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鈴木 茂樹(すずき しげき、1956年〈昭和31年〉5月2日… 鈴木 茂樹(すずき しげき、1956年〈昭和31年〉5月2日 - )は、日本の郵政・総務官僚。 総務審議官(国際担当)、総務審議官(郵政・通信担当)、総務事務次官などを歴任した。情報漏洩の科により2019年12月20日付で停職3ヵ月の懲戒処分を受け、即日辞職。総務省退官後、NTTからの違法接待も発覚した。株式会社横須賀テレコムリサーチパーク代表取締役社長、一般社団法人CRM協議会副会長。 神奈川県横須賀市出身。東京大学農学部農業経済学科卒業。国家公務員採用上級甲種試験(試験区分:経済)に合格し、1981年、郵政省入省。 2001年、総務省大臣官房秘書課調査官。同年、総務省総合通信基盤局国際部国際経済課長。
坂本 堤(さかもと つつみ、1956年〈昭和31年〉4月8日… 坂本 堤(さかもと つつみ、1956年〈昭和31年〉4月8日 - 1989年〈平成元年〉11月4日)は、神奈川県横須賀市出身の弁護士、自由法曹団員。オウム真理教の幹部らによって殺害される(坂本堤弁護士一家殺害事件)。 神奈川県立横須賀高等学校、東京大学法学部卒業。法律事務所の事務職員勤務を経て、1984年、28歳で司法試験合格、司法修習(第39期司法修習生)を経て、1987年より横浜法律事務所で弁護士業務に携わった。司法修習生時代の同期に中村裕二、福島瑞穂がいる。また事務員時代に豊田商事破産事件管財人弁護士団を手伝っていたことがある。当時管財人弁護士団に参加していた宇都宮健児の事務員が、後の妻・都子であった(出産直前の1988年まで勤務)。
浅羽 義里(あさば よしさと、1956年4月 - 2025年… 浅羽 義里(あさば よしさと、1956年4月 - 2025年5月16日)は、日本の地方公務員、土木技術者。神奈川県県土整備局長、神奈川県副知事、神奈川県住宅供給公社理事長、神奈川県内広域水道企業団企業長を歴任。 神奈川県横須賀市生まれ。神奈川県立横須賀高等学校を経て、1980年東京工業大学(のちの東京科学大学)工学部土木工学科卒業。同年土木職として神奈川県庁に入庁し、横浜治水事務所に配属された。都市計画課長、平塚土木事務所長、横須賀土木事務所長、環境共生都市部長、県土整備局参事監等を経て、2014年県土整備局長。2016年から土木職からは初となる神奈川県副知事を務め、スポーツ局、環境農政局、県土整備局、収用委員会、漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会等を担当するとともに、横浜新都市センター取締役を兼務し、神奈川県庁で山本隆東京都副知事との間で、2020年東京オリンピック・2020年東京パラリンピックの負担協議を行うなどした。
西岡 淳(にしおか あつし、1956年(昭和31年) - )… 西岡 淳(にしおか あつし、1956年(昭和31年) - )は、帝京大学経済学部教授。日本の外交官。
牧野 雅彦(まきの まさひこ、1955年11月27日- )は… 牧野 雅彦(まきの まさひこ、1955年11月27日- )は、日本の政治学者、広島大学名誉教授。博士(法学)。専門は政治思想史。 神奈川県生まれ。神奈川県立横須賀高等学校を経て、1979年京都大学法学部卒業。1981年名古屋大学大学院法学研究科修士課程修了、1984年同博士課程単位取得満期退学。同年名古屋大学法学部助手、1988年講師、1993年助教授、同年広島大学法学部助教授、1995年教授。2001年広島大学大学院社会科学研究科教授(大学院部局化に伴う配置換え)。1993年「ウェーバーの政治理論」で名古屋大学博士(法学)。2020年、広島大学を定年退職、名誉教授。 牧野 雅彦(大学院社会科学研究科) 広島大学研究者総覧
山下 学(やました まなぶ、1955年6月25日 - )は、… 山下 学(やました まなぶ、1955年6月25日 - )は、日本の法学者、米国医学者。立正大学法学部教授、立正大学大学院法学研究科租税法研究室教授兼任。元東京国税局国税実査官。元国会議員政策担当秘書。元TKC全国会中央研修所顧問。元内閣審議官(任期付特別職・退官時内閣官房副長官補)。専門は租税法 、企業会計法。船舶税制の第一人者として海事振興連盟3号会員(学者枠)、 水交会会員。世界サンゴ礁保護協会会長。元・国税職員として勤務時代に、税務相談官を経験し、国税の実務を知る学者として、数多くの講演、研修講師を務める。税務政策研究会主幹。税務政策研究会は2014年5月に一般社団法人税務政策研究会となり、理事長は向山裕純税理士、事業再生士。 医師としては、2010年にCalifornia州に登録、現在、腹腔鏡手術の専門医課程の研修中。
