小野寺 晃彦(おのでら あきひこ、1975年7月25日 - … 小野寺 晃彦(おのでら あきひこ、1975年7月25日 - )は、日本の政治家、総務官僚。青森県青森市長(2期)を務めた。 宮城県仙台市青葉区に生まれる。小学1年生の時に青森県八戸市に移る。父親の転勤で中学2年の時に青森市に移った。青森市立南中学校卒業。1994年(平成6年)3月、青森県立青森高等学校卒業。1999年(平成11年)3月、東京大学経済学部卒業。同年4月、自治省(現・総務省)に入省。宮崎市財務部長、愛知県総務部財政課長などを歴任。 2016年(平成28年)6月29日、青森市長の鹿内博が、アウガを経営する第三セクター青森駅前再開発ビルが経営破綻状態となった責任を取り、辞任することを表明。
北山 陽一(きたやま よういち、1974年2月24日 - )… 北山 陽一(きたやま よういち、1974年2月24日 - )は、日本の歌手、ミュージシャン。男性ヴォーカルグループ・ゴスペラーズのメンバーで、主にベースボーカルを担当。 青森県八戸市出身。愛称は北山さん、北山くん、陽ちゃん、先生。身長173cm。血液型はA型。 八戸市立長者中学校を経て、青森県立八戸高等学校を卒業後、1992年に慶應義塾大学環境情報学部に入学。進級して村井徳田研(村井純と徳田英幸の共同研究室)に在籍。 大学在学中に学内のメディアセンターで偶然見かけたアカペラのライヴ映像を編集中の友人より早稲田大学のアカペラサークル「Street Corner Symphony」の存在を聞き、他大学の学生でありながらそのサークルの門を叩く。
花沢 健吾(はなさわ けんご、1974年1月5日 - )は、… 花沢 健吾(はなさわ けんご、1974年1月5日 - )は、日本の漫画家。青森県八戸市出身、東京都在住。既婚。妻はアシスタント兼漫画家の岡本ジュリー。 ○の作品は2012年刊の短編集『特火点 花沢健吾短篇集』(ビッグコミックススペシャル、小学館)に収録。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
松本 コンチータ(まつもと コンチータ、1973年8月10日… 松本 コンチータ(まつもと コンチータ、1973年8月10日 - )は、1990年代に活動した日本のAV女優、タレント。姓の「松本」は松本人志に由来する。 自称「マルチ・エロ・アーティスト」、「世界マラナメ教教祖」。 青森県出身。地元の大学付属高校を卒業後、短大入学のため東京に移住。2年生の時にスカウトされ、1993年12月に「大阪府出身」としてアダルトビデオデビュー。「コンチータ」という芸名は所属事務所の社長が発案したもので、「チンコ勃つ」のアナグラムである。 デビュー直前の1993年、フジテレビの特番『FNSの日1億2450万人の平成教育テレビ』で、ダウンタウンが担当する『これからAV女優になるのは誰だ?』というコーナーに出演、松本人志に「松本」姓を使わせてもらえるように持ちかけ、以来松本コンチータと名乗るようになった。
中島美華(なかじま みか、1973年1月10日 - )は、日… 中島美華(なかじま みか、1973年1月10日 - )は、日本の女性タレント、ラジオパーソナリティ、リポーター、歌手。青森県八戸市出身(北海道生まれ)。通称ならびに別名義は「みかちゃん」。 主に八戸市を中心とした青森県南地方で、青森放送(RAB)のテレビ・ラジオリポーター、司会、ナレーターなどとして活動している。 また、「なかじまみか」名義でフォルクローレ(南米の民俗音楽)歌手としても活動しており、青森県内各地で定期的にコンサートを開いている。
峰桜 健士(みねざくら けんじ、1972年10月5日 - )… 峰桜 健士(みねざくら けんじ、1972年10月5日 - )は、青森県八戸市出身で峰崎部屋(入門時は放駒部屋)所属の元大相撲力士。本名は工藤 憲一(くどう けんいち)。身長173cm、体重は135kg。得意技は押し、すくい投げ。最高位は東三段目74枚目(2005年5月場所)。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
大谷 能生(おおたに よしお、1972年6月29日 - )は… 大谷 能生(おおたに よしお、1972年6月29日 - )は、日本の評論家、サックス奏者、ラッパーである。慶應義塾大学アート・センター訪問所員。 青森県八戸市出身。中学生の頃にジャズを好きになった。青森県立八戸高等学校卒業。18歳から演奏を始める。 横浜国立大学教育学部中退。大学ではモダンジャズ研究会(YNU MODERN JAZZ SOCIETY)に所属していた。1991年入学のOBであり、同期に安川一志がいた。 1996年から2002年にかけて大和田洋平、赤坂宙勇、臼田勤哉とともに「複製技術を前提とした音楽制作に対応する批評の確立」を目的とする音楽批評誌「EsPresso」を編集・執筆していた。
