伊藤 文保(いとう ふみやす、1940年2月 -2020年5… 伊藤 文保(いとう ふみやす、1940年2月 -2020年5月17日 )は、日本の地方自治体神奈川県の元行政公務員。神奈川県副知事などを歴任した。県庁退職後、母校学校法人神奈川大学理事長。 1940年(昭和15年)2月生れ、神奈川大学第二経済学部卒業後、神奈川県庁入庁、総務部部長を経て神奈川県副知事(1999年6月~2003年5月)、2005年より母校神奈川大学運営に加わり2008年より神奈川大学理事長。
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村上 貢(むらかみ みつぐ、1940年 - 2025年 <令… 村上 貢(むらかみ みつぐ、1940年 - 2025年 <令和7年> 4月10日)は、日本の造園系地方公務員。 京都市に生まれる。大阪府立大学農学部園芸学科を卒業後、長崎県庁に入り、土木部都市計画家で勤務した。1972年に石川県庁に移り、土木部都市計画課や公園緑地課長を務めた後、県参事に就任した。 県庁を退いてからは、夕日寺健民自然園園長や金沢市文化財保護審議会委員などを歴任する。また金沢大学で非常勤講師も務めた。2019年時点では日本造園学会石川県連絡会顧問・石川県文化財保護指導員の役職に就いている。 2005年に、第27回日本公園緑地協会北村賞を受賞した。2025年死去。死没日付をもって正六位に叙された。
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斉藤 国雄(さいとう くにお、1940年 - )は、日本出身… 斉藤 国雄(さいとう くにお、1940年 - )は、日本出身の国際公務員。日本人初の国際通貨基金(IMF)局長で、IMFアジア太平洋局長や、IMFアジア太平洋地域事務所初代所長を務めた。 1964年一橋大学経済学部卒業、大蔵省(のちの財務省)入省。エディンバラ大学経済学部大学院を卒業して、M.Sc.Econ.(経済学修士)の学位を取得したのち、1969年から国際通貨基金に移り、1989年国際通貨基金アジア太平洋局次長に就任。1991年国際通貨基金アジア太平洋局長。1997年に国際通貨基金アジア太平洋地域事務所が設立されると、初代所長に就任し2002年まで務めた。退任後、2003年の富士大学大学院経済・経営システム研究科創設時から教鞭を執り、2020年まで同教授を務めた。
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辰巳 信哉(たつみ しんや、1940年 - 2007年12月… 辰巳 信哉(たつみ しんや、1940年 - 2007年12月27日)は、日本の造園系地方公務員。位階は従六位。瑞宝双光章。 兵庫県赤穂郡上郡町に生まれる。岡山大学農学部園芸学科を卒業後、1962年から兵庫県庁に勤務し、一貫して公園部門を歩み、県立公園の整備や管理に携わる。1993年から公園緑地課長を務める。 2000年に定年退職後、兵庫県園芸・公園協会常務理事や、日本造園修景協会およびランドスケープコンサルタンツ協会の理事を務めた。 2002年に、第24回日本公園緑地協会北村賞を受賞した。 2005年に有限会社パークサービス研究所を設立した。 2007年12月死去。死没日付をもって従六位に叙され、瑞宝双光章を追贈された。
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宮崎 政宣(みやざき まさのぶ、1940年 - 2026年5… 宮崎 政宣(みやざき まさのぶ、1940年 - 2026年5月5日)は、日本の地方公務員。元長崎県副知事。出納長、教育長、交通局長などを歴任し、副知事時代には県内の市町村合併を推進した。県庁退職後、公益財団法人長崎県すこやか長寿財団理事長等を務めた。 長崎県立長崎東高等学校を経て、1964年関西大学法学部卒業後、同年に長崎県入庁。観光課長、人事課長、1990年交通局長、1992年農林部長、1994年教育長を経て、1995年4月出納長。長崎県知事の金子原二郎に行政手腕を買われ、1999年4月副知事に就任。着任に際して各部課の横断的な協力に基づく総合行政の必要性を訴え、その調整に努めたいと所感を述べた。
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川北 和徳(かわきた かずのり、1939年11月22日 - … 川北 和徳(かわきた かずのり、1939年11月22日 - )は、日本の地方公務員 (技術公務員) 。東京都水道局多摩水道対策本部長、東京都水道局長を経て日本水道協会専務理事。瑞宝小綬章受章。 1962年(昭和37年)、北海道大学工学部衛生工学科卒業。 同年4月、東京都庁に入庁し、水道局配属。1970年、建設局江東治水事務所第二工区長。1971年12月、水道局計画部調整課総合調整係長。1973年7月、総務局小笠原支庁上下水道課長。1984年12月、水道局経営計画部計画課長。1985年12月、同経営計画部主幹。1991年(平成3年)6月、同給水部長。1993年7月、同多摩水道対策本部長。1995年6月、同公営企業管理者・水道局長・水道技術管理者 。
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黒川 雄二(くろかわ ゆうじ、1939年(昭和14年)9月2… 黒川 雄二(くろかわ ゆうじ、1939年(昭和14年)9月20日 - 2022年(令和4年)9月21日)は日本の基礎医学研究者、厚生労働技官。専門は毒性学、実験腫瘍学。北海道札幌市生まれ。黒川利雄の長男。 1964年東北大学医学部医学科卒業。1969年同大学医学部大学院医学研究科を修了し医学博士。その後、東北大学抗酸菌病研究所肺がん研究部門の文部教官助手。1975年から約2年間アメリカ国立癌研究所病理部客員研究員として比較腫瘍学研究室(Dawe,CJ博士)に留学。1978年、国立衛生試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)安全性生物試験研究センター病理部腫瘍病理室長(部長小田嶋成和)に就任。1987年同所毒性部長を経て、1995年同所安全性生物試験研究センター長。
