井沢 洋二(いざわ ようじ、1949年 - )は、日本のイラ… 井沢 洋二(いざわ ようじ、1949年 - )は、日本のイラストレーター。宮城県仙台市出身。武蔵野美術大学商業デザイン学科卒業。1976年、CBSソニーに入社し、1979年退社後、フリーのイラストレーターとなり絵本、挿絵、広告で活動。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
内田 あぐり(うちだ あぐり、1949年 - )は、現代の日… 内田 あぐり(うちだ あぐり、1949年 - )は、現代の日本画家。武蔵野美術大学日本画学科教授。 1949年東京都に生まれる。1969年武蔵野美術大学造形学部日本画学科に入学。1975年武蔵野美術大学大学院修了、同年第2回創画展に出品、創画会賞を受賞する。その後、主に創画会で活躍する。1990年葉山町にアトリエを開く。1993年から武蔵野美術大学で教鞭を執り、第12回山種美術館賞展で大賞、2002年『吊(つる)された男―'00M』で第1回東山魁夷記念 日経日本画大賞を受賞した。各地で個展を開催している。国内外で日本画のワークショップを開催している。2019年神奈川文化賞の受賞が決まった。2022年、地域文化功労者表彰。
根本 誠二(ねもと せいじ、1949年(昭和24年) - )… 根本 誠二(ねもと せいじ、1949年(昭和24年) - )は、日本史学者、筑波大学名誉教授。 東京生まれ。明治大学文学部卒。1980年明治大学大学院博士課程単位取得満期退学、1993年筑波大学助教授、教授。2015年定年退職。 1998年「奈良時代官僧の研究」で筑波大博士(文学)。奈良時代の仏教を研究。
吉田 悦志(よしだ えつし、1949年 - )は、日本近代文… 吉田 悦志(よしだ えつし、1949年 - )は、日本近代文学研究者、明治大学名誉教授。 岡山県美作市生まれ。1971年明治大学文学部日本文学科卒、80年同大学院文学研究科単位取得満期退学、1982年明治大学政治経済学部専任講師、85年助教授、90年教授、2008年同国際日本学部教授。2008年「近代日本文学地下水脈の諸相」で埼玉大学博士(学術)。2018年定年、名誉教授。
安藤 由紀子(あんどう ゆきこ、1949年 - )は、日本の… 安藤 由紀子(あんどう ゆきこ、1949年 - )は、日本の翻訳家。 東京都出身。明治学院大学文学部英文学科卒業。息子は漫画家の高遠るい。
鈴木直衛(すずき・なおえ、1949年~2014年)は、日本の… 鈴木直衛(すずき・なおえ、1949年~2014年)は、日本の作庭家。玄庭園を主宰。静岡県生まれ。 山形大学卒業後の1972年、京都に赴いて1980年まで加勢造園に勤務。作庭について、実地に学ぶ。1980年から1年間、京都都園の茶庭師・山本耕三に師事した。 1985年、有限会社玄庭園設立。1990年から日本庭園協会評議員。1993年には第2回日本庭園協会賞受賞。 2000年以降にはカナダ、アメリカにて日本庭園の巡回指導をした。日本庭園協会理事・静岡県支部支部長、1997年からは学校法人中央工学校非常勤講師も歴任した。2003年ワールドデザインコンペティション代表。 代表作に沼津市若山牧水記念館、東野の庭、小原邸鳥谷の庭(沼津市鳥谷)伊豆島田の庭(裾野市)外原の庭(駿東郡清水町)湧水の庭熱海の庭(静岡県熱海市)大谷山荘別館 音信(山口県長門市)函南の庭(田方郡函南町)韮山の庭(田方郡韮山町)中伊豆の庭(田方郡中伊豆町)汀渚 ばさら邸(三重県志摩市)など多数。
輿水 精一(こしみず せいいち、1949年 )は、日本のブレ… 輿水 精一(こしみず せいいち、1949年 )は、日本のブレンダー。 山梨県甲府市生まれ。山梨大学工学部発酵生産学科卒業。1973年サントリー入社。多摩川工場でのブレンドグループを経て、1976年より研究センターでウイスキーの貯蔵・熟成の研究に従事。1985年より山崎蒸溜所で品質管理、貯蔵部門を担当した後1991年よりブレンダー室課長となる。 一日に200種類以上もの原酒をテイスティングし、世界的なコンペティションでトロフィーを受賞した「響21年」(1994年発売)「響30年」(1997年発売)をはじめ、「山崎50年」「同35年」など、様々なサントリーウイスキーの開発・ブレンドに携わる。1996年に主席ブレンダー、1999年より「ウイスキーの品質を決める最終評価者」であるチーフブレンダーとなり、2014年9月にチーフブレンダーの任期を終え、サントリースピリッツ(株)の名誉チーフブレンダーとなる。
