後藤 政子(ごとう まさこ、1941年 - )は、日本のラテ… 後藤 政子(ごとう まさこ、1941年 - )は、日本のラテンアメリカ現代史・キューバ研究者。神奈川大学外国語学部名誉教授。 東京外国語大学スペイン語学科卒業。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
職業が研究者:2,457人
後藤 政子(ごとう まさこ、1941年 - )は、日本のラテ… 後藤 政子(ごとう まさこ、1941年 - )は、日本のラテンアメリカ現代史・キューバ研究者。神奈川大学外国語学部名誉教授。 東京外国語大学スペイン語学科卒業。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
片山 和俊(かたやま かずとし、 1941年 - )は、日本… 片山 和俊(かたやま かずとし、 1941年 - )は、日本の建築家、建築研究者・教育者。東京芸術大学名誉教授。 研究者・教育者として集住環境の実測調査および設計に携わる。1989年から2009年まで、東京芸術大学美術学部、大学院美術研究科教授。 東京生まれ。1966年(昭和41年)、東京芸術大学美術学部卒業。1968年(昭和43年)に同大学院修士課程修了。環境設計茂木研究室での建築実務を経て、1989年、東京芸術大学美術学部建築科助教授。2000年(平成12年)に東京芸術大学美術学部建築科教授。2008年(平成20年)に退任。教育・研究の傍らで主に住宅設計を中心に建築設計を多く手がけ、その他各地の町並みや景観計画にも係わる。
蒲生 美津子(がもう みつこ、1941年 - )は、日本の音… 蒲生 美津子(がもう みつこ、1941年 - )は、日本の音楽学者、日本音楽研究者。沖縄県立芸術大学名誉教授。専門は日本音楽史。 1941年生まれ。1981年に東京藝術大学大学院博士課程を修了した。東京藝術大学附属図書館の博士学位論文一覧によれば、学位論文は「早歌の音楽的研究」である。著者紹介によれば、東京藝術大学非常勤講師を経て沖縄県立芸術大学教授を務め、のちに同大学名誉教授となった。 蒲生は、中世歌謡である早歌の研究を行った。単著『早歌の音楽的研究』は1983年に三省堂から刊行されている。この著作は『東洋音楽研究』において永池健二の書評の対象となった。 また、後年の研究文献では、蒲生の同書が室町期譜本の調査に基づく研究として言及されている。
池上 洋通(いけがみ ひろみち、1941年(昭和16年)- … 池上 洋通(いけがみ ひろみち、1941年(昭和16年)- )は、日本の地方自治研究者。地方自治と地域社会に関する各種の分野の事項に積極的に発言・主張、創作活動を行っており、雑誌編集などのジャーナリストとしても活動してきた。静岡県清水市(現静岡市)出身。 フリーライターを経て、1974年~1992年、東京都日野市市役所職員。秘書課、企画課、社会福祉課、市民会館などに勤務、この間、市の基本構想策定、市民意識調査、社会福祉政策、文化政策などの立案・実施に直接携わる。また、市民として、文化運動、障がい者・難病患者運動に参加、政府の難病政策の転換(施設→在宅)に寄与した。この間に、市民・自治体職員・研究者で構成する全国組織・自治体問題研究所の一員となり、地方自治・各分野の地域運動などに関わる運動・政策論などの執筆活動を開始。
草原 克豪(くさはら かつひで、1941年 - )は、日本の… 草原 克豪(くさはら かつひで、1941年 - )は、日本の研究者。元文部官僚。拓殖大学名誉教授。専門は新渡戸稲造研究、文教政策。所属学会は日本高等教育学会。 北海道深川市生まれ。拓殖大学北海道短期大学学長・教授、拓殖大学外国語学部教授・副学長を歴任。妻は草原真知子。
笹岡 征雄(ささおか まさお、1941年 - )は、日本のス… 笹岡 征雄(ささおか まさお、1941年 - )は、日本のスポーツ研究者。札幌学院大学名誉教授。専門分野はスポーツ、運動処方論、日本スポーツ史、北海道スポーツ史。 出典:(笹岡征雄教授略歴・主要業績目録)による。 1975年7月26日、笹岡指導の下、当時の札幌短期大学の女子学生ら6人が、日本陸上競技連盟公認コースとして網走市役所から大空町までの区間を42195キロ完走し、女子初のフルマラソンとして記録された。
