山崎 信之郎(やまざき しんしろう、1947年3月4日 - … 山崎 信之郎(やまざき しんしろう、1947年3月4日 - )は日本の防衛官僚。 東京都出身。1972年東京大学経済学部卒業。1974年防衛庁入庁。1980年防衛施設庁労務部労務企画課部員。各課部員を経て、1990年防衛施設庁施設部施設対策第三課長。その後防衛庁長官官房総務課長、広島防衛施設局長、那覇防衛施設局長、国際平和協力本部次長を経て2005年運用局長(2006年運用企画局長に再編)。守屋武昌の後任の事務次官に名前も挙がったが退官。
寺澤 辰麿(てらざわ たつまろ、1947年2月25日 - )… 寺澤 辰麿(てらざわ たつまろ、1947年2月25日 - )は、日本の財務官僚。血液型はO型。国税庁長官を経て横浜銀行頭取、コンコルディア・フィナンシャルグループ社長等を歴任した。 島根県出身。鳥取県立鳥取西高等学校を経て、1971年6月、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。同年7月に大蔵省入省(銀行局銀行課)。1972年8月、大阪国税局調査部。1974年7月、大臣官房付(外務研修)。1975年5月、外務省在アルゼンチン大使館三等書記官。同年7月、外務省在アルゼンチン大使館二等書記官。その後は主計局主計官補佐(農林水産第三係主査)、主計局主計官補佐(農林水産第一係主査)、竹下、宮澤、竹下(首相による兼任)、村山の各大蔵大臣秘書官事務取扱などを歴任。
本多 晃(ほんだ あきら、1947年(昭和22年)2月23日… 本多 晃(ほんだ あきら、1947年(昭和22年)2月23日 - 2019年(令和元年)5月27日)は、日本の政治家、国土交通官僚。元千葉県柏市長(第5代・4期)。 兵庫県出身。兵庫県立神戸高等学校、東京大学工学部都市工学科を卒業。 1971年、建設省(現国土交通省)入省。 1980年、建設省計画局国際課海外協力官としてインドネシアに派遣。 1989年、建設省都市局都市再開発課建設専門官就任。 1991年、柏市助役就任。 1993年10月、柏市助役を退任し、第5代柏市長に就任。 2009年8月、家族の健康の理由で5期目は立候補しないことを表明。 2019年5月、肺炎のため逝去。72歳没。
中川 雅治(なかがわ まさはる、1947年2月22日 - )… 中川 雅治(なかがわ まさはる、1947年2月22日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。自由民主党所属の参議院議員(3期)、自由民主党参議院議員副会長。
中川 昌郎(なかがわ よしお、1947年2月4日 - )は、… 中川 昌郎(なかがわ よしお、1947年2月4日 - )は、日本の外務官僚、中国研究者。 和歌山県新宮市に生まれる。慶應義塾大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程修了、1993年「中国指導者層の統計的分析 中国研究への多変量解析の導入」で法学博士。外務省に入省し、アジア局中国課、調査室を経て退職、京都外国語大学教授を務め、2017年退職。
筑紫 勝麿(ちくし かつまろ、1947年(昭和22年)1月3… 筑紫 勝麿(ちくし かつまろ、1947年(昭和22年)1月31日 - )は、日本の大蔵官僚。元財務省造幣局長。
松尾 徹人(まつお てつと、1947年(昭和22年)1月19… 松尾 徹人(まつお てつと、1947年(昭和22年)1月19日 - 2011年(平成23年)7月28日)は、日本の官僚、政治家。高知市長。山口県光市光井出身。 株式会社三翠園代表取締役社長、高知県ボウリング連盟会長も務めた。
杉井 孝(すぎい たかし、1947年1月14日 - )は、日… 杉井 孝(すぎい たかし、1947年1月14日 - )は、日本の大蔵官僚、弁護士。血液型はO型。 1965年愛知県立時習館高等学校を卒業し、1969年東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。大蔵省に入省する。在学中に旧司法試験を一番の成績で合格し、国家公務員上級甲種試験(法律)も上位で合格。1973年 主計局総務課の企画係長となり、直属の上司に吉野良彦、主査に斎藤次郎がおり、後に主計人脈の首領的存在になる二人の知遇を得た。1974年 岸和田税務署長。主計官補佐(厚生係主査)、主計局総務課課長補佐などを経て、1989年 主計局主計官、1992年 大臣官房秘書課長となるなど、有力な事務次官候補であった。
