やまじ えびね(1965年5月3日 - )は、日本の漫画家。… やまじ えびね(1965年5月3日 - )は、日本の漫画家。東京都在住。日本大学藝術学部文芸学科卒業。女性同士の恋愛ものの作品もある。代表作は『レッド・シンブル』、『女の子がいる場所は』。 コミックナタリーによると、「乙女ちっくな少女マンガとは一線を画すアヴァンギャルドでクールな作風」で描く。 アナログとデジタルの両方で作画を行う。下がきにペン入れをし、消しゴムをかけてスキャン後、デジタルで作業している。ペンは主にGペンを使っているが、やまじによると「筆圧がかからないというか、線の入り抜きなどもせず均一に描いている」ためか、ペン先が減らずに何年も同じペンを使用している。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
村上 たかし(むらかみ たかし、1965年4月8日 - )は… 村上 たかし(むらかみ たかし、1965年4月8日 - )は、日本の男性漫画家。 大阪府出身。甲陽学院中学校・高等学校卒業[要出典]。京都大学経済学部中退。血液型はO型。2007年から広島県東広島市在住。妻はエッセイストの村上佳代。 1985年、京都大学在学中に集英社の青年向け雑誌『ヤングジャンプ』にて『ナマケモノが見てた』でデビューする。同作は、まず読み切りが『ヤングジャンプ』の増刊号などに数回掲載された。次いで1986年に『ヤングジャンプ』33号から37号まで5号連続で短期連載された後、47号より正式に連載開始された。 1992年、本人主宰の映像サークルに所属し、『ナマケモノが見てた』内でのメンバー募集以来一緒に活動していた「佳代」と結婚。
小林 靖子(こばやし やすこ、1965年4月7日 - )は、… 小林 靖子(こばやし やすこ、1965年4月7日 - )は、日本の脚本家・漫画原作者。東京都江東区出身。特撮テレビドラマ作品やアニメ作品を主に手がける。愛称は「靖子にゃん」。 高校時代にシナリオ・センターの通信講座を1年間受講する。神戸山手短期大学卒業後、コンピューター・ソフトウェアの会社でプログラマーとして働いていたが、ある日偶然見た『特警ウインスペクター』の影響で特撮に興味を持つ。その後『特捜エクシードラフト』のシナリオを書いてテレビ朝日の「ご意見・ご感想」コーナーに送付する。普通なら単なるファンレター的産物として相手にされないところ、同作のメインライターである宮下隼一や、制作会社の東映で同作を受け持っていたプロデューサーの堀長文の目に留まり、それから毎週『特捜エクシードラフト』の台本が送られて来るようになった。
あかほり さとる(本名:赤堀 悟、1965年3月8日 -)は… あかほり さとる(本名:赤堀 悟、1965年3月8日 -)は、日本の小説家・ライトノベル作家・脚本家・漫画原作者。SATZ社長。血液型はO型。 愛知県刈谷市で出生、半田市で育つ。愛知県立半田東高等学校、明治大学農学部農業経済学科卒業。 大学在学中の1986年に小山高生主宰の脚本学校「アニメシナリオハウス」を受講し(2期生)、翌年の小山による脚本家集団「ぶらざあのっぽ」発足にも参加。1988年にテレビアニメ『ホワッツマイケル』の脚本でデビューした。以後、アニメで、『天空戦記シュラト』『宇宙の騎士テッカマンブレード』など、多くの作品のシリーズ構成や脚本を手がける。 1989年に『天空戦記シュラト』のノベライズで小説家デビュー。
白倉 由美(しらくら ゆみ、1965年3月8日 - )は、日… 白倉 由美(しらくら ゆみ、1965年3月8日 - )は、日本の小説家、漫画家、ラジオ番組などのプロデューサー。 千葉県出身。武蔵野女子大学文学部日本語・日本文学科卒業。夫は作家、漫画原作者の大塚英志。作品によっていくつかのペンネームが存在する。 その後は小説『夢から、さめない』に漫画を描き下ろしたり、2001年に復刊された『白倉由美コレクション1 セーラー服物語』にて単行本未収録だった『短距離走者』を新たに書き下している。 白倉由美は『グレーテルの記憶』の執筆を開始する前後に、自身の単行本を全て絶版にした。しかし、1996年にリーディングストーリィ『東京星に、いこう』のCD発売を契機に、少しずつ自身の作品を出版社は変えつつ復刊している。
今賀 俊(いまが しゅん、1965年3月5日 - )は、日本… 今賀 俊(いまが しゅん、1965年3月5日 - )は、日本の漫画家。大分県出身。 大分県立大分上野丘高等学校、九州産業大学卒業。量販店に就職するが5ヶ月で辞職し、春日光広に師事した。 1990年、『雷蛇』で第19回小学館新人コミック大賞児童部門藤子不二雄賞佳作受賞。その後上京し、徳田ザウルスのアシスタントを担当。以後は児童漫画で活動。『月刊コロコロコミック』『別冊コロコロコミック』(いずれも小学館)1995年9月号から2001年12月号まで連載された『爆球連発!!スーパービーダマン』は、従来のデザインであったボンバーマン型のビーダマンとは全く異なるオリジナルデザインのビーダマンが登場し話題を呼んだ。