小木 紀之(おぎ のりゆき、1941年 - 2016年5月3… 小木 紀之(おぎ のりゆき、1941年 - 2016年5月3日)は、名古屋経済大学の教授を長く務め、消費者問題、消費者教育の専門家として知られた、日本の商学者、グリーンマーケティング研究者。 静岡県生まれ。東京経済大学を卒業し、愛知学院大学大学院修士課程に学んで、商学修士を取得した。 ノートルダム清心女子大学、長崎大学への勤務を経て、に1979年に当時の市邨学園大学に着任した。大学名の変更により、1983年以降は、名古屋経済大学の所属となり、永きにわたって名古屋経済大学消費者問題研究所の所長を務めたほか、放送大学の客員教授を兼ね、さらに東海地方各県などで、各種審議会委員に名を連ねた。 名古屋経済大学退職後は、名誉教授となり、また、日本消費者教育学会会長を長く務め、退任後は名誉会長の称号を贈られた。
井上 修一(いのうえ しゅういち、1940年12月15日 -… 井上 修一(いのうえ しゅういち、1940年12月15日 - )は、日本のドイツ文学者、世紀末ウィーン文学の研究者。筑波大学名誉教授。井上靖記念文化財団理事長。 井上靖の長男として京都府に生まれる。1966年東京大学文学部独文学科卒業。1968年東京大学大学院人文科学研究科独語独文学専攻修士課程修了。同大学院博士課程中退。 東京大学文学部助手、國學院大學文学部講師、一橋大学講師を経てドイツのボン大学へ留学。一橋大学社会学部助教授、教授、筑波大学文芸・言語学系教授。2004年定年退官、名誉教授。プール学院大学・短大学長(大阪府堺市南区)を務めた。1995〜1997年日本独文学会理事長。
延藤 安弘(えんどう やすひろ、1940年12月1日 - 2… 延藤 安弘(えんどう やすひろ、1940年12月1日 - 2018年2月8日)は、日本の建築家、都市研究者、都市計画家、教育者、地域プランナー、地域活動家。専攻は生活空間計画学。工学博士。 まち育ての研究と実践、人材育成のほかに各地で「幻燈会」を開いて啓蒙に努める自称「まち育ての語り部」。大阪府大阪市生まれ。 その他、まちの縁側GOGO、神戸市真野地区まち育て、武蔵野市公団緑町団地共同建替、高知赤岡町まち育て等、各地で数多くの地域づくり、まちづくり実践に努める。
小泉 浩一郎(こいずみ こういちろう、1940年(昭和15年… 小泉 浩一郎(こいずみ こういちろう、1940年(昭和15年)11月6日 - 2023年(令和5年)10月30日[要出典])は、日本近代文学研究者、東海大学名誉教授。 長野県更埴市(現、千曲市)生まれ。1963年東京教育大学文学部国語学国文学科卒、68年同大学院文学研究科博士課程満期退学、1973年大東文化大学専任講師、1979年東海大学文学部専任講師、助教授、教授、2011年退任、名誉教授。
樋口 紀男(ひぐち のりお、1940年11月 - )は商学者… 樋口 紀男(ひぐち のりお、1940年11月 - )は商学者、マーケティング論研究者、クリエイティブ・ディレクター。元日本大学商学部教授。 1964年、中央大学商学部商業学科を卒業。1967年、中央大学大学院商学研究科修士課程を修了。その後、同大学で研究者、講師として勤務したのち、博報堂に転職。 1987年、東芝機械ココム違反事件において、共産主義国側との交渉役を務めた。 2010年11月、日本大学商学部教授を退職。大学教授退職後も、大学の非常勤講師としてだけではなく、実業家、政府・企業アドバイザー、ブレーンとして活動。 博報堂勤務時代は、『日清・カップヌードル』・『日清・どん兵衛』、『白鶴酒造・まる』等のマーケティング・ビジネスモデルの設計、デザイン・パッケージ作り、市場導入等の仕事を担当。
栗坪 良樹(くりつぼ よしき、1940年10月13日 - 2… 栗坪 良樹(くりつぼ よしき、1940年10月13日 - 2021年3月30日)は、日本近代文学研究者。青山学院女子短期大学名誉教授。 満洲国奉天市生まれ。北海道月形高等学校、早稲田大学教育学部卒。同大学院修士課程修了、麻布中学校・高等学校教師の後、青山学院女子短期大学教授、1990-1998年学長を務める。2011年定年、名誉教授。河出書房新社『定本横光利一全集』、岩波講座『日本文学史』、岩波書店『阿部昭集』等の編集に携わる。 2021年3月30日、心臓病のため死去。80歳没。
上田 博(うえだ ひろし、1940年9月30日 - 2018… 上田 博(うえだ ひろし、1940年9月30日 - 2018年11月11日)は、日本の日本近代文学研究者。学位は、博士(文学)(立命館大学・論文博士・1996年)(学位論文「石川啄木<抒情と思想>」)。立命館大学名誉教授。国際啄木学会元会長。明治文芸講演会主宰。歌誌「ポトナム」同人。国崎望久太郎・和田繁二郎に師事。大阪府出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
