小堤 一明(こづつみ かずあき、1955年4月11日 - )… 小堤 一明(こづつみ かずあき、1955年4月11日 - )は、日本の映像作家、アニメーター、アニメーション監督、イラストレーター。 青山学院大学理工学部物理学科卒。日本アニメーション協会(JAA)会員。神奈川県横浜市出身。 「こづつみPON」 (こづつみポン)名義として活動することもある。 青山学院大学理工学部物理学科卒業後、月岡貞夫に師事し、アニメーションの道へ進む。東映動画のプロアニメーター育成のための「アニメーション講座」第1期生。 1980年から「小堤一明」名義で活動していたが、2008年頃以降、「こづつみPON」名義で活動。なお、名義は併用している時もある。 また、イラストレーターとしても活動しており、「のびのびノンちゃん」シリーズなどの絵本や『みんなのうた』テキスト表紙イラストを手がける。
高田 明美(たかだ あけみ、1955年3月31日 - )はア… 高田 明美(たかだ あけみ、1955年3月31日 - )はアニメや装幀画で活動する日本のイラストレーター、宝飾デザイナー。
井筒 啓之(いづつ ひろゆき、1955年3月6日-)は、日本… 井筒 啓之(いづつ ひろゆき、1955年3月6日-)は、日本のイラストレーターである。東京イラストレーターズ・ソサエティ元理事長。 香川県高松市生まれ、東京育ち。セツ・モードセミナー卒業。1984年日本イラストレーション展入選。1986年長沢節に師事。1998年講談社出版文化賞受賞。2001年クリエイションギャラリーG8で個展。2005年日本橋髙島屋画廊で個展。書籍の装丁イラストレーションを多数手がけている。東京表参道の青山ブックセンターにおいてイラストレーション教室「青山塾」の講師を務める。ガッシュを使用した写実的な絵柄が特徴。 その他文芸誌にさし絵を多数連載。
原 マスミ(はら マスミ、男性、1955年2月27日 - )… 原 マスミ(はら マスミ、男性、1955年2月27日 - )は、日本のシンガーソングライター、イラストレーター、画家。千葉県館山市出身。 1976年からライブ活動を始め、1982年にデビュー。ユピテルレコードおよび徳間ジャパンより作品を発表する。独特の声質から現在は、ナレーターや声優などの活動も行っている。イラストレーターとしてはよしもとばなな作品の挿画で知られる。
米田 仁士(よねだ ひとし 1955年 - )は、日本のイラ… 米田 仁士(よねだ ひとし 1955年 - )は、日本のイラストレーターである。 大阪星光学院高等学校卒業本人のツイートより京都市立芸術大学中退後、黎明期からゲーム関係のイラストレーターとして活動。主にファンタジーやSF関係の書籍・ゲームなどで活動している。 第25回星雲賞アート部門の受賞者。妻はモンスターメーカーシリーズのイラストで知られるイラストレーターの九月姫。 特に記載のないものは、イラストを提供した作品。 トクマ・ノベルズEdge 富士見ファンタジア文庫 フォア文庫(児童書)
石川 えりこ(いしかわ えりこ、1955年 - )は、フリー… 石川 えりこ(いしかわ えりこ、1955年 - )は、フリーイラストレーター、絵本作家。福岡県嘉麻市出身。 画家であった祖父の影響で絵を描き始め、九州造形短期大学デザイン学科卒業後、研究生として絵本制作を学ぶ。福岡市、静岡市、仙台市の広告代理店勤務を経てフリーのイラストレーターとなる。炭鉱町で育った幼少期の体験をもとに描いた『ボタ山であそんだころ』(福音館書店)にて、2015年に第46回講談社出版文化賞を受賞。主な仕事に、日本相撲協会ポスター4本シリーズ、九州全県観光ポスター7県シリーズ、「幼稚園ママ」巻頭見開きイラスト連載(朝日新聞出版社)などがある。挿絵を担当した作品が文学賞を受賞することも多い。
志水 圭(しみず けい、1954年4月12日 - 2009年… 志水 圭(しみず けい、1954年4月12日 - 2009年8月18日)は、東京都出身の漫画家・イラストレーター。SF・歴史ファンタジーを得意とする女流マンガ家。 日本大学芸術学部卒。学生時代から創作集団作画グループに参加、先輩漫画家のアシスタントや合作の主要メンバーとして活躍。1980年前後よりテレビ番組向けイラスト製作や児童マンガでキャリアをスタートさせる。1982年に『エリキサー305』(東京三世社刊「SFマンガ競作大全集」)で雑誌デビュー。同誌にてスペースオペラ『ザ・スターリングマン』を連載した。 代表作に美形の賞金稼ぎの活躍を描いたスペースオペラ『蒼き宇宙より君へ』がある。80年代からライフワーク『時空間神話』を執筆。
