役重 眞喜子(やくしげ まきこ、1967年 - )は日本の行… 役重 眞喜子(やくしげ まきこ、1967年 - )は日本の行政学者。専門は地方自治、地域コミュニティ。花巻市教育委員会委員。花巻市総務部総務課長などを務めた。 茨城県日立市生まれ。その後は東京都豊島区や千葉県流山市に移る。千葉県立東葛飾高等学校では陸上部に所属。東葛飾高校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部第2類(公法コース)在学中に国家公務員一種試験(行政職)をトップで合格(行政職の女性トップは史上2人目)。東大法学部第2類(公法コース)卒業。 1989年 農林水産省に入省。水野政義とともに畜産局畜政課に法律事務官として配属された。当時はバブル絶頂期であり、学部時代の友達や当時のボーイフレンドは大手の銀行や証券会社、大蔵省、通産省などを勧めていたが、小さい頃から自然が好きだったため、農水省を選択した。
猿田 祐嗣(さるた ゆうじ、1957年9月4日 - )は、日… 猿田 祐嗣(さるた ゆうじ、1957年9月4日 - )は、日本の教育学者、国立教育政策研究所名誉所員。 茨城県日立市生まれ。専門は科学教育。IEA(国際教育到達度評価学会)のTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)やOECD(経済協力開発機構)のPISA(生徒の学習到達度調査)等に国内調査責任者として携わり、日本の子どもたちの学力向上のための教育施策に資する調査データを提供するとともに、日本科学教育学会や日本理科教育学会において副会長や理事を歴任し、学会の発展に寄与する。 1976年広島県立呉三津田高等学校卒業。1980年広島大学理学部物性学科卒業、1985年同大学院教育学研究科博士課程後期中退、2010年「論理的思考に基づいた科学的表現力に関する研究-TIMSS及びPISA調査の分析を中心に-」で博士(教育学)(広島大学)。
秋田 浩一(あきた こういち、英語: Koichi Akit… 秋田 浩一(あきた こういち、英語: Koichi Akita、1955年9月2日 - )は、日本の元サッカー選手、指導者、体育学者。駒澤大学体育会サッカー部監督、駒澤大学教授。関東大学サッカー連盟副会長。 茨城県日立市出身。茨城県立水戸商業高等学校、駒澤大学卒業。その後、体育の教員資格を取得するため国士舘大学に編入学し、1981年3月卒業(体育学、学士)。国士舘大で2年間学びながらサッカーも続け、U23日本代表監督の山本昌邦や元日本代表の柱谷幸一らとも一緒にプレー。1979年の総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントで国士舘大は初優勝した。ポジションは高校大学ともセンターフォワード(CF)。1982年、駒澤大学に助手として採用され、サッカー部コーチとなる。
月田 早智子(つきた さちこ、1954年1月 - )は、日本… 月田 早智子(つきた さちこ、1954年1月 - )は、日本の細胞生物学者、分子生物学者。茨城県日立市生まれ。 タイトジャンクションの研究で知られる。夫はクローディンを発見した医学者の月田承一郎。2022年現在、帝京大学先端総合研究機構教授。2012年文部科学大臣表彰・科学技術賞、2015年東レ科学技術賞を受賞。
櫻井 哲男(さくらい てつお、1948年9月21日 - )は… 櫻井 哲男(さくらい てつお、1948年9月21日 - )は、日本の音楽学者、阪南大学名誉教授。 茨城県日立市出身。東京芸術大学音楽学部楽理科卒、1973年同大学院修士課程修了。和歌山大学教育学部助手、国立民族学博物館助手、助教授、熊本大学文学部教授、総合研究大学院大学併任教授、阪南大学国際コミュニケーション学部教授、同国際観光学部教授を経て、2016年阪南大学名誉教授。 日本音楽学会全国委員、東洋音楽学会理事、同関西支部長、同副会長を歴任。 2003年に聴力を失い、それ以後、公の場に姿を見せていない。 この項目は、音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 音楽/ウィキプロジェクト 音楽)。
