小船 翼(こぶね つばさ、2006年6月20日 - )は、神… 小船 翼(こぶね つばさ、2006年6月20日 - )は、神奈川県海老名市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 5歳から地元神奈川県海老名市の海老名サンダースで投手として野球を始め、海老名市立柏ケ谷小学校を通じて在籍、小学5年時には既に身長が170cmあったという。海老名市立柏ケ谷中学校在学時には海老名シニアでプレーし、中学卒業時に身長は192cmに達していたが、右肘の剥離骨折などの影響もあり四番手投手に甘んじ、中学時代は目立った成績は無かった。 高校は静岡県の知徳高等学校に進学し硬式野球部に所属。1年夏からベンチ入りし、1年秋からエースピッチャーとして登板、チームは静岡県大会で4位。
塩士 暖(しおじ だん、2006年5月18日 - )は、石川… 塩士 暖(しおじ だん、2006年5月18日 - )は、石川県輪島市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 輪島市立大屋小学校では陸上部に所属し、輪島市立輪島中学校で本格的に野球を始め、軟式野球部に所属して外野手であった。 門前高校へ入学すると、1年春からベンチ入り。1年夏の石川大会は中堅手として2試合に先発出場して2回戦敗退であった。1年秋は県大会初戦(小松大谷との2回戦)で敗退。2年春の県大会では初戦(金沢龍谷との2回戦)に2番手で登板したが、チームは敗退した。2年夏からエースナンバーを背負い、石川大会では初戦(石川高専との2回戦)に先発、2年秋の県大会は初戦(羽咋工業との1回戦)に3番手で登板したが、いずれも初戦敗退であった。
山口 廉王(やまぐち れお、2006年5月14日 - )は、… 山口 廉王(やまぐち れお、2006年5月14日 - )は、東京都大田区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 練馬区立田柄第二小学校1年生のときに軟式野球を始め、青森県の『野内ヤンキース』でのプレーを経て、宮城県の多賀城市立高崎中学校時代は硬式野球の『宮城北部リトルシニア』でプレー。小中ともにメインポジションは捕手ながら、成長痛もあって内野手と投手も兼任していた。 仙台育英高校へ進学し、投手一本で勝負してみたいという願望を抱いていたが、中学時代から違和感があった右肘がドクターチェックで緊急手術を要する状態であることが判明。成長する前の軟骨が破損しており、膝の骨を肘に移植するという手術を入学直後の5月に受けた。
茨木 佑太(いばらぎ ゆうた、2006年5月9日 - )は、… 茨木 佑太(いばらぎ ゆうた、2006年5月9日 - )は、北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 実兄は阪神タイガース所属の茨木秀俊。 札幌市立手稲中央小学校1年生のときに『手稲ヤングスターズ』で野球を始め、札幌市立手稲中学校時代は硬式野球の『札幌東シニア』に所属。3年時には東日本選抜大会に出場した。 帝京長岡高校へ進学すると、1年夏からベンチ入り(背番号11)を果たし、新潟大会では佐渡との3回戦で公式戦初登板。先発の兄・秀俊の後を受け、小学校時代以来となる兄弟継投となり、3回無失点に抑えた。1年秋から背番号1を付け、県大会では長岡商業との3回戦で敗退。
坂井 遼(さかい はる、2006年5月8日 - )は、千葉県… 坂井 遼(さかい はる、2006年5月8日 - )は、千葉県富里市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 富里市立富里小学校5年生から『富里リトルスターズ』で野球を始め、富里市立富里中学校時代は硬式野球の『江戸川南ボーイズ』でプレーし、外野手であった。 投手を志願して関東第一高校へ入学すると、1年秋からベンチ入りし、2年夏の東東京大会では背番号10で3試合に登板。2年秋は、東京大会では背番号10を付け、創価との決勝では1失点完投勝利でチームを8年ぶり5度目の優勝に導いた。明治神宮大会では背番号1を付け、チームは同大会5度目の出場で初勝利を挙げるなど、ベスト4。坂井は東京大会と明治神宮大会で計11試合・50回を投げて防御率2.88を記録した。
松本 陣(まつもと じん、2006年4月28日 - )は、静… 松本 陣(まつもと じん、2006年4月28日 - )は、静岡県三島市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 小学生時代には三島ゴールデンイーグルスでプレーしていた。 三島市立南中学校時代には静岡裾野リトルシニアでプレーしていた。3年間でリトルシニア全国選抜野球大会に2回、リトルシニア日本選手権大会にも1回出場するなど活躍した[要出典]。リトルシニアのチームメイトに上原堆我がいた。 知徳高等学校では1年生の秋からスタメンとして出場し2年秋より主将を務めた。3年夏の大会では18打数7安打2本塁打7打点打率.388と活躍した。高校通算本塁打数は17本。9月9日にドラフト志望届を提出するが指名はなかった。