近藤 雄介(こんどう ゆうすけ、1955年(昭和30年)5月… 近藤 雄介(こんどう ゆうすけ、1955年(昭和30年)5月5日 - )は、フリーアナウンサー。元フジテレビ社員・元同局アナウンサー。血液型AB型。 神奈川県横須賀市出身。 神奈川県立横須賀高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。 1979年フジテレビ入社。同期に野崎昌一(後に他部署へ異動、2019年以降は近藤同様に東京フィルム・メート所属のフリーアナウンサー)、大野かおり、斎藤裕子、古賀万紀子、皆川寿美、本間正彦、稲木甲二(専務取締役を経て、2017年以降は仙台放送代表取締役社長兼さくらんぼテレビ取締役)、若松誠(常務取締役を経て、2019年以降はテレビ静岡代表取締役社長)。主にスポーツ畑で活動し、プロ野球中継、バレーボール、ボクシング中継、オリンピックなどの実況中継を担当していた。
藤本 敦夫(ふじもと あつお、1954年4月1日 - )は、… 藤本 敦夫(ふじもと あつお、1954年4月1日 - )は、神奈川県鎌倉市出身の音楽家。橋本一子は妻。 神奈川県立横須賀高等学校、早稲田大学卒業。ピアノを高橋悠治、高橋アキを育てた蔭山英子に、声楽を前田幸市郎、ベルトラメリ能子に師事、小学生の頃よりステージ、テレビ、ラジオ、レコーディングなどで活動。1980年にはYMO初の国内ツアー、「TECHNOPOLIS 2000-20」に参加。その後、橋本一子、横山雅史、木村万作、石井AQらと組んだ「カラード・ミュージック (Colored Music)」などでのリーダー活動の他、山下洋輔、渡辺香津美、坂田明、今堀恒雄、菊地成孔、谷山浩子、小川美潮、POiSON GiRL FRiEND、Phewなどとコラボする一方、テレビ、映画の作曲家、プロデューサー、アレンジャー、セッションミュージシャンなど多岐にわたって活動する。
上地 克明(かみじ かつあき、1954年〈昭和29年〉1月2… 上地 克明(かみじ かつあき、1954年〈昭和29年〉1月29日 - )は、日本の政治家。神奈川県横須賀市長(第37、38、39代)、横須賀市議会議員(4期)。 タレント上地雄輔の父。 神奈川県横須賀市吉倉町生まれ。父は宮古島出身。横須賀市立逸見小学校、横須賀市立桜台中学校、神奈川県立横須賀高等学校、早稲田大学商学部卒業。大学在学中は新自由クラブの学生遊説隊長を務めた。大学卒業後の1977年に株式会社ニチリョウに入社。 1978年2月から新自由クラブ神奈川県連の広報副委員長ならびに田川誠一衆議院議員の秘書を務める。田川事務所では、国会及び川崎市を担当した。 1983年の神奈川県議会議員選挙へ宮前区選挙区から当時最年少で立候補したが、落選した。
原田 一之(はらだ かずゆき、1954年(昭和29年)1月2… 原田 一之(はらだ かずゆき、1954年(昭和29年)1月22日 - )は、日本の実業家。京浜急行電鉄代表取締役会長。日本民営鉄道協会会長。日本観光振興協会副会長。横浜商工会議所副会頭。 神奈川県横須賀市平作出身。神奈川県立横須賀高等学校、東北大学法学部卒業。 1976年京浜急行電鉄入社、上大岡駅配属。三崎営業所、金沢文庫車掌区での勤務等を経て、1998年京浜急行電鉄鉄道本部鉄道営業部営業課長、2001年京急ステーションサービス代表取締役社長、2004年京浜急行電鉄鉄道本部計画営業部長、2005年同社人事部長などを経て、2007年取締役鉄道本部計画営業部長、2010年常務取締役鉄道本部長兼事業計画推進部長、2011年専務取締役グループ戦略室長。
真壁 昭夫(まかべ あきお、1953年(昭和28年)10月2… 真壁 昭夫(まかべ あきお、1953年(昭和28年)10月21日 - )は、日本の経済学者。みずほ総合研究所主席研究員等を経て、法政大学大学院政策創造研究科教授。専門は行動ファイナンス理論、投資理論、金融工学。行動経済学会設立に参画し、第1期・第2期常任理事を務めた。 1953年神奈川県横須賀市生まれ。神奈川県立横須賀高等学校を経て、1976年一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。1983年ロンドン大学ロンドン・ビジネス・スクール修了、MsC(経営学修士)。 メリルリンチ社ニューヨーク本社出向、DKB INT `L出向(トレーディング部長)、第一勧業銀行市場営業部次長、同行資金証券部次長、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長、同研究所主席研究員、みずほ総合研究所調査本部主席研究員、みずほコーポレート銀行業務監査部参事役、内閣府経済動向分析チームメンバーを歴任。