太田 省三(おおた しょうぞう、1947年1月2日 - )は… 太田 省三(おおた しょうぞう、1947年1月2日 - )は日本の大蔵官僚。大臣官房地方課長、関東信越国税局長、関税局長心得兼大臣官房審議官(関税局担当)、大臣官房審議官(大臣官房担当)、印刷局長、特別認可法人生物系特定産業技術研究推進機構理事長、株式会社東京金融取引所代表取締役社長などを歴任。血液型はA型。 大阪府出身(父母は福岡県)。大阪府立北野高等学校、東京大学法学部卒業。1969年 大蔵省入省(証券局企業財務第一課)。1974年7月 大牟田税務署長。1975年7月 沼津税務署長。主計局主計官補佐(労働第一、二係主査)、主計局主計官補佐(地方財政第一、二、補助金係主査)、大臣官房企画官兼大臣官房文書課法令審査室長、総務庁行政管理局管理官(定員総括、特殊法人総括、外務省)、主計局主計企画官、主計局主計官(地方財政、補助金、大蔵担当)などを務める。
戸苅 利和(とかり としかず、1947年 - )は、日本の官… 戸苅 利和(とかり としかず、1947年 - )は、日本の官僚、厚生労働省元事務次官 1947年に、埼玉県に生まれる。埼玉県立熊谷高等学校、.東京大学経済学部出身。 1971年に労働省に入省。2001年に厚生労働省大臣官房長、2002年に職業安定局長、2004年に厚生労働省事務次官になる。2007年に高齢・障害者雇用支援機構理事長、2008年法政大学大学院客員教授、2011年財形住宅金融株式会社代表取締役会長、2014年日本看護家政紹介事業協会会長、2018年キャノン電子社外取締役、2021年スタートライン株式会社社外取締役
大田 晋(おおた しん、1947年 - )は、日本の元厚生官… 大田 晋(おおた しん、1947年 - )は、日本の元厚生官僚、広島市元助役、川崎医療福祉大学元教授である。広島県出身。 広島県広島基町高等学校(現・広島市立基町高等学校)を経て、1971年に東京大学法学部を卒業し、厚生省に入省。1973年から2年間、フランスのリヨン大学大学院に留学した。 1980年から3年間、広島市に出向した。1994年9月、環境庁大気保全局企画課長。1996年に広島市助役に就任した。 1999年、自由民主党推薦で広島市長選に出馬したが、落選。2003年にも自民党推薦で出馬したが、秋葉忠利に破れ落選。 1999年10月に川崎医療福祉大学教授に就任。2015年3月末で同大を退職。
宇田川 新一(うだがわ しんいち、1947年 - )は、日本… 宇田川 新一(うだがわ しんいち、1947年 - )は、日本の防衛官僚。防衛施設庁次長や、防衛庁人事教育局長、防衛庁契約本部長を務めた。退官後、財団法人防衛調達基盤整備協会理事長。 千葉県出身。1971年中央大学法学部卒業、防衛庁入庁、長官官房総務課。1997年防衛施設庁横浜防衛施設局長。1998年防衛庁調達実施本部副本部長。2000年防衛施設庁次長。2002年防衛庁人事教育局長。2003年防衛庁契約本部長。2005年退官、財団法人防衛調達基盤整備協会理事長。2017年瑞宝中綬章受章。
上杉 秋則(うえすぎ あきのり、1947年 - )は、日本の… 上杉 秋則(うえすぎ あきのり、1947年 - )は、日本の公取官僚・法学者。専門は独占禁止法。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所東京オフィスシニアコンサルタント。公正取引委員会審査局長、公正取引委員会経済取引局長、第5代公正取引委員会事務総長を歴任。複数人での共同の筆名は大野 金一郎(おおの きんいちろう)。2017年瑞宝重光章受章。 東京大学法学部卒業、ペンシルベニア大学ロースクール修了、LL.M.の学位を取得。 公正取引委員会事務局に採用後、官房審議官を経て、審査局や経済取引局にて局長に就任、その後、第5代公正取引委員会事務総長に就任した。
