西村 金一(にしむら きんいち、1952年 - )は、日本の… 西村 金一(にしむら きんいち、1952年 - )は、日本の軍事評論家、元陸上自衛官。佐賀県出身。 軍事・情報戦略研究所所長。北朝鮮(特に軍事)情勢分析、中国軍事戦略、対テロ、危機管理に関する著作がある。 1968年に陸上自衛隊生徒14期として陸上自衛隊少年工科学校に入校する。その後法政大学文学部地理学科を卒業。 1978年、陸上自衛隊幹部候補生学校に入校し、第1特科連隊、第1空挺団を経て、防衛省内部部局、統合幕僚会議事務局、陸上幕僚監部、情報本部等で情報分析官を務める。その後防衛研究所研究員、12師団第2部長、陸上自衛隊幹部学校戦略教官室副室長(主任教官1等陸佐)等を歴任した。 2008年、定年退官となり、三菱総合研究所の国際政策研究グループに専門研究員として勤務する。
吉村 葉子(よしむら ようこ、1952年 - )は、日本のエ… 吉村 葉子(よしむら ようこ、1952年 - )は、日本のエッセイスト・評論家。 神奈川県藤沢市生まれ。立教大学経済学部卒業。1979年から2000年まで、約20年間をパリで暮らす。生活文化研究家。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
岩田 昭男(いわた あきお、1952年 - )は、日本の消費… 岩田 昭男(いわた あきお、1952年 - )は、日本の消費生活評論家、ジャーナリスト。特にクレジットカード業界や電子マネーについての書籍を数多く発表し、業界のオピニオンリーダーとして活動している。 早稲田大学第一文学部卒業。早稲田大学大学院修士課程修了後、月刊誌記者等を経た後ジャーナリストとして独立。流通、情報通信、金融分野を中心に活動するが、中でもクレジットカードと消費者金融について20年以上もの取材、執筆活動を続けており、消費者信用分野でのセミナー等の講師等も務めている。 NPO法人「ICカードとカード教育を考える会」 の理事長も兼ねており、毎月全国各地の商店街を対象にキャッシュレス導入や促進に関する講演会を行なっているほか、様々なWebメディアでキャッシュレスの記事監修や寄稿をおこなっている。
千葉 展正(ちば てんせい、1952年 - )は日本のジャー… 千葉 展正(ちば てんせい、1952年 - )は日本のジャーナリスト、評論家、マスキュリスト。中央大学法学部出身。反フェミニズムの活動を行っている。 北海道芦別市に生まれる。1977年から1996年まで共同通信社に記者として勤める。退社の後はフリーランサーとして『世界日報』や『國民新聞』など右派系の媒体に寄稿している。選択的夫婦別姓制度、ジェンダーフリー、DV防止法などの政策に対して、「フェミニズムに基づいている」などとして批判的な姿勢を取る。現在(2004年)は千葉県に在住。フェミニストとして知られる堂本暁子が同県の知事に当選し、女性優遇政策を推し進める方針を表明すると、反対運動に参加する。女子教育は良妻賢母を育成する目的で行われるべきだと考えており、同旨の理念を校訓とする大妻女子大学を称揚している。
宇神 幸男(うがみ ゆきお、1952年 - )は、日本の小説… 宇神 幸男(うがみ ゆきお、1952年 - )は、日本の小説家・音楽評論家。愛媛県宇和島市生まれ。本名は神應幸男。宇和島市役所勤務。 1989年、フランスのピアニスト、エリック・ハイドシェックの再デビューコンサートを宇和島市立南予文化会館で企画・開催する。1990年、音楽ミステリー『神宿る手』で小説家デビュー。2004年、『悲将の島』で第10回鳥羽市マリン文学賞入選。2005年、『人魚のいた夏』で第9回海洋文学大賞の海洋文学賞部門佳作に選ばれる。
渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は… 渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は、日本の文芸評論家、早稲田大学教育学部複合文化学科教授。専門はフランス現代思想・文学。
田村 秀行(たむら ひでゆき 1952年 - )は、日本の評… 田村 秀行(たむら ひでゆき 1952年 - )は、日本の評論家。日本語教師。
中山 康樹(なかやま やすき、1952年 - 2015年1月… 中山 康樹(なかやま やすき、1952年 - 2015年1月28日)は、日本の音楽評論家。
