スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
安高 啓明(やすたか ひろあき、1978年6月11日 - )… 安高 啓明(やすたか ひろあき、1978年6月11日 - )は、日本の歴史学者、博物館学者。熊本大学准教授。 長崎県長崎市生まれ。1997年に長崎県立長崎東高等学校、2001年に中央大学文学部史学科卒業。2007年に同大学院文学研究科博士後期課程修了、「江戸時代長崎司法体制の研究」で博士(史学)。西南学院大学博物館学芸員を経て、熊本大学人文社会科学研究部准教授。2015年「実践的博物館学の研究」で西南学院大学博士(国際文化)。2010年「非常勤学芸員に関する諸問題」で公益財団法人日本博物館協会から棚橋賞を受賞。 2024年3月1日、熊本大学は安高が執筆した歴史学関係の論文「熊本藩の同国認識と潘法形成:幕僚天草を事例に」で、指導学生の先行研究を故意に引用しない不正行為を認定したと発表した。
小川 隆広(おがわ たかひろ、1965年 - )は、日本の歯… 小川 隆広(おがわ たかひろ、1965年 - )は、日本の歯学者、歯科医師、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 歯学部終身教授。先端補綴学講座、ワイントロープセンター所属。骨インプラントサイエンス研究チーム(LBIS)ディレクター。インプラント(デンタルインプラント)治療の画期的、ユニバーサル技術であるインプラントの光機能化、ならびにインプラント生物学的研究の研究者。国際歯科医学学会William J. Gies 賞、米国補綴学会の最高学術賞、米国・国際インプラント学会AOのWilliam R. Laney賞などを多数受賞。 IADR国際歯科研究学会補綴部門会長など、国際学術組織の中枢でも活躍。日本では口腔先端応用医科学研究会AAASOMを創設、2012年現在、会長を務める。
桝屋 友子(ますや ともこ、1961年9月 - )は、イスラ… 桝屋 友子(ますや ともこ、1961年9月 - )は、イスラーム美術史学者、東京大学東洋文化研究所教授。 1961年、長崎生まれ。長崎県立長崎東高等学校を卒業し、1986年に東京大学文学部美術史学科を卒業した。修士課程はニューヨーク大学大学院で修め、1989年に美術史修士課程を修了。続いて1990年に東大大学院人文科学研究科美術史修士課程を修了。 1992年から1994年まで、ニューヨーク・メトロポリタン美術館イスラーム部ハゴップ・ケヴォルキアン学芸研究員。1997年、ニューヨーク大学大学院で、美術史博士号(Ph.D.)を取得した。1997年より国立民族学博物館第2研究部(のち博物館民族学研究部) 助手に就いた。
吉見 宏(よしみ ひろし、1961年8月1日 - 2023年… 吉見 宏(よしみ ひろし、1961年8月1日 - 2023年1月2日)は、日本の会計学者。博士(経営学)。専門は公会計、監査論。長崎県出身。 長崎県長崎市生まれ。長崎県立長崎東高校、九州大学経済学部経営学科卒業。1987年同大学院経済学研究科経営学専攻修士課程修了。1990年同大学院経済学研究科経営学専攻博士後期課程単位取得退学。 1990年日本学術振興会特別研究員。1991年北海道大学経済学部講師。同経済学部助教授を経て、2000年北海道大学大学院経済学研究科助教授。2004年同大学院経済学研究科教授。その後、北海道大学会計専門職大学院教授。2012年北海道大学大学院経済学研究科長。2016年より北海道大学副学長。
