那須 正彦(なす まさひこ、1928年1月5日 - )は、日… 那須 正彦(なす まさひこ、1928年1月5日 - )は、日本の経済学者、明海大学名誉教授。 岡山県岡山市出身。1953年東京大学経済学部卒業。旧太陽銀行(現三井住友銀行)に入行し、審査部総務課長、奥沢支店長、大阪副支店長等を歴任。1976年太陽火災海上保険常務取締役に出向。1981年、太陽神戸銀行に復帰、審議役。1982年中部工業大学(現中部大学)教授に転じる。1990-1993年経営情報学部長。1993年明海大学経済学部教授。2000年定年、名誉教授となる。1988年「現代日本の金融構造 資金循環分析による実証と国際比較」で法政大学経済学博士。専攻は経済学、金融論。
鈴木 光男(すずき みつお、1928年1月1日 - 2022… 鈴木 光男(すずき みつお、1928年1月1日 - 2022年11月2日)は、日本の経済学者。専門はゲーム理論、日本の第一人者として中村健二郎ら有数の研究者を育てるとともに、『ゲーム理論入門』などの著書を残した。学位は、経済学博士(東北大学)。東京工業大学名誉教授。東京工業大学教授(工学部社会工学科、理学部情報科学科)、東京理科大学教授(工学部経営工学科、経営学部)を歴任。学徒勤労動員の著書でも知られる。瑞宝中綬章受章者(2013年)。 福島県石川郡石川町出身。3人の兄がいたが長兄と三兄は鈴木光男が生まれる前に夭逝し、次兄も鈴木が5歳の時亡くなっている。1943年4月、石川町立尋常小学校に入学する。
小林 末男(こばやし すえお、1928年(昭和3年) - )… 小林 末男(こばやし すえお、1928年(昭和3年) - )は、日本の経営学者、経済学者。経済学博士(法政大学、1982年)。専門は経営管理で、特に行動科学的組織論。拓殖大学北海道短期大学学長、産業能率大学常務理事、同監事などを歴任。 北海道有珠郡壮瞥町生まれ。北海道庁立帯広中学校(旧制)に学び、北海道勇払郡野安部太小学校の代用教員となる。 上京し、学習院大学に学ぶが、1954年に中退して大正製薬に入社。その後、法政大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科修了。1963年、産業能率短期大学能率科講師。1968年、拓殖大学商学部助教授。1972年、拓殖大学商学部教授。1977年、同大学院商学研究科教授。
藤田 整(ふじた せい、1928年 - 2018年)は、日本… 藤田 整(ふじた せい、1928年 - 2018年)は、日本の経済学者。専門は社会主義経済、ソビエト経済。大阪市立大学名誉教授、大阪経済法科大学名誉教授。 大阪市立大学経済学部長、大阪経済法科大学学長、比較経済体制学会代表幹事等を歴任した。 京都府生まれ。父は経済学者の藤田敬三(大阪市立大学名誉教授、大阪経済大学第3代学長)。大阪府立北野高等学校定時制を経て、1955年一橋大学経済学部卒業。1961年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。指導教官野々村一雄。1965年『社会主義経済と価値法則』で一橋大学社会学博士。審査員野々村一雄、高島善哉、岡稔。 1963年大阪市立大学経済学部講師。1966年助教授。
石崎 昭彦(いしざき てるひこ、1928年 - )は、日本の… 石崎 昭彦(いしざき てるひこ、1928年 - )は、日本の経済学者。神奈川大学名誉教授。専攻はアメリカ経済論、世界経済論、経済政策論。宇野学派。 東京生まれ。1953年横浜国立大学経済学部卒業。1958年東京大学大学院社会科学研究科応用経済学博士課程修了。楊井克巳、遠藤湘吉から指導を受けた。1958年東京大学社会科学研究所助手。1961年神奈川大学経済学部助教授。1963年「アメリカ金融資本の成立」で経済学博士(東京大学)。1968年神奈川大学経済学部教授。1998年退職。1998-2000年産業学会会長。 著書に宇野理論の段階論をアメリカに適用した『アメリカ金融資本の成立』(東京大学出版会、1962年)がある。