おーなり 由子(おーなり ゆうこ、1965年2月18日 - … おーなり 由子(おーなり ゆうこ、1965年2月18日 - )は、日本の絵本作家、漫画家。大阪府出身。夫は絵本作家のはたこうしろう。大阪府立春日丘高校、京都精華大学卒。 1982年、『りぼんオリジナル』(集英社)秋の号に掲載された「路地裏の風景」で漫画家としてデビュー。1985年に初の短編集「秋のまばたき」に続き「六月歯医者」「グリーンブックス」「ともだちパズル」計4冊の漫画作品を発表。(りぼんマスコットコミックス)。これらの作品は、のちに未収録作品を追加して、文庫版の作品集「あこがれくじら」「ともだちパズル」2冊に収録。デジタル版の刊行時に「グリーンブックス」が3集目に追加された。さくらももこと交流があり、『ちびまる子ちゃん』のおまけページにたびたび登場した。
樹崎 聖(きさき たかし、1965年2月1日 - )は、日本… 樹崎 聖(きさき たかし、1965年2月1日 - )は、日本の漫画家。兵庫県西宮市出身。大阪芸術大学デザイン科卒業。漫画元気発動計画主宰。 1987年にホップ☆ステップ賞に入選した『ff(フォルテシモ)』が『週刊少年ジャンプ』(集英社)に掲載されデビュー。同年に同誌で開始した『ハードラック』で連載デビューした。 1987年、『ff(フォルテシモ)』が『週刊少年ジャンプ』(集英社)の4月期第26回ホップ☆ステップ賞に満点で入選し、『週刊少年ジャンプ』でデビュー。 『ハードラック』『とびっきり!』を『週刊少年ジャンプ』で連載。その後ジャンプ増刊に掲載された読み切りを2冊の短編集として出版、『少年ジャンプ増刊』で『TACHYON FINK』を連載。
とだ 勝之(とだ かつゆき、1965年1月31日 - )は、… とだ 勝之(とだ かつゆき、1965年1月31日 - )は、日本の漫画家。広島県福山市出身。広島大学出身。妹尾河童は父の従兄弟にあたる。 1989年に『月刊少年マガジン』に連載した『あきら翔ぶ!!』でデビュー。アシスタントにこうの史代、徳島早苗がいる。 福岡県立筑紫高等学校在学当時、後にアニメーターとなる森田宏幸らと自主制作漫画映画『ガラスわり少年』と『惑星ラスク』を作製、当時アニメ雑誌にて入賞し、NHKの番組『YOU』に出演したという経歴を持つ。 2007年より講談社の月刊漫画雑誌に連載されていた女子高生DIYマンガ『ホームセンターてんこ』が2010年2月、打ち切りを宣告される。しかしその後匿名掲示板2ちゃんねるなどで注目を集め、とだ自身もプロモーションや同人活動を活発化させていき、単行本の増刷など、一定の成果を上げている。
片山 愁(かたやま しゅう、1965年1月25日 - )は、… 片山 愁(かたやま しゅう、1965年1月25日 - )は、日本の漫画家。新潟県上越市出身。 同人誌活動をしており、ラポート発行の雑誌『ファンロード』の常連投稿者を経てプロとしてデビュー。商業誌では角川書店、新書館『月刊ウィングス』にて執筆、小説の挿絵作家としても活動している。白と黒のコントラストの強い特徴的な絵柄で、女性の目からみた魅力的な少年を描いている。 2011年に自費出版本 チャリティーイラスト本「Smile/Yell」(2011年、東北地方太平洋沖地震関連)にイラスト寄稿している。
小松 直之(こまつ なおゆき、1965年1月6日 - )は、… 小松 直之(こまつ なおゆき、1965年1月6日 - )は、日本の男性漫画家、イラストレーター。秋田県南秋田郡若美町(現在の男鹿市若美地区)出身。血液型はAB型。 秋田県立秋田高等学校卒業。東北大学工学部を進級年限修了退学。 東北大学の理系学部を退学後、文学座演技部研究生という異色の経歴の持ち主。 月刊漫画誌「コミックアレ!」(マガジンハウス)で連載した『電脳巡警』で、第1回COMICアレ!マンガ大賞新人賞を受賞。この漫画は、眼鏡をかけた紳士的なアンドロイドが主人公の刑事の相棒になって二人で活躍するという、近未来的なSF物である(ちなみに第1話は、相棒がアンドロイドであることに主人公が気づかないまま終わる)。
那州 雪絵(なす ゆきえ、1965年1月4日 - )は、日本… 那州 雪絵(なす ゆきえ、1965年1月4日 - )は、日本の漫画家、アニメーター。東京都豊島区池袋生まれ。血液型はA型。 作品に『花とゆめ』(白泉社)で連載された「ここはグリーン・ウッド」がある。 元アニメーターで、スタジオナンバーワンに所属し、漫画家デビューから数年間は兼業をしていた。また「那州和也」名義で同人活動をしていたこともある。 子供の頃に少年野球チームの選手だったこともあり、少年への憧れ、場合によっては女性であることによるそこからの挫折が創作の原動力になっている節もある。雑誌ぱふ91年10月号で、「女性である事は漫画家である事よりも重要ではない。今、急に男になっても困らない。」とコメントをしている。
