30日)は、日本の作家・ジャーナリスト。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て早稲田大学第一文学部英文科卒業後、NHK記者、AP通信記者、東海大学教授を経てフリー・ジャーナリスト。 放送ジャーナリストエドワード・R・マローの評伝『ニュースキャスター』と、翻訳『マロー・ボーイズ』を刊行している。 『黒澤明VS.ハリウッド 「トラ・トラ・トラ!」その謎のすべて』(文藝春秋)で、第28回講談社ノンフィクション賞、第33回大佛次郎賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞、第57回芸術選奨文部科学大臣賞を、各受賞した。また映画本大賞2006(キネマ旬報)で、ベストワンに選出された。
筒井 若水(つつい わかみず、1934年1月14日 - )は… 筒井 若水(つつい わかみず、1934年1月14日 - )は、日本の法学者。専門は国際法。学位は、法学博士(課程博士・1963年3月29日)(学位論文「国際経済組織化の法構造 -経済統合の機構的発現を中心として-」)。東京大学名誉教授。2013年、瑞宝中綬章受章。 1934年、東京で生まれた。1952年、東京都立新宿高等学校卒業。1958年、東京大学教養学部国際関係論卒業、1963年、同大学院社会科学研究科公法修了、同年3月29日、学位論文「国際経済組織化の法構造 -経済統合の機構的発現を中心として-」で、課程博士(甲博士)として法学博士の学位を取得、報告番号は「甲00745」。 東京大学教養学部専任講師、1965年、助教授、1979年、教授、1994年、東京大学定年退官、一橋大学法学部教授、1997年、一橋大学定年退官、早稲田大学政治経済学部特任教授、2004年退任。
森本 芳樹(もりもと よしき、1934年 - 2012年5月… 森本 芳樹(もりもと よしき、1934年 - 2012年5月29日)は、西洋史学者、九州大学名誉教授。父と母は数学者の森本清吾、治枝。兄は天文学者の森本雅樹。息子はイスラム史の研究者、森本一夫。
川端 香男里(かわばた かおり、男性、1933年(昭和8年)… 川端 香男里(かわばた かおり、男性、1933年(昭和8年)12月24日 - 2021年(令和3年)2月3日)は、日本のロシア文学者。東京大学名誉教授。川端康成記念会理事長。旧姓・山本 1933年(昭和8年)12月24日、英文学者で翻訳家の山本政喜の三男として東京(現・品川区)で誕生。開成中学、東京都立第六高等学校(現・東京都立新宿高等学校)を経て、東京大学教養学部教養学科フランス分科に進学。同大学を卒業後、同大学大学院人文科学研究科で比較文学比較文化(ロシア文学の比較文学的研究)を専攻。1960年よりフランス政府給費留学生としてパリ大学に留学。同期生には友人の栗原雅直がいた。 1963年、北海道大学文学部の専任講師となった。
池田 明良(いけだ あきら、1933年11月2日 - 200… 池田 明良(いけだ あきら、1933年11月2日 - 2009年12月31日)は、日本のバリトン歌手、合唱指揮者。
中村 光男(なかむら みつお、1933年10月19日 - )… 中村 光男(なかむら みつお、1933年10月19日 - )は、日本の文化人類学者、千葉大学名誉教授。東南アジアのイスラーム、特にインドネシアのイスラーム社会運動の研究者として国際的にも著名。 旧関東州大連市生まれ。父中村繁次は満州電業技師、のち北満支社長、戦犯としてソ連に抑留、20年の重労働刑、1955年帰国後、キリスト教牧師となる。家族は敗戦後1947年まで、中国東北部長春市で過ごした。1947年8月東京に引き揚げ。 1949年東京都立国立中学校卒業、1952年東京都立新宿高等学校卒業を経て、同年、東京大学入学。中学・高校時代より、青年共産同盟(青共)に加入、わだつみ会、反戦学生同盟で活動。
清水 多吉(しみず たきち、1933年8月8日 - 2024… 清水 多吉(しみず たきち、1933年8月8日 - 2024年12月3日)は、日本の哲学者、立正大学名誉教授。フランクフルト学派の研究に取り組んだ先駆的哲学者。 福島県会津若松生まれ。東京都立新宿高等学校を卒業、東京大学文学部哲学科卒。1963年から立正大学に勤務、教授、2004年に定年退任、名誉教授。また、神奈川大学の非常勤講師も務めた。 2024年12月3日、慢性心不全のため死去。91歳没。
