福岡 正夫(ふくおか まさお、1924年7月7日 - 202… 福岡 正夫(ふくおか まさお、1924年7月7日 - 2023年7月20日)は、日本の経済学者。慶應義塾大学名誉教授、宇都宮共和大学名誉教授。 1924年に東京都に生まれる。第一東京市立中学を経て1947年に慶應義塾大学経済学部を卒業。卒業後、慶應義塾大学経済学部助手に就任。1952年に助教授、1960年に教授に昇任。1953年から1955年までハーバード大学、1966年から1968年までケンブリッジ大学で在外研究を行った。1990年に慶應義塾大学を定年退職、同名誉教授。その後、創価大学教授・関東学園大学教授・那須大学(現・宇都宮共和大学)教授を歴任。1977年から1979年まで理論・計量経済学会会長を務めた。
暉峻 衆三(てるおか しゅうぞう、1924年〈大正13年〉6… 暉峻 衆三(てるおか しゅうぞう、1924年〈大正13年〉6月26日 - 2023年〈令和5年〉12月22日)は、日本の経済学者。専門は農業経済学。学位は、農学博士(東京大学・論文博士・1984年)(学位論文『日本農業問題の展開』)。東京教育大学教授・信州大学教授・宇都宮大学教授・東亜大学教授を歴任。 暉峻義等の次男。妻は暉峻淑子。長男は暉峻創三。 岡山県倉敷市出身。1943年東京帝国大学に入学。1944年学徒動員により入隊し、陸軍経理学校に入る。1945年8月12日、原爆投下後の広島市に入る。 1947年東京帝国大学農学部農業経済学科卒業。1984年『日本農業問題の展開』で東京大学より農学博士の学位を取得。
長 幸男(ちょう ゆきお、1924年(大正13年)6月14日… 長 幸男(ちょう ゆきお、1924年(大正13年)6月14日 - 2007年(平成19年)1月30日)は、日本の経済学者。 東京出身。東京帝国大学経済学部卒。妻は武田清子。高崎市立短期大学助教授、専修大学助教授、教授、1970年東京外国語大学教授。1985-1989年学長。1993年多摩大学教授。1999年秋、勲二等瑞宝章受勲。 大塚久雄の影響を受け、近代日本の経済思想史、金融論を研究、東洋経済新報社刊の『石橋湛山全集』を編纂した。
行沢 健三(ゆきざわ けんぞう、1924年5月8日 - 19… 行沢 健三(ゆきざわ けんぞう、1924年5月8日 - 1980年2月8日)は、日本の経済学者。 京都生まれ。1946年京都帝国大学経済学部卒、関西学院大学助教授、教授、1960年「国際経済学序説」で経済学博士(関西学院大学)。1978年京都大学経済研究所所長となるが、在任中に55歳で死去した。1976年『労働生産性の国際比較』で日経・経済図書文化賞受賞。
大塚 達雄(おおつか たつお、1924年4月14日 - 19… 大塚 達雄(おおつか たつお、1924年4月14日 - 1999年7月26日)は、日本の労働経済学者、福祉事業家。 1949年に同志社大学法経学部経済学科卒、1948年-1954年に京都社会福祉研究所、京都府社会福祉協議会、京都市民生局などで社会福祉事業に携わる。1954年に同志社大学文学部社会学科助手、講師、助教授、1964年に教授、1990年に名誉教授。1955年、京都YMCAによって第一回肢体不自由児療育キャンプが琵琶湖畔の佐波江で行われた際に関わった事をきっかけとして、障害児の療育キャンプ(きゅうそキャンプ)を実施。のちに京都障害児福祉協会を設立し、理事長を務めた。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。
守田 志郎(もりた しろう、1924年4月3日 - 1977… 守田 志郎(もりた しろう、1924年4月3日 - 1977年9月6日)は、日本の農業経済学者。 シドニー生まれ。1943年成城学園成城高等学校卒業。1946年東京帝国大学農学部農業経済学科卒業。1950年まで農林技官。1954年東京大学大学院農業経済学科修了。1952年財団法人協同組合経営研究所研究員。1961年「明治期における地主経済の展開と地方資本」で、農学博士(東京大学)の学位を取得。1968年暁星商業短期大学(現・新潟中央短期大学)教授。1972年名城大学商学部教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