一本木 蛮(いっぽんぎ ばん、1965年1月4日 - )は、… 一本木 蛮(いっぽんぎ ばん、1965年1月4日 - )は、日本の漫画家、同人作家、コスプレイヤー。日本漫画家協会常務理事、文星芸術大学非常勤講師。 神奈川県横浜市出身。既婚。父親は整形外科医の米本恭三である。愛称および自称は『蛮仔(バンチャイ)』。また、いくつかの著書等で自身が参加していたバンドの名前「Purple Mantis(パープルマンティス)」に因み、『漫帝(まんてい)』(マンティスから)と自称している事もある。ただし正確には、香港映画に夢中していた時期、チョウ・ユンファの通り名が「亜州映帝」だったことに影響を受けており、自身の同人誌のシリーズ名は「亜州漫帝」としている。 いわゆるコスプレアイドルの元祖的な存在であり、愛・地球博で開催された「世界コスプレサミット」の審査員も務めた。
永福 一成(えいふく いっせい、1965年1月1日 - )は… 永福 一成(えいふく いっせい、1965年1月1日 - )は、日本の漫画家、僧侶。東京都出身。 代表作に『チャイルド★プラネット』など。 和光大学人文学部芸術学科卒業、東京仏教学院修了。大学時代は漫画研究会に所属しており、卒業後に後輩であった松本大洋の『STRAIGHT』でアシスタントを務める。 1991年、第24回ちばてつや賞優秀新人賞受賞作「カラード・ブルー」でデビュー。実家は浄土真宗本願寺派永福寺。諸星大二郎のファン。『竹光侍』では初の原作を担当している。
皆川 ゆか / 皆河 有伽(みなかわ ゆか、1965年 - … 皆川 ゆか / 皆河 有伽(みなかわ ゆか、1965年 - )は、日本の小説家、漫画原作者、脚本家、評論家、3DCG映像クリエイター、元大学教員。 1987年、講談社X文庫ティーンズハートより『ぱらどっくすティー・パーティー』で小説家デビュー。 初期はオリジナルの小説を中心に執筆していたが、1995年頃よりアニメ・ゲーム作品のノベライズへと発表の場を広げ、2001年には『機動戦士ガンダム 公式百科事典 GUNDAM OFFICIALS』を編纂し注目を集める。 以降、小説執筆に加え、アニメ関連の書籍・雑誌への評論やコラムの寄稿、大学での講義、『宇宙戦艦ヤマト』リメイクシリーズではアニメ製作にも関与するなど、文筆にとどまらない活動を行っている。
中島 健志(なかしま たけし、1965年-)は日本の漫画家。… 中島 健志(なかしま たけし、1965年-)は日本の漫画家。福岡県福岡市出身。九州産業大学卒業。 1987年、『中尉殿の飛燕』がアフタヌーン四季賞冬のコンテストで「近代-このしろ-健志」名義で四季賞を受賞する。1988年、『月刊アフタヌーン』3月号(講談社)にて、受賞作でデビュー。現在は、歴史上の人物の伝記漫画を主に執筆している。今賀俊『爆球連発!!スーパービーダマン』では、背景の手伝いをしていた。 3.https://www.ehonnavi.net/author.asp?n=31201&st=4#list 4.https://kc.kodansha.co.jp/search?_ft=author&_sw=%E4%B8%AD%E5%B3%B6%25E3%2580%2580%E5%81%A5%E5%BF%97 5.https://booklog.jp/author/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E5%81%A5%E5%BF%97?page=1 6.http://www.questio.co.jp/q21.htm 7.https://note.com/konoha739 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
早瀬 マサト(はやせ マサト、1965年 - )は、日本の漫… 早瀬 マサト(はやせ マサト、1965年 - )は、日本の漫画家・イラストレーター・キャラクターデザイナー・小説家。石森プロ所属。 愛知県名古屋市出身。名古屋芸術大学デザイン科卒業。1989年石ノ森章太郎の作画アシスタントとして石森プロに入社。石ノ森の最晩年のアシスタントとなった。 石ノ森の没後は、石ノ森関連作品の監修やデザイン、及び小説作品の執筆などを行っている。『仮面ライダーアギト』から『仮面ライダーオーズ/OOO』までの平成仮面ライダーシリーズではキャラクターデザインを務めた。
ヒイラギ シンジ(1965年 - )は、日本の漫画原作者。広… ヒイラギ シンジ(1965年 - )は、日本の漫画原作者。広島県広島市安佐北区(旧可部町)出身。広島市立亀山中学校、広島県立安古市高等学校、早稲田大学出身。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