古川 哲(ふるかわ てつ、1928年 - 1990年)は、マ… 古川 哲(ふるかわ てつ、1928年 - 1990年)は、マルクス経済学者。法政大学経済学部教授。専攻は産業循環論・経済原論。 岡山市生まれ。1949年旧制第六高等学校文科甲類卒業。1952年東京大学経済学部卒業。旧制六高時代から東大時代以来宇高基輔、大学の演習以来山田盛太郎に師事。法政大学経済学部助教授を経て、教授。1963年に山田盛太郎が土地制度史学会のメンバーを母体に発足させた「再生産構造研究会」に参加した。同じく山田門下の南克巳と「冷戦研究会」を主催した。
山野邊 義方(やまのべ よしまさ、1928年 - )は、日本… 山野邊 義方(やまのべ よしまさ、1928年 - )は、日本の経済学者。流通経済大学名誉教授、専攻は物流論、物流管理。茨城県水戸市出身 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
原 薫(はら かおる、1928年 - )は、日本の経済学者、… 原 薫(はら かおる、1928年 - )は、日本の経済学者、歴史学者。法政大学名誉教授。専門は近現代日本経済史、特にインフレーション研究。神奈川県出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
唯是 康彦(ゆいぜ やすひこ、1928年-)は、日本の経済学… 唯是 康彦(ゆいぜ やすひこ、1928年-)は、日本の経済学者で、千葉経済大学客員教授。専門は、農業経済学、食糧問題。70~80年代の日本の農業政策に大きな影響を及ぼし、特に自由化論者の代表として知られる。農水大臣の候補に挙がったこともしばしば。
常盤 政治(ときわ まさはる、1928年 - 2015年1月… 常盤 政治(ときわ まさはる、1928年 - 2015年1月3日)は、マルクス経済学者。慶應義塾大学名誉教授。専門は農業政策、現代資本主義論。 静岡県生まれ。1950年慶應義塾大学経済学部卒業。1951年慶應義塾大学経済学部副主、助手を経て、1959年助教授。1966年「農業恐慌の研究」で経済学博士(慶應義塾大学)。1967年教授。1980~82年西ドイツ・フライブルク大学に留学。1980年慶應義塾賞を受賞。1993年慶應義塾大学を定年退職、名誉教授。1993~98年二松学舎大学国際政治経済学部教授・学部長。
高梨 昌(たかなし あきら、1927年(昭和2年)9月18日… 高梨 昌(たかなし あきら、1927年(昭和2年)9月18日 - 2011年(平成23年)8月30日)は、日本の経済学者。信州大学名誉教授。労働経済学専攻。 東京の生まれ。東京大学卒業後、労働経済学を専門に研究を行った。1971年(昭和46年)からは信州大学の教授として活動し、第二次世界大戦後の日本の労働市場の研究や労働経済学の教鞭を執る。 その後は中央職業安定審議会の会長や厚生労働省内の中央労働委員会の委員、日本労働研究機構(現在の労働政策研究・研修機構)の会長等を歴任した。晩年は信州大学の名誉教授にも認定された。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
伊東 光晴(いとう みつはる、1927年9月11日 - )は… 伊東 光晴(いとう みつはる、1927年9月11日 - )は、日本の経済学者。専門は理論経済学。京都大学名誉教授、復旦大学(中国)名誉教授、福井県立大学名誉教授。吉野作造賞等受賞。紫綬褒章受章。東京都出身。 一橋の杉本栄一ゼミや都留重人ゼミで学び、杉本の影響の下、近代経済学、マルクス主義を介した理論経済学の研究に従事する。また同期の山口敏明(東ソー社長や経済同友会副代表幹事を歴任)らとともに一橋新聞部にも参加。予科同期の佐藤金三郎(元横浜国立大学教授)とは生涯親しく交友した。 敗戦により、社会のロマンを解こうと経済学の道に入る。特別研究生時代は、日曜日朝から杉本の家で開かれるゼミに、同じく特別研究生の浅野栄一(中央大学名誉教授)や、ゼミOBの宮崎義一(京都大学名誉教授)、宮崎犀一(元東京女子大学教授)とともに出席し、杉本とともに宮川公男(一橋大学名誉教授)、玉井龍象(金沢大学名誉教授)、近藤鉄雄(大蔵官僚、元労働大臣)らの指導を行った。