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谷 修一(たに しゅういち、1939年3月20日 - )は、… 谷 修一(たに しゅういち、1939年3月20日 - )は、日本の厚生技官、医師。厚生省保健医療局長、厚生省健康政策局長、全国社会保険協会連合会副理事長、国際医療福祉大学学長等を歴任した。 1963年千葉大学医学部卒業。1964年千葉県市原保健所入所。1969年厚生省入省。公衆衛生局防疫課。1972年環境庁企画調整局公害保健課保健専門官。1974年厚生省大臣官房企画室計画官。1980年山口県衛生部長。1981年厚生省児童家庭局母子衛生課長。1982年厚生省公衆衛生局老健課長。1984年厚生省健康政策局指導課長。1986年厚生省保険局医療課長。1988年10月厚生省大臣官房厚生科学課長。1990年6月29日厚生省大臣官房審議官(科学技術担当)。
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谷 福丸(たに ふくまる、1939年2月11日 - )は、日… 谷 福丸(たに ふくまる、1939年2月11日 - )は、日本の官僚、国会職員、画家。瑞宝大綬章。55年体制の終焉の後、羽田、村山、橋本、小渕、森、小泉の6代の政権の傍ら、国会で史上最長(退任時)の約9年5か月、衆議院事務総長を務めた。その退職後は、国土緑化推進機構副理事長を務めた。 福岡県出身。福岡県立田川東高等学校(現・福岡県立東鷹高等学校)を経て(1957年卒業)、九州大学法学部卒業(1963年)。上野英信が著した『追われゆく坑夫たち』に感銘を受け、大学卒業後、福岡県庁に入庁し、既に衰退期に入っていた筑豊炭田の炭鉱を抱える鞍手福祉事務所にケースワーカーとして勤務した。県庁勤務中、国家公務員採用のため上京が決まったが、その挨拶回りの道すがら、仕事上世話をしていた家庭の子供から「好かん人が来たよー」と言われたことで「物事は半分、努力は半分分かってもらえれば十分なのだ」と思うようになったという。
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清水 政雄(しみず まさお、1939年 - )は、日本の地方… 清水 政雄(しみず まさお、1939年 - )は、日本の地方公務員、造園家。 山梨県に生まれる[要出典]。 千葉大学を卒業後、東京都庁に勤務する。建設局南部公園緑地事務所、公園緑地部緑化対策課、港湾局計画部、開発部、公園緑地部公園建設課を経て、財団法人東京都公園協会管理部長などを歴任した。日本造園学会関東支部副支部長も務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
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鶴来 紘一(つるぎ こういち、1939年または1940年 -… 鶴来 紘一(つるぎ こういち、1939年または1940年 - )は、日本の地方公務員。神戸市都市計画局長、同市建設局長、同市助役、同市住宅供給公社理事長を歴任。瑞宝小綬章受章。 石川県立金沢泉丘高等学校卒業、金沢大学工学部土木工学科卒業。神戸市役所入庁後、都市計画畑を歩み、都市計画局計画部計画課長、土木局西土木事務所長、都市計画局計画部長、企画調整局参与(技術担当)などを歴任後、1995年 (平成7年) 1月17日 阪神・淡路大震災発生。同月25日 市都市計画局長だった鶴来は建設省幹部に対し新長田駅南側について区画整理と再開発を要望。スピード重視の計画策定の中心を担った。1997年4月 都市計画局長を松下綽宏と交代し市田清弘の後任として建設局長、同年11月 前野保夫とともに神戸市助役。
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伊藤 利彦 (いとう としひこ、1939年または1940年… 伊藤 利彦 (いとう としひこ、1939年または1940年 - ) は、日本の地方公務員。広島市財政局長、同収入役、広島バスセンター社長を歴任。瑞宝小綬章受章。 1958年 (昭和33年) 広島県立廿日市高等学校卒業、1962年 立命館大学法学部卒業、広島市役所入庁、1995年 (平成7年) 4月 山岡俊英の後任として環境事業局長、1997年4月 同職を池原資實と交代し財政局長、1999年5月 千田淳と同職を交代し若狹武治の後任として広島市収入役、2003年3月 松浦洋二を後任として収入役を辞職。 市役所退職後に株式会社広島バスセンター代表取締役社長。
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小野 俊行(おの としゆき、1938年2月9日 - )は、日… 小野 俊行(おの としゆき、1938年2月9日 - )は、日本の国土交通技官。気象庁長官を務めた。 岡山県出身。1961年に東京大学理学部を卒業し、同年に気象庁に入庁。1991年に沖縄気象台長、1993年に予報部長を経て、1996年4月から1998年3月までに長官を務めた。 2008年4月に瑞宝重光章を受章。