箱山 遥人(はこやま はると、2006年4月26日 - )は… 箱山 遥人(はこやま はると、2006年4月26日 - )は、東京都足立区出身の社会人野球選手(捕手)。 5歳で野球を始める。足立区立第九中学校在学時は硬式野球のクラブチームである江戸川中央シニアでプレーし、3年時には主将として全国大会でベスト4に進出した。 高崎健康福祉大学高崎高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年春の第95回記念選抜高等学校野球大会に出場したが、初戦で報徳学園に敗れた。3年春の第96回選抜高等学校野球大会では4番打者として活躍し、決勝で前年敗れた報徳学園に勝利して優勝した。春夏連覇を目指し同年の第106回全国高等学校野球選手権大会にも出場したが、2回戦で敗れた。その後、第13回 BFA U-18アジア選手権大会の日本代表に選出された。
柴田 獅子(しばた れお、2006年4月18日 - )は、福… 柴田 獅子(しばた れお、2006年4月18日 - )は、福岡県飯塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 飯塚市立庄内小学校で2年生の時に野球を始め、飯塚市立庄内中学校在学時は硬式野球のクラブチームである飯塚レパーズでプレーした。 福岡大学附属大濠高等学校に進学し、2年秋からエースを務めた。3年夏の福岡大会はエース・4番打者として臨み決勝まで勝ち進んだが、西日本短大付に敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。1学年上に藤田悠太郎、2学年上に山下恭吾がいた。 2024年10月24日に行われたプロ野球ドラフト会議において、宗山塁の1位指名抽選を外した北海道日本ハムファイターズと福岡ソフトバンクホークスから1位指名され、抽選の結果、日本ハムが交渉権を獲得。
ウメビンユオ オケム明(ウメビンユオ オケムめい、2006年… ウメビンユオ オケム明(ウメビンユオ オケムめい、2006年4月10日 - )は、長野県松本市出身、北海道旭川市育ちのプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 NPBでの登録名はオケム。 小学校入学前に松本市から旭川市に転居。旭川啓明小1年の時に啓明ライオンズで野球を始め、当時のポジションは捕手であった。旭川東光中では軟式野球部に所属。旭川志峯高校での最高成績は3年夏の北北海道大会4強であった。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、埼玉西武ライオンズから育成7位指名を受けた。11月18日には支度金350万円・年俸280万円(金額はいずれも推定)で仮契約を締結。
福尾 遥真(ふくお はるま、2006年4月6日 - )は、千… 福尾 遥真(ふくお はるま、2006年4月6日 - )は、千葉県市原市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校3年生の時に「オール五井ヤップオーシャン」で野球を始め、市原市立五井中学校では「京葉ボーイズ」に所属していた[信頼性要検証]。 中学卒業後は、福島県の学校法人石川高等学校に進学。1年の秋からメンバー入りを果たし、3年春に第96回選抜高等学校野球大会へ出場すると、初戦の健大高崎戦で4打数3安打を記録したが、チームは敗れた。これ以降、福尾が甲子園の舞台に立つことはなかった。2学年先輩に黒川凱星、1学年後輩に大栄利哉がいた。 その後、9月19日にプロ志望届を提出し[信頼性要検証]、10月24日に開催されたドラフト会議にて、埼玉西武ライオンズから育成6位で指名された。
石塚 裕惺(いしづか ゆうせい、2006年4月6日 - )は… 石塚 裕惺(いしづか ゆうせい、2006年4月6日 - )は、千葉県八千代市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 幼稚園年長時からクラブチームの勝田ハニーズで野球を始め、八千代市立村上東小学校6年生時には千葉ロッテマリーンズジュニアに選出された。八千代市立村上東中学校在学時は硬式野球のクラブチームである佐倉シニアでプレーし、全国大会に出場した。 花咲徳栄高等学校に進学し、1年秋から三塁手のレギュラーに定着。2年春から遊撃手を務めた。3年夏の第106回全国高等学校野球選手権大会に出場し、新潟産業大附との初戦で1安打を記録したが、試合は敗れた。その後行われたBFA U-18アジア選手権大会の日本代表に選出され、4番打者を務めた。
大生 虎史(おおばえ こうし、2006年3月26日 - )は… 大生 虎史(おおばえ こうし、2006年3月26日 - )は、岐阜県加茂郡川辺町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 兄はBCリーグ・埼玉武蔵ヒートベアーズに所属する大生竜万。 少年野球チームの川辺イーグルスで野球を始め、川辺町立川辺中学校在学時には豊田リトルシニアに在籍した。いずれも兄・竜万と同じチームである。3年次には第26回日本リトルシニア全国選抜野球大会に出場し、ベスト16の成績を残した。高校は大分県の柳ヶ浦高等学校に進学した。中学時代はサイドスローだったが、高校入学後にスリークォーターにフォームを変更した。3年夏の県大会2回戦では、シード校である高田高を8回途中無失点に抑えて勝利を収めたものの、県ベスト8の成績に終わり甲子園への出場はならなかった。