野々村 直通(ののむら なおみち、1951年12月14日 -… 野々村 直通(ののむら なおみち、1951年12月14日 - )は、島根県出身の教育評論家、画家、野球指導者。元高等学校教員(美術科教諭)。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属(マネジメント契約)。 島根県立大東高等学校(第22期卒)から広島大学(学校教育学部美術科)に進学。 硬式野球部では2年時に広島六大学の首位打者を獲得。4年時は主将として全日本大学野球選手権大会に初出場。四番・一塁手で出場した初戦で同志社大学に0-11で敗れた。 大学卒業後に広島県立府中東高校に美術教師として赴任。また、野球部監督ともなり、1978年秋の中国大会で準優勝し、翌年の第51回選抜高等学校野球大会の出場校に選出され監督として甲子園初出場を果たした。
村上 知彦(むらかみ ともひこ、1951年11月29日 - … 村上 知彦(むらかみ ともひこ、1951年11月29日 - 2024年12月22日)は、日本の編集者、漫画評論家。元神戸松蔭女子学院大学文学部教授。手塚治虫文化賞選考委員。日本マンガ学会理事、日本漫画家協会参与。 父は「具体」のメンバーだった画家の村上三郎。かつてのニックネームは「ギャーさん」。 兵庫県芦屋市に生まれ、1歳から西宮市で育ち、関西学院中学部・高等部に進学した。高校の文化祭で、阪神間の高校生が作った自主映画の上映を企画。同学年の大森一樹と知り合う。関西学院大学社会学部卒業。 1967年に創刊された漫画雑誌『COM』に衝撃を受け、特に、峠あかね(真崎守の筆名)の漫画評論の影響を受ける。
東 信二(あずましんじ、1951年11月24日 - )は、東… 東 信二(あずましんじ、1951年11月24日 - )は、東京都豊島区池袋出身の元騎手・現競馬評論家。 生家は池袋駅の近くで自転車を預かる仕事と碁会所を営んでおり、7人兄弟の末子(姉5人と兄1人)として生まれる。 少年時代は歌手を志し、中学校卒業を前にした進路決定の際に母親にそのことを打ち明けるが、姉に「あんたの声じゃ無理」と言われ、目標を騎手に切り替える。東には中学2年時に林間学校で訪れた霧ケ峰高原の牧場で乗馬を経験し、夢中になったことがあった。1967年に馬事公苑騎手養成長期課程に17期生として入所し、同期には小島貞博・吉沢宗一などがいた。 3年間の講習を経て騎手試験に合格し、1970年に中山競馬場白井分場・境勝太郎厩舎からデビュー。
野村 喜和夫(のむら きわお、1951年10月20日 - )… 野村 喜和夫(のむら きわお、1951年10月20日 - )は、日本の詩人、文芸批評家、俳優。「歴程」同人。日本ペンクラブ会員。 埼玉県入間市に生まれる。埼玉県立川越高等学校、早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。明治大学大学院仏文学専攻博士課程中退。明治大学非常勤講師など、50歳までフランス語教師を務めた。 1993年詩集『特性のない陽のもとに』で歴程新鋭賞受賞。2000年『風の配分』で高見順賞受賞。2003年『ニューインスピレーション』で現代詩花椿賞受賞。2012年『萩原朔太郎』『移動と律動と眩暈と』で鮎川信夫賞受賞。同年『ヌードな日』、『難解な自転車』、英訳詩集『スペクタクルそして豚小屋』で、第50回藤村記念歴程賞を受賞。
杉山 由美子(すぎやま ゆみこ、1951年10月3日 - 2… 杉山 由美子(すぎやま ゆみこ、1951年10月3日 - 2021年11月5日)は、日本の評論家。 静岡県生まれ。早稲田大学文学部卒。『マダム』『日経ウーマン』編集部所属後、フリーランスライターとなり、教育、女性などをテーマに取材、執筆。
八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の… 八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の通産官僚、評論家、文筆家、歴史作家。徳島文理大学教授。 滋賀県大津市出身。1975年、東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。入省同期に、太田房江、石田徹、三本松進、藤田昌央など。 入省後は官費留学生として、フランス国立行政学院に1980年から2年間留学する。在職中から論壇で盛んに執筆し、「朝まで生テレビ」に出演するなど、通産省の論客として知られる存在だった。 国土庁長官官房参事官、通産省大臣官房情報管理課長を経て、アジア経済研究所総務部次長を最後に1997年に退官。1998年の滋賀県知事選挙への出馬が取り沙汰されたが実現しなかった。 松下政経塾特別研究員を経て、2004年、徳島文理大学教授に就任。