山川 隆(やまかわ たかし、1949年 - )は、日本の実業… 山川 隆(やまかわ たかし、1949年 - )は、日本の実業家。元ドコモAOL社長。元NTTドコモモバイル社会研究所副所長。元日本システムウエア副社長。ニフティ株式会社の設立に参画。 神奈川県出身。1972年に横浜国立大学経済学部卒業後、日商岩井(現 双日)に入社。1978年から2年間日本経済研究センターで研修。1982年から1984年までの間、コロンビア大学東アジア研究所客員研究員を勤めた。その後、1984年に米国でCompuServeと巡り合い、富士通、日商岩井によるライセンス取得とニフティ(当時エヌ・アイ・エフ)の設立に繋げた。1986年2月、エヌ・アイ・エフ(現ニフティ)設立と同時に出向。
天野 直二(あまの なおじ、1949年 - )は、日本の医学… 天野 直二(あまの なおじ、1949年 - )は、日本の医学者、精神科医。岡谷市民病院病院長。信州大学医学部名誉教授。元信州大学理事・副学長。医学博士。
須田 年生(すだ としお、1949年 - )は、日本の医学者… 須田 年生(すだ としお、1949年 - )は、日本の医学者。北京协和医学院(北京連合医科大学)名誉教授(特聘教授)ならびに中国の国家血液健康重点研究所の常勤研究者。熊本大学 国際先端医学研究機構(IRCMS)前機構長。医学博士(自治医科大学、1985年)。日本・中国を代表する幹細胞生物学者の一人として知られる。川崎協同病院事件で殺人罪が確定(最高裁)した須田セツ子の実兄。 サウスカロライナ医科大学留学時、小川真紀雄教授指導のもと幹細胞分化の確率モデルを提唱し、成長因子から独立した幹細胞分化を示す古典的な研究として評価を得た。 もともと血液内科の臨床医であったが、この留学後にフランスで行われた研究発表会への参加を経て、造血幹細胞の研究医になることを決めた。
山下 幸男 (やました ゆきお、1949年 - )は、日本の… 山下 幸男 (やました ゆきお、1949年 - )は、日本の地方公務員、実業家。香川県高松市三谷町出身。香川県政策部長、高松空港ビル社長、カマタマーレ讃岐社長などを歴任した。 1972年、横浜市立大学商学部を卒業し香川県庁に入庁。2006年、同庁政策部長と高松空港ビル非常勤取締役を兼務。2009年に香川県庁を退職し高松空港ビル常勤取締役に就任、翌2010年から同代表取締役社長。高松空港のショッピングモール化を図り、到着ロビーのターンテーブルに置かれた讃岐うどんの模型や、特産品展示コーナーに設置したうどんのだしを試飲できる蛇口などで話題を呼んだ。 2015年にJリーグ・カマタマーレ讃岐の常務取締役に就任、2016年4月から代表取締役社長。
岩崎 育夫(いわさき いくお、1949年 - )は、日本の政… 岩崎 育夫(いわさき いくお、1949年 - )は、日本の政治学者。専門は、東アジア・東南アジアの政治発展論。 長野県生まれ。立教大学文学部卒業。アジア経済研究所研究員を経て、拓殖大学国際学部教授を務めた後、2019年3月をもって退職。 『華人資本の政治経済学』で毎日新聞社アジア太平洋賞特別賞を受賞。 『現代日本人名録2002』日外アソシエーツ
櫛引 博敬(くしびき ひろのり、1949年 - )は、日本の… 櫛引 博敬(くしびき ひろのり、1949年 - )は、日本の実業家、アグロカネショウ株式会社代表取締役社長。 1949年、青森県弘前市生まれ。1972年3月、立教大学法学部卒業。英国・国立ブリストル大学ロングアシュトン・リサーチ・ステーション(加工用リンゴの研究所)に2年間在籍し、シードルやアップルワインを本格的に研究する。加工用リンゴ、料理用品種のリンゴの日本不在を嘆き、自ら試験農場に取り組む。その傍らでリンゴの健康的効果をも実証したリンゴ研究の第一人者。その後、ユニー株式会社取締役を経て、1991年よりアグロカネショウ代表取締役社長を務める。
