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内堀 雅雄(うちぼり まさお、1964年〈昭和39年〉3月2… 内堀 雅雄(うちぼり まさお、1964年〈昭和39年〉3月26日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。福島県知事(公選第20代・21代・22代)、復興庁復興推進委員会委員、会津鉄道取締役会長。元福島県副知事。無所属。 長野県長野市生まれ。長野県長野高等学校卒業後、上京し東京大学に入学。1986年(昭和61年)、東京大学経済学部を卒業し、自治省に入省した。本省勤務の他、大蔵省(現:財務省)や福井県、佐賀県への出向も経験する。2001年(平成13年)、中央省庁再編により総務省が新設され、自治財政局地方債課理事官。同年より福島県へ出向し、生活環境部長や企画調整部長を経て、2006年(平成18年)12月より福島県副知事。
新井 ゆたか(あらい ゆたか、1962年9月14日 - )は… 新井 ゆたか(あらい ゆたか、1962年9月14日 - )は、日本の農林水産官僚。第7代消費者庁長官。 農林水産省本省初の女性局長。女性初の農林水産審議官(同省の次官級ポストに女性が就任するのは初)。 長野県長野市芋井出身。長野県長野高等学校を卒業。実家は山寺で、父は住職兼高校の国語教師。 東京大学法学部卒業。1987年、農林水産省入省。ハーバード大学国際問題研究所研究員を歴任。クリスティーナ・デイビス(ハーバード大学日米関係プログラム所長)と交友を深める。 ミートホープや赤福餅、船場吉兆など食品偽装問題が相次いだことを受け、2008年、初の著書『食品偽装 起こさないためのケーススタディ』 (ぎょうせい)を刊行。
池田 憲治(いけだ けんじ、1961年〈昭和36年〉11月2… 池田 憲治(いけだ けんじ、1961年〈昭和36年〉11月26日 - )は、日本の自治・総務官僚。第15代宮内庁次長。 長野県長野高等学校32期生。1984年(昭和59年)3月、東京大学法学部を卒業。同年4月、自治省に入省する。 自治省入省後、自治省行政局振興課課長補佐、自治省行政局振興課理事官、総務省自治財政局財政課財政企画官、総務省大臣官房審議官(財政制度・財務担当)、総務省大臣官房地域力創造審議官などを歴任。途中、労働省、宮城県庁、高知県庁、宮内庁、自治体国際化協会、全国市町村研修財団などに出向し、労働省労働局労働法規課長補佐、宮城県総務部財政課長、高知県文化環境部長、高知県総務部長、宮内庁長官官房参事官、宮内庁侍従、自治体国際化協会審議役、自治体国際化協会シドニー事務所長、自治体国際化協会事務局長、全国市町村研修財団全国市町村国際文化研修所学長などを務めた。
中山 孝雄(なかやま たかお、1960年3月15日 - )は… 中山 孝雄(なかやま たかお、1960年3月15日 - )は、日本の裁判官、法務官僚、弁護士。法務省大臣官房審議官、長野地方裁判所所長、東京高等裁判所部総括判事、司法研修所長等を経て広島高等裁判所長官。定年退官後、アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問。 長野県上水内郡信濃町出身。1978年長野県長野高等学校卒業。1982年中央大学法学部法律学科卒業。1984年旧司法試験合格。司法修習39期を経て、1987年裁判官任官。大阪地方裁判所判事補、長野地方裁判所判事補、富山地方裁判所判事補、名古屋地方裁判所判事補、法務省名古屋法務局訟務部付(検事)、東京地方裁判所判事、新潟地方裁判所新発田支部長等を経て、2008年法務省大臣官房民事訟務課長(検事)。
岡村 肇(おかむら はじめ、1959年1月4日 - )は、日… 岡村 肇(おかむら はじめ、1959年1月4日 - )は、日本の官僚。会計検査院事務総長を経て、会計検査院長。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1983年東京大学法学部卒業、会計検査院事務総局入局。
荒井 寿光(あらい ひさみつ、1944年1月10日 - )は… 荒井 寿光(あらい ひさみつ、1944年1月10日 - )は、日本の通産官僚。元通商産業審議官。 長野県中野市出身。1966年(昭和41年)4月に通商産業省入省(通商局通商政策課配属)。同期には、広瀬勝貞(通商産業事務次官、大分県知事)、林康夫(中小企業庁長官)、小林興起(衆議院議員)、北修爾、前田正博、桑原茂樹、門脇秀一(NIRA理事、造水促進センター専務理事)、長藤史郎(荏原製作所常務執行役員)、小島襄(北海道通産局長)らがいる。 特許庁長官、知的財産戦略推進事務局長を歴任。知財事務局長時代には知的財産推進計画を取りまとめるなどして、日本の知財立国政策を推進した。自ら知財評論家と名乗っており、知的財産に関する多数の著作がある。