保志 学(ほし まなぶ、1951年8月27日 - )は、日本… 保志 学(ほし まなぶ、1951年8月27日 - )は、日本の放送作家、構成作家、演芸評論家。大阪市出身。本名は高木敬二。 1970年(昭和45年)大阪市立高校卒業。在校中に落語研究会を創設。竹々亭松梅を名乗る。後に、古典落語鑑賞会の解説者として関西の中学・高校60校を巡る。天満天神繁昌亭の募金呼びかけ人の1人。彦八まつりの企画を第一回から手がける。扇納祭は保志の企画。 1974年(昭和49年)桃山学院大学社会学部卒業。すぐに上新電機(株)に社内報編集担当として勤務。併せて社員会事務局を担当しながら社内報編集。社員会が母体になり労働組合を結成、専従に就く。学生時代から、作家・池上義一氏の主宰する文芸同人誌「わが仲間」に所属、文学修業に励む。
飯田 耕一郎(いいだ こういちろう、1951年8月24日 -… 飯田 耕一郎(いいだ こういちろう、1951年8月24日 - 2026年2月25日)は、日本の漫画家、漫画評論家。京都府京都市左京区出身。 1969年2月、「奇人クラブ」(村岡栄一、岡田史子、つか絵夢子らを輩出した同人会)に入会。1970年に虫プロ商事「COM」への持ち込みを経て、社員として入社。その後、同社「ファニー」、芸文社「コミックVAN」の編集者を経て漫画家になる(「COMコミックス」1972年4・5月合併号(虫プロ商事)掲載「けだるい時」でデビュー)。以後、三流劇画誌やニューウェーブコミック誌を中心に活躍。一時期には雑誌『相撲』で現役力士の伝記漫画も描いた。また、創作者として漫画を描きつつ、同時に漫画評論活動も行った。
広岡 守穂(廣岡 守穂、ひろおか もりほ、1951年8月1日… 広岡 守穂(廣岡 守穂、ひろおか もりほ、1951年8月1日 - )は、日本の政治学者、評論家、中央大学名誉教授。 石川県金沢市生まれ。1978年、東京大学法学部卒業。東大在学中は坂本義和(国際政治学)、篠原一(ヨーロッパ政治史・歴史政治学)の薫陶を受けた。21歳で学生結婚した。1978年、中央大学法学部助手、1983年助教授、1990年教授。2022年、中央大学定年退職。現在、世田谷市民大学運営委員・講師。 研究者としては日本政治思想史専攻としてスタートし、助手時代は同じく1978年に中央大学法学部に着任した家永三郎(東京教育大学名誉教授)の下で助手論文を執筆した。1986年の著書『豊かさのパラドックス』以降、現代日本の社会現象に関心を広げ、男女共同参画、NPO、子育てなどさまざまな分野で発言している。
福間 納(ふくま おさむ、1951年7月13日 - )は、島… 福間 納(ふくま おさむ、1951年7月13日 - )は、島根県大田市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ、解説者・評論家。 現役時代には、阪神へ在籍していた時期に一時、福間 納一(読み方は本名と同じ)を登録名に使用していた。 2009年からは株式会社アイランドプロモーションに所属。2021年からはカナフレックスで投手コーチ、2022年に監督就任。 大田高校では2年次の1968年からエースとなり、同年夏の甲子園県予選準決勝に進出するが、浜田高に敗退。3年次の1969年には春の選抜に出場し、1回戦で丸亀商の井原慎一朗と投げ合うが4-9で敗れる。同年夏は県予選準決勝で三沢淳、高橋寛のバッテリーを擁する江津工に抑えられ1-4で敗退、甲子園には届かなかった。
行方 均(なめかた ひとし、1951年6月29日 - 202… 行方 均(なめかた ひとし、1951年6月29日 - 2020年3月13日)は、日本のレコード・プロデューサー、音楽評論家。宮城県仙台市出身。 東京都立西高校を経て早稲田大学政治経済学部卒業。1976年東芝EMI(当時)に入社。1988年ブルース・ランドヴァル(当時ブルーノート社長)、マイケル・カスクーナ(同プロデューサー)らの協力を得てブルーノートの姉妹レーベル「サムシンエルス」を社内に設立。現在まで200タイトル近くの作品を同レーベルで制作。多くはブルーノートを通じて海外でも発売されている。軽井沢録音のゴンサロ・ルバルカバ『ラプソディア』(1992年)はグラミー賞にノミネート。日本国内においてブルーノートをはじめとする多くのジャズ作品やミュージシャンを紹介し、ジャズ市場の育成に貢献。