重松 博之(しげまつ ひろゆき、1947年 - )は、日本の… 重松 博之(しげまつ ひろゆき、1947年 - )は、日本の官僚。元会計検査院長。徳島県出身。 東京大学経済学部卒業後、1972年会計検査院に採用。1987年に監理課長。各局課長を経て、1996年官房総務課長。2002年に第4局長。2004年に事務総長となる。4年間在任。2009年辞職し会計検査院検査官に。2011年会計検査院長となり2012年定年退官。
中島 茂幸(なかしま しげゆき、1947年 - )は、日本の… 中島 茂幸(なかしま しげゆき、1947年 - )は、日本の会計学者・元官僚。税理士。北海商科大学名誉教授。中島茂幸税理士事務所長。北海道出身。 日本大学商学部卒業後、国税庁入庁。国税庁税務大学校教官、東京国税局管内税務署法人税統括官などを経て、1990年東京国税局退官後、北海学園北見短期大学商学科助教授。中島茂幸税理士事務所を設立。1994年同商学科教授。2004年北海学園北見大学商学部教授。2006年より北海商科大学商学部教授。2009年北海商科大学大学院商学研究科教授。2015年北海商科大学定年退職。同名誉教授。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
山本 順二(やまもと じゅんじ、1947年 - )は、日本の… 山本 順二(やまもと じゅんじ、1947年 - )は、日本の元文部官僚。学校法人文化学園理事。 1970年3月、早稲田大学教育学部社会科卒業後、行政管理庁に入庁する。国家公務員採用上級甲種試験に合格し、1974年(昭和49年)に文部省入省。文部省大臣官房広報室長、内閣官房内閣審議官(初等中等教育局視学官兼任)、文部省大臣官房統計企画課長、奈良先端科学技術大学院大学事務局長、長崎大学事務局長などを経て、東京農工大学理事・副学長を最後に同省を退官した。2006年4月より独立行政法人大学評価・学位授与機構理事。2008年4月より現職となった。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
宮島 彰(みやじま あきら、1947年 - )は、日本の官僚… 宮島 彰(みやじま あきら、1947年 - )は、日本の官僚。富山県出身。元厚生労働省医薬局長。医薬品、医療機器の審査等を行う独立行政法人医薬品医療機器総合機構前理事長。
辻 哲夫(つじ てつお、1947年(昭和22年) - )は、… 辻 哲夫(つじ てつお、1947年(昭和22年) - )は、日本の官僚。田園調布学園大学教授を経て、現在東京大学特任教授、株式会社麻生監査役。元厚生労働事務次官。兵庫県出身。
山田 重行(やまだ しげゆき、1946年12月 - )は、日… 山田 重行(やまだ しげゆき、1946年12月 - )は、日本の厚生官僚、衛生学者(公衆衛生学・健康科学・基礎看護学)。学位は薬学修士(静岡薬科大学・1971年)、医学博士(浜松医科大学)。現在は、千葉大学看護学部教授。 静岡薬科大学の薬学部製薬学科にて薬学を修め、1969年に卒業した。卒業後は同大学の大学院に進み、薬学研究科にて修士課程を修了し、薬学修士号を取得した。 1976年から浜松医科大学の医学部にて助手を務めた。1991年、国立公衆衛生院にて室長に就任した。その後、千葉大学に転じ、看護学部看護学科にて教授を務めている。 大学生時代は製薬学科に在籍しており、薬品物理化学など物理系薬学を中心に学んでいた。
宮村 智(みやむら さとる、1946年(昭和21年)11月2… 宮村 智(みやむら さとる、1946年(昭和21年)11月26日 - )は、三重県出身の元大蔵官僚。 中川雅治(参議院議員)、増原義剛(前衆議院議員)が同期入省者である。1969年入省組は次官レースのトップを走っていた杉井孝(弁護士)が不祥事で辞職したこともあり、財務事務次官が出なかった。