中澤 敬(なかざわ たかし、1949年 - )は、日本の実業… 中澤 敬(なかざわ たかし、1949年 - )は、日本の実業家、政治家。株式会社中沢ヴィレッジ代表取締役会長、一般社団法人草津温泉観光協会会長、一般社団法人日本温泉協会理事、元群馬県吾妻郡草津町長。 1949年、群馬県吾妻郡草津町生まれ。1972年、立教大学社会学部観光学科(現・観光学部)卒業。 大学卒業後、スイスへ渡り、スイスホテル協会設立のローザンヌホテルスクールで学んだ後、ジュネーブでホテル業務に携わる。 1978年に帰国し、草津温泉を代表する大規模リゾートホテル・株式会社中沢ヴィレッジの専務取締役に就任。 1998年、草津温泉旅館協同組合理事長に就任。 2002年~2010年、群馬県吾妻郡草津町長(二期8年間)に就任。
秋山 直紀(あきやま なおき、1949年 - )は日本の防衛… 秋山 直紀(あきやま なおき、1949年 - )は日本の防衛産業関連人物。 立正大学在籍時に政治評論家の戸川猪佐武の事務所に出入りするようになる。1973年に立正大学経営学部を卒業。米国ユダヤ財界人と知り合い、“ユダヤ系米国人が経営する会社の日本総支配人”という肩書きを得て、戸川を介して日商岩井副社長の海部八郎等と知り合う。1983年に戸川が死亡した後は元防衛庁長官の金丸信の後ろ盾であった女性の個人秘書をする。 様々な人物と知り合う形で日米の防衛に連なる政財官界の人脈を築いていき、1990年に日米文化振興会理事に就任、2002年に日米文化振興会専務理事に就任した。2006年に日米文化振興会を改称した社団法人日米平和・文化交流協会専務理事に就任。
石塚正英(いしづか まさひで、1949年 - )は、日本の倫… 石塚正英(いしづか まさひで、1949年 - )は、日本の倫理学者・歴史学者。博士(文学)(立正大学・論文博士・2001年)(学位論文「フェティシズムの思想圏」)。東京電機大学名誉教授。専門は文化史学・歴史知学。 新潟県高田市(現・上越市)生まれ。新潟県立高田高等学校卒業、1浪後、立正大学文学部へ。立正大学大学院文学研究科史学単位取得退学。1982年立正大学講師、1989年東京電機大学理工学部講師、2000年助教授、2001年教授。2020年3月退職。 2001年「フェティシズムの思想圏」で博士(文学)(立正大学)の学位を取得。2008年、NPO法人頸城野郷土資料室(新潟県知事認証)理事長。 ハイティーンの頃はユートピスト、20代はファナティシスト、30代はアソシアシオニスト、40代はフェティシスト、50代はヒストリオソフィスト、その後はふたたびユートピストをもって任じているらしい。
庵谷 行亨(おおたに ぎょうこう、1949年 - )は、日蓮… 庵谷 行亨(おおたに ぎょうこう、1949年 - )は、日蓮宗僧侶・仏教学者。立正大学仏教学部元教授。身延山大学仏教学部特任教授。 京都府出身。1971年立正大学仏教学部宗学科卒、1976年同大大学院文学研究科仏教学専攻博士後期課程単位取得満期退学。 1997年「日蓮聖人教学における観心の研究」で文学博士。立正大学仏教学部助手、講師、助教授、教授。宗長寺住職。
上原 隆(うえはら たかし、1949年 - )は、日本のエッ… 上原 隆(うえはら たかし、1949年 - )は、日本のエッセイスト、コラムニスト。 神奈川県横浜市出身。立命館大学文学部哲学科を卒業後、PR映像制作会社に勤務。会社勤務と同時に、同人誌「揺」、雑誌「思想の科学」において編集、執筆活動を開始、後に作家活動に専念する。市井の人々の生き方に目を向けたルポルタージュや身の回りの何気ないことに温かな目を向けるエッセイから、「日本のボブ・グリーン」と称される 。 『上原隆のオールナイトニッポン サポーターズ』のラジオパーソナリティなどをしていた実業家の上原隆は、同姓同名の別人である。
高田 雅介(たかだ まさゆき、1949年 - )は、日本の鉱… 高田 雅介(たかだ まさゆき、1949年 - )は、日本の鉱物学者。専門は結晶形態学。 立命館大学理工学部化学科卒業。京都大学理学部地質学鉱物学教室研究生を経て、平安女学院中学高等学校教諭、日本地学研究会館研究員、京都外大西高等学校教諭を歴任。現在、高田クリスタルミュージアム館長。そこでは、やさしい鉱物の体験教室といった催し物の企画をしている。 日本産鉱物の結晶形態学的研究を行い、多数の鉱物の結晶図を公表している。その過程で、新鉱物・千葉石の発見にも携わった。 1995年日本鉱物学会櫻井賞奨励賞を受賞。