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柴 順三郎(しば じゅんざぶろう、1938年 - )は、日本… 柴 順三郎(しば じゅんざぶろう、1938年 - )は、日本の地方公務員、教育者。元静岡県副知事、元気象審議会委員、元学校法人三島学園理事等を務めた。 静岡県出身。静岡県立韮山高等学校卒業。1959年(昭和34年)3月、日本大学短期大学部卒業後は静岡県に奉職。県の企画部長・出納長などの職務を経験した後、同県副知事に就任。副知事に就任して以来、静岡県広報協会会長、気象審議会委員、静岡県日中友好協議会理事長などの要職に就いた。 副知事の任期満了に伴い、後任として鈴木雅近氏が選任された。退任後は、学校法人三島学園(知徳高等学校)理事を務めた。 2008年(平成20年)4月、瑞宝中綬章を受賞。
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浅沼 信爾(あさぬま しんじ、1938年 - )は、日本出身… 浅沼 信爾(あさぬま しんじ、1938年 - )は、日本出身のエコノミスト、国際公務員。クーン・ローブ投資銀行極東代表事務所代表、世界銀行アジア第1局長、一橋大学教授等を歴任した。 三重県伊勢市生まれ。1961年一橋大学経済学部卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行。卒業論文ではアルバート・O・ハーシュマンの不均衡成長論を研究した。 1964年、第3期YPPで世界銀行に入行。世銀のYPPに参加したのは日本人として初めてで、また当時世銀の日本人スタッフは大蔵省から出向してきていた1名のみであった。経済局、極東局、プロジェクト局農業部でエコノミストを務めた。 卒論で扱ったハーシュマンのインドでのプロジェクトに参加したのち、GHQで農地改革を担当した3人のエコノミストのうちの1人であるウィリアム・ギルマーティンや、同じくGHQで農協設立などを行ったシーク・タカハシに師事し、カントリー・エコノミストとしての修練を積んだ。
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郡司 篤晃(ぐんじ あつあき、1937年7月16日 - 20… 郡司 篤晃(ぐんじ あつあき、1937年7月16日 - 2015年9月17日)は、日本の医学者、厚生技官。学位は、医学博士(東京大学)。 茨城県水戸市出身。1965年、東京大学医学部卒業。1970年には「The quantitative dental health care planning by means of stochastic model(確率モデルを用いたう蝕管理計画)」で医学博士号を取得。 1970年より東京女子医科大学日本心臓血圧研究所助手、講師、助教授を経て、1975年に厚生省入省。医務局総務課課長補佐、環境庁出向、鹿児島県衛生部長を得て1982年より2年間、薬務局生物製剤課長を務める。
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瀬田 悌三郎(せた ていさぶろう、1937年6月14日 - … 瀬田 悌三郎(せた ていさぶろう、1937年6月14日 - )は、日本の地方公務員。東京都総務局長や、東京都副知事、首都高速道路公団理事長、日本宝くじ協会理事長などを歴任した。 1956年東京都入庁。1960年中央大学法学部卒業。1972年文京区教育委員会事務局文京総合体育館長。1973年文京区教育委員会事務局社会教育課長。1975年文京区保健衛生部管理課長。同年東京都水道局副主幹(局務担当)。1979年東京都水道局総務部主計課長。1982年東京都総務局人事部職員課長。1984年東京都総務局主幹(人事部職員課長事務取扱)。1985年東京都総務局主幹(区市町村行財政連絡調整担当)。1987年東京都総務局参事。
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檜垣 正已(ひがき まさみ、1937年 - )は、日本の地方… 檜垣 正已(ひがき まさみ、1937年 - )は、日本の地方公務員。東京都福祉局長や、東京都財務局長を経て、東京都副知事を務めた。退任後、東京都歴史文化財団理事長、東京都慰霊協会会長など。 1959年京都大学法学部卒業、東京都庁入庁。1970年大田区厚生部国民年金課長。1973年東京都総務局副主幹(局務担当)。1973年東京都総務局副主幹(都市提携担当)。1975年東京都人事委員会事務局試験室副室長。1986年東京都総務局学事部学事第二課長。1978年同局総務部文書課長。1980年同局人事部職員課長。1981年同局主幹(人事部職員課長事務取扱)。1982年同局主幹(局務担当)。1984年同局参事。
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安井 俊夫(やすい としお、1937年 - )は、日本の地方… 安井 俊夫(やすい としお、1937年 - )は、日本の地方公務員。 愛知県生まれ。名古屋学院名古屋中学校・高等学校、1961年中央大学法学部卒業。大学卒業後、愛知県庁に勤務し、芸術文化や福祉関係の部局長、教育長を歴任する。1997年から「2005年日本国際博覧会(愛知万博)協会」の事務次長を務める。2004年から愛知総合看護福祉専門学校校長に就任。学生から「モリゾー先生」と呼ばれている。2007年、瑞宝小綬章受賞。 名古屋中学校・高等学校敬愛同窓会会長、俳句同好会青葉会会長、社会福祉法人愛知たいようの杜理事、社会福祉法人恩賜財団愛知県同胞援護会理事、社会福祉法人中日新聞社会事業団理事、社会福祉法人東海テレビ文化福祉事業団理事などを務めた[要出典]。
