溜池 一太(ためいけ いった、2003年〈平成15年〉9月2… 溜池 一太(ためいけ いった、2003年〈平成15年〉9月23日 - )は、滋賀県野洲市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。洛南高等学校、中央大学文学部卒業。SGホールディングス陸上競技部所属。 全国高校駅伝には2度出場。2年時は7区で区間4位、3年時は1区で5位だった。 チームとして9年ぶりの出場となった第34回出雲駅伝では5区を区間2位で走り、総合3位に貢献した。 第99回箱根駅伝では1区を担当。関東学生連合の新田颯以外は一団となって進む展開となる。終盤のスパート合戦の末、トップとは16秒差の区間4位で襷を渡した。中央大学は2区・吉居大和、3区・中野翔太が連続で区間賞を獲得する活躍もあり、往路は2位でフィニッシュ。
田中 雄大(たなか ゆうだい、1999年7月9日 - )は、… 田中 雄大(たなか ゆうだい、1999年7月9日 - )は、滋賀県野洲市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・福島ユナイテッドFC所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。 地元の野洲JFC、FC湖東でプレーし、膳所高等学校を経て京都大学農学部応用生命科学科に進学し、同大学の体育会サッカー部でプレーした。京大卒業後、当時関西サッカーリーグ1部のおこしやす京都ACに加入。2024年、東北社会人サッカーリーグ1部のみちのく仙台FCで公式戦15試合に出場。 2024年12月24日、J3リーグの福島ユナイテッドFCへ完全移籍での加入が発表され、これによって京都大学卒業生で初のJリーガーが誕生した。また、Jリーグで通算4人目となる「田中雄大」選手の誕生であり、最初に選手登録された「田中雄大」とは出身地が同じ滋賀県野洲市、2人目の「田中雄大」とはポジションが同じゴールキーパー、3人目の「田中雄大」とは誕生年が同じ1999年生、と偶然が重なっている。
山本 悠樹(やまもと ゆうき、1997年11月6日 - )は… 山本 悠樹(やまもと ゆうき、1997年11月6日 - )は、滋賀県野洲市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・川崎フロンターレ所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 野洲JFC、SAGAWA SHIGA FOOTBALL ACADEMY ジュニアユース、FC湖東を経て、草津東高校へ進学。高校年代屈指の司令塔として注目を集め、高校3年次にはセレッソ大阪の練習に参加したが、山口蛍らにレベルの差を見せつけられ、プロ入りを断念。関西学院大学へ進学し、大学では3年次の秋にトップ下からボランチへとコンバートされた。2019年6月、2020年からのガンバ大阪へ加入が内定。同年7月には、ユニバーシアード日本代表に選出されて、ユニバーシアードで金メダルを獲得した。
松崎 莉沙(まつざき りさ、1996年11月17日 - )は… 松崎 莉沙(まつざき りさ、1996年11月17日 - )は、日本の女優、歌手。 滋賀県野洲市出身。近江兄弟社中学校・高等学校卒業。大阪音楽大学短期大学部ミュージカルコース入学、在学中にトライストーン・エンタテイメントに所属することとなり上京。 2014年、テレビ朝日「お願い!ランキング」、テレビ東京「THEカラオケバトル」出演。日本テレビ「第二回全日本歌唱力選手権 歌唱王」決勝進出。 2015年「レ・ミゼラブル×帝劇 のどじまん・思い出じまん大会」本戦出場。父親と「プリュメ街」を歌唱。2017年〜2019年 コーラスグループ『Roys』で活動2021年4月、ミュージカル『ミュージカル『薄桜鬼 真改』〜相馬主計篇〜』に雪村千鶴役で出演、女優デビュー。
沢田 時(さわだ とき、1994年1月12日 - )は、滋賀… 沢田 時(さわだ とき、1994年1月12日 - )は、滋賀県野洲市出身の自転車競技(マウンテンバイククロスカントリー、シクロクロス、ロードレース)選手である。2016年および2020年全日本選手権自転車競技大会シクロクロス、2021年および2024年全日本マウンテンバイク選手権の優勝者である。 妻は2015年と2016年の全日本選手権自転車競技大会シクロクロス女子エリート優勝の坂口聖香。 父親の影響で自転車を始めて、父と一緒に小学校3、4年から琵琶湖1周などをしていた。小学五年の時に出た初の自転車レースで3位表彰台に乗ったことがきっかけで競技にのめり込む。 2008年、14歳以上の競技資格を得るとともにジャパンシリーズに参戦。