柳 たかを(やなぎ たかを、1949年 - )はイラストレー… 柳 たかを(やなぎ たかを、1949年 - )はイラストレーター、社団法人日本漫画家協会会員。本名、柳 隆雄。宝塚大学教授。1949年大阪府東成区生まれ。1972年立命館大学文学部史学科卒業。公益社団法人日本漫画家協会会員。
大城 貞俊(おおしろ さだとし、1949年 - )は、沖縄県… 大城 貞俊(おおしろ さだとし、1949年 - )は、沖縄県大宜味村生まれの日本の詩人、作家、沖縄国際大学・沖縄女子短期大学非常勤講師である。 詩誌「EKE」同人、個人詩誌「詩と試論・貘」主宰、現代文学・思想を読む会「グループZO」同人である。 1973年、琉球大学法文学部国語国文学科を卒業した。県立高校教諭、県教育庁県立学校教育課指導主事等を経て、琉球大学教育学部教授に就任した(後に定年退職)。 その他、沖縄タイムス芸術選賞文学部門(小説)大賞、沖縄タイムス教育賞を受賞した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
大坪秀敏(おおつぼ ひでとし、1949年 - )は、歴史学者… 大坪秀敏(おおつぼ ひでとし、1949年 - )は、歴史学者。 1971年龍谷大学文学部国史学科卒業 2018年現在 龍谷大学史学会会員 『百済王(くだらこにきし)氏と古代日本』雄山閣 2018年 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
川添 泰信(かわぞえ たいしん、1949年- )は、浄土真宗… 川添 泰信(かわぞえ たいしん、1949年- )は、浄土真宗の僧、仏教学者、龍谷大学名誉教授。 宮崎県出身。龍谷大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。龍谷大学文学部助教授、教授、2018年退職、名誉教授。真宗学専攻。
熊木 茂夫(くまき しげお、1949年 - )は、日本のジャ… 熊木 茂夫(くまき しげお、1949年 - )は、日本のジャーナリスト、作家。長野県生まれ。 流通経済大学卒業。卒業後、物流専門誌記者を経てフリージャーナリストとなる。 1988年より、株式会社通運情報社代表取締役社長。物流業界誌「日刊通運情報」を発刊すると共に、ジャーナリスト・作家として著作を発表している。 物流業界誌で構成される「日本物流記者会」の会長も務めている。
市村 作知雄(いちむら さちお、1949年 - )は、東京藝… 市村 作知雄(いちむら さちお、1949年 - )は、東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科准教授、東京国際芸術祭ディレクター。 早稲田大学文学部卒業。 山海塾制作、パークタワーホールアートプログラムアドバイザー、トヨタアートマネジメント講座ディレクター、(株)シアター・テレビジョン代表取締役社長などを経て、2000年よりNPO法人アートネットワーク・ジャパン理事長、東京国際芸術祭(TIF)ディレクターを務める。国内外のダンス・パフォーマンス公演のプログラミング、プロデュース、文化施設の経営以外にも、アートマネジメント、企業と文化を結ぶさまざまなプロジェクト、NPOの調査研究などを手がけている。NPO法人芸術家と子どもたち副理事長、財団法人横浜市芸術文化振興財団理事、日本NPOセンター理事、社団法人企業メセナ協議会研究部会員なども兼任している。
岩田 秀行(いわた ひでゆき、1949年 - )は、日本の国… 岩田 秀行(いわた ひでゆき、1949年 - )は、日本の国文学者。近世文学研究者。跡見学園女子大学名誉教授。江戸文芸、歌舞伎、浮世絵の関わりを江戸風俗の視点から研究している。 香川県生まれ。1973年、東京教育大学文学部文学科国語学国文学専攻卒。1982年、早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程満期退学。1994年から跡見学園女子大学文学部教授(詳細履歴)。2020年定年、名誉教授となる。浮世絵研究における「見立絵」の概念規定に異議を唱え(神保五彌編「「見立絵」に関する疑問」)、諏訪春雄と論争となった。
