杉田 祐一(すぎた ゆういち、1988年9月18日 - )は… 杉田 祐一(すぎた ゆういち、1988年9月18日 - )は、宮城県仙台市出身の日本の元男子プロテニス選手。ATPランキング自己最高位はシングルス36位。ダブルス363位。これまでにATPツアーでシングルス1勝を挙げている。身長175cm。体重72kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。 日本人で史上3人目のATPツアーシングルス優勝者。自己最高世界ランキングは松岡修造の46位を抜いて日本人歴代3位である。 7歳からテニスを始め、仙台市立長命ケ丘小学校在校時の小五で全国大会に出場した。その後仙台市立長命ケ丘中学校と進学し、中一時に吉田記念テニス研修センターで学ぶべく、千葉県の柏市立松葉中学校に転校した。
伊藤 竜馬(いとう たつま、1988年5月18日 - )は、… 伊藤 竜馬(いとう たつま、1988年5月18日 - )は、三重県員弁郡北勢町(現いなべ市)出身の元男子プロテニス選手。北日本物産所属。身長180cm。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。ATPランキング自己最高位はシングルス60位、ダブルス312位。 9歳からテニスを始め、全日本ジュニアテニス選手権12歳以下シングルスベスト4、全国中学生ジュニアシングルスで準優勝の成績を挙げるなど、早くから有望ジュニアの一人として知られていた。高校はテニスの強豪高として知られる長尾谷高等学校に進学。在学中にはトヨタジュニアシングルス、ジャパン・オープン・テニス選手権ジュニア部門シングルスなどで優勝。全日本ジュニアテニス選手権18歳以下シングルス、全国高等学校総合体育大会テニス競技大会シングルス、世界スーパージュニアテニス選手権大会ダブルスでそれぞれ準優勝を挙げるなど国内トップレベルのジュニアに成長。
小ノ澤 新(おのざわ あらた、1988年4月28日 - )は… 小ノ澤 新(おのざわ あらた、1988年4月28日 - )は日本の男子プロテニス選手。埼玉県川越市出身。身長178cm。左利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。東海大学菅生高等学校卒業。イカイ所属。ATPランキング自己最高位はダブルス274位。日本ランキング自己最高位はシングルス9位、ダブルス3位。 小学2年生からテニスを始める。 全国小学生大会シングルスベスト4、全国中学生大会シングルス優勝、インターハイシングルス準優勝などジュニアでの成績を残し2006年9月にプロ転向。 プロ転向後は全日本テニス選手権大会シングルスベスト4、ダブルス準優勝、トヨタチャレンジャーシングルスベスト8。2020年島津全日本室内テニス選手権でシングルス・ダブルス共に優勝し、単複2冠を達成した。
山下 ひかる(やました ひかる、1988年3月19日 - )… 山下 ひかる(やました ひかる、1988年3月19日 - )は、佐賀県出身の女性ソフトテニス選手。2014年アジア競技大会ソフトテニスシングルス・ダブルス・団体日本代表。佐賀県立嬉野高等学校、東京女子体育大学卒業。 嬉野中で主将として全国総体団体準優勝、嬉野高校では平成17年度全国高校総体個人ベスト8。 東京女子体育大学に進学するとインカレシングルスで3年連続優勝(4年時には単複で優勝)。学生時代からナショナルチームに選出され、山口県体育協会を経て2012年度からヨネックスに所属。 仁川第17回アジア競技大会団体で銀、ダブルスで銅メダルを、第15回世界ソフトテニス選手権で国別対抗とダブルスで共に銀メダルを獲得したのを始め、2013年全日本社会人選手権、2014年ひろしま国際ソフトテニス大会、全日本女子選抜ソフトテニス大会、2015年全日本ソフトテニス選手権大会などで優勝、全日本インドアソフトテニス選手権大会2連覇、国体2連覇などを果たした。
長江 光一(ながえ こういち、1987年10月28日 - )… 長江 光一(ながえ こういち、1987年10月28日 - )は、岡山県出身の男性ソフトテニス選手。 岡山理大付属高校-早稲田大学、NTT西日本 2013東アジア競技大会三冠王(シングルス、ミックスダブルス、団体戦)。特にシングルスでの優勝は日本男子としてはじめてのメジャー国際大会個人戦シングルスでの優勝になる。 2014,2018アジア競技大会日本代表。世界選手権三大会連続出場。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