木村 友祐(きむら ゆうすけ、1970年9月18日 - )は… 木村 友祐(きむら ゆうすけ、1970年9月18日 - )は、日本の小説家。兄はオブジェ作家の木村勝一。 青森県八戸市出身。青森県立八戸北高等学校、日本大学藝術学部文芸学科卒業。 2009年(平成21年)『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞。2012年(平成24年)『イサの氾濫』で第25回三島由紀夫賞候補。2013年(平成25年)管啓次郎、小野正嗣、温又柔とともに高山明演出の演劇プロジェクト「東京ヘテロトピア」に参加し、東京のアジア系住民の物語を執筆。2014年(平成26年)『聖地Cs』で第36回野間文芸新人賞候補。2016年(平成28年)『イサの氾濫』で第38回野間文芸新人賞候補。
梅内 美華子(うめない みかこ、1970年4月28日 - )… 梅内 美華子(うめない みかこ、1970年4月28日 - )は、歌人。短歌結社「かりん」所属。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校、同志社大学文学部文化学科卒業。 小学生の頃より作歌を開始し、1988年、高校生の時に「歌林の会」入会、馬場あき子に師事。同年、作品「放物線」50首で第34回角川短歌賞最終候補となる。大学生時代は京都大学短歌会に所属。吉川宏志、島田幸典、林和清らとともに京大短歌黄金時代のひとつを彩った。 1991年、作品「横断歩道(ゼブラ・ゾーン)」50首で第37回角川短歌賞を受賞する。2001年、『若月祭』で第1回現代短歌新人賞を受賞。NHK歌壇の司会もつとめる。2008年より角川短歌賞選考委員。
室井 佑月(むろい ゆづき、本名非公開、1970年2月27日… 室井 佑月(むろい ゆづき、本名非公開、1970年2月27日 - )は、日本の小説家、随筆家、タレント。青森県出身。血液型はB型。身長162cm。オーケープロダクション所属。
村田 光弘(むらた みつひろ、1970年1月26日 - )は… 村田 光弘(むらた みつひろ、1970年1月26日 - )は、日本の元フィギュアスケート選手(男子シングル)。現在はコーチ。1992年アルベールビルオリンピック23位。 青森県八戸市出身。明治大学卒。1983年全日本フィギュアスケートジュニア選手権優勝。1992年アルベールビルオリンピックに日本代表として出場し、23位。現在は、長野県スケート連盟専属コーチとして活躍。 この項目は、フィギュアスケート選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:フィギュアスケート/プロジェクト:フィギュアスケート)。
田名部 匡代(たなぶ まさよ、1969年〈昭和44年〉7月1… 田名部 匡代(たなぶ まさよ、1969年〈昭和44年〉7月10日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の参議院議員(2期)。立憲民主党幹事長(第6代)・参議院幹事長・党青森県連代表。新政権研究会会長。 衆議院議員(3期)、農林水産大臣政務官(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣)、参議院国土交通委員長、民進党参議院政策審議会長、旧国民民主党副代表、立憲民主党常任幹事会議長などを歴任した。 父は農林水産大臣、参議院議員、衆議院議員、無所属の会代表等を歴任した田名部匡省。 青森県八戸市生まれ。八戸市立吹上小学校、八戸市立第一中学校、青森県立八戸東高等学校、玉川学園女子短期大学卒業。短大卒業後は父・田名部匡省の秘書を務める。
内田 俊宏(うちだ としひろ、1968年1月25日 )は経済… 内田 俊宏(うちだ としひろ、1968年1月25日 )は経済学者。専門分野はマクロ経済・地域経済。三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部 シニアエコノミストを経て、2015年4月より中京大学経済学部 客員教授。地域経済を専門分野とし、中京ローカルで多くのテレビ・ラジオ・新聞等のメディアに出演中。 中京大学経済学部には、同姓同名の内田俊博准教授のほか、前任も内田光穂客員教授と、同姓が多く混同しやすい。
水本 豊(みずもと ゆたか、1967年6月25日 - )は、… 水本 豊(みずもと ゆたか、1967年6月25日 - )は、日本の実業家。ミヤギテレビサービス代表取締役社長で、元宮城テレビ放送アナウンサー。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校(シンガーソングライターの坂本サトル、元ABAアナウンサーの松元美穂とは同期生)、立教大学卒業後、1991年4月にミヤギテレビ入社。 1994年から『ズームイン!!朝!』の四代目宮城担当キャスターを務め、『ズームイン!!SUPER』でも宮城担当キャスターを担当。合計10年『ズームイン』のキャスターを担当したが、2004年6月に柳瀬洋平にバトンタッチ。以降は『ズームイン!!SUPER』『OH!バンデス』のディレクターを務めていたが、『バンデス』ではピンチヒッターとして中継リポーターを担当することもあった。