渡部芳紀(わたべ よしのり、1940年9月12日- )は、日… 渡部芳紀(わたべ よしのり、1940年9月12日- )は、日本文学研究者、中央大学名誉教授。宮沢賢治、太宰治、石川啄木など日本近代文学を専門とする。2020年瑞宝中綬章受章。 東京生まれ。東京大学文学部卒業、1971年同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1967年武蔵高等学校教諭、1971年立正大学教養部専任講師、1975年助教授、1976年中央大学文学部助教授、1984年教授。1986年日本近代文学会評議員。2011年定年退任、名誉教授。退任後は岩手県下閉伊郡山田町に移住した。2020年春、瑞宝中綬章受章。 妻の渡部紀子は芹沢光治良の研究者。
佐々木 徹(ささき とおる、1940年(昭和15年)9月4日… 佐々木 徹(ささき とおる、1940年(昭和15年)9月4日 - )は、日本近代文学研究者、茨城キリスト教大学名誉教授。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修士課程修了。鹿児島の大学をへて、シオン短期大学教授、茨城キリスト教大学教授、2011年定年、名誉教授。佐々木冬流の筆名を用いた。
今野 浩(こんの ひろし、1940年(昭和15年) 8月11… 今野 浩(こんの ひろし、1940年(昭和15年) 8月11日 - )は、日本の数理計画法、金融工学の研究者、著述家。Ph.D.(スタンフォード大学、1971年)[15]、工学博士(東京大学、1977年、論文博士)[16]。東京工業大学名誉教授[7]。資産運用の最適化では平均・絶対偏差モデル(MADモデル)を提唱し[17][注釈 1]、線形計画法のアルゴリズムを特許化した通称カーマーカー特許には訴訟で抵抗した[18][19]。週刊誌連載「大学教授の株ゲーム」の共著者であり[9][20]、「工学部の語り部」として[7][21]「工学部ヒラノ教授」シリーズ[22][23][注釈 2] など多くの著書を執筆した。
都築 久義(つづき ひさよし、1940年8月3日 - 202… 都築 久義(つづき ひさよし、1940年8月3日 - 2020年6月20日)は、日本文学研究者、愛知淑徳大学名誉教授。専門は尾崎士郎。 愛知県安城市生まれ。早稲田大学教育学部国文学科卒。在学中から尾崎士郎に師事し、彼の文学全集編纂に参加。早稲田大学卒業後、愛知県立大府高等学校教諭(1963年~1966年)、愛知県立安城高等学校教諭(1966年~1974年)を経て、1972年、金城学院大学短期大学部兼任講師に着任。その後、1974年、愛知淑徳短期大学専任講師、翌年助教授、82年に教授。2011年3月、定年退職し、同大学名誉教授。 1963年に雑誌『士郎研究』を創刊、復刊27号(2018年)まで刊行された。
椎名 慎太郎(しいな しんたろう、1940年8月 - )は、… 椎名 慎太郎(しいな しんたろう、1940年8月 - )は、日本の行政法学、環境法学、文化法学の研究者。山梨学院大学名誉教授。 国立国会図書館調査員、山梨学院大学教授、同大学院社会科学研究科教授、同大学院法務研究科教授を歴任。大学での学内行政においては、総合図書館長(1985年~1992年)、法学部長(1994年~1998年)、生涯学習センター長(1998年~2002年)、大学院社会科学研究科長(2002年~2004年)を務めた。 山梨科学アカデミー理事、山梨9条の会代表世話人、山梨野鳥の会会員。 1940年(昭和15年)東京都生まれ。東京都立上野高等学校卒、早稲田大学第一政治経済学部政治学科卒、早稲田大学大学院政治学研究科(行政法専修)修士課程修了、同博士課程中退。
傳馬 義澄(てんま よしずみ、1940年7月16日 - 20… 傳馬 義澄(てんま よしずみ、1940年7月16日 - 2020年4月11日)は、日本近代文学研究者、國學院大學名誉教授。 1940年7月16日大阪生まれ。國學院大學大学院国文科博士課程満期退学。國學院大學文学部助教授、教授。2011年定年、名誉教授。[要出典]