高雄 恵利加(たかお えりか、1987年10月12日 - )… 高雄 恵利加(たかお えりか、1987年10月12日 - )は、千葉県習志野市出身の元女子プロテニス選手。2006年と2012年の全日本テニス選手権女子シングルス優勝者である。北日本物産所属。マネジメントはレプロエンタテインメント。渋谷幕張高校を中退し、千葉東高校通信制を経て、学芸館高等学校通信制卒業。身長150cm、体重52kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。WTAツアーのシングルス自己最高ランキングは128位(2006年11月)。現役の女子プロテニス選手の中でも際だって小柄な選手であるが、強打を武器に活躍した。 7歳からテニスを始める。高雄は1998年から、かつての日本女子テニスの名選手だった長塚京子の指導を受け始めた。
上原 絵里(うえはら えり、1987年1月11日 - )は、… 上原 絵里(うえはら えり、1987年1月11日 - )は、埼玉県出身のソフトテニス選手。 2006-2012ソフトテニス日本代表。上尾高校、ナガセケンコー。プレースタイルは後衛。
不田 涼子(ふだ りょうこ、1986年10月25日 - )は… 不田 涼子(ふだ りょうこ、1986年10月25日 - )は、兵庫県神戸市出身の元女子プロテニス選手。向陽台高等学校(単位制)卒業。同志社大学スポーツ健康科学部卒業。 3歳でテニスを始め、ジュニア年代では全国小学生大会、全日本ジュニア大会をはじめ、国内全てのタイトルを獲得。14歳以下ワールド・ジュニア大会では、2年連続日本代表選手に選出。ナンバー1として活躍し、アジア・オセアニア地区ゾーン優勝。世界大会でも5位に輝く。 2000年、盛田ファンドの一期生として、アメリカ・フロリダにあるIMGアカデミーにテニス留学。 2002年、15歳時に全日本ジュニア18歳以下で優勝。同年の世界スーパージュニアテニス選手権大会シングルス決勝ではルーシー・サファロバを 6-4, 4-6, 7-6(5) で破り優勝、ITF世界ジュニアランキング7位となる。
添田 豪(そえだ ごう、1984年9月5日 - )は、神奈川… 添田 豪(そえだ ごう、1984年9月5日 - )は、神奈川県藤沢市出身の男子プロテニス選手。GODAIテニスカレッジ所属。身長178cm。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。ロンドンオリンピック日本代表。ATPランキング自己最高位はシングルス47位、ダブルス232位。 4歳から荏原SSCでテニスを始め、以降同クラブに所属し本格的にテニスを学ぶ。ジュニア時代には藤沢市立大庭中学校在学中の1999年に全国中学生テニス選手権大会シングルスで優勝。藤沢翔陵高等学校在学中の2001年3月には高校選抜で出場試合全てに勝利しチームを準優勝に導くと、4月のトヨタジュニアで優勝し、8月の高校総体でも単複優勝。
松永 浩気(まつなが こうき、1984年9月3日 - )は、… 松永 浩気(まつなが こうき、1984年9月3日 - )は、京都市出身の日本の男子プロテニス選手。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。所属は三菱電機(2007年-)。 身長170cmとプロ選手としては小柄ながら、強靭な身体とエッグボールを武器としている。 柳川高等学校時代は全国選抜高等学校テニス大会で優勝(団体)。慶應義塾大学環境情報学部へ進学後、全日本学生テニス選手権大会シングルス準優勝、全日本学生室内テニス選手権優勝の戦績を残す。2000年に慶應義塾大学を卒業後、三菱電機とプロ契約を結び、ツアーを転戦。2011年のテニス日本リーグでは準優勝の戦績を残している。2012年のUSオープンではクルム伊達公子のヒッティングパートナー、FEDカップ日本代表チームのヒッティングコーチを務める。
平田 清乃(ひらた きよの、1984年7月16日 - )は、… 平田 清乃(ひらた きよの、1984年7月16日 - )は、日本のソフトテニス選手。東京都西多摩郡出身。文化女子大学附属杉並高等学校-東京女子体育大学卒業。ナガセケンコー所属。 東京女子体育大学で前人未到のインカレ団体4連覇。2008年アジア選手権女子ダブルス優勝。