小尾 恵一郎(おび けいいちろう、1927年〈昭和2年〉5月… 小尾 恵一郎(おび けいいちろう、1927年〈昭和2年〉5月22日 - 1997年〈平成9年〉10月16日)は、日本の経済学者。慶應義塾大学経済学部名誉教授。専門は計量経済学。労働供給に関する理論・実証研究で知られる. 1940年慶應義塾幼稚舎卒業、1944年慶應義塾普通部(旧制)卒業、1947年慶應義塾大学(旧制)予科卒業、1950年慶應義塾大学(旧制)経済学部卒業、1966年慶應義塾大学経済学博士(慶應義塾大学第220号)。 慶應義塾大学経済学部副手(1950年4月 - 1953年3月)・助手(1953年4月 - 1957年3月)・助教授(1957年4月 - 1967年3月)を経て、1967年4月同教授となり、その後、1993年3月定年退職、同年4月獨協大学経済学部教授となった。
尾崎 巌(おざき いわお、1927年5月18日 - 2008… 尾崎 巌(おざき いわお、1927年5月18日 - 2008年5月11日)は、日本の経済学者。慶応義塾大学経済学部名誉教授。専門は計量経済学。環太平洋産業連関分析学会の初代会長(1998-1999年)を務めた。 慶応義塾大学経済学部副手・助手・助教授を経て、1968年慶応義塾大学経済学部教授,1965年-1966年にロックフェラー財団訪問研究員としてハーバード大学に滞在,慶応義塾大学産業研究所所長(1981-1987年)、日本経済データ開発センター研究所所長兼任(1970年-1972年)、早稲田大学大学院経済学研究科講師兼任(1972年-1989年)、京都大学経済研究所講師兼任(1980年-81年)、慶應義塾大学名誉教授(1992年-)。
吉信 粛(よしのぶ すすむ、1927年4月24日 - )は、… 吉信 粛(よしのぶ すすむ、1927年4月24日 - )は、日本の経済学者。経済学博士(京都大学・論文博士・1992年)。関西大学名誉教授。 東京府東京市(現在の東京都)渋谷区生まれ。渋谷区立笹塚尋常小学校、東京都立第十中学校、静岡高等学枚を経て、1952年京都大学経済学部卒業。1957年同大学院博士課程満期退学、関西大学商学部講師、1960年助教授、1967年教授、1997年定年、名誉教授。1992年「古典派貿易理論の展開」で京都大学より経済学博士の学位を取得。九条の会会員。
宮鍋 幟(みやなべ のぼる、1927年3月26日 - 201… 宮鍋 幟(みやなべ のぼる、1927年3月26日 - 2014年8月20日)は、日本の経済学者。専門は、ソ連経済論・社会主義経済論。一橋大学名誉教授。比較経済体制学会代表幹事、日本学術会議会員等を歴任。 東京生まれ。1947年旧制東京商科大学(現一橋大学)予科入学。1953年に同大学部卒業後、旧制の大学院に進学。1956年野々村一雄や岡稔の下で一橋大学経済研究所ソ連経済部門の助手に就任。 一橋大学経済研究所助教授を経て、1967年度には外務省在ソ連邦日本国大使館とソ連邦対外文化連絡国家委員会の合意に基づき、松井啓及び茂田宏らとモスクワ大学派遣研究員を務めた。1973年から一橋大学経済研究所教授を務め、久保庭眞彰とともに米欧ソ経済部門でソ連経済を担当。
小山 昭雄(こやま あきお、1927年3月13日 - 201… 小山 昭雄(こやま あきお、1927年3月13日 - 2017年4月15日)は、日本の数学者・数理経済学者。 長野県更級郡上山田町(現千曲市)生まれ。旧制日本大学第二中学、旧制第一高等学校理科を経て、1948年東京帝国大学理学部卒。武蔵大学助教授、上智大学助教授、教授、1970年学習院大学経済学部教授、97年定年、名誉教授。
佐藤 金三郎(さとう きんさぶろう、1927年3月4日 - … 佐藤 金三郎(さとう きんさぶろう、1927年3月4日 - 1989年1月19日)は、日本のマルクス経済学者。元横浜国立大学教授。高島善哉ゼミ出身で、専門は『資本論』形成史。 エッセー・事典項目執筆 他 大島真理夫「アムステルダム・ノート」『大阪市立大学史紀要』第2巻、大阪市立大学大学史資料室、2009年10月、85-89頁、doi:10.24544/ocu.20171208-083、ISSN 1884-3522、NAID 120006000588。