北向 敏幸(きたむき としゆき、1966年9月3日 - )は… 北向 敏幸(きたむき としゆき、1966年9月3日 - )は、NHK青森放送局のチーフアナウンサー。 初任地の新潟を除き、以降の転勤先はいずれも北海道・東北地方内である(そのため、ラジオセンターを含む、東京本部での勤務経験がない。)。 青森県立八戸西高等学校、慶應義塾大学卒業後、1993年入局。 格闘技が趣味。空手・キックボクシング・剣術・杖道・居合道と幅広くこなす。好きな食べ物に関しては何でも食べて、好き嫌いはない。
住澤 整(すみさわ ひとし、1965年〈昭和40年〉12月1… 住澤 整(すみさわ ひとし、1965年〈昭和40年〉12月19日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。 青森県八戸市に出生。長者山の麓の生まれで、その後、新井田で育った。八戸市立長者小学校、八戸市立大館中学校、青森県立八戸高等学校を経て、1988年(昭和63年)、東京大学経済学部を卒業。同年、大蔵省に入省。主計局総務課に配属。秋の臨時国会では、予算編成作業と並行して消費税の創設を含む税制改革関連法案を審議。1995年(平成7年)7月、岡崎税務署長。 その後は主税局調査課課長補佐(外国調査)、同局総務課課長補佐(歳入)、同局税制第2課課長補佐(消費税・揮発油税)、同局同課課長補佐(総括)、金融庁監督部銀行第2課課長補佐、同監督局銀行第2課課長補佐、主税局総務課課長補佐(総括)などを経て、2005年(平成17年)7月、財務大臣秘書官。
赤石 光生(あかいし こうせい、1965年2月26日 - )… 赤石 光生(あかいし こうせい、1965年2月26日 - )は、日本の元レスリング選手(フリースタイル)、指導者。青森県弘前市出身。血液型A型。 元WBA世界フライ級チャンピオン、レパード玉熊ならびに柔道家でロス五輪およびソウル五輪金メダリストの斉藤仁とは親族関係である。 光星学院高等学校から日本大学へ進学。1984年、大学2年の時に出場した1984年ロサンゼルスオリンピック62kg級で銀メダル、1988年ソウルオリンピックは68kg級で4位、1992年バルセロナオリンピック68kg級で銅メダルを獲得した。1984年9月、青森県民栄誉賞受賞。 アメリカ留学を経て、2000年シドニーオリンピックでは日本代表コーチを務めた。
木村 勝一(きむら かついち、1964年12月15日 - )… 木村 勝一(きむら かついち、1964年12月15日 - )は、日本の彫刻家。ツリーハウスビルダー。本名 木村博通(きむら ひろみち) 株式会社SLOW BASE代表取締役。弟は小説家の木村友祐。 青森県八戸市出身。青森県立八戸北高等学校、法政大学経済学部卒業。 幼少期より図画工作が得意だったという。高校では美術クラブに所属。油絵は校長室へ掛けられる程だった。顧問の薦めもあり本人も本気で美大進学を考えていたが、友人の影響で当時日本一を誇った八戸北高演劇部へ途中入部。そのお陰で内向的で左利き、片耳が不自由等のコンプレックスを克服出来たという。顧問で脚本家の小寺隆韶先生を今も人生の師と仰いでいると語っている。
ゴブリン(1964年10月28日 - )は、日本のナレーター… ゴブリン(1964年10月28日 - )は、日本のナレーター、声優、ものまねタレント。大沢事務所所属。青森県八戸市出身。GOBLINと表記される場合もある。 ボードビリアンとして活動した後、ものまねタレントとしての活動を開始。 以前は、東京俳優生活協同組合→アクロス エンタテインメントに所属していた。映画の予告編ナレーションを数多く務めている。 竹中直人、鈴木雅之、かまやつひろし、加山雄三、布施明、他多数 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
清乃洋 文幸(きよのなだ ふみゆき、1964年7月24日 -… 清乃洋 文幸(きよのなだ ふみゆき、1964年7月24日 - )は、青森県八戸市出身で伊勢ヶ濱部屋に所属していた元大相撲力士。本名は坂本 文幸(さかもと ふみゆき)。現役時代の体格は身長177cm、体重119kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は西十両13枚目(1988年3月場所)。 同級生だった自衛隊員から勧誘され入門し、1980年3月場所に初土俵を踏んだ。1988年3月場所に十両まで上がったが、その場所を6勝9敗と負け越し、1場所で幕下陥落。その後も勝ち越すことができず、同年11月場所は休場し、24歳の若さで廃業した。
