高橋 成計(たかはし しげかず、1952年 - )は、日本の… 高橋 成計(たかはし しげかず、1952年 - )は、日本の城郭研究家。城郭談話会会員。 1952年、徳島県三好市生まれ。立正大学短期大学部社会科卒業。 会社勤務の傍ら、摂津・丹波の城郭調査に取り組む。1993年3月、中野卓郎・藤田達生と八上城研究会を結成し、八上城などの波多野氏関係の城郭や古文書の共同調査を開始する。同年12月、八上城の支城・法光寺城跡のある法光寺山で開発計画が策定されているとの報道がされると、八上城研究会として遺跡保存運動を行った。 2011年から2013年、京都府の中世城郭跡調査の調査員を務めた。その後、近畿・中国・東海を中心に中世城館を調査する。
おだ 辰夫(おだ たつお、1952年 - )は、広島県三次市… おだ 辰夫(おだ たつお、1952年 - )は、広島県三次市出身の漫画家。 1969年、『フクメンくん』(週刊少年ジャンプ)でデビュー。 作中では、登場人物が全速力で走り抜ける時、コマの中で自身の姓にあやかった「おだだだだだだ…」という擬音が出るのが特徴(外部リンク参照)。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
ひきの 真二(ひきの しんじ、1952年 - )は、日本の漫… ひきの 真二(ひきの しんじ、1952年 - )は、日本の漫画家。男性。大阪府八尾市出身。 1979年よりひきちん名義で、小学館の学年別学習雑誌である『小学四年生』の読者ページ「とびだせ 小4ランド」・「ひきちんのおせっかい広場」などで活躍する(1982年3月まで)。 1980年に「サマーライダー」により第8回小学館新人コミック大賞青年部門で佳作を受賞する。 1981年、『ビッグコミックスピリッツ』掲載の「みんな元気か!」で連載デビューし、小学館の児童向け雑誌に舞台を移し、オリジナル作品をいくつか掲載する。その後、NHK特番をコミック化した学習漫画を何冊も手がける。 初期の児童向け作品及びコンビニで働く若夫婦を主題にした『ドラマ新婚さん』は原作無しの作品であるが、他はほとんどが原作付き作品である。
長田 達也(おさだ たつや、1952年(昭和27年) - )… 長田 達也(おさだ たつや、1952年(昭和27年) - )は、日本の照明技師である。 1952年(昭和27年)、山梨県山梨市牧丘町に生まれる。 1971年(昭和46年)、照明助手としてテレビ映画、独立プロダクションの作品に参加。1983年(昭和58年)、森﨑東監督作品で初めて技師を手掛けた。 撮影現場では照明だけでなくさまざまな提案をする照明マンとしても有名で、周防正行監督や矢口史靖監督のブレインとしても活躍している。 1997年(平成9年)、『shall we ダンス?』で第20回日本アカデミー賞 最優秀照明賞を受賞。以後、2002年(平成14年)『陰陽師』、2004年(平成16年)『壬生義士伝』、2008年(平成20年)『それでもボクはやってない』、2010年(平成22年)『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』2014年(平成26年)『舟を編む』2020年(令和2年)『カツベン!』の6作品で優秀照明賞を受賞。
角田 順(すみだ じゅん、1952年 - )は、日本のギタリ… 角田 順(すみだ じゅん、1952年 - )は、日本のギタリスト、スタジオ・ミュージシャン。鳥取県米子市出身。 小学校の時に流行っていたパット・ブーンに興味を持ったことをきっかけに洋楽に夢中になり、中学3年の頃にはベンチャーズの魅力に嵌る。同級生の家に遊びに行った際、たまたま目に入った彼の父親のクラシックギターに魅かれ、ギターを弾こうと決意する。元々音楽は好きだったが、歌うことが苦手だったため歌は向いていないと自覚し、楽器に興味を向けたという。 つのだ☆ひろ&スペース・バンドへの参加でプロデビューを果たす。以降、小坂忠&ウルトラ、ふきのとう、自身のバンドNASAを経て、1980年にフリーランスとなる。