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室谷 千英(むろたに ちはな、1937年または1938年 –… 室谷 千英(むろたに ちはな、1937年または1938年 – 2024年 <令和6年> 4月22日)は、日本の地方公務員。神奈川県県民部長、神奈川県副知事 (女性初)、神奈川県立保健福祉大学副学長を歴任。瑞宝中綬章受章。 富山県出身。明治学院大学社会福祉学科を卒業し、1961年 神奈川県庁に入庁、1982年 新設された女性企画室の初代室長、1991年(平成3年) 6月 木下正雄の後任として渉外部長、1993年4月 同職を山野好章と交代し石井明の後任として県民部長、1995年6月 同職を橋本伸也と交代し、宮森進・山口栄蔵・渋谷正己の後任として神奈川県副知事就任。2001年3月 林英樹を後任として副知事退任。
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今堀 富三(いまほり とみぞう、1937年または1938年 … 今堀 富三(いまほり とみぞう、1937年または1938年 - 2004年〈平成16年〉9月12日)は、日本の地方公務員。大阪府企業局長、同出納長、同人事委員を歴任。瑞宝中綬章受章。位階は従五位。 1960年 関西大学法学部卒業。大阪府庁入庁。企画調整部同和対策室長、1992年4月 利倉昭二の後任として人事委員会事務局長、1994年1月 同職を高田常三郎と交代し迫間茂の後任として企業局長、1995年9月 同職を木原敬介と交代し出納長、大阪府住宅供給公社監事、1999年7月 鈴木重信を後任として出納長を辞職。同年10月 大阪府人事委員。2004年9月 死去。
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小川 眞(おがわ まこと、1937年 - 2021年8月12… 小川 眞(おがわ まこと、1937年 - 2021年8月12日)は、日本の農学者・環境生態学者、農林技官。農学博士(京都大学)。大阪工業大学工学部環境工学科元客員教授。日本バイオ炭普及会創設者・初代名誉会長。日本菌学会名誉会員。白砂青松再生の会元会長。日本で初めて森林のノーベル賞といわれる国際森林研究機関連合(IUFRO)の「ユフロ学術賞」を受賞。 専門は、農学・林学・環境生態学/森林生態学、土壌微生物学・菌学。 1937年京都府生まれ。京都大学農学部農林生物学科卒業。1967年同大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士(京都大学)。農林省に入省、林業試験場農林技官・土壌微生物研究室長。その後、森林総合研究所きのこ科長、関西総合環境センター生物環境研究所所長、関西電力顧問などを経て、2006年大阪工業大学工学部環境工学科客員教授。
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藤原 弘(ふじわら ひろし、1936年 <昭和11年> 11… 藤原 弘(ふじわら ひろし、1936年 <昭和11年> 11月16日 - 2009年 <平成21年> 6月6日)は、日本の政治家、元地方公務員。北海道根室市市長(1998年-2006年)。旭日小綬章受章者。位階は正六位。 埼玉県出身、埼玉県立熊谷高等学校卒、北海道大学水産学部卒。 1959年(昭和34年)- 北海道庁に入庁する。1980年(昭和55年)- 同庁後志支庁水産課長に就任する。 1985年(昭和60年)- 同庁水産部漁政課長就任にする。1988年(昭和63年)- 同庁水産部技監に就任する。 1989年(平成元年)- 同庁根室支庁長に就任する。1991年(平成3年)- 同庁水産部長に昇格する。
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小椋 進(おぐら すすむ、1936年9月30日 - )は日本… 小椋 進(おぐら すすむ、1936年9月30日 - )は日本の地方公務員。横浜市助役。 北海道大学工学部卒業。1961年 横浜市入庁。 企画調整局企画部企画課長、企画財政局企画調整室長、企画財政局理事兼企画調整室長などのポストを務め、1990年6月 金沢区長。1993年5月12日 企画財政局長。1994年7月 財政局長。1995年6月1日 横浜市助役。1999年3月 清水利光を後任に助役を退任。 2003年10月21日から神奈川県公安委員会委員となる(〜2006年10月20日)。 2012年4月29日 瑞宝中綬章を受章。
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小山 健一(こやま けんいち、1936年(昭和11年)7月4… 小山 健一(こやま けんいち、1936年(昭和11年)7月4日 - 2017年(平成29年)2月24日)は、日本の政治家、地方公務員。北海道北見市出身。1959年(昭和34年) 北海道大学農学部卒。北海道北見市長(1995年 - 1999年)。 1959年(昭和34年)北見市役所に入り、総務部総務課に配属。1985年(昭和60年)同市衛生部長。1987年(昭和62年)同市農務部長、1991年(平成3年)同市都市住宅部長に就任。北見市役所を退職し、1995年(平成7年)北見市長選挙に出馬し現職市長の久島正を破って初当選するも1999年(平成11年)に新人の神田孝次に敗れ落選した。2000年北海学園北見大学商学部客員教授(地方自治論、農業政策)。