橋本 博之(はしもと ひろゆき、1960年9月6日 - )は… 橋本 博之(はしもと ひろゆき、1960年9月6日 - )は、日本の法学者。慶應義塾大学名誉教授、明治大学法務研究科教授。専門は行政法。 山口県出身。1984年3月東京大学法学部卒業、1984年4月東京大学法学部助手(文部教官)、1987年10月立教大学法学部専任講師、1989年10月立教大学法学部助教授、1996年10月立教大学法学部教授、2004年4月立教大学大学院法務研究科教授、2007年4月慶應義塾大学大学院法務研究科教授、2022年4月明治大学専門職大学院教授。この間、慶應義塾大学、政策研究大学院大学、筑波大学、九州大学、学習院大学、立教大学、武蔵大学等で非常勤講師を務める。 行政改革推進本部参与、財務省財政制度等審議会専門委員、経済産業省産業構造審議会臨時委員、内閣府規制改革・民間解放推進会議専門委員、国土交通省国土開発幹線自動車道建設会議委員、内閣府情報公開・個人情報保護審査会委員、内閣府官民競争入札等監理委員会専門委員、農林水産省食料・農業・農村政策審議会臨時委員、国土交通省海上警察権のあり方の検討に関する有識者会議委員、農林水産省政策評価第三者委員会委員、特許庁工業所有権審議会専門委員、農林水産省水産政策審議会委員、警察庁犯罪被害者給付制度に関する有識者検討会構成員、警察庁人口減少社会における警備業務の在り方に関する有識者検討構成員、衆議院情報公開・個人情報保護審査会委員、東京都消費生活対策審議会委員等。
吉田 泰将(よしだ やすまさ、1960年 - )は、日本の剣… 吉田 泰将(よしだ やすまさ、1960年 - )は、日本の剣道家、スポーツ科学者。慶應義塾大学体育研究所准教授。剣道教士八段。 1960年、長崎県長崎市生まれ。小学校4年生のときから剣道を始める。長崎県立長崎東高等学校を経て筑波大学体育専門学群へ進学し、1985年同大学大学院体育研究科コーチ学専攻修了。同年に森村学園中・高等部常勤講師となり、1987年筑波大学体育科学系準研究員(文部技官)を経て、1990年慶應義塾大学体育研究所助手、1995年専任講師、2005年助教授、2007年准教授。剣道コーチ学・運動方法学を専門としており、特に剣道における素振りの指導法研究に取り組んでいる。また全日本剣道連盟評議員や全日本学校剣道連盟事務局長などを務め、剣道競技の普及に努めている。
武藤 佳恭(たけふじ よしやす、Yoshiyasu Take… 武藤 佳恭(たけふじ よしやす、Yoshiyasu Takefuji, 1955年4月30日 - )は、日本の工学者、武蔵野大学教授、工学博士。専門分野は、ニューラルコンピューティング、電子おもちゃ、セキュリティ、温度差発電、横波スピーカー。2021年と2022年の世界の大学ランキングを決めているTimes Higher Educationの日本代表とAI(データサイエンス)評判評価者。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校卒業、1978年:慶應義塾大学工学部電気工卒業。 1980年慶應義塾大学大学院修士課程電気工修了、1983年慶應義塾大学大学院博士課程電気工修了。学位:工学博士(1983年) 〔主要論文〕 Science, 245, pp, 1221 1223, 1989. Biological Cybernetics, 63, 5, 337 340, 1990. IEEE Trans. on CAD, 11, 4, 464 474, 1992. IEEE Trans. on Communications, 41, 6, 828 831, 1993. IEEE Trans. on Neural Networks, 3, 1, 139 145, 1992. IEEE Trans. on Medical Imaging, 11, 2, 215 220, 1992. IEEE Trans. on Computers, 42, 497 501, 1993. BioSystems, 27, 2, 85 96, 1992. IEEE Trans. on Vehicular Technology, 41, 4, 430 437, 1992. Biological Cybernetics, 67, 4, 303 308, 1992.