佐野川 暢(さのがわ とおる、1954年2月5日 - )は、… 佐野川 暢(さのがわ とおる、1954年2月5日 - )は、日本のイラストレーター。山梨県身延町出身。活動名はToru Sanogawa。 次男は元野球選手の佐野川リョウ。 身延町立身延小学校、静岡市立清水第二中学校、静岡県立清水南高等学校卒業。 1975年、日本大学経営学科在学時に月刊少年ジャンプ新人賞を受賞。「佐野川のぼる」のペンネームで漫画家としてデビュー。『ジュンゾウ』『すもう大将』の2作品を発表するが大学卒業時に漫画家を引退。 大学卒業後は子供服アパレル株式会社ホームタウンに入社。以後、20年以上子供服デザイナーとして活動。ホームタウン在籍中にセツ・モードセミナーの夜間部で水彩画とイラストを学ぶ。
塩浦 信太郎(しおうら しんたろう、1954年 - )は、群… 塩浦 信太郎(しおうら しんたろう、1954年 - )は、群馬県太田市出身のイラストレーター、カラクリ作家、映像作家。群馬県太田市武蔵島町の生まれる(新田郡尾島町武蔵島)。信出版(電子書籍出版社)SHIO-KARA塩浦カラクリを主宰。若い頃露天商をしながら、日本各地を旅し様々な経験をし、その後世界各地へと足を伸ばしヨーロッパ各地、アフリカ、インド、オーストラリア、アメリカ、南米、モンゴル、中国、韓国、タイ、アフリカなどを旅をしその経験を書籍にして出版、現在なネイティブアメリカンの文化に焦点を当て著作、創作活動を行っている、また各地の博物館や美術館、また百貨店などでもカラクリ作品の展示、販売も行いながら創作活動を行っている。
石倉 淳一(いしくら じゅんいち、1954年 - 2007年… 石倉 淳一(いしくら じゅんいち、1954年 - 2007年9月6日)は、日本の漫画家、イラストレーター。 北海道函館市出身。獨協大学卒業後、「小さい花のテレジア」の挿絵でイラストデビューを飾る(1980年)。のち1983年に『月刊少年ジャンプ』誌上で「わてがナニワの太子だす」を連載開始。同年、月間ギャグマンガ賞佳作を受賞。 幅広い読者層に支持され、漫画、専門書など様々な媒体で創作活動を行った。 2007年9月6日、脳腫瘍のため都内病院で永眠。享年53。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
内田 善美(うちだ よしみ、1953年10月28日 - )は… 内田 善美(うちだ よしみ、1953年10月28日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。山梨県出身。女子美術大学出身。1974年から1986年にかけて約12年間にわたって漫画家として活動した。代表作は『星の時計のLiddell』、「草迷宮・草空間」、「空の色ににている」など。 美術系の大学に在学中の1974年、マンガ誌『りぼん』の新人賞に投稿した「すみれ色の季節に」が大賞を受賞。同年「なみの障害物レース」(『りぼん』1974年7月号)でプロデビューする。卒業制作で忙しくなるまで、一条ゆかりのアシスタントをしていた。内田に紹介されて代わりに一条のアシスタントになった松苗あけみは、内田は一条の『5愛のルール』(雑誌『りぼん』1975年5月号 - 12月号掲載)で背景などを描いていたと述べた。
すやま としお(本名:陶山 寿雄(読み同じ)、1953年9月… すやま としお(本名:陶山 寿雄(読み同じ)、1953年9月11日 - )は、主に山陰地方で活動するタレント、シンガーソングライター、イラストレーター。 愛称は「すーさん」。 鳥取県倉吉市出身、同県米子市在住。血液型はA型。星座はおとめ座。 1974年 中京大学在学中、女性2人・男性4人(当時)からなるバンド「国士無双」でヤマハポピュラーソングコンテストに参加し、ヤマハリゾートつま恋で行われた全国大会に出場。1975年 バンド「国士無双と陽炎」を結成し、シングル「飛騨の里」でキャニオンレコードよりプロデビュー。この時点でのメンバーは、陶山(国士無双)、常磐俊次・須賀保中(陽炎)の3人となっている。