清水 高師(しみず たかし、Takashi Shimizu、… 清水 高師(しみず たかし、Takashi Shimizu、1953年1月13日 - )は、神奈川県横須賀市出身のヴァイオリニスト。東京藝術大学名誉教授。 6歳より徳永茂、鷲見三郎に師事。1963年の10歳の時、第17回全日本学生音楽コンクール第1位。1968年、神奈川県立横須賀高等学校に進み、1970年、第39回日本音楽コンクールで第1位、レウカディア特別賞を受賞した。 1971年、高校卒業後、南カリフォルニア大学に入学、ヤッシャ・ハイフェッツに師事した。3年後、フランス政府より給費生として招待されパリに渡りミシェル・オークレールに師事。1977年、文化庁よりロンドンへ派遣されギルドホール音楽演劇学校に入学。
山本 省三(やまもと しょうぞう、1952年3月6日 - )… 山本 省三(やまもと しょうぞう、1952年3月6日 - )は、日本の絵本作家・児童文学作家。神奈川県横須賀市生まれ。神奈川県立横須賀高等学校、横浜国立大学教育学部(児童心理学専攻)卒業。医薬品メーカーのコピーライターを経て、高橋宏幸が講師を担当する絵本作家の夜間講座を受講。本職がコピーライターなら文章も書けるのではないかと提案され、文と挿絵の両方を手がけるようになる。科学絵本を得意とし、2009年「動物ふしぎ発見」シリーズで日本児童文芸家協会賞特別賞を受賞。幼児向けのパズルやクイズも創作する。日本児童文芸家協会理事長。
森田 浩康(もりた ひろやす、1951年6月19日 - )は… 森田 浩康(もりた ひろやす、1951年6月19日 - )は、RKB毎日放送およびテレビ神奈川(TVK→tvk)の元アナウンサー。血液型はO型。 神奈川県逗子市の出身で、神奈川県立横須賀高等学校から中央大学文学部へ進学。大学生時代までは県内の実家で両親と同居していたが、大学卒業後の1974年4月1日付でアナウンサーとしてRKB毎日放送(ラジオ・テレビ兼営局)へ入社したことを機に、本社のある福岡市で単身生活を始めた。 本人によれば、小学1年時(1958年)からパシフィック・リーグ(パ・リーグ)の試合をテレビ中継でよく見ていたことが高じて、当時パ・リーグに加盟していた太平洋クラブライオンズ(福岡市内の平和台球場を本拠地に使用していた球団)の試合を実況できるアナウンサーを募集していたRKBのアナウンス試験に臨んだという。
木村 良二(きむら りょうじ、1950年10月15日 - )… 木村 良二(きむら りょうじ、1950年10月15日 - )は、日本の弁護士。横浜弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長や、関東弁護士会連合会理事長、法務省法制審議会委員等を歴任した。 神奈川県横須賀市生まれ。神奈川県立横須賀高等学校、明治大学法学部卒業。1980年横浜弁護士会弁護士登録。2006年横浜弁護士会会長。2007年横浜国立大学学術研究部会委員。2008年日本弁護士連合会副会長。2012年日本司法支援センター神奈川地方事務所所長、菱洋エレクトロ監査役。2015年法務省法制審議会委員。2017年日本弁護士政治連盟副理事長兼神奈川支部長。2019年から関東弁護士会連合会理事長を務め、入国管理政策への抗議声明を出すなどした。
林 忠行(はやし ただゆき、1950年[要出典] - )は、… 林 忠行(はやし ただゆき、1950年[要出典] - )は、日本の政治学者。京都女子大学学長(2014年-2020年)、北海道大学名誉教授、日本ロシア・東欧研究連絡協議会代表幹事。専門は国際政治史、チェコスロヴァキア政治外交史。 1950年、北海道で生まれた。 1970年3月、神奈川県立横須賀高等学校を卒業。東京都立大学法学部で学び、1975年3月に卒業した。一橋大学大学院法学研究科公法専攻に入学し、細谷千博の指導を受けた。学位は、修士(法学)(一橋大学)。1977年3月に修士課程を修了。博士課程在学中の1978年11月よりカレル大学哲学部史学科にチェコスロヴァキア政府奨学生として留学(1980年11月まで)。
重松 理(しげまつ おさむ、1949年12月4日 - )は、… 重松 理(しげまつ おさむ、1949年12月4日 - )は、セレクトショップなどを運営する株式会社ユナイテッドアローズの創業者、及び名誉会長。公益財団法人日本服飾文化振興財団代表理事。 出身地の逗子に米軍の居留区があり、米軍関係者が多く住んでいたことから、アメリカ合衆国の文化に触れる機会の多い環境で育ったことをきっかけに、幼少の頃よりファッションに興味を抱く。神奈川県立横須賀高等学校から明治学院大学経済学部に進んだ後、ダックやビームスを経て、畑崎広敏(ワールド)の支援のもと1989年10月にユナイテッドアローズを創業した。 逗子生まれということもあり、海をこよなく愛する。着物好きで、NPO法人「日本・着物を楽しむ会」の活動を通して日本文化の普及に貢献。