内田 一成(うちだ いっせい、1952年 − )は、日本の臨… 内田 一成(うちだ いっせい、1952年 − )は、日本の臨床心理学者・教育学者。学位は、博士(心身障害学)。上越教育大学名誉教授。 専門は、臨床心理学、学校心理学、福祉心理学、心理療法(応用行動分析、行動療法、認知行動療法)。臨床心理士、専門行動療法士。2003年より上越教育大学大学院学校教育研究科(臨床心理学コース)教授(2008年改組)、2005年より兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科博士後期課程研究指導担当(臨床心理学)教授(兼任)。2013年上越教育大学名誉教授。 児童青年期の心理障害ならびに発達障害や知的障害の行動問題の形成メカニズムの解明とそれに即した心理療法技法(応用行動分析,行動療法、認知行動療法等)の開発研究、強度行動障害に対する行動療法における新たな臨床モデルの開発研究、知的障害・発達障害をもつ人のソーシャルスキルに関する応用行動分析プログラムの開発研究を手がけ、適応行動の学習や発達の妨害要因となる常同行動や儀式的行動を適応行動に変換する技法の開発により3つの学術団体から表彰されている。
門脇 和男(かどわき かずお、1952年 - )は、日本の物… 門脇 和男(かどわき かずお、1952年 - )は、日本の物理学者、筑波大学大学院教授。特に超伝導の研究で知られている。 低温物理学、特に超伝導研究(実験)、超伝導ナノテクノロジー、新超伝導物質の開拓、高品質単結晶の育成など 「強い電子相関を持つ電子磁性材料の基礎研究」研究リーダー (平成8年度〜12年度)「極限環境状態に於ける現象」研究リーダー 「超伝導ナノサイエンスと応用」拠点リーダー (平成14年度〜平成18年度)研究拠点リーダー 「超伝導固有ジョセフソン接合によるテラヘルツ波の発振と応用」 「超伝導による連続THz波の発振と応用」研究リーダー 「国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)」(物質・材料研究機構)主任研究者(PI)
渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は… 渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は、日本の文芸評論家、早稲田大学教育学部複合文化学科教授。専門はフランス現代思想・文学。
大竹 公一郎(おおたけ こういちろう、1952年 - )は、… 大竹 公一郎(おおたけ こういちろう、1952年 - )は、日本の数学者・教育学者。群馬大学教育学部教授。専門は、代数学・教育工学。 1952年、群馬県に生まれる。1970年、群馬県立沼田高等学校卒業。1975年、群馬大学教育学部中学教員養成課程数学科卒業。1980年3月、筑波大学大学院数学研究科博士課程修了。理学博士。 現在群馬大学教育学部教授。 主要研究テーマは「非アベール圏における局所化と余局所化について」。代数学においてQF環の圏論的性質を研究する一方、教育工学分野ではVODを利用した遠隔教育の可能性について探求している。 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 1996年) 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 2000年) 群馬大学教育実践研究 (大学・研究所等紀要 2000年) 群馬大学教育学部紀要 自然科学編 (大学・研究所等紀要 2001年) 群馬大学教育実践研究 (大学・研究所等紀要 2001年) 群馬大學教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 2002年) 群馬大学教育学部紀要 (大学・研究所等紀要 2004年) 群馬大学教育学部紀要 自然科学編 (2002年) 群馬大学教育学部紀要 自然科学編 (2006年)
小島 定吉(こじま さだよし、1952年 - )は、日本の数… 小島 定吉(こじま さだよし、1952年 - )は、日本の数学者。2006年度日本数学会理事長。東京工業大学名誉教授。専門は双曲幾何学、低次元多様体、幾何構造、幾何学的群論。 東京都出身。東京都立上野高等学校卒業。1976年東京大学理学部数学科卒業。1978年東京大学大学院理学系研究科数学専攻修士課程修了。1981年コロンビア大学大学院博士課程修了。東京都立大学助手、同助教授、東京工業大学助教授を経て、同教授。3次元双曲幾何学に関する一連の研究業績により2000年幾何学賞受賞。ウィリアム・サーストンの「3次元幾何学とトポロジー」を翻訳。1998年サーストン来日時に対談。
