根津 利三郎(ねづ りさぶろう、1948年1月4日 - )は… 根津 利三郎(ねづ りさぶろう、1948年1月4日 - )は、香川県出身の元通産官僚。
職業が官僚:5,089人
根津 利三郎(ねづ りさぶろう、1948年1月4日 - )は… 根津 利三郎(ねづ りさぶろう、1948年1月4日 - )は、香川県出身の元通産官僚。
石川 哲久(いしかわ のりひさ、1948年(昭和23年)1月… 石川 哲久(いしかわ のりひさ、1948年(昭和23年)1月1日 - 2019年(平成31年)3月9日)は、元建設官僚、地方公務員、政治家。建設省課長、大阪府建築都市部長、千葉県木更津市議会議員(1期)を歴任。瑞宝小綬章受章。 千葉県木更津市出身。1970年東京大学工学部都市工学科卒。同年建設省に入り、住宅、都市、計画の各局に勤務し、国土庁に入る。地方振興局地方都市整備課長、建設省住宅局住宅整備課長、同局建築指導課長、1998年7月 大阪府建築都市部技監、2000年4月 同部長となり、2003年に退官。退官後は建築研究所理事、住宅生産振興財団理事となる。 2010年と2014年の木更津市長選挙に立候補したが、いずれも落選した。
岩下 正(いわした ただし、1948年1月1日 - )は、日… 岩下 正(いわした ただし、1948年1月1日 - )は、日本の財務官僚、企業経営者。ローソン銀行代表取締役会長。 宮城県仙台市出身。血液型はB型。宮城県仙台第一高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1970年に大蔵省入省(大臣官房秘書課)。1971年に大臣官房秘書課調査係長心得。1974年にイェール大学で経営学修士号を修得。同年7月 銀行局総務課企画係長。1975年7月 福知山税務署長。1993年6月 大臣官房調査企画課長兼財政金融研究所次長。1994年4月から1995年5月まで羽田孜、村山富市の下で内閣総理大臣秘書官(事務担当)。1999年7月8日に国際局次長、2002年7月9日に財務総合政策研究所長となる。
藤井 昭夫(ふじい あきお、1948年 - )は、日本の総務… 藤井 昭夫(ふじい あきお、1948年 - )は、日本の総務官僚。総務省政策統括官、総務省行政管理局長、総務省自治行政局長等を歴任し、退官後、日本大学法学部公共政策学科教授。 富山県生まれ。1971年 金沢大学法文学部法学科卒業。1973年 金沢大学大学院法学研究科行政法専攻修士課程修了、行政管理庁入庁。総務庁行政管理局行政情報システム企画課長、総務庁長官官房総務課長等を経て、内閣官房内閣審議官(個人情報保護担当室長)、総務省大臣官房審議官として、情報化や情報公開、個人情報保護を担当し、個人情報の保護に関する法律の策定にあたった。 総務省政策統括官(電子政府・電子自治体等担当)を経て、2005年 総務省行政管理局長。
広瀬 研吉(ひろせ けんきち、1948年 - )は、日本の科… 広瀬 研吉(ひろせ けんきち、1948年 - )は、日本の科学技術官僚、工学者(原子力法制・核セキュリティ)。学位は、博士(エネルギー科学)(京都大学・1998年)。福井大学重点研究高度化推進本部特命教授、東海大学国際教育センター特任教授、公益財団法人科学技術国際交流センター専務理事。 独立行政法人物質・材料研究機構理事、原子力安全・保安院院長(第3代)などを歴任した。 科学技術庁では原子力安全局原子力安全課課長など原子力規制に関する職務に、1999年に発生した東海村JCO臨界事故では事故対応に従事した。 中央省庁再編後は原子力安全・保安院で審議官(実用発電用原子炉担当)を務め、内閣府原子力安全委員会では事務局局長を、文部科学省所管の独立行政法人物質・材料研究機構では理事を務めた。
小磯 修二(こいそ しゅうじ、1948年(昭和23年) - … 小磯 修二(こいそ しゅうじ、1948年(昭和23年) - )は、日本の北海道開発庁官僚。北海道開発庁企画調整官や、北海道開発局開発計画課長を経て退官後、釧路公立大学学長に就任。退任後、北海道観光振興機構会長を務めた。 大阪府大阪市出身。1972年京都大学法学部卒業。同年、北海道開発庁(現国土交通省北海道局)入庁。1989年同開発企画官。1990年北海道開発庁に新設された国際室長に就任。同官房計画官。同企画調整官、北海道開発局開発計画課長を経て、1999年6月に釧路公立大学地域経済研究センター長に就任。2008年4月より学長に就任し、2012年に釧路公立大学を退官。 2012年4月より北海道大学大学院公共政策学連携研究部附属公共政策学研究センター特任教授を務めたのち、2017年一般社団法人地域研究工房代表理事。
