告井 幸男(つげい ゆきお、1967年 - )は、日本古代史… 告井 幸男(つげい ゆきお、1967年 - )は、日本古代史学者。京都女子大学文学部史学科教授。 岐阜県大垣市生まれ。1990年京都大学文学部史学科国史学専攻卒業。1998年京都大学大学院文学研究科(日本史学)博士課程単位取得退学。2001年「摂関期の社会構造の研究」で博士(文学)(京都大学)。 大谷大学文学部史学科特別研修員(1999-2001年)、京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター特別研究員(2003-2005年)、京都大学大学院文学研究科教務補佐員(2010-2013年)、京都大学大学院文学研究科研究員(2011-2012年)などを経て、2013年京都女子大学文学部史学科准教授。のち教授。
立川 康人(たちかわ やすと、1964年 - )は、日本の工… 立川 康人(たちかわ やすと、1964年 - )は、日本の工学者、水文学者。専門は水工学、特に水文学・水資源工学、降雨流出解析、洪水予測、気候変動下の水文予測。京都大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻教授で、2026年10月より第28代京都大学総長に就任予定。分布型流出モデルや実時間洪水予測の研究で知られる。 岐阜県大垣市出身。愛知県立旭丘高等学校を経て、京都大学工学部交通土木工学科を1987年に卒業。1989年に同大学院工学研究科修士課程交通土木工学専攻を修了(工学修士)。1996年に同大学で博士(工学)を取得(論文博士)。 1989年4月から大阪ガス株式会社に勤務。1990年9月より京都大学工学部助手、1996年4月より同防災研究所助教授、2007年4月より京都大学大学院工学研究科准教授、2013年10月より同教授に就任。
早野 龍五(はやの りゅうご、1952年1月3日 - )は、… 早野 龍五(はやの りゅうご、1952年1月3日 - )は、日本の物理学者、原子物理学者。専門はエキゾチック原子研究。東京大学名誉教授。2017年4月より株式会社ほぼ日のサイエンスフェロー。また2016年から公益社団法人才能教育研究会(スズキ・メソードを普及する組織)会長。 岐阜県大垣市生まれ。父は名古屋帝国大学医学部出身の眼科医で岐阜大学名誉教授の早野三郎。母は専業主婦だったが大阪女子高等医学専門学校(現:関西医科大学)の卒業生で医師免許を持っていた。父が信州大学医学部に赴任して松本に在住、松本音楽院(鈴木鎮一が1946年に創設)でヴァイオリンを習う。 長野県松本深志高等学校、東京大学理学部物理学科、東京大学大学院理学系研究科を経て1979年より東京大学理学部付属中間子科学実験施設助手。
清水 義和(しみず よしかず、1946年7月 - )は、日本… 清水 義和(しみず よしかず、1946年7月 - )は、日本の演劇研究・評論家、愛知学院大学名誉教授。 岐阜県大垣市生まれ。1969年東洋大学英文科卒、77年立正大学大学院英文学博士課程満期退学。愛知学院大学教養部助教授、教授、客員教授を経て現在は名誉教授。国際寺山修司学会会長。日本英語音声学会副会長。韓国音声学会終身会員。名古屋演劇ペンクラブ会員。松原英治・若尾正也記念演劇賞審査委員。88年日本英語音声学会賞受賞。98年韓国音声学会奨励賞受賞。
平本 一雄(ひらもと かずお、1944年9月29日- )は、… 平本 一雄(ひらもと かずお、1944年9月29日- )は、日本の都市計画家・都市工学者。東京都市大学名誉教授。総務省地域づくり懇談会元委員。日本都市計画学会元評議員。日本観光計画学会元理事。日本建築学会建築物の社会的責任小委員会2006委員。元三菱総合研究所取締役。 岐阜県大垣市出身。1968年大阪工業大学工学部建築学科卒業。1970年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。1986年「都市総合計画の策定支援手法に関する研究」で工学博士(京都大学)。三菱総合研究所で都市経営部長、取締役・人間環境研究本部長を歴任。2000年東京大学先端科学技術研究センター都市環境システム分野客員研究員、2003年東京工科大学メディア学部教授などを経て、武蔵工業大学(現:東京都市大学)に着任し、2009年東京都市大学都市生活学部教授・学部長などを歴任。