芳川 泰久(よしかわ やすひさ、1951年6月26日 - )… 芳川 泰久(よしかわ やすひさ、1951年6月26日 - )は、日本のフランス文学者・文藝評論家。早稲田大学文学学術院名誉教授。専門はバルザック。 埼玉県出身。1970年早稲田大学高等学院卒業。1974年早稲田大学文学部仏文科卒業。1981年同大学院博士課程単位取得満期退学。1984年東京工業大学専任講師、1988年同助教授となる。1991年日本女子大学助教授となり、1995年同教授となる。1996年早稲田大学第一文学部教授。2022年定年退職、名誉教授。 1990年頃からは夏目漱石を手始めに日本近代文学の評論も執筆。2006年には小説「ホネガミ」(『文學界』掲載、のち『歓待』所収)を発表。小説集『歓待』は第6回小島信夫文学賞を受賞。
渋谷 陽一(しぶや よういち、1951年〈昭和26年〉6月9… 渋谷 陽一(しぶや よういち、1951年〈昭和26年〉6月9日 - 2025年〈令和7年〉7月14日)は、日本の音楽評論家、編集者、DJ。2024年3月31日にロッキング・オン・グループ代表取締役社長を退任して代表取締役会長となる。 東京都新宿区出身で、東京都立千歳丘高等学校在学時から『音楽専科』などのロック誌に寄稿し、18歳でグランド・ファンク・レイルロードのレコード評を記し、音楽評論家として活動を始める。明治学院大学在学中の1970年に水上はるこが中心となっていたミニコミ誌『レボリューション』を新宿のロック喫茶で発見し、投稿した。1970年発行の11号で、当時の「既存のロックに対する批評やロック観をぶち壊し、ロックに先行しうる論理を構築する」という意思を宣言する投稿で、中村とうようの評論家としての姿勢を批判などした。
北澤 憲昭(きたざわ のりあき、1951年〈昭和26年〉5月… 北澤 憲昭(きたざわ のりあき、1951年〈昭和26年〉5月8日 - )は、日本の美術評論家、美術史家(近現代日本美術史専攻)で、女子美術大学名誉教授。武蔵野美術大学客員教授。美術評論家連盟会員。 東京都江東区出身、二松学舎大学文学部中国文学科卒業。1979年に「美術手帖」で現代美術の評論家としてデビューし、その後日本近現代美術史研究にフィールドを移す。1990年に『眼の神殿』で、第12回サントリー学芸賞受賞。同書では「美術」という語がウィーン万国博覧会(1873年)への参加にあたって明治期に西洋から輸入した翻訳語であることを指摘し、日本近代美術史を単なる作品史ではなく、概念や施設の制度の歴史として捉え直した。
佐藤 忠志(さとう ただし、1951年5月4日 - 2019… 佐藤 忠志(さとう ただし、1951年5月4日 - 2019年9月24日)は、日本の教育評論家・元予備校講師。元拓殖大学客員教授。2016年7月の時点でトップ・カラーに所属していた。愛称は「金ピカ先生」。 東京都出身。父親は「世間一般で怒らないようなことを怒るし、世間一般じゃ許さないようなことを認める」人だったという。小学1年生のときから芸者に親しみ、中学の入学祝いで父親に十二社(東京都新宿区西新宿)の性風俗店へつれていかれ、童貞を喪失。 中野区立多田小学校に入学のち私立宝仙学園小学校に転校を経て、杉並区立桃井第二小学校卒業、杉並区立神明中学校卒業。芝浦工業大学高等学校卒業。 現役高校生では、慶應義塾大学を受験するが不合格。
富澤 一誠(とみさわ いっせい、1951年4月27日 - )… 富澤 一誠(とみさわ いっせい、1951年4月27日 - )は、日本の音楽評論家。 1951年、長野県須坂市生まれ。長野県長野高等学校を卒業後、東京大学文科三類に入学するが2か月で中退。歌手を志したが挫折し、1971年、20歳の時から音楽評論活動に専念するようになった。現在、学校法人尚美学園副学長に就任。 2023年8月、尚美学園大学の学内施設のメディアセンター(図書館)内に「富澤一誠 Jポップ・ライブラリー」が開設された。「富澤一誠 Jポップ・ライブラリー」は、吉田拓郎、井上陽水、松任谷由実、小田和正、中島みゆきなど、1970~1990年代を代表するアーティストの資料を閲覧できる。