鈴木 叶(すずき きょう、2006年3月21日 - )は、静… 鈴木 叶(すずき きょう、2006年3月21日 - )は、静岡県掛川市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学校1年生の時に西山口野球少年団で野球を始める。掛川市立東中学校在学時は硬式野球のクラブチームである浜松南リトルシニアでプレーし、3年時は選抜大会、日本選手権でベスト8に進出した。 常葉大学附属菊川高等学校に進学し、正捕手と4番を務めた。3年春の第95回記念選抜高等学校野球大会に出場し、専大松戸との初戦(2回戦)では1安打に加え二盗を阻止するなど活躍したが、チームは敗れた。同年夏の静岡大会開幕2週間前に左手の有鈎骨を骨折し、打撃は右手のみでスイングせざるを得ない状況となった。
大内 誠弥(おおうち せいや、2006年3月9日 - )は、… 大内 誠弥(おおうち せいや、2006年3月9日 - )は、宮城県東松島市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 生まれも育ちも宮城県東松島市であり、5歳のときに東日本大震災を経験。東松島市立赤井南小学校1年生のときに『大曲ドリームズ』で指導者をしていた祖父に誘われて野球を始め、投手兼遊撃手であった。東松島市立矢本第二中学校では『東松島シニア』でプレーし、投手兼外野手であった。 日本ウェルネス宮城高校へ進学し、1年夏からベンチ入り。2年秋に佐々木朗希のように足を高く上げるフォームに改造すると、最速144km/hまで成長した。3年夏は宮城大会2回戦で古川学園に敗れた。
稲田 太陽(いなだ たいよう、2006年3月7日 - )は、… 稲田 太陽(いなだ たいよう、2006年3月7日 - )は、北海道出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。 小学校時代は旭川中央ファイターズJrでプレーした。 中学時代は旭川大雪ボーイズでプレーした。2学年上に松浦慶斗がいた。 旭川実業高等学校に進学するが、1年で中退し上田剛史が創設した東京カラーズに入団した。旭川実業高等学校の2学年上に田中楓基がいた。 2023年途中より北海道ベースボールリーグに所属している旭川BeːStarsに入団した。2年目より内野手から捕手に転向した。 前年よりウエスタン・リーグに参入したくふうハヤテベンチャーズ静岡のトライアウトに参加し、2024年12月16日に入団が発表された。
成田 晴風(なりた はるせ、2006年2月27日 - )は、… 成田 晴風(なりた はるせ、2006年2月27日 - )は、青森県南津軽郡大鰐町出身のプロ野球選手(投手)。埼玉西武ライオンズ所属。 大鰐町立大鰐小学校3年生のときに『あじゃらベースボールクラブ』で野球を始め、大鰐町立大鰐中学校では軟式野球部に所属した。 弘前工業高校へ進学すると、1年春からベンチ入り。入学時は最速135km/hほどであったが、徹底的に下半身を鍛え、1年時から最速140km/hを超え、1年秋からは背番号1を付けた。3年夏の県大会では2回戦で八戸学院光星と対戦し、中澤恒貴に本塁打を打たれるなど敗れたものの、強力打線から9つの三振を奪う力投を見せた。高校時代の最速は150km/h。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、埼玉西武ライオンズから4位指名を受けた。
林 大斗(はやし ひろと、2006年1月15日 - )は、埼… 林 大斗(はやし ひろと、2006年1月15日 - )は、埼玉県狭山市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 埼玉県の狭山市立山王小学校4年時に山王御狩場ヤンキースで野球を始めた。狭山市立山王中学校に進学後は、所沢南シニアに所属していた。 春日部共栄高等学校卒業後、東京六大学への進学を目指して浪人していたが、受験で思うような結果を得られず、2025年5月よりくふうハヤテベンチャーズ静岡に帯同を始めた。受験に専念していたため、チーム帯同からは体作りに励み、ウェートトレーニングに力を入れた。 2025年10月1日、くふうハヤテへの入団が発表され、秋のフェニックス・リーグよりチームの一員として実戦登板した。
加藤 大和(かとう やまと、2006年1月12日 - )は、… 加藤 大和(かとう やまと、2006年1月12日 - )は、愛知県瀬戸市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、北海道日本ハムファイターズから育成3位指名を受け、支度金300万円、年俸260万円で入団した(金額は推定)。背番号は113。 2024年はイースタン・リーグで3試合に登板し、いずれも無失点に抑えた。
藤原 大翔(ふじわら はると、2005年12月26日 - )… 藤原 大翔(ふじわら はると、2005年12月26日 - )は、福岡県行橋市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 行橋市立今川小学校4年生のときに『野菊ベースボールクラブ』で野球を始め、行橋市立中京中学校では硬式野球の『京築ボーイズ』に所属し、二塁手を務めていた。 飯塚高校へ進学すると、入学当初は二塁手であったが、スピードボールを買われて投手に転向した。2年春からベンチ入りすると、2年秋以降に急成長。3年時には強打の横浜高校との練習試合で7回を投げ、4失点で切り抜けた。3年夏の県大会では4試合に登板し、17回1/3で22奪三振を記録した。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成6位指名を受けた。