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翁長 助裕(おなが すけひろ、1936年〈昭和11年〉3月1… 翁長 助裕(おなが すけひろ、1936年〈昭和11年〉3月14日 - 2011年〈平成23年〉1月15日)は、日本の政治家、地方公務員。沖縄県副知事、沖縄県議会議員。 1936年(昭和11年)3月14日、沖縄県那覇市古島に生まれる。1959年(昭和34年)に法政大学法学部政治学科を卒業、1962年(昭和37年)に法政大学大学院社会学研究科政治学専攻修士課程を修了し、琉球政府計画局に入る。 1972年(昭和47年)に沖縄県議会議員(2期)に当選し、1977年(昭和52年)に新自由クラブ沖縄県連代表に就任し、1979年(昭和54年)の衆議院沖縄県全県区に新自由クラブ公認で立候補するが落選する。1980年(昭和55年)に沖縄県教育委員(2期)、1984年(昭和59年)から教育委員長(3期)を務める。
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近藤 徹(こんどう とおる、1936年(昭和11年)1月4日… 近藤 徹(こんどう とおる、1936年(昭和11年)1月4日 - )は、日本の土木工学者、建設技監。土木学会認定特別上級土木技術者(総合)。 1959年(昭和34年)東京大学工学部土木工学科を卒業し、建設省に入省する。河川局長、建設技監等を歴任したのち民間に転じ、水資源開発公団総裁を経て、2004年(平成16年)東北電力常任顧問に就任した。建設省時代は薗原ダム、矢木沢ダム、川治ダム、長良川河口堰などに関与した。 ほか、土木学会にて会長、東北支部幹事長、中国支部長、副会長、定款委員長、論説委員、河川協会会長、応用生態工学会会長などを務めた。
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桑田 宜典(くわだ よしのり、1936年または1937年 -… 桑田 宜典(くわだ よしのり、1936年または1937年 - 2022年〈令和4年〉7月31日)は、日本の地方公務員。岐阜県総務部長、同副知事を歴任。瑞宝中綬章受章。位階は正六位。 1959年 (昭和34年) 明治大学法学部卒業。岐阜県庁入庁、1990年 (平成2年) 4月 西本徹雄の後任として民生部長、1992年4月 同職を細井日出男と交代し永倉八郎の後任として総務部長、理事、1995年4月 岐阜県副知事就任。1999年4月 副知事再任。財団法人岐阜県企画設計センター、財団法人グリーンピア恵那、社団法人岐阜県家畜畜産物衛生指導協会を解散した。2001年3月 副知事を辞職。 2006年3月 財団法人岐阜県県民ふれあい会館を解散。
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堀 達也(ほり たつや、1935年11月22日 - )は、日… 堀 達也(ほり たつや、1935年11月22日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。1995年から北海道知事(公選第13・14代)2期8年務めた。北海学園元理事。札幌大学前理事長。北海道開拓記念館(現・北海道博物館)元館長。北海道スポーツ協会会長。 樺太敷香郡泊岸村出身。網走支庁遠軽町で育つ。1954年、遠軽高校卒業。1958年、北海道大学農学部林産学科を卒業し、北海道庁に入庁。初任地は網走支庁上渚滑林業指導事務所であった。 林務部、北海道大阪事務所、秘書課長、生活環境部次長、土木部次長、知事室長、北海道公営企業管理者、横路孝弘の下で副知事などの職を経て、1995年に北海道知事選に無所属(新進党・日本社会党・公明・民社協会推薦)で出馬し、伊東秀子を破って初当選する。
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小林 和男(こばやし かずお、1935年〈昭和10年〉10月… 小林 和男(こばやし かずお、1935年〈昭和10年〉10月30日 - 2018年〈平成30年〉1月26日)は、日本の政治家、地方公務員、教育者。北海道乙部町出身。北海道学芸大学旭川分校卒業。北海道三笠市市長(3期)。 8人兄弟の5番目として生まれる。大学卒業後、小中学校教諭、三笠市立博物館副館長を経て、1987年三笠市議会議員に当選。その後の市議選で落選し、1999年7月三笠市教育長に就任。市教育長を辞職して、2003年三笠市長選に立候補し初当選。2011年3期目当選。市長在職中は全国市長会理事も務めていた。2015年任期満了で市長を退任。 退任後は、後任の西城賢策市長の発案により、三笠市の特産品などをPRする目的で新設した特命大使第1号に任命された。
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板谷利雄(いたや としお、1935年7月11日 - 2012… 板谷利雄(いたや としお、1935年7月11日 - 2012年1月22日)は、日本の政治家、元地方公務員。北海道長沼町長(1988年 - 2008年)。旭日小綬章受章。位階は従五位。 北海道夕張郡長沼町出身。札幌文科専門学院(現札幌学院大学)法科を経て、1952年札幌短期大学商業科卒。 1952年北海道長沼町役場に入庁。同町議会事務局長、同総務課長などを歴任。1979年同収入役。その後、自由民主党の北修二秘書。1988年長沼町長選挙に出馬し初当選。以後、連続5期当選。2008年勇退した。 この他、長沼町グリーン・ツーリズム推進協議会会長も務めた。 2012年1月22日に急性肺炎のため76歳で死去。