島谷 幸宏(しまたに ゆきひろ、1955年 - )は、日本の… 島谷 幸宏(しまたに ゆきひろ、1955年 - )は、日本の環境工学者。博士(工学)(九州大学、1999年)。九州大学大学院教授。専門は河川工学、河川環境。 住民参加の川づくり、多自然型川づくり、トキの野生復帰、自然再生、川の風景デザイン、流域全体での治水、技術者の技術力向上などに取り組んでいる。 日本湿地学会会長、応用生態工学会副会長、四万十流域圏学会副会長 国土交通省多自然川づくり研究会座長、九州地方整備局風景委員会委員長、東日本大震災の河川・海岸施設の復旧時の景観検討会座長、旧北上川かわまちづくり委員会委員長 関係した主な河川や活動は、宮崎県五ヶ瀬町の小水力発電をつかった町おこし、埼玉県黒目川、神奈川県境川、佐賀県松浦川 アザメの瀬湿地再生、嘉瀬川石井樋の復元,佐賀水みちマップ、鹿児島県川内川激特事業、福岡打ち水大作戦、福岡みずもり自慢、石巻堤防復興、北部九州豪雨復興など。
坂元 茂樹(さかもと しげき、1950年5月30日 - )は… 坂元 茂樹(さかもと しげき、1950年5月30日 - )は、日本の法学者。専門は国際法。学位は、博士(法学)(神戸大学・論文博士・2007年)(学位論文「条約法の理論と実際」)。同志社大学名誉教授。長崎県長崎市出身。 この間、国連国際法委員会日本政府オブザーバー、みなみまぐろ事件日本政府代表団顧問、国連人権理事会諮問委員会委員等も務める。
井川 学(いがわ まなぶ、1949年10月15日-)は、日本… 井川 学(いがわ まなぶ、1949年10月15日-)は、日本の工学者である。専門は分離膜化学。環境化学、分析化学の貢献者。 1949年長崎県生まれ 1973年東京大学工学部工業化学科、1975年東京大学大学院 工学系研究科 合成化学専攻修士課程1978年東京大学大学院 工学系研究科 工業化学専攻博士課程、海水淡水化研究の山邊武郎に師事。1978年 - 1984年神奈川大学 工学部 助手1986年 カリフォルニア工科大学 神奈川大学在外研究員1986年 神奈川大学 工学部 助教授1992年神奈川大学工学部教授
太田 誠一(おおた せいいち、1949年 - )は、日本の農… 太田 誠一(おおた せいいち、1949年 - )は、日本の農芸化学者。京都大学名誉教授。農学博士(名古屋大学、1977年)。長崎県出身。 1949年、長崎県長崎市生まれ。1977年に名古屋大学大学院農学研究科博士課程満了後、農林水産省に入省、林業試験場研究官、森林総合研究所北海道支所土壌研究室長、立地評価研究室長、森林環境部立地環境科長、同立地環境領域長などを歴任。2002年京都大学大学院農学研究科教授に就任。世界各地の森林土壌に関する研究に取り組み、2001年には日本森林学会賞、2012年にはSoil Science and Plant Nutrition Award (SSPN Award) 他を受賞した。
小口 彦太(こぐち ひこた、1947年1月8日 - )は、日… 小口 彦太(こぐち ひこた、1947年1月8日 - )は、日本の法学者。早稲田大学名誉教授、中国人民大学法学院名誉客座教授。法学博士(早稲田大学、2004年)。専門は中国刑事法、中国民法。2016年4月から2024年3月まで江戸川大学学長を務めた。 長崎県川棚町出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、1969年に早稲田大学第一法学部を卒業後、1971年同大学大学院法学研究科修士課程修了、1974年同博士課程満期退学。 1969年に早稲田大学法学部副手となり、1971年助手、1974年専任講師、1976年助教授、1981年教授。1981年から1982年までハーバード・ロー・スクール東アジア法研究プログラム訪問研究員。
伊達木 瀧之助(だてき たきのすけ、1946年7月20日 -… 伊達木 瀧之助(だてき たきのすけ、1946年7月20日 - )は、日本の労働官僚、統計学者。元総務庁統計局統計調査部長、長崎県立大学副学長。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、京都大学理学部数学科卒業後、労働省に入省。後に総務庁に転じ、統計局統計調査部企画課長を経て、1998年統計調査部長。総務庁退官後、2000年に長崎県立大学教授となり、2001年に同大学経済学部経済学科長。2002年には平山祐次学長の指名を受けて副学長に就任した。同大学では統計データの分析を通じて社会経済動向を実証する研究に従事した。教育開発センター長などを歴任し、2012年に退官、名誉教授。2016年に瑞宝小綬章を受章。