安部 一成(あべ かずなり、1927年2月11日 - 201… 安部 一成(あべ かずなり、1927年2月11日 - 2011年10月25日)は、日本の経済学者。専門は地域経済論、地域産業論。山口大学名誉教授。 イタリアの経済学者パオロ・シロス=ラビーニ(it:Paolo Sylos Labini)を日本に紹介した初めての人物である[要出典]。 山口県下関市生まれ。1951年神戸経済大学卒業、山口大学経済学部助教授。1967年同教授。1967年、経済学博士「現代経済成長論」(神戸大学)。1974年 - 1980年山口大学経済学部長。1986年中国文化賞受賞。1990年山口大学を定年退官、同年5月名誉教授。 1990年〜1995年、西南学院大学経済学部教授。1995年〜2000年、東亜大学学長。
森 静朗(もり しずろう、1927年1月11日 - 2007… 森 静朗(もり しずろう、1927年1月11日 - 2007年11月26日)は、日本の経済学者、俳人、詩人。 北海道岩内郡岩内町出身。俳号・句城子。日本大学卒、1959年同大学院金融論専攻博士課程満期退学、75年「庶民金融思想史」で経済学博士。日本大学商学部助教授、教授。1997年定年、名誉教授。俳人として、1943年原石鼎、原コウ子に入門、鹿火屋に所属。そのほか、叙事詩も書いた。
斎藤 謹造(さいとう きんぞう、1927年1月7日 - 20… 斎藤 謹造(さいとう きんぞう、1927年1月7日 - 2003年10月18日)は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授。 福島県出身。1952年東京商科大学卒、1952年大同毛織入社、1953年福島大学経済学部助手、1959年助教授、1962年大阪大学教養部助教授、1970年教授となる。1989年定年退官し、名誉教授になる。1983年『比較経済発展論 歴史的動学理論の形成』で大阪大学経済学博士。
佐藤 和夫(さとう かずお、1927年1月5日 - 2004… 佐藤 和夫(さとう かずお、1927年1月5日 - 2004年9月22日)は、経済学者。ラトガーズ大学経済学名誉教授。札幌市生まれ。 1927年に北海道札幌市に生まれる。1953年に北海道大学経済学部を卒業。その後渡米し、1960年にイェール大学より博士号を授与される。1959年に大阪大学社会経済研究所に助教授として着任し、1962年から1970年まで国際連合事務局経済調査官を務める。 1970年からニューヨーク州立大学バッファロー校経済学部で教授を務め、1984年にラトガーズ大学に移籍する。その間、マサチューセッツ工科大学、コロンビア大学、イェール大学で客員教授として勤務した。教員として定年退職したラトガーズ大学の他に、母校の北海道大学にも名誉博士号を授与された。
置塩 信雄(おきしお のぶお、1927年1月2日 - 200… 置塩 信雄(おきしお のぶお、1927年1月2日 - 2003年11月8日)は、日本の経済学者。神戸大学名誉教授。専門はマルクス経済学、理論経済学。神戸大学経済学博士。神戸市兵庫区出身。 神戸経済大学では、数理経済学の水谷一雄に師事。学部時代には、マルクス経済学の講義を受けた事はなく、『資本論』を一人で読む程度であった。1950年に卒業と同時に新制神戸大学の助手として迎えられる。卒業直後から1年間、サナトリウム(近江八幡市の近江兄弟社が経営する結核療養所)で療養中にジョン・ヒックス『価値と資本』を研究するが、同時期に近代経済学の研究を続ける事に疑問を感じ、マルクス経済学への関心を深める。 置塩の処女作は『再生産の理論』(1957年)である。
越後 和典(えちご かずのり、1927年 - 2018年[要… 越後 和典(えちご かずのり、1927年 - 2018年[要出典])は、日本の経済学者。専門は、経済政策・産業組織論。滋賀大学名誉教授。元産業学会会長。瑞宝中綬章受章。 1927年滋賀県に生まれる。1950年京都大学経済学部卒業。同大学院特別研究生、関西大学教授等を経て、1972年より滋賀大学経済学部教授。経済学部長・大学院経済学研究科長を務める。2005年に瑞宝中綬章を受章。この間、産業学会会長、日本経済政策学会副会長等を歴任。学界活動以外にも、通商産業省産業構造審議会、滋賀県地方労働委員会、彦根市総合発展計画審議会等で委員・会長を務める。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