松村 雄策 (まつむら ゆうさく、1951年4月12日 - … 松村 雄策 (まつむら ゆうさく、1951年4月12日 - 2022年3月12日)は、日本の音楽評論家、文筆家、歌手。 東京都大田区出身。1970年、東京都立桜町高等学校夜間部卒業。 ※上記アルバム3作を2007年8月22日にデジタルリマスター、紙ジャケ仕様で初CD化リリース
高橋 世織(たかはし せおり、男性、1951年4月9日 - … 高橋 世織(たかはし せおり、男性、1951年4月9日 - )は、日本の文芸評論家、日本映画大学教授(映画学部初代学部長)。光村図書出版中学校国語教科書編集委員。 石川県出身。石川県立小松高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部政治学科へ入学。卒業後は早稲田大学大学院文学研究科へ進む。その後、同博士課程満期退学。早稲田大学文学部助手、北海道大学文学部助教授を経て、1993年に早稲田大学政治経済学部教授。2005年まで早稲田大学政治経済学部および早稲田大学大学院文学研究科にてゼミナールを担当。早稲田大学芸術学校においても教鞭を執る。また、数多くのテーマカレッジやワークショップを企画・担当。2006年度より各地の大学および短期大学、専修学校で兼任講師、2007年度より東京工業大学世界文明センター特任教授等を歴任。
山田 和子(やまだ かずこ、1951年〈昭和26年〉3月6日… 山田 和子(やまだ かずこ、1951年〈昭和26年〉3月6日 - )は、日本のSF編集者、翻訳家、評論家。 福岡県北九州市生まれ。慶應義塾大学文学部独文学専攻中退。 『季刊NW-SF』誌の編集長としてJ・G・バラード等の紹介に努める。また、SF翻訳者、SFにおけるフェミニズムの論客としても活躍。長く科学技術関係の編集に携わり、この分野でも訳書がある。 上記NW-SF時代に、創刊者の山野浩一から将棋を教わったところ、たちどころに上達。1977年に、女流アマ名人戦で優勝。70年代は、将棋の女性アマチュア強豪としても有名であった。山野浩一が主宰したNW-SFワークショップでは、「囲碁・将棋部」の活動が盛んであり、山田は当時、松岡正剛と囲碁を打ったこともあるという。
神戸 洋子(かんべ ようこ、1951年2月27日 - )は、… 神戸 洋子(かんべ ようこ、1951年2月27日 - )は、日本の教育評論家。愛称はようこ先生。
川村 湊(かわむら みなと、1951年2月23日 - )は、… 川村 湊(かわむら みなと、1951年2月23日 - )は、日本の文芸評論家。法政大学国際文化学部名誉教授。 北海道網走市生まれ。北海道砂川南高等学校を経て、1974年法政大学法学部政治学科を卒業、株式会社大中入社。大学在学中に柄谷行人の教えを受けた。1978年株式会社水産社入社。1980年、「異様(ことよう)なるものをめぐって─徒然草論」が群像新人文学賞の優秀作に選ばれ、文芸評論家として活動を開始。 1982年韓国・東亜大学校文科大学日本語日本文学科専任講師、1985年同助教授、1990年法政大学第一教養部助教授を経て1994年教授、1999年法政大学国際文化学部教授。国際文化学部学部長。2017年退任し、名誉教授。
大貫 憲章(おおぬき けんしょう、1951年2月22日 - … 大貫 憲章(おおぬき けんしょう、1951年2月22日 - )は、日本の音楽評論家、ディスクジョッキー(DJ)。東京都出身。立教大学卒業。 1971年、大学在籍中に音楽評論家として執筆活動を開始。ロックを中心に執筆活動を行い、特にパンク・ロック、UKロックに造詣が深い。パンクらしく格式ばっていない軽い口調の刺々しい文体が特徴。セックス・ピストルズのライナーノーツで堂々とピストルズの再結成について批判を行なったこともある。NHKラジオ第1放送の「若いこだま」でDJを担当してからDJとしての活動も精力的に行なっている。1980年より続く、パンクを中心に選曲したDJイベント「LONDON NITE」を主宰している。