池ノ上 克(いけのうえ つよむ、1946年(昭和21年)1月… 池ノ上 克(いけのうえ つよむ、1946年(昭和21年)1月21日 - )は日本の医師、医学者。専門は周産期医学。宮崎大学名誉教授で、2015年10月から同大学学長を務めた。 鹿児島県鹿児島市出身。1964年長崎県立長崎東高等学校卒業。1970年鹿児島大学医学部を卒業。1972年鹿児島市立病院に産婦人科医員として勤務。その後南カリフォルニア大学産婦人科とカリフォルニア大学アーバイン校産婦人科に留学する。1982年に医学博士号を取得(日本大学)。1990年に鹿児島市立病院産婦人科部長となる。1991年宮崎医科大学産婦人科教授。2003年宮崎医科大学の宮崎大学への統合に伴い宮崎大学医学部附属病院副病院長。
二ノ方 壽(にのかた ひさし、1946年 - )は、日本の原… 二ノ方 壽(にのかた ひさし、1946年 - )は、日本の原子力工学者。ミラノ工科大学エネルギー工学科教授、東京工業大学名誉教授。工学博士(東京大学、1977年)。専門は原子炉安全学。 長崎県立長崎東高等学校を経て、東京大学教養学部基礎科学科卒業後、マサチューセッツ工科大学教育助手などを経て1977年に東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、「高速炉炉心局所事故時の冷却材挙動に関する研究」で工学博士号を取得した。 1977年に東京電力入社、主管研究員となる。 1980年に動力炉・核燃料開発事業団大洗工学センターへ出向。アメリカの国立研究機関であるアルゴンヌ国立研究所やロスアラモス国立研究所において客員研究員を務めるなど、原子炉研究に取り組んだ。
山下 英三郎(やました えいざぶろう、1946年 - )は、… 山下 英三郎(やました えいざぶろう、1946年 - )は、日本の社会福祉学者。日本社会事業大学名誉教授。 長崎県長崎市に生まれる。1969年、早稲田大学法学部卒業。1985年、ユタ大学ソーシャルワーク学部修士課程を修了。1986年、埼玉県所沢市において、スクールソーシャルワーカーとして活動を始める。1997年、日本社会事業大学に着任。1999年、モンゴルの児童支援とソーシャルワーク教育支援に携わる。2012年、日本社会事業大学名誉教授。2019年、モンゴル国立教育大学名誉教授。特定非営利活動法人日本スクールソーシャルワーク協会名誉会長、特定非営利活動法人コスモス村代表理事。
江頭 和彦(えがしら かずひこ、1945年2月23日 - )… 江頭 和彦(えがしら かずひこ、1945年2月23日 - )は、日本の農芸化学者。専門は土壌学。九州大学名誉教授。農学博士(九州大学・1974年)。ベトナム農業への貢献があったとして、2016年にベトナム農業農村開発大臣より友好勲章を受けた。九州大学においては大学院農学研究院長、農学部長などを歴任した。2023年、瑞宝中綬章受章。 福岡県柳川市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、1967年九州大学農学部農芸化学科卒業後、1969年同大学院農学研究科修士課程修了。1971年に同大学農学部農芸化学科土壌学講座助手となり、1975年助教授、1992年教授。2000年同大学院農学研究院教授、2003年大学院農学研究院長。
雨谷 昭弘(あめたに あきひろ、1944年2月14日 - 2… 雨谷 昭弘(あめたに あきひろ、1944年2月14日 - 2022年1月4日)は、日本の電気工学者。モントリオール理工科大学教授、同志社大学名誉教授。Ph.D.(マンチェスター大学、1973年)、D.Sc.(英語版) (マンチェスター大学・2010年)。電気学会副会長などを歴任した。長崎県出身。 1944年、長崎県長崎市生まれ。長崎県立長崎東高等学校卒業。1966年同志社大学工学部電気工学科卒業、1968年同大学大学院工学研究科電気工学専攻修了。1971年にイギリスへ渡り、1973年マンチェスター大学大学院パワーシステム工学専攻博士課程を修了し、Ph.D.取得。 1968年4月同志社大学助手、1971年4月専任講師。