山之内 秀一郎(やまのうち しゅういちろう、1933年 (昭… 山之内 秀一郎(やまのうち しゅういちろう、1933年 (昭和8年)7月10日 - 2008年(平成20年)8月8日)は、日本の鉄道実業家。東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)初代副社長、元会長、宇宙航空研究開発機構(JAXA)初代理事長。
豊口 協(とよぐち きょう、1933年4月29日 - )は、… 豊口 協(とよぐち きょう、1933年4月29日 - )は、日本の、工業デザイナーである。現在、長岡造形大学名誉教授、東京造形大学名誉教授。元東京造形大学学長、元長岡造形大学学長。専門分野はインダストリアルデザイン。
西村 利郎(にしむら としろう、1933年4月10日 - 2… 西村 利郎(にしむら としろう、1933年4月10日 - 2006年10月21日)は、日本の弁護士である。渉外弁護士として知られ、設立した弁護士事務所は現在、四大法律事務所のひとつである西村あさひ法律事務所となっている。
石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日… 石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日 -)は、日本の小説家、SF作家、サイエンス・ライター、SF書誌研究家、通信工学者(工学博士)である。2000年ごろ、インターネット上で保守的な発言を始めた頃から、過去の自作に因んで“オロモルフ”と名乗り始めた。 ハードSF研究所、SF資料研究会主宰。日本文芸家協会、日本推理作家協会、日本SF作家クラブなどの会員。靖国神社崇敬奉賛会終身会員。元玉川大学教授。論文特許多数あり。 遠縁に社会主義者の沖野岩三郎。 東京府東京市(現在の東京都渋谷区原宿)生まれ。歯科医の長男としてうまれる。母親は同志社大学卒業で、吉屋信子の英語の家庭教師をしたこともある。
宗方 俊遃(むねかた としゆき、1933年3月7日- )は、… 宗方 俊遃(むねかた としゆき、1933年3月7日- )は、日本の教育者。元都立高等学校生物学の教員、教頭、学校長を歴任。
春木 豊(はるき ゆたか、1933年 - )は、日本の心理学… 春木 豊(はるき ゆたか、1933年 - )は、日本の心理学者。早稲田大学名誉教授。文学博士(早稲田大学)。
小林 和夫(こばやし かずお、1933年 - )は、日本の牧… 小林 和夫(こばやし かずお、1933年 - )は、日本の牧師、神学校教師。東京聖書学院名誉院長。
山田高生(やまだ たかお、1932年11月15日-2014年… 山田高生(やまだ たかお、1932年11月15日-2014年10月10日)は、日本の社会学者。成城大学名誉教授。専門はドイツ社会政策史。
橘 祐典(たちばな ゆうてん、本名:橘裕彦(たちばな ひろひ… 橘 祐典(たちばな ゆうてん、本名:橘裕彦(たちばな ひろひこ)、1932年10月17日 - 2010年9月22日)は、日本の映画監督。『どぶ川学級』や『にんげんをかえせ』、『東京大空襲 ガラスのうさぎ』をはじめ、反戦・労働運動を軸に社会派作品を手掛けたことで知られる。日本共産党員であった。 1932年10月17日、東京市牛込(現・東京都新宿区牛込)の出版業を営む家庭に生まれる。幼少時より映画好きが高じ、東京都立新宿高等学校を経て今井正、山本薩夫両監督の下に助監督として入り、以後独立系プロダクションを転々とする。初監督作品は1956年三井芸術プロの記録映画『働く少年のねがい』。1966年には青銅プロ設立に加わる。
石井 幸孝(いしい よしたか、1932年10月12日 - )… 石井 幸孝(いしい よしたか、1932年10月12日 - )は、日本の鉄道技術者。実業家、九州旅客鉄道(JR九州)初代社長。広島県呉市出身。本籍は京都府宮津市漁師町。 東京都立新宿高等学校、東京大学工学部機械工学科卒業。1955年日本国有鉄道(国鉄)に入社。蒸気機関車の補修を皮切りに、油まみれの工場勤務からスタート。1959年、本社臨時車両設計事務所でディーゼル車両の担当技師として車両設計・開発を担当。キハ81系「はつかり」、キハ82系、キハ58系、DD51形、DE10形などディーゼル車両開発最盛期の仕事に携わった。ディーゼル特急「はつかり」を東北本線に導入した当時は故障に泣かされ、毎晩徹夜で修理作業に当たったという。