田中 雄大(たなか ゆうだい、1988年8月8日 - )は、… 田中 雄大(たなか ゆうだい、1988年8月8日 - )は、滋賀県野洲市出身。元プロサッカー選手。ポジションはDF。 滋賀県立野洲高等学校2年時に第84回全国高等学校サッカー選手権大会で滋賀県勢初の全国優勝を果たし、一学年上の楠神順平、青木孝太、同期の乾貴士らとともにセクシーフットボールを合言葉にした同校の主力メンバーとして活躍した。 2011年、関西大学から川崎フロンターレに入団。 2012年8月、栃木SCへ期限付き移籍。 2013年、ガイナーレ鳥取に期限付き移籍。 2014年、水戸ホーリーホックに完全移籍。 2016年、ヴィッセル神戸に完全移籍。 2017年、北海道コンサドーレ札幌に完全移籍。
荒堀 謙次(あらぼり けんじ、1988年7月31日 - )は… 荒堀 謙次(あらぼり けんじ、1988年7月31日 - )は、滋賀県野洲市出身のサッカー選手。ポジションはMF及びDF。 滋賀県立野洲高等学校2年時に第84回全国高等学校サッカー選手権大会で滋賀県勢初の全国優勝を果たし、一学年上の楠神順平、青木孝太、同期の乾貴士らとともにセクシーフットボールを合言葉にした同校の主力メンバーとして活躍した。 2011年、同志社大学から横浜FCへ入団。2011年4月30日、J2第9節の湘南ベルマーレ戦でプロ初ゴールを決めた。 2012年、栃木SCへ移籍。 2013年、湘南ベルマーレへ移籍。 2014年8月、古巣栃木SCへ期限付き移籍で復帰。シーズン終了後に完全移籍。
安藤 淳(あんどう じゅん、1984年10月8日 - )は、… 安藤 淳(あんどう じゅん、1984年10月8日 - )は、滋賀県野洲市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF、MF。 関西大学在籍時の2006年、京都パープルサンガの特別指定選手となる。2007年に京都に入団。元々はボランチを務めていたが、大木武が監督に就任した2011年からは中盤に加えてセンターバックやサイドバックまでこなすユーティリティープレイヤーとして開花した。2013年より主将に抜擢される。 2014年よりセレッソ大阪に完全移籍。しかし出場機会が少なく、2015年6月に松本山雅FCへの完全移籍が発表された。2017年シーズン末、松本山雅FCより契約期間の満了が発表。同年12月に行われたJリーグ合同トライアウトに出場した 2018年、愛媛FCへ完全移籍。
井狩 善文(いかり よしふみ、1984年6月18日 - )は… 井狩 善文(いかり よしふみ、1984年6月18日 - )は、日本の俳優・モデル。滋賀県野洲市出身。身長188cm。 滋賀県出身。大学を卒業後、地元の企業に就職。2年間営業職を務めた後、リッシュモデルスクールに入学。卒業後、モデル事務所フレスカに所属。事務所所属後、すぐに受けた舞台のオーディションに合格した事をきっかけに俳優活動も開始する。
桜井 広大(さくらい こうだい、1983年7月1日 - )は… 桜井 広大(さくらい こうだい、1983年7月1日 - )は、滋賀県野洲郡野洲町(現:野洲市)出身の元プロ野球選手(外野手、右投右打)、コーチ・監督。 滋賀県野洲郡野洲町(現在の野洲市)で生まれる。小学校3年時に野球経験のある父の影響で野球を始め、三上スポーツ少年団で滋賀県大会優勝。小学6年生の時点で身長170cmに成長していた。野洲町立野洲中学校時代は滋賀野洲ボーイズに所属し、関西選抜として世界大会3位。3年時に陸上競技の3種競技A(走高跳、砲丸投、100 m)で県大会優勝。 1999年にPL学園高校へ入学。1年秋からベンチ入りすると、2年時には第82回全国高等学校野球選手権大会に出場。高校通算26本塁打。
前田 雅文(まえだ まさふみ、1983年1月25日 - )は… 前田 雅文(まえだ まさふみ、1983年1月25日 - )は、滋賀県野洲市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。愛称は前さん、前ちゃん。現役時代のポジションはミッドフィールダー、フォワード。 地元のセゾンFC、野洲高校(同期に田中大輔らがいる)を経て、2001年に関西大学に進学。在籍時の2003年には、特別指定選手として名古屋グランパスエイトへ選手登録され、公式戦出場はなかったがサテライトリーグに出場した。また同年8月にはユニバーシアード・大邱大会の日本代表メンバーに選出され、中盤のポジションで活躍し、日本の大会連覇に貢献した。 大学を卒業した2005年にJ1・ガンバ大阪に加入。初めてベンチ入りした第7節・FC東京戦にて途中出場で公式戦デビューを果たす。