辻村 江太郎(つじむら こうたろう、1924年1月20日 -… 辻村 江太郎(つじむら こうたろう、1924年1月20日 - 2019年 )は、日本の近代経済学者。専門は理論経済学、計量経済学。慶應義塾大学名誉教授。神奈川県生まれ。日本の計量経済学的分析の草分けである。 「実証科学」を信条とし[要出典]、理論経済学を応用した研究は多岐にわたる。日本経済の一般的相互依存関係、初期研究としてはエンゲル係数などで知られる消費者行動理論等を研究し、多くの業績を残す。辻村と尾崎巌と小尾恵一郎は慶応大学の計量経済学・統計学の三羽烏と呼ばれた。マネタリズムをはじめとする新自由主義経済学には否定的立場をとった[要出典]。 その研究は日本のみならず、国際的評価を受けた。1968年に『消費構造と物価』(勁草書房)で日経・経済図書文化賞、1974年に『日本経済の一般均衡分析』(筑摩書房)でエコノミスト賞、1981年に『Economic Policy and General Interdependence』(Kogaku-sha)で福沢賞、1997年に日本統計学会賞を受賞する。
大迫 輝通(おおさこ てるみち、1924年(大正13年)1月… 大迫 輝通(おおさこ てるみち、1924年(大正13年)1月8日 - 2022年(令和4年)11月30日)は、日本の経済学者。岐阜経済大学名誉教授。日本やアジアの養蚕を専門分野とした。 1924年(大正13年)京都府に生まれる。1954年(昭和29年)から奈良育英学園勤務。1966年(昭和41年)立命館大学大学院文学研究科を卒業後、1967年(昭和42年)岐阜経済大学講師。翌1968年(昭和43年)同大助教授、1972年(昭和47年)教授。後に経済学部学部長も務めた。 2022年(令和4年)11月30日、老衰のため死去、98歳。
本間 要一郎(ほんま よういちろう、1924年1月5日- )… 本間 要一郎(ほんま よういちろう、1924年1月5日- )は、日本のマルクス経済学者。横浜国立大学名誉教授。高島善哉門下。 新潟県出身。1942年旧制東京商科大学(現一橋大学)予科入学。小平市の一橋寮に入寮し食堂部長などを務めた。寮の同期に関恒義(一橋大学名誉教授)がいる。クラスの同級生に速水優(元日本銀行総裁)、川勝堅二(元三和銀行頭取)、岡稔(元一橋大学教授)などが、他クラスの同期に久米明などがいた。岡とは報国団哲学研究班でともに学び、学部進学後も岡の入隊まで同じ下宿に住んだ。1944年に寮を軍に明渡し国立市の一橋寮に移転し、勤労動員で日野重工業の社宅に住んだ。その後北海道派遣勤労報国隊の飛行場建設や、浜名湖周辺での乾田化作業に従事。
建元 正弘(たてもと まさひろ、1924年1月1日 - 19… 建元 正弘(たてもと まさひろ、1924年1月1日 - 1997年12月27日)は、日本の経済学者。専門は、近代経済学・国際経済学。学位は、経済学博士(大阪大学・1961年)。大阪大学名誉教授。岡山県出身。
池田 一新(いけだ いっしん、1924年〈大正13年〉 - … 池田 一新(いけだ いっしん、1924年〈大正13年〉 - 2017年〈平成29年〉9月11日)は、日本の経済学者(数理経済学)。日本における独占経済学の第一人者。
大熊 一郎(おおくま いちろう、1923年12月15日 - … 大熊 一郎(おおくま いちろう、1923年12月15日 - 1986年12月1日)は、日本の経済学者。 東京市浅草区(現台東区)浅草生まれ。1948年慶應義塾大学経済学部卒、大蔵省理財局調査部・大臣官房調査部勤務。1950年健康保険連合会勤務。1954年慶應義塾大学経済学部専任講師となる。同助教授を経て、1963年「フィスカル・ポリシーの理論構造」で経済学博士の学位を取得。同年慶大教授。62歳で在職中に死去した。
日高 普(ひだか ひろし、1923年10月28日 - 200… 日高 普(ひだか ひろし、1923年10月28日 - 2006年10月16日)は、日本の経済学者、文芸評論家。元法政大学経済学部教授、名誉教授。専攻は経済原論。経済学博士。 宇野学派のマルクス経済学者の一人。経済学の著作として『銀行資本の理論』『再生産表式論』や教科書『経済原論』『経済学』などがある。浜田新一の筆名で文芸評論・映画評論を執筆し、中村稔、吉行淳之介、いいだももらが参加した文芸同人誌「世代」(1946年7月創刊、1952年12月に17号で廃刊)の中心的存在だった。1953年に「第三の新人」と呼ばれた作家・批評家が『文學界』編集部のすすめで結成した「一二会」に参加した。書評家としても知られる。
山根 太郎(やまね たろう、1923年10月22日 - 19… 山根 太郎(やまね たろう、1923年10月22日 - 1979年1月6日)は、日本および米国の経済学者、統計学者。 1923年(大正12年)10月22日アメリカ合衆国ニューヨーク市で生まれる。アメリカ合衆国で小学校を終え帰国し、半年の日本語の補習ののち、1937年(昭和12年)青山学院中学部(旧制)1年に入学した。 昭和16年青山学院中学部 4年修了ののち、海軍兵学校(73期、昭和19年3月22日卒業)に進んだ。海軍特攻隊のパイロットとして出撃する直前に終戦を迎えた。終戦後の1946年東京産業大学(現一橋大学)本科に入学、49年に東京商科大学(1947年に東京産業大学から1944年以前の東京商科大学に名称を変更)を卒業した。