いしかわ じゅん(本名:石川 潤、1951年2月15日 - … いしかわ じゅん(本名:石川 潤、1951年2月15日 - )は、日本の漫画家・小説家・漫画評論家。 漫画家の藤臣柊子は元妻。日本SF作家クラブ会員だったが2023年5月時点では退会している(元妻の藤臣も同様)。既婚者。実父は元愛知県議会議員で元全トヨタ自動車労連会長の石川義之( - 2024年3月、97歳没)。 愛知県西加茂郡挙母町(現・豊田市)出身。愛知県立豊田西高等学校、明治大学商学部卒。大学在学中に明治大学漫画研究会に所属し、先輩として三学年上にかわぐちかいじ、二学年上にほんまりうがいた。ただし、5年間に手掛けた漫画は十数枚程度だった。 1975年4月、トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)に入社し生産管理部に配属されるも、翌1976年2月に退社。
荻原 雄一(おぎはら ゆういち、1951年2月11日 - )… 荻原 雄一(おぎはら ゆういち、1951年2月11日 - )は、日本の文芸評論家・小説家・写真家・翻訳家。専門は日本近代現代文学。名古屋芸術大学教授。 東京都港区芝出身。学習院大学文学部国文学科卒業、埼玉大学教養学部教養学科アメリカ研究コース卒業、1977年学習院大学大学院人文科学研究科国文学専攻修士課程修了。名古屋自由学院短期大学(現名古屋芸術大学短期大学部)助教授、名古屋芸術大学助教授を経て、同大学デザイン学部教授。俳優座特別研究員。 森鷗外「舞姫」のエリスのモデルがユダヤ人だったとする説を唱える。
飯田 正美(いいだ まさみ、1951年1月22日 - )は山… 飯田 正美(いいだ まさみ、1951年1月22日 - )は山口県出身の競馬評論家。 早稲田大学卒業後の1976年に日刊競馬新聞社へ入社し、同紙の本紙予想担当者として最長のキャリアを誇り、編集長の柏木集保と共に日刊競馬の看板予想家であった。一時期は桧原正行と本紙予想を分担し、飯田は古馬戦、桧原は2歳戦と3歳限定戦の担当であった。 2002年より、土曜日の中央競馬ハイライト(独立UHF放送局)に出演。参考レースを解説、日曜日のメインレースの推奨馬を取り上げていた。いわゆる本命党で、予想はたいてい上位人気の馬を推すため、同じ本命党で同番組出演者でもある星野英治とは、推奨馬だけでなく予想印まで重なることが非常に多かった。
佐藤 直樹(さとう なおき、1951年1月8日 - )は、現… 佐藤 直樹(さとう なおき、1951年1月8日 - )は、現代評論家、九州工業大学名誉教授。専攻は刑事法学(責任能力)、世間学。日本文藝家協会会員。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
高橋 源一郎(たかはし げんいちろう、1951年1月1日 -… 高橋 源一郎(たかはし げんいちろう、1951年1月1日 - )は、日本の小説家、文学者、文芸評論家。明治学院大学教授。
相川 司(あいかわ つかさ、1951年1月1日 - )は日本… 相川 司(あいかわ つかさ、1951年1月1日 - )は日本の評論家。 東京都出身、早稲田大学政治経済学部卒業。日本推理作家協会会員。主に歴史やミステリについての評論を行なう。斯波司名義でも執筆活動を行っている。 早稲田大学在学中はワセダミステリクラブに所属し、瀬戸川猛資、北村薫、折原一らと交流。後輩である折原一に、岡嶋二人と同じ創作方法で作家を目指すことをもちかけた(折原一によれば、もう一人のクラブ員も含め「岡嶋三人」を結成して江戸川乱歩賞を目指そうという話であった)。実現はしなかったが、折原一はこれをきっかけに作家になりたいと思うようになったという。 インタビュアー、司会 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
杉原 志啓(すぎはら ゆきひろ、1951年 - )は、日本の… 杉原 志啓(すぎはら ゆきひろ、1951年 - )は、日本の音楽評論家、日本近代思想史研究者。 おもに音楽評論家として活動し、多くの編著書があるが、徳富蘇峰を中心とした日本近代思想史の研究者としての著作もあり、学習院女子大学、フェリス女学院大学、東京藝術大学のほか、出身地にある東北公益文科大学などで非常勤講師を務めた。 山形県酒田市出身。学習院大学で坂本多加雄に師事し、2002年に坂本が没した後は、坂本の選集などの編集・監修に当たった。1993年に『蘇峰と「近世日本国民史」 -大記者の「修史事業」』で、学習院大学より博士(政治学) を取得。