高岸 知代(たかぎし ともよ、1984年7月16日 - )は… 高岸 知代(たかぎし ともよ、1984年7月16日 - )は、富山県富山市出身の元女子プロテニス選手である。ダンロップスポーツ所属。コーチは笠原康樹。2009年11月全日本テニス選手権を最後に引退。WTA最高位シングルス396位、ダブルス307位。 シュテフィ・グラフの影響で6歳のときに磯部グリーンテニスクラブでテニスを始め、10歳のときに地元で開催されたインターハイでプレーする浅越しのぶに感動しプロを目指すようになり、小学校卒業とともに単身で神奈川県の荏原SSCに加入。年齢別の大会でタイトルを多数獲得。 高校は湘南工科大附属高校に進み、卒業後の2003年にプロ転向。 2005年の広島国際女子シングルス(ITF)でプロ初タイトル。
小林 幸司(こばやし こうじ、KOBAYASHI Koji、… 小林 幸司(こばやし こうじ、KOBAYASHI Koji、1984年4月30日 - )は、日本のソフトテニス選手。ポジションは前衛、篠原秀典とのペアでながらく日本代表を率いた。 神奈川県出身。 岡山理大付属高校ー日本体育大学-岡山理大付属ーミズノ。2004アジア選手権が国際大会初代表。
篠原秀典(しのはら ひでのり、1983年5月16日 - )は… 篠原秀典(しのはら ひでのり、1983年5月16日 - )は、日本のソフトテニス選手。ポジションは後衛、小林幸司とのペアでながらく日本代表を率いた。 群馬県渋川市出身。東京農大二高 - 日本体育大学。2005東アジア競技大会が国際大会初代表。
菅野 創世(すがの そうせい、SUGANO Sosei、19… 菅野 創世(すがの そうせい、SUGANO Sosei、1983年4月22日 - )は、日本のソフトテニス選手。ポジションは基本的には後衛だが近年は前衛を務めることも。 埼玉県出身。上尾高校ー明治大学-川口市役所。2004アジア選手権が国際大会初代表。
愛甲 霞(あいこう かすみ、1982年8月15日 - )は東… 愛甲 霞(あいこう かすみ、1982年8月15日 - )は東京都出身の日本の女子プロテニス選手、ビーチテニス選手、テニス指導者。WTAランキング最高位はシングルス616位、ダブルス875位。 8歳のときテニスを始め、朝日生命Jr.テニスクラブでテニスを学んだ。堀越高等学校を経て青山学院大学硬式庭球部に所属、4年時には主将を務める。2005年大学卒業後は同部の女子コーチに就任(2009年まで)。同時にプロに転向。(所属はインドアテニススクールを運営する VIP・TOPグループ)また上記の活動と平行して横浜国立大学大学院に進学し、健康スポーツを専攻している。WTAポイントの付く国際大会には2008年8月の須玉でのITFサーキット大会ダブルス1回戦で敗退してから参戦しておらず、2008年からは単複ともWTAランキングを失っている。
波形 純理(なみがた じゅんり、1982年7月5日 - )は… 波形 純理(なみがた じゅんり、1982年7月5日 - )は、埼玉県越谷市出身の女子プロテニス選手。北日本物産所属。早稲田大学卒業。
米村 知子(よねむら ともこ、1982年7月1日 - )は、… 米村 知子(よねむら ともこ、1982年7月1日 - )は、熊本県熊本市南区(旧:下益城郡城南町)出身の女子プロテニス選手。身長170cm。右利き。妹である米村明子もプロテニス選手である。 8歳でテニスを始め、鎮西高校卒業後の2002年にプロ転向。同年の全日本選手権では飯島久美子とのペアで準優勝。 2003年の昭和の森Head Tennis tourダブルスでプロ初タイトル。9月の広島大会でシングルス初タイトルを獲得する。 2005年全日本選手権シングルスでは森田あゆみに惜敗で準優勝。2009年と2010年も準優勝している。女子ダブルスでは2007年と2009年に優勝している。 2006年には全日本室内選手権で優勝を決め、翌年も連覇した。
上嶋 亜友美(うえしま あゆみ、1982年4月16日 - )… 上嶋 亜友美(うえしま あゆみ、1982年4月16日 - )は、兵庫県出身の女性ソフトテニス選手。日本代表。姫路商業高等学校-東芝姫路。 2003世界選手権から2006アジア競技大会までの4年間で国際大会個人戦ダブルスで4大会連続で決勝に進出し2004-2006で三年連続優勝の偉業を達成(玉泉春美・上嶋亜友美)。また2004アジア選手権ではダブルス(玉泉春美・上嶋亜友美)、ミックスダブルス(中堀成生・上嶋亜友美)、団体戦の3冠完全優勝。