玉木 久夫(たまき ひさお、1952年 - )は、日本のコン… 玉木 久夫(たまき ひさお、1952年 - )は、日本のコンピュータ科学者。Ph.D.(トロント大学、コンピューター・サイエンス)。明治大学理工学部情報科学科教授。専攻は計算理論など。 東京都出身。都立小山台高校を経て、1975年東京大学理学部物理学科卒業。1977年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。茨城大学工学部情報工学科助手、同講師。1993年トロント大学大学院計算機科学科博士課程修了。トーマス・J・ワトソン研究所、IBM東京基礎研究所在籍の後、1997年より現職。
川島 理史(かわしま まさふみ、1952年 - )は日本の政… 川島 理史(かわしま まさふみ、1952年 - )は日本の政治家。元東京都大島町長(1期)。元大島町議会議員(4期)。 東京都大島町岡田生まれ。東京都立大島高等学校、法政大学経済学部卒業。大学卒業後、大島の学習塾で講師を務める。1981年、東京都議会議員選挙に島部選挙区から無所属で出馬するが、落選。1995年、大島町議会議員選挙に日本共産党公認で出馬し、得票数トップで初当選する。以後4期16年間、大島町議会議員を務め、大島社会福祉協議会理事や同体育協会理事長を歴任する。 2011年、藤井静男大島町長の引退を受け、大島町長選挙に「新しい大島をめざす町民の会」から支持を受けて無所属(日本共産党推薦)で出馬する。
石黒 敦彦(いしぐろ あつひこ、1952年 - )は、日本の… 石黒 敦彦(いしぐろ あつひこ、1952年 - )は、日本のサイエンス・アート研究者である。「“来るべき芸術”のためのワークショップ」設立者・代表、「メビウスの卵展」実行委員会・代表、多摩美術大学情報デザイン学科、倉敷芸術科学大学大学院および武蔵野美術大学芸術文化学科非常勤講師を兼任する。 1952年、東京都に生まれる。1977年、明治学院大学文学部を卒業後、出版社勤務を経て、1986年、「“来るべき芸術”のためのワークショップ」を設立する。1987年9月、東京・神田神保町の美學校に「芸術科学実験工房」を設立、講師をつとめる( - 1993年4月)。 1980年代末から日本を巡回した「エクスプロラトリアム展」(ワークショップ部門、1989年6月 - 10月、科学技術館ほか)、1991年にはじまり2011年現在までつづく「メビウスの卵展」(O美術館、せんだいメディアテーク、金沢21世紀美術館など)をはじめ多数の美術展・美術館のキュレーションを手がける。
山本 健兒(やまもと けんじ、1952年 - )は、日本の経… 山本 健兒(やまもと けんじ、1952年 - )は、日本の経済地理学者。九州大学経済学研究院特任研究者、名誉教授。専門分野は、産業配置論、経済地理、社会地理。名は「健児」と表記されることもある。 新潟県生まれ。新潟県立長岡高等学校を経て1974年、一橋大学社会学部卒業。1980年、東京大学大学院理学系研究科博士課程退学。この間、1977年から1979年にかけて、ドイツ学術交流会 (DAAD) 奨学生としてミュンヘン工科大学に学ぶ。 高知大学人文学部を経て、法政大学経済学部の教員となり、経済地理などを担当。 1988年から1990年にかけて、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団研究員として、ミュンヘン工科大学で研究に従事する。
徳永 澄憲(とくなが すみのり、1952年 - )は、日本の… 徳永 澄憲(とくなが すみのり、1952年 - )は、日本の経済学者。Ph.D.(ペンシルベニア大学)。筑波大学名誉教授、麗澤大学学長、日本地域学会会長。ペンシルベニア大学・レディング大学等の客員研究員併任。 愛媛県出身。名古屋市立大学経済学部教授、筑波大学教授・生物資源学類長・生物資源科学専攻長を歴任。1996年5月から1997年11月にかけて、インドネシア国家経済開発庁(BAPPENAS)経済顧問(JICA長期専門家)を務めた。1999年に日本地域学会論文賞、2009年・2015年に同学会著作賞を受賞。
加藤 倫教(かとう みちのり、1952年 - )は、日本の元… 加藤 倫教(かとう みちのり、1952年 - )は、日本の元左翼運動家・元新左翼、現農家。元日本共産党(革命左派)神奈川県委員会・元連合赤軍メンバー。刑務所の中で3-4年後に新左翼思想から転向し、出所後は農家となり、自民党員となった。 1952年愛知県刈谷市出身。高校2年の時に東海高等学校在学中に名古屋市内の繁華街で沖縄返還を求めるデモに偶然出会って以降、学生運動や新左翼運動にのめり込んだ。そして、3歳年上の長兄加藤能敬の影響で毛沢東を信奉し、「反米愛国」をスローガンに掲げ、「銃のみが政権を生み出す」といった毛沢東理論に基づき、銃砲店から猟銃・散弾実包などを強奪する事件を起こす新左翼テロ組織の中京安保共闘(日本共産党革命左派神奈川県委員会)に入った。