髙橋 快秀(たかはし かいしゅう、2005年12月21日 -… 髙橋 快秀(たかはし かいしゅう、2005年12月21日 - )は、香川県丸亀市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 丸亀市立垂水小学校時代に7歳上の兄が野球をやっていた影響で小学2年生の時に野球を始め、綾歌少年野球クラブで野球を始める。丸亀市立丸亀南中学校時代には軟式野球部で速球派右腕として、香川県内の高校野球関係者の間で広く名前が知られる存在となった。 香川県立多度津高等学校に進学すると3年生夏の香川県大会で1回戦ではNPB6球団のスカウトが視察する中で完投勝利を挙げ、大きな注目を集める。3回戦では強豪校相手に善戦するも悔しい敗戦となり、甲子園出場はかなわなかった。
松石 信八(まついし しんや、2005年12月18日 - )… 松石 信八(まついし しんや、2005年12月18日 - )は、佐賀県佐賀市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。千葉ロッテマリーンズ所属。 小学校2年生のときに野球を始め、佐賀市立城南中学校では硬式野球の『佐賀フィールドナイン』に所属した。投手を始めたのは中学時代からであったが、2年冬に投球フォームを改善すると、最速135km/hに急成長。3年時は新型コロナウイルスの影響でほぼ全ての大会が中止となったが、6月の公式戦では最速142km/hを計測した。 藤蔭高校に進学すると、1年夏の大分大会で最速146km/hを計測。チームは明豊との準決勝に0-12で敗れたが、この試合に先発した松石は8回3失点に抑えた。
佐倉 俠史朗(さくら きょうしろう、2005年11月3日 -… 佐倉 俠史朗(さくら きょうしろう、2005年11月3日 - )は、福岡県久留米市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 久留米市立宮ノ陣小学校1年生の時に野球を始め、久留米市立宮ノ陣中学校在学時は硬式野球のクラブチームである球道ベースボールクラブでプレーしていた。 九州国際大学付属高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。同年秋から4番を務め、5本塁打を放つ活躍で九州大会優勝、明治神宮大会ベスト4に貢献した。2年春の第94回選抜高等学校野球大会に出場し、クラーク記念国際との1回戦で延長10回にサヨナラ勝ちとなる犠飛を記録。広陵との2回戦では3安打を記録し、勝利に貢献した。
横山 聖哉(よこやま せいや、2005年10月28日 - )… 横山 聖哉(よこやま せいや、2005年10月28日 - )は、長野県上田市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 上田市立第四中学校在学時はクラブチームの上田シニアに所属していた。 上田西高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年春から遊撃手のレギュラーを務め、投手も兼任した。3年夏の第105回全国高等学校野球選手権大会に出場し、開幕戦となった土浦日大との初戦で1安打を記録したが、チームは延長10回タイブレークの末に敗れた。高校通算30本塁打。9月4日にプロ志望届を提出した。 2023年10月26日のドラフト会議でオリックス・バファローズから1巡目で指名された。
武内 涼太(たけうち りょうた、2005年10月25日 - … 武内 涼太(たけうち りょうた、2005年10月25日 - )は、大分県日田市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。千葉ロッテマリーンズ所属。 南海・広島で捕手としてプレーした祖父の長尾辰雄に素質を見抜かれ、小学校2年生のときに『日田ライジングボーイズ』で野球を始めた。当初は祖父と同じ捕手としてプレーしたが、4年生からは投手の練習を始め、5年生からは試合でも登板するようになった。日田市立三隈中学校では硬式野球の『久留米東ボーイズ』に所属し、1年夏から登板機会を得て、2年秋には最速138km/hを計測した。 星稜高校へ進学すると、1年春に最速142km/hを計測してベンチ入り。2年春は甲子園に出場し、國學院久我山との準々決勝では先発したが、制球に苦しんで5回途中で降板し、チームも敗れた。
小笠原 蒼(おがさわら そう、2005年10月20日 - )… 小笠原 蒼(おがさわら そう、2005年10月20日 - )は、愛知県豊田市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 豊田市立竹村小学校で1年生の時に竜神JBCで野球を始める。5年生で山之手少年野球クラブに移籍。豊田市立竜神中学校在学時は硬式野球のクラブチームである愛知港ボーイズでプレーしていた。 京都翔英高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年秋から背番号3で一塁手のレギュラーを務めた。3年夏は4番を務めて京都大会で決勝に進出し、立命館宇治と対戦。一時リードを広げる2点本塁打を放つもその後逆転され、9回に追い付いたもののサヨナラ負けを喫した。3年間で甲子園大会出場はなかった。