中本 信幸(なかもと のぶゆき、1932年7月6日 - )は… 中本 信幸(なかもと のぶゆき、1932年7月6日 - )は、日本のロシア文学者、演劇評論家、翻訳家、神奈川大学名誉教授。
森本 雅樹(もりもと まさき、1932年5月14日 - 20… 森本 雅樹(もりもと まさき、1932年5月14日 - 2010年11月16日)は、日本の天文学者。専門は、電波天文学。数学者・森本清吾、森本治枝の次男。実業家・教育家の深沢利重の孫。弟は西洋史学者の森本芳樹。
二宮 宏之 (にのみや ひろゆき、1932年5月 - 200… 二宮 宏之 (にのみや ひろゆき、1932年5月 - 2006年3月)は、日本の歴史学者。西洋史・フランス史。東京外国語大学名誉教授及びフェリス女学院大学名誉教授。
長谷部 安春(はせべ やすはる、男性、1932年(昭和7年)… 長谷部 安春(はせべ やすはる、男性、1932年(昭和7年)4月4日 - 2009年(平成21年)6月14日)は、日本の映画監督、演出家。東京府東京市出身。東京都立新宿高等学校、早稲田大学文学部仏文科卒業。作家のハセベバクシンオー、女優の長谷部香苗は実子。
富永 明夫(とみなが あきお、1932年2月23日 - )は… 富永 明夫(とみなが あきお、1932年2月23日 - )は、フランス文学者、東京大学名誉教授。
藤木 英雄(ふじき ひでお、1932年2月20日 - 197… 藤木 英雄(ふじき ひでお、1932年2月20日 - 1977年7月9日)は、日本の刑事法学者。元東京大学法学部教授。法学博士。従四位勲四等旭日小綬章。長野県松本市出身。
前川 正雄(まえかわ まさお、1932年 - )は日本の企業… 前川 正雄(まえかわ まさお、1932年 - )は日本の企業経営者、前川製作所顧問。
渡辺 定夫(わたなべ さだお、1932年 - )は、日本の都… 渡辺 定夫(わたなべ さだお、1932年 - )は、日本の都市計画家。教育者。東京大学名誉教授。日本でアーバンデザインの指導及び実践、人材育成を担った人物。工学博士。東京生まれ。
大橋 國一(おおはし くにかず、1931年(昭和6年)10月… 大橋 國一(おおはし くにかず、1931年(昭和6年)10月21日 - 1974年(昭和49年)3月21日)は、日本の声楽家(バス、バリトン)、オペラ歌手。ヨーロッパの歌劇場と専属契約を結んだ最初の日本人歌手であり、日本人歌手の海外進出の嚆矢となった。しばしば新字体で大橋国一と表記される。1973年11月に再発した結腸がんが肝臓に転移し、闘病の末、1974年3月21日に42歳の若さで亡くなりました。ヨーロッパで活躍し、将来を嘱望されながらも病によってその才能を断たれました。 東京府出身。東京都立新宿高等学校時代にコーラス部に入ったのがきっかけで、声の良さを認められ1951年(昭和26年)に東京藝術大学に入学。
菅野 卓雄(すがの たくお、1931年8月25日 - )は、… 菅野 卓雄(すがの たくお、1931年8月25日 - )は、日本の工学者(電子工学)。勲等は瑞宝重光章。学位は工学博士(東京大学・1959年)。東京大学名誉教授、東洋大学名誉教授、文化功労者。 東京大学工学部教授、東京大学工学部学部長、東洋大学工学部教授、東洋大学工学部学部長、東洋大学学長、学校法人東洋大学理事長などを歴任した。 東京府出身の電子工学者である。固体エレクトロニクス分野、特に電界効果トランジスタに関する研究を行い、その後の大規模集積回路の微細化につながる基礎を確立した。東京大学工学部で助教授や教授を務めるとともに、学部長など要職を歴任した。東洋大学に転じ、工学部の教授や学部長を経て、学長に就任した。
富永 健一(とみなが けんいち、1931年〈昭和6年〉7月1… 富永 健一(とみなが けんいち、1931年〈昭和6年〉7月1日 - 2019年〈平成31年〉2月23日)は、日本の社会学者。 社会学博士(東京大学・論文博士・1967年)、博士(経済学)(京都大学・論文博士・1998年)。東京大学名誉教授、文化功労者、日本学士院会員。 1931年、東京都杉並区生まれ。満洲から引き揚げ都立六中1年次に転校。同期に吉原健二(元厚生事務次官)らがいた。1950年3月に新制都立新宿高校を卒業。同年、東京大学文学部社会学科に入学。1955年3月に卒業し、同大学大学院社会学研究科に進んだ。1959年9月、博士課程を中退。 1959年10月に東京大学文学部助手に採用される。1962年4月に同専任講師、1966年11月に同助教授に昇格。
