スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
鈴木 貴史(すずき たかふみ、1988年6月11日 - )は… 鈴木 貴史(すずき たかふみ、1988年6月11日 - )は、日本の起業家、採用マーケティングプラットフォーム「Myシリーズ」を提供する株式会社TalentX(タレントエックス、旧:MyRefer〔マイリファー〕)の創業者、代表取締役社長CEOである。 和歌山県和歌山市に生まれ、2007年に和歌山県立桐蔭高等学校を、2012年に静岡大学農学部を卒業した。 2012年に株式会社インテリジェンスに入社、dodaの法人営業を担当した後、HRTech新規事業開発に従事した。 2015年、企業内ベンチャーとして当時最年少で「MyRefer」事業を創業し、日本初のリファラル採用活性化プラットフォーム「MyRefer」をリリースした。
田中 健吾(たなか けんご、1974年12月 - )は、日本… 田中 健吾(たなか けんご、1974年12月 - )は、日本の心理学者。大阪経済大学経営学部教授。博士(文学) (早稲田大学)。公認心理師。臨床心理士。認定心理士。専門社会調査士。専門は臨床社会心理学・産業心理学。
伊藤 明子(いとう あきこ、1962年〈昭和37年〉2月28… 伊藤 明子(いとう あきこ、1962年〈昭和37年〉2月28日 - )は、日本の建設・国土交通技官。国土交通省住宅局長を経て、消費者庁長官を務めた。 島根県出身で和歌山県立桐蔭高等学校(第32期)を経て、京都大学工学部建築学科を卒業。国家公務員採用上級甲種試験(建築)に合格し、1984年建設省に入省。 国土交通省初の女性の局長として住宅局長を務めた。その後和泉洋人内閣総理大臣補佐官から引っ張られ、稲山博司内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局地方創生総括官に総括官補として仕え、稲山の退官に合わせ三代連続の女性での消費者庁長官に着任。 消費者庁長官在任中の2020年5月、同居する父が新型コロナウイルスに感染したため、2週間に渡り中央省庁トップとして初めて在宅勤務を行った。
岩本 章吾(いわもと しょうご、1955年 - )は、日本の… 岩本 章吾(いわもと しょうご、1955年 - )は、日本の経済法・行政法学者、弁護士。大阪工業大学名誉教授・知的財産学部元教授。国際公共政策修士(ジョンズ・ホプキンズ大学SAIS)。経済産業省経済産業政策局調査統計部統計企画解析課長、公正取引委員会経済部団体課長。プロシード法律事務所客員弁護士。 専門は、法学(特に経済法/独占禁止法・行政法・民法)、経済学(特に国際経済学・国際関係論)・公共政策学・知的財産政策。 1973年和歌山県立桐蔭高等学校卒業。1978年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現在の経済産業省)に入省し、主に経済法に従事。ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)に留学し、国際経済学・国際関係学を専攻、国際公共政策修士号を取得。
山本 博資(やまもと ひろすけ、1952年 - )は、日本の… 山本 博資(やまもと ひろすけ、1952年 - )は、日本の情報工学者。東京大学名誉教授。 和歌山県和歌山市出身。和歌山市立西浜中学校を経て、1971年和歌山県立桐蔭高等学校卒業。1975年静岡大学工学部電気工学科卒業。1980年東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了、工学博士。同年徳島大学工学部助手。1981年同講師。1983年同助教授。1987年電気通信大学電気通信学部助教授。1989年スタンフォード大学ISL客員研究員。1995年東京大学工学部助教授。 1999年東京大学大学院工学系研究科教授に昇任。2001年東京大学大学院情報理工学系研究科教授。2004年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。