大内政男(おおうち まさお、1949年(昭和24年) - )… 大内政男(おおうち まさお、1949年(昭和24年) - )は、日本の建築家。三菱地所設計代表取締役社長。 早稲田大学理工学部建築学科卒業。 同年、三菱地所株式会社入社。 2001年 株式会社三菱地所設計、2013年 (株)三菱地所設計代表取締役社長 兼 三菱地所(株)専務執行役員 2017年 (株)三菱地所設計代表取締役社長を退任、2018年 建築設計工房 Mを設立、現在に至る 主な作品に、成蹊大学学生会館・小学校給食堂、OAPタワーズ、横浜ポートサイド市街地開発事業、TOKYO TWIN PARKS、M.Mタワーズ、丸の内パークビルディング、丸の内永楽ビルディング等がある。 2004年、2005年、2006年、2008年グッドデザイン賞 2011年、2013年BCS賞受賞 1971年 稲門建築会賞、2017年より稲門建築会会長、2021年退任 (公社)国際観光施設協会副会長、早稲田大学招聘研究員 稲門建築会 公益社団法人 国際観光施設協会 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
岡部 憲治(おかべ けんじ、1949年 - )は、広島県出身… 岡部 憲治(おかべ けんじ、1949年 - )は、広島県出身、早稲田大学文学部卒業。テレコムスタッフ代表取締役兼プロデューサー。 1973年、テレコム・ジャパン入社。テレビ朝日系列ほかで1987年から始まり、現在も続く長寿番組『世界の車窓から』の企画段階から携わる。当番組は『ニュースステーション』の直前に放送するミニ番組として企画されたが、「毎日見る事が出来て、1日だけ見ても面白く、素材が尽きないものを考えた」という。その他、『都のかほり』、『匠の肖像』などのプロデューサーを務める。また1991年にはジム・ジャームッシュ映画で人気があったジョン・ルーリーのバンドの音楽映画「ジョン・ルーリー&ザ・ラウンジ・リザース/ライブ・イン・ベルリン」の製作総指揮も手掛けた。
岡村 多佳夫(おかむら たかお、1949年 - )は、日本の… 岡村 多佳夫(おかむら たかお、1949年 - )は、日本の美術評論家。元東京造形大学教授、東京造形大学附属横山記念マンズー美術館館長。国際美術評論家連盟会員。専門はスペイン美術史及び20世紀ヨーロッパ美術。 1949年東京生まれ。1985年早稲田大学大学院文学研究科博士課程満期修了退学。1989年より東京造形大学助教授を経て教授。2014年退任。東京造形大学附属横山記念マンズー美術館館長を初代より歴任。 NHKデジタルハイビジョン放送開局記念番組「世界遺産の旅 スペイン」の解説者やNHKラジオ講座講師を務め、ソフトバンク・クリエイティヴ「トレジャー・ボックス」シリーズの監修の他、「生誕100年記念 ダリ回顧展」「ミロ」展「マッタ」等をはじめとする展覧会監修を手掛ける。
北影雄幸(きたかげ ゆうこう、1949年〈昭和24年〉 - … 北影雄幸(きたかげ ゆうこう、1949年〈昭和24年〉 - )は、日本の文筆家。 東京都新宿区生まれ。1971年(昭和46年)に早稲田大学卒業。若いころから短歌を詠み、日本語の美しさを学んだ。 平成時代に入った1990年代以降、「男の生きざま」をテーマに武士道と軍人精神の究明に傾倒。 2007年(平成19年)、『実録・風林火山――『甲陽軍鑑』の正しい読み方』で第25回日本文芸大賞・歴史文芸賞を受賞。
佐々木 隆(ささき たかし、1949年 - )は、日本の家政… 佐々木 隆(ささき たかし、1949年 - )は、日本の家政学者、法学者、アニメ評論家、東北女子大学教授。 東京都生まれ。1975年早稲田大学法学部卒、同大学大学院修士課程修了、85年上智大学大学院法学研究科博士課程満期退学。東北女子大学教授、図書館長。
塩原 融(しおはら ゆう、1949年 - )は、日本の著名な… 塩原 融(しおはら ゆう、1949年 - )は、日本の著名な工学者。 財団法人国際超電導産業技術研究センター元理事およびその下部組織である超電導工学研究所元所長を務める。高温超伝導(超電導)と材料学の研究者、そして同分野の国家プロジェクト推進者として知られる。 他にも、824件の論文(査読有)がある。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