高木 和道(たかぎ かずみち、1980年11月21日 - )… 高木 和道(たかぎ かずみち、1980年11月21日 - )は、滋賀県野洲市出身の元サッカー選手、指導者。ポジションはディフェンダー(センターバック)。元日本代表。2026年からはIKOMA FC 奈良の監督を務める。 野洲市で生まれ育ち、小学校3年生のときにサッカーを始める。高校時代は滋賀県立草津東高等学校で2年時からレギュラーとして活躍するが、全国的にはそれほど有名な選手ではなかった。3年生からセンターバックとしてプレーする。この頃から空中戦には絶対の自信を持つようになる。1999年に当時、関西学生リーグ2部であった京都産業大学に進学。元々プロサッカー選手を目指すつもりはなく、大学卒業と共にサッカーを辞める予定だった。
二代目 上村 折乃助(かみむら おりのすけ、1980年〈昭和… 二代目 上村 折乃助(かみむら おりのすけ、1980年〈昭和55年〉8月2日 - )は歌舞伎役者。女方。屋号は美吉屋。定紋は折敷型世の字()。歌舞伎名跡「上村折乃助」の当代。本名は竹村 真吾(たけむら しんご)。 滋賀県野洲市出身、身長173cm、滋賀県立大津商業高校卒。2001年、『上方歌舞伎塾』第2期修了。 初舞台は同年5月、大阪松竹座『五月花形歌舞伎』の「通し狂言 怪談敷島譚」の詰袖新造の1人として、竹村真吾の名で勤めた。 同じく12月、六代目上村吉弥に入門し、京都四條南座『當る牛歳 吉例顔見世興行 十代目坂東三津五郎襲名披露』の「ぢいさんばあさん」の腰元および「助六桜の二重帯」の新造の2役にて、上村純弥を名のる。
西川 貴教(にしかわ たかのり、本名同じ、1970年9月19… 西川 貴教(にしかわ たかのり、本名同じ、1970年9月19日 - )は、日本のミュージシャン、歌手、作詞家、俳優、声優、タレント、ラジオパーソナリティ、実業家。滋賀県彦根市生まれ、滋賀県野洲市出身。単独での所属事務所はディーゼルコーポレーションで、自らが代表取締役を務める。マネージメントの業務提携はパーフィットプロダクションが行っている。血液型はA型。身長161cm。
重夫(しげお、1966年(昭和41年)1月25日 - )は、… 重夫(しげお、1966年(昭和41年)1月25日 - )は、大相撲の呼出。九重部屋所属、滋賀県野洲市出身、本名は谷口卓美(たにぐち たくみ)。現在は三役呼出を務めている。 中学3年の2月、体格の良い友達の元に北の富士がやって来る予定だと聞いたので、北の富士に会おうとその子の家に遊びに行った。その子は力士になる気などさらさらなく、谷口少年の方が相撲に興味があり、谷口少年は北の富士にいろいろと質問をぶつけた。すると北の富士から博識さを買われ、呼出になるように勧誘を受けた。既に私立高校へに合格していたため最初は勧誘を社交辞令だと受け止めていたが、その後も連絡が北の富士から来るので悩んだ末に1度東京で勝負しようかと決断した。
山仲 善彰(やまなか よしあき、1950年(昭和25年)11… 山仲 善彰(やまなか よしあき、1950年(昭和25年)11月1日 - 2024年4月28日)は、日本の政治家。元滋賀県野洲市長(3期)。 滋賀県野洲市出身。同志社大学卒業。1977年(昭和52年)4月、滋賀県庁に入庁。知事公室長、琵琶湖環境部長、県理事などを歴任した。 2008年(平成20年)7月、滋賀県庁を退職。同年10月12日に行われた野洲市長選挙に、前市長の山崎甚右衛門の後継者指名と連合滋賀の推薦を受けて立候補。元市議の藤村洋二、元市議の荒川泰宏、元市職員の舩橋登志夫ら3候補を破り初当選を果たした(山仲:8,044票、藤村:6,449票、荒川:5,083票、舩橋:2,010票)。投票率は55.91%だった。
木村 晟(きむら あきら、1934年4月7日 - )は、日本… 木村 晟(きむら あきら、1934年4月7日 - )は、日本の国語学者、駒澤大学名誉教授。 滋賀県中主町(現野洲市)生まれ。近江兄弟社学園を経て、1957年日本大学文学部国文学科国語学専攻卒業。桜美林大学講師、神戸女子大学助教授、駒澤大学文学部助教授、教授、2002年「中世韻書の基礎的研究」で日大文学博士。2005年駒沢大を定年退職、名誉教授。近江野田教会は母教会。東京都東久留米市の久留米キリスト教会会員。 日本の古辞書の研究が専門だが、近江兄弟社に関する単著がある。