林 幸秀(はやし ゆきひで、1948年 - )は、日本の官僚… 林 幸秀(はやし ゆきひで、1948年 - )は、日本の官僚。元文部科学審議官。元東京大学先端科学技術研究センター特任教授、科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー。公益財団法人ライフサイエンス振興財団理事長。 富山県西礪波郡福光町(現在の南砺市)出身。公務員を退官後、世界各国の科学技術政策の比較分析を行う研究者として、中国の科学技術情勢の調査分析を中心に活動を行っている。また、中国のほか、欧米主要国、ロシア、インド、韓国、ASEAN諸国の科学技術に関する著書を出版している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
広瀬 哲樹(ひろせ のりき、1948年(昭和23年) - )… 広瀬 哲樹(ひろせ のりき、1948年(昭和23年) - )は、日本の経済企画官僚、エコノミスト、外交官。2009年(平成21年)9月10日からブルネイ駐箚特命全権大使。 1975年(昭和50年)同志社大学大学院経済研究科を修了、経済学修士号を取得する。同年経済企画庁に入庁する。1980年(昭和55年)から1982年(昭和57年)まで米プリンストン大学大学院経済学科に留学、研究生活を送る。 1985年(昭和60年)国土庁計画・調整局総務課課長補佐。1986年(昭和61年)から経済企画庁勤務。経企庁勤務のかたわら、1991年(平成3年)世界平和研究所(IIPS)首席研究員、オックスフォード大学セントアンソニー・カレッジのシニア・アソシエート・フェローも務める。
西川和人(にしかわ かずと、1947年12月28日 - )は… 西川和人(にしかわ かずと、1947年12月28日 - )は日本の大蔵官僚。東京国税局長、金融庁検査部長、金融庁検査局長、交通営団理事などを歴任。 滋賀県出身。東京大学法学部卒業。1971年7月 大蔵省入省(証券局企業財務第一課)。1976年7月 苫小牧税務署長。 1988年7月 東京国税局査察部長。1990年7月5日 国税庁調査査察部査察課長。1992年7月7日 大阪国税局総務部長。1993年7月2日 銀行局特別金融課長。1994年7月1日 国税庁長官官房人事課長。1996年7月12日 国税庁調査査察部長。1998年7月1日 東京国税局長。2000年7月1日 金融庁検査部長。2001年1月6日 金融庁検査局長。
藤井 秀人(ふじい ひでと、1947年12月13日 - )は… 藤井 秀人(ふじい ひでと、1947年12月13日 - )は、日本の財務官僚。主計局長、財務事務次官等を歴任。2007年退官。 松江市立第四中学校、島根県立松江南高等学校卒業。高校の同期だった松浦正敬らと東京大学を受験するも不合格となり、翌年に親戚が京都にいるため京都大学法学部へ入学する。 好きな言葉は五省。趣味は囲碁、読書。好きなスポーツはゴルフ、水泳。家族は夫人と二男。東京都世田谷区代沢在住(いずれも1991年時)。 頭が切れすぎるのが欠点とされている同期の寺澤辰麿に対し、藤井は温厚な人柄からノンキャリア組の人気も高い。その一方で「出世よりギャンブル優先」と言う豪胆さもあり、あだ名は「ジャン助」である。
平井 正夫(ひらい まさお、1947年12月5日 - )は、… 平井 正夫(ひらい まさお、1947年12月5日 - )は、日本の官僚。総務省(旧郵政省)で通信自由化と郵政民営化に関わった。
花角 和男(はなずみ かずお、1947年11月26日 - )… 花角 和男(はなずみ かずお、1947年11月26日 - )は、日本の財務官僚。大蔵省大臣官房審議官、税務大学校長等を務めた。 山形県出身。一橋大学大学院経済学研究科修了後、1973年大蔵省(のち財務省)入省。指導教官は木村元一。 在インド大使館一等書記官、外務省国際連合局経済課長を経験し、経済協力などに精通している。税務大学校研究部長時代は、埼玉大学大学院政策科学研究科(のちの政策研究大学院大学)客員教授も務め、途上国から派遣された若いエリートに税務行政を英語で講義したほか、北京大学現代日本研究コース講師として日本の税制を講義した。 大阪税関長、税務大学校長等を務めたのち、退官。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