吉野 志穂(よしの しほ、1964年2月18日 - )は、漫… 吉野 志穂(よしの しほ、1964年2月18日 - )は、漫画家。青森県八戸市出身。 専門は成人向け漫画。1986年、大学在学中に『ハーフリータ』(松文館)創刊号に掲載の『ピンポン玉ミラクル』でデビュー。よしのしほ・藍田としぞうなどの別ペンネームを使うこともある。 なお、短編型の作家であり、中長編の作品はほとんどない。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ:漫画家)。
坂本 政謙(さかもと まさのり、1964年 - )は、日本の… 坂本 政謙(さかもと まさのり、1964年 - )は、日本の実業家、株式会社岩波書店代表取締役社長。 1964年、青森県八戸市生まれ。青森県立八戸高等学校、立教大学法学部法学科卒業。大学時代は高畠通敏に師事。コスモ石油株式会社勤務を経て、1990年に岩波書店に入社。営業部で書店営業を担当したのち編集部へ異動、学術書の部門で『丸山眞男集』等の実務を担う。その後、『シリーズ 思考のフロンティア』や、原研哉、原田宗典等の著書を企画・編集。1999年に佐藤正午に小説を依頼し、佐藤のエッセイ集や短編集を編みながら、時が熟すのを待つ。2017年、担当した佐藤正午の『月の満ち欠け』が第157回直木賞を受賞。贈賞式では欠席した佐藤の代わりに受賞の言葉を代読した。
加藤 重広(かとう しげひろ、1964年 - )は、日本の日… 加藤 重広(かとう しげひろ、1964年 - )は、日本の日本語学者。北海道大学教授。専門は語用論。青森県八戸市出身。 青森県生まれ。1990年東京大学文学部言語学科卒、96年同大学院博士課程満期退学、富山大学人文学部専任講師、1997年助教授、2005年北海道大学大学院文学研究科助教授、07年准教授、2011年教授。2000年「日本語における修飾構造と品詞体系」で文学博士の学位を取得。2003年『日本語修飾構造の語用論的研究』で第22回新村出賞受賞。2016年-2020年日本語用論学会会長。
熊谷 雄一(くまがい ゆういち、1962年9月7日 - )は… 熊谷 雄一(くまがい ゆういち、1962年9月7日 - )は、日本の政治家。第26代青森県八戸市長(2期)。八戸市議会議員(1期)、青森県議会議員(5期)第81代青森県議会議長を歴任。座右の銘は、論語の「民信なくば立たず」。 先祖は熊谷善六。1191年(建久2年)、南部光行公に仕えていた家臣の桜庭氏共に奥州(現在の東北地方)の糠部(現在の青森県東部から岩手県北部)地域に移住。 祖父は熊谷義雄。自由民主党衆議院議員を5期。デーリー東北取締役、青森放送取締役、八戸商工会議所会頭、八戸工業大学理事長、八戸通運取締役、丸美屋デパート取締役。このほか、1932年(昭和7年)八戸魚市場設立後取締役。南部貨物自動車社長、戦後大洋水産設立、中央魚類、大洋石油、八戸総合振興会会長、熊谷漁業社長、八戸漁連の前身八戸漁業振興会創立、八戸総合振興対策審議会会長、八戸ガス株式会社社長などを歴任。
田頭 勉(たがしら つとむ、1962年7月29日 - )は、… 田頭 勉(たがしら つとむ、1962年7月29日 - )は、日本の作曲家。元尚美学園大学音楽表現学科講師。配偶者は田頭優子。オリジナル作品の他、劇伴など放送関係の音楽を多く手がけている。 青森県八戸市生まれ。八戸高校を卒業後上京。東京芸術大学作曲学科を卒業後、同大学院作曲科を修了。芸術学修士。在学中は松村禎三に師事。日本音楽著作権協会正会員。 日本におけるアカデミックな作曲家としての登竜門的コンクールである「日本交響楽振興財団作曲賞」で第11回と第20回と2度入選し、その入選曲「叙情的幻想曲」と「REI for Orchestra」はいずれも東京交響楽団によって演奏され、NHK-FMにて放送された。
北城 浩志(きたしろ ひろし、Hiroshi Kitashi… 北城 浩志(きたしろ ひろし、Hiroshi Kitashiro、 1962年5月19日 - )は、日本のレコーディング&ミキシング・エンジニア、マスタリング・エンジニア、シンセサイザープログラマー、音楽プロデューサー。青森県八戸市出身。 2007年に音楽ユニット『Di'LL(ディル)』のメンバーとしても活動を開始している。北城音楽事務所・代表取締役である。 1962年、青森県八戸市に生まれる。 1980年、高校を卒業し、上京する。東京ミキシングスクールに入学。在学中に佐藤準に師事し、アシスタントを数年間勤める。その傍ら、シンセサイザープログラマーとしての仕事を徐々に始める。 1982年、株式会社アダージオに所属する。
尾崎 富士雄(おざき ふじお、1961年10月7日 - )は… 尾崎 富士雄(おざき ふじお、1961年10月7日 - )は、日本の元プロボクサー。青森県八戸市出身。帝拳ボクシングジム所属。階級はウェルター級。ニックネームは和製デュラン。 八戸工業大学第一高等学校時代にインターハイライトウェルター級準優勝、1980年5月19日、デビュー戦で奥秋照雄と対戦し、1RKO勝ちを収めた。 東日本ジュニアウェルター級新人王を獲得するが、全日本新人王決定戦では西日本の赤井英和に3RKO負けを喫した。 1982年8月6日、成田城健が持つ日本ライト級王座に挑戦し、判定で奪取。 1983年6月3日、シャイアン山本に判定で敗れ王座陥落するも、9月2日の再戦で判定で奪還。しかし、12月2日、友成光に7RKO負けを喫し、再び陥落。