原 ゆたか(はら ゆたか、本名:原 裕。1953年〈昭和28… 原 ゆたか(はら ゆたか、本名:原 裕。1953年〈昭和28年〉4月28日 - )は、日本の児童文学作家、イラストレーター。熊本県出身。妻は絵本作家の原京子。 小学校時代は東京都北区赤羽台に住んだ。高校時代には兵庫県姫路市に住んでおり、よく姫路城の写真を撮っていた(兵庫県立鳴尾高等学校を卒業)。現在は東京都港区に在住している。 1973年、20歳でイラストレーターとしてデビュー。児童書の挿絵を手がけていたが、「絵を使ってページをめくる楽しさをもっと演出できるのでは」と思い、「レイアウトもすべてやらせて欲しい」と出版社に申し出たところ、「じゃあ描いてごらん」と言われたことからすべて自ら描くことになった。
開田 裕治(かいだ ゆうじ、1953年〈昭和28年〉3月26… 開田 裕治(かいだ ゆうじ、1953年〈昭和28年〉3月26日 - )は、日本のイラストレーター。「怪獣絵師」の異名を取る。 兵庫県生まれ。大阪府立千里高等学校卒業。京都市立芸術大学卒業。東京都在住。 日本SF作家クラブ会員だったが、2023年4月現在は、会員名簿に名前がない。と学会会員。 妻は官能小説家である開田あや。彼女もと学会の会員であり、またコスプレイヤーの顔を持つ。1997年、第36回日本SF大会「AKICON」において、暗黒星雲賞コスチューム部門を受賞している。 フリーのイラストレーターとして、怪獣やロボットなどのイラストを、プラモデルや映像ソフト、音楽ソフトのパッケージ、雑誌、単行本、ポスター、ゲームソフトなどのために制作。
五十嵐 仁之(いがらし ひとし、1953年(昭和28年)1月… 五十嵐 仁之(いがらし ひとし、1953年(昭和28年)1月11日 - )は、日本の画家、イラストレーター。山形県山形市生まれ。日本大学藝術学部美術学科油絵科卒業。三陽商会広告宣伝室を経て、現在、東京都渋谷区で有限会社スタジオ ジャングル・ジム代表。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
東 逸子(あずま いつこ、1953年 - 2025年[要出典… 東 逸子(あずま いつこ、1953年 - 2025年[要出典])は、日本のイラストレーターであり、作家。 佐賀県生まれ。1976年(昭和51年)東京芸術大学美術学部卒、ヨーロッパ風の幻想的な画風で早くから評価され、挿絵、表紙絵などで活躍。自らも幻想物語を執筆し、絵を添えることもある。初期の代表作として新書館のリヒャルト・ワーグナー作品の挿絵がある。
中山 庸子(なかやま ようこ、1953年〈昭和28年〉 - … 中山 庸子(なかやま ようこ、1953年〈昭和28年〉 - )は、日本のエッセイスト、イラストレーター。プロデューサー・演出家ならびに映画監督である堀川とんこうは従兄。 1953年、群馬県に生まれる。群馬県立前橋女子高等学校、女子美術大学を卒業後、セツ・モードセミナーに学び、美術教育と視覚表現の基礎を修めた。高校で美術教師として勤務したのち、37歳で退職し、イラストレーターとして独立。書籍や雑誌の挿絵を手がけながら、1995年に『願いがかなう「夢ノート」のつかいかた』(大和出版)を刊行し、エッセイストとしての活動を開始した。 「夢ノート」は、願望を可視化し行動に結びつける手法として注目され、自己実現を志す女性層を中心に支持を集めた。
秋山 孝(あきやま たかし、1952年5月18日 - 202… 秋山 孝(あきやま たかし、1952年5月18日 - 2022年1月18日)は日本のイラストレーター・グラフィックデザイナー・イラストレーション学研究家。新潟県立長岡商業高等学校、多摩美術大学を卒業し東京藝術大学大学院を修了。多摩美術大学教授。秋山孝ポスター美術館長岡館長を務めた。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
鴨沢 祐仁(かもさわ ゆうじ、1952年1月7日 - 200… 鴨沢 祐仁(かもさわ ゆうじ、1952年1月7日 - 2008年1月12日頃、本名:鴨澤祐仁)は、日本の漫画家、イラストレーター。岩手県北上市出身。岩手大学教育学部特設美術科中退。 別ペンネームに鴨沢ユージ、鴨沢祐二、カモノハシ悠次郎があり、“祐”の表記がころもへんにみぎのため、鴨沢“裕仁”と誤記されることも多い。一時期「かもざわゆうじ」と称していたこともある。鴨沢佑二という表記も見られるが、本人があえて使っていたのか、誤記なのか不明。雅号としては鴨葱堂も使用している。 1971年『黒の手帖』誌上にて、「珍奇版 愛の絵本」でイラストデビュー。1975年マンガ雑誌『ガロ』4月号にて『クシー君の発明』でマンガ家デビュー。