黒柳 明(くろやなぎ あきら、1931年〈昭和6年〉6月19… 黒柳 明(くろやなぎ あきら、1931年〈昭和6年〉6月19日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(5期)、公明党参議院議員団長、公明党副委員長、新進党参議院議員代表、公明党常任顧問などを歴任した。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て、早稲田大学英文科卒業。聖教新聞編集局長や潮出版社の編集主幹を歴任する。 1965年(昭和40年)の第7回参議院議員通常選挙に全国区から公明党公認で立候補し、初当選(連続5期当選)。 1971年(昭和46年)の第9回参議院議員通常選挙からは東京地方区で立候補し、当選を重ねる。 1992年(平成4年)、公明党副委員長に就任。1994年(平成6年)12月10日、新進党の結成に参加し、新進党参議院議員代表に就任。
青木 望 (あおき のぞみ、1931年3月2日 - 2026… 青木 望 (あおき のぞみ、1931年3月2日 - 2026年2月20日)は、日本の作曲家、編曲家。JASRAC会員。 クリスチャンの家系であり、幼少期から母親のオルガン演奏に合わせ賛美歌を毎週歌っていた。これが好きだったといい、後に青木は「私の音楽の原点だった」と回想している。 少年時代から音楽に親しみ、ヴァイオリンが得意であったという。 旧制東京府立第六中学校(現:東京都立新宿高等学校)在学中、知人に誘われてバンド活動を始める。そこでステージ演奏の魅力に摂りつかれたことで学校を中退し、15歳でプロのミュージシャンとしてデビュー。様々なバンドを転々としながら活動する。 当初は、自分が所属するバンドのために作曲・編曲をはじめたが、外部からも頼まれるようになり、放送やレコーディングが多くなると演奏家より稼げるようになったため、作・編曲家に転向。
小瀬 格(おせ いたる、1931年〈昭和6年〉1月21日 -… 小瀬 格(おせ いたる、1931年〈昭和6年〉1月21日 - 1995年〈平成7年〉8月30日)は、日本の俳優。本名は佐藤 格。 東京都出身。東京都立新宿高等学校、早稲田大学文学部卒業。文学座に所属していた。 昭和30年に劇団・文学座に入団。 福田恆存の『キティ颱風』で初舞台。その後は『握手握手握手』『華岡青洲の妻』『好色一代女』などに出演。
國生 一彦(こくしょう かずひこ、1931年 - )は、日本… 國生 一彦(こくしょう かずひこ、1931年 - )は、日本の弁護士。國生法律事務所所長。
堀 孝彦(ほり たかひこ、1931年 - )は、倫理学者、英… 堀 孝彦(ほり たかひこ、1931年 - )は、倫理学者、英学者、名古屋学院大学名誉教授。
豊島 格(とよしま とおる 1930年10月19日 - )は… 豊島 格(とよしま とおる 1930年10月19日 - )は、日本の通産官僚。元資源エネルギー庁長官。妻は政治家小泉純一郎(元総理大臣)の姉。
湯沢 雍彦(ゆざわ やすひこ、1930年8月25日 - )は… 湯沢 雍彦(ゆざわ やすひこ、1930年8月25日 - )は、日本の社会学者、お茶の水女子大学名誉教授。専門は家族社会学。
加藤 廣(かとう ひろし、1930年6月27日 - 2018… 加藤 廣(かとう ひろし、1930年6月27日 - 2018年4月7日)は、日本の小説家。 東京生まれ。東京都立新宿高等学校、東京大学法学部卒業。1954年に中小企業金融公庫に入庫。 京都支店長、本店調査部長などを歴任後、山一證券に勤務し、同経済研究所顧問、埼玉大学経済学部講師などを経て、中小企業やベンチャー企業のコンサルタントを務める。 2005年に構想15年の作品『信長の棺』で小説家デビュー。デビュー当時75歳という年齢が話題を呼ぶ。 それ以前からビジネス書を著していたが、『信長の棺』は『日本経済新聞』に連載され、ベストセラーとなった。同作は第12回中山義秀文学賞の候補作にも選ばれた。 その後『秀吉の枷』『明智左馬助の恋』と本能寺三部作を発表して大きな話題を呼ぶ。