縄野 克彦(なわの かつひこ、1946年11月16日 - … 縄野 克彦(なわの かつひこ、1946年11月16日 - )は、日本の運輸官僚。海上保安庁長官などを務めた。 福島県福島市出身。1969年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省した。1999年7月に自動車交通局長を経て、2001年1月に海上保安庁長官に就任。海上保安庁長官在任中の2001年12月に九州南西海域工作船事件が発生し、対応に当たった。 2006年4月に日本航空上席執行役員に就任し、同年6月に常務を経て、2007年4月には副社長に就任した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
塚本 壽雄(つかもと ひさお、1946年(昭和21年)10月… 塚本 壽雄(つかもと ひさお、1946年(昭和21年)10月31日 - )は、日本の官僚。前早稲田大学大学院公共経営研究科教授。元総務省行政評価局長。滋賀県出身。
坂野 泰治(ばんの たいじ、1946年10月19日 - )は… 坂野 泰治(ばんの たいじ、1946年10月19日 - )は、愛知県出身の官僚。社会保険庁長官。NHK監事などを歴任。 愛知県出身。愛知県立旭丘高等学校を経て、京都大学法学部卒業後、1969年に行政管理庁入庁。後藤田正晴行政管理庁長官(その後、総務庁長官)の秘書官事務取扱、総務庁行政管理局企画調整課長、行政管理局長などを経て、道路関係四公団民営化推進委員会設立準備室長などを務めた。その後、社団法人行政情報システム研究所(総務省の外郭団体)理事長に就任、日本放送協会に移り同監事。 2007年、柳澤伯夫厚生労働大臣による村瀬清司(社会保険庁長官)更迭に際し、社会保険庁長官に就任した。 前述した役職のほかに、内閣官房内閣審議官などの要職を歴任している。
柳澤 協二(やなぎさわ きょうじ、1946年〈昭和21年〉1… 柳澤 協二(やなぎさわ きょうじ、1946年〈昭和21年〉10月14日 - )は、日本の防衛官僚。NPO法人国際地政学研究所理事長、新外交イニシアティブ理事、自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会代表。 防衛庁運用局長、防衛庁人事教育局長、官房長、防衛研究所所長、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)などを歴任した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
遠藤 昭雄(えんどう あきお、1946年9月21日 - )は… 遠藤 昭雄(えんどう あきお、1946年9月21日 - )は、日本の元文部官僚。文部科学省研究振興局長、国立教育政策研究所所長、国立大学財務・経営センター理事長を歴任。北海道出身。 北海道出身。北海道大学法学部卒業後、1970年 文部省入省。初等中等教育局財務課に配属される。1972年6月 大学学術局高等教育計画課。教育助成局教職員課長、体育局体育課長を経て、1995年7月 大臣官房総務課長。1996年7月 大臣官房審議官(初等中等教育局担当)。1997年7月 文化庁次長、1998年 体育局長、2000年 学術国際局長。2001年1月6日 中央省庁再編により、文部科学省研究振興局長(初代)。その後、国立教育政策研究所長、国立大学財務・経営センター理事長、第一生命顧問を務めた。
舩橋 晴雄(ふなばし はるお、1946年(昭和21年)9月1… 舩橋 晴雄(ふなばし はるお、1946年(昭和21年)9月19日 - )は、日本の官僚。元国土交通審議官。シリウス・インスティテュート代表取締役。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
風岡 典之(かざおか のりゆき、1946年(昭和21年)9月… 風岡 典之(かざおか のりゆき、1946年(昭和21年)9月15日 - )は、日本の建設・国土交通官僚。国土交通審議官、国土交通事務次官、宮内庁次長、宮内庁長官を歴任。新潟県出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