濱中 洋美(はまなか ひろみ、1982年3月9日 ) - )… 濱中 洋美(はまなか ひろみ、1982年3月9日 ) - )は、広島県出身の女性ソフトテニス選手。日本代表。 広島女子商業学校-日本体育大学。 2001東アジア競技大会が初代表。2003世界選手権から2006アジア競技大会までの4年連続で日本代表に選出され3度の団体優勝に貢献。第一線引退後もシニアの部で活躍している。2023ナショナルチーム女子コーチに就任。ポジションは前衛。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
堀越 敦子(ほりこし あつこ、1980年8月6日 - )は、… 堀越 敦子(ほりこし あつこ、1980年8月6日 - )は、広島県出身の女性ソフトテニス選手。ポジションは前衛。 2003-2005、2007,2008日本代表。広島女子商業学校-NTT中国。 渡邉梨恵とのペアで果敢に前陣に切り込む攻撃的なスタイルを見せ皇后杯に二連覇。2004アジア選手権、2005東アジア競技大会の団体戦決勝では韓国のエースペア相手に三番勝負で2連勝し、連覇に貢献。
花田 直弥(はなだ なおや、1980年7月18日 - )は、… 花田 直弥(はなだ なおや、1980年7月18日 - )は、和歌山県出身のソフトテニス選手。日本代表。 河西中学校-三重高校-同志社大学-京都市役所 三重高二年時にインターハイで個人優勝(花田・岩瀬)。大学一年(1999年)でインカレダブルス優勝(花田・奥山)。2003世界選手権代表予選に優勝し初代表。国際大会代表歴は2003,2004,2006,2007の4度、その内3度が予選会一位での自力出場。ポジションは後衛。
川村 達郎(かわむら たつろう、1980年6月20日 - )… 川村 達郎(かわむら たつろう、1980年6月20日 - )は、長崎県出身のソフトテニス選手。日本代表。 長崎南山中学校-長崎南山高校-天理大学-岡山市役所 -宇部興産。2003世界選手権代表予選に優勝し初代表。国際大会代表歴は2003,2004,2006,2007の4度、その内3度が予選会一位での自力出場。ポジションは前衛。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
渡邉 梨恵(わたなべ りえ、1980年1月22日 - )は、… 渡邉 梨恵(わたなべ りえ、1980年1月22日 - )は、広島県出身の女性ソフトテニス選手。 2003-2005日本代表。広島女子商業学校-NTT中国。 オールラウンドの名手。シングルスにおいては旧ルール時代の1999年とルール改正後の2004.2005年に優勝。日本国内で両ルールで優勝したのは男女通じて渡邉だけである。一方ダブルスにおいては堀越敦子とのペアで果敢に前陣に切り込む攻撃的なスタイルを見せ皇后杯に二連覇。この2年間は単複で日本一(2005年度はインドアも含め三冠完全優勝を達成)。
寺地 貴弘(てらち たかひろ、1979年7月8日 - )は、… 寺地 貴弘(てらち たかひろ、1979年7月8日 - )は、元男子プロテニス選手、指導者。豊中市立新田小学校、渋谷幕張高校卒。 9歳からテニスを始める。高校2年のとき全日本ジュニアで優勝、高校3年のとき高校総体で優勝し1998年にプロに転向。 全日本テニス選手権では2001年と2004年のシングルスで優勝。1997年と1998年の混合ダブルスで森上亜希子とペアを組んで優勝。2003年のダブルスでトーマス嶋田とペアを組んで優勝している。 1998年バンコクアジア大会では団体で銀メダル、ダブルスで銅メダル、2002年釜山アジア大会では団体で金メダルを獲得している。 4大大会では10回予選に挑戦したが、2000年全米オープンで予選決勝に進出したのが最高で本戦に出場することは出来なかった。
河野 加奈子(こうの かなこ、1978年9月16日 - )… 河野 加奈子(こうの かなこ、1978年9月16日 - )は、和歌山県出身の女性ソフトテニス選手。2003年の世界チャンピオン。 和歌山信愛女子短期大学附属高校-ナガセケンコー。ダブルスでのポジションは後衛。
小畑 沙織(おばた さおり, 1978年4月23日 - )は… 小畑 沙織(おばた さおり, 1978年4月23日 - )は、北海道札幌市出身の元女子プロテニス選手。左利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。身長165cm、体重60kg。シングルス自己最高ランキングは39位(2004年2月9日付)。現役時代はヨネックスに所属した。 5歳からテニスを始める。富士見丘高等学校(東京都渋谷区)を卒業後、1997年3月にプロ入り。1998年の全日本テニス選手権で女子シングルス初優勝を果たしたが、翌1999年の半ば頃に大きな故障を抱え、選手生命を危ぶまれた時期があった。それを乗り越え、この年の11月にデンマークのルングステッドで開かれた女子下部ツアーのトーナメントで、予選から勝ち上がって準決勝まで勝ち進んだ。