山崎 甚右衛門(山﨑 甚右衞門、やまざき じんうえもん、19… 山崎 甚右衛門(山﨑 甚右衞門、やまざき じんうえもん、1934年〈昭和9年〉1月17日 - 2025年〈令和7年〉10月25日)は、日本の政治家、元滋賀県野洲町長(3期)・野洲市長(1期)。 滋賀県野洲市出身。滋賀県立野洲高等学校卒。野洲町役場に入り、総務部長、助役などを経て、1995年の野洲町長選挙で野洲町長に当選した。町長を3期務め、2004年野洲町は合併により野洲市が発足。合併後の市長選挙に立候補し、無投票で当選。野洲市長を1期務め、2008年に退任した。2009年、旭日小綬章受章。 2025年10月25日、うっ血性心不全のため守山市内の病院で死去。91歳没。叙従五位。
北村 春吉(きたむら はるきち、旧姓:藤井、1897年3月1… 北村 春吉(きたむら はるきち、旧姓:藤井、1897年3月1日 - 1996年12月19日)は、滋賀県野洲市出身の数学者、旧制専門学校校長、予備校講師、サッカー選手。 1897年、滋賀県野洲郡野洲町(現:野洲市)富波甲に生まれた。滋賀師範学校(現・滋賀大学)在籍時に恩師の落合秀保と出会い、サッカーを始めた。1916年3月、滋賀師範学校卒業。 その後、東京高等師範学校に入学し、蹴球部(現:筑波大学蹴球部)に所属。在学中の1917年に第3回極東選手権大会の日本代表に佐々木等や武井群嗣らと共に選出され、2戦目のフィリピン代表戦で2得点を決めた。なお、この得点が日本代表の初得点となった(試合は2-15で敗れ、日本代表の最大差敗戦試合となっている)。
都家 文雄(みやこや ふみお、1893年3月1日 - 197… 都家 文雄(みやこや ふみお、1893年3月1日 - 1971年5月4日)は大正・昭和期の漫才師。本名・苗村 正次。 世相を槍玉に上げては、とんちんかんな難癖を付ける「ぼやき漫才」の創始者。 滋賀県三上山の麓に生まれる。父は興行師だったとされる。落語家を志し、1912年に桂三路(後の2代目三遊亭圓若)門下で桂歌路を名乗る。同年、神戸新開地・千代廼座で初舞台。落語家時代は、端席で出ることが多かった。24歳のときに、のちに相方となる静代と結婚。 大正に入ると、上方落語は凋落期に入った。当時の落語家は所属事務所から漫才師への転身をすすめられる事例が多かった。歌路も例外ではなく、1921年に「都家文雄」に改名し、漫才師に転身。
大岡 利右衛門(おおおか りえもん、天保3年1月4日(183… 大岡 利右衛門(おおおか りえもん、天保3年1月4日(1832年2月5日) - 大正元年(1912年))は、明治時代の農業家。米の品種改良を独力で行い、また苗の正条植えを普及させ、滋賀県の農業育成に努めた。緑綬褒章受章者。 大岡利右衛門は、天保3年1月4日(1832年2月5日)に近江国野洲郡比留田村(後の中里村、現滋賀県野洲市比留田)で大工を営む傍ら農業を行う、大岡宇八と妻浪の第三子として誕生した。利右衛門が育った近江湖南地域では少年時に近江天保一揆が起こり、米作りに生きる村人約4万人が自分達の生活を守るために命がけで立ちあがった。利右衛門は近江天保一揆で農民が立ち上がったことに、深く感動していたことが伝えられている。
広瀬 宰平(ひろせ さいへい、文政11年5月5日(1828年… 広瀬 宰平(ひろせ さいへい、文政11年5月5日(1828年6月16日) - 大正3年(1914年)1月31日)は、初代住友総理人である。明治期の大阪財界の大立者。位階は従六位勲四等。 広瀬宰平は、近江国野洲郡八夫村(現滋賀県野洲市)の旧家・北脇家の次男として生まれた。幼名・駒之助、維新後は宰平と改名した。 9歳のとき、別子銅山の支配人をしていた叔父の北脇治右衛門に連れられて別子に移り、11歳のときに別子銅山に奉公にあがった。1855年、家長・住友吉左衛門の推薦で、元住友江戸店の支配方であった伊予国新居郡金子村久保田(現・新居浜市)の広瀬義右衛門の養子となる。1865年、別子銅山の近代化を訴えた宰平は、家長により別子銅山の総支配人に抜擢される。
間宮 くるみ は、日本の女性声優。滋賀県野洲郡野洲町 出身。… 間宮 くるみ は、日本の女性声優。滋賀県野洲郡野洲町 出身。81プロデュース所属。
結城 弘 (ゆうき ひろ)は、日本のライトノベル作家、ライタ… 結城 弘 (ゆうき ひろ)は、日本のライトノベル作家、ライター。滋賀県野洲市出身。大阪文学学校卒。 2026年に『二十世紀電氣目録』は京都アニメーションにより『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』のタイトルでアニメ化された。