田中 純(たなか じゅん、1946年(昭和21年)8月28日… 田中 純(たなか じゅん、1946年(昭和21年)8月28日 - )は、日本の政治家、元大蔵官僚。元行橋市長(2期)、元福岡県議会議員(1期)。 福岡県立京都高等学校、京都大学教育学部卒業。1971年(昭和46年)、大蔵省入省。関東財務局上席調査官、外務省在ブラジル日本大使館一等書記官等を歴任。1988年(昭和63年)、初めて行橋市長選挙に立候補し落選。以後同市長選挙に2010年(平成22年)まで7回連続で挑むもいずれも落選した。 2011年(平成23年)、福岡県議会議員選挙に無所属で立候補し現職を破って初当選。 2014年(平成26年)3月2日に投開票が行われた行橋市長選挙に県議を辞職して立候補(自民、民主推薦)。
富岡 賢治(とみおか けんじ、1946年(昭和21年)8月2… 富岡 賢治(とみおか けんじ、1946年(昭和21年)8月20日 - )は、日本の政治家、文部官僚。群馬県高崎市長(3期)。国立教育研究所所長、日本国際教育協会理事長、群馬県立女子大学学長等を歴任した。 群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1969年、大学を卒業し文部省(現文部科学省)に入省した(日本ユネスコ国内委員会事務局文化課)。1970年4月、日本ユネスコ国内委員会事務局総務課。1976年4月、初等中等教育局中学校教育課生徒指導係長。1978年4月、岐阜県教育委員会学校指導課長。1981年、外務省へ出向し、駐フランス日本大使館で一等書記官を務める。
坂東 眞理子(ばんどう まりこ、1946年8月17日 - )… 坂東 眞理子(ばんどう まりこ、1946年8月17日 - )は、日本の婦人問題評論家、元官僚。 第5代学校法人昭和女子大学総長。朝日生命保険相互会社役員。社団法人農山漁村女性・生活活動支援協会会長。 富山県出身。富山県立富山中部高等学校を経て、東京大学文学部心理学科卒業後、1969年総理府に入省。1975年総理府婦人問題担当室(男女共同参画室の前身)に入室、当時最年少の担当官だった。1978年に日本初の「婦人白書」の執筆を担当した。1980年よりハーバード大学へ留学。帰国後、統計局消費統計課長、埼玉県副知事、在豪州ブリスベン総領事(女性初の総領事)、総理府男女共同参画室長などを歴任。2001年には内閣府男女共同参画局の初代局長を経て2003年に退官。
首藤 新悟(しゅとう しんご、1946年8月14日 - )は… 首藤 新悟(しゅとう しんご、1946年8月14日 - )は、日本の防衛官僚。防衛研究所長等を経て、防衛庁防衛局長を最後に退官し、財団法人防衛調達基盤整備協会理事長等を務めた。 大分県出身。1969年に一橋大学商学部を卒業して、防衛庁(のちの防衛省)に入庁。 2001年自衛隊法改正時の防衛局長であり、改正にあたり新設された「防衛秘密の漏洩」につき、三矢研究のようなものも含め、幕僚が深く研究している内容も防衛秘密(自衛隊法第96条の2)の対象となりうるとの解釈を示した。また、自衛隊員らに秘密を漏洩させる「教唆」(自衛隊法第118条第2項)については、国民の関心のあるものを取材しようとする報道関係者の取材活動は、当然のことであり、罰せられないとの解釈を示した。
石川 裕己(いしかわ ひろき、1946年8月7日 - )は、… 石川 裕己(いしかわ ひろき、1946年8月7日 - )は、日本の国土交通官僚。海上保安庁長官、鉄道建設・運輸施設整備支援機構理事長を務めた。千葉県木更津市出身。 1965年に戸山高等学校を経て、1971年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。1997年に大臣官房審議官、2001年に鉄道局長、2003年に航空局長を歴任し、2004年7月から2007年6月までに海上保安庁長官を務めた。2008年4月から2015年6月までに鉄道建設・運輸施設整備支援機構理事長を務めた。 2018年4月に瑞宝重光章を受章。