石 弘之(いし ひろゆき、1940年5月28日 - )は、日… 石 弘之(いし ひろゆき、1940年5月28日 - )は、日本の環境ジャーナリスト、環境問題研究者。専門は地球環境論。朝日新聞編集委員を経て東京大学教授、駐ザンビア特命全権大使等を歴任した。 その他にも、国連環境計画上級顧問、国連開発計画上級顧問、東欧環境センター常任理事、国際協力機構参与、通商産業省産業構造審議会委員、運輸省運輸政策審議会環境部会長、持続可能な開発のための日本評議会議長などを務めた。 東京市(現東京都豊島区)生まれ[要出典]。1953年、東京教育大学附属小学校(現・筑波大学附属小学校)卒業、1959年同中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業[要出典]、1965年東京大学教養学部教養学科卒業。
松本 キミ子(まつもと きみこ、1940年5月4日 - 20… 松本 キミ子(まつもと きみこ、1940年5月4日 - 2022年2月23日)は、日本の彫刻家、美術教師、絵画教育の研究者であり、1975年に誰でもたのしく絵が描ける指導方法として「キミ子方式」を発表した。キミ子方式は仮説実験授業研究会に紹介されると広く実践され、その指導法の有効性が確立した。また「美術の授業研究会」と「キミコ・プラン・ドゥ」を設立しアートスクールで多くの人々に絵の描き方を教えた。 1975年に松本は三原色と白だけを使って、モデルごとに描き始めを決めて、色作りをしながら隣へ隣へと描き進めていく絵画指導法を開発した。松本はそれをキミ子方式と名付けて、臨時教員として小中学校で実践していった。
安斎 育郎(あんざい いくろう、1940年4月16日 - )… 安斎 育郎(あんざい いくろう、1940年4月16日 - )は、日本の医療工学者・物理学者・軍事学者・平和学研究者。工学博士(東京大学・1969年)(学位論文「放射線管理におけるPersonnel Monitoringに伴う不確定さの確率論的評価に関する研究」)。立命館大学特命教授・名誉教授、立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長。専門は、放射線防護学、平和学。
原島 文雄(はらしま ふみお、1940年2月3日 - )は、… 原島 文雄(はらしま ふみお、1940年2月3日 - )は、電気工学、制御工学、ロボット工学を専門とする日本の教育研究者。東京大学工学博士。東京大学生産技術研究所で所長を務め、東京都立科学技術大学、東京電機大学、首都大学東京では学長を務めた。学会活動では多くの国際会議を主導し、IEEE総務副会長、電気学会会長なども歴任。複数の「Harashima Award」に名を残す。 東京大学、東京都立科学技術大学、東京電機大学の名誉教授、2015年瑞宝重光章受勲。 原島は1967年頃からパワーエレクトロニクスや制御工学、メカトロニクスに関する研究を実施、学生の興味から1980年頃よりロボット工学にも発展する。
菅野 道夫(すげの みちお、1940年〈昭和15年〉2月3日… 菅野 道夫(すげの みちお、1940年〈昭和15年〉2月3日 - 2023年〈令和5年〉8月9日)は、日本のファジィ理論研究者、数学者、人工知能学者、言語学者。工学博士。東京工業大学名誉教授。マドリード工科大学名誉博士。国際ファジィ工学研究所 顧問、日本ファジィ学会 会長、International Fuzzy Systems Association(国際ファジィシステム学会)会長などを歴任した。
曾根 博義(そね ひろよし、1940年(昭和15年)2月3日… 曾根 博義(そね ひろよし、1940年(昭和15年)2月3日 - 2016年(平成28年)6月19日)は、日本近代文学研究者・文芸評論家。日本大学名誉教授。日本近代文学館常務理事などを務めた。日本近代文学者として、伊藤整や井上靖、福永武彦らを研究、全集編集などを担当した。静岡県出身。 1958年(昭和33年)、静岡県立静岡高等学校卒業。1963年(昭和38年)、東京大学経済学部卒業。二年間サラリーマンをした後、1966年(昭和41年)に『伊藤整の方法』が群像新人文学賞評論部門の優秀作に選ばれる。以後『群像』などに文藝評論を書き、日本大学芸術学部非常勤講師を経て、1972年(昭和47年)より、同文理学部専任講師などを経て日本大学文理学部国文学科教授。
萓沼 紀子(かやぬま のりこ、1940年1月28日 - )は… 萓沼 紀子(かやぬま のりこ、1940年1月28日 - )は、日本近世文学研究者、元作新学院大学短期大学教授。 北海道大学卒、同大学院中退。1997年東京大学大学院で「安藤昌益の学問と信仰」により文学博士。作新学院大学短期大学部教授を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