磯辺 俊彦(いそべ としひこ、1927年 - 2012年6月… 磯辺 俊彦(いそべ としひこ、1927年 - 2012年6月)は、日本の農業経済学者。 京都市生まれ(原籍福岡県)。1952年東京大学農学部農業経済学科卒。農林省農業総合研究所に入所。1962年「佐賀平坦農業における生産力構造の研究 : いわゆる佐賀段階の構造分析」で農業博士(東京大学)。農業総合研究所農業経営研究室長、農村経済研究室長を経て、1982年千葉大学園芸学部教授。1993年東京農業大学農学部教授。1998年退職。磯辺塾を開設(2010年終了)。この間、1989年沖縄国際大学南島文化研究所特別研究員。1993-1994年日本村落研究学会会長。1998年『村落社会研究ジャーナル』編集委員会編集委員(顧問)。
島崎 美代子(しまざき みよこ、1927年 - )は、マルク… 島崎 美代子(しまざき みよこ、1927年 - )は、マルクス経済学者。元日本福祉大学経済学部教授。専攻は戦後アメリカ・日本資本主義論、経済政策論。旧姓は石本。夫は社会学者の島崎稔。 東京生まれ。父は地震学者の石本巳四雄、母はコーラス指導者の石本美佐保(医師の高安道成と歌人の高安やす子の娘。歌人の高安国世の姉)。兄は生化学者の石本真。1949年東京女子医学専門学校卒業。1953年東京大学経済学部経済学科卒業。山田盛太郎のゼミに所属。住谷一彦によると、1947年頃、東大の「社研」のメンバーだった。吉澤芳樹によると、東大入学前から内田義彦が自宅でやっていた勉強会のメンバーで、内田の助手役もした。内田と東大音感合唱研究会の指導もした。
菅沼 正久(すがぬま まさひさ、1927年 - )は、日本の… 菅沼 正久(すがぬま まさひさ、1927年 - )は、日本の経済学者。長野大学名誉教授。 神奈川県生まれ。1958年東京農業大学農業経済学科卒。本州大学助教授、教授、改称で長野大学教授、1993年定年退任、名誉教授。農業経済についての論文から、中国問題まで論じた。山内一男らと共に文化大革命を礼賛した代表的な人物として知られる。中国研究所所員。
川勝 昭平(かわかつ しょうへい、1927年 - )は、日本… 川勝 昭平(かわかつ しょうへい、1927年 - )は、日本の経済学者。青山学院大学名誉教授。Ph.D.(ウィスコンシン大学・1957年)。京都府生まれ。
倉林 義正(くらばやし よしまさ、1926年12月5日 - … 倉林 義正(くらばやし よしまさ、1926年12月5日 - 2021年10月14日)は、日本の経済学者。一橋大学名誉教授。一橋大学経済研究所所長、国連本部統計局局長、国連統計委員会議長、文化経済学会初代会長等を歴任。 埼玉県生まれ。1947年東京商科大学(現一橋大学)専門部卒業。1951年同本科卒業、前期特別研究生。1954年後期特別研究生。中山伊知郎ゼミ出身。1956年に高橋長太郎主任教授の下で一橋大学経済研究所国民所得・再生産研究部門助手となり、国民経済計算研究を始める。その後大川一司所長の誘いで経済企画庁経済研究所の国民経済計算調査委員会専門委員となり、国民経済調査委員会報告作成に関わり、のちに国民経済計算調査会議議長代理等も務めた。
上野 裕也(うえの ひろや、1926年11月25日 - 20… 上野 裕也(うえの ひろや、1926年11月25日 - 2016年2月26日)は、日本の経済学者。成蹊大学学長・ペンシルベニア大学客員教授等を歴任。日経・経済図書文化賞受賞。 1926年、東京生まれ。筆名・あれふぜろ。1948年に東京商科大学を卒業し、同大学大学院に進む。1949年同研究科を中退。 1952年より名古屋大学経済学部助教授、1964年より教授。1961年には学位論文『日本経済の計量経済学的分析』を大阪大学に提出して経済学博士号を取得。1965年よりペンシルバニア大学客員教授、1966年より国際連合本部経済担当本部国際上級公務員。1967年より成蹊大学政治経済学部教授、1979年経済学部長、のち学長を務めた。
竹中 久二雄(たけなか くにお、1926年11月4日 - )… 竹中 久二雄(たけなか くにお、1926年11月4日 - )は、日本の農業経済学者。 山形県山形市生まれ。東京農業大学卒、1959年同大学院修士課程修了、同助手、講師、助教授、1975年教授、1987年常務理事、1994-1995年理事長。農学博士。