清水 麻成(しみず まなと、2005年10月6日 - )は、… 清水 麻成(しみず まなと、2005年10月6日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 中学時代は軟式野球部に所属し、強肩を活かして主に外野手を務めていた。 樹徳高等学校に進学し、投手に転向した。2年夏に出場した第104回全国高等学校野球選手権大会では背番号10でベンチ入りしたが登板はなく、チームも初戦で明豊に敗れた。その後3年春からエースを務めた。同年夏は群馬大会準決勝で前橋商業に敗れた。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、横浜DeNAベイスターズから育成2位指名を受け、11月15日、支度金300万円、年俸340万円で入団に合意した(金額は推定)。
杉山 遙希(すぎやま はるき、2005年9月23日 - )は… 杉山 遙希(すぎやま はるき、2005年9月23日 - )は、東京都江戸川区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校1年生のときに篠崎アトムズで野球を始め、主に投手。6年生時には読売ジャイアンツジュニアに選出された。江戸川区立篠崎中学校時代は硬式野球の東京城南ボーイズでプレーした。 横浜高校に進学し、1年春からベンチ入り。1年夏の神奈川大会では背番号15で横浜創学館との決勝に先発し、勝利投手となった。第103回全国高等学校野球選手権大会では背番号1を背負い、広島新庄との1回戦では1イニングを投げ、智辯学園との2回戦で初先発となったが、前川右京に適時打を許すなど4回6安打5四死球3失点で降板し、チームも敗れた。
杉原 望来(すぎはら みらい、2005年9月23日 - )は… 杉原 望来(すぎはら みらい、2005年9月23日 - )は、大阪府岸和田市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 6歳の時に和泉北リトルで野球を始め、岸和田市立山直北小学校入学後も在籍した。岸和田市立山直中学校在学時は硬式野球のクラブチームである岸和田シニアでプレーし、3年時にはシニア西日本代表として台湾遠征に参加した。 京都国際高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年夏の第104回全国高等学校野球選手権大会では背番号18でベンチ入りしたが登板はなく、チームも初戦で敗れた。同年秋からエースを務めた。3年夏の京都大会では京都外大西との4回戦で初登板し、1失点完投勝利。
近藤 大雅(こんどう たいが、2005年9月18日 - )は… 近藤 大雅(こんどう たいが、2005年9月18日 - )は、兵庫県出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 中学時代は神戸市立上野中学校に在籍し、硬式野球チーム・神戸甲南ボーイズでは全国大会に出場。 専修大学北上高等学校では1年生秋から投手として公式戦に出場したが、チーム事情により2年生秋から捕手に転向。3年生夏の岩手県大会では出場全3試合でマスクを被り、打率.444・2打点を記録した。甲子園・全国大会出場は無し。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、横浜DeNAベイスターズから育成5位指名を受けた。11月17日に支度金300万円、年俸340万円で仮契約した(金額は推定)。
百﨑 蒼生(ももさき あおい、2005年9月11日 - )は… 百﨑 蒼生(ももさき あおい、2005年9月11日 - )は、熊本県菊池市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 小学3年から軟式野球を始める。中学校では熊本泗水ボーイズ所属。 熊本を出て、東海大学付属相模高等学校に進学。1年春の県大会からベンチで、1年秋から「3番・遊撃手」としてレギュラーに定着。しかし、チーム内での衝突があり、1年冬に中退する。地元・熊本に戻り、中学時代の友人の誘いで、東海大学付属熊本星翔高等学校に編入した。日本高等学校野球連盟の定める規則による1年間の公式戦出場停止期間を経て、高校3年時に夏の甲子園出場を果たした。結果は1回戦敗退。 2023年10月26日に行われたドラフト会議では、阪神タイガースから4位指名を受け、11月19日に契約金4000万円、年俸500万円で仮契約を結んだ。
平田 大樹(ひらた だいじゅ、2005年8月25日 - )は… 平田 大樹(ひらた だいじゅ、2005年8月25日 - )は、滋賀県大津市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 滋賀県立瀬田工業高等学校では1年秋からベンチ入りし、2年春には4番を務めた。しかし、同年秋に新型コロナウイルスに感染すると、後遺症に苦しみ長期離脱。3年春の大会後から復帰した。同年夏は滋賀大会2回戦で彦根総合に敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。高校通算21本塁打。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、北海道日本ハムファイターズから育成2位指名を受け、支度金300万円、年俸260万円で入団した(金額は推定)。背番号は112。 2024年はイースタン・リーグ38試合に出場。