はぬま あん(1965年〈昭和40年〉 - 2011年〈平成… はぬま あん(1965年〈昭和40年〉 - 2011年〈平成23年〉3月27日)は、日本の漫画家、児童文化史研究家。栃木県出身。 1981年、栃木県立真岡高等学校普通科に入学。1984年に卒業し上京。1986年11月、『レモンピープル』(あまとりあ社)より漫画家デビュー。1987年、ゲームメーカー『ジャレコ』に広告デザイナーとして入社し、『妖怪倶楽部』『バイオ戦士DAN インクリーザーとの闘い』など数点のゲームパッケージイラストに携わった後、1988年(昭和63年)に独立。1990年(平成2年)、マニア向け情報誌『DO-PE』(あまとりあ社)の企画・構成に参加し、2000年(平成12年)以降から電動玩具、プラモデル、ロボットなどに関する連載企画を各社の雑誌に執筆した。
月島 冬二(つきしま とうじ、1964年12月22日 - )… 月島 冬二(つきしま とうじ、1964年12月22日 - )は、日本の漫画家。福岡県福岡市出身。九州産業大学芸術学部デザイン学科卒業。 1991年、『放課後戦隊ゴタッキー』でそらみみくろすけとしてデビューした。1995年春、アフタヌーン四季賞で佳作を受賞(そらみみくろすけ名義)。1996年、第29回ちばてつや賞一般部門で準入選を受賞(そらみみくろすけ名義)。その後、本名の岩下 繁幸やそのカナ書きのイワシタ シゲユキ(またはいわした しげゆき)、さらに現在のペンネームに改名している。 (その他、『裏モノJAPAN』において、そらみみくろすけ名義で多数執筆)
須藤 真澄(すどう ますみ、1964年12月17日 - )は… 須藤 真澄(すどう ますみ、1964年12月17日 - )は、日本の漫画家。東京都墨田区出身。女性。東京都立城東高等学校を経て東京学芸大学教育学部卒業。 同人誌活動から、プロデビューに至る。プロデビューは『DUO』別冊『すとろベリィ』(朝日ソノラマ)掲載の『わたくしどものナイーヴ』。『あずきちゃん』の作者木村千歌とは学生時代からの友人で、同時にデビューしている。 代表作に『振袖いちま』、『アクアリウム』、『おさんぽ大王』、『ゆず』、『どんぐりくん』など。『アクアリウム』は1998年に映画化された。また『ごきんじょ冒険隊』は、同名の家庭用ゲーム機(スーパーファミコン)向けRPGの製作とパラレル展開したもの。
田中 むねよし(たなか むねよし、本名:田中 宗義(読み同じ… 田中 むねよし(たなか むねよし、本名:田中 宗義(読み同じ)、1964年12月17日 - )は、日本の漫画家。佐賀県出身。佐賀県立神埼高等学校佐賀大学卒業。 大学在学中の1987年にモーニングのちばてつや賞で「Lunatic Flowers」が準入選となりデビュー。小学校教員と漫画家の兼業生活ののち、専業漫画家となる。 カーマニアであり、自動車を題材にした漫画を数多く描いている。また熱心なオタクを自認しており、本人曰く本業が「オタク」、副業が「漫画家」。 代表作は、自動車雑誌『Tipo』(ネコ・パブリッシング刊)にて連載していた「BOLTS AND NUTS!」(ボルト&ナット)。 また、模型関連雑誌、車雑誌、車関連サイトなどで不定期にイラスト、エッセイを発表している。
愛本 みずほ(あいもと みずほ、1964年11月29日 - … 愛本 みずほ(あいもと みずほ、1964年11月29日 - )は、日本の漫画家。女性。大阪府出身。射手座。 1987年、第5回BFまんがオーディションで佳作となった「彼のポケットに天使」が『別冊少女フレンド』(講談社)に掲載されデビュー。以後、同誌や『BE・LOVE』(講談社)で活躍。実在の白血病患者をモデルに書いた作品『由希子 -輝くいのち-』以降、病気や障害をテーマにした漫画が多く、「だいすき!! ゆずの子育て日記」は知的障害者の子育てをテーマにしている作品である。 女性歌手の大西ユカリとは大阪府立金剛高等学校の同級生で、2002年9月に地元で行われた凱旋コンサートではゲストとして招かれている。
高橋 のぼる(たかはし のぼる、1964年11月8日 - )… 高橋 のぼる(たかはし のぼる、1964年11月8日 - )は、日本の漫画家。男性。千葉県野田市出身。稲葉優子(株式会社いなば食品の代表取締役会長で実業家)は元妻。 漫画の執筆を開始して2年経ったころ、1988年に『ビッグコミックオリジナル増刊』(小学館)掲載の『強引(ゴーイング)'マイウェイ』でデビューする。デビュー後に楳図かずおのアシスタントをつとめ、ネームの描き方、ペンの入れ方、着彩などを学ぶ。昼はアシスタントをし、夜はインテリアの専門学校でパースを学んでいた。その後、主に青年漫画雑誌で活動する。[独自研究?]初の単行本となったのは『恋するもも』である。[要出典] 1998年に『健康師ダン』が映画化されている。
現代 洋子(げんだい ようこ、1964年11月3日 - )は… 現代 洋子(げんだい ようこ、1964年11月3日 - )は、日本の漫画家。三重県四日市市出身。 三重県立四日市南高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。在学中は早稲田大学漫画研究会に所属。元々は漫画家希望ではなく、一条ゆかりに会えるという子供の頃からの夢もあり、雑誌編集者希望で、大学時代に1年間『漫画サンデー』編集部でアルバイトをしていた。編集者になるためにアピールするという目的で漫画を描いて投稿したところ、デビューが決まってしまったとインタビューで答えている。ペンネームの由来は投稿時、ペンネームを決める際に、そばに就職活動で希望であった出版社の受験向けに勉強していた際に利用していた、現代用語の基礎知識という本があったことからとされる。