佐野 一彦(さの かずひこ、1952年 - 2011年)は、… 佐野 一彦(さの かずひこ、1952年 - 2011年)は、日本出身のイラストレーター。全米のトップ・イラストレーターに15年連続選ばれており、1983年の映画『スター・ウォーズ ジェタイの復讐』の"Style B"ポスター(こちら)を手掛けた。
垂石 眞子(たるいし まこ、1952年 - )は、日本のイラ… 垂石 眞子(たるいし まこ、1952年 - )は、日本のイラストレーター・児童文学作家。 神奈川県茅ヶ崎市出身。多摩美術大学卒業。垂石真子、たるいしまこ名義でも活動している。 大学卒業後、サンリオに入社、資料室にあった外国の絵本を見て感銘を受ける。退社後に出産、育児で絵本に再び出会い児童文学の道へと進む。 1984年「あっぱれしゅじゅどん」のイラストでデビュー。作画する時は、パステル・水彩・クレヨン・色鉛筆・筆・竹ペンなどを使用している。 末吉暁子作「ぞくぞく村のおばけシリーズ」や、ディビッド・アドラー(英語版)作「名たんていカメラちゃん」、角野栄子作品などの絵本イラストを手がけているが、イラストのみではなく絵本作家としての活動も行っている。
加藤 直之(かとう なおゆき、1952年 - )は、日本のイ… 加藤 直之(かとう なおゆき、1952年 - )は、日本のイラストレーター。スタジオぬえ所属。静岡県浜松市出身。 日本SF作家クラブ会員。 装画家武部本一郎に影響され、SFイラストレーターを志す。千代田デザイナー学院在学時に同人会SFセントラルアートに入り、スタジオぬえ設立メンバーのひとりとなる。テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』ではぬえのメンバーと共にメカデザイン作業に参加した。 1974年、早川SFコンテスト・アート部門に1位入賞し、早川書房の「SFマガジン」やSF小説の表紙絵や挿絵を描き始める。文庫版『宇宙の戦士』のパワードスーツのイラストは日本のSF界に大きな影響を与えた。また、『銀河英雄伝説』では宇宙艦艇をデザインし、アニメ版のメカニックデザインも担当した。
ひさうち みちお(1951年11月17日 - )は、日本の漫… ひさうち みちお(1951年11月17日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、エッセイスト、俳優。京都府京都市出身。本名は久内道夫。1976年に、『パースペクティブ・キッド』が「ガロ」の新人賞に入選し、以後は同誌を中心に漫画作品を発表した。作画には製図ペンを用いる。『理髪店主の悲しみ』は2002年に映画化された。また、俳優として笑殺軍団リリパットアーミーや、映画・CMなどに出演している。
おおた 慶文(おおた けいぶん、本名・太田 慶文〈おおた よ… おおた 慶文(おおた けいぶん、本名・太田 慶文〈おおた よしふみ〉、1951年11月10日 - )は、日本の画家・イラストレーター。北海道羽幌町出身。北海道美深高等学校卒業。 子供や少女を描いた淡く抒情豊かな水彩画で人気が高い。多数の作品および画集を発表しているほか、雑誌・書籍の挿絵や大手企業の各種広告なども手がけ、個展でも多数の観客を集めている。 1981年サンリオ主催「詩とメルヘン第1回イラストコンクール」で最優秀作品賞を受賞。 1986年第12回サンリオ美術賞受賞。
山口 由美子(やまぐち ゆみこ、1951年3月7日 - 20… 山口 由美子(やまぐち ゆみこ、1951年3月7日 - 2008年6月18日)は、日本の編集者、ライター、イラストレーター。大阪府出身。 大学在学中の1971年に、村元武らと日本初の情報誌『プレイガイドジャーナル』の創刊に参加。編集を担当する他、誌面のADや表紙イラストも手がける。また、人気の書籍シリーズ「青春街図」の手書きの地図を描いた。1976年から1980年までは編集長。川崎ゆきお「猟奇王」やいしいひさいち「バイトくん」などの、漫画単行本の編集も担当した。 出産を機に退社し、フリー編集者に。「プガジャ」関連の仕事や、「チャンネルゼロ」でのいしいひさいちの単行本の編集などを担当する。また、「文房具探偵」を名乗り、様々な文房具についての文章を、雑誌コラムや、「チャンネルゼロ」のサイト等で発表していた。