古田 勝久(ふるた かつひさ、1940年(昭和15年)1月3… 古田 勝久(ふるた かつひさ、1940年(昭和15年)1月3日 - )は、日本の制御工学、ロボット工学の研究者。東京工業大学名誉教授、工学博士(東京工業大学)。東京工業大学教授、東京電機大学教授、同学長を歴任し、非線形制御の検証用として開発した回転テーブル式の倒立振子はFuruta Pendulum(英語版)として世界に知られている。 システム同定や非線形制御、ロボット・メカトロニクスの制御で実績をあげ、スーパーメカノシステムやHAM(Human Adaptive Mechatronics)、Safe Manual Controlといった概念も提唱し、東京工業大学のCOE形成基礎研究や、東京電機大学の21世紀COEプログラムをリードした。
渡邉 勝正(わたなべ かつまさ、1940年 - )は、日本の… 渡邉 勝正(わたなべ かつまさ、1940年 - )は、日本の数理工学・情報処理学の研究者。奈良先端科学技術大学院大学名誉教授。 1940年生まれ。京都市立堀川高等学校を卒業後、京都大学工学部数理工学科に進学。1963年に卒業し、同大学院(数理工学専攻)に進んだ。在学中は萩原宏研究室で学んだ。1969年に博士課程を修了。 1968年、母校の京都大学工学部数理工学科の助手に採用された。1969年、学位論文『Compiler Compilerに関する研究』を京都大学に提出して工学博士号を取得。同情報工学科助教授を経て、1978年より福井大学工学部教授。1993年、奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授。
小西 淳二(こにし じゅんじ、1940年 - )は、日本の臨… 小西 淳二(こにし じゅんじ、1940年 - )は、日本の臨床研究者。甲状腺の研究を基盤とし、核医学の分野で大きな足跡を残した。京都大学医学部核医学講座教授および京都大学医学部附属病院放射線部長を歴任した後、京都大学名誉教授、杉田玄白記念公立小浜病院 名誉院長、公益財団法人体質研究会顧問を務める。 1940年香川県高松市生まれ。1958年香川県立高松高等学校卒業、1958年京都大学医学部入学、1964年京都大学医学部附属病院にて実地修練を行う。 1965年京都大学第2内科大学院(三宅儀教授)に入学し、甲状腺の診療と研究に携わる。鳥塚莞爾 以下13名の甲状腺グループで、「バセドウ病のアイソトープ治療に関する研究」をテーマとし、晩発性甲状腺機能低下症の発症機序を探る臨床研究を進めた。
正置 友子(まさき ともこ、1940年 - )は、日本の絵本… 正置 友子(まさき ともこ、1940年 - )は、日本の絵本研究者。 名古屋市生まれ。愛知県立女子大学英文学科卒業。1973年に千里ニュータウンにて青山台文庫を開設。1994年、ローハンプトン大学大学院に留学。ヴィクトリア時代の絵本の研究論文でPh.D.を取得。聖和大学教授。2011年退職。2018年大阪大学大学院文学部博士後期課程修了、博士(学術)。2009年より絵本学研究所を主宰。第48回日本児童文学学会特別賞受賞。
生明 俊雄(あざみ としお、1940年 - )は、日本のポピ… 生明 俊雄(あざみ としお、1940年 - )は、日本のポピュラー音楽研究者、文化社会学者。 早稲田大学政治経済学部を卒業して、日本ビクターに入社し、音楽産業部門(後のビクターエンタテインメント)で、洋楽部長、映像制作部長、青山スタジオ長、メディアネットワーク本部長、などを歴任した。 退職後、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程で社会情報学を学ぶ。非常勤講師として複数の大学で教鞭を執った後、広島経済大学経済学部メディアビジネス学科教授となり、2011年まで在職した。広島経済大学では、ゼミでレコード・レーベルを立ち上げる体験学習なども指導した。 2016年には、「20世紀日本レコード産業史 : 米英メジャー企業の日本市場への戦略的進攻を中心に」により、東京藝術大学から博士(学術)を取得した。
小佐々 学(こざさ まなぶ、本名: 小佐々 學、1940年 … 小佐々 学(こざさ まなぶ、本名: 小佐々 學、1940年 - )は、日本の獣医師、獣医学博士、獣医学者、歴史研究者。天正遣欧少年使節「中浦ジュリアン」子孫。 東京都渋谷区出身、東京大学大学院(獣医学専攻)修了後、米国、欧州、日本の動物用医薬品業界で研究開発・研究管理部門を担当。また、国立と私立の獣医大学で獣医史学を教授して獣医史学の教科書を執筆。日本獣医史学会理事長(2010 - 2020)として獣医史学教育の確立普及と学会の発展向上に寄与。天正遣欧少年使節「中浦ジュリアン」叔父の中浦城主小佐々兵部少輔純祐の十四代目直系子孫。 日本獣医史学会前理事長・顧問兼名誉会員、日仏獣医学会監事、日本獣医病理学専門家協会終身会員、中浦ジュリアン研究会代表、日本家系図学会常務理事、長崎崎県人クラブ理事、長崎県西海市観光大使、宇田源氏小佐々氏会会長、日本ルネサンス音楽普及協会名誉会員、大村史談会名誉会員、イタリア国リミニ市名誉市民、スペイン国ムルシア市名誉市民。