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植野 正明(うえの まさあき、1935年4月4日 - )は、… 植野 正明(うえの まさあき、1935年4月4日 - )は、日本の地方公務員。東京都清掃局長や、東京都港湾局長、東京都副知事、東京ファッションタウン代表取締役社長、全国信用保証協会連合会会長などを歴任した。 1959年千葉大学文理学部卒業、東京都入庁。1970年葛飾区総務部財務課長。1973年東京都総務局副主幹(特別区制担当)。1975年東京都中央卸売市場企画室副参事。1977年東京都総務局学事部学事第一課長。1979年東京都総務局行政部区政課長。1981年東京都総務局主幹、私立学校教育振興会事務局長。1983年東京都議会局調査部長。1985年東京都総務局同和対策部長。1987年東京都総務局総務部長。
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三隅 佳子(みすみ よしこ、1934年〈昭和9年〉9月7日 … 三隅 佳子(みすみ よしこ、1934年〈昭和9年〉9月7日 - 2018年〈平成30年〉9月7日)は、日本の地方公務員、教育者である。専門は家政学、ジェンダー問題。 福岡県北九州市出身。福岡県立小倉高校、共立女子大学を卒業後、5年間小学校の教員を務めた。退職後は子育てに専念する中でPTAや母の会の活動を始め、1978年(昭和53年)、北九州市社会教育指導員となる。 その後短大講師を経て1982年(昭和57年)、北九州市役所で初めて民間出身の女性管理職となり、翌1983年(昭和58年)には初代の婦人対策室室長に就任。1990年(平成2年)には市民局女性行政推進部長、併せて財団法人アジア女性交流・研究フォーラムの専務理事にも就任した。
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曽野 和明(その かずあき、1934年 - 2020年)は、… 曽野 和明(その かずあき、1934年 - 2020年)は、日本の法学者・国際公務員。専門は国際私法・英米法。 北海道大学名誉教授。国際連合国際商取引法委員会事務局長・国際連合法務局国際取引法部長等を歴任。大阪府出身。 この他、東北大学、名古屋大学、大阪大学、大阪市立大学、九州大学の非常勤講師 など外務的な要職をこなす 商事法・国際取引法・比較法・英米法と多岐に渡るが国際物品売買契約に関する国際連合条約が特に研究対象。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
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畠山 健治郎(はたけやま けんじろう、1933年〈昭和8年〉… 畠山 健治郎(はたけやま けんじろう、1933年〈昭和8年〉11月17日 - 2023年〈令和5年〉6月3日)は、昭和から平成期の地方公務員、政治家。位階は正五位。 衆議院議員(2期)、大館市長を務めた。 秋田県北秋田郡森吉町出身。1954年(昭和29年)農業講習所農業科を卒業。同年、秋田県庁に入庁。1962年(昭和37年)大館地方労事務局長。1965年(昭和40年)県北生活協同組合理事。1976年(昭和51年)県職労中央執行委員長。1979年(昭和54年)大館市長に初当選。以降3期務めた。 1993年(平成5年)日本社会党公認で第40回衆議院議員総選挙で旧秋田1区から初当選。1996年(平成8年)の第41回総選挙では社会民主党公認で秋田2区から立候補。
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岩瀬 良三(いわせ りょうぞう、1933年〈昭和8年〉8月2… 岩瀬 良三(いわせ りょうぞう、1933年〈昭和8年〉8月20日 - )は、日本の政治家、地方公務員。佐原市長、参議院議員(1期)、千葉県教育長を歴任。地方財政・教育政策に造詣が深い。瑞宝中綬章受章。 千葉県佐原市出身。千葉県立佐原高等学校卒業。横浜市立大学文理学部卒業後、千葉県庁に入る。同総務部財政課主幹、同総務部財政課長を経て、1986年(昭和61年)同商工労働部長に就く。1988年(昭和63年)千葉県教育長に就任。 1995年(平成7年)千葉県庁を退職し、同年7月、第17回参議院議員通常選挙に千葉県選挙区から新進党公認で立候補し、初当選。1998年(平成10年)1月改革クラブに参加し、同党参議院議員会長に就任するが、同年10月に離党。
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中村 賢二郎(なかむら けんじろう、1933年7月8日 - … 中村 賢二郎(なかむら けんじろう、1933年7月8日 - )は、日本の文部官僚、侍従。 新潟県佐渡島生まれ。1958年東京大学文学部哲学科卒業、文部省入省。1977年より同省内各課長、京都国立博物館次長、文化庁文化財保護部長。1986年宮内庁侍従。1989年皇太后宮職参事兼侍従。1991年国立茨城工業高等専門学校長。1997年別府大学学長・教授。2003年杉野服飾大学・同短期大学部学長・教授。2004年学校法人杉野学園理事長。 2004年4月瑞宝中綬章受章。
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薬師寺 克一(やくしじ かついち、1933年(昭和8年)2月… 薬師寺 克一(やくしじ かついち、1933年(昭和8年)2月15日 - 2004年(平成16年)3月7日)は、昭和から平成期の地方公務員、政治家。東京都目黒区長(2期)。 大分県で生まれ、中央大学法学部を卒業し、目黒区職員課長、区議会事務局長、総務部長、助役など務めた。 1998年10月18日の目黒区長選挙で、自民党・民主党・公明党・自由党・社民党・自由連合から推薦を得て立候補し、共産党推薦の片岡敏康を破り初当選した。 1988年の区長選挙で選挙参謀を務めた元区長室長の菊谷伸夫と目黒区議会議員の横山大は、公職選挙法違反で2001年5月に逮捕されるも起訴猶予となる。 2002年10月に自民党・民主党・公明党・自由党・社民党から推薦を受けて再選される。