二代目 市川 笑也(にだいめ いちかわ えみや、1959年〈… 二代目 市川 笑也(にだいめ いちかわ えみや、1959年〈昭和34年〉4月14日 - )は、青森県八戸市出身の歌舞伎役者。屋号は澤瀉屋。定紋は一つ澤瀉の丸。本名は泉山 太男(いずみやま たかお)。歌舞伎名跡「市川笑也」の当代。 歌舞伎とは縁のない一般家庭に生まれる。昭和53年 (1978) 3月、八戸工業大学第一高等学校を卒業すると、東京に出て4月に国立劇場歌舞伎俳優養成所に入学(第五期)。2年間の研修を修了後、同年4月国立劇場『絵本合法衢』の中間で本名の泉山太男を名乗って初舞台。翌年三代目市川猿之助の門下となり、二代目市川笑也を襲名。 入門当時は大部屋役者として女形・立役ともに修業したが、昭和61年 (1986) スーパー歌舞伎第一作『ヤマトタケル』のみやず姫に抜擢。
十日市 秀悦(とおかいち しゅうえつ、1959年1月20日 … 十日市 秀悦(とおかいち しゅうえつ、1959年1月20日 - )は、日本のタレント、歌手、俳優、声優、ナレーター。青森県八戸市出身で、八戸特派大使を務めている。シグマ・セブン所属。既婚。 両親は八戸市の長横町で飲食店『十日市食堂』を経営していた。 日本大学芸術学部映画学科卒業。東映でエキストラ出演で働いていた時に梅宮辰夫と知り合い、その後梅宮の付き人を務めていた。 付き人を終えた後はお笑いタレントとして活動し、様々なコンビでの活動を経て、当時男女混合の11人組のお笑いグループだったホンジャマカの一員として活動。1988年頃に自身の意向からホンジャマカを脱退し、以降はソロで活動。 田中義剛は青森県立八戸北高等学校での1年先輩に当たり、そのつながりから『田中義剛のオールナイトニッポン』に『八戸亀』名義で出演していたことがある。
高橋 みのる(たかはし みのる、1959年(昭和34年) -… 高橋 みのる(たかはし みのる、1959年(昭和34年) - )は、日本の現代玩具作家。 八戸聖ウルスラ学院中学校 技術科 非常勤講師(2010年~現在)。 八戸工業大学 教職課程 木材加工 非常勤講師(2013年~2021年)。 青森県八戸市に生まれ、現在も八戸を拠点とする。現代玩具作家であり、「木」「メカニズム」「遊び心」をもとに「メカ木ズム」と自身でネーミングした概念を用いて、新時代の玩具の製作を進めている。はっち4階でもからくり作品で遊ぶことができる。八戸市にあるポータルミュージアムはっちの「からくり獅子舞(2011年)」の製作をきっかけとして、コンピューター制御による新たな表現に取り組む。
滝沢 求(たきさわ もとめ、1958年〈昭和33年〉10月1… 滝沢 求(たきさわ もとめ、1958年〈昭和33年〉10月11日 - )は、日本の政治家。 自由民主党所属の元参議院議員(2期)。環境副大臣兼内閣府副大臣、外務大臣政務官、参議院環境委員長、外交防衛委員長、自由民主党副幹事長、同環境部会長、青森県議会議員(5期)を歴任。 青森県立八戸高等学校卒業。高校時代にアイスホッケー選手としてインターハイに3年連続出場。また、1977年に開催された「あすなろ国体」に青森県代表として出場し、準優勝。 中央大学法学部政治学科卒業後、元内閣総理大臣・中曽根康弘の公設秘書を務める。1995年、乱戦となった第17回参議院議員通常選挙に無所属で出馬するも落選。 1998年に青森県議会議員初当選。
福田 弥夫(ふくだ やすお、1958年(昭和33年)7月24… 福田 弥夫(ふくだ やすお、1958年(昭和33年)7月24日 - )は、青森県八戸市出身の法学者。学位は博士(法学)筑波大学。専攻は保険法学(民事法学)。日本大学法学部教授、日本大学通信教育部長等を経て、日本大学危機管理学部教授(初代学部長)。2024年4月八戸学院地域連携センター教授 ・自動車損害賠償保障法関係 ・1999年(平成11年)2月に運輸省「今後の自賠責保険のあり方に係る懇談会」委員 ・2002年(平成14年)12月に「財団法人自賠責保険・共済紛争処理機」の評議員に就任 ・2005年(平成17年)9月に金融庁「自賠責保険審議会」の委員に就任 ・2005年(平成17年)10月に国土交通省「自賠責保険制度改正後の見直しに係る有識者勉強会」委員 ・2006年(平成18年)3月に国土交通省「今後の自動車損害賠償の在り方に関する」委員 ・2008年(平成20年)7月に国土交通省「自動車事故による重度後遺障害者の「親亡き後問題」に関する検討会」座長 ・2010年(平成22年)8月に「自動車損害賠償保障制度を考える会」座長 ・2011年(平成23年)4月に「自賠責保険・共済紛争処理機構」評議員会長に就任 ・2020年(令和2年)8月に国土交通省「今後の後の自動車事故被害者救済対策のあり方に関する検討会」座長 ・2021年(令和3年)8月に国土交通省「今後の自動車事故対策勘定の在り方に関する検討会」座長代理 ・2024年(令和5年)3月に国土交通省「被害者保護増進等事業に関する検討会」座長代理 ・2006年(平成18年)4月に日本交通政策研究会監事に就任する ・2009年(平成21年)4月に軽自動車検査協会理事に就任する ・2006年(平成18年)10月に日本保険学会評議員に就任する ・2008年(平成20年)10月に日本保険学会理事に就任する ・2009年(平成21年)10月に日本私法学会理事に就任する ・2014年(平成26年)10月に日本保険学会理事長に就任する ・2018年(平成30年)10月に日本保険学会監事に就任する ・2018年(平成30年)10月に国際保険法学会理事に就任する ・小学生のころからスケートに親しみ、最初は長根リンクで金下駄で滑った。
富田 隆(とみた たかし、1958年5月21日 - )は、元… 富田 隆(とみた たかし、1958年5月21日 - )は、元オウム真理教信徒。青森県出身。ホーリーネームはシーハ。 1976年に日本大学理工学部建築学科に入学したが、家業の建築会社が倒産したこともあり、1981年に中退。その後は様々な職を転々とした後、都内の社交ダンスクラブの講師をしていたが、1986年ヨーガの修業に惹かれてオウム神仙の会に入信し、1988年5月1日に出家。高校時代から極真空手を習得し、上京後は佐藤勝昭に入門していた時期もあり、教団内では端本悟、中村昇らと同様に武道に長けた者とされた。また、オウム真理教が制作した音楽劇「死と転生」では主演や振り付け指導を務めた。 1990年の第39回衆議院議員総選挙には真理党候補として旧埼玉1区から出馬し、落選した。
田中 義剛(たなか よしたけ、1958年〈昭和33年〉3月1… 田中 義剛(たなか よしたけ、1958年〈昭和33年〉3月13日 - )は、日本のタレント、シンガーソングライター、酪農家、実業家である。株式会社花畑牧場代表取締役。所属事務所はアップフロントクリエイト(2013年10月1日より所属。9月30日まではアップフロントプロモーションに所属していた。花畑牧場はアップフロントグループの子会社)。 青森県八戸市出身。青森県立八戸北高等学校・酪農学園大学酪農学部卒業。理科の教員免許を持っており、母校の酪農学園大学では特命教授を務めている。身長184cm。 サラリーマン家庭に育つ。 16歳の頃、漁船のコックをしていた友人がオホーツク海で遭難死。襟裳岬まで哀悼の旅に出て、その帰路、門別の牧場で馬の出産を目にし、牧場を開くことを夢に抱き、青森の高校を卒業後北海道の酪農学園大学へ進学。
長谷部 剛(はせべ つよし、1957年(昭和32年)8月22… 長谷部 剛(はせべ つよし、1957年(昭和32年)8月22日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。日本経済新聞社代表取締役会長。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校を経て、1980年に早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社入社。大阪編集局社会部、名古屋編集部、東京編集局経済解説部、経済部に記者として勤務。その後、秘書室長、東京編集局経済部長、経営企画室長等を歴任。 2012年常務、2015年専務、2020年副社長を経て、2021年3月に社長に就任。グローバルとデジタルを両輪とする事業戦略を進め、日経電子版の有料会員数を伸ばし、2026年3月代表権のある会長に退く。
岡堀 勉(おかぼり つとむ、1957年7月10日 - )は、… 岡堀 勉(おかぼり つとむ、1957年7月10日 - )は、青森県三戸郡南郷村(現・八戸市)出身の元競輪選手。1976年モントリオールオリンピック日本代表。日本競輪選手会青森支部に所属していた。 八戸電波工業高等学校在学時代、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会の個人追い抜きにおいて、1973年、1974年と2連覇。 その後、日本大学文理学部に進み、1976年モントリオールオリンピック男子4000m団体追抜競走に同郷である小笠原嘉、小笠原義明と組んで出場した。記録は4'37"03で14位(予選敗退)。 日大卒業後、島野工業へ入社。同社在籍時代に1980年モスクワオリンピック代表選手に選出されたものの、ボイコットにより出場できず「幻の代表選手」となった。
井上 力(いのうえ ちから、1957年〈昭和32年〉6月15… 井上 力(いのうえ ちから、1957年〈昭和32年〉6月15日 - )は、日本の海上自衛官。最終階級は海将。 青森県八戸市出身。防衛大学校(第24期)を卒業し、海上自衛隊に入隊。入隊後は主に艦艇や海上幕僚監部等で勤務したのち、第4護衛隊群司令、練習艦隊司令官、自衛艦隊司令部幕僚長、統合幕僚監部運用部長等の要職を歴任し、2012年(平成24年)7月から舞鶴地方総監を務め、2014年(平成26年)10月14日、第43代横須賀地方総監に任命された。2015年(平成27年)12月1日に退官。