曽根 英二(そね えいじ、1949年 - )は、日本のジャー… 曽根 英二(そね えいじ、1949年 - )は、日本のジャーナリスト、阪南大学教授。 イランイラク戦争、レバノン戦争、湾岸戦争(イスラエル)など4つの戦争を取材。外国人労働者問題でバングラデシュ取材。終戦50年「ヒットラーの子供たちの国は今」取材。聾唖者窃盗裁判継続取材。95年に環境ホルモンを扱った「2つの海の物語」取材。98年に北朝鮮取材。99年に特攻の妻取材。2007年から「限界集落」を継続取材。豊島報道ではJNN「筑紫哲也NEWS23」に15回超の特集 〇印は豊島ドキュメンタリー*印は聾唖者裁判ドキュメンタリー
日高 徹(ひだか とおる、1949年 - )はプログラム技術… 日高 徹(ひだか とおる、1949年 - )はプログラム技術者、雑誌ライター。新日本プログラミング(「新日プロ」と略す)初代総帥。ゲーム保存協会名誉会員第1号。栃木県宇都宮市出身。趣味はトレーニング、旅行、うたた寝。 早稲田大学商学部卒。就職後、一度転職を経て、自動車部品のメーカーであるカーメイトで営業職をしていた。 1980年代前半にコンピュータゲームのブームが起こり始めていることを察して社内で話題にしたところ、カーメイトでもゲーム事業へ進出することになり、言い出しっぺとして日高が開発することになった。日高はそれまでコンピュータには一切触れたことがなく、大学も文系で情報処理などの知識も無かったのだが、車を買うために貯めていた資金をパソコンに注ぎ込み、わずか10ヶ月でオールマシン語の処女作『ホーンテッドケイブ(幽霊洞窟)』を完成させる。
望月 真一(もちづき しんいち、1949年 - )は、日本の… 望月 真一(もちづき しんいち、1949年 - )は、日本の建築家、都市プランナー、アーバンデザイナー、環境デザイナー、都市コンサルタント。埼玉大学大学院、宇都宮大学、早稲田大学芸術学校非常勤講師を務める。東京生まれ。 1981年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。1983年、早稲田大学大学院修士課程修了 吉阪隆正研究室にて都市計画を専攻 大学院博士課程進学後、フランス政府給費留学生としてエコール・デ・ボザール(パリ第8大学)留学。その後アトリエUDI都市設計研究所設立。その他国際協力事業団 経済産業省中心市街地商業等活性化等アドバイサー、ヨーロッパ委員会プロジェクト・ヨーロッパカーフリーデー日本担当ナショナルコーディネーター及びNGO・AVENUE副代表を務める。
屋代 昭治(やしろ しょうじ、1949年 - )は、横浜市中… 屋代 昭治(やしろ しょうじ、1949年 - )は、横浜市中区長。 1949年、栃木県那須郡馬頭町生まれ。1973年、早稲田大学第一政治経済学部政治学科卒業。同年4月、横浜市役所に入庁。都市計画局総務部長、道路局総務部長、総務局行政部長を経る。2004年、瀬谷区長。2006年4月より現職。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
吉田 恒雄(よしだ つねお、1949年 - )は、日本の法学… 吉田 恒雄(よしだ つねお、1949年 - )は、日本の法学者。駿河台大学名誉教授。学長(第7代)。親族法・相続法が専門である。 早稲田大学非常勤講師、明星大学助教授・教授等を経て、駿河台大学教授。駿河台大学では、法学部長・副学長を経て 学長(第7代)を務めた。認定特定非営利活動法人児童虐待防止ネットワーク理事長。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