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杉本 拓(すぎもと たく、1933年1月1日 - )は、元地… 杉本 拓(すぎもと たく、1933年1月1日 - )は、元地方公務員、元学校経営者。元札幌市助役・元学校法人北星学園理事長。 樺太に生まれる。終戦後、北海道に引き揚げ、同地で育つ。1959年(昭和34年)、弘前大学文理学部卒業。1959年、(昭和34年)、札幌市役所に入庁。その後、札幌市役所秘書課長、同豊平区長、同衛生局長を経て、1982年(昭和57年)、板垣武四市長の下で同秘書部長に就く。1987年(昭和62年)、同総務部長。1989年(平成元年)、札幌市助役に就任(知事は板垣武四・桂信雄)。1993年(平成5年)、札幌市役所停年退官。小樽短期大学経営実務科教授(地方自治論・地方自治法・地方公務員論担当)。
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岩﨑 四郎(いわさき しろう、1933年 - 2010年3月… 岩﨑 四郎(いわさき しろう、1933年 - 2010年3月4日)は、日本の法務官僚、刑務官。元名古屋矯正管区長。退官後は長崎原爆の研究に取り組んだ。 1933年生まれ。12歳の時に長崎市で被爆した。1956年に九州大学法学部を卒業後、法務省に採用され入省。矯正研修所教官、法務総合研究所研究官を務め、刑事政策に関する論文を多く著した。福岡矯正管区長、広島矯正管区長、名古屋矯正管区長などを歴任して、1993年に退官。2003年に勲三等瑞宝章を受章した。退官後は長崎原爆について研究し、投下に至った経緯を検証するとともに、核軍縮や反戦を訴えた。2010年に腹部大動脈瘤破裂のため死去。
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斉藤 英二(齊藤、さいとう えいじ、1932年(昭和7年)1… 斉藤 英二(齊藤、さいとう えいじ、1932年(昭和7年)11月14日 - 2000年(平成12年)6月8日)は、日本の政治家・元地方公務員。北海道岩内郡岩内町出身。北海道大学法学部卒業。北海道石狩町町長(1994年-1996年)・北海道石狩市市長(1996年-1999年)。位階は正五位。勲四等瑞宝章。 北海道大学卒業後に、北海道庁に入庁。同庁住宅都市部長。北海道住宅管理公社理事長。恵庭リサーチ・ビジネス・パーク社長。1994年寺内靖治逮捕に伴い石狩町長選挙に出馬し、初当選。1996年市制に移行。1999年風邪で入院中転倒し背骨を骨折、悪化。任期半ばで市長辞任し、翌年、逝去。死没日付をもって正五位に叙され、勲四等瑞宝章を追贈された。
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田宮 榮一(たみや えいいち、1932年〈昭和7年〉10月1… 田宮 榮一(たみや えいいち、1932年〈昭和7年〉10月16日 - 2018年〈平成30年〉2月16日)は、日本の警察官、コメンテーター。最終階級は警視監。日本テレビ客員解説員を務めた。表記は田宮栄一になっている場合もある。 日本統治時代の台湾で生まれる。 戦後、日本に復員して山形県西村山郡河北町で高校卒業まで過ごした。山形県立谷地高等学校を卒業後、中央大学法学部を経て1952年に警視庁採用。 所謂「ノンキャリア」として、採用時の巡査から警視監(現役警察官としては警視長)まで昇任を経験。田宮以外にもノンキャリアで警視監まで昇任した者は他にも居るが、その数は非常に少ない狭き門であり、特に刑事畑出身の者は事件捜査で多忙を極める関係上、昇任試験の勉強をする時間的な余裕がなく、昇任しにくい傾向にある。
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秋村 功(あきむら いさお、1932年7月24日 - 199… 秋村 功(あきむら いさお、1932年7月24日 - 1990年7月4日)は、日本の歌人・短歌評論家、環境問題を専門とする国際公務員(元国際連合環境計画(UNEP)支援措置部長)。一橋大学商学部卒。本名崎村久夫。宮崎県宮崎市出身。 未来短歌会の同人で、我妻泰(田井安曇)の「未来手帖」のあとを継ぎ、洗練された文章を記していた。その我妻泰と歌誌『河』を編む。岡井隆が吉本隆明と定型論争を繰り広げた際は、アメリカ社会学や社会心理学の知識を授けてブレーンとなった。 1958年、「短歌散文化の性格」で第3回現代短歌評論賞受賞。 晩年は環境問題に取り組み、国際湖沼委員会などの設立に尽力した。 野村総合研究所上席研究員の崎村夏彦は長男。
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林 芳男(はやし よしお、1932年〈昭和7年〉6月15日 … 林 芳男(はやし よしお、1932年〈昭和7年〉6月15日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道滝川市長(3期)。 砂川市出身。北海道大学農学部卒業。北海道日高支庁(現・日高振興局)長、林務部次長、林務部長を歴任した。1991年(平成3年)自民、社会、公明、民社の各党の推薦を受けて滝川市長選挙に立候補し、無投票で当選した。1995年(平成7年)にも当選した。 1999年(平成11年)の市長選は共産党推薦の新人との争いになったが、自民、民主、公明、自由の各党の推薦を受け立候補し、3選を果たした。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts) 2003年(平成15年)4月26日に引退。