田代 俊孝(たしろ しゅんこう、1952年 - )は、日本の… 田代 俊孝(たしろ しゅんこう、1952年 - )は、日本の仏教学者、生命倫理学者。仁愛大学学長、同朋大学名誉教授。三重県の行順寺住職。専門は真宗学、デス・エデュケーション(いのちの教育)、ビハーラ(仏教ホスピス)、死生学、生命倫理学など。 真宗学が専門で親鸞の思想を研究しているが、1980年代後半から、デス・エデュケーション(いのちの教育)やビハーラ(仏教ホスピス)、死生学を提唱し、その分野の理論的リーダーであり、第一人者。国内はもとより、アメリカやブラジルの大学で仏教の死生観や東洋の生命観について講義している。新聞・テレビ・ラジオなどマスコミにもよく登場している。また、名古屋大学医学部の生命倫理審査委員、非常勤講師、バイオやゲノムの専門審査委員などを永年務めていた。
姉小路 祐(あねこうじ ゆう、1952年 -)は、日本の小説… 姉小路 祐(あねこうじ ゆう、1952年 -)は、日本の小説家・推理作家。 京都府生まれ。京都市立日吉ヶ丘高等学校、大阪市立大学法学部卒業。立命館大学大学院政策科学研究科博士課程前期課程修了。修士論文テーマは「司法改革と日本型政治経済の構造改革」。 司法書士の資格を取得した後に、1989年「弁護士・朝日岳之助」シリーズの第1作となる『真実の合奏(アンサンブル)』が第9回横溝正史賞佳作を受賞。1991年には『動く不動産』で第11回同賞大賞を受賞。「朝日岳之助」シリーズ、「刑事長」シリーズ、「署長刑事」シリーズなどを執筆し、山村美紗、西村京太郎らに続く2時間ドラマの主要原作者である。 『推理作家製造学〈入門編〉』は、まだアマチュアだった著者が推理小説作家としてプロデビューするまでをつぶさに描いた作家入門である。
佐野 俊二(さの しゅんじ、1952年 - )は、日本の医師… 佐野 俊二(さの しゅんじ、1952年 - )は、日本の医師。専門は心臓血管外科。元岡山大学教授、元米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校小児心臓胸部外科教授。左心低形成症候群の生存率を9割にまで引き上げた「SANOシャント(SANO術)」で知られる。 広島県芦品郡駅家町(現福山市)生まれ。広島県立福山誠之館高等学校を経て、1977年岡山大学医学部を卒業。1982年岡山大学大学院医学研究科修了。日本での臨床研修を終えて、1985年からニュージーランド・オークランドにあるオークランド大学グリーンレーン病院で、バレット・ボイス教授のもとで研修を受ける。その後、オーストラリアにある王立小児病院でロジャー・ミー教授のもとで研修を受け、Consultant Surgeon(准教授)になる。
高谷 時彦(たかたに ときひこ、1952年 - )は、日本の… 高谷 時彦(たかたに ときひこ、1952年 - )は、日本の建築家。東京都調布市に事務所を構える。元東北公益文科大学大学院特任教授。東北公益文科大学大学院非常勤講師。 香川県立高松高等学校、東京大学工学部都市工学科卒業。東大時代は大谷幸夫に師事。槇総合計画事務所勤務の後、独立。槇文彦の著作『見えがくれする都市』(鹿島出版会SD選書)では、共著者の一人として「道の構図」担当。長岡造形大学、神奈川大学、工学院大学、東京大学、芝浦工業大学などの非常勤講師を歴任し、東北公益文科大学大学院特任教授を経て東北公益文科大学大学院非常勤講師。
森本 三義(もりもと みよし、1952年 - )は日本の会計… 森本 三義(もりもと みよし、1952年 - )は日本の会計学者。専攻は管理会計学。愛媛県喜多郡内子町生まれ。2007年から松山大学学長。2024年、旭日中綬章受章。
山下 俊一(やました しゅんいち、1952年 - )は、日本… 山下 俊一(やました しゅんいち、1952年 - )は、日本の医学者、医師。学位は医学博士(長崎大学・1989年)。国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構高度被ばく医療センターセンター長(初代)、長崎大学学長特別補佐(福島復興・原子力災害担当)・原子力災害対策戦略本部教授、福島県放射線健康リスク管理アドバイザー。 長崎大学医学部助手、長崎県立多良見成人病センター職員、長崎大学医学部教授、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科教授、世界保健機関放射線プログラム専門科学官、福島県立医科大学副学長、長崎大学副学長、国立大学法人長崎大学理事などを歴任した。 1952年に長崎県長崎市で生まれる。父方は迫害を受けてきた浦上の隠れキリシタンの子孫で、洗礼名ボナベンツラとして乳児洗礼を受けた カトリック信者である。