三杉磯 拓也(みすぎいそ たくや、1956年(昭和31年)5… 三杉磯 拓也(みすぎいそ たくや、1956年(昭和31年)5月11日 - )は、青森県八戸市出身で放駒部屋(入門時は花籠部屋)に所属した元大相撲力士。本名は上沢 秀則(かみさわ ひでのり)。最高位は西前頭2枚目(1979年1月場所、1982年3月場所)。現役時代の体格は187cm、121.5kg。得意手は左四つ、突っ張り、寄り、上手投げ、突き落とし。現役引退後は、1988年から2021年まで峰崎部屋の師匠を務めた。7代峰崎。 14歳で弟ができるまで1人っ子として育ち、幼少期は大人しい性格からいじめられていた。とはいえ187cmの長身は当時から目を引き、中学生の相撲大会に出場し、何人ものスカウトが来た。
上村 貢聖(かみむら こうせい、1956年2月21日 - )… 上村 貢聖(かみむら こうせい、1956年2月21日 - )はニッポン放送報道スポーツコンテンツセンター記者兼解説委員、元アナウンサー。 青森県三戸郡出身。生まれて間もない頃に一家は同県八戸市に転居。青森県立八戸高等学校から早稲田大学教育学部に進学し、大学時代はアナウンス研究会に所属。大学卒業後の1979年4月にニッポン放送入社。 入社3年目の1981年7月に糸居五郎から『オールナイトニッポン』月曜第二部のパーソナリティを引き継ぐ。中島みゆき著「伝われ、愛―月曜のスタジオから」に実名で登場する。 1990年代中にはアナウンサーから編成部プロデューサーに異動、『高嶋ひでたけのお早よう!中年探偵団』、『加トちゃんのラジオでチャッ!チャッ!チャッ!』などのプロデューサーを務めた。
小泉 公二(こいずみ こうじ、1956年 - )は、日本のテ… 小泉 公二(こいずみ こうじ、1956年 - )は、日本のテレビディレクター、テレビプロデューサー。NHKエグゼクティヴ・プロデューサーや、NHK理事待遇関連事業局長、NHK出版代表取締役社長等を歴任した。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校を経て、上智大学法学部卒業後、1979年日本放送協会(NHK)に入局し、ディレクターとなった。NHK報道局エグゼクティヴ・プロデューサー等を経て、2008年NHK編成局編成主幹。 NHK編成局編成主幹・衛星放送センター長を経て、2011年NHK関連事業局長。2014年NHK関連事業局長(理事待遇)。2015年NHK出版代表取締役社長。2017年NHKインターナショナル理事長。
長谷川 晋(はせがわ すすむ、1955年(昭和30年)10月… 長谷川 晋(はせがわ すすむ、1955年(昭和30年)10月14日 - 2020年(令和2年)9月8日)は、日本の元外交官。青森県八戸市出身。欧州や中東など計7か国で特命全権大使などを歴任した。2018年退官。 青森県立八戸高等学校を経て、1979年(昭和54年)東京大学教養学部を卒業し、外務省に入省する。大学時代はレスリング部主将を務めた。1980年から82年までグルノーブルでフランス語研修。 フランス、イスラエル、タイなどの在外公館で勤務したほか、在フランス日本国大使館一等書記官、外務省領事移住部邦人特別対策室長などを経て、防衛庁で運用局訓練課長を務めた。在イスラエル日本国大使館参事官、在オーストラリア日本国大使館公使、ウィーン国際機関日本政府代表部公使、2007年(平成19年)12月、メルボルン総領事を経て、2010年(平成22年)から2012年(平成24年)までイラク駐箚特命全権大使。
小笠原 嘉(おがさわら ただし、1955年6月21日 - )… 小笠原 嘉(おがさわら ただし、1955年6月21日 - )は、青森県八戸市出身の元競輪選手。1976年モントリオールオリンピック代表。日本競輪選手会青森支部に所属していた。新山将史(98期)、新山響平(107期)の伯父。 八戸電波工業高校(現・八戸工業大学第一高校)卒。 日本大学文理学部在籍中だった1976年、モントリオールオリンピック男子4000m団体追抜競走に同郷である小笠原義明、岡堀勉と組んで出場した。記録は4'37"03で14位(予選敗退)。 その後、日本競輪学校第44期生を経て、1979年10月27日、函館競輪場でデビューし5着。初勝利は同年同月28日の同場。 2002年8月13日選手登録削除。
小笠原 義明(おがさわら よしあき、1954年4月29日 -… 小笠原 義明(おがさわら よしあき、1954年4月29日 - )は、青森県八戸市出身の元競輪選手。1976年モントリオールオリンピック日本代表。日本競輪選手会青森支部に所属していた。 八戸電波工業高等学校在学時代、1972年に開催された全国高等学校総合体育大会自転車競技大会の個人追い抜きで優勝。 その後、日本大学文理学部に進み、1976年のモントリオールオリンピック男子4000m団体追抜競走に同郷である小笠原嘉、岡堀勉と組んで出場した。記録は4'37"03で14位(予選敗退)。 その後、日本競輪学校第43期生(同期に滝澤正光、佐々木昭彦、小川博美、北村徹らがいる)を経て、1979年4月7日、前橋競輪場でデビューし5着。