竹下 節子(たけした せつこ、1951年 - )は、日本の文… 竹下 節子(たけした せつこ、1951年 - )は、日本の文化史家、評論家、バロック音楽奏者。パリ在住。 1974年東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業、76年同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了。同博士課程、パリ大学博士課程を経て高等研究所に学ぶ。カトリックやエゾテリスムの歴史を専攻。 最初の著作『パリのマリア』は、友人の中沢新一の勧めによって書かれた。 宗教思想史や神秘思想史に造詣が深く、そうした領域の著書を多数著している。また、室内楽アンサンブルのグループを主宰するなど、多様な文化活動を行うほか、比較文化の視点からの評論などもものしている。 ドン・ボスコ社出版の月刊『カトリック生活』に「カトリック・サプリ」を連載。
林 幸範(はやし ゆきのり、1951年 - )は、日本の教育… 林 幸範(はやし ゆきのり、1951年 - )は、日本の教育評論家。池坊短期大学幼児保育学科・教授・元学科長。現在は滋賀短期大学幼児保育学科・特任教授。2014年4月−池坊短期大学幼児保育学科開設準備室室長
藤田 晴央(ふじた はるお、1951年- )は、日本の詩人、… 藤田 晴央(ふじた はるお、1951年- )は、日本の詩人、エッセイスト、評論家、児童文学研究者、(元)放送ディレクター。青森県弘前市出身・在住。日本大学ドイツ文学科卒業。 日本現代詩人会会員、青森県詩人連盟会長、弘前市立郷土文学館運営委員会委員長。 RAB青森放送のディレクターとして、 白神山地、三内丸山縄文遺跡、教育問題にまつわるテレビドキュメンタリーを多く企画・演出(2016年退職)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
両角 岳彦(もろずみ たけひこ、1951年 - )は、長野県… 両角 岳彦(もろずみ たけひこ、1951年 - )は、長野県出身の自動車評論家。
山口 昇(やまぐち のぼる、1951年〈昭和26年〉 - )… 山口 昇(やまぐち のぼる、1951年〈昭和26年〉 - )は、日本の陸上自衛官、研究者、軍事評論家。最終階級は陸将。国際大学国際関係学研究科教授。タフツ大学フレッチャー・スクール修士。元ハーバード大学ジョン・M・オーリン戦略研究所国家安全保障客員フェロー。三重県出身。 1974年、防衛大学校卒業。第18期。同期に火箱芳文、杉本正彦など。 同年、陸上自衛隊航空科部隊配属。1983年、陸上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程修了。1988年フレッチャー・スクール修了、同修士号取得。1991年、ハーバード大学ジョン・M・オーリン戦略研究所客員研究員。 外務省北米局日米安全保障条約課出向、統合幕僚会議事務局軍備管理・軍縮班長、第11師団司令部第3部長(作戦担当)、陸上幕僚監部防衛調整官を経て、1999年から2001年まで外務省在アメリカ合衆国日本国大使館首席防衛駐在官(外務事務官・在米国日本大使館付参事官(国防・陸軍担当))。
高島 直之(たかしま なおゆき、1951年 - )は、日本の… 高島 直之(たかしま なおゆき、1951年 - )は、日本の美術評論家。武蔵野美術大学名誉教授。2022年、同大学芸術文化学科教授を退官。 1951年、宮城県生まれ。 武蔵野美術短期大学デザイン科商業デザイン専攻卒業。1978年、週刊書評紙「日本読書新聞」編集部入社。編集者として6年間勤務。学術書評欄を担当しながら美術・デザイン・写真・建築の記事を企画。同紙編集長を経て、美術批評(近現代美術/デザイン史)に携わる。 1994年 - 1995年、2001年 - 2002年ギャラリーαMキュレーター。
安部 司(あべ つかさ、1951年 - )は、日本の食品添加… 安部 司(あべ つかさ、1951年 - )は、日本の食品添加物評論家。 福岡県福岡市生まれ。特定非営利活動法人熊本県有機農業研究会メンバー(JAS判定員)。経済産業省国家資格水質第一種公害防止管理者。食品製造関係の特許4件取得。 山口大学文理学部化学科を卒業したのち総合商社の食品課に勤め、食品添加物の営業に従事していたが、ある日、自宅の食卓に自分が開発に関わったミートボールを発見し、自分の子供たちに食べさせたくないものを自分が作っていたということに初めて気がつき、愕然とした。ほどなく会社を退職。 2018年に一般社団法人加工食品診断士協会を設立した。 講演では、食品添加物やパウダー状の食品・香辛料を数十種類持ち込み、白い粉だけでできるインスタントラーメンのスープや、清涼飲料水の合成を実演して見せる。