宮武 一貴(みやたけ かづたか、1949年9月21日- )は… 宮武 一貴(みやたけ かづたか、1949年9月21日- )は、スタジオぬえ所属のメカニックデザイナー、イラストレーター、コンセプトデザイナー。神奈川県横須賀市出身。本名渡邊一貴。
山際 淳司(やまぎわ じゅんじ、1948年7月29日 - 1… 山際 淳司(やまぎわ じゅんじ、1948年7月29日 - 1995年5月29日)は日本のノンフィクション作家・小説家・翻訳家。本名:犬塚 進(いぬづか すすむ)。神奈川県横須賀市(現・逗子市域)生まれ。 息子はコンサルタント、ライター・犬塚星司。 神奈川県立横須賀高等学校、中央大学法学部一部法律学科卒業。大学在学中、『別冊経済評論』1972年5月号に『高石ともやの歌(フォーク)と心(ハート)』と『言語と感性』の2本のルポを発表し文筆活動を開始。前者は「山際淳司」のペンネームで、後者は本名の犬塚進名義で書かれた。犬塚進名義では、『週刊サンケイ』に人物ルポを執筆するなどしていたが、その頃から、独自の視点、詳細な描写、読んで飽きさせない表現などで認められていた。
鈴木 英人(すずき えいじん、EIZIN、本名:同じ(英人の… 鈴木 英人(すずき えいじん、EIZIN、本名:同じ(英人の読み:ひでと)、1948年7月6日 - ) は、日本のイラストレーター。 福岡県福岡市出身。神奈川県立横須賀高等学校卒業。神奈川県逗子市在住。 1980年頃からイラストレーターとして活動を始める。鈴木のイラストは、『タンタン』の作者であるエルジェや、わたせせいぞうのように、グラデーションを実線で表すリーニュクレール様式が一つの特徴となっており、作中では車や海岸といったモチーフが良く使われる。 また、わたせや永井博のイラストとともに1980年代を象徴するイラストレーターとして認知されている。 特に初期の作品ではアメリカ西海岸を思わせる風景をモデルにしたイラストが多いと誤解されているが、実際に渡米しアメリカ西海岸を訪れて鈴木が目にしたのはアメリカではなく南欧スペインのような風景だった。
齋藤 隆(さいとう たかし、1948年〈昭和23年〉2月11… 齋藤 隆(さいとう たかし、1948年〈昭和23年〉2月11日 - )は、日本の海上自衛官。第2代統合幕僚長、第27代海上幕僚長。防大14期。戦後生まれ(団塊の世代)初の統合幕僚長でもある。神奈川県出身。 父の斎藤頼男は海軍機関学校(第47期)を卒業し、海上自衛隊では防衛大学校学生課長などを務め、第2術科学校長(海将補)を最後に退官した。祖父も海軍水兵であった。横須賀市立池上小学校、横須賀市立池上中学校を経て、父(中22期)と同じく神奈川県立横須賀高等学校(高18期)に進学。高校時代は陸上部に所属し、200メートルハードルでインターハイ出場。のちに齋藤の海幕長在任時に海幕副長となる荒川堯一は高校の同窓である。
野口 潤次郎(のぐち じゅんじろう、1948年 - )は日本… 野口 潤次郎(のぐち じゅんじろう、1948年 - )は日本の数学者、東京工業大学名誉教授である。専門は多変数複素解析、複素幾何。
池田 憲人(いけだ のりと、1947年〈昭和22年〉12月9… 池田 憲人(いけだ のりと、1947年〈昭和22年〉12月9日 - )は、日本の実業家。元株式会社ゆうちょ銀行取締役兼代表執行役社長。神奈川県出身。 神奈川県立横須賀高等学校を経て東北大学法学部を卒業。1970年に横浜銀行に入行。取締役、代表取締役CFOなどを経て、2003年に足利銀行に転職、代表取締役頭取に就任。2009年に新生銀行とあおぞら銀行が経営統合に合意し、両銀行の合併時に代表取締役社長に就任する予定だったが、2010年に両銀行が合併契約を解消した。その後、2012年に東日本大震災事業者再生支援機構が設立されるにあたり代表取締役社長に就任。2016年にゆうちょ銀行に転じ、代表執行役社長(後に、取締役兼代表執行役社長)に就任。
荒川 堯一(あらかわ ぎょういち、1947年(昭和22年)1… 荒川 堯一(あらかわ ぎょういち、1947年(昭和22年)11月6日 - )は、日本の海上自衛官。第37代横須賀地方総監。神奈川県出身。 神奈川県立横須賀高等学校を経て、防衛大学校本科第16期卒業。 第4航空群司令、第1航空群司令、自衛艦隊司令部幕僚長、教育航空集団司令官、海上幕僚副長などを歴任し、第37代横須賀地方総監に就任。荒川の海上幕僚副長在任時に海上幕僚長となった齋藤隆は高校の同窓であった。 退官後は三笠保存会理事長、横須賀市観光協会会長に就任。