坂井 隆憲(さかい たかのり、1947年〈昭和22年〉11月… 坂井 隆憲(さかい たかのり、1947年〈昭和22年〉11月25日 - 2017年〈平成29年〉5月17日)は、日本の政治家、元大蔵官僚。元自由民主党所属。 2021年10月17日に投開票が行われた佐賀市長選挙に初当選し第5代佐賀市長に就任した坂井英隆は長男である。 佐賀県出身。佐賀県立佐賀西高等学校を経て、1970年、国家公務員採用上級甲種試験(行政)合格。1971年、早稲田大学政治経済学部卒業。同年、大蔵省入省、国際金融局短期資金課配属。 入省同期に藤井秀人(日本政策投資銀行副社長、財務次官、京大法卒)、福田進(国税庁長官)、高木祥吉(ゆうちょ銀行副社長、金融庁長官)、吉田和男(経済学者、京大経卒)、坂井建(名古屋国税局長、中大法卒)、志賀櫻(弁護士、東京税関長、岐阜県警察本部長)、森田好則(財務省印刷局長)、窪野鎮治(国土交通省政策統括官、財務省印刷局長)、田村義雄(環境次官)、山本幸三(衆議院議員、地方創生担当大臣)など。
伊藤 祐一郎(いとう ゆういちろう、1947年11月17日 … 伊藤 祐一郎(いとう ゆういちろう、1947年11月17日 - )は、日本の自治・総務官僚、政治家。元鹿児島県知事(3期)。総務省大臣官房総括審議官を歴任。 銀行員である父親の仕事の関係により阿久根市・鹿児島市などで育った。ラ・サール高等学校を経て、東京大学法学部卒業。最後の総理府地方分権推進委員会事務局次長であり、省庁再編後には初代の総務省大臣官房審議官を務めた。後に民主党代表を務めた小沢一郎が自治大臣の際には大臣秘書官も務めている。 2004年に鹿児島県知事選挙に立候補。保守分裂の激しい中、元鹿児島県議会議長や元兵庫県副知事らを破って初当選。2008年再選。2012年に3選。 2013年5月に利用が低迷する鹿児島空港の上海便の航空路線維持のため県職員らの上海派遣研修事業を発表したが、批判が起こった。
梶田 信一郎(かじた しんいちろう、1947年11月14日 … 梶田 信一郎(かじた しんいちろう、1947年11月14日 - )は、日本の地方公共団体職員、自治官僚。一般財団法人自治総合センター理事長。 自治省税務局市町村税課課長、兵庫県庁総務部部長、内閣法制局総務主幹、内閣法制局第三部部長、内閣法制局第一部部長、内閣法制次長、内閣法制局長官、財団法人地域創造理事長、一般財団法人地域創造理事長などを歴任した。 岡山県出身の地方公共団体職員である。熊本県の事務吏員として東京事務所で採用され、のちに熊本県庁の総務部地方課にて勤務した。その後、自治省に入り、財政局、大臣官房、税務局などで勤務するとともに、他省庁や地方公共団体への出向を繰り返した。自治省では税務局にて市町村税課の課長に就任しており、出向先の兵庫県庁では総務部の部長に就任するなど、要職を歴任した。
佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月… 佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月8日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚(技官)。自由民主党新潟県支部連合会会長。 参議院議員(3期)、参議院決算委員長、同財政金融委員長、同地方創生及び消費者問題に関する特別委員長、同行政監視委員長、同環境委員長、第6代国土交通事務次官、技監、国土交通省道路局長、自由民主党国土強靭化推進本部長などを務めた。学位は工学修士(京都大学・1972年)。 新潟県新潟市出身。1966年、新潟県立新潟高等学校卒業。1970年、京都大学工学部土木工学科卒業。1972年、京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。修士論文ではinteger programming(整数計画問題)を扱った。
奥村 萬壽雄(おくむら ますお、1947年(昭和22年)11… 奥村 萬壽雄(おくむら ますお、1947年(昭和22年)11月8日 - )は、日本の警察官僚。第84代警視総監。大阪府出身。東京大学法学部卒業後、警察庁に入庁。主に警備公安畑を歩む。瑞宝重光章。 この項目は、警察に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。