松下 宏(まつした ひろし、1951年 - )は自動車評論家… 松下 宏(まつした ひろし、1951年 - )は自動車評論家、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。 群馬県前橋市生まれ。群馬県立中央高等学校、立命館大学産業社会学部を卒業後、自動車業界紙「ユーストカー」記者、自動車雑誌やアウトドア誌の編集者を経てフリーの評論家として独立。「カーセンサー」「中古車情報」など人気自動車雑誌誌上で活躍中。元々、庶民的な視点で評論するスタイルをとってきたが、最近は安全装備面を重視する傾向が見られる。新車と中古車の購入ガイドやローン・保険など車に関する経済情報に詳しい。[独自研究?]趣味はプロレス観戦と映画鑑賞で、カレーが大好物。クルマテレカのコレクターとしても知られ、今まで集めた数は数千枚にも達する(同じ種類のカードを保存用と交換用の2枚ずつ持つのが持論らしい)。
霜月 たかなか(しもつき たかなか、1951年 - )は、フ… 霜月 たかなか(しもつき たかなか、1951年 - )は、フリーライター、漫画評論家。本名は原田 央男(はらだ てるお)。コミックマーケット初代代表、元東洋大学文学部通信教育課程非常勤講師。 埼玉県出身。1971年に和光大学入学。1975年に米澤嘉博、亜庭じゅんらと漫画批評集団「迷宮」を結成。その活動の一環として漫画同人誌の即売会「コミックマーケット」を企画し、初代代表に就任。1980年に代表を辞し、以降はアニメを中心としたサブカルチャー方面のライター、漫画評論などの活動をしている。 この項目は、漫画に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画/PJ漫画雑誌)。
正木 基(まさき・もとい、1951年 - )は、日本のキュレ… 正木 基(まさき・もとい、1951年 - )は、日本のキュレーター、美術評論家。 東京都出身。和光大学卒業。北海道立近代美術館、目黒区美術館に学芸員として勤務。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科で非常勤講師。キューバ出身アーティストのプロデュース活動に従事。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術)。
根本 純(ねもと じゅん、1951年 - )は、日本のラリー… 根本 純(ねもと じゅん、1951年 - )は、日本のラリードライバー、自動車評論家、ドライビングインストラクター、環境探検家。神奈川県藤沢市鵠沼生まれ、東京都文京区在住。元文京区区議会議員、元衆参議院政策秘書。 第3回パリ・ダカールラリーに日本人として初出場し、13回完走6回。テレビ取材など、世界55カ国を 体感、実感、共感。大地に寝泊り、人と自然に接してきたなかで砂漠化、温暖化、飢餓など地球規模の環境悪化を体感した実践派。 19歳からラリーに参加し、大自然と対峙し己とパートナー、そしてクルマとの三位一体を求めるラリー競技の魅力にはまり代表の「Five & Quarter Rally Club」53年目。
水村 美苗(みずむら みなえ、1951年 - )は、日本の小… 水村 美苗(みずむら みなえ、1951年 - )は、日本の小説家、評論家。夫は東京大学経済学部名誉教授の岩井克人。
小川 隆(おがわ たかし、1951年 - 2019年6月13… 小川 隆(おがわ たかし、1951年 - 2019年6月13日)は、日本のアメリカSF翻訳家、評論家、編集者。日本SF作家クラブ会員。翻訳学校ユニカレッジ講師。本名は、小林祥郎(こばやし・よしお)。 東京都出身。早稲田大学第一文学部仏文科を卒業後、編集者・翻訳家に。編集者として集英社で「集英社ワールドSF」を担当。1981年から英米SFの新作を紹介研究するファングループ「ぱらんてぃあ」を、主催(会員には山岸真、中原尚哉、内田昌之、尾之上俊彦、中野善夫らがいた)。 1985年にはファンジン『ぱらんてぃあ』でSFファンジン大賞を受賞。小林祥郎名義でのSFファン活動により、1992年柴野拓美賞を受賞。