山極 壽一(やまぎわ じゅいち、1952年 - )は日本の人… 山極 壽一(やまぎわ じゅいち、1952年 - )は日本の人類学者、霊長類学者にして、ゴリラ研究の第一人者。京都大学理学研究科教授。京都大学総長。
増木 重夫(ますき しげお、昭和27年・1952年 - )と… 増木 重夫(ますき しげお、昭和27年・1952年 - )とは日本の政治活動家。大阪府在住。教育再生・地方議員百人と市民の会事務局長。
大橋 弘忠(おおはし ひろただ、1952年 - )は、日本の… 大橋 弘忠(おおはし ひろただ、1952年 - )は、日本の工学者。工学博士。元東京電力社員。東京大学工学系研究科システム創成学専攻教授。岐阜県出身。
田中 勇一(たなか ゆういち、1952年-)は、日本の政治活… 田中 勇一(たなか ゆういち、1952年-)は、日本の政治活動家。
田村 秀行(たむら ひでゆき 1952年 - )は、日本の評… 田村 秀行(たむら ひでゆき 1952年 - )は、日本の評論家。日本語教師。
坂川 栄治(さかがわ えいじ、1952年(昭和27年) - … 坂川 栄治(さかがわ えいじ、1952年(昭和27年) - 2020年(令和2年)8月2日)は、日本のアート・ディレクター、装丁家、文章家、写真家である。娘の坂川朱音も装丁家。 1952年(昭和27年) 北海道天塩郡遠別町出身。北海道綜合美術専門学校(現 北海道芸術デザイン専門学校)卒業。1985年(昭和60年) - 1989年(平成元年)、雑誌『SWITCH』にて、アート・ディレクターを務める。1987年(昭和62年) 坂川事務所を設立。書籍の装丁だけではなく、広告・PR誌・CD・映画・空間デザインのディレクションをするなど幅広く活動する。1992年(平成4年) 講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞。
小石川 正弘(こいしかわ まさひろ、1952年 - 2020… 小石川 正弘(こいしかわ まさひろ、1952年 - 2020年8月26日)は、日本の天文家である。宮城県出身。 宮城県宮城郡広瀬村の愛子(現在は仙台市青葉区)にある曹洞宗の寺院・安養寺に生まれる。 宮城県農業高等学校を卒業後に五藤光学研究所勤務を経て、1972年から仙台市天文台の技術職員となり仙台市教育委員会生涯学習課天文台係長などを務めた。2013年に定年退職し、以後はせんだいメディアテークの嘱託職員として啓蒙活動を行っていた。 1988年12月に (3994) アヤシを発見したのをはじめとして、多数の小惑星を発見した。小惑星の発見数は1987年から1995年にかけて19個にのぼり、仙台市の地名やゆかりの人物、仙台市の姉妹都市にちなんだ命名をおこなっていた。
ジャン・ユンカーマン(John Junkerman、1952… ジャン・ユンカーマン(John Junkerman、1952年 - )は、アメリカ合衆国のジャーナリスト、映画監督。 アメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキー生まれ。生後程無くしてアメリカ軍の横須賀基地に赴任した軍医の父親と共に神奈川県葉山町に住むが、1年後に帰国。高校時代はベトナム戦争が泥沼状態となる中、反戦運動に加わり徴兵制反対デモを行う。1969年再来日し、慶應義塾志木高等学校に学ぶ。その後、スタンフォード大学東洋文学語科、ウィスコンシン大学大学院を経て、日米両国に於いてジャーナリストとして活動しており、流暢な日本語が話せる。 一方で映画製作にも関わり、1988年ドキュメンタリー映画『HELL FIRE 劫火』でアカデミー賞記録映画部門にノミネート、1992年には『夢窓 庭との語らい』でエミー賞を受賞する。