おおや ちき(1950年〈昭和25年〉10月23日 - )は… おおや ちき(1950年〈昭和25年〉10月23日 - )は日本のイラストレーター、元漫画家。パズル作家。岐阜県出身。 本名は大矢千枝子。「大矢ちき」でデビューの後、現在の表記に改めた。愛知県立芸術大学卒業。 1972年、『りぼん』に『王子さまがいっぱい』でデビュー。1974年には自らの作品の執筆とともに、一条ゆかりの作品『デザイナー』のメインキャラクターのひとり「柾(まさき)」の作画を担当したり、大島弓子の『ロジオン ロマーヌイチ ラスコーリニコフ -罪と罰より-』のアシスタントを行ったりした。『りぼん』での活動は1975年の『回転木馬』が最後となった。 その後活動の場を『リリカ』に移し、1978年には『ぴあ』でイラストパズル「ぴあパノラマ館」を開始。
唐仁原 教久(とうじんばら のりひさ、1950年8月25日 … 唐仁原 教久(とうじんばら のりひさ、1950年8月25日 - 2022年7月6日)は、日本のイラストレーター、アートディレクター。太宰治作品をはじめとする新潮文庫の装丁や、無印良品のポスターなど幅広く手掛けた。 鹿児島県薩摩川内市祁答院出身。祁答院町立大村中学校(現:薩摩川内市立祁答院中学校)で美術教諭だった日本画家・水墨画家の芝龍郎に絵を学ぶ。鹿児島県立宮之城高等学校(現:鹿児島県立薩摩中央高等学校)、大阪芸術大学芸術学部デザイン学科卒業。 1984年デザイン事務所「Happy Birthday Company(有限会社ハッピー・バースディ・カンパニー)」設立。1985年HB Gallery開廊。
制野 秀一(せいの しゅういち、1950年7月21日 - 2… 制野 秀一(せいの しゅういち、1950年7月21日 - 2005年8月21日)は、山形県山形市出身の漫画家、イラストレーター。別名:せいの秀一、生田正次。 漫画家を目指し、高校を中退して上京。横山まさみち・つのだじろう・赤塚不二夫らのアシスタントを経て、1973年に『怒りの朝』(『週刊少年キング』掲載)でデビュー。主に官能劇画誌で活動するが、特撮テレビ番組のコミカライズで児童誌にも執筆する。 長女は、2003年初代TBSベイスターズガールの中嶋愛(めぐみ、旧姓:制野)。親子とも血液型はAB型である。婿は、元プロ野球選手の中嶋聡。 2005年8月21日、心不全で死去。55歳没。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
村上 保(むらかみ たもつ、1950年7月7日 - )は、愛… 村上 保(むらかみ たもつ、1950年7月7日 - )は、愛媛県大洲市出身の彫刻家・イラストレーター。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
望月 かつみ(もちつき かつみ、1950年3月30日 - 2… 望月 かつみ(もちつき かつみ、1950年3月30日 - 2026年4月8日)は日本の漫画家、イラストレーター、ゲームクリエイター。埼玉県出身。 1950年、埼玉県川口市に生まれる。立教大学では漫画研究会に所属していた。大学在学中に緑書房『フィッシュマガジン』掲載の「僕は迷ブリーダー」で漫画家デビューする。以降、各社で児童書の挿絵や小学館の学年別学習雑誌で学習漫画を中心に活動する。代表作は『小学二年生』で1981年から1988年まで連載した『バニーのなんでもウォッチング』。 1983年、エニックス(現スクウェア・エニックス)が主催した第2回ゲーム・ホビープログラムコンテストで応募作の『ロリータ・シンドローム』がプログラム賞を受賞し、FM-7およびPC-8801用に製品化される。
渡辺 和博(わたなべ かずひろ、1950年〈昭和25年〉2月… 渡辺 和博(わたなべ かずひろ、1950年〈昭和25年〉2月26日 - 2007年〈平成19年〉2月6日)は、日本の編集者、漫画家、イラストレーター、エッセイスト。 1950年(昭和25年)、裕福な薬局の子供として、広島県広島市に生まれる。崇徳高等学校卒業。 運動神経は鈍かったものの、子供のころからメカ好き、オートバイ好きであった。高校時代に二輪免許を取得し、自動車雑誌の購読も始めた。後の自身の漫画作品にも、オートバイに関する内容や、それにまつわる青春群像ものが多く、いわゆる「エンスー」となっていった。 1968年(昭和43年)に上京後、東京綜合写真専門学校に入学してカメラマンを目指していたが中退した。