小林 實(こばやし まこと、1935年6月1日 - 2017… 小林 實(こばやし まこと、1935年6月1日 - 2017年6月18日)は、日本の自治官僚。長野県長野市出身。 長野県長野高等学校を経て、昭和33年(1958年)東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。同年、自治庁(現総務省)に入庁し、北海道庁に配属される。同39年(1964年)栃木県総務部地方課長、同42年(1967年)京都府教育管理課長、同48年(1973年)自治省大臣官房参事官、同55年(1980年)北九州市助役、同58年(1983年)同省財政局財政課長、同61年(1986年)自治省大臣官房審議官、同62年(1987年)10月1日 同大臣総務審議官、平成元年(1989年)6月 同大臣官房長、同平成2年(1990年)7月 財政局長などを歴任後、同3年(1991年)10月 自治事務次官を務めた。
吉村 午良(よしむら ごろう、1926年(大正15年)2月1… 吉村 午良(よしむら ごろう、1926年(大正15年)2月13日 - 2007年(平成19年)5月7日)は日本の政治家・官僚。元長野県知事(在職期間:1980年(昭和55年) - 2000年(平成12年))。旧名は吾朗であり、改名は姓名判断に凝っている夫人の勧めで行われた。 新潟県長岡市生まれ。長野市立鍋屋田尋常小学校(現:長野市立鍋屋田小学校)、旧制長野中学校(現:長野県長野高等学校)、東京大学法学部を卒業後、自治省(現:総務省)へ入省。1948年(昭和23年)に長野県厚生課に出向し、児童課、林政課、振興課、厚生課の各課長を経て、1957年(同32年)宮城県庁に転じ、1961年(同36年)自治省会計課長補佐、1962年(同37年)総理府統計局経済課長となり、1965年(同40年)自治大臣官房調査官から、長野県総務部長に再出向した。
宮坂 完孝(みやさか さだたか、1909年 <明治42年> … 宮坂 完孝(みやさか さだたか、1909年 <明治42年> 12月15日 - 1996年 <平成8年> 11月13日)は、日本の朝鮮総督府官僚、国会職員。参議院事務総長、国立国会図書館長を歴任した。位階は正三位。 長野県埴科郡埴生村(現千曲市)出身。旧制長野中学(現、長野県長野高等学校)を経て早稲田大学法学部卒業。朝鮮総督府、貴族院事務局、文部省を経て参議院事務局に奉職。1965年第5代参議院事務総長に就任。1972年に退任し、同年国立国会図書館長に就任。1980年勲一等瑞宝章を受勲した。1996年死去。死没日付をもって従六位から正三位に進階した。
青木 重臣(あおき しげとみ、1900年〈明治33年〉8月6… 青木 重臣(あおき しげとみ、1900年〈明治33年〉8月6日 - 1982年〈昭和57年〉4月21日)は、日本の内務・警察官僚、公選初代愛媛県知事(1期)。 長野県更級郡牧郷村(現:長野市)に青木善蔵の三男として生まれる。第二高等学校を卒業。1926年12月、高等試験行政科試験に合格。1927年、京都帝国大学法学部を卒業。内務省に入省し、石川県警部となる。 以後、麻布警察署長、六本木警察署長、深川警察署長、西平野警察署長、関東局警務課長、同特別高等警察課長、同警察官教習所長、満州国治安部特務科長、福井県書記官・警察部長、内務事務官、厚生省監理課長、情報局第一部第二課長、首相秘書官、内務省監査官、千葉県書記官・警察部長などを経て、福島県内政部長に就任。
西村 彰一(にしむら しょういち、1898年(明治31年)5… 西村 彰一(にしむら しょういち、1898年(明治31年)5月8日)- 1958年(昭和33年)11月24日)は、日本の農林官僚、教育者、政治家。富山県知事、大東文化大学教授、衆議院議員。旧姓・永井。 長野県上水内郡古牧村平林(現長野市)出身。旧制長野中学(現長野県長野高等学校)、松本高等学校理科を経て1923年、東京帝国大学農学部農業経済学科を卒業し、翌1924年、同大法学部政治学科を卒業。農林省に入り農林属となる。 以後、農林事務官、農林書記官、大阪営林局長、農林省山林局長などを歴任。1944年2月、富山県知事に就任し、同年7月まで在任。農商省農政局長に移り、さらに馬政局長官、農林省開拓局長を務めた。