馬場 正雄(ばば まさお、1923年 <大正12年> 10月… 馬場 正雄(ばば まさお、1923年 <大正12年> 10月4日 - 1986年 <昭和61年> 10月27日)は、日本の経済学者。学位は、経済学博士(1962年)。元京都大学教授。位階は正四位。 滋賀県出身。京都大学経済学部卒、1962年「景気予測と企業行動」で経済学博士の学位を取得。和歌山大学講師、助教授、京都大学助教授、教授。1971年 - 1974年京都大学経済研究所所長、1986年に再任されるが、ほどなく63歳で死去。死没日付をもって正八位から従四位、正四位に進階し、勲二等瑞宝章を追贈された。
尾形 憲(おがた けん、1923年(大正12年)9月27日-… 尾形 憲(おがた けん、1923年(大正12年)9月27日-2017年(平成29年)1月21日)は、日本の経済学者、平和運動家。法政大学名誉教授。専門は教育経済論。 1923年(大正12年)9月27日、宮城県にて生まれる。宮城県立第一中学校、陸軍予科士官学校を経て陸軍航空士官学校(56期)を卒業し、陸軍中尉で終戦をむかえる。戦後、法政大学経済学部(通信制)に入学し、卒業後、同大学大学院に進み、教育経済学を専攻する。1982年(昭和57年)の全学集会で非核大学宣言をまとめ、翌年から公開講座『法政平和大学』をひらく。また、テロ特措法・海外派兵は違憲市民訴訟の会の世話人代表を務めた。 1995年の第17回参議院議員通常選挙に、環境政党「憲法みどり農の連帯」公認で東京都選挙区から出馬、落選。
作道 洋太郎(さくどう ようたろう、1923年(大正12年)… 作道 洋太郎(さくどう ようたろう、1923年(大正12年)9月23日 - 2005年(平成17年)2月4日)は、日本の経済学者・経営学者。専門は、日本経済史・経営史。学位は、経済学博士(大阪大学・1961年) この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
勝原 文夫(かつはら ふみお、1923年(大正12年)9月2… 勝原 文夫(かつはら ふみお、1923年(大正12年)9月20日 - 2017年(平成29年)4月24日[要出典])は、日本の風景学者、景観論者、農業経済学者、農学者、俳人。 東京府に生まれる。東京府立第六中学校(現・東京都立新宿高等学校)卒業後、1年の浪人を経て旧制東京府立高校に入学し、2年生のとき学徒出陣で輜重隊に入隊した。[要出典] 復学後に府立高校を卒業して[要出典]東京大学経済学部に進学し、農業経済学を専攻した。[要出典]1948年の大学卒業後、創立時の国立国会図書館調査局に入り、39年間在職して1987年に退職した。同年、農村風景論に関する著述活動により、第8回国立公園協会田村賞を受賞した。
菱山 泉(ひしやま いずみ、1923年8月1日 - 2007… 菱山 泉(ひしやま いずみ、1923年8月1日 - 2007年2月17日)は、日本の経済学者。京都大学名誉教授。専門は理論経済学。経済学博士(京都大学、1962年)。東京生まれ。 スラッファ経済学研究の大家として有名である。 1949年、京都大学経済学部卒業。1954年、京都大学経済学部講師、1957年11月、同助教授。1962年「重農学説と経済表の研究」により、経済学博士(京都大学)。1967年2月、同教授。1972年5月、京都大学経済学部長(1973年1月まで、1977年1月から1977年5月まで)。1987年、退官、京都大学名誉教授。同年、大阪産業大学経済学部教授。 1992年、福井県立大学経済学部教授。
黒川 俊雄(くろかわ としお、1923年7月31日-2013… 黒川 俊雄(くろかわ としお、1923年7月31日-2013年3月19日)は、日本の経済学者。
山本 弘文(やまもと ひろふみ、1923年(大正12年)7月… 山本 弘文(やまもと ひろふみ、1923年(大正12年)7月28日 - 2012年(平成24年)8月28日)は、日本の経済学者。法政大学名誉教授。 1923年(大正12)東京都生まれ。東京帝国大学経済学部在学中に学徒動員。敗戦で4年に渡りシベリア抑留された。ウィーン大学研究所、法政大学博士号(経済学博士)。法政大学学生部長、法政大学経済学部長、法政大学常務理事、法政大学名誉教授を歴任。 2012年(平成24)8月28日死去、89歳没。 近世交通史と比べるとやや遅れがちであった近代交通史の研究を牽引し、薩摩藩政改革史、とりわけ琉球沖