南 椌椌(みなみ くうくう、1950年 - )は、日本の絵本… 南 椌椌(みなみ くうくう、1950年 - )は、日本の絵本作家、イラストレーター、詩人、テラコッタアーティスト、東京吉祥寺のカレー屋「まめ蔵」オーナー。 1950年、東京生まれ。新宿育ち。韓国人の父と日本人の母を持つ。立教大学卒業。 大学には、学生運動最盛期に入学したが、授業にはほとんど出席せずに、詩や童話、舞踏、美術に傾倒し、卒業した。 大学卒業後、アルバイト生活を経て、パリを拠点として、スイス、イタリア、スペイン、ギリシャなどヨーロッパ各地を10ヵ月間に渡って巡った後、日本に帰国。1972年に、ダンサーの笠井叡による即興の舞踏と出会い、大きな影響を受ける。笠井の「自由でいいんだよ。好きなようにやればいいんだよ。
高橋 秀夫(たかはし ひでお、1950年 - )は兵庫県尼崎… 高橋 秀夫(たかはし ひでお、1950年 - )は兵庫県尼崎市生まれのグラフィックデザイナー、イラストレーター、ウェブデザイナー。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
伊藤 秀男(いとう ひでお、1950年 - )は、日本のイラ… 伊藤 秀男(いとう ひでお、1950年 - )は、日本のイラストレーター、画家、児童文学作家。愛知県出身。名古屋造形芸術短期大学卒業。 愛知県津島市生まれ、名古屋市立工芸高校 デザイン科卒業、名古屋造形芸術短期大学 洋画科卒業。 1976年の初個展以来、全国各地で個展を開いている。ガラス絵や凧絵も描き、子供達に絵を教えていたこともある。挿絵として林真理子 作『素晴らしき家族旅行』、『幸福御礼』などの作品もある。 1982年に中川正文 作『じぞうぼん』のイラストで絵本作家デビュー、イラスト専門ではなく児童文学作家として絵本の著作もある。 1999年にはBIB(ブラティスラヴァ世界絵本原画展、スロバキア)に『北越雪譜より くまにたすけられた男』を出展、日本の絵本原画展(ボローニャ)、現代日本絵本原画中国展(上海・北京)などにも出展している。
宮武 一貴(みやたけ かづたか、1949年9月21日- )は… 宮武 一貴(みやたけ かづたか、1949年9月21日- )は、スタジオぬえ所属のメカニックデザイナー、イラストレーター、コンセプトデザイナー。神奈川県横須賀市出身。本名渡邊一貴。
石川 吾郎(いしかわ ごろう、1949年(昭和24年)7月1… 石川 吾郎(いしかわ ごろう、1949年(昭和24年)7月11日 - )は、北海道生まれの画家、イラストレーター。創形美術学校版画研究科卒業、日本出版美術連盟会員。 1949年、北海道に生まれる。学研『週刊パーゴルフ』杉原輝雄イラストレッスンでイラストレーターとしてデビューした。1977年、銀座の藍画廊で個展。1987年、四谷ギャラリーモール個展。2000年、ロイヤルサロン銀座個展、2009年、ロイヤルサロン銀座ギャラリーバー naguneで個展。 1998年からロイヤルサロン銀座グループ展「麗展」を毎年開催している。 上記のほか、漫画誌の表紙や挿絵を手がける。
及川 達郎(おいかわ たつろう、1949年5月1日 - )は… 及川 達郎(おいかわ たつろう、1949年5月1日 - )は、日本のイラストレーター(デザインの違いで夏目洋一郎名義を用いる時もある)、俳優。マネジメント事務所はエヌ・エー・シー。 岩手県気仙郡住田町出身。高校から東京に。法政大学工学部建築学科卒業。建築事務所勤務を経てイラストレーターとなる。 カバーイラストでは、かつて角川文庫の赤川次郎作品を多く手がけた。 60歳を過ぎてから妻のすすめで俳優の仕事を始め、「空耳アワー」の常連出演者として知られる。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。