高垣 行男(たかがき ゆきお、1950年 - )は、日本の経… 高垣 行男(たかがき ゆきお、1950年 - )は、日本の経営学者、博士(学術:東京大学)、博士(経営管理学:立教大学)。駿河台大学名誉教授。専攻は経営戦略。 1950年に和歌山市で生まれる。和歌山市立城北小学校から和歌山市立伏虎中学校(現 伏虎義務教育学校)を経て、和歌山県立桐蔭高等学校を卒業。1973年に徳島大学工学部機械工学科卒業後、東亜燃料工業(現 ENEOS)にてプラントエンジニアリングなどの経営企画、研究企画、マーケティング業務、新素材の新規事業に従事する。1989年に国際大学大学院にて国際関係学修士(国際経営専攻)を取得後、帝人化成(現 帝人)にて経営企画と新規事業を担当する。1995年に東京大学大学院博士課程工学研究科(先端学際工学専攻)を単位取得満期退学し、1997年に東京大学より博士(学術)を授与される。
井上 正仁(いのうえ まさひと、1949年2月20日 - )… 井上 正仁(いのうえ まさひと、1949年2月20日 - )は、日本の法学者。東京大学名誉教授。法務省特別顧問。元日本刑法学会理事長。専門は刑事訴訟法。日本学士院会員。和歌山県和歌山市出身[リンク切れ]。 東京大学法学部卒業後、同大学助手、助教授、教授、早稲田大学法科大学院教授を経て、現在、東京大学名誉教授・法務省特別顧問。一時期、バークレーにて教鞭をとる。指導教官は団藤重光(井上は団藤の最後の弟子である)、松尾浩也。 法制審議会・刑事法部会委員として、1999年の通信傍受法成立に寄与した。また、近年の司法制度改革においては、司法制度改革審議会・司法制度改革推進本部検討会等の委員として法科大学院の創設や裁判員制度・公判前整理手続・被疑者国選弁護制度の導入などに大きな役割を果たした。
谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> … 谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> 8月1日 - )は、日本の元建設・国土交通官僚、和歌山県出身。元国土交通事務次官。第109代土木学会会長、建設業技術者センター理事長(非常勤)。 和歌山県和歌山市出身。和歌山県立桐蔭高等学校を経て、東京大学工学部土木工学科卒業。建設省入省後は、技官として道路行政に従事。道路局高速道路課長、企画課長、近畿地方整備局長、道路局長等を経て、2006年(平成18年)に技監に、2009年(平成21年)7月24日に、国土交通事務次官に就任した(技官で3人目、道路畑では佐藤信秋以来2人目)。この間にも、土木学会副会長(総務)を2007年(平成19年)度から2008年(平成20年)度にかけて務めた。
宮本 勝浩(みやもと かつひろ、1945年1月12日 - )… 宮本 勝浩(みやもと かつひろ、1945年1月12日 - )は、日本の経済学者、大阪府立大学名誉教授、関西大学名誉教授。博士(経済学)(神戸大学)(2004年)。専門分野は、ロシア経済学、数理経済学。大阪府立大学副学長、ロシア・東欧学会副代表理事などを歴任。和歌山県和歌山市出身。2024年、瑞宝小綬章受章。 阪神タイガースの優勝をはじめ、様々な事象が起こることによって生じる経済効果の分析をテレビ、ラジオなどのマスコミで発表している。 主な学術論文として以下のものがある。 以下はレギュラーで出演経験のあるテレビ・ラジオ番組。
井口 洋(いぐち ひろし、1942年6月22日 - 2023… 井口 洋(いぐち ひろし、1942年6月22日 - 2023年2月26日)は、日本文学者、奈良女子大学名誉教授。位階は従四位。 学歴: 和歌山市立本町小学校、同伏虎中学校、和歌山県立桐蔭高等学校 和歌山市生まれ。1965年京都大学文学部国文科卒、1971年同大学院文学研究科博士課程満期退学。96年「西鶴試論」で京大文学博士。帝塚山短期大学講師、奈良女子大学助教授、教授、副学長。2006年定年退官、名誉教授。 2023年2月26日、急性心臓死のため死去。80歳没。死没日付をもって従四位に叙され、瑞宝小綬章を追贈された。