明瀬 諒介(みょうせ りょうすけ、2005年8月25日 - … 明瀬 諒介(みょうせ りょうすけ、2005年8月25日 - )は、大阪府堺市東区出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 堺市立日置荘西小学校4年生の時にソフトボールを始める。早くからプロ入りを見据え、進路を選ぶ際は「プロに教えてもらいたい」という基準を設けており、堺市立日置荘中学校在学時は元プロ野球選手の小川亨が監督を務める大阪挟山リトルシニアでプレーした。 小川と同じく元プロ野球選手の佐々木誠が監督を務める鹿児島城西高等学校へ進学。佐々木から「広角に長打を放つための秘訣」を授かり、長打力が開花した。1年秋から中軸を打ち、投手も兼任。2年秋は背番号1を背負った。
山田 脩也(やまだ しゅうや、2005年8月20日 - )は… 山田 脩也(やまだ しゅうや、2005年8月20日 - )は、宮城県仙台市青葉区出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 6歳年上の兄、利輝の影響で仙台広瀬リトルリーグで野球を始め、小学校6年生の時にWBSC U-12ワールドカップの日本代表に選出された。その後仙台東部リトルシニアを経て、利輝も在籍した仙台育英学園高等学校へ進学。 仙台育英学園高等学校では1年春から遊撃手のレギュラーを務める。2年夏の第104回全国高等学校野球選手権大会では2番打者として全試合に先発出場し、東北勢初となる優勝に貢献した。同年秋から主将を務めた。3年春の第95回記念選抜高等学校野球大会ではベスト8に進出。
長水 啓眞(ながみず けいしん、2005年8月8日 - )は… 長水 啓眞(ながみず けいしん、2005年8月8日 - )は、京都府舞鶴市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小学生の時に「中筋少年野球クラブ」で野球を始め、舞鶴市立城南中時代は「舞鶴ボーイズ」でプレーした。京都国際高等学校では3年春の京都府大会で背番号11番としてベンチ入りし、主に先発や救援で2試合に登板した。準決勝の龍谷大平安戦では最速144キロを計測し、3.1回を投げて1失点の好投を見せた。近畿大会準決勝の金光大阪戦で抑えとしてマウンドに上がったが、2失点して敗れた。その後の夏の京都府大会でもベンチ入りを果たしたが登板はなく、チームは準決勝の立命館戦で敗れ、姿を消した。
宮國 凌空(みやぐに りく、2005年8月7日 - )は、沖… 宮國 凌空(みやぐに りく、2005年8月7日 - )は、沖縄県宜野湾市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 小学校1年生のときに『宜野湾ベースボールキッズ』で野球を始め、宜野湾市立宜野湾中学校では硬式野球の『宜野湾ポニーズ』に所属し、2年時にはポニーリーグ日本代表に選出された。中学2年時までは内野手であったが、3年生からは一塁手を務めながら、本格的に投手としての練習を始めた。 東邦高校に進学すると、1年夏に投手へ転向し、1年秋から背番号1を付けた。2年秋は県大会と東海大会で優勝を果たして明治神宮大会に出場し、センバツ出場も確実にしたが、県大会期間中から右肩痛を発症しており、2年冬はノースロー調整。
仲田 侑仁(なかだ ゆうと、2005年7月31日 - )は、… 仲田 侑仁(なかだ ゆうと、2005年7月31日 - )は、沖縄県那覇市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 小学校2年生の時に泊ファイトクラブで野球を始め、中学時代は硬式野球のクラブチームである浦添ボーイズでプレーしていた。 沖縄尚学高等学校では4番打者を務め、3年春の第95回記念選抜高等学校野球大会に出場。大垣日大との初戦で決勝点となる満塁本塁打を放った。東海大菅生との3回戦では相手エース日當直喜から2安打を記録したが、走塁ミスなどもあり完封負けを喫した。同年夏の第105回全国高等学校野球選手権大会にも出場。大会前の練習で右太もも裏の肉離れを起こし万全の状態ではない中で、痛み止めやテーピングなどで対処して強行出場した。
髙野 颯太(たかの そうた、2005年7月28日 - )は、… 髙野 颯太(たかの そうた、2005年7月28日 - )は、島根県出雲市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、東京ヤクルトスワローズから育成2位指名を受けた。11月14日に支度金320万円、年俸280万円で仮契約した。背番号は026。 2024年3月10日に、イースタン・リーグで本塁打を放った。同年は同リーグで51試合に出場。打率.142、2本塁打、6打点という成績を残した。 2025年はイースタン・リーグで77試合に出場。打率.130、0本塁打、10打点という成績を残した。 高校通算29本塁打の長打力を誇り、メディアからは「山陰の浅野(翔吾)」と称されている。
早坂 響(はやさか おと、2005年7月26日 - )は、千… 早坂 響(はやさか おと、2005年7月26日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 松戸市立東部小学校1年生のときに『高塚新田ラークス』で野球を始め、遊撃手と中堅手を守った。松戸市立第五中学校では軟式野球部に所属し、守備位置は一塁手と捕手であった。 千葉県立幕張総合高等学校では1年秋から控え捕手としてベンチ入りし、2年夏は背番号12の控え捕手であった。2年秋は正捕手で背番号2を付けたが、県大会敗退後に柳田大輔監督はチームの変革に着手し、投手の頭数が少なかった事情から「賭けでした」と早坂に投手転向を提案。11月に投手へ転向し、投手育成に定評のあるスポーツトレーナー北川雄介の指導を仰ぐと、当初135km/hであった球速は一冬を越した時点で150km/hを超えた。