藤原 喜明(ふじわら よしあき、1949年4月27日 - )… 藤原 喜明(ふじわら よしあき、1949年4月27日 - )は、日本のプロレスラー、俳優、タレント、イラストレーター、陶芸家、エッセイスト。岩手県江釣子村(現:北上市)出身。「関節技の鬼」と称される。愛称は「藤原組長」。 両親は農家。後にイラストレーターとして活動することもあったが小学校時代は絵が嫌いであり、絵の授業を担当する教師がこうしろああしろというのが嫌だったというのを2017年に行われた画家の五木田智央との対談で明かしており、学校の美術担当の教員に関しては「絵描きになり損ねたヤツらばっかりなんだから、そんなことを言うあれじゃないんだよ」と批判している。岩手県立黒沢尻工業高等学校時代、体育と応用力学、機械工作の評定は5であり、非常に器用であった。
上田 三根子(うえだ みねこ 1949年3月- )は、日本の… 上田 三根子(うえだ みねこ 1949年3月- )は、日本のイラストレーター。埼玉県出身。 ナショナルブランドから社内テキスト、会報、ローカルなミニコミ誌など幅広く手がけているため、非売品、絶版品までリストアップすると膨大な量になる。
叶 精作(かのう せいさく、本名:田村 精作(たむら せいさ… 叶 精作(かのう せいさく、本名:田村 精作(たむら せいさく)、男性、1949年1月26日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。新潟県新潟市出身。大阪芸術大学キャラクター造形学科客員教授。 鉄道好きで、SLの機関士(運転士)を夢見る少年時代を送っていた。新潟県立新潟工業高等学校卒業後、NOKの静岡工場で設計課に勤務していたが、型にはまったサラリーマン生活に懲り、友人を頼り東京の板橋に上京。さいとう・たかを率いるさいとう・プロダクションの求人に応募。幸運にも採用されたことがきっかけで初めて漫画の世界に踏み込み、4年間のアシスタント生活の後、さいとうプロを退職する。 その後、紆余曲折を経てスタジオ・シップ(現・小池書院)で小池一夫に師事し、1973年に小池の原作による「からあ怒」で連載デビュー。
井沢 洋二(いざわ ようじ、1949年 - )は、日本のイラ… 井沢 洋二(いざわ ようじ、1949年 - )は、日本のイラストレーター。宮城県仙台市出身。武蔵野美術大学商業デザイン学科卒業。1976年、CBSソニーに入社し、1979年退社後、フリーのイラストレーターとなり絵本、挿絵、広告で活動。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
柳 たかを(やなぎ たかを、1949年 - )はイラストレー… 柳 たかを(やなぎ たかを、1949年 - )はイラストレーター、社団法人日本漫画家協会会員。本名、柳 隆雄。宝塚大学教授。1949年大阪府東成区生まれ。1972年立命館大学文学部史学科卒業。公益社団法人日本漫画家協会会員。
柄澤 照文(からさわ てるふみ、1949年 - )は、日本の… 柄澤 照文(からさわ てるふみ、1949年 - )は、日本のペン画家、イラストレーター。農山村や都市の路地、江戸期の日本の風景などを描く。新聞連載多数。細やかな線画と、ほのぼのした作風で知られる。1978年に『おかざきしんぶん』を創刊。同紙は地元岡崎市のミニコミ紙の先駆となった。 愛知県宝飯郡赤坂町(現・豊川市)に生まれる。赤坂町は、名古屋市で教員をしていた父親の疎開先だった。3歳のときに一家は岡崎市に転居。同市六供町で育つ。岡崎市立梅園小学校、岡崎市立葵中学校卒業。 絵の教室の手伝いをしているときに結婚。1978年(昭和52年)1月、妻と二人でミニコミ紙『おかざきしんぶん』を発刊。市民の聞き書きや町ルポを中心に、山中八幡宮のデンデンガッサリの概要、八丁界隈の家並み図、板屋町二十景、戦後の岡崎市の選挙記録などをペン画入りで作成した。
末永 史(すえなが あや、1949年 - 2018年1月1日… 末永 史(すえなが あや、1949年 - 2018年1月1日)は、日本の元漫画家、イラストレーター、エッセイスト、精神保健福祉士。宮城県仙台市出身。漫画家としては特に1970年代に活動していた。東京都立南多摩高等学校を経て武蔵野美術大学、中央大学中退後、「ヤングコミック」や「りぼん」に連載していた。その後は医療に従事するかたわら、イラストやエッセイの活動が中心になっていた。 別のペンネームに末永あや子、いとう絢子がある。 (上記全て、末永あや子または末永あやこ名義作品)