力石 定一(ちからいし さだかず、1926年10月6日 - … 力石 定一(ちからいし さだかず、1926年10月6日 - 2016年1月22日)は、日本の経済学者、社会工学者。法政大学名誉教授。 広島県尾道市生まれ。旧制三高から旧制東京大学経済学部に進み、学生運動に身を投じる。東大共産党細胞において渡邉恒雄らとの路線闘争を繰り広げ勝利。1948年には武井昭夫、沖浦和光らと全学連(全日本学生自治会総連合)を結成。全学連の理論面での指導者とされた。翌年6月3日に東大で学生大量処分に抗議する公聴会が開かれたとき、処分理由を説明する矢内原忠雄経済学部長に「キミはファシストだ」と難詰した(キミ、ボク論争)。 東大卒業後、国民経済研究所研究員を経て、法政大学工学部経営工学科教授(社会工学)。
能勢 信子(のせ のぶこ、1926年9月25日 - 1998… 能勢 信子(のせ のぶこ、1926年9月25日 - 1998年7月28日)は、日本の経済学者。神戸大学名誉教授。 兵庫県神戸市出身。1947年大阪経済専門学校(現大阪経済大学)卒業。1950年神戸経済大学(現神戸大学経済学部)卒業、在学中は新庄博ゼミに所属した。1952年に同大学研究科を終了し同年神戸大学経済経営研究所助手、1956年同助教授、1967年同教授。この間1962年に日本会計研究学会の上野・太田賞を受賞。1965年には神戸大学より経営学博士の学位を取得。学位論文は「社会会計論 : 社会会計の本質および適用に関する研究」 。 1990年神戸大学を停年退官、名誉教授となる。同年より姫路獨協大学教授を務めた。
梶井 功(かじい いそし、1926年9月21日 - 2019… 梶井 功(かじい いそし、1926年9月21日 - 2019年7月2日)は、日本の農業経済学者、東京農工大学名誉教授。第15期・16期日本学術会議会員。 新潟県佐渡郡相川町(現・佐渡市)生まれ。1950年東京大学農学部農業経済学科卒業。1961年「農業生産力の展開構造」で農学博士の学位を取得。1964年鹿児島大学農学部助教授、1967年教授。1971年東京農工大学農学部教授、1988年農学部長、1990年定年退官、東京農業大学農学部教授。1995年東京農工大学学長、2001年退任。2002年勲二等瑞宝章受章。 既存統計を加工、駆使しての分析は他の研究者の追随を許さないものである。 常に経営における実証研究を基軸として据え、これと統計との整合性について言及するスタンスを崩さなかった。
三輪 昌男(みわ まさお、1926年8月27日-2003年2… 三輪 昌男(みわ まさお、1926年8月27日-2003年2月16日)は、日本の農業経済学者。國學院大學名誉教授。専門は協同組合論。 山口県出身。東京大学経済学部卒。協同組合経営研究所研究員、國學院大學経済学部助教授、教授、1997年定年、名誉教授。日本協同組合学会会長を務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
斎藤 光雄(さいとう みつお、1926年8月25日 - 20… 斎藤 光雄(さいとう みつお、1926年8月25日 - 2010年8月4日)は、日本の経済学者。神戸大学名誉教授。専門は計量経済学、経済統計学。経済学博士(大阪大学、1975年)(学位論文「一般均衡と価格」)。大阪府大阪市南区出身。 1926年8月25日 大阪市南区の商家の四男として生まれる。 1947年3月 浪速高等学校高等科文化甲類卒業 1951年3月 京都大学経済学部卒業 1959年3月 大阪大学大学院経済学研究科経済政策専攻修士課程修了 1959年7月 大阪大学助手(経済学部付属社会経済研究施設) 1964年3月 大阪大学助教授(経済学部付属社会経済研究施設) 1970年2月 大阪大学教授(社会経済研究所) 1971年2月 神戸大学教授(経済学部) 1990年3月 神戸大学を定年により退官 1990年3月 神戸大学名誉教授 1990年4月 帝塚山大学教授(経済学部) 1991年4月 理論・計量経済学会(現日本経済学会)会長(1992年3月まで) 1973年10月 『一般均衡と価格』、創文社 1991年11月 『国民経済計算』、創文社 一般均衡理論モデルに計量経済学的な個別主体均衡のモデルを組み込んで、日本経済の実証分析を行った。