大島 ともよ(おおしま ともよ、1949年〈昭和24年〉- … 大島 ともよ(おおしま ともよ、1949年〈昭和24年〉- )は、日本の編集技師である。 1970年代初頭から、大島渚や寺山修司といった前衛作家の作品を若くして手がける。のきなみ著名な国際映画祭に出品するレヴェルの作品を編集し、現在、東京フィルメックス理事。 1949年(昭和24年)、秋田県秋田市に生まれる。 21歳になる1970年(昭和45年)、浦岡編集室に入り、編集技師の浦岡敬一に師事した。1972年(昭和47年)にはフリーランスの編集技師となり、現在に至る。 2006年(平成18年)、第7回東京フィルメックスのコンペティション審査員を、キム・ドンホ(審査員長、釜山国際映画祭ディレクター)や諏訪敦彦(映画監督)らとともに務めた。
藤井 保(ふじい たもつ、1949年 - )は日本の写真家。… 藤井 保(ふじい たもつ、1949年 - )は日本の写真家。 JR東日本、日清カップヌードル(シュワルツェネッガー)、マグライト、無印良品などの広告写真で知られる。 是枝裕和監督作品『幻の光』のスチル撮影を担当したことから、同作品のタイトルワーク・広告美術担当の葛西薫とともに、出演者の江角マキコ写真集『ESUMI』を出版した。 かつてのアシスタントのひとりに写真家の瀧本幹也がいる。 大判カメラ 特に4X5(シノゴ)をネガフィルムで使用することが多い ADC賞グランプリ、ADC賞、ACC最優秀賞、朝日広告賞、カンヌ国際広告祭フィルム部門銀賞、APA賞、NY・ADC賞など。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
瀬尾 敏明(せお・としあき、1949年 - )は株式会社ソア… 瀬尾 敏明(せお・としあき、1949年 - )は株式会社ソア代表取締役を務める日本の建築家。実業家。東京都建築士事務所協会渋谷支部支部長。一級建築士 栃木県大田原市生まれ。日本大学理工学部Ⅱ部建築学科中退。 この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:建築/Portal:建築)。
日下 潤一(くさか じゅんいち、1949年 - )は、日本の… 日下 潤一(くさか じゅんいち、1949年 - )は、日本のブックデザイナー。香川県観音寺市生まれ、大阪育ち。 大阪を拠点にデザイナーとして活動し、あわせて映画自主上演グループ「フィルムジャム」、シルクスクリーン工房「絹屋」を主宰。雑誌「プレイガイドジャーナル」のアートディレクションや「春一番コンサート」のポスターのデザインなどを担当。編集者村上知彦と共同作業をする中で、村上が編集した双葉社の書籍のデザイナーを担当。1984年から東京に拠を移す。 多数の書籍のブックデザインと、雑誌「芸術新潮」「小説現代」のアートディレクション等を担当。1991年から病気治療の平野甲賀に代わって1996年頃まで晶文社の装幀を担当した。
木村二郎(きむら じろう、1949年 -)は、日本の推理作家… 木村二郎(きむら じろう、1949年 -)は、日本の推理作家、翻訳家。木村 仁良名義も使用した。 大阪府堺市生まれ。高校卒業後、渡米。ペイス大学社会学部卒業。学生時代からアメリカのミステリー小説の評論、翻訳を手がけ、1990年から自ら小説を書きはじめる。 マルタの鷹協会日本支部の創設者(1982年)としても知られる。 日本推理作家協会会員だったが、2014年ごろ退会、2016年末に再入会し、同協会英文サイトの翻訳委員をつとめる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
ハナブサ・リュウ(Hanabusa Lyu、1949年 - … ハナブサ・リュウ(Hanabusa Lyu、1949年 - )は、日本の写真家。海外では、Lyu Hanabusa (リュウ・ハナブサ)で活動する。初期の頃は、英 隆(はなぶさ りゅう)の名義で活動していた。妻は小椋三嘉。 1949年、大阪府高槻市に生まれる。7歳のときにカメラを両親から贈られて写真を始める。写真はほぼ独学で学んでいる。ファッションデザインを学んだ後、写真雑誌の編集や写真家のアシスタントを経て、フリーランスの写真家になる。1970年、銀座ニコンサロンでの写真展「もうひとつのなにか」でデビュー。1978年からパリに4年間滞在する。以後、東京とパリで主に活動する。作家とのコラボレーション、映画監督、俳優、アーティストなどのポートレートを発表する。