嶌 洪(しま ひろし、1944年2月9日 - )は、日本の生… 嶌 洪(しま ひろし、1944年2月9日 - )は、日本の生物学者。九州大学名誉教授。農学博士(九州大学、1981年)。専門は系統分類学。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、1966年に鹿児島大学農学部を卒業後、1968年九州大学大学院農学研究科修士課程修了、1970年同博士課程中退。同年に九州大学教養学部助手となり、1981年同助教授、1989年同教授を経て、1994年大学院比較社会文化研究科教授、1999年大学院比較社会文化研究科長。同大学において教職員組合委員長、書記長などを歴任する一方、学会活動にも精力的に取り組み、2005年、2006年には日本昆虫学会長を務めた。 その後、九州大学総合研究博物館長などを務め退官、九州大学名誉教授となる。
水田 祥代(すいた さちよ、1942年3月16日 - )は、… 水田 祥代(すいた さちよ、1942年3月16日 - )は、日本の医師、医学者。九州大学名誉教授、学校法人福岡学園理事長。専門は小児外科。旧帝国大学系の医学部で初の女性外科教授となった。 大分県出身。6歳のとき九州大学病院に入院したが、その際の医師らによる親切な対応に感銘を受け、九州大学への進学と医師になることを志すようになった。長崎県立長崎東高等学校を経て、九州大学医学部に進学。同在学中に米軍病院でのインターンを経験し、そこでの体験をもとに外科志望となった。大学院在学中の1968年にはイギリスへ留学し、リバプール大学病院付属アルダーヘイ小児病院で臨床に従事した。帰国後の1974年に医学博士号を取得。
前田 三男(まえだ みつお、1942年1月5日 - )は、日… 前田 三男(まえだ みつお、1942年1月5日 - )は、日本の光学者、レーザー科学者。九州大学名誉教授。久留米工業高等専門学校名誉教授、元校長。工学博士(九州大学、1971年)。元日本工学アカデミー正会員。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、1964年九州大学工学部電気工学科卒業後、1969年同大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程修了。 1969年に九州大学工学部講師となり、1971年助教授、1981年教授。同大学では先端科学共同研究センター長(1997年 - 2000年)、大学院システム情報科学研究院長(2001年 - 2005年)を務め、レーザー装置の開発やその応用に関する研究に取り組んだ。
由佐 悠紀(ゆさ ゆうき、1941年 - )は日本の地球物理… 由佐 悠紀(ゆさ ゆうき、1941年 - )は日本の地球物理学者。京都大学名誉教授。温泉資源の保護と適正利用に業績があった。 長崎県出身。長崎県立長崎東高等学校卒業。1964年3月京都大学理学部地球物理学科卒業、1966年3月同大学大学院理学研究科修士課程修了。1966年5月京都大学助手、1979年10月助教授を経て、1987年10月に教授就任。大学院修了後は大分県別府市にある京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設で研究を行っていた。1970年から1982年にかけては南極ビクトリアランドの塩湖の調査・観測活動に参加した。2000年度・2001年度には日本温泉科学会長を務めた。理学博士(京都大学、1976年)。
田中 克佳(たなか かつよし、1939年10月27日 - 2… 田中 克佳(たなか かつよし、1939年10月27日 - 2011年2月18日)は、日本の教育学者、教育史学者。慶應義塾大学名誉教授、元田園調布学園大学教授。江戸っ子に関する研究で知られる。長崎県長崎市出身。 1939年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科教育学専攻博士課程修了。1968年慶應義塾大学文学部助手、1972年助教授を経て、1984年教授。同大学退職後は田園調布学園大学でも教鞭を執った。
畑地 正憲(はたち まさのり、1939年 - )は、日本の東… 畑地 正憲(はたち まさのり、1939年 - )は、日本の東洋史学者、教育者。山口大学名誉教授、萩国際大学・山口福祉文化大学元学長。文学博士(九州大学、2012年)。 1939年、長崎県長崎市出身。1957年に長崎県立長崎東高等学校卒業、1961年に長崎大学学芸学部を卒業後、長崎県公立学校の教諭となる。後に九州大学大学院へ進み、1970年同文学研究科史学・東洋史専攻修了、1972年同東洋史学専攻博士課程中途退学。1981年に山口大学人文学部教授となり、同大学共通教育センター長などを歴任し、2002年に定年退官。1999年から萩国際大学国際学科教授となり、2003年副学長を経て、2004年に学長就任。