青野 拓海(あおの たくみ、2005年7月26日 - )は、… 青野 拓海(あおの たくみ、2005年7月26日 - )は、富山県氷見市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 小学校3年生の時に野球を始め、中学校までのメインポジションは捕手だった。 富山県立氷見高等学校に進学後、部員不足により投手を務めるようになる。2年夏からエースと3番打者を務め、富山大会で決勝に進出。高岡商業を相手に9回二死、2ストライクまで追い詰めるも、自身の降板後にチームは逆転負けを喫した。3年春は第95回記念選抜高等学校野球大会に21世紀枠で出場。山梨学院との初戦(2回戦)では腰痛に苦しむ中、打撃で2安打を放つも投手としては4失点し、敗れた。その後も腰痛に苦しみ満足に練習ができず、同年夏は富山大会3回戦で高朋に敗れた。
園田 純規(そのだ あつき、2005年7月7日 - )は、福… 園田 純規(そのだ あつき、2005年7月7日 - )は、福岡県大野城市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 大野城市立下大利小学校在学中に大野城ジュニアホークスで野球を始め、大野城市立大利中学校を経て、福岡工業大学附属城東高等学校に進学。高校時代の最高球速は145km/hだった。 2023年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから育成5位指名され、11月16日に支度金290万円、年俸360万円で仮契約(金額は推定)。背番号は019。担当スカウトは武田康。 2024年は春季キャンプ三軍スタート。8月14日には三軍の創価大学とのNPB・大学交流戦で先発し、5回6安打無失点に抑えた。
日當 直喜(ひなた なおき、2005年7月6日 - )は、東… 日當 直喜(ひなた なおき、2005年7月6日 - )は、東京都墨田区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 墨田区立梅若小学校1年生のときから墨田区立桜堤中学校までの計9年間、軟式野球の『鐘ヶ淵イーグルス』で捕手・投手としてプレーした。 東海大学菅生高校に進学し、1年秋に背番号11でベンチ入り。背番号1を付けた2年秋の東京都大会では、4試合連続完投勝利を記録して優勝した。3年春の第95回記念選抜高等学校野球大会では沖縄尚学との3回戦で完封勝利を記録。続く大阪桐蔭との準々決勝ではリリーフ登板で6回2失点と好投したが、チームは敗れた。3年夏は西東京都大会5回戦で駒沢大高に敗れた。
中澤 恒貴(なかざわ こうき、2005年7月3日 - )は、… 中澤 恒貴(なかざわ こうき、2005年7月3日 - )は、東京都江東区出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小学校1年生で野球を始める。 中学校は埼玉県の春日部共栄中学校に進学。江戸川北リトルシニアで野球を行った。 卒業後は「高みを目指すならチャレンジしないと、成長できない」として、坂本勇人、北條史也、武岡龍世などを輩出した八戸学院光星高等学校に進学。1年次の秋から遊撃手のレギュラーとなった。2年次・3年次は夏の甲子園出場に貢献し、3年次は主将としてチームのベスト8入りに尽力した。自身の甲子園での通算成績は打率.286(21打数6安打)、5打点という成績であった。
村山 源(むらやま げん、2005年6月27日 - )は、鹿… 村山 源(むらやま げん、2005年6月27日 - )は、鹿児島県鹿屋市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 鹿屋中央高等学校では遊撃手のレギュラーを務め、3年夏の鹿児島大会で決勝に進出したが神村学園に敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。高校通算9本塁打。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから育成2位指名を受けた。11月13日に支度金290万円、年俸360万円で仮契約した。背番号は004。 2024年8月29日のオイシックス新潟戦で公式戦初本塁打を記録した。イースタン・リーグでは16試合に出場し、打率.208、1本塁打、1打点という成績だった。
上條 優奈(かみじょう ゆうな、2005年6月21日 - )… 上條 優奈(かみじょう ゆうな、2005年6月21日 - )は、長野県塩尻市出身の女子野球選手(外野手)、コーチ。右投左打。読売ジャイアンツ女子チーム所属。 父や4歳年上の兄の影響で、小学2年時に吉田スポーツ少年団に入団し野球を始めた。当初のポジションは投手。塩尻市立丘中学校では男子選手とともに練習を積み、全国大会にも出場した。 父の勧めにより女子硬式野球部のある岐阜第一高等学校へ進学。2年時の第26回 夏の大会では準決勝で開志学園に敗れ、甲子園での決勝出場を逃したが、翌年の第27回 夏の大会では準決勝で福井工業大学附属福井に勝利し、甲子園出場を果たした。2023年8月1日に甲子園で行われた決勝では神戸弘陵学園と対戦し、試合は1-8で敗れたものの、2番手投手として2回無失点の好投を見せ、安打も記録した。