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高橋 俊龍(たかはし しゅんりゅう、1932年3月9日 - … 高橋 俊龍(たかはし しゅんりゅう、1932年3月9日 - 2019年2月18日)は、日本の地方公務員。東京都港湾局長や、東京都副知事、東京都競馬代表取締役社長、ゆりかもめ代表取締役社長などを歴任した。 山形県西置賜郡白鷹町出身。山形県立長井高等学校を経て、1954年東京教育大学教育学部卒業。1966年中央区教育委員会事務局社会教育課長。1967年中央区教育委員会事務局学務課長。1969年中央区総務部財務課長。1971年東京都総務局人事部給与課長。1972年東京都総務局人事部調査課長。1976年東京都監察員。1977年東京都公害局参事。1979年東京都総務局勤労部長。1982年東京都総務局総務部長。
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牧野 洋一(まきの よういち、1931年10月4日 - )は… 牧野 洋一(まきの よういち、1931年10月4日 - )は、日本の地方公務員。東京都副知事や、東京都国民健康保険団体連合会理事長、全国信用保証協会連合会会長を務めた。 1954年東京都立大学人文学部卒業。1966年東京都民生局副主幹。1968年東京都民生局厚生部調査課長。1969年東京都民生局厚生部企画課長。1971年東京都民生局総務部庶務課長。1973年東京都民生局主幹。1976年東京都政策室参事。1979年東京都民生局総務部長。1981年東京都福祉局次長。1983年東京都立大学事務局長。1987年東京都労働経済局長。1990年東京都企画審議室長。1991年東京都副知事。1995年東京のあすを創る協会会長。
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小笠原 暁(おがさわら さとる、1931年9月26日 - 2… 小笠原 暁(おがさわら さとる、1931年9月26日 - 2020年9月28日)は、日本の経済学者、地方公務員、実業家。兵庫県副知事や、芦屋大学学長、日本オペレーションズ・リサーチ学会会長等を歴任した。また、実弟の久野暲ハーバード大学教授とともにロゴヴィスタを興し、同社代表取締役社長も務めた。父は英語学者の久野朔郎。兄は哲学者の久野昭。 1953年名古屋大学理学部数学科卒業。1955年名古屋大学経済学部経済学科卒業。1958年名古屋大学大学院経済学研究科中退。1960年神戸商科大学講師に着任し、1962年同助教授に昇格。1963年には経営管理学科を創設した。1968年同教授。その後日本の学生運動を嫌気し、1972年に兵庫県企画部長に転じ、総合計画の策定などにあたった。
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清水 正之(しみずまさゆき、1931年7月2日 - 2016… 清水 正之(しみずまさゆき、1931年7月2日 - 2016年5月12日)は、日本の地方公務員、造園家。元大阪府理事、元大阪芸術大学教授、元NPO国際造園研究センター理事長、日本イエメン友好協会理事長など歴任。農学博士(東京大学、1997年)。 1954年東京大学農学部農学科を卒業。北村徳太郎に師事。同年大阪府庁入庁。農林部林務課勤務。1957年大阪府土木部計画課勤務で以降の府営公園整備や府内の自然公園に関わる、1963年土木部服部緑地管理事務所主査、1964年土木部公園課施設係長、1972年南部公園事務所長、1977年大阪芸術大学芸術学部非常勤講師、1978年からイエメン国でJune13公園の設計や首都サナアの緑化・レクリエーション地計画・駐車場配置計画策定指導などに尽力、1979年土木部公園課長、1985年社団法人大阪府公園・都市緑化協会理事長、1986年財団法人国際花と緑の博覧会協会事務次長を歴任し、1988年に大阪府を退職。
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我孫子 健一(あびこ けんいち、1931年6月13日 - )… 我孫子 健一(あびこ けんいち、1931年6月13日 - )は、日本の地方公務員、航空実業家。北海道副知事、北海道住宅供給公社理事長、北海道空港代表取締役社長、北海道国際航空会長、北海道経済連合会副会長などを歴任した。日本棋院普及功労賞受賞。瑞宝中綬章受章。 北海道札幌南高等学校を経て、1954年北海道大学経済学部卒業、北海道庁入庁。1972年開発調整部参事。1977年開発調整部次長。1980年上川支庁長。1983年開発調整部長。1987年北海道副知事。1991年北海道住宅供給公社理事長。1994年北海道空港代表取締役社長。2000年北海道国際航空会長、北海道経済連合会副会長、北海道観光連盟会長。
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今井 和幸(いまい かずゆき、1931年4月13日 - 20… 今井 和幸(いまい かずゆき、1931年4月13日 - 2008年1月27日)は、日本の地方公務員、経営者。兵庫県副知事、サンテレビジョン会長を務めた。兵庫県豊岡市出身。勲三等旭日中綬章。位階は正五位。 1949年に兵庫県庁に入庁し、1954年に関西大学法学部を卒業。1993年から1997年までに副知事を務め、サンテレビジョン会長も務めた。 2008年1月27日肺炎のために死去。76歳没。
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