中西 重忠(なかにし しげただ、1942年1月7日 - )は… 中西 重忠(なかにし しげただ、1942年1月7日 - )は、日本の生化学者、分子神経科学者。京都大学名誉教授、大阪バイオサイエンス研究所所長。Gタンパク質共役受容体に関する世界的権威として知られる。岐阜県大垣市出身。2015年文化勲章受章。 沼正作と共に、多ホルモン前駆体の構造、遺伝子、進化に関する研究を発表して有名となり、「記憶のもと」と考えられるタンパク質のNMDA型グルタミン酸受容体の構造を世界で初めて解明した。 京都大学医学部の同期である本庶佑とは、学生時代からの親友であり、互いに切磋琢磨するライバル関係にある。2015年に中西が文化勲章を受章した際のインタビューでは、本庶について「学生時代、自分はあまり勉強しなかったが、中西君は非常に熱心に実験をしていた」という本庶側の回想に対し、中西は「お互いに『勉強は好きじゃない』と言い合いながら、自由な校風の中で自由にやらせてもらった」と語っている。
服部 勉(はっとり つとむ、1932年7月8日 - )は、日… 服部 勉(はっとり つとむ、1932年7月8日 - )は、日本の微生物学者、農学者、東北大学名誉教授。妻は渋沢敬三の次女・服部黎子。渋沢家当主の渋沢雅英は義兄。 岐阜県大垣市生まれ。名古屋大学理学部卒業、1960年東北大学大学院学農学研究科農芸化学専攻博士課程修了、「界面に吸着せる細菌の研究」で農学博士。土壌微生物の研究を始める。東北大学農学研究所助教授、遺伝生態研究センター教授を務め、1996年定年退官、名誉教授、東京農業大学教授を務めた。水田、畑、草地、山林など、身近な環境にすむ土壌微生物の生態が研究テーマ。日本微生物生態学会会長を務めた。
稲葉 宏雄(いなば ひろお、1931年8月16日 - )は、… 稲葉 宏雄(いなば ひろお、1931年8月16日 - )は、教育学者、京都大学名誉教授。 岐阜県大垣市生まれ。1954年京都大学教育学部卒業。59年同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、京都女子大学文学部専任講師、65年助教授。1972年京都大学教育学部助教授、79年教授。88年教育学部長、95年定年退官、名誉教授、近畿大学生物理工学部教授。2000年龍谷大学文学部教授。2003年退職。
国嶋 一則(くにじま かずのり、1930年2月13日 - 2… 国嶋 一則(くにじま かずのり、1930年2月13日 - 2020年5月1日)は、日本の倫理学者。駒澤大学名誉教授。「伊吹 浄」の筆名をもつ。 1930年、岐阜県大垣市生まれ。愛知県立旭丘高等学校を卒業し、金沢大学法文学部に入学した。しかし、1952年に東京大学文学部倫理学科に転じ、1956年に卒業。同大学大学院に進み、金子武蔵に師事した。1959年、大学院比較文学比較文化課程に転じた。1965年、同博士課程を中退。 その後は、東京農業大学助教授に就いた。1969年より駒澤大学助教授。1970年に教授昇進。2000年に駒澤大学を定年退任し、名誉教授となった。
竹中 恵美子(たけなか えみこ、1929年11月19日 - … 竹中 恵美子(たけなか えみこ、1929年11月19日 - 2025年7月1日)は、日本の経済学者、大阪市立大学名誉教授。専門は労働経済学。戦後の女性労働研究のパイオニアとして知られる。 岐阜県大垣市出身。大阪商科大学(現・大阪市立大)卒。甲南大学助教授、1972年「現代労働市場の理論」で大阪市大経済学博士。1974大阪市立大教授。1993年定年退官、花園大学教授、龍谷大学教授。2001年 - 2007年ドーンセンター館長。2024年、瑞宝中綬章受章。 戦後日本の女子労働について研究。女性運動、自治体の政策立案にも参加。夫は姜在彦、長男は社会学者・早稲田大学教授の竹中均。 2025年7月1日、多臓器不全のため東京都内の病院で死去。
伊藤 勝彦(いとう かつひこ、1929年〈昭和4年〉7月13… 伊藤 勝彦(いとう かつひこ、1929年〈昭和4年〉7月13日 - 2015年〈平成27年〉1月14日)は、日本の哲学者、評論家。埼玉大学名誉教授。文学博士。 岐阜県大垣市生まれ。1953年(昭和28年)に東京大学文学部哲学科を卒業。1960年(昭和35年)、同大学院博士課程中退、東大文学部助手。1963年(昭和38年)、北海道大学文学部助教授。1972年(昭和47年)、埼玉大学教養学部教授。1988年(昭和63年)、埼玉大学名誉教授。東京女子大学文理学部教授、1998年(平成10年)退任。 1972年(昭和47年)「デカルトの人間像」で東大文学博士。デカルト、パスカル哲学専攻ながら文学への関心が強く、三島由紀夫に心酔し、文芸評論も書く。