増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は… 増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。法務省入国管理局長や、最高検察庁公判部長、横浜地方検察庁検事正、仙台高等検察庁検事長等を歴任した。 神奈川県横浜市出身。1971年中央大学法学部卒業。1974年東京地方検察庁検事。法務省入国管理局長、最高検察庁公判部長、千葉地方検察庁検事正を経て、2008年横浜地方検察庁検事正。2009年仙台高等検察庁検事長。2010年に退官し、東京弁護士会弁護士登録、外立総合法律事務所入所、中央更生保護審査会委員(常勤)。2018年春の叙勲で瑞宝重光章受章。同年増田法律事務所代表。2022年月島機械取締役。2023年月島ホールディングス取締役。
曽小川 久貴(そおかわ ひさたか、1947年(昭和22年)1… 曽小川 久貴(そおかわ ひさたか、1947年(昭和22年)10月21日 - )は、日本の建設官僚。国土交通省下水道部長、日本下水道事業団理事長、日本下水道協会理事長を歴任。宮崎県出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
團 宏明(だん ひろあき、1947年10月14日 - )は、… 團 宏明(だん ひろあき、1947年10月14日 - )は、日本の郵政官僚。総務省郵政事業庁長官、日本郵政公社副総裁、日本郵政株式会社代表執行役副社長、郵便事業株式会社代表取締役社長、公益財団法人日本棋院理事長などを歴任。長崎県佐世保市出身。
有冨 寛一郎(ありとみ かんいちろう、1947年10月12日… 有冨 寛一郎(ありとみ かんいちろう、1947年10月12日 - )は大阪府出身の総務官僚。総務審議官を最後に退官後、マルチメディア振興センター理事長、KDDI代表取締役副会長、全国地域情報化推進協会理事長等を歴任した。いわゆる「電波開放戦略」を進め、日本のICT(情報通信技術)の国際競争力向上を図った。
乾文男(いぬい ふみお、1947年10月7日 - )は日本の… 乾文男(いぬい ふみお、1947年10月7日 - )は日本の大蔵官僚。血液型はAB型。理財局総務課長、内閣総理大臣秘書官(事務担当)、関東信越国税局長、国税庁課税部長、金融監督庁監督部長、金融庁総務企画部長、金融庁総務企画局長、日本政策投資銀行理事、一般社団法人投資信託協会副会長、一般社団法人金融財政事情研究会会長などを務めた。 大阪府柏原市出身(父母も大阪府)。大阪府立天王寺高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1970年4月 大蔵省入省(大臣官房文書課)。1973年7月 主計局総務課調査主任。1974年7月 主計局総務課企画係長。1975年7月 尾道税務署長。1978年7月 和歌山県総務部財政課長。
霜鳥 秋則(しもとり あきのり、1947年9月16日 - )… 霜鳥 秋則(しもとり あきのり、1947年9月16日 - )は、日本の文部官僚。文化庁文化部長や、長岡技術科学大学副学長等を経て、公立大学法人秋田公立美術大学理事長兼学長。 北海道夕張市生まれ。1971年北海道大学法学部法律学科卒業、文部省入省。1980年島根県教育庁学事課長。1984年外務省在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官。1987年文部省初等中等教育局中学校課企画官、埼玉大学大学院政策科学研究科非常勤講師。1988年文部省学術国際局学術企画室長。1989年神田外語大学非常勤講師。1991年文部省初等中等教育局特殊教育課長。1993年文部省学術国際局研究助成課長。1996年文化庁文化部長。
古田 肇(ふるた はじめ、1947年〈昭和22年〉9月13日… 古田 肇(ふるた はじめ、1947年〈昭和22年〉9月13日 - )は、日本の政治家、通産・経産・外務官僚。元岐阜県知事(公選第16・17・18・19・20代)。無所属。2022年3月27日からは全国知事会副会長(東海北陸ブロック)を務める。 岐阜県岐阜市生まれ。岐阜市立加納中学校、岐阜県立岐阜高等学校卒業。1971年6月、東京大学法学部卒業。同年7月、通商産業省(現・経済産業省)に入省(貿易振興局貿易振興課)。同期入省に杉山秀二(事務次官)、今井康夫(特許庁長官)、鹿島幾三郎らがいる。1974年にフランス国立行政学院(ENA)に留学した。 1994年、羽田孜内閣総理大臣の首相秘書官に就任し、村山富市内閣総理大臣の下でも引き続き首相秘書官を務めた。