岡本 聖子(おかもと せいこ、1978年3月14日 - )は… 岡本 聖子(おかもと せいこ、1978年3月14日 - )は、大阪府豊中市出身の女子プロテニス選手。WTAツアーの2004年ホバート大会で浅越しのぶと組んだ女子ダブルスで優勝した。自己最高ランキングはシングルス178位、ダブルス123位。 豊中市立南桜塚小学校6年時にテニスを本格的に始め、1990年に進学した夙川学院中学校・高等学校では全国大会での団体優勝メンバーになった。1996年に亜細亜大学へ進学し、3年生の1998年にはインカレでシングルスと女子ダブルスの両方で優勝した。全日本選手権でもシングルで準優勝、女子ダブルスでもベスト4に入り、日本テニス界のトッププレーヤの1人となった。 2000年、大学卒業後にプロへ転向し、日本国内や海外の大会を転戦、2004年にはWTAツアーのホバート大会で浅越しのぶと組んだ女子ダブルスでツアー初優勝を飾った。
窪田 二葉(くぼた ふたば、1978年2月28日 - )は、… 窪田 二葉(くぼた ふたば、1978年2月28日 - )は、日本の女子テニス選手。群馬県出身。 高校時代にインターハイでダブルス優勝、高校生のランキングでも2位となった。また国際大会の舞台でも世界スーパージュニアテニス選手権大会でダブルスで1993年に占部奈美と、1994年にミリヤナ・ルチッチと準優勝をしている。日本大学進学後プロに転向するが周囲のプレッシャーなどから2年後に引退した。その後は1年のイギリス留学ののちゴルフやマウンテンバイクなどに取り組んだが、現在は父親の経営するサプリメント販売会社に就職している。
鈴木 貴男(すずき たかお、1976年9月20日 - )は、… 鈴木 貴男(すずき たかお、1976年9月20日 - )は、北海道札幌市手稲区出身の元男子プロテニス選手、YouTuber。自己最高ランキングはシングルス102位、ダブルス119位。現所属はTeam REC。身長175cm、体重72kg、右利き。フォア・バックともストロークは片手打ちであるが、14歳時までは両サイド両手打ちで、それから変更したという異色の経歴を持っている。現在はテニスチャンネル「スターテニスアカデミー」のメインMCも担当している。 堀越学園高時代、インターハイで3冠(単複・団体)を達成。卒業と同時にプロに転じ、1995年の全日本室内選手権・サテライトサーキット第3戦で優勝。同年からデビスカップ日本代表にも選出され、“ポスト松岡修造”として将来を大きく嘱望される。
佐伯 美穂(さえき みほ、現姓:萬田、1976年3月18日 … 佐伯 美穂(さえき みほ、現姓:萬田、1976年3月18日 - )は、日本の女子プロテニス選手。WTAツアーでシングルスの優勝はないが、ダブルスで4勝を挙げた。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。自己最高ランキングはシングルス56位、ダブルス49位。アメリカ・ニューヨーク市出身。藤村女子高校卒業。 11歳のときにテニスを始め、高校卒業後の1994年4月にプロ入りする。1995年4月の「ジャパン・オープン」女子ダブルスで吉田友佳とペアを組み、杉山愛と長塚京子のペアを 6-7, 6-4, 7-6 で破って初優勝を飾った。1996年11月にタイ・パタヤ市の大会で、吉田とのペアでダブルス2勝目を達成。
岩渕 聡(いわぶち さとし, 1975年10月7日 - )は… 岩渕 聡(いわぶち さとし, 1975年10月7日 - )は、神奈川県茅ヶ崎市出身の日本の元男子プロテニス選手、指導者。身長175cm、体重73kg、左利き。ツアー通算でダブルスで1勝を挙げた。 9歳からテニスを始め、柳川高校在学中にインターハイ、全日本ジュニアなどジュニアタイトルを次々と獲得した。 高校卒業後プロ転向し、国内外を転戦する。デビスカップ代表にも選出され、オリンピックもダブルス部門でアトランタ・シドニーと2大会連続出場を果たした。 2005年のAIGオープンでは、鈴木貴男とのペアで日本人初のATPツアーダブルス優勝の快挙を成し遂げ、同年の全日本選手権では30歳にして単複優勝を果たす。