倉川茂行(くらかわ しげゆき、1952年 - 1988年10… 倉川茂行(くらかわ しげゆき、1952年 - 1988年10月29日)は日本の大蔵官僚。 東京都出身。東京都立立川高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1975年 大蔵省入省(主計局総務課)。立川高校時代から大蔵省入省を目指していた。 大阪国税局や大臣官房調査企画課調査第一係長の後、1980年7月 鶴岡税務署長。1985年6月 主計局主計官補佐(厚生第三係主査)。中島義雄主計官に仕えていた。1988年7月 主計局主計官補佐(通商産業第一、二係主査)。1988年10月29日 東京都世田谷区池尻の自宅で急性心不全のため死去。 主計局での勤務が長く、1975年入省では勝栄二郎らと並んで事務次官候補と見られていた。
橘 右龍(たちばな うりゅう、本名:須賀雅信、1952年 -… 橘 右龍(たちばな うりゅう、本名:須賀雅信、1952年 - 2021年9月17日)は橘流寄席文字書家。寄席文字橘会理事。 東京都出身。日本大学豊山高校、日本大学文理学部卒業。 寄席文字との出会いは高校での落語研究会。高校2年生で本牧亭に通い出し、寄席文字の魅力にとりつかれ、大学入学後橘右近に正式に入門。芸人とも親交を深める。1976年に「橘右龍」の名前を許される。 浅草演芸ホール・東洋館の看板・めくりや各種筆耕などを数多く手掛け、寄席文字を理論的に研究した上での普及と橘右近の作品の継承に携わり、ビラ字研究の第一人者であった。 2021年9月17日に心臓病で死去。
木村 由貴子(きむら ゆきこ、1952年 - )は、日本の元… 木村 由貴子(きむら ゆきこ、1952年 - )は、日本の元女優。本名同じ。 茨城県水戸市出身。1972年当時は東横学園女子短期大学に在籍していた。 小学時代よりバレエを習い、中学3年時に東宝のニュータレント募集に応募して合格。 1970年、大成女子高等学校から東横学園高校(現・東京都市大学等々力高等学校)に編入して1971年に東横学園高校を卒業。 1971年公開の映画『激動の昭和史 沖縄決戦』では、ひめゆり学徒隊の一人を演じる。 1972年、讀賣テレビ放送のテレビドラマ『細うで繁盛記』に旅館の中居・戸川役でレギュラー出演。当時の紹介記事では「教えられたことをただただ夢中でやっているだけです」と述べており、これからの抱負として「23歳まで泥まみれになり頑張ってみたい」と述べている。
西岡 文彦(にしおか ふみひこ、1952年 - )は、日本の… 西岡 文彦(にしおか ふみひこ、1952年 - )は、日本の版画家、多摩美術大学教授。 山口県生まれ。1971年神奈川県立川崎高等学校卒業。版画家森義利に師事。1977年、日本版画協会展新人賞。1978年、国展新人賞受賞。雑誌「遊」(工作舎)の装画を機に、出版分野でも活動。著書も多い。1996年、多摩美術大学講師。2003年造形表現学部デザイン学科助教授、2007年准教授、2009年教授。
小関 順二(こせき じゅんじ、1952年 - )は、日本のス… 小関 順二(こせき じゅんじ、1952年 - )は、日本のスポーツライター。神奈川県横須賀市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業 野球関係の取材、執筆をメインに活動しており、プロ野球だけではなくアマチュア野球にも精通している。1988年に『ドラフト会議倶楽部』を設立しプロ野球ドラフト会議の直前期になると『模擬ドラフト』を開催している。活字メディアにとどまらず、アマチュア野球の豊富な知識を生かして、スカイAスポーツで中継される「フレッシュオールスターゲーム中継」、「プロ野球ドラフト会議中継」では毎年解説を担当している。 同じくスポーツライターの佐野正幸とは親交が深い。
東門 明(とうもん あきら、1952年 - 1972年7月1… 東門 明(とうもん あきら、1952年 - 1972年7月14日)は、アマチュア野球選手(内野手)。 茅ヶ崎市立松浪中学校から武相高等学校に進み、投手として甲子園を目指すも、1970年(昭和45年)夏の甲子園神奈川県予選準々決勝で、甲子園出場の東海大相模に敗れる(東海大相模は同夏の甲子園大会で全国制覇を果たす)。同期には菅野光夫、1学年下に根建忍と金島正彦がいた。 1971年(昭和46年)、一般入試で早稲田大学教育学部に進学、同校野球部に所属する。高校の卒業文集には「我が青春に悔いはなし」と書き記した。打力を生かすために内野手へ転向し、2年春に三塁のレギュラーを獲得(背番号9)。リーグ戦での活躍(35打数14安打、打率.400〈リーグ6位〉1本塁打)により、第1回日米大学野球選手権大会日本代表に選出される。