瀧野 欣彌(たきの きんや、1947年9月6日 - )は、日… 瀧野 欣彌(たきの きんや、1947年9月6日 - )は、日本の自治・総務官僚、弁護士。 内閣官房副長官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣・菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣)、総務事務次官、一般財団法人地方財務協会理事長、地方公共団体金融機構理事長を歴任した。 報道等では滝野 欣弥の表記も用いられる。 北海道出身(函館市で生まれ、釧路市で育つ)。北海道釧路湖陵高等学校、東京大学法学部卒業。在学中に司法試験合格。大学卒業後、自治省(現総務省)に入省。財政局財政課配属。入省同期には伊藤祐一郎(鹿児島県知事)、梶田信一郎(元内閣法制局長官)、山下茂(明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科教授)らがいる。
田村 義雄(たむら よしお、1947年8月23日 - )は、… 田村 義雄(たむら よしお、1947年8月23日 - )は、日本の官僚。環境事務次官。神奈川県出身。 麻布高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、1971年(昭和46年)大蔵省入省。理財局次長、大臣官房総括審議官、関税局長を経て環境省に転じ、大臣官房長、総合環境政策局長を歴任し、2006年(平成18年)環境事務次官。退官後は環境省顧問を経て、駐クロアチア大使。2023年、瑞宝重光章受章。 2011年、特命全権大使として赴任中のクロアチア大使館の事務職員として勤務する20代のクロアチア人女性に対し、車内で抱き寄せて強引にキスをしたり、足を撫で回したり、抱きついて身体を触ったりしたといった常習的なセクハラ疑惑が報じられた。
大塚 義治(おおつか よしはる、1947年〈昭和22年〉8月… 大塚 義治(おおつか よしはる、1947年〈昭和22年〉8月6日 - 2023年〈令和5年〉1月17日)は、日本の元厚生及び厚生労働官僚、厚生労働事務次官。日本赤十字社名誉社長。栃木県上都賀郡粟野町(現:鹿沼市)出身。 1966年、東京都立上野高等学校卒業。1970年3月 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。同年4月 厚生省入省。社会局庶務課配属。1994年 厚生省大臣官房会計課長、1996年 厚生省大臣官房審議官(健康政策、医療保険担当)、1998年7月 厚生大臣官房長、1999年8月 厚生省老人保健福祉局長、2001年1月6日 厚生労働省保険局長、2002年8月 厚生労働審議官、2003年8月に厚生労働事務次官。
野平 匡邦(のひら まさくに、1947年7月25日 - )は… 野平 匡邦(のひら まさくに、1947年7月25日 - )は、日本の政治家、官僚、弁護士。元千葉県銚子市長(2期)。父は外科医で俳人の野平藤雄。
岸 良昌(きし よしまさ、1947年7月25日 - )は、日… 岸 良昌(きし よしまさ、1947年7月25日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。元群馬県利根郡みなかみ町長(2期)。鳥取県出身。 ※当日有権者数:18,815人 最終投票率:72.24%(前回比:-6.88pts) ※当日有権者数:16,937人 最終投票率:65.48%(前回比:pts) この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
北原 巌男(きたはら いわお、1947年〈昭和22年〉7月2… 北原 巌男(きたはら いわお、1947年〈昭和22年〉7月20日 - )は、日本の防衛官僚、外交官。防衛施設庁長官等を経て、2008年(平成20年)7月29日から東ティモール駐箚特命全権大使。 長野県上伊那郡高遠町(現・伊那市高遠町)荊口出身。長野県上田高等学校を経て、1972年(昭和47年)中央大学法学部を卒業し、防衛庁(現在の防衛省)に入庁する。
新庄 忠夫(しんじょう ただお、1947年(昭和22年)7月… 新庄 忠夫(しんじょう ただお、1947年(昭和22年)7月13日 - )は、日本の農林官僚。元食糧庁次長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