亜呂奈(あろな、1975年3月6日 - )は、東京都世田谷区… 亜呂奈(あろな、1975年3月6日 - )は、東京都世田谷区[要出典]出身の女優、元プロテニス選手。血液型はO型。慶應義塾大学法学部中退[要出典]。 中学卒業後にオーストラリアへテニス留学し、12歳で世界ランキングを取得。その後活動拠点をアメリカへ移し各国トーナメントを転戦するも、4大大会出場を目前に手首を痛める怪我をし、2年間の戦線離脱を余儀なくされる。 帰国後は学業へ復帰。大学在学中に役者の道を志すようになり、「役者に必要な稽古を優先したい」との意向で大学を中退。1998年、『隠密奉行朝比奈』でデビュー。2000年に初舞台を踏む。 時代劇が好きで、乗馬・立ち廻りもスタントなしでこなせる程の腕前。
有本 尚紀(ありもと なおき、1974年6月12日 - )は… 有本 尚紀(ありもと なおき、1974年6月12日 - )は、奈良県天理市出身のプロテニス選手。自己最高ランキングは日本9位。得意なプレーはサーブ・アンド・ボレーでサーブの速度は200kmを超えるという。現在では、ITFシニアツアーのダブルスを中心に世界各地を転戦している。 母親がスペイン人で小学校は天理小学校に通ったもののその後スペインへと渡りマドリード日本人学校へと通った。大学は日本の中京大学へと通い、卒業後の1997年よりプロへと転向した。 2007年の埼玉オープンでは優勝。同年の全日本テニス選手権では男子ダブルスにて伊藤竜馬とのペアで出場しベスト8進出を決めたものの、比嘉明人と篠川智大のペアに3-6、3-6で敗れている。
坂井 利彰(さかい としあき、1974年4月9日 - )は、… 坂井 利彰(さかい としあき、1974年4月9日 - )は、東京都出身の元テニス選手、慶應義塾大学教授、日本テニス協会常務理事。 慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部卒業。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)の学位を取得。 幼少時からテニスを始め、慶應義塾大学在籍中には全日本学生テニス選手権シングルスで優勝。 卒業後は日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)、ソニー株式会社に勤務。 2002年にプロ転向。 引退後は慶應義塾大学体育会庭球部監督として活動し、2024年から慶應義塾大学体育会庭球部部長。
長塚 京子(ながつか きょうこ, 1974年2月22日 - … 長塚 京子(ながつか きょうこ, 1974年2月22日 - )は、千葉県千葉市出身の元女子プロテニス選手。千葉東高等学校、早稲田大学卒業。自己最高ランキングはシングルス28位、ダブルス31位。現役時代はヨネックス所属。身長166 cm、体重55 kg、右利き。WTAツアーでシングルス優勝はないが、ダブルスで2勝を挙げ、1995年と1996年の1月第2週にオーストラリア・ホバートの大会でダブルス2連覇を達成した。 長塚はジュニア時代、1986年に「全日本ジュニアテニス選手権」の12歳以下の部門で優勝し、1989年には同選手権の16歳以下の部門を制したことがある。1991年にプロ入りし、1992年の全米オープンで4大大会にデビューする。
本村 剛一(もとむら ごういち、 1973年12月25日 -… 本村 剛一(もとむら ごういち、 1973年12月25日 - )は、日本の元男子プロテニス選手。千葉県習志野市出身。柳川高校卒業。自己最高ランキングはシングルス134位、ダブルス159位。身長173cm、体重64kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。 柳川高校卒業後の1992年にプロ転向。1993年からデビスカップ日本代表に選出される。1994年の広島アジア大会では団体と混合ダブルスで銅メダルを獲得。全日本テニス選手権ではシングルスで4回、ダブルスで3回優勝を記録した。 グランドスラムではダブルスで1999年のウィンブルドン、シングルスで2000年、2003年の全豪オープンに本戦出場を果たすも、いずれも1回戦で敗退した。
沢松 奈生子(さわまつ なおこ, 1973年3月23日 - … 沢松 奈生子(さわまつ なおこ, 1973年3月23日 - )は、兵庫県西宮市出身の元女子プロテニス選手。夙川学院高等学校、神戸松蔭女子学院大学卒業。シングルス自己最高ランキングは14位。WTAツアーでシングルス4勝を挙げた。2学年上のライバル伊達公子と並んで、日本女子テニス界の黄金時代を築いた名選手のひとりである。