山田 藤男(やまだ ふじお、1947年5月30日 - )は、… 山田 藤男(やまだ ふじお、1947年5月30日 - )は、日本の技術者、実業家。カルピス代表取締役社長を務めた。 神奈川県出身。神奈川県立横須賀高等学校を経て、1971年東京工業大学工学部卒業、カルピス食品工業(現カルピス)入社。1995年技術部長。1998年生産システム部長。1999年取締役生産システム部長に昇格。2001年常務取締役。2005年取締役専務執行役員。2007年代表取締役副社長。2009年から代表取締役社長を務め、カルピスのアサヒグループ入りにあたり、同グループとの共同開発を進めた。
増田 弘(ますだ ひろし、1947年5月24日 - )は、日… 増田 弘(ますだ ひろし、1947年5月24日 - )は、日本の政治学者。専門は、日本政治外交史・日米関係・安全保障論。平和祈念展示資料館館長、立正大学名誉教授、東洋英和女学院大学名誉教授。立正大学法学部特任教授、東洋英和女学院大学教授、石橋湛山研究学会会長、独立行政法人平和祈念事業特別基金理事長等を歴任。 神奈川県生まれ。神奈川県立横須賀高等学校(高18期)を経て、1971年慶應義塾大学法学部政治学科(池井優ゼミ)卒業後、1976年同大学大学院法学研究科単位取得退学。1991年法学博士の学位を取得。 1980年琉球大学法文学部専任講師、1981年同助教授を経て、1990年東洋英和女学院大学人文学部。
新藤 宗幸(しんどう むねゆき、1946年6月25日 - 2… 新藤 宗幸(しんどう むねゆき、1946年6月25日 - 2022年3月13日)は、日本の政治学者。千葉大学名誉教授。専門は、行政学、地方自治論。市民主体の行政のあり方を提唱し、論壇でも活動した。 神奈川県逗子市(当時は横須賀市の一部)生まれ。神奈川県立横須賀高等学校、中央大学経済学部卒業。1972年中央大学大学院法学研究科修士課程修了。指導教授は横山桂次・島崎晴哉・中村陽一。財団法人東京市政調査会研究員を務める。78年「1972年州・地方政府財政援助法の成立―一般歳入分与プログラムの創設」によって第4回東京市政調査会・藤田武夫賞を受賞。 1980年専修大学法学部助教授。1987年立教大学法学部教授、その後シェフィールド大学客員教授、2002年千葉大学法経学部教授。
牧島 功(まきしま いさお、1944年10月18日 - 20… 牧島 功(まきしま いさお、1944年10月18日 - 2025年2月27日)は、日本の政治家。第98代神奈川県議会議長。神奈川県政の重鎮として知られ、小泉純也・純一郎・進次郎と三代にわたって小泉家を支えた。娘は衆議院議員の牧島かれん。 横須賀市生まれ。横須賀高校を経て、1967年明治大学商学部卒業。小泉純一郎の弟と同級生だった縁から、小泉家の選挙運動に協力する。大学卒業後、1967年~1974年にかけて、小泉純也・純一郎の秘書を務めた。1975年横須賀市議会議員に初当選。同職を3期務めた後、1987年に神奈川県議会議員に初当選。9期務めた。2005年には、第98代神奈川県議会議長を務めた。県議引退後、まちづくり・人づくりコーディネーターとして活動したほか、FMブルー湘南の立ち上げに関与した。
高嶋 達佳(たかしま たつよし、1944年1月1日 - ) … 高嶋 達佳(たかしま たつよし、1944年1月1日 - ) は日本の実業家。電通グループの会長。 神奈川県出身。2007年6月に電通の代表取締役に就任、社長在任中、ハーバード大学教授の竹内弘高、一橋大学教授の大薗恵美をアドバイザーに迎えた。2011年4月1日付けで、代表権のない会長に就任することとなった。
高嶋 秀武(たかしま ひでたけ、1942年〈昭和17年〉4月… 高嶋 秀武(たかしま ひでたけ、1942年〈昭和17年〉4月17日 - )は、フリーアナウンサー、ラジオパーソナリティー。 神奈川県横須賀市出身。小学5年の時、父が事故死した。1961年3月、神奈川県立横須賀高等学校卒業。 1965年3月、明治大学政治経済学部政治学科卒業後の同年4月、ニッポン放送に入社。入社同期は梶幹雄。元々はスポーツアナウンサー志望だったが、編成制作部に配属。1966年1月、志望していたスポーツ部に異動し、主にスポーツ番組を担当。東京オリオンズ、東映フライヤーズ、大洋ホエールズ、読売ジャイアンツの担当として取材活動もしていた。その他に1972年札幌オリンピックの実況も担当した。