田中 信義(たなか のぶよし、1947年7月6日 - )は、… 田中 信義(たなか のぶよし、1947年7月6日 - )は、日本の裁判官、検察官、弁護士、法務官僚。山梨県出身。一橋大学法学部卒業。法務省大臣官房参事官、長野地方裁判所所長、知的財産高等裁判所部総括判事を務めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
木下 寛之(きのした ひろゆき、1947年6月23日 - )… 木下 寛之(きのした ひろゆき、1947年6月23日 - )は、日本の農水官僚。元農林水産審議官。 1971年、京都大学農学部農業経済学科卒業、農林省に入省する。1989年に水産庁沿岸課長。各課の課長を経て1995年大臣官房予算課長。その後、農産園芸局長、農村振興局長、水産庁長官を経て2003年農林水産審議官となり2006年辞職。
細川 興一(ほそかわ こういち、1947年6月17日 - )… 細川 興一(ほそかわ こういち、1947年6月17日 - )は、日本の大蔵官僚。富山県富山市出身(父も富山県、母は石川県)。血液型はB型。元日本政策金融公庫代表取締役総裁。 細川は地方行政に興味があったことから、当初は大蔵省(後の財務省)より自治省(後の総務省)が第1志望であった。大蔵省か自治省かで迷ったが、小粥正巳大臣官房秘書課長補佐の「君がこれから自治省に断りに行くことが、大蔵省での最初の仕事だよ」という一言で大蔵省入省を決意した。 地方行政に興味があったことから、国家公務員上級試験(甲種)を行政職で受験していた。しかし、大蔵省を志望する者は、法律職か経済職が大多数だった。細川曰く「『大蔵省では行政職は採らない』と言われた。
森元 恒雄(もりもと つねお、1947年6月17日 - )は… 森元 恒雄(もりもと つねお、1947年6月17日 - )は、日本の政治家、自治官僚。元自由民主党参議院議員。大阪府和泉市出身。 大阪府立三国丘高等学校、東京大学法学部卒業。1970年に自治省(現・総務省)に入省。財政局地方債課長、大臣官房企画室長、岐阜県副知事などを歴任。1999年8月14日に大臣官房総務審議官。2000年5月に退官。翌2001年の参議院議員選挙で比例区から自民党公認で立候補して当選。当選1回。2003年の第1次小泉2次改造内閣で内閣府大臣政務官に就任。次の第2次小泉内閣でも留任した。2007年の参議院議員選挙で落選した。 2008年に立教大学経済学部特任教授となり、2013年まで務めた。
西川 徹矢(にしかわ てつや、1947年〈昭和22年〉6月1… 西川 徹矢(にしかわ てつや、1947年〈昭和22年〉6月1日 - )は、日本の警察・防衛官僚、弁護士(笠原総合法律事務所、登録番号:44254)。防衛庁運用局長、防衛庁人事教育局長、防衛省官房長などを経て、2009年(平成21年)から2011年(平成23年)8月まで、内閣官房副長官補。 大阪府出身。1972年(昭和47年)京都大学法学部を卒業して、警察庁に入庁する。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
深谷 憲一(ふかや けんいち、1947年5月29日 - )は… 深谷 憲一(ふかや けんいち、1947年5月29日 - )は、日本の運輸官僚。海上保安庁長官などを務めた。 群馬県前橋市出身。群馬県立前橋高等学校を経て、1971年に京都大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。1980年より在タイ日本国大使館書記官を務める。1997年に大臣官房審議官、2000年6月に航空局長を歴任し、2002年8月に海上保安庁長官に就任。2004年7月に日本政策投資銀行理事に就任。 2018年11月に瑞宝重光章を受章。
建部 和仁(たてべ かずひと、1947年5月25日 - )は… 建部 和仁(たてべ かずひと、1947年5月25日 - )は、日本の大蔵官僚。九州財務局福岡財務支局長、欧州復興開発銀行理事、国際交流基金理事、造幣局理事を経て、2006年からルクセンブルク大公国駐箚特命全権大使を務めた。 大阪府高槻市出身。1966年大阪府立北野高等学校卒業。1970年東京大学法学部卒業、大蔵省入省(主税局国際租税課)。1972年フランス留学、1974年7月国際金融局国際機構課国際機関係長。1975年7月洲本税務署長。1976年7月関税局総務課長補佐。その後は大蔵省理財局国有財産総括課長等を経て、1994年九州財務局福岡財務支局長。1996年欧州復興開発銀行理事。1999年国際交流基金理事。