佐藤 博康(さとう ひろやす、1972年10月21日 - )… 佐藤 博康(さとう ひろやす、1972年10月21日 - )は、東京都港区出身の男子プロテニス選手。フリー。浦和学院高等学校-亜細亜大学卒業。身長175cm、体重69kg。右利き、フォア・バックともに片手打ち。ATPランキング自己最高位はシングルス865位、ダブルス413位。 大学在学時に学生としては33年ぶりに全日本選手権のダブルス優勝、10年後の2004年に再び全日本選手権ダブルス優勝、2005年混合ダブルス優勝、2006年ダブルス準優勝、2004年、2006年サニックス国際フューチャーズダブルス優勝など。グランドスラム大会の本戦出場を目指して、国内、海外のツアーを転戦中。全日本ランキングはシングルス11位、ダブルス2位(2007年8月31日付)。
高川 経生(たかがわ つねお、TAKAGAWA Tuneo、… 高川 経生(たかがわ つねお、TAKAGAWA Tuneo、1972年8月28日 - )は、日本のソフトテニス選手。中学時にナショナルチーム入り。 東京都出身。駒大付属高ー日本体育大学-NTT西日本広島-ヨネックス。1993東アジア競技大会が国際大会初代表。元ヨネックス監督。 この項目は、テニスに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:テニス)。
原田 夏希(はらだ なつき、1972年8月22日 - )は、… 原田 夏希(はらだ なつき、1972年8月22日 - )は、日本の男性テニス選手、指導者。 東京都三鷹市出身。早稲田大学在学中の1993年にバッファローで開催されたユニバーシアードの混合ダブルスに青山学院大学在学中の平木理化とともに出場し、決勝でアルメニアのペアを破り優勝した。このことにより日本テニス協会よりこの年の優秀選手賞を授与されている。同年は全日本テニス選手権の混合ダブルスに飯田栄とのペアで出場しているが、決勝で村上孝志と溝口美貴のペアに敗れている。 大学卒業後は日本電気に入社。その後退社し佐伯美穂、中村藍子、森上亜希子、土居美咲などの専属コーチを務めた。2012年4月から奈良くるみの専属コーチになり、2014年4月に安藤証券に入社した。
雉子牟田 直子(きじむた なおこ、1972年3月26日 - … 雉子牟田 直子(きじむた なおこ、1972年3月26日 - )は、神奈川県海老名市出身の元女子プロテニス選手。姉の雉子牟田明子も著名な元女子プロテニス選手であった。姉の明子は、1983年に15歳4ヶ月で全日本テニス選手権の女子シングルス最年少優勝記録を樹立した早熟選手で、年代的には井上悦子の後に続き、主に1980年代後半に活躍した。妹の直子はその後、伊達公子の刺激で日本女子テニス界が最盛期を迎えた時期に活躍した人である。自己最高ランキングはシングルス44位、ダブルス18位。WTAツアーでシングルス優勝はないが、ダブルスで5勝を挙げた。姉と同じ旭硝子に所属した。 直子は専修大学を1年で中退し、1992年に20歳でプロ入りした。
平木 理化(ひらき りか、1971年12月6日 - )は、日… 平木 理化(ひらき りか、1971年12月6日 - )は、日本の元女子プロテニス選手。身長157cm、体重45kg、右利き。フォアハンド・ストローク、バックハンド・ストロークとも両手打ち。自己最高ランキングはシングルス72位、ダブルス26位。 1997年の全仏オープン混合ダブルス部門で日本人としてグランドスラム22年ぶり、混合ダブルス63年ぶりの優勝を果たした選手である。 日本航空勤務の父親の仕事の関係で、レバノンの首都・ベイルートに生まれる。6歳からテニスを始め、青山学院大学国際政治経済学部を卒業。高校1年生の1987年9月にツアーデビューし、大学2年生の1991年9月にプロ入り。 ジュニア時代からテニスプレーヤーとして国内外で活躍した。
谷澤英彦(たにざわひでひこ、1971年12月5日 - )は、… 谷澤英彦(たにざわひでひこ、1971年12月5日 - )は、日本の元テニス選手、現テニスコーチ、解説者。 愛知県名古屋市出身、180cm、80kg、左利き。相模工業大学附属高校卒業。 1989年高校3年の時、全日本テニス選手権男子シングルスで福井烈を破って、17歳9ヶ月での史上最年少優勝を果たす。 1990年にはデビスカップ代表にも選ばれた。日本ランキングの最高位は1989年の6位。 世界ランキングの最高位は1993年の597位。 25歳の時に選手を引退し、現在は日本体育協会公認スポーツ指導者コーチ、日本テニス協会公認S級エリートコーチとして、守屋宏紀を指導する。 またNHKのテニス中継で解説も務めている。