塩原 時三郎(しおばら ときさぶろう、1896年(明治29年… 塩原 時三郎(しおばら ときさぶろう、1896年(明治29年)2月18日 - 1964年(昭和39年)10月27日)は、日本の逓信官僚、政治家。衆議院議員、通信院総裁・逓信院総裁、官選清水市長。 長野県更級郡八幡村(現・千曲市)出身。和田開蔵の長男として生まれ、山林技師・塩原谷五郎の養子となる。旧制長野中学、第八高等学校を経て、1920年(大正9年)7月、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。在学中の1919年(大正8年)4月、国家主義的学生団体興国同志会(国本社の前身)の結成に参画した。 大学卒業後、官界に入り逓信局書記兼逓信属・東京逓信局兼電気局勤務となる。1921年(大正10年)11月、高等試験行政科試験に合格。
早川 元(はやかわ はじめ、1895年(明治28年)6月21… 早川 元(はやかわ はじめ、1895年(明治28年)6月21日 - 1970年(昭和45年)8月4日)は、日本の内務官僚。官選県知事、海軍司政長官。 長野県出身。早川繁夫の長男として生まれる。第八高等学校を卒業。1920年、東京帝国大学法学部を卒業。1921年、貴族院に入り貴族院属となる。1922年11月、高等試験行政科試験に合格。 1923年4月、内務省に転じ警視庁属となる。以後、警察署長、警視庁事務官、同消防部長、長崎県書記官・警察部長、愛知県書記官・警察部長などを経て、1939年4月、熊本県総務部長に就任。 1941年1月、沖縄県知事に就任。標準語・国民礼法励行運動、南進政策、翼賛壮年団の結成、食糧増産などを推進した。
近藤 壌太郎(こんどう じょうたろう、1894年11月13日… 近藤 壌太郎(こんどう じょうたろう、1894年11月13日 - 1977年8月15日)は、日本の内務官僚、弁護士。官選県知事。 長野県埴科郡屋代町(現:千曲市屋代)において、農業・旅館業、近藤万五郎・たか夫妻の長男として生まれる。4歳で母と死別。県立長野中学校、第二高等学校を経て、1920年(大正9年)7月、東京帝国大学法学部法律学科を卒業。1919年(大正8年)10月、高等試験行政科試験に合格。1920年(大正9年)8月、内務省に入り鳥取県属となり内務部に配属。以後、鳥取県警視・警察部勤務、奈良県警察部保安課長、青森県警察部保安課長、北海道庁土木部土地改良課長を歴任。北海道庁在任中の1927年(昭和2年)6月、文官分限令第11条第1項第4号により休職を命ぜられ帰郷した(逸話を参照)。
小林 次郎(こばやし じろう、1891年(明治24年)8月1… 小林 次郎(こばやし じろう、1891年(明治24年)8月13日 - 1967年(昭和42年)7月2日)は、日本の内務官僚。位階は正三位。貴族院書記官長、貴族院勅選議員、参議院事務総長。 1891年長野県上水内郡高岡村(現飯綱町)に小学校教員の父小林頼利、母ときの次男として生まれる。当時小林家は家屋の一部を高岡村役場庁舎として貸していたので、次郎は「村役場に生まれた子」であった。また次郎が高岡尋常小学校(飯綱町立牟礼小学校)に通っていた9歳の時、父頼利が校長に着任したため「村の校長先生の子」ともなった。城山尋常高等小学校(長野市立城山小学校)から旧制長野中学校(長野県長野高等学校)へ進学。一年先輩には青木一男(大蔵大臣)、一年後輩には栗林忠道(陸軍大将)がいた。
青木 一男(あおき かずお、1889年〈明治22年〉11月2… 青木 一男(あおき かずお、1889年〈明治22年〉11月28日 - 1982年〈昭和57年〉6月25日)は、日本の大蔵官僚・政治家。位階は従二位、勲等は勲一等。 貴族院議員(勅選)、参議院議員(4期)、大蔵大臣、大東亜大臣などを歴任。 長野県更級郡牧郷村(現:長野市)で農家・青木善蔵の長男として生まれる。高等小学校卒業後は農業に従事して母と祖母の手助けをするつもりでいたが、出奔していた父親から「学資を送るので進学せよ」との手紙が届き、長野中学校(現:長野県長野高等学校)に進学する。のち第一高等学校を経て、1916年(大正5年)に東京帝国大学法学部を卒業し、大蔵省に入省する。 入省後、預金部運用課長、蔵相秘書官兼秘書課長、理財局国庫課長に就任。
小田切 磐太郎(おたぎり いわたろう、明治2年10月3日〈1… 小田切 磐太郎(おたぎり いわたろう、明治2年10月3日〈1869年11月6日〉 - 1945年〈昭和20年〉9月22日)は、明治後期から大正初期にかけての日本の内務官僚・官選県知事、昭和戦前期にかけての弁護士・政治家・実業家である。 現在の長野県須坂市の出身で、政界では衆議院議員(当選2回)、実業界では信濃電気の副社長や長野商工会議所会頭を務めた。 小田切磐太郎は、明治2年10月3日(新暦:1869年11月6日)、小田切豊太郎の長男として生まれた。父・豊太郎は長野県上高井郡須坂町、現在の須坂市の豪商小田切家(屋号は「東糀屋」)の一族で、3代目小田切新蔵の弟にあたる。1875年(明治8年)より須坂の地場産業である製糸業(山ヨ製糸所)を経営していた。