平塚 千尋(ひらつか ちひろ、1940年 - 男性)は、日本… 平塚 千尋(ひらつか ちひろ、1940年 - 男性)は、日本の放送研究者、元・放送報道記者。専門領域は、災害情報、地域社会、市民とメディアの関係に焦点を当てたメディア社会論で、パブリック・アクセスについても、津田正夫との共編著を発表している。 旧満洲国に生まれ、1964年に東京大学文学部を卒業して日本放送協会 (NHK) に入局した。大学では社会学を学び「文化の個別性と普遍性〜日本の歴史は明治維新を堺に西洋文明に接木されるのか」という卒業論文を書いたが、NHKでは、現実の社会の現場への関心から、長く報道番組の制作に従事し、調査報道に取り組んた。1973年には、和歌山県で起きた地震、津波の流言さわぎを取材し、後に著書『災害情報とメディア』の中でこの事件を検証している。
桑野耕三(くわの こうぞう、1940年 - )は、日本の哲学… 桑野耕三(くわの こうぞう、1940年 - )は、日本の哲学研究者。ハイデッガーを専攻。 1970年早稲田大学大学院博士課程満期退学、亜細亜大学助教授。2007年「後期ハイデガー存在論の研究 存在の中へ」で早大文学博士。
松尾 欣枝(まつお よしえ、1940年 - )は、日本の研究… 松尾 欣枝(まつお よしえ、1940年 - )は、日本の研究者。奈良女子大学名誉教授。 1940年福井県生まれ。元奈良女子大学大学院・人間文化研究科教授。福井県立若狭高等学校、奈良女子大学理学部理学科を経て、大阪市立大学大学院修了。学位:理学(博士)。卒業後は母校、奈良女子大学で助教授、教授を歴任。
孫福 弘(まごふく ひろむ、1940年 - 2004年6月1… 孫福 弘(まごふく ひろむ、1940年 - 2004年6月17日)は、日本の大学経営研究者。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス事務長、総合政策学部教授、マスダ教育財団理事長などを歴任した。 1962年慶應義塾大学文学部を卒業し、慶應義塾職員となり、秘書課長、国際センター事務長などを歴任。この間、1980年 - 1981年にはフルブライト上級研究員としてミシガン州立大学などで研究にあたる。1988年には、教育行政上の功績により慶應義塾賞を受賞した。1990年に開設された湘南藤沢キャンパスの初代事務長を務め、1997年から1999年には大学行政管理学会初代会長を務めた。その後、塾監局人事部長、業務改革推進室長、理事・塾監局長を経て、教員に転じ、2001年には総合政策学部教授となり、桜美林大学大学院客員教授にもなった。
岡田 純也(おかだ じゅんや、1939年12月12日 - )… 岡田 純也(おかだ じゅんや、1939年12月12日 - )は、日本の児童文学研究者・作家、京都女子大学名誉教授。 埼玉県立浦和高等学校卒業、立教大学卒、同大学院、米国パシフィック・ウェスタン大学(ディプロマ・ミル)で学術博士。京都女子大学児童学科教授。附属小学校長を兼務。2010年定年、名誉教授。湯布院こども童話館館長。日本児童文芸家協会監事。日本児童図書評議会会員。
谷脇 理史(たにわき まさちか、1939年〈昭和14年〉11… 谷脇 理史(たにわき まさちか、1939年〈昭和14年〉11月24日 - 2009年〈平成21年〉8月28日)は、日本の日本近世文学研究者。学位は、文学博士(早稲田大学・論文博士・1983年)(学位論文「西鶴研究序説」)。筑波大学教授・早稲田大学教授を歴任。 群馬県館林市生まれ。1962年早稲田大学第一文学部国文学専修卒業、1968年同大学院博士課程単位取得満期退学。同年跡見学園女子大学専任講師、のち助教授、1976年筑波大学助教授、のち教授。1983年「西鶴研究序説」で早稲田大学より文学博士の学位を取得。1990年、早稲田大学文学部教授。のち文学学術院教授、名誉教授。2009年、胆嚢癌により定年前に死去した。