西原 理恵子(さいばら りえこ、1964年11月1日 - )… 西原 理恵子(さいばら りえこ、1964年11月1日 - )は、日本の漫画家。一般財団法人高須克弥記念財団理事長。 高知県高知市出身。1988年『ちくろ幼稚園』でデビュー。前夫はカメラマンの鴨志田穣、パートナーは高須クリニック創業者で東京院院長の高須克弥。代表作は『ぼくんち』、『毎日かあさん』など多数。 1964年(昭和39年)11月1日高知県高知市浦戸という漁師町出身。実父は入退院を繰り返すほどのアルコール依存症であり、母親は理恵子の妊娠中に離婚した。母親は理恵子の兄を連れて実家に帰り、そこで出産・育児をしている。そのため、理恵子が3歳の時に1度も会わないまま、実父はドブに転落して死亡した。浦戸に6歳まで住んでいた。
ほり のぶゆき(1964年10月16日 - )は、日本の漫画… ほり のぶゆき(1964年10月16日 - )は、日本の漫画家。兵庫県神戸市出身。法政大学卒業。学生時代は漫画研究会で活動。同期に永野のりこがいるが、当時は面識が無かった。 1988年、『ビッグコミックスピリッツ』の第1回相原賞で『金のアイハラ賞』を受賞してデビュー。特撮と時代劇を中心に、テレビ周辺の雑多なネタのパロディギャグを得意としている。 1995年7月21日に代表作の『江戸むらさき特急』がオリジナルビデオ化されている。監督は俳優の山城新伍。脱力系の芸風から、近年は河崎実との仕事も多い。 兄は元『ビッグコミックスピリッツ』『ビッグコミックオリジナル』編集長の堀靖樹(『サルでも描けるまんが教室』のグラビアでは兄弟そろって顔出しをしていた)。
三条 陸(さんじょう りく、1964年〈昭和39年〉10月3… 三条 陸(さんじょう りく、1964年〈昭和39年〉10月3日 - )は、日本の漫画原作者・脚本家。大分県出身、東京都品川区育ち。血液型はRh-のAB型。明治大学卒業。複数の別名義を使用して活動もしており、いずれの名義もイニシャルをR・Sで統一している。 大分県で生まれ、2歳頃に家族で神奈川県(東京都品川区付近)に移住し、その後東京都品川区に転居した。子供の頃からウルトラマンや仮面ライダーが好きで、当時の学年誌などに掲載されていた円谷プロのメイキング記事を見て特撮に関わる仕事に憧れ、小学校低学年の頃から「ウルトラマンを作るおじさんになりたい」と言っていた。漫画を描くことが好きで、漫画家にも漠然と憧れていた。
いくえみ 綾(いくえみ りょう、1964年10月2日 - )… いくえみ 綾(いくえみ りょう、1964年10月2日 - )は、日本の女性漫画家。北海道名寄市出身。東海大学付属第四高等学校(現・東海大学付属札幌高等学校)卒業。 中学3年生だった1979年、『別冊マーガレット』7月号(集英社)にて「マギー」でデビュー。以後、漫画家を40年以上続けており、体力的につらい時はあっても本気で辞めようと考えたことはないという。転機になった作品は、1990年の読切『10年も20年も』。それまではどうしたら読者に受けるかを優先していたが、好きなように描くことにしたと回想している。2000年、『バラ色の明日』で第46回小学館漫画賞を受賞。2009年、『潔く柔く』で第33回講談社漫画賞少女部門を受賞。
むらかわみちお(1964年9月26日 - )は、日本の漫画家… むらかわみちお(1964年9月26日 - )は、日本の漫画家。東京都荒川区在住。 東京生まれ、埼玉の寒村に育つ。浦和市立浦和高等学校、某大学法学部卒。現在は東京都荒川区在住。 大学卒業後、広告代理店勤務や編集者業などと並行して漫画を執筆発表し続ける。一時、亡父の跡を継ぎ電気設備メーカーの代表取締役を務めていたが、会社を廃業し、現在は漫画家を生業とする。表千家茶道を学び、宗名は「宗迪(そうてき)」。 熱烈な『宇宙戦艦ヤマト』ファンであり、業界機関誌の編集者時代に「1999年ヤマト発進200年前記念本」を自ら企画し編集者、出版社にもちかけていた。 2011年、友人であり同じくヤマトファンの出渕裕が総監督を務める『宇宙戦艦ヤマト2199』で総監督からの依頼を受け、劇中のディスプレイデザインを担当した。
沢田 ひろふみ(さわだ ひろふみ、1964年9月12日 - … 沢田 ひろふみ(さわだ ひろふみ、1964年9月12日 - )は、日本の漫画家。青森県中津軽郡相馬村(現・弘前市)出身。2004年、『遮那王義経』で第28回講談社漫画賞少年部門を受賞している。現在歴史漫画を連載しているが、時代劇に興味を持つきっかけとなったのは小島剛夕作画の『子連れ狼』の漫画版を見てとの事。