寿賀 弘都(すが ひろと、2005年6月16日 - )は、香… 寿賀 弘都(すが ひろと、2005年6月16日 - )は、香川県高松市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。オリックス・バファローズ所属。 小学校2年生のときに香西汐風クラブで野球を始め、高松市立勝賀中学校では硬式野球の高松リトルシニアに所属していた。 英明高校に進学すると、1年秋から背番号12でベンチ入りし、投手としては2年時から公式戦に登板。背番号11で迎えた2年夏は県大会決勝で高松商業に敗れた。新チームでは背番号8を付け、全公式戦で4番に座った。2年秋は四国大会決勝で高松商業を破り、チーム8年ぶり2度目の明治神宮大会に出場すると、山梨学院との初戦に勝利し、同大会初白星を飾った。3年春にはチーム5年ぶり3度目となるセンバツに出場すると、智辯和歌山との初戦に勝利し、同大会初白星を飾った。
篠﨑 国忠(しのざき くにただ、2005年6月12日 - )… 篠﨑 国忠(しのざき くにただ、2005年6月12日 - )は、東京都足立区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 足立区立興本扇学園(小中一貫校)2年時に扇ターキーズで野球を始める。進学した修徳中学校では軟式野球をプレーし、2年時には関東大会優勝を経験している。 修徳高等学校への進学後は2年夏からエースナンバーを背負い、最速148km/hを誇る長身右腕として当時からドラフト候補と評されていた。甲子園出場経験はなく、最後の夏となった3年夏の東東京大会では準々決勝で岩倉にコールド負けを喫し敗退した。 敗退後、プロ志望届を提出したが、2023年のドラフト会議では指名漏れとなった。
武田 陸玖(たけだ りく、2005年6月6日 - )は、山形… 武田 陸玖(たけだ りく、2005年6月6日 - )は、山形県天童市出身のプロ野球選手(投手、外野手)。左投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 天童市立成生小学校で1年生の時に成生ファイヤードラゴンズで野球を始め、6年時には東北楽天ゴールデンイーグルスジュニアでプレーした。天童市立第四中学校では軟式野球部に所属していた。 山形県立山形中央高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。同年秋からエースを務め、投手の他に一塁手や外野手を務める二刀流として活躍した。2年夏の山形大会は決勝で鶴岡東に2-3で、3年夏の山形大会でも決勝に進出したが、日大山形に4-6でいずれも敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。
木村 優人(きむら ゆうと、2005年6月1日 - )は、茨… 木村 優人(きむら ゆうと、2005年6月1日 - )は、茨城県土浦市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 土浦市立斗利出小学校1年生のときに斗利出ベアーズで野球を始め、6年時は藤沢イーグルスでプレー。霞ヶ浦高校附属中学校では霞ヶ浦高校附属ボーイズに所属した。 中高一貫の霞ヶ浦高校に進学すると、1年夏はベンチ入りし、2試合にリリーフ登板。1年秋以降は、マウンドに上がらない試合では「3番・右翼手」で出場し、2年秋からはエースを務め、3年春の茨城大会で自己最速の150km/hを計測した。3年夏の茨城大会では準決勝を突破し、土浦日大との決勝では8回まで無失点に抑えたが、3点リードの9回に5失点し、逆転負けを喫した。
東松 快征(とうまつ かいせい、2005年4月29日 - )… 東松 快征(とうまつ かいせい、2005年4月29日 - )は、愛知県東海市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。 オリックス・バファローズ所属。 東海市立加木屋小学校で1年生の時に加木屋JBCで野球を始める。東海市立加木屋中学校在学時は硬式野球のクラブチームである東海中央ボーイズでプレーした。 享栄高等学校へ進学し、1年秋からベンチ入り。2年夏からエースを務め、愛知大会でベスト4に進出したが、東邦との準決勝では前日に左肩を痛めた影響で打ち込まれ、敗れた。同年秋の練習試合で自己最速を更新する152km/hを計測した。3年夏は愛知大会準々決勝で愛工大名電に7失点し、敗れた。3年間で甲子園大会出場はなし。
山田 門(やまだ りゅう、2005年4月20日 - )は、神… 山田 門(やまだ りゅう、2005年4月20日 - )は、神奈川県出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 兄はオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属の山田和。 6歳頃から兄の影響で向丘サンダースで野球を始めた。中学は川崎市立犬蔵中学校に進学し、前田幸長が会長を務め都築克幸が監督を務める都筑中央ボーイズに所属していた。2年時には春季ボーイズ全国大会に出場した[信頼性要検証]。 高校は静岡県の飛龍高等学校に進学し2023年6月22日には紅白戦で自己最速の146k/mを記録する。3年夏の県大会では日大三島に敗れ甲子園出場は果たせなかった。2024年2月21日にNPB対象外の志望届を提出。