小泉 純一郎(こいずみ じゅんいちろう、1942年〈昭和17… 小泉 純一郎(こいずみ じゅんいちろう、1942年〈昭和17年〉1月8日 - )は、日本の政治家。 内閣総理大臣(第87・88・89代)、農林水産大臣(第37代)、外務大臣(第127代)、厚生大臣(第68・69・80代)、年金問題担当大臣(竹下改造内閣)、郵政大臣(第55代)、大蔵政務次官(第2次大平内閣)、衆議院大蔵委員長、衆議院議員(12期)、自由民主党総裁(第20代)を歴任した。 福田赳夫の秘書を経て、1972年(昭和47年)の第33回衆議院議員総選挙で初当選し、以降12期連続当選。自由民主党では清和会(福田派、安倍派、三塚派、森派)に所属した。また、山崎拓や加藤紘一と「YKK」を結成し、経世会支配からの脱却や党の世代交代を訴え「グループ・新世紀」を旗揚げした。
大村 纂(おおむら あつむ、1942年 - )は、日本の気候… 大村 纂(おおむら あつむ、1942年 - )は、日本の気候学者。グローバルディミングの発見者。東京都文京区出身。 神奈川県立横須賀高等学校、東京大学理学部卒業。1983年よりチューリッヒ工科大学教授、2007年より名誉教授。 朋友会ホームページ ようこそ同窓生を参考とした
吉村 秀實(よしむら ひでみ、1941年3月19日 - )は… 吉村 秀實(よしむら ひでみ、1941年3月19日 - )は、フリージャーナリスト・防災評論家で、元NHK解説委員。 現役記者時代、社会部記者として様々な事件・事故の取材に携わり、いつしか防災の分野に深くかかわるようになった。
磯見 輝夫(いそみ てるお、1941年(昭和16年) - )… 磯見 輝夫(いそみ てるお、1941年(昭和16年) - )は、日本の版画家。愛知県立芸術大学学長を務めた。木版画を主に制作。作品の主題は主に「人物、花、樹木」である。1978年頃から合板ではなく杉板を使いはじめ、板と板との継ぎ目や板目の違いによる刷りムラも独自の技法として取り込み、墨一色の力強くプリミティブな作風を確立している。 東京芸術大学では山口薫に油彩を学ぶ。大学院時代から版画制作をはじめ、非常勤講師だった小野忠重、当時博士課程に在籍していた小山松隆から木版画の手ほどきをうける。4人兄弟の末弟で、兄に上智大学文学部名誉教授の磯見辰典、横浜国立大学教育学部名誉教授・磯見昭太郎、医師の磯見明がいる。
クニ トシロウ(1941年-)は、日本のアニメ監督。本名、白… クニ トシロウ(1941年-)は、日本のアニメ監督。本名、白石 邦俊。主にシンエイ動画作品の総監督を務める。 東京都出身。神奈川県立横須賀高等学校、早稲田大学法学部卒業。東映動画に入社しアニメーターをつとめた後、永沢まことらとともに「オフィス・ユニ」に参加。漫画家・アニメーション監督として活動を開始する。漫画家の藤子不二雄Aと交遊があり、そのつながりで藤子不二雄Aの作品をよく監督として担当した。
及川 正通(おいかわ まさみち、1939年4月4日 - )は… 及川 正通(おいかわ まさみち、1939年4月4日 - )は、日本のイラストレーターである。東京イラストレーターズ・ソサエティ会員。 旧関東州・大連生。横須賀高等学校定時制卒業後、16歳で横須賀市のデパートさいか屋に入社し、ポスターのデザイナーとして9年間勤務。1963年「SOULS OF NEGRO」を日宣美展に出展し入選したのを機にプロのデザイナーとしてデビュー。 その後主婦と生活社に4年間勤務後、1968年にフリーとなり横尾忠則と共同事務所「ジ・エンドスタジオ」を立ち上げ、天井桟敷のポスターなどを手がける。1972年「平凡パンチ」に連載した“ドッキリメント劇画”などで注目を浴びる。 1975年から、書籍・プレイガイド(チケットぴあ)会社のぴあが運営する情報雑誌「ぴあ」の表紙を担当し続け、2007年、「同じ雑誌の表紙イラスト画家として世界一長いキャリアを持つ人物」ということで、ギネス世界記録に登録された。
猪熊 功(いのくま いさお、1938年2月4日 - 2001… 猪熊 功(いのくま いさお、1938年2月4日 - 2001年9月28日)は、日本の柔道家。身長173cm。体重88kg。 1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピック柔道競技の男子80kg超級で金メダルを獲得。 神奈川県横須賀市出身。幼少時代は病弱で、結核・自家中毒・ヘルニアなどを経験した。市立不入斗中学2年生の時に姿三四郎に憧れ、近所にあった渡辺利一郎の道場で柔道を始める。同門に、山村泰三(後の大相撲小結)や森徹(後のプロ野球選手)など。入門当初、体格で劣る猪熊は2人におもしろいように投げ飛ばされ続けたが、持ち前の負けん気が生み出した背負投を武器に、卒業する頃には2人を全く相手にしないほど強くなっていたという。