なかじ 有紀(なかじ ゆき、1964年〈昭和39年〉9月11… なかじ 有紀(なかじ ゆき、1964年〈昭和39年〉9月11日 - )は、日本の漫画家。 大阪府出身。松蔭中学校・高等学校を経て、神戸松蔭女子学院大学卒業。血液型はAB型。 1982年、『LaLa』(白泉社)8月大増刊号に発表した「聖一郎・愛・哀・eye」でデビュー。以後、『LaLa』や、その増刊枠で活躍している。代表作は『小山荘のきらわれ者』、『ハッスルで行こう』、『ビーナスは片想い』、『ZIG☆ZAG』。 2021年10月現在、生涯累計発行部数:1600万部突破(紙+電子)。
九月 乃梨子(くがつ のりこ、1964年9月5日 - )は、… 九月 乃梨子(くがつ のりこ、1964年9月5日 - )は、日本の漫画家。千葉県千葉市出身。ヤング・レディースジャンルにて、ポップなコメディタッチの作品を執筆していた。 水樹和佳のアシスタントを経て、1987年集英社の少女向け漫画誌『ぶ〜け』の「Monotone」にてデビュー。以降、1993年まで同誌を中心に執筆していた。1995年頃より、祥伝社の女性向け雑誌である『FEEL YOUNG』に移籍し、作品を執筆していた。『コーラス』『きみとぼく(ソニー・マガジンズ)』でも読み切り作品を掲載していた。 代表作は、『ぶ〜け』にて6年連載されたマイペースで天真爛漫な短大生(のちにOL)庭子とそのボーイフレンド山本くんとのコメディー「まぬけんぼう庭子の記録『…点点点』」。
かなつ 久美(かなつ くみ、1964年8月31日 - )は、… かなつ 久美(かなつ くみ、1964年8月31日 - )は、日本の漫画家。別名「星野美玲」。 神奈川県川崎市出身。1990年角川書店「ヤングロゼ」にてデビューする。趣味は美容と健康。愛犬と遊ぶこと・仕事・犬の仮ママボランティア。代表作は「OLヴィジュアル系」近年は美容本を上梓。
毛内 浩靖(もうない ひろやす、1964年8月2日 - )は… 毛内 浩靖(もうない ひろやす、1964年8月2日 - )は、日本の漫画家。後にペンネームを百丸に変更。 青森県出身。青森県立木造高等学校卒業。 1984年、『増刊少年サンデー』(小学館)掲載の『MOMOKO』でデビュー。代表作は『カンニンGOOD』など。 漫画家になろうとしたきっかけは、水島新司の漫画作品『ドカベン』を読んだことから。 東京ヤクルトスワローズのファンである他、自身の作品にも野球漫画や野球の描写を投入した作品も多い。口癖は「金くれ~」で、『カンニンGOOD』の登場人物・金内金暮が生まれたきっかけにもなっている。 画力・物語の構成力ともに高く、「コロコロNo.1ストーリーテラー」と評されている。
紡木 たく(つむぎ たく、1964年(昭和39年)8月2日 … 紡木 たく(つむぎ たく、1964年(昭和39年)8月2日 - )は、日本の漫画家。神奈川県横浜市出身。神奈川県立金井高等学校出身。1982年、『別冊マーガレット』(集英社)同年3月号に掲載された『待ち人』でデビューした。 1980年代半ば、『別冊マーガレット』誌上にて絶大な人気を博す。代表作『ホットロード』は公称700万部を売り上げた。 デビュー当初は大学生が主人公の作品もあったが、その後は主に中学生・高校生を描き、漫画家活動の後期には小学生を主人公にした作品もあった。作者が育った湘南や横浜が舞台になった作品が多い(『みんなで卒業をうたおう』では母校である金井高校がそっくりそのまま描かれている)が、山口県を舞台にした『瞬きもせず』を執筆中は実際に山口県に移り住み、現地の風景や方言を作品に写し込んでいた。
眞島 浩一(ましま こういち、1964年7月23日-)は、脚… 眞島 浩一(ましま こういち、1964年7月23日-)は、脚本家、漫画原作者、ゲームシナリオライター。青木健生と共作のペンネームとしてましま蒼樹を使う。社団法人日本シナリオ作家協会会員。新潟県新潟市出身。2002年、アニメ『パタパタ飛行船の冒険』でデビュー。総合学園ヒューマンアカデミーのシナリオ総合講座講師。アンドリーム(&REAM)所属。 新潟南高校を卒業後、専修大学の法学部に入学。在学中に、一年間のイギリス留学を経験。翌年には世界放浪の旅に出る。卒業後、IT関連の企業に就職する。会社で社内報の作成などを手掛けるうちに、文章で生計を立てることを志すようになり、9ヶ月ほどで退職する。当初は小説家志望であったが、劇団『テアトル・エコー』を卒業した友人たちの舞台を手伝ううちに、その脚本を担当するようになる。
あきまん(1964年(昭和39年)7月21日 - )は、日本… あきまん(1964年(昭和39年)7月21日 - )は、日本のゲームクリエイター・イラストレーター・キャラクターデザイナー・漫画家・元アニメーター。 男性。北海道釧路市出身。本名は安田 朗(やすだ あきら)。 幼少時にはダリやドガなどの美術に影響を受ける。小学生のときに先生に褒められたことがきっかけで本格的に美術に目覚める。しかし、中学時代に安彦良和の戦場の絵を見て絵の方向性が変わったという。地元には就職先が無かったため、新聞奨学生として東京デザイナー学院(現東京ネットウエイブ)に入学。眠るのが好きなので、授業中に寝てたり、課題を出さないことがよくあったという[要出典]。 その後、親に黙って東京デザイナー学院中退後、趣味でパソコンを使ってアニメのイラストなどを描いていたが、新聞屋を辞めて、みゆきプロダクションへ入社。