松井 浩(まつい ひろし、1946年8月6日 - )は、日本… 松井 浩(まつい ひろし、1946年8月6日 - )は、日本の郵政官僚。元株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ代表取締役副社長。元総務審議官、元総務省郵政事業庁長官。 京都府出身。東京大学法学部卒業。1968年郵政省入省。郵政省貯金局長等を経て、2002年総務省郵政事業庁長官。2003年総務審議官。2005年財団法人郵便貯金振興会理事長。2007年株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ顧問。2008年株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ代表取締役副社長(CSR、支店(関東甲信越)担当)。2012年退任。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
板倉 英則(いたくら ひでのり、1946年8月 - )は、日… 板倉 英則(いたくら ひでのり、1946年8月 - )は、日本の官僚。愛知県豊川市出身。 1965年愛知県立時習館高校卒業、1969年東京大学法学部卒業。同年建設省入省、都市計画課長、人事課長、道路局次長、都市・地域整備局長、国土交通審議官などを歴任した後、2005年7月から日本下水道事業団理事長。2009年7月(一財)不動産適正取引推進機構理事長、また2015年5月には(公財)都市計画協会会長に就任した。2016年11月、瑞宝重光章を受章。
植村 昭三(うえむら しょうぞう、1946年7月29日 - … 植村 昭三(うえむら しょうぞう、1946年7月29日 - )は、日本の経産官僚、弁理士。世界知的所有権機関(WIPO)事務局次長、特許庁審査第四部長、東京大学先端科学技術研究センター客員教授を歴任。 1998年8月から、WIPOにおける初めての日本人事務局次長として、著作権をはじめとする知的財産権の規範作成や、エンフォースメントを担当した。
中村 利雄(なかむら としお、1946年7月22日 - )は… 中村 利雄(なかむら としお、1946年7月22日 - )は、日本の元経産官僚。中小企業庁長官、2005年日本国際博覧会協会事務総長、日本商工会議所専務理事、イベント学会会長などを歴任。 愛知県名古屋市出身。1965年、愛知県立瑞陵高等学校卒業。1970年に名古屋大学法学部法律学科を卒業し、同年通商産業省に入省。米国シカゴや鹿児島県庁での勤務等を経て、1995年大臣官房会計課長。1996年資源エネルギー庁石炭部長、1997年中小企業庁次長、1998年大臣官房総務審議官(現・総括審議官)、1999年貿易局長。2000年中小企業庁長官に就任し、2001年7月経済産業省を退官した。通産省及び経産省において、名古屋大学出身者が局長ポストに就いたのは、中村が初めてである。
伊達木 瀧之助(だてき たきのすけ、1946年7月20日 -… 伊達木 瀧之助(だてき たきのすけ、1946年7月20日 - )は、日本の労働官僚、統計学者。元総務庁統計局統計調査部長、長崎県立大学副学長。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、京都大学理学部数学科卒業後、労働省に入省。後に総務庁に転じ、統計局統計調査部企画課長を経て、1998年統計調査部長。総務庁退官後、2000年に長崎県立大学教授となり、2001年に同大学経済学部経済学科長。2002年には平山祐次学長の指名を受けて副学長に就任した。同大学では統計データの分析を通じて社会経済動向を実証する研究に従事した。教育開発センター長などを歴任し、2012年に退官、名誉教授。2016年に瑞宝小綬章を受章。
大武 健一郎(おおたけ けんいちろう、1946年(昭和21年… 大武 健一郎(おおたけ けんいちろう、1946年(昭和21年)7月10日 - )は、日本の官僚。元国税庁長官。ビジネス・ブレークスルー大学大学院教授。東京都出身[3]。