高橋憲一(たかはし けんいち、1946年- )は、日本の科学… 高橋憲一(たかはし けんいち、1946年- )は、日本の科学史家、九州大学名誉教授。 茨城県日立市生まれ。1970年早稲田大学理工学部電気工学科卒業。1979年東京大学大学院理学研究科退学(科学史・科学基礎論専攻)。1990年「中世西欧世界におけるユークリッド『反射光学』の諸伝承」で理学博士(東京大学)。九州大学教養部助教授をへて、同比較社会文化研究院教授を務め、2010年定年退任、名誉教授となる。2006年『ガリレオの迷宮』で毎日出版文化賞受賞。 イムレ・ラカトシュの論を批判した。
井上 たかひこ(いのうえ たかひこ、1943年 - )は、日… 井上 たかひこ(いのうえ たかひこ、1943年 - )は、日本の水中考古学者。 茨城県日立市生まれ。法政大学経済学部卒業。米国テキサス州立テキサスA&M大学大学院文化人類学部(水中考古学専攻)修了。同大併設の水中考古学研究所にて「水中考古学」の父と呼ばれるジョージ・バス(考古学者)(英語版)に師事し、水中考古学の学位を授与される。この間、トルコのウルブルン難破船、ジャマイカのポート・ロイヤル海底都市、元寇船など水中遺跡の発掘調査に参加。その後、筑波大学歴史人類学研究科研究生、茨城大学非常勤講師、カルチャースクール講師など。現在は千葉県勝浦沖の黒船ハーマン号(ハーマン号事件)を調査中。日本水中考古学調査会会長。
久米 博(くめ ひろし、1932年 - 2023年9月16日… 久米 博(くめ ひろし、1932年 - 2023年9月16日)は、日本の哲学者、翻訳家。 ポール・リクールを中心に多くのフランス現代思想を翻訳した。 茨城県日立市生まれ。1957年、東京大学文学部哲学科卒業。1962年、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1967年、ストラスブール大学プロテスタント神学部で宗教学博士。桐朋学園大学教授。1995年、立正大学教授。2003年、定年退職。 2023年9月16日、死去。
田村 晃祐(たむら こうゆう、1931年2月5日 - 202… 田村 晃祐(たむら こうゆう、1931年2月5日 - 2022年7月1日)は、日本の仏教学者。学位は、文学博士(東京大学・乙種・1989年)。東洋大学名誉教授。専門は日本仏教史。最澄と徳一研究の第一人者。その他に聖徳太子、親鸞、井上円了も研究。茨城県多賀郡日立町(現、日立市)生まれ。 1931年2月、茨城県多賀郡日立町の真宗大谷派の寺院に生まれる。1949年、茨城県立日立第一高等学校を卒業後、東京大学文学部印度哲学梵文学科(現:インド哲学仏教学専修課程)に進む。1954年に同大学院人文科学研究科修士課程に進み、1961年に同博士課程満期退学。1989年に『最澄教学の研究 - 最澄,徳一論争を通じて-』で文学博士(乙種、東京大学)。
五来 重(五來 重、ごらい しげる、1908年〈明治41年〉… 五来 重(五來 重、ごらい しげる、1908年〈明治41年〉3月7日 - 1993年〈平成5年〉12月11日)は、日本の民俗学者。大谷大学名誉教授。専門は日本仏教史、仏教民俗学。 茨城県久慈郡久慈町(現:日立市)に生まれる。旧制茨城県立太田中学校(現:茨城県立太田第一高等学校・附属中学校)、旧制水戸高等学校文科甲類を経て、1932年に東京帝国大学文学部印度哲学科を卒業。高野山大学助手に就任するも、歴史学を修めるため京都帝国大学文学部史学科に再入学し、1939年に京都帝国大学文学部史学科国史学専攻を卒業。卒業論文は「中世に於ける神仏習合思想の変遷と元寇の影響」。 以後、京都師範学校教諭、高野山大学助教授、同教授を経て、1955年、大谷大学文学部教授に就任。