藤島 康介(ふじしま こうすけ、1964年7月7日 - )は… 藤島 康介(ふじしま こうすけ、1964年7月7日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。男性。東京都生まれ、千葉県出身。千葉県立成東高等学校卒業。現在の妻はコスプレイヤー・タレントの御伽ねこむ。 1986年に『コミックモーニング』(講談社)掲載の「MAKING BE FREE!」でデビューし、同年に『モーニングパーティー増刊』(同)で開始した『逮捕しちゃうぞ』で連載デビュー。他に代表作として『ああっ女神さまっ』がある。『月刊アフタヌーン』(同)誌上において『トップウGP』を連載中(2021年3月現在)。 漫画雑誌『ぱふ』の編集者見習いを経て編集者を勤めた。同誌上にて、南田洋というペンネームで四コマ漫画「(ぱ)の洋子ちゃん」を掲載し、人気となった。
イダ タツヒコ(1964年(昭和39年)7月5日 - )は、… イダ タツヒコ(1964年(昭和39年)7月5日 - )は、日本の漫画家、漫画原作者。滋賀県出身。血液型はAB型。 1986年(昭和61年)に「霧の日」で第14回ちばてつや賞準優秀作品賞を受賞し、『週刊ヤングマガジン』(講談社)よりデビュー。「井田辰彦」および「風鈴堂」名義の作品もある。京都精華大学デザイン学部デザイン学科グラフィックデザイン専攻卒業。妻は漫画家のなち。 作品によって絵柄が変わることがあるが、飽きっぽいからだという。 人並み外れた、もしくは人ならざるものの強大な能力や身体を持つ主要人物が描かれるSF、伝奇ファンタジー、アクションものを多く手がける。 作品に共通しているのは「主人公が向こう側に突き向けてしまう」ところ。
皆川 亮二(みながわ りょうじ、1964年7月5日 - )(… 皆川 亮二(みながわ りょうじ、1964年7月5日 - )(本名同じ)は、日本の漫画家。千葉県松戸市出身。 高校時代に、同級生だった神崎将臣に誘われ漫画を描き始める(後に神崎のアシスタントも経験)。 1988年、「HEAVEN」(小学館『週刊少年サンデー』に掲載)が第22回小学館新人コミック大賞少年部門に入選しデビュー。 代表作は、アニメ化もされた『スプリガン』、第44回小学館漫画賞を受賞した『ARMS』など。 デビューから一貫して『週刊少年サンデー』など小学館の雑誌で執筆活動を続けてきたが、『D-LIVE!!』連載終了後は小学館以外にも、集英社や講談社、スクウェア・エニックスなど、他の出版社でも執筆するようになり、ゲームのキャラクターデザインなども手がけたりしている。
加瀬 あつし(かせ あつし、1964年6月29日 - )は、… 加瀬 あつし(かせ あつし、1964年6月29日 - )は、日本の漫画家。千葉県成田市出身。男性。血液型はB型。成田高等学校卒。 1990年、『週刊少年マガジン』(講談社)にて『カメレオン』で連載デビュー。1999年、『カメレオン』で第23回講談社漫画賞少年部門受賞。 2014年からは、『カメレオン』の7年後を描いた作品『くろアゲハ』を『月刊少年マガジン』(講談社)にて連載開始。 自由で笑いに溢れた作風とは裏腹に、作品で使うギャグやネタ作りには非常に苦労しており、原稿の締め切りに間に合わず逃亡したことも度々ある。そのため近年では「新人にエールを送る立場でこう言うのもなんだけど、漫画がキライ」「キライになったのは漫画家を職業にしてしまったから」「漫画を描くことが苦痛」とも語る一方で自身の作品と自分が漫画家であることには誇りを持っており、「自分がつまらないと思った話を原稿にしたことは一度もない」と自負している。
ナカタニ D.(なかたに ディー、1964年6月29日 - … ナカタニ D.(なかたに ディー、1964年6月29日 - )は、日本の漫画家。兵庫県出身。大阪芸術大学芸術学部卒業。日本メンタルヘルス協会公認カウンセラー。 大学在学中に『週刊少年ジャンプ』でデビュー。卒業後は関西ペイントに入社。数年で退社し、アートディレクター、プランナー、会社経営を経て、1994年から漫画家として本格的に活動する。小池一夫塾で漫画を学ぶ[要出典]。1999年1月に声優の宮村優子と結婚したが、翌年に離婚。2009年より京都精華大学マンガ学部マンガ学科の非常勤講師も務める[要出典]。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