濱田弘二(はまだ こうじ、1946年6月30日 - )は日本… 濱田弘二(はまだ こうじ、1946年6月30日 - )は日本の郵政・総務官僚。郵政審議官、初代総務審議官(国際担当)などを歴任。 大阪府出身。東京大学法学部卒業。1969年 郵政省入省。1971年 大蔵省主計局法規課へ出向。1997年 郵政省大臣官房総務審議官。1998年6月19日 郵政省郵務局長。2000年6月27日 郵政審議官。2001年1月6日 総務審議官(国際担当)。同年7月6日 退官。大和総研顧問(〜2003年6月)。2003年7月 宇宙通信副社長(〜2004年6月)。2004年7月 国際通信経済研究所理事長。
荒井 聰(あらい さとし、1946年〈昭和21年〉5月27日… 荒井 聰(あらい さとし、1946年〈昭和21年〉5月27日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚(農業土木技官)。立憲民主党所属。学校法人札幌慈恵学園理事長。報道等では荒井 聡の表記も用いられる。 衆議院議員(8期)、国家戦略担当大臣、内閣府特命担当大臣(経済財政政策、消費者及び食品安全)、内閣総理大臣補佐官(鳩山由紀夫内閣)、衆議院内閣委員長、衆議院災害対策特別委員長、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、議院決算行政監視委員長、民主党北海道総支部連合会代表、日本新党代表幹事(初代)、原子力問題調査特別委員会野党筆頭理事等を歴任。 札幌商業高等学校の教員等を経て学校法人札幌慈恵学園を創設した荒井龍雄は父。
太田 信一郎(おおた しんいちろう、1946年(昭和21年)… 太田 信一郎(おおた しんいちろう、1946年(昭和21年)5月13日 - )は、日本の官僚。電源開発副社長。元特許庁長官。東京都出身。
鍋倉 眞一 (なべくら しんいち、1946年(昭和21年)4… 鍋倉 眞一 (なべくら しんいち、1946年(昭和21年)4月21日 - )は、日本の郵政官僚。 宮崎県出身。東京都立戸山高等学校、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。郵政省(現総務省)に入省。 2009年より郵便事業会社取締役社長を務めた後、2012年、郵便事業会社と郵便局会社の統合により発足した日本郵便初代社長に就任する。2013年に退任後、2014年まで同社の顧問を務めた。 現在は情報セキュリティ会社「セフィアソフト」の最高顧問を務める。
久米重治(くめ じゅうじ、1946年3月1日 - 2008年… 久米重治(くめ じゅうじ、1946年3月1日 - 2008年5月9日)は日本の大蔵官僚。横浜税関長、大臣官房審議官(関税局担当)、印刷局長などを歴任。趣味はスポーツ観戦。血液型はB型。 大阪府泉南郡出身(父は徳島県、母は三重県)。大阪府立北野高等学校、東京大学法学部卒業。1968年 大蔵省に入省(理財局資金課)。1973年7月 大館税務署長。外務省在インド日本大使館勤務、理財局国有財産総括課長補佐(総括・総務・審査)、理財局資金第一課長補佐、大阪税関総務部長、理財局総務課たばこ塩事業室長、東京税関総務部長などを経て、1991年6月 経済企画庁総合計画局計画課長。1993年6月25日 横浜税関長。
西村 正紀(にしむら まさき、1946年〈昭和21年〉2月1… 西村 正紀(にしむら まさき、1946年〈昭和21年〉2月17日 - )は、日本の総務官僚である。行政管理庁に入庁後、総務事務次官となり、会計検査院長となった。岡山県新見市出身。 1946年(昭和21年)岡山県新見市で出生する。地元の岡山県立新見高等学校へ進学し、1964年(昭和39年)同校を卒業する。同年、京都大学法学部へ進学し、1968年(昭和43年)同大学を卒業する。 京大卒業後、行政管理庁(現:総務省)へ入庁する。その後、1984年(昭和59年)に行政管理庁が総務庁となり、1987年(昭和62年)同庁の行政監察局監察官となる。1989年(平成元年)には、行政管理局管理官となり、政情報システム企画課長、企画調整課長、会計課長、中部管区行政監察局長を経て、1996年(平成8年)7月、50歳のときに、総務庁官房審議官となる。