橋本 暢夫(はしもと のぶお、1931年 - 2024年12… 橋本 暢夫(はしもと のぶお、1931年 - 2024年12月17日)は、日本の国語教育学者。 大阪市生まれ。1954年広島大学教育学部卒業。和歌山県立桐蔭高等学校、広島県下の高等学校に勤務。1969年広島県教育委員会指導課指導主事、高等学校教育係係長・指導課課長補佐。広島県立高等学校教頭、1980年大分大学助教授、教授。1989年鳴門教育大学教授、評議員、付属図書館長となり「大村はま文庫」を創設、1990年大村はま賞受賞。1997 - 2003年徳島文理大学教授。2002年「中等学校国語科教材史研究 現代文教材化の状況とその史的役割を中心に」で広島大学博士(教育学)。専攻は国語教育学、国語教育史研究。
大林 辰蔵(おおばやし たつぞう、1926年4月10日 - … 大林 辰蔵(おおばやし たつぞう、1926年4月10日 - 1992年2月19日)は、日本の物理学者(宇宙物理学)。国産ロケット、人工衛星の開発と打ち上げに尽力した。 東京大学理学部卒業後、郵政省電波研究所に入る。1961年京都大学工学部教授、1966年東京大学教授、1981年文部省宇宙科学研究所教授。1990年退官し、東京大学名誉教授、宇宙科学研究所名誉教授。1976年東レ科学技術賞受賞。 1992年2月19日、急性心不全により65歳で死去。
竹中 正一郎(たけなか しょういちろう、1912年9月30日… 竹中 正一郎(たけなか しょういちろう、1912年9月30日 - 1997年4月7日)は、日本の長距離走選手、体育学者。東京歯科大学名誉教授。 和歌山県出身とされるが、出生地はインドのボンベイ(ムンバイ)。1930年(昭和5年)、旧制和歌山中学校(現在の和歌山県立桐蔭高等学校)卒業。慶應義塾大学文学部に進む。 東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)には第12回大会(1931年)から第17回大会(1936年)まで6回連続で出場、区間賞3回。第13回大会(1932年)では大会1週間前に風呂場で転倒した影響で右膝を負傷し、痛み止めを打って走りながらも8区区間2位で、今井哲夫・北本正路らとともに慶應義塾大学の箱根駅伝初優勝に貢献した。
根来 健一郎(ねごろ けんいちろう、1910年(明治43年)… 根来 健一郎(ねごろ けんいちろう、1910年(明治43年)2月5日 - 2001年(平成13年)7月17日)は、昭和から平成時代の陸水学者、藻類学者。特に珪藻学の分野における貢献で知られる。 和歌山県那賀郡池田村(現・紀の川市打田)の豪農の長男として生まれる。和歌山県立和歌山中学(現・ 和歌山県立桐蔭高等学校)、東京高等師範学校理科三部を経て、東京文理科大学生物学科植物学専攻に入学する。1934年(昭和9年)同大学を卒業と同時に母校の助手となり、1944年(昭和19年)東京高等師範学校教授、1946年(昭和21年)東京文理科大学助教授となる。その後、1948年(昭和23年)11月に大津臨湖実験所(現・京都大学生態学研究センター)に異動する。
柳瀬 良幹(やなせ よしもと、1905年(明治38年)11月… 柳瀬 良幹(やなせ よしもと、1905年(明治38年)11月17日 - 1985年(昭和60年)2月18日)は、日本の行政法学者。学位は、法学博士(1952年)。日本学士院会員。東北大学名誉教授。行政法学から憲法の諸問題を研究する。その理詰めの論述は、ハンス・ケルゼンに通ずる。和歌山県生まれ。美濃部達吉門下。 参考文献:藤田宙靖『行政法学の思考形式〔増補版〕』(木鐸社・2002年)
山東 茂一郎(さんどう もいちろう、1904年 - 1985… 山東 茂一郎(さんどう もいちろう、1904年 - 1985年)は、日本の商学者。和歌山大学教授、甲南大学教授を歴任した。甲南大学名誉教授。専門はマーケティング論、販売政策。 日本の高度経済成長期において、販売政策やブランド論(有標品)の研究で先駆的な業績を残した。日本商業学会賞を2度受賞している。 1904年(明治37年)、大阪府大阪市に生まれ、その後和歌山県和歌山市で育つ。実家は和歌山市内で文房具商を営む家であった。父は商売人としての矜持を持ち、家業が繁盛していたため、長男である茂一郎に家業を継ぐことを望んでいた。一方で、士族出身の母は商売よりも学問や精神性を重んじる気風を持っていた。 小学校卒業時、成績優秀であったが、父は「商売を継ぐのに学問はいらない」として、進学予備校的な役割も果たしていた旧制和歌山中学校(現・桐蔭高校)への進学を認めなかった。