鷲見 友好(すみ ともよし、1926年8月12日 - 199… 鷲見 友好(すみ ともよし、1926年8月12日 - 1997年6月25日)は、日本の政治経済学者。法政大学名誉教授。軍事費、日米関係などを研究した。 岐阜県美濃市出身。1960年法政大学大学院博士課程単位取得、1961年法政大学短期大学部講師、法政大学社会学部助教授、教授、法政大学短期大学部学長、1996年定年退任、名誉教授。
北田芳治(きただ よしはる、1926年5月21日- )は、日… 北田芳治(きただ よしはる、1926年5月21日- )は、日本の経済学者、東京経済大学名誉教授。元政治経済研究所理事長。 東京出身。東京商科大学(現一橋大学)卒。高島善哉ゼミ出身。1982年政治経済研究所理事長。東京経済大学経営学部助教授となり、教授。1998年定年、名誉教授となる。日本学術会議会員を務めた。
持田 恵三(もちだ けいぞう、1926年5月14日 - 20… 持田 恵三(もちだ けいぞう、1926年5月14日 - 2010年1月20日)は、日本の農業経済学者。 北海道砂川市生まれ。1953年東京大学農学部農業経済学科卒。1962年同大学院博士課程修了、「日本農業の近代化過程」で農学博士の学位を取得。農林省農業総合研究所、和光大学経済学部教授。1997年定年、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
熊野 剛雄(くまの よしお、1926年5月3日 - 2020… 熊野 剛雄(くまの よしお、1926年5月3日 - 2020年11月24日)は、日本の経済学者。専修大学名誉教授。 広島県尾道市出身。1951年東京大学経済学部卒業。同年大学院中退。角丸証券(現・みずほ証券)入社。1965年同社調査部長。日本証券経済研究所主任研究員(のち理事)、1968年専修大学経営学部講師。1977年教授、同経営研究所長。97年定年、名誉教授。証券経済学会代表理事、日本学術会議会員も務めた。1998年から20余年にわたり、大槻久志のペンネームで金融と経済の啓蒙書を刊行した。
加藤 寛(かとう ひろし、1926年(大正15年)4月3日 … 加藤 寛(かとう ひろし、1926年(大正15年)4月3日 - 2013年(平成25年)1月30日)は、日本の経済学者。学位は経済学博士(慶應義塾大学)、慶應義塾大学名誉教授。名は「かん」と有職読みすることもある。政府税制調査会会長、内閣府規制改革担当顧問、嘉悦大学学長、千葉商科大学名誉学長、日本経済政策学会会長・日本計画行政学会会長・ソ連東欧学会代表理事・公共選択学会会長等を歴任。
加藤 寛(かとう ひろし、1926年(大正15年)4月3日 … 加藤 寛(かとう ひろし、1926年(大正15年)4月3日 - 2013年(平成25年)1月30日)は、日本の経済学者。学位は経済学博士(慶應義塾大学)、慶應義塾大学名誉教授。名は「かん」と読むこともある。政府税制調査会会長、内閣府規制改革担当顧問、嘉悦大学学長、千葉商科大学名誉学長、日本経済政策学会会長・日本計画行政学会会長・ソ連東欧学会代表理事・公共選択学会会長等を歴任。 位階は従三位。勲等は勲一等瑞宝章。 岩手県東磐井郡千厩町(現・一関市)生まれ。豊川市長などを歴任した加藤守道の二男。名前については「かとうかん」もしくは「カトカン」と言われることが多く、本人もそのように名乗ることがあった。
渡部 経彦(わたなべ つねひこ、1926年4月1日 - 19… 渡部 経彦(わたなべ つねひこ、1926年4月1日 - 1976年12月19日)は、日本の経済学者。専門は、経済政策・計量経済学。学位は、経済学博士(東北大学・1962年)(博士論文「国際比較の観点からみた産業連関分析の応用」)。京都大学経済研究所教授・大阪大学経済学部教授を歴任。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
畠中 道雄(はたなか みちお、1926年3月20日 - 20… 畠中 道雄(はたなか みちお、1926年3月20日 - 2016年11月5日)は、日本の経済学者、大阪大学名誉教授。専門は計量経済学(とくに時系列分析)。Ph.D.(ヴァンダービルト大学)。福岡県出身。 大阪大学社会経済研究所(以下、阪大社研)において、森嶋通夫や二階堂副包と共に阪大社研の黄金時代を現出する。森嶋らの離任後は後任の稲田献一らと共に研究業績をあげ、内紛後の阪大社研を盛り立てた。[要出典]計量経済学研究の第一人者であり、Econometrica等、世界的ジャーナルの編者も務めた。Econometric Societyのフェロー。[要出典] この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。