仁賀 克雄(じんか かつお、1936年〈昭和11年〉12月2… 仁賀 克雄(じんか かつお、1936年〈昭和11年〉12月23日 - 2017年〈平成29年〉12月22日)は、日本の作家、英米文学翻訳家、アンソロジスト、文芸評論家。本名は大塚勘治で、ペンネームの由来は本名を逆読みしたもの。 神奈川県横浜市生まれ。神奈川県立横須賀高等学校、早稲田大学第一商学部卒業。在学中の1957年(昭和32年)、江戸川乱歩を顧問に迎えてワセダミステリクラブを創設し、幹事長となる。 卒業後は北スマトラ海洋石油資源開発(のちに現在の国際石油開発帝石に合併され消滅)、アラビア石油に勤務する傍ら、創作活動や海外のミステリ小説、ホラー小説、SF小説の研究・翻訳やアンソロジー編集などを行った。
矢野 義明(やの よしあき、1936年12月15日 - )は… 矢野 義明(やの よしあき、1936年12月15日 - )は、日本の作曲家。 東京都新宿区内藤町で育ち、小学校2年時に神奈川県逗子市新宿へ疎開する。 学習院初等科、逗子市立逗子小学校、逗子中学、県立横須賀高校、東京芸術大学ピアノ科(中退)で学び、弘田龍太郎、川島英子、五十嵐光子、加藤秋子、松浦豊明、田村宏からピアノを、團伊玖磨から作曲を学ぶ。 1974年、團伊玖磨指揮で東京交響楽団と共に、中国の「黄河協奏曲」を日本初演する。山崎陽子脚本の朗読ミュージカル「とぎれた子守歌」「幻の肖像画」で作曲を担当し、「とぎれた子守歌」を含む「山崎陽子の世界IV」で、平成13年度文化庁芸術祭大賞を受賞する。 自作品のピアノリサイタルや地域コンサートの他に、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、神奈川交響楽団、鎌倉交響楽団、横須賀交響楽団と協奏曲を共演する。
増本 一彦(ますもと かずひこ、1936年5月9日 - 20… 増本 一彦(ますもと かずひこ、1936年5月9日 - 2022年2月6日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(日本共産党公認)。日本共産党神奈川県後援会代表委員。 神奈川県藤沢市出身。中央大学卒業後、弁護士を開業。日本共産党神奈川県委員や同県憲法会議幹事長を経て、1972年の第33回衆議院議員総選挙に旧神奈川県第3区から立候補し初当選を果たす。当選1回。 政界を引退した後は、現役の弁護士(横浜弁護士会所属)として、消費税をなくす会の常任世話人などを務めた。 2022年2月6日、胆管がんのため、鎌倉市内の病院で死去。85歳没。
和地 孝(わち たかし、1935年4月13日 - )は、日本… 和地 孝(わち たかし、1935年4月13日 - )は、日本の実業家。テルモ代表取締役社長、同社代表取締役会長兼最高経営責任者、日本医療機器産業連合会会長、日本医療器材工業会会長等を歴任した。 神奈川県逗子町生まれ。神奈川県立横須賀高等学校を経て、1959年横浜国立大学経済学部卒業、富士銀行(現みずほ銀行)入行。1979年ハーバード大学ハーバード・ビジネス・スクールAMP修了。富士銀行ニューヨーク支店等を経て、1988年取締役。1989年戸澤三雄テルモ社長の要請を受けテルモに移り常務取締役に就任。1993年戸澤の死去に伴い代表取締役専務として経営の実権を握る。1994年代表取締役副社長。 1995年からテルモ代表取締役社長として海外でのM&Aや中国進出などによるグローバル展開を進め、10期連続の増収により大幅な増益を実現した。
潮木 守一(うしおぎ もりかず、1934年11月11日 - … 潮木 守一(うしおぎ もりかず、1934年11月11日 - 2023年2月26日)は、日本の教育社会学者。専門は、教育開発論・教育社会学。名古屋大学名誉教授。桜美林大学招聘教授。元日本教育社会学会会長。牧野巽の教え子。瑞宝中綬章受章。 1934年、神奈川県横須賀市生まれ。1957年、東京大学教育学部教育学科を卒業。1975年、東京大学に学位論文を提出して教育学博士の学位を取得。2023年2月26日、急性心筋梗塞のため死去、88歳没。 中央教育審議会委員、国民生活審議会委員、日本学術会議会員、ユネスコ国内委員会委員などを務めた。 国立大学法人山梨大学経営協議会委員
小川 清彦(おがわ きよひこ、1934年 - )は、日本の教… 小川 清彦(おがわ きよひこ、1934年 - )は、日本の教育学者。奈良教育大学名誉教授。東大阪大学学長。
阿部 薫(あべ かおる、1933年12月2日 - 2012年… 阿部 薫(あべ かおる、1933年12月2日 - 2012年11月13日)は、日本の医学者。医学博士。国立がんセンター名誉総長。横浜労災病院名誉院長。神奈川県出身。