樋口 久俊(ひぐち ひさとし、1946年〈昭和21年〉2月1… 樋口 久俊(ひぐち ひさとし、1946年〈昭和21年〉2月12日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。元佐賀県鹿島市長(3期)。 佐賀県鹿島市出身。1964年(昭和39年)3月、佐賀県立鹿島高等学校卒業。1969年(昭和44年)6月、東京大学法学部(私法)卒業。そのまま学士入学し、1970年(昭和45年)3月、東京大学法学部(公法)卒業。同年4月、農林水産省に入省。2001年(平成13年)1月、退官。2002年(平成14年)4月から2004年(平成16年)3月まで神田外語大学の客員教授を務めた。 2003年(平成15年)4月13日に行われた佐賀県知事選挙に出馬し落選。 2010年(平成22年)4月11日公示、4月18日投票の鹿島市長選挙で無投票で初当選。
丸山 和也(まるやま かずや、1946年〈昭和21年〉1月2… 丸山 和也(まるやま かずや、1946年〈昭和21年〉1月23日 - )は、日本の元政治家、元法務官僚、弁護士(登録番号:13673、第一東京弁護士会)、タレント、演歌歌手。自由民主党所属の前参議院議員(2期)。弁護士法人丸山総合法律事務所代表。 兵庫県揖保郡新宮町(現たつの市)出身。現在、東京都在住。A型。身長166cm。家族は妻と長女。 兵庫県立龍野高等学校を経て1969年に早稲田大学法学部を卒業。国家公務員上級甲種試験に合格し、法務省職員となる。1970年に司法試験に合格。1976年4月にはワシントン大学ロースクールに入学。卒業後、ロサンゼルスの法律事務所に3年間勤務。1980年に日本に帰国。
溝口 善兵衛(みぞぐち ぜんべえ、1946年(昭和21年)1… 溝口 善兵衛(みぞぐち ぜんべえ、1946年(昭和21年)1月20日 - 2024年(令和6年)8月20日)は、日本の大蔵・財務官僚、政治家。島根県知事(3期)。血液型はB型。 島根県益田市生まれ。島根県立益田高等学校、東京大学経済学部卒業。1968年4月、大蔵省に入省し、理財局総務課に配属された。鳥取税務署長などを務めた後、1977年より在ドイツ連邦共和国(西ドイツ)日本大使館に勤務(当初は二等書記官、のち一等書記官)。斎藤次郎は大使館時代の上司。1980年7月に大蔵省へ戻り、主計局主計官補佐(地方財政、補助金係主査)となる。溝口の主計官補佐(主査)への就任は斎藤の口添えがあったものだとされている。
鈴木康司(すずき こうじ、1946年1月19日 - )は日本… 鈴木康司(すずき こうじ、1946年1月19日 - )は日本の大蔵官僚、弁護士。血液型はB型。 北海道小樽市出身(父母も北海道)。北海道小樽潮陵高等学校、東京大学法学部卒業。1968年4月 大蔵省入省(国有財産局総務課)。同年6月 理財局国有財産総括課。1973年7月 潮来税務署長。1995年6月20日 関東財務局長。1996年1月5日 退官。1997年1月 (株)内外政策研究会代表。2002年に弁護士登録。2015年6月 越後交通(株)社外取締役。
一柳 良雄(いちりゅう よしお 1946年1月3日 - )は… 一柳 良雄(いちりゅう よしお 1946年1月3日 - )は、日本の経営コンサルタント・元通産官僚。 ”志・情熱・信頼”をモットーに、志を共有する仲間と日本(社会)をよくすることを究極の目標として、 経営戦略コンサル、行政・政治との橋渡しをする政策規制コンサル、若者の夢を育てるベンチャー支援を行う。 さらには人材育成にも注力し、 次世代を牽引せんとする情熱と志を持ったリーダーたちを育成する経営塾・一流塾を主宰。 テレビキャスターも務める。 若者が夢を持って頑張る活力ある社会と世界から尊敬される日本の実現を目指して、 自由闊達なコミュニケーション及び進取の気性とチャレンジ精神とを根幹において 三方良しの考えで、次の事業を行う。
堀田 隆夫(ほった たかお、1946年(昭和21年)1月1日… 堀田 隆夫(ほった たかお、1946年(昭和21年)1月1日 - )は、日本の元・大蔵官僚。元大蔵省造幣局長。血液型はB型。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。