柄澤 照文(からさわ てるふみ、1949年 - )は、日本の… 柄澤 照文(からさわ てるふみ、1949年 - )は、日本のペン画家、イラストレーター。農山村や都市の路地、江戸期の日本の風景などを描く。新聞連載多数。細やかな線画と、ほのぼのした作風で知られる。1978年に『おかざきしんぶん』を創刊。同紙は地元岡崎市のミニコミ紙の先駆となった。 愛知県宝飯郡赤坂町(現・豊川市)に生まれる。赤坂町は、名古屋市で教員をしていた父親の疎開先だった。3歳のときに一家は岡崎市に転居。同市六供町で育つ。岡崎市立梅園小学校、岡崎市立葵中学校卒業。 絵の教室の手伝いをしているときに結婚。1978年(昭和52年)1月、妻と二人でミニコミ紙『おかざきしんぶん』を発刊。市民の聞き書きや町ルポを中心に、山中八幡宮のデンデンガッサリの概要、八丁界隈の家並み図、板屋町二十景、戦後の岡崎市の選挙記録などをペン画入りで作成した。
大城 利弘(おおしろ としひろ、1949年 -)は米国占領下… 大城 利弘(おおしろ としひろ、1949年 -)は米国占領下の沖縄(沖縄民政府)羽地村出身の武道師範。 6歳で空手を学び始め、後に柔道と剣道を併せて学んだ。 10代の頃、知念正美の直接の弟子で沖縄に残っていた唯一の流派師範である喜舎場朝義に、西銘清らと共に山根流(または山根知念流)を学び始めた。島派松林流九段、山根流八段。 1978年に沖縄県警刑事を引退した後、アメリカに移住。 2019年の夏、沖縄に帰郷。 1985年、彼と喜舎場は沖縄武道の研究開発を専門とする組織RBKD(琉球武術研究道会)を設立した。彼は国内外でセミナーを開催している。
鈴木 翁二(すずき おうじ、1949年 - )は、日本の漫画… 鈴木 翁二(すずき おうじ、1949年 - )は、日本の漫画家、ミュージシャン。別ペンネームはカルメ・コウチ。 愛知県西尾市出身、北海道日高支庁浦河郡浦河町在住。 『ガロ』等で活躍した漫画家で、安部慎一、古川益三と並び「ガロ三羽烏」と称される漫画家の一人。漫画家の森雅之は義弟。[要出典] 少年時代は漫画に傾倒し、1967年に上京して漫画を描き始める。1969年に『眼球譚』がガロに入選するが、掲載される事はなかった。同年11月に『庄助あたりで』でガロにてデビュー。 その後、水木しげるのアシスタントを1年間務めた。学生運動が盛んだった1970年代頃から熱烈な支持を受けるようになる。 近年は寡作になりつつあるが、漫画雑誌『夜行』などに連載していた、過去の多数の未掲載作品が単行本化されたりしている。
森田 哲隆(もりた てつたか、1949年 - )は日本の洋画… 森田 哲隆(もりた てつたか、1949年 - )は日本の洋画家。北海道室蘭市出身。 タイ国立シラパコーン大学名誉教授スペイン国立プラド美術館会員一期会理事・北海道支部長蘭輝会主宰・顧問 2004年に私設絵画施設「ギャラリー森田」を開設。また毎年チャリティ活動を行い、ユニセフにも参加している。
柿崎 繁(かきざき しげる、1949年 - )は、日本の経済… 柿崎 繁(かきざき しげる、1949年 - )は、日本の経済学者。明治大学名誉教授。元明治大学商学部教授。理論経済学・現代資本主義論を課題とする。北海道出身。戦前講座派の巨頭である山田盛太郎の理論の継承者である南克己に師事した。
菊池 一隆(きくち かずたか、1949年〈昭和24年〉 - … 菊池 一隆(きくち かずたか、1949年〈昭和24年〉 - )は、日本の歴史学者。専門は中国近現代政治経済史で、日中戦争史、台湾史、世界華僑史、中国協同組合史、歴史教科書問題など。愛知学院大学名誉教授。 ・『煙草ゲリラの反撃』(2022年、集広舎)
小長谷 宗一(こながや そういち、1949年 - )は、日本… 小長谷 宗一(こながや そういち、1949年 - )は、日本の作曲家、編曲家。 鎌倉学園高等学校を経て、東京芸術大学器楽科打楽器専攻卒業。大学在学中より作曲を始める。管楽器、打楽器のためのソロ曲やアンサンブル曲を多数作曲しているほか、吹奏楽の作編曲作品も数多く手掛けている。 また、バレエ音楽や様々なイベントのための作曲なども手掛けている。1996年に日本吹奏楽学会アカデミー賞(作編曲部門)を受賞。2009年には下谷奨励賞を受賞している。 指導者としては亜細亜大学吹奏楽団でも指導に当っていた。 現在、日本管打・吹奏楽学会常任理事や21世紀の吹奏楽“響宴”実行委員会委員なども務めている。