島田 章三(しまだ しょうぞう、1933年7月24日 - 2… 島田 章三(しまだ しょうぞう、1933年7月24日 - 2016年11月26日)は、日本の洋画家、版画家。愛知県立芸術大学元学長。兄は歌人の島田修二。 神奈川県横須賀市生まれ。父の英之は長野県の出身で、京都高等工芸学校図案科を卒業後、浦賀船渠の客船インテリアデザイナーを経て横須賀市議会議員、同市議会副議長を歴任、1970年には横須賀市の市政功労者に選ばれている。また、京都滞在中は黒田重太郎にデッサンを学んだという。母の敏子は斎藤茂吉に師事し、「上泉鶴」の名で『アララギ』に投稿していた。 ヨーロッパ留学中にピカソやブラックらキュビズム画家の作品に触れ、「キュビズムを日本人の言葉で翻訳」することを自らの課題として見出した。
岡本 三夫(おかもと みつお、1933年6月7日 - 201… 岡本 三夫(おかもと みつお、1933年6月7日 - 2019年7月20日)は、日本の政治学者。広島修道大学名誉教授。専門は、平和学。元日本平和学会会長、日本学術会議平和問題研究連絡委員長(第19期)。NPO法人ピースデポ助言者。 栃木県生まれ。神奈川県立横須賀高等学校、日本クリスチャン・カレッヂ(現・東京基督教大学)卒業。ウェストミンスター神学校卒業(神学修士)、ハイデルベルク大学神学部・哲学部博士候補生中退。博士(文学)(京都大学)の学位を取得。 四国学院大学教授、広島修道大学法学部教授を経て、同大学名誉教授。2004年の参院選において、社会民主党・新社会党の推薦を受け広島県選挙区から無所属で立候補するが、10万8,288票を得票するに止まり次点で終わる。
平間 洋一(ひらま よういち、1933年(昭和8年)5月14… 平間 洋一(ひらま よういち、1933年(昭和8年)5月14日 - 2020年(令和2年)3月11日)は、日本の海上自衛官、歴史学者。海上自衛官としての最終階級は海将補。元防衛大学校教授。太平洋学会理事、戦略研究学会理事、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)委員、横須賀市史編纂委員、特定非営利活動法人岡崎研究所理事、社会福祉法人興寿会理事などを務めた。放送法遵守を求める視聴者の会の賛同者。 神奈川県横須賀市出身。父の平間源之助は海軍軍人で第二次世界大戦後は、公職追放の対象となり、一家は経済的に困窮していたという。一時は社会主義に傾倒するも左派社会党の選挙運動を応援した際に実態を知り転向し、そのことがきっかけとなってコミンテルンの研究を行うようになった。
石井 英夫(いしい ひでお、1933年(昭和8年)1月2日 … 石井 英夫(いしい ひでお、1933年(昭和8年)1月2日 - 2024年(令和6年)12月18日)は、日本のコラムニスト・新聞記者。産経新聞論説委員。同紙朝刊一面のコラム「サンケイ抄(現・産経抄)」を35年にわたり担当した。 神奈川県横須賀市生まれ。神奈川県立横須賀高等学校(高3期)、早稲田大学第一政治経済学部を卒業。 1955年、産経新聞社に入社。札幌支局の警察担当を皮切りに社会部畑を歩んだのち、産経新聞朝刊一面のコラム「サンケイ抄(現・産経抄)」を1969年から2004年12月まで35年間執筆。同社論説委員、フジテレビ番組審議会委員も務めた。2008年12月末に産経新聞社を退職した。 山本夏彦に私淑。
愛甲 次郎(あいこう じろう、1933年 - )は、日本の通… 愛甲 次郎(あいこう じろう、1933年 - )は、日本の通商産業官僚。通商産業省出身者としては初めて特命全権大使を務め、クウェート国及びバハレーン国を駐箚した。 神奈川県立横須賀高等学校を経て、1955年東京大学法学部卒業、通商産業省入省。ハーヴァード大学フェロー等を経て、1974年通商産業省貿易局長期輸出保険課長。1976年経済企画庁調整局経済協力第一課長。1978年通商産業省生活産業局総務課長。1980年在アメリカ合衆国日本国大使館公使。 1982年資源エネルギー庁次長。1983年から通商産業省出身者として初めて特命全権大使を務め、クウェイト国、バハレーン国を駐箚した。1986年ソニー取締役。
伊藤 邦男(いとう くにお、1930年(昭和5年)5月13日… 伊藤 邦男(いとう くにお、1930年(昭和5年)5月13日 - 2012年(平成24年)11月12日)は、日本の新聞記者、実業家。朝日新聞社常務を経て、全国朝日放送(テレビ朝日)社長を務めた。神奈川県横須賀市出身。 1953年(昭和28年)東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。1983年1月名古屋本社編集局長、1984年12月名古屋本社代表、1986年6月取締役・名古屋本社代表。 1987年(昭和62年)6月取締役・東京本社編集局長に就き、ロッキード事件や昭和天皇のがん闘病報道などを指揮するが、1989年5月朝日新聞珊瑚記事捏造事件で責任を問われ編集局長を更迭となる。 1990年5月常務(総務・労務担当)、1992年4月常務(総合企画室担当)。