内山 美樹子(うちやま みきこ、1939年10月18日 - … 内山 美樹子(うちやま みきこ、1939年10月18日 - 2022年8月3日)は、日本の近世文学、特に18世紀浄瑠璃の研究者。文学博士(早稲田大学・論文博士・1989年)。早稲田大学名誉教授。2019年瑞宝中綬章受章。 実業之日本社で『少女の友』主筆だった内山基(1903年 - 1982年)と、内田百閒の娘で同誌の編集者でもあった翻訳家の内山多美野(1913年 - 1988年)の長女として東京に生まれる。1962年、早稲田大学文学部演劇学卒業。1971年、同大学院博士課程単位取得満期退学。早稲田大学第一文学部教授、1989年、『浄瑠璃史の一八世紀』で文学博士(早稲田大学)の学位を取得。第22回河竹賞受賞。
大城 将保(おおしろ まさやす、1939年〈昭和14年〉10… 大城 将保(おおしろ まさやす、1939年〈昭和14年〉10月18日 - )は、沖縄県南城市出身の歴史研究者、作家。ペンネーム「嶋津与志」(しま つよし)で作家活動を行っている。「沖縄平和ネットワーク」代表世話人。特定非営利活動法人沖縄県芸術文化振興協会理事長、新沖縄県史編集委員。 沖縄戦での住民の被害調査、平和研究、小説執筆などを行っている。沖縄戦研究では沖縄県史の編集に携わった後、県立博物館長などをつとめた。嶋津与志名では『琉球王国衰亡史』や映画『GAMA 月桃の花』のシナリオ作品などがある。また家永教科書裁判や大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判では原告側(集団自決への日本軍による強制を否定する側)の引用文献著者として登場する。
羽田 昶(はた ひさし、1939年10月14日 - )は、日… 羽田 昶(はた ひさし、1939年10月14日 - )は、日本の能楽研究者。武蔵野大学客員教授、同能楽資料センター研究員、能楽学会常任委員。トット基金評議員。 東京市大森区生まれ。1962年に國學院大學文学部(日本文学専攻)を卒業し、海城高等学校教諭、開成高等学校教諭、東京国立文化財研究所芸能部研究員、同音楽舞踊研究室長、武蔵野女子大学教授、武蔵野大学能楽資料センター長を歴任。国立能楽堂三役養成研修講師、楽劇学会会長、藝能学会副会長などを務めた。2007年から文化庁芸術選奨推薦委員。 2012年第34回観世寿夫記念法政大学能楽賞受賞。共著の『能の囃子事』(1990年)で東洋音楽学会田邉尚雄賞を受賞。
延廣 眞治(のぶひろ しんじ、1939年9月26日 - )は… 延廣 眞治(のぶひろ しんじ、1939年9月26日 - )は、日本の日本文学研究者。東京大学名誉教授。専門は近世文学、落語。 1939年9月、徳島県徳島市に生まれる。1955年、徳島大学学芸学部(現・鳴門教育大学学校教育学部)附属中学校卒業、1958年、徳島県立城南高等学校卒、1963年、東京大学文学部国語国文科卒業、1968年、同大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。 1968年、獨協大学講師、1969年、名古屋大学教養部講師、1975年、東京大学教養学部助教授、1988年、同学部教授、2000年に定年退官、東京大学から名誉教授号授与。退任後は帝京大学教授を務め、2010年に同大学を定年退任。
黒川 雄二(くろかわ ゆうじ、1939年(昭和14年)9月2… 黒川 雄二(くろかわ ゆうじ、1939年(昭和14年)9月20日 - 2022年(令和4年)9月21日)は日本の基礎医学研究者、厚生労働技官。専門は毒性学、実験腫瘍学。北海道札幌市生まれ。黒川利雄の長男。 1964年東北大学医学部医学科卒業。1969年同大学医学部大学院医学研究科を修了し医学博士。その後、東北大学抗酸菌病研究所肺がん研究部門の文部教官助手。1975年から約2年間アメリカ国立癌研究所病理部客員研究員として比較腫瘍学研究室(Dawe,CJ博士)に留学。1978年、国立衛生試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)安全性生物試験研究センター病理部腫瘍病理室長(部長小田嶋成和)に就任。1987年同所毒性部長を経て、1995年同所安全性生物試験研究センター長。
松村 外志張(まつむら としはる、1939年9月6日-)は、… 松村 外志張(まつむら としはる、1939年9月6日-)は、日本の生命科学研究者・バイオ技術者。理学博士。東京都生まれ。
佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 - 201… 佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 - 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。 北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。 1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会し、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現在の常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年、東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現在の東京純心大学)の教授になった。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの他大学でも教えていた。
野本 和幸(のもと かずゆき、1939年8月28日 - )は… 野本 和幸(のもと かずゆき、1939年8月28日 - )は、日本の哲学研究者。東京都立大学・創価大学名誉教授。 東京生まれ。国際基督教大学卒業、京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1988年「フレーゲの言語哲学」で京都大学より文学博士の学位を取得。茨城大学教養部講師、助教授、北海道大学教授、東京都立大学教授、2001年定年退官、名誉教授、創価大学教授、2010年退任、名誉教授。 2014年、『フレーゲ哲学の全貌』で、第26回和辻哲郎文化賞学術部門を受賞。
清水 眞澄(しみず まずみ、1939年8月12日 - )は、… 清水 眞澄(しみず まずみ、1939年8月12日 - )は、日本の仏像研究者(院派仏師)、成城大学名誉教授。成城大学学長を経て、三井記念美術館館長。 横浜市鶴見区生まれ。芝中学校・高等学校卒、1962年東北大学文学部東洋芸術史科卒業、 黒沢通信工業勤務、1967年神奈川県立博物館研究員、1982年成城短期大学助教授、1985年教授。1989年から1994年同短期大学学長を務め、2002年成城大学教授、2007年成城大学学長、2010年退任、名誉教授。三井記念美術館館長をはじめ、美術・文化財関連の委員を歴任した。
中村 健之介(なかむら けんのすけ、1939年6月24日 -… 中村 健之介(なかむら けんのすけ、1939年6月24日 - 2022年9月22日)は、日本のロシア文学研究者。北海道大学名誉教授。新潟県三条市出身。 国際基督教大学教養学部卒業、東京大学大学院比較文学比較文化博士課程中退、北海道大学助教授、教授を経て1995年より東京大学教養学部教授、2000年定年退官後は大妻女子大学比較文化学部教授、2010年定年退任。 もっぱらドストエフスキー研究に専念してきたが、近年は宣教師ニコライ・カサートキンとその周辺の研究で業績を挙げた。2007年、『宣教師ニコライの全日記』(監訳)で日本翻訳出版文化賞受賞。明治大学教授(英語圏文学)の中村和恵は長女。 2022年9月22日午前4時2分、肺炎のため兵庫県の病院で死去。
佐藤 有文(さとう ありふみ、1939年5月27日 - 19… 佐藤 有文(さとう ありふみ、1939年5月27日 - 1999年)は、日本の怪奇作家・オカルト研究者。秋田県大館市出身。父親は作家の佐藤鉄章。茨城大学中退、「まらりあ」同人会会員。 茨城大学在学中から「水戸文学」「青い水」といった同人誌に「赤い血」「リボンが慾しい」などの小説を発表。1967年には「アポリア」に「蟷螂」を発表。 1969年から『小学四年生』などの児童雑誌に児童向けの読み物を書き始める。1970年代には、当時流行していた怪奇系児童書を主に手がける。特に妖怪や悪魔に関するものを多数執筆しているが、著書の解説には資料としての正確性において疑問が呈される内容が多いことでも知られている。
中田 光雄(なかた みつお、1939年4月21日 - )は、… 中田 光雄(なかた みつお、1939年4月21日 - )は、日本の哲学研究者、哲学者。筑波大学名誉教授。 東京・小石川生まれ。1944年より群馬県。東京大学教養学部教養学科フランス分科卒、同大学院人文科学研究科比較文学比較文化博士課程中退、パリ大学大学院哲学科博士課程(仏国政府給費招聘留学)修了。Doc.es Lettres(哲学)。筑波大学、助教授、教授、名誉教授。常磐大学、教授。仏国P.Academiques勲章。