井上 晃(いのうえ あきら、1938年3月20日 - 20… 井上 晃(いのうえ あきら、1938年3月20日 - 2023年10月31日)は、日本の原子力工学者。東京工業大学名誉教授。工学博士(東京工業大学、1966年)。原子力発電の安全性向上に尽力した。 1938年生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1961年に東京工業大学工学部金属工学科卒業、1966年に「垂直管内気液二相流の圧力損失に関する研究」で工学博士号を取得。同大学原子炉工学研究所助手、1972年同原子炉熱工学部門助教授を経て、1986年教授。後に福島第一原子力発電所所長を務める吉田昌郎の指導も担当した。同大学大学院総合理工学研究科教授を経て、1998年に名誉教授。 専門は原子炉熱流体工学、気液二相流の流動と熱伝達、高速炉の熱工学的安全性であり、特に沸騰伝熱および気液二相流の分野における研究で国際的な業績があったとされる。
小野 信輔(おの しんすけ、1938年 - )は、日本の機械… 小野 信輔(おの しんすけ、1938年 - )は、日本の機械工学者、熱工学者。九州大学名誉教授、元北九州市立大学国際環境工学部教授。日本工学アカデミー正会員。工学博士(九州大学、1976年)。 1938年長崎県生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1961年に九州大学工学部機械工学科卒業後、1966年同大学大学院工学研究科博士課程単位取得退学。1976年に「予混合気における発火と火炎伝ぱに関する基礎的研究」で工学博士号を取得した。 1966年九州大学工学部講師、1967年助教授を経て、1978年教授。1979年からは同大学大学院総合理工学研究科教授を併任(1998年まで)。1999年に同大学大学院工学研究科教授となり、2001年退官、名誉教授。
正木 晴彦(まさき はるひこ、1938年 - )は、日本の仏… 正木 晴彦(まさき はるひこ、1938年 - )は、日本の仏教学者、哲学者。長崎大学名誉教授、元副学長。光永寺(長崎市)住職。 1938年、広島県広島市生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1961年に学習院大学文学部哲学科卒業。1964年に東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1967年に同博士課程を単位修得退学後、長崎大学に着任。1967年4月教養部助手、同年11月講師、1972年8月助教授、1977年3月教授、1997年10月環境科学部教授を経て、2004年3月に定年退官、名誉教授。1988年から1990年にかけて同大学評議員、2003年から退官まで副学長を務めた。 大学退官後は光永寺住職となったほか、地球システム・倫理学会の設立発起人となり、2016年現在も同学会理事を務めている。
佐々治 寛之(ささじ ひろゆき、1935年 - 2006年8… 佐々治 寛之(ささじ ひろゆき、1935年 - 2006年8月1日)は、日本の動物学者。 長崎県出身。旧姓・神谷。長崎県立長崎東高等学校、九州大学農学部卒、同大学院、1967年農学博士(九州大学)。福井大学教育学部助教授、教授。99年定年退官、名誉教授。 佐々治寛之は、甲虫類、とくにテントウムシを中心とする標本の収集・整理にも尽力し、その結果得られた標本群は佐々治寛之コレクションとして九州大学総合研究博物館のデータベースとして公開されている。現在公開されているデータには学名・採集年月日・採集地・採集者などが収録され、2020年12月末時点での標本データは4,456件である。
高瀬 暢彦(たかせ のぶひこ、1933年2月22日 - )は… 高瀬 暢彦(たかせ のぶひこ、1933年2月22日 - )は、日本の法学者。日本大学名誉教授。専門は法哲学、基礎法学、日本近代法史。明治期の政治家である金子堅太郎研究の第一人者とされる。 日本大学大学院法学研究科私法学専攻修了。日本大学法学部教授を務め、筑波大学第三学群講師、埼玉大学経済学部講師を兼任した。