子安 勝(こやす まさる、1927年(昭和2年)5月18日 … 子安 勝(こやす まさる、1927年(昭和2年)5月18日 - 2008年(平成20年)4月8日)は、日本の学者。専門は騒音。 1927年5月18日、岐阜県大垣市生まれ。1947年、静岡高等学校理科卒業。1950年3月、東京大学第二工学部物理工学科卒業。同年4月、小林理学研究所入所。1952年4月、東京大学理工学研究所助手。1956年7月、再び小林理学研究所に入所。1965年8月、同所主任研究員。1971年10月、同所所長。1983年10月、音響工学研究所代表取締役。1992年4月から1998年3月まで、千葉工業大学教授。 1984年から1986年まで日本騒音制御工学会会長を、1987年から1989年まで日本音響学会会長を、それぞれ務めた。
内藤 吐天(ないとう とてん、1900年2月5日 - 197… 内藤 吐天(ないとう とてん、1900年2月5日 - 1976年5月12日)は、岐阜県出身の俳人、薬学者。本名は多喜夫。別名に龍膽寺旻、別号に萱雨亭(けんうてい)がある。 岐阜県大垣市生まれ。東京帝国大学薬学科卒。のち名古屋市立大学薬学部長、名城大学薬学部教授などを歴任。岡山六高時代より志田素琴、大須賀乙字に俳句を学び、「獺祭」「草上」「東炎」などに関わる。1946年に「早蕨」を創刊・主宰。「野薊にぴしりぴしりと夕立来ぬ」「あたたかな案山子を抱いて捨てにゆく」など、格調の高い句風で知られたが、晩年はより自由な作風になった。句集に『落葉松』『雨滴声』『早蕨』『鳴海抄』『点心』『臘八』など。また詩を日夏耿之介に師事し、海外の小説や詩集の翻訳もある。
吉益 脩夫(よします しゅうふ、1899年(明治32年)7月… 吉益 脩夫(よします しゅうふ、1899年(明治32年)7月11日 - 1974年(昭和49年)7月14日)は、日本の医学者・精神科医。犯罪学や精神鑑定など幅広く活用されている犯罪生活曲線の開発者である。 岐阜県大垣市出身。大垣中学校、第六高等学校を経て、1924年(大正13年)東京帝国大学医学部卒業。呉秀三門下となり、同大学精神病学教室助手、東京府立松沢病院に勤務。1925年(大正14年)東京帝国大学文学部大学院へ入学し、1931年(昭和6年)同大学大学院心理学専攻卒業。在学中、市ヶ谷刑務所精神考査嘱託を始めとし、豊多摩刑務所、小菅刑務所にて犯罪学研究に従事する。1936年(昭和11年)東京帝国大学脳研究室創設に際し、講師として着任。
高橋 信司(たかはし のぶし、1899年6月6日 - 197… 高橋 信司(たかはし のぶし、1899年6月6日 - 1971年11月15日)は、日本の社会科学者。同志社大学法学部卒業、高知短期大学名誉教授。専門は政治史・政治思想史・比較憲法。 岐阜県大垣市出身。同志社大学法学部で、高木庄太郎に政治史を学ぶ。1924年(大正13年)、法学部を卒業。同志社大学法学部で政治史の講師を務める。 1928年(昭和3年)から1929年(昭和4年)にかけ、同志社で法学部教授会と理事会(津下紋太郎、西村金三郎ら)との対立が生じた際に、高橋貞三講師とともに学生新聞で理事会を激しい言葉で批判した。理事会から「自発的辞表」提出を要求され、能勢克雄教授とともに解任させられた。これに対して法学部教授会は連名で理事会を批判した。
松井 直吉(まつい なおきち、1857年8月14日(安政4年… 松井 直吉(まつい なおきち、1857年8月14日(安政4年6月25日) - 1911年(明治44年)2月1日)は明治時代の日本の化学者。理学博士。 第三高等中学校(京都大学の前身の一つ)教頭、文部省専門学務局長、東京化学会(日本化学会の前身の一つ)会長、東京帝国大学(東京大学の前身)農科大学長・総長を歴任した。 以上のことから文展審査員となっている。 弟は国文学者の和田万吉。 また、松井は8男8女の計16子をもうけているが、8男で山上家の養子となった山上八郎は、日本の甲冑についての研究で知られている。