青木 進(あおき すすむ、1952年 - )は、日本郵便社員… 青木 進(あおき すすむ、1952年 - )は、日本郵便社員。越後上田郵便局長(新潟県南魚沼市)、全国郵便局長会会長、信越郵便局長協会理事長を歴任。 新潟県南魚沼市雲洞の出身。新潟県立六日町高等学校を卒業。郵政省簡易保険局勤務を経て、越後上田郵便局長、信越郵便局長協会理事長、2016年5月22日、全国郵便局長会長に就任。2019年5月19日、全国郵便局長会会長を退任。郵便局物販サービス取締役会長に就任。2021年6月、郵便局物販サービス取締役会長退任。2023年4月29日、春の叙勲で瑞宝双光章を受賞。
櫻井和男(さくらいかずお1952年- )は日本のスポーツ指導… 櫻井和男(さくらいかずお1952年- )は日本のスポーツ指導者。島根県出身。かつて、陸上競技の砲丸投の選手であった。 1980年 美濃加茂高等学校野球部顧問になる。直後に同部は夏の岐阜大会で優勝。第62回全国高等学校野球選手権大会に出場した。 1990年、夏の岐阜大会で2度目の優勝。第72回全国高等学校野球選手権大会に出場した。 1995年、ゴルフ部監督に就任した。ゴルフ部では服部真夕、宅島美香など、5名のプロゴルファーを育てた。2009年のトキめき新潟国体では、岐阜県選抜女子団体チームを率いて優勝を果たした。 2012年、地元岐阜で行われた国民体育大会の女子団体でも優勝した。2013年3月、美濃加茂高校を定年退職した。
野田 隆(のだ たかし、1952年 - ) は、日本の旅行作… 野田 隆(のだ たかし、1952年 - ) は、日本の旅行作家。 日本旅行作家協会理事。とくに鉄道旅行の紀行を手がけている。地域は、ドイツを中心としたヨーロッパと日本を得意としている。また、最近は鉄道マニアの生態を描写したエッセイを発表している。 愛知県名古屋市出身。名古屋市立千種台中学校、愛知県立旭丘高等学校を卒業後、早稲田大学法学部に進学し、早稲田大学大学院法学研究科博士前期課程を修了(法学修士)。専攻は国際法。長らく都立高校の英語科教諭を務めていたが、2010年3月で早期退職。以後フリーランスで活動している。 テレビ番組タモリ倶楽部では、架空の鉄人予備校において「北斗星に乗った時の正しい行動の仕方講座」の講師をつとめたが、この内容は著書「テツはこう乗る」(光文社新書)の第3章に基づくものである。
松本 恒雄(まつもと つねお、1952年 - )は、日本の法… 松本 恒雄(まつもと つねお、1952年 - )は、日本の法学者。一橋大学名誉教授。京都市出身。 消費者法の第一人者と評され(後述)、日本消費者法学会初代理事長・内閣府消費者委員会初代委員長・国民生活センター理事長等を歴任した。 専門領域は民法・消費者法・消費者契約法・IT関連法など。 指導教官は北川善太郎。日本人としては最初の北川善太郎の弟子である。 法務省や朝日新聞、毎日新聞、明治学院大学では、消費者法研究の第一人者と評している。 指導学生に細川幸一(日本女子大学教授)、羽生香織(上智大学教授)などがいる。
野尻 知里(のじり ちさと、1952年 - 2015年11月… 野尻 知里(のじり ちさと、1952年 - 2015年11月13日)は、日本の医師で、テルモ上席執行役員。専門分野は、心臓外科・医用工学。従来製品より血栓のできにくい補助人工心臓「デュラハート」の開発に成功し、重度の心臓疾患で心臓移植の待機列に並ぶ患者らの希望となった。 愛知県豊川市に次女として生まれる。姉は1歳違いであった。父はカメラメーカーミノルタ(当時)に勤務するエンジニアだったが、絵画・俳句・園芸をたしなむ趣味人で、その影響もあり中学時代には美術部に所属した。姉はのちに陶芸家となった。 小学校は愛知県内を4回転校し、小学5年の2学期に大阪府の美陵町立道明寺小学校に転出した。豊川市時代には近所の悪童たちと「四羽がらす」などとあだ名されるほどお転婆の限りを尽くしたが、小学5年生のときには児童会長を務めた。
萬代 悟(まんだい さとる、1952年-)は、日本の教育工学… 萬代 悟(まんだい さとる、1952年-)は、日本の教育工学者。武庫川女子大学 名誉教授。専門は教育工学、情報教育。大阪府堺市出身。