吉田 栄勝(よしだ えいかつ、1952年(昭和27年)3月2… 吉田 栄勝(よしだ えいかつ、1952年(昭和27年)3月22日 - 2014年(平成26年)3月11日)は、日本のレスリング選手。レスリング指導者。吉田沙保里の実父。 1952年3月22日、青森県八戸市出身。 父親の甫は第二次世界大戦中に大日本帝国陸軍の兵士として出征、ビルマ戦線に配属され戦闘行動のさなかに病に倒れるが現地の少女に助けられる。その命の恩人とも言える少女の名前を取り「勝栄(かつえ)」と名付けようとする。出生届を長男(栄勝の兄)に提出するよう命じたが、長男はこの名前が女のようだと納得がいかず無断で「栄勝」と並びを逆転させて届けてしまった(その後、生まれた長女〈栄勝の妹〉に「佳都恵」と名付ける)。
門脇 孝(かどわき たかし、1952年 - )は、日本の医学… 門脇 孝(かどわき たかし、1952年 - )は、日本の医学者、博士(医学)。専門は内科学、糖尿病学。東京大学大学院医学系研究科教授、東京大学医学部附属病院長(2011-15年)、一般社団法人日本糖尿病学会理事長。
山脇 直司(やまわき なおし、1949年3月26日 - )は… 山脇 直司(やまわき なおし、1949年3月26日 - )は、日本の哲学者。専門は公共哲学、社会思想史、ドイツ観念論など。星槎大学前学長、東京大学名誉教授、地球システム・倫理学会副会長日本共生科学会会長。 1949年、青森県八戸市生まれ。1967年に青森県立八戸高等学校を卒業後、一橋大学経済学部に進み、1972年に卒業。大学での指導教員は塩野谷祐一であった。上智大学大学院哲学研究科に進み、1975年に修士課程を修了。大学院での指導教員はルートヴィヒ・アルムブルスターとクラウス・リーゼンフーバーであった。1978年、旧西ドイツ・ミュンヘン大学に留学し、ローベルト・シュペーマンの下で学ぶ。1982年、同大学の哲学博士号を取得。
木村 洋二(きむら ようじ、1948年 - 2009年8月1… 木村 洋二(きむら ようじ、1948年 - 2009年8月19日)は、日本の社会学者。『笑い』が主要な研究テーマであった。青森県八戸市出身。関西大学社会学部教授。現役で逝去。 1948年、青森県上長苗代村(現・八戸市)生まれ。木村の談によれば、父は満州から引き揚げた獣医師で、よく自転車で馬や牛の往診に出かけていたという。 八戸市立三条小学校、三条中学校、青森県立八戸高校、京都大学文学部卒業、京都大学大学院修了。 専攻は理論社会学とコミュニケーション論で、『笑い』を研究テーマとし、その方面での著作や論文が多いことで知られた。『笑い』を研究テーマとしたのは、木村自身があるときに3時間笑い続けた際に、「これを統一した理論に出来ないか」と思いついたからだという。
梅内 恒夫(うめない つねお、1947年8月23日 - 生死… 梅内 恒夫(うめない つねお、1947年8月23日 - 生死不明)は、共産主義者同盟赤軍派の活動家。 1947年、青森県に生まれる。青森県立八戸高等学校卒業後、福島県立医科大学に入学。在学中に共産主義者同盟に加盟し、赤軍派の結成と同時に赤軍派のメンバーとなる。後に連合赤軍メンバーとなる植垣康博を赤軍派にオルグしたりしている。 梅内は爆弾製造を担当しており、考案した爆弾は俗に「梅内爆弾」と呼ばれるようになり、新左翼の爆弾闘争を飛躍させることになる。しかし、大菩薩峠事件の捜査で梅内の名前が浮上したことから、爆発物取締罰則違反で指名手配となった。その直後に地下に潜行した。手記で表された思想は、後に日本原住民論として結実し、反日テロが続発するきっかけとなった。
森越 康雄(もりこし やすお、1947年(昭和22年)-)は… 森越 康雄(もりこし やすお、1947年(昭和22年)-)は、日本の教育者。元日教組委員長。
大島 理森(大嶌 理森、おおしま ただもり、1946年〈昭和… 大島 理森(大嶌 理森、おおしま ただもり、1946年〈昭和21年〉9月6日 - )は、日本の政治家、元衆議院議員。勲等は桐花大綬章。尾崎行雄記念財団会長、もくもく会名誉会長、横綱審議委員会委員長。 衆議院議長(第76・77代)、農林水産大臣(第33代)、文部大臣(第128代)、科学技術庁長官(第61代)、原子力委員会委員長(第61代)、環境庁長官(第32代)、内閣官房副長官(第2次海部内閣・第2次海部改造内閣)、衆議院議員(12期)、衆議院予算委員長、同議院運営委員長、青森県議会議員(2期)、自由民主党副総裁(第15代)、同幹事長(第48代)、同国会対策委員長(第45・49代)、同東日本大震災復興加速化本部長、同国会対策筆頭副委員長、同国会対策副委員長、同副幹事長、同青森県支部連合会会長を歴任した。