藤田 和日郎(ふじた かずひろ、男性、1964年〈昭和39年… 藤田 和日郎(ふじた かずひろ、男性、1964年〈昭和39年〉5月24日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身。本名:藤田 和宏(読み同じ)。 旭川市立東町小学校、北海道旭川東高等学校、日本大学法学部新聞学科卒業。現仕事場は東京都豊島区。 1988年(昭和63年)に『連絡船奇譚』が『週刊少年サンデー増刊号』に掲載されてデビューし、1990年(平成2年)より『週刊少年サンデー』本誌で開始した『うしおととら』で連載デビュー。代表作に『うしおととら』・『からくりサーカス』・『月光条例』・『双亡亭壊すべし』など。主に『週刊少年サンデー』で活躍。 子どもの頃から漫画や本を読むのが好きで、ロジャー・ゼラズニイの小説『地獄のハイウェイ』を自分の原点としている。
木村 千歌(きむら ちか、1964年5月12日 - )は、日… 木村 千歌(きむら ちか、1964年5月12日 - )は、日本の漫画家。血液型はB型。東京都足立区出身。東京都立足立西高等学校卒業。既婚。 1987年、『コミックモーニング』(講談社)に掲載の『こたつむり伝説』でデビュー。以後は活躍の場を、主に『mimi』、『Kiss』、『デザート』など、同社の女性向け雑誌に移す。代表作に『パジャマ・デート』、『カンベンしてちょ! 』など。 少女漫画誌の『なかよし』に連載した『あずきちゃん』がアニメ化されたことにより、名が広く知られるようになった。また、同アニメではゲストとして声優デビューも果たしている。 竹書房『まんがくらぶ』で『マイニチ』を連載した縁で、同社の麻雀イベントに招かれるようになり、それを通じて西原理恵子と親しくなった。
河合 克敏(かわい かつとし、1964年5月2日 - )は日… 河合 克敏(かわい かつとし、1964年5月2日 - )は日本の漫画家。血液型はO型。静岡県浜松市浜名区(旧・引佐郡引佐町)出身。 上條淳士のアシスタントを経て、1987年『爆風ガールズ』(週刊少年サンデー8月増刊号)でデビュー。 1988年に第1回コミックグランプリ受賞作として連載が開始された柔道漫画『帯をギュッとね!』(週刊少年サンデー)が初の連載作品となる。この作品が全30巻を数える長期連載となり、一気に人気漫画家となった。 1996年より競艇を題材とした漫画『モンキーターン』(週刊少年サンデー)を連載、こちらも全30巻というヒット作となり、同作品にて1999年度第45回小学館漫画賞を受賞している。
にわの まこと(1964年5月1日 - )は、日本の漫画家、… にわの まこと(1964年5月1日 - )は、日本の漫画家、同人作家。鹿児島県川内市(現・薩摩川内市)出身、栃木県那須塩原市在住。 アッパー系ギャグを基本としたヒーローアクション及びスポーツ漫画のジャンルを得意とする。 1981年、鹿児島県立川内商工高等学校在学中の17歳の時に『週刊少年ジャンプ』(集英社)へ投稿した野球物の読切作品「迷勝負!?」で第14回(昭和56年度上半期)赤塚賞佳作を受賞。1986年に「THE MOMOTAROH -村上伸一君の場合-」で第25回(昭和61年度下半期)赤塚賞佳作を再び受賞し、ジャンプ編集部の茨木政彦に誘われ上京。翌1987年9月15日発売の『週刊少年ジャンプ 第42号』より「THE MOMOTAROH」で連載デビュー。
かまた きみこ(1964年〈昭和39年〉4月12日 - )は… かまた きみこ(1964年〈昭和39年〉4月12日 - )は、日本の漫画家。女性。福井県勝山市出身、福井県在住だったが、2017年8月末に神奈川県逗子市に引っ越して現在に至る(2023年時点)。血液型はB型。 現実的に漫画家を目指し始めたのは大学生の頃からで、大学を卒業する年に初めて『プチフラワー』(小学館)に投稿するもデビューの機会を得られず、とりあえず一旦就職したが夢を諦め切れずに3年勤めた会社を退職。その後アルバイトをしたり、周囲に複数いたプロ漫画家の制作アシスタントをしながら作品を1本描き上げ、アシスタント先の雑誌の編集者に助言を貰い手直しした作品が『花束』で、1993年1月30日発行の『眠れぬ夜の奇妙な話』(朝日ソノラマ)Vol.11に掲載されてプロデビューとなった。
立野 真琴(たての まこと〈本名も同じ〉、1964年3月23… 立野 真琴(たての まこと〈本名も同じ〉、1964年3月23日 - )は、日本の漫画家。富山県富山市出身、牡羊座、血液型は、A型。富山県立富山北部高等学校卒業。 高校卒業を機に美内すずえのところで住み込みで約3年半お世話になり、その後通いで1年くらいアシスタントをしていた。「入っていきなり、背景を描かされるなど、しっかり鍛えていただきました」と、デビュー翌年、新人作家紹介企画のインタビューで語っている。 白泉社の第7回「HMCビッグチャレンジ賞準入選」を果たし、その受賞作品「ゆられてたまごBoys」が『花とゆめ』1986年2号に掲載され本格デビュー、掲載号の柱にも「ついに念願の受賞!!」と作者が喜びのコメントを残している。
よしもと よしとも(男性、1964年3月14日 - )は、日… よしもと よしとも(男性、1964年3月14日 - )は、日本の漫画家。神奈川県出身。血液型はAB型。既婚。