古畑 種基(ふるはた たねもと、1891年(明治24年)6月… 古畑 種基(ふるはた たねもと、1891年(明治24年)6月15日 - 1975年(昭和50年)5月6日)は、日本の法医学者。医学博士。日本学士院会員。東京大学名誉教授。位階は正三位。科学警察研究所所長を務め、科学捜査の研究に寄与。日本の法医学の草分けの一人である。ABO式血液型の研究に若干の功績を残した。その一方でその鑑定方法は権威主義的であり、冤罪事件を多数作り出した御用学者と見なす向きもある。 三重県南牟婁郡相野谷村(現紀宝町)出身。古畑虎之助の次男。和歌山中学校、第三高等学校を経て1912年、東京帝国大学(医科)に入学。1916年、同大学を卒業し同大学助手となり1921年、欧米各国に留学した。
島薗 順次郎(しまぞの じゅんじろう、1877年(明治10年… 島薗 順次郎(しまぞの じゅんじろう、1877年(明治10年)3月12日 - 1937年(昭和12年)4月27日)は、日本の医師、内科学者、医学博士。和歌山県、現在の和歌山市出身。脚気がビタミン欠乏症であることを発見した。 1877年3月12日、和歌山県、現在の和歌山市(当時は市制施行以前)に須藤暢の次男として生まれた。父を幼少期に亡くし、母と13歳上の兄の丑彦に育てられた。和歌山中学校在学中に才覚を見込まれ、医師の島薗家の娘婿として養子となる。卒業後、第一高等学校を経て、1899年に東京帝国大学医科大学に進学。大学在学中は、三浦謹之助教授、高橋順太郎教授の指導を受けた。1904年に卒業し、ドイツに留学。
下村 宏(しもむら ひろし、1875年〈明治8年〉5月11日… 下村 宏(しもむら ひろし、1875年〈明治8年〉5月11日 - 1957年〈昭和32年〉12月9日)は、明治・大正・昭和の法学博士、逓信官僚・台湾総督府官僚、実業家、朝日新聞社副社長、貴族院議員。拓殖大学第6代学長、NHK会長。歌人で号は海南(かいなん)。下村房次郎の子。 玉音放送の際の内閣情報局総裁であり、ポツダム宣言受諾の実現に尽力した。「人種改良を国策に」と優生思想を強く推したことでも知られている。 和歌山県出身。父・房次郎(1856年5月7日 - 1913年2月21日)は「和歌山日日新聞」を創刊した後に逓信省に入り、退官後は実業家として活動する傍ら東京商業学校の創設に関わった。 和歌山中学、第一高等学校から東京帝国大学を卒業し、1898年(明治31年)に逓信省へ入省。
南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日〈慶応3… 南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日〈慶応3年4月15日〉 - 1941年〈昭和16年〉12月29日)は、日本の博物学者・生物学者・民俗学者。 生物学者としては粘菌の研究で知られているが、キノコ、藻類、コケ、シダなどの研究もしており、さらに高等植物や昆虫、小動物の採集も行なっていた。そうした調査に基づいて生態学(ecology)を早くから日本に導入した。 1929年には地元で、昭和天皇に進講し、粘菌標品110種類を進献している。 民俗学研究上の主著として『十二支考』『南方随筆』などがある。その他にも、投稿論文、ノート、日記のかたちで学問的成果が残されている。 フランス語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語、英語、スペイン語に長けていた他、漢文の読解力も高く、古今東西の文献を渉猟した。
岩前 篤 は、日本の工学者・建築学者。ウムヴェルト建築総合研… 岩前 篤 は、日本の工学者・建築学者。ウムヴェルト建築総合研究所 主宰。一般社団法人 みらい 建築・住宅研究機構(HEAT20) 理事。一般社団法人 き塾 理事。一般社団法人 住まいの屋根換気壁通気研究会 理事。一般社団法人 日本人の健康をつくる住宅断熱リフォーム推進協議会 代表理事。元 近畿大学副学長・建築学部教授。研究分野は社会基盤(土木・建築・防災)、建築環境、建築設備。