藤井 康文(ふじい やすふみ、1949年 - )は、日本のイ… 藤井 康文(ふじい やすふみ、1949年 - )は、日本のイラストレーター。恐竜を中心とした古生物のイラストを数多く手がけ、複数の図鑑や科学雑誌に絵が掲載されている。 1949年、山口県にて生まれる。1972年に立教大学経済学部を、1973年に日本デザインスクールを卒業。1975年に広告代理店と制作会社に勤務するが、1977年に制作スタジオ会社を設立して独立する。 1980年代以降は学研プラスや小学館などの出版社から依頼を受けており、複数の図鑑や科学雑誌に復元画が掲載されている。また、復元画はTシャツや筆箱といったグッズにも利用されている。 2015年12月4日から2016年1月6日には福島県立図書館で原画展が開催された。
レオン佐久間(れおん さくま、1948年12月4日 - )は… レオン佐久間(れおん さくま、1948年12月4日 - )は、日本のイラストレーター。主にへるす出版の消化器外科、救急医学のイラストを担当。臨床図譜を専門とするメディカルイラストレーター。 兵庫県芦屋市出身。芦屋市立岩園小学校卒業。芦屋市立山手中学校卒業。1967年に仁川学院高等部を卒業。1971年に明星大学人文学部を卒業後、阿佐ヶ谷美術学園ビジュアルデザイン科にてイラストを学ぶ。1974年卒業。 1974年から1977年まで日本経営新聞社編集部(広告デザイン、挿絵担当)に所属していたが、1976年からフリーランスとして活動を開始する。1978年より、へるす出版「消化器外科」巻頭(手術手技アトラス)を担当する。
鈴木 英人(すずき えいじん、EIZIN、本名:同じ(英人の… 鈴木 英人(すずき えいじん、EIZIN、本名:同じ(英人の読み:ひでと)、1948年7月6日 - ) は、日本のイラストレーター。 福岡県福岡市出身。神奈川県立横須賀高等学校卒業。神奈川県逗子市在住。 1980年頃からイラストレーターとして活動を始める。鈴木のイラストは、『タンタン』の作者であるエルジェや、わたせせいぞうのように、グラデーションを実線で表すリーニュクレール様式が一つの特徴となっており、作中では車や海岸といったモチーフが良く使われる。 また、わたせや永井博のイラストとともに1980年代を象徴するイラストレーターとして認知されている。 特に初期の作品ではアメリカ西海岸を思わせる風景をモデルにしたイラストが多いと誤解されているが、実際に渡米しアメリカ西海岸を訪れて鈴木が目にしたのはアメリカではなく南欧スペインのような風景だった。
藤倉 英幸(ふじくら ひでゆき、1948年6月5日 -)はイ… 藤倉 英幸(ふじくら ひでゆき、1948年6月5日 -)はイラストレーター、貼り絵作家。 北海道岩内郡岩内町で生まれる。北海道岩内高等学校在学中に、美術部に入部。その際、グラフィックデザインに興味を抱く。高校卒業後は、製菓会社に勤務の傍ら、独学でグラフィックデザインやイラストレーションを修得。製菓会社退職後は、印刷会社、広告代理店に転職し、イラストレーターとして活躍。 1974年、「イラスト&デザイン工房フジクラ」を札幌に設立し、アート、デザインに関して幅広く創作活動を行う。1970年代後半からは切り絵の手法を用いてイラストや作品を多く制作するようになる。80年代後半に入ると、切り絵から、洋紙を用いた貼り絵によっても北海道の風景を描く作風となる。
門坂 流(かどさか りゅう、1948年5月25日 - 201… 門坂 流(かどさか りゅう、1948年5月25日 - 2014年4月3日)は、日本のイラストレーター、版画家。本名は門坂 敏幸(かどさか としゆき)。独学でペン画とビュランによるエングレービングを会得し、ペン画・水彩画・銅版画を中心に創作活動を行なう。特にエングレービングでは日本の第一人者だった。 門坂は幼年時代から「流動している対象を見つめていたことを鮮明に覚えている」。「川の水の流れや炎が複雑で捉え様のない形にリズミカルに変化し、生まれては消える様子を吸い込まれる様にみていた。黄色い稲穂が風に吹かれて、目の前をまるでいき鄭るように遠くまで走り抜け、次から次へとまるで生きているように遠くまで走りぬけ次から次へと違う形が生まれは追いかけているのを飽きずに眺めていた」子供だった。
三嶋 典東(みしま てんとう、 1948年5月22日 - 2… 三嶋 典東(みしま てんとう、 1948年5月22日 - 2012年12月1日)は、日本のイラストレーター、ブックデザイナー、グラフィックアーティスト。本名 渡邉典治 ( わたなべ のりはる )。