矢内原 勝(やないはら・かつ、1926年3月13日 - 20… 矢内原 勝(やないはら・かつ、1926年3月13日 - 2003年11月27日)は、日本の経済学者。慶應義塾大学名誉教授。
後藤 靖(ごとう やすし、1926年2月22日 - 1998… 後藤 靖(ごとう やすし、1926年2月22日 - 1998年3月4日)は日本の経済学者、歴史学者。立命館大学経済学部名誉教授。専攻は近代経済史。日本資本主義の展開と近代天皇制国家の形成過程を研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
筑井 甚吉(つくい じんきち、1926年1月31日 - 20… 筑井 甚吉(つくい じんきち、1926年1月31日 - 2010年3月5日)は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授。東京経済大学助教授・成蹊大学教授・大阪大学教授を歴任。 東京吉祥寺生まれ。1942年東京都立第二商業学校卒業。1952年中央大学入学資格認定試験合格・入学。1956年中央大学経済学部を優等の成績で卒業。1958年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。同年東京経済大学助手に着任。1961年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。指導教官は山田雄三。同年、一橋大学経済学博士。 1961年東京経済大学専任講師に昇格。ハーバード大学経済研究所研究員を経て、1964年東京経済大学助教授。
小島 恒久(こじま つねひさ、1926年〈大正15年〉1月2… 小島 恒久(こじま つねひさ、1926年〈大正15年〉1月20日 - 2019年〈平成31年〉3月2日 )は、日本の経済学者、社会運動家、歌人。九州大学名誉教授、元社会主義協会代表・顧問、元労働者運動資料室理事長。正四位。 1926年佐賀県生まれ。1945年長崎経済専門学校在学中に原爆に被爆。1950年九州大学経済学部卒業、続いて大学院特別研究生となり向坂逸郎に師事。1955年より九州大学教養部に勤務、経済学を講じる。講師、助教授、教授を務め、1989年に定年で退官。続いて熊本学園大学教授となり、1996年まで勤務し再度の定年で退職。 九州大学在職中、三井三池炭鉱・四山鉱の労働者教育に関わるなど、研究、社会活動の両面で向坂逸郎の志を積極的に継承する。
三上 隆三(みかみ りゅうぞう、1926年1月4日 - 20… 三上 隆三(みかみ りゅうぞう、1926年1月4日 - 2019年8月18日)は、日本の経済学者。位専攻は理論経済学・貨幣史・金融論。学位は経済学博士。和歌山大学名誉教授。階は従三位。2003年瑞宝中綬章受章。 京都府出身。東京商科大学で鬼頭仁三郎に師事。和歌山大学経済学部教授、京都学園大学教授を歴任。 恩師の鬼頭仁三郎は高垣寅次郎の弟子で、高垣寅次郎の孫弟子となる。 長男は、三井住友フィナンシャルグループ取締役の三上徹。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
島田 克美(しまだ かつみ、1926年1月3日 - )は、日… 島田 克美(しまだ かつみ、1926年1月3日 - )は、日本の経済学者。学位は、博士(商学)(大阪市立大学・1992年)。住友商事理事、京都学園大学教授等を歴任。 石川県生まれ。1947年東京帝国大学法学部卒。1948年人事院、1950年公正取引委員会、1957年経済企画庁、1967年住友商事入社、1974年業務本部調査計画部長、1981年理事、事務本部副本部長、京都学園大学経済学部教授、1989年流通経済大学特任教授、1997年客員教授。1992年「商社商権論」で大阪市立大学より博士(商学)の学位を取得。