神尾 米(かみお よね、1971年11月22日 - )は、神… 神尾 米(かみお よね、1971年11月22日 - )は、神奈川県横浜市出身の元女子プロテニス選手。東海大学付属相模高等学校卒業。現在Team Sanplusコーチ兼本玉真唯コーチ。 伊達公子の刺激で日本女子テニス界が最盛期にあった頃に活躍した選手のひとりである。シングルス自己最高ランキングは24位(1995年10月16日付)。これは当時の日本女子では3位にあたり、1番手の伊達、2番手の沢松奈生子に続く好位置につけていた。現役時代はブリヂストンスポーツに所属した。3人兄妹の末っ子であり、2009年11月からは長兄の神尾元治が代表取締役を務めるインディーズ・レーベルの音楽会社である有限会社タフビーツにマネージメントを委託している。
中堀 成生(なかほり しげお、NAKAHORI Shigeo… 中堀 成生(なかほり しげお、NAKAHORI Shigeo、1971年11月18日 - )は、日本のソフトテニス選手。 兵庫県出身。広畑中ー香川西高ー中央大学-NTT中国。1995世界選手権において国際大会初代表。 この項目は、テニスに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:テニス)。
増田 健太郎(ますだ けんたろう、1971年8月26日 - … 増田 健太郎(ますだ けんたろう、1971年8月26日 - )は、神奈川県横浜市出身の元男子プロテニス選手、指導者。湘南工科大学附属高等学校卒。 3歳からテニスを始める。湘南工科大学付属高校在学中に全日本ジュニアと高校総体で優勝し1990年にプロに転向。 全日本テニス選手権では1993年と1994年のシングルスで優勝。2003年にダブルスで準優勝している。 2004年に引退し指導者として活動している。2005年からはデビスカップ日本代表のコーチに就任。 日本選手内山靖崇、大前綾希子、江口実沙などのコーチも務めている。
遠藤 愛(えんどう まな、1971年2月6日 - )は、日本… 遠藤 愛(えんどう まな、1971年2月6日 - )は、日本の元女子プロテニス選手、スポーツ科学者。東京経済大学コミュニケーション学部准教授。 広島県福山市出身の元女子プロテニス選手。伊達公子と同学年の選手で(遠藤は早生まれのため)、身近なライバルとしての伊達とともに成長し、日本女子テニスの黄金期を築いた名選手のひとりである。福山暁の星女子高校を経て筑波大学体育専門学群卒業。筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程修了。博士(体育科学)。シングルス自己最高位は26位(1994年9月26日付)。身長160cm、体重54kg、右利き。 2013年より東京経済大学コミュニケーション学部准教授。 7歳からテニスを始め、父親の手ほどきを受ける。
高田 充(たかだ みつる, 1969年9月26日 - )は、… 高田 充(たかだ みつる, 1969年9月26日 - )は、沖縄県・平良市(現:宮古島市)出身の元男子プロテニス選手、テニス指導者。ATPランキング自己最高位はシングルス706位、ダブルス245位。身長179cm、体重78kg。右利き、バックハンド・ストロークは片手打ち。 父親は元高校の体育教師で、2011年現在宮古テニス協会会長を務める高田憲。スポーツ万能の一家で育った三人兄弟の末っ子で、長男は薬剤師、次男は歯科技工士。10歳からテニスを始め、1987年に国体強化指定選手に推薦されたことをきっかけに、当時県のスポーツ強化指定校であった沖縄工業高校に進学。同校卒業後大学テニス界の強豪校として知られる亜細亜大学に進学後プロに転向、卒業後は朝日生命に所属して活動した。
丸山 弘道(まるやま ひろみち、1969年7月20日 - )… 丸山 弘道(まるやま ひろみち、1969年7月20日 - )は日本のテニス指導者。株式会社オフィス丸山弘道 代表取締役。千葉県柏市出身。 ジュニア時代は柏ローンテニスクラブに所属。ジュニア時代の主な最高成績は全日本ジュニアランキング10位。明治大学時代はインカレ選手。大学を卒業後、4年間日本生命相互保険会社に就職し、退職後テニス界にコーチとして復帰、財団法人吉田記念テニス研修センター(TTC)のジュニア選手担当コーチとして、選手を全国トップレベルまで引き上げる。 1998年より車いすテニス選手の指導も行う。2004年のアテネパラリンピックでは、日本代表コーチとして斎田悟司・国枝慎吾ペアを金メダルへと導いた。