原口 恒和(はらぐち つねかず、1947年(昭和22年)5月… 原口 恒和(はらぐち つねかず、1947年(昭和22年)5月7日 - )は、日本の官僚。元金融庁総務企画局長。イオンフィナンシャルサービス代表取締役会長兼社長等を歴任した。 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、大蔵省に入省(理財局資金課)。熊本県企画開発部長、大臣官房金融検査部長、大臣官房審議官(大臣官房担当)、総務審議官を経て、2001年(平成13年)に財務省理財局長。 2001年(平成13年)金融庁総務企画局長に転じ、翌年退官。国民生活金融公庫副総裁を経て、2007年(平成19年)にイオン銀行代表取締役会長に就任。 2013年4月、イオンクレジットサービス旧法人から金融持株会社に移行したイオンフィナンシャルサービスの代表権のある会長等を経て、2014年6月には、イオンFSの非常勤取締役に退いた。
小村 和年(こむら かずとし、1947年(昭和22年)5月1… 小村 和年(こむら かずとし、1947年(昭和22年)5月1日 - )は、日本の政治家、運輸・国土交通官僚。広島県呉市長(3期)、日本下水道協会会長などを歴任した。 広島県呉市出身。呉市立阿賀中学校、広島県立広高等学校卒業。1966年(昭和41年)4月、国税庁広島国税局入局。1967年(昭和42年)4月、呉税務署に配属。 1972年(昭和47年)3月、中央大学商学部卒業。同年4月、運輸省に入省、鉄道監督局総務課配属。1998年、近畿運輸局運航部長。2000年、運輸省航空局地域航空活性化対策室長。中国運輸局企画部長を経て、2001年(平成13年)8月、国土交通省を退職。 2001年(平成13年)11月4日に行われた呉市長選挙に立候補するも、現職の小笠原臣也に敗れ落選。
坂 篤郎(さか あつお、1947年(昭和22年)4月14日-… 坂 篤郎(さか あつお、1947年(昭和22年)4月14日-)は、日本の官僚、実業家。内閣府審議官、内閣官房副長官補、日本郵政株式会社代表執行役社長を歴任。森ビル特別顧問。安倍政権の強い意向で退任に追い込まれた。
江利川 毅(えりかわ たけし、1947年4月13日 - )は… 江利川 毅(えりかわ たけし、1947年4月13日 - )は日本の官僚。公立大学法人埼玉県立大学理事長。人事院総裁、内閣府事務次官、厚生労働事務次官を歴任。 埼玉県立熊谷高等学校を経て、東京大学法学部(法学)卒業。1970年に公害問題を解決したいと思い厚生省に入省。 中曽根内閣時代には内閣官房内閣参事官として国鉄分割民営化の問題などに尽力した。2004年には内閣府事務次官に就任。2007年には、的場順三官房副長官の後任として副長官就任が有力視されたが、一連の年金不祥事に対応するため旧厚生省出身ということもあり他府省の事務次官を務めた後としては異例の人事ではあったが、厚生労働事務次官に就任した。2009年6月に退任。
岩田 喜美枝(いわた きみえ、1947年4月6日 - )は、… 岩田 喜美枝(いわた きみえ、1947年4月6日 - )は、日本の実業家、元官僚。厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を経て、資生堂代表取締役副社長、公益財団法人21世紀職業財団会長を歴任。 香川県生まれ。香川県立高松高等学校を経て、東京大学教養学部を卒業後、1971年、労働省に入省。大阪婦人少年室長を経て、1991年労政局勤労者福祉部福祉課長、1992年婦人局婦人政策課長、1994年労働大臣官房国際労働課長、1995年労働大臣官房秘書課長、1998年労働大臣官房総務審議官、2001年厚生労働省雇用均等・児童家庭局長。 2003年、厚生労働省を退官し、2003年株式会社資生堂に入社。同年常勤顧問、2004年同社取締役執行役員CSR部長、2007年取締役執行役員常務を経て、2008年に代表取締役執行役員副社長に就任。