大野 松雄(おおの まつお、1930年6月17日 - 202… 大野 松雄(おおの まつお、1930年6月17日 - 2022年12月19日)は、日本の音響デザイナー、音響効果技師、現代音楽家。テレビアニメ『鉄腕アトム』に関わったことで知られている。 1930年、東京府神田区に生まれる。東京府立第六中学校(現・東京都立新宿高等学校)を経て、旧制富山高等学校を中退。 文学座、NHK東京放送効果団に勤めたのち、独立した。 1963年から1966年にかけて放映された『鉄腕アトム』において、テープ変調を使用してアトムの足音やビームの音などを作り出し、これが日本SFアニメの効果音の定型となった。1975年には、それらの効果音を集めたアルバム『鉄腕アトム 音の世界』が発売されている。
加藤 秀俊(かとう ひでとし、1930年(昭和5年)4月26… 加藤 秀俊(かとう ひでとし、1930年(昭和5年)4月26日 - 2023年(令和5年)9月20日)は、日本の社会学者。社会・思想・文化評論家。 長男加藤文俊は慶應義塾大学教授。 東京商大(現・一橋大学)で社会学を学び、丸山眞男らの「思想の科学研究会」に参加。1954年渡米し、社会学者デイヴィッド・リースマンから大衆社会論の指導を受けた。その間『中間文化』(1957年)を発表。同年、社会心理学を土台にした理論「マス・コミュニケーション」を提唱。以後『人間関係』(1966年)、『空間の社会学』(1976年)など、日常生活のありふれた現象から、社会の隠された構造を露わにする方法で、多彩な研究活動を展開。
不破 哲三(ふわ てつぞう、1930年1月26日 - )は、… 不破 哲三(ふわ てつぞう、1930年1月26日 - )は、日本の政治家。日本共産党中央委員会常任幹部会委員、党付属社会科学研究所所長。前党中央委員会議長。元衆議院議員。“不破”はペンネームで本名は上田 建二郎(うえだ けんじろう)。東京大学理学部物理学科卒業。日本共産党元副委員長の上田耕一郎は実兄。『道ひとすじ 不破哲三とともに生きる』(中央公論新社)の著書上田七加子は妻。
小野 二郎(おの じろう、1929年8月18日 - 1982… 小野 二郎(おの じろう、1929年8月18日 - 1982年4月26日)は、日本の英文学者、思想家。 1929年、東京府高円寺で生まれた。1947年、東京府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)を卒業。東京大学教養学部教養学科イギリス科で学び、1955年に卒業。同大学院比較文学比較文化に進み、1958年に修士課程を修了した。 卒業後は出版社の弘文堂に勤務し、谷川雁の評論集「原点が存在する」や「現代芸術論叢書」シリーズを企画し、師の島田謹二『ロシヤにおける広瀬武夫』や、澁澤龍彦『サド復活』、篠田一士『邯鄲にて』等多くを刊行した。 1960年、中村勝哉と共に晶文社を設立し、のち編集顧問。弘文堂を退職し、東海大学専任講師となった。
栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023… 栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023年5月5日)は、日本のフランス文学者、美術評論家、作家、翻訳家。駒沢女子大学日本文化研究所名誉所長。 フランス象徴主義の詩人・ロートレアモン伯爵の作品を日本で初めて全訳し、レフ・トロツキーの翻訳も行った。また詩人でもあり、戯曲も書いた。多彩な創作、評論活動を展開し、仏教、寺院建築、美術等に関する日本文化論の著書を多く発表した。 東京生まれ、満洲出身。父は栗田健男。 1947年、東京府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)卒業。1953年、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、同大学院修士課程修了。1960年より文筆活動に入る。 1962年、松田政男、山口健二、川仁宏らが企画した自立学校で、谷川雁、吉本隆明、埴谷雄高、黒田寛一、森秀人らとともに、講師をつとめる。