萩原 芳樹(はぎわら よしき、1952年 - )は、放送作家… 萩原 芳樹(はぎわら よしき、1952年 - )は、放送作家、漫才作家。萩原芳樹事務所を自ら主宰。日本放送作家協会会員。芦屋市在住。 兵庫県姫路市生まれ。幼い頃から演芸が好きで中学生の頃には吉本新喜劇の井上竜夫と文通をしていた。兵庫県立姫路東高等学校在学中に、親の反対を押し切り横山やすしに師事し、漫才台本の添削の指導を受ける(但し正式に師弟関係は結んでいない)。 大阪芸術大学在籍中に、桂三枝(現・六代桂文枝)が命名した「ダッシュとんぺー」の芸名でMBSラジオ『MBSヤングタウン』やMBSテレビ『ヤングおー!おー!』の前説を担当。1年程で辞め、島田洋七と漫才コンビ「B&B」を結成したが、まもなく失踪という形で脱退する(当時の芸名は団順一でボケを担当。
豊田 泰久(とよた やすひさ、1952年 - )は、日本の音… 豊田 泰久(とよた やすひさ、1952年 - )は、日本の音響設計家である。 広島県福山市生まれ。広島大学附属福山高等学校卒業後、1972年に九州芸術工科大学音響設計学科に入学し、コンサートホールの音響設計技術を学ぶ。1977年、永田音響設計入社。同社ロサンゼルス事務所とパリ事務所の代表を務めている。 1952年広島県福山市に生まれる。両親が音楽が好きで、父親は尺八を、母親は琴をやっていた。父はレコードも収集していて、あるときシューベルトの未完成交響曲のレコードを聴いてみたら、それがあまりにも衝撃的でそこからクラシックの世界にのめり込んでいく。中学に入ってからは吹奏楽部でサクソフォンを吹いていた。
三浦 和尚(みうら かずなお、1952年 - )は、日本の教… 三浦 和尚(みうら かずなお、1952年 - )は、日本の教育学者。専門は国語教育学。元愛媛大学教育学部教授、元愛媛大学教育学部長・大学院教育学研究科長。元愛媛大学教育学部附属幼稚園園長、元愛媛大学教育学部附属小学校校長。 1952年広島県広島市で生まれる。1974年広島大学教育学部高等学校教員養成課程卒業。1974年広島大学附属福山中学校・高等学校教諭(-1983年)、1991年広島大学附属中学校・高等学校教諭を経て、1991年愛媛大学教育学部助教授。1996年同教授。1997年愛媛大学教育学部附属幼稚園園長(-2001年)、2002年愛媛大学教育学部附属小学校校長(-2007年)、2012年愛媛大学教育学部学部長(-2016年)。
高橋 紳吾(たかはし しんご、1952年 - 2005年8月… 高橋 紳吾(たかはし しんご、1952年 - 2005年8月14日)は、日本の精神科医。元東邦大学医学部附属大橋病院精神神経科助教授。 広島県呉市の公務員の家に生まれる。広島県立呉宮原高等学校在学中人生に悩み、高校卒業後大谷大学文学部仏教学科に入るが、2年で中退し東邦大学医学部卒、1984年同大学院を修了し、博士論文「都市における憑依現象 宗教観からみた日本人の精神構造」で医学博士。1988年から1989年までルプレヒト・カール大学ハイデルベルク精神医学教室に留学し憑依現象の日独比較研究を行う。東邦大学医学部精神神経科医局長、同助手を経て、1987年から同講師。精神科病棟医長兼務。宗教団体の元信者のカウンセリングを長年行い、1995年のオウム真理教事件以後多くマスコミに出演、宮部みゆきの『模倣犯』でも協力者としてあげられるなど活躍したが、東邦大学医学部附属大橋病院精神神経科助教授在任中の2005年に死去。
井上 泰山(いのうえ たいざん、1952年 - )は、日本の… 井上 泰山(いのうえ たいざん、1952年 - )は、日本の中国文学者。関西大学文学部教授、専門は中国近世白話文学(古典戯曲・小説)。主要な業績は三国志演義関連の研究。また、イベリア半島に残る中国古典典籍の調査を行っている。 山口県下関市出身。山口県立豊浦高等学校卒業後、東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業。同大学大学院修士課程修了後、関西大学大学院博士課程修了。明治学院大学助手、講師、助教授を経て、1986年関西大学助教授、教授。
磯田 典宏(いそだ のりひろ、1952年 - )は、長崎県出… 磯田 典宏(いそだ のりひろ、1952年 - )は、長崎県出身の美術監督。長崎日本大学高等学校デザイン科(現デザイン美術科)卒業。 唐十郎監督『任侠外伝 玄界灘』に美術助手として参加し、1987年に加藤盟監督『オバケちゃん』で美術監督デビュー。北野武監督作品の美術監督を多数手がけている。
勝田 政治(かつた まさはる、1952年-)は、日本の歴史学… 勝田 政治(かつた まさはる、1952年-)は、日本の歴史学者。専門は日本近代史。国士舘大学文学部教授。
中山 康樹(なかやま やすき、1952年 - 2015年1月… 中山 康樹(なかやま やすき、1952年 - 2015年1月28日)は、日本の音楽評論家。