坂井建(さかい たつ、1947年3月31日 - 2002年1… 坂井建(さかい たつ、1947年3月31日 - 2002年11月24日)は日本の大蔵官僚。名古屋国税局長、税務大学校長などを務めた。血液型はA型。神奈川県藤沢市鵠沼松が岡4丁目在住。趣味は俳句、ゴルフ。 北海道釧路市出身(父は北海道、母は山形県)。東京都立千歳丘高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程を中退し、1971年4月 大蔵省入省(主計局調査課)。1976年7月 飯田税務署長。1990年7月5日 関東財務局総務部長。1992年7月7日 造幣局東京支局長。1994年7月1日 国税庁長官官房会計課長。1996年7月12日 広島国税局長。1998年7月1日 名古屋国税局長。
林 省吾(はやし しょうご、1947年3月30日 - )は日… 林 省吾(はやし しょうご、1947年3月30日 - )は日本の自治官僚。 岡山県美作市生まれ。岡山県立津山高等学校を経て、東京大学法学部卒業。1969年自治省入省。静岡県総務部長、大阪府総務部長、総務省自治財政局長、消防庁長官等を経て、総務事務次官を務めた。
河手 悦夫(かわて えつお、1947年3月27日 - )は日… 河手 悦夫(かわて えつお、1947年3月27日 - )は日本の大蔵官僚。関東財務局長などを務めた。 大阪府大阪市出身(父母は岡山県出身)。大阪府立北野高等学校、京都大学経済学部卒業。1970年 大蔵省入省(銀行局銀行課)。1975年7月 鳴門税務署長。 1989年6月 大阪国税局総務部長。1992年7月 東京国税局総務部長。1993年7月2日 大臣官房金融検査部審査課長。1994年7月1日 北海道財務局長。1995年5月26日 広島国税局長。1996年7月12日 国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)。1997年7月15日 関東財務局長。1998年6月30日 関東財務局長兼関東財務局総務部長事務取扱。
藤島 安之(ふじしま やすゆき、1947年(昭和22年)3月… 藤島 安之(ふじしま やすゆき、1947年(昭和22年)3月25日 - )は、日本の通産官僚。通商産業大臣官房審議官、駐パナマ大使を歴任。新潟県出身。 同期に、町村信孝、佐野忠克(経産審議官、京大法卒)、及川耕造(特許庁長官)、太田信一郎(特許庁長官)、佐瀬正敬(沖電気執行役員)、岩田満泰(関電副社長、中小企業庁長官、近畿通産局長、東大経卒)、綾部正美(帝国石油専務、大臣官房調査統計部長)、作田穎治(住金専務、基礎産業局長、慶大経卒)、松倉浩司(交流協会元専務理事、東北通産局長)、河本博隆(特許庁審査第一部長)、野村弘(弁護士、1972年退官)など。
小山 五朗(こやま ごろう、1947年3月21日 - )は、… 小山 五朗(こやま ごろう、1947年3月21日 - )は、日本の文部官僚。財団法人好仁会理事長。 長野県屋代高等学校を卒業し、1968年に国家公務員試験・初級(高校卒業程度)に合格。東京大学に就職。1972年に文部省に転勤し、大学学術局、大学局、高等教育局で業務に係員として携わる。その後、広島大学庶務部長、筑波大学学生部長、国立日高少年自然の家所長、総合研究大学院大学事務局長を経て、国立高等専門学校機構事務局長を最後に文部科学省を退職。2005年4月より財団法人好仁会理事長。
房村 精一(ふさむら せいいち、1947年〈昭和22年〉3月… 房村 精一(ふさむら せいいち、1947年〈昭和22年〉3月18日 - )は、日本の裁判官、法務官僚、弁護士。主に民事裁判を担当した他、司法制度改革にも携わり、法務省民事局長、仙台高等裁判所長官、名古屋高等裁判所長官を歴任した。 東京大学法学部を卒業後、1969年(昭和44年)に第23期司法修習生。1971年(昭和46年)7月2日に京都地方裁判所判事補任官。判事補任官以降の経歴は以下の通り。
小峰 隆夫(こみね たかお、1947年〈昭和22年〉3月6日… 小峰 隆夫(こみね たかお、1947年〈昭和22年〉3月6日 - )は、日本のエコノミスト、経済企画庁官僚。経済企画庁調査局長、国土交通省国土計画局長などを歴任した。 大正大学地域創生学部地域創生学科任期制教授、法政大学名誉教授。 埼玉県出身。埼玉県立浦和高等学校出身。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁に入庁。総合計画局担当審議官、経済企画庁経済研究所長を経て、1998年(平成10年)物価局長、1999年(平成11年)調査局長。2001年(平成13年)国土交通省国土計画局長に転じ、2002年(平成14年)に退官。 退官後は法政大学教授や大正大学教授。2017年4月、瑞宝中綬章を受章。2020年『平成の経済』で読売・吉野作造賞受賞。