脇山 徳雄(わきやま とくお、1932年12月1日 - )は… 脇山 徳雄(わきやま とくお、1932年12月1日 - )は、日本の物性物理学者。東北大学名誉教授。理学博士(東京大学、1965年)。 1932年長崎県生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1956年に学習院大学理学部物理学科卒業、1958年に同大学大学院自然科学研究科修士課程を修了。小林理学研究所を経て、1961年東京大学物性研究所助手となり、1965年に「鉄-アルミニウム系合金単結晶の磁場中冷却効果の研究」で理学博士号を取得。グルノーブル大学理学部客員助教授を経て、1967年東北大学助教授、1978年教授。磁気物性工学を専門とし、1977年には「DHCP結晶構造を持つコバルト・鉄合金の発見とその物性に関する研究」で松永賞を受賞。
田中 煕巳(たなか てるみ、1932年4月29日 - )は、… 田中 煕巳(たなか てるみ、1932年4月29日 - )は、日本の材料工学者、核廃絶運動家。長崎原爆被爆者。日本原水爆被害者団体協議会代表委員。元東北大学工学部助教授・十文字学園女子短期大学教授、博士(工学)(東北大学、1993年)。専門は材料工学。 長年、被爆者運動の中核を担っており、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の事務局長を計20年務め、その後も同団体の代表委員として活動。2024年10月11日、代表委員として所属する日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞。 1932年、中国東北部(旧満洲)に生まれた。陸軍の軍人であった父が脳出血のため他界したため、親類を頼って長崎市に移り住んだ。
宮川 俊行(みやがわ としゆき、1932年3月15日 - 2… 宮川 俊行(みやがわ としゆき、1932年3月15日 - 2022年12月14日)は、日本の神学者、哲学者。カトリック教会司祭。元長崎純心大学教授。安楽死に関する研究で知られる。 1932年、茨城県土浦市生まれ。1944年に大村教会で洗礼を受けた。長崎県立長崎東高等学校を経て、1955年に東京大学経済学部卒業後、東京カトリック神学院に入学。1957年から1968年にかけてローマとミュンヘンへ留学し、1963年に司祭叙階を受けた。1965年教皇庁立ウルバニアナ大学大学院神学研究科、1968年同大学大学院哲学研究科をそれぞれ修了し、神学博士号と学術博士号を取得した。 1967年に東京純心女子短期大学専任講師となり、1971年長崎純心女子短期大学(現:長崎純心大学短期大学部)教授を経て、1995年長崎純心大学人文学部教授。
木村 一生(きむら いっしょう、1932年 - 2015年)… 木村 一生(きむら いっしょう、1932年 - 2015年)は、日本の抽象画家で、多摩美術大学名誉教授。本名は木村和夫。 1932年、長崎県長崎市生まれ。1951年、長崎県立長崎東高等学校卒業。東京芸術大学絵画科在学中の1955年に浜屋百貨店で初めての個展を開催。1957年、同大学を卒業後、1958年には読売アンデパンダン展に出品。1959年、モダンアート協会展に初出品し翌1960年に同会会員となる。1989年の「木村一生の世界」展(池田20世紀美術館企画)をはじめ多数の個展を開催。また、1960年から1985年にかけて「新表現展」に出品するなどグループ展にも数多く参加。1968年より多摩美術大学で後進の指導にも取り組み、1972年に助教授、1983年に教授就任。
植田 史生(うえだ ふみお)は、日本のスポーツ科学者、剣道家… 植田 史生(うえだ ふみお)は、日本のスポーツ科学者、剣道家。慶應義塾大学体育研究所教授。 長崎県小浜町(現:雲仙市)出身。長崎県立長崎東高等学校を卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学。剣道部で活動し、1976年の早慶戦では優秀選手に選出された(同年の優秀選手には早稲田大学の谷藤裕明・元盛岡市長がいる)。大学卒業後、1977年慶應義塾大学体育研究所助手、1987年専任講師、1994年助教授を経て、2004年に教授就任。2005年から2013年まで体育研究所長を務めた。剣道の動作分析に関する研究や、スポーツ選手のレーザー治療に関する研究に従事している。剣道の指導にも取り組んでおり、2001年から2003年まで慶應義塾大学剣道部監督を務めたほか、2002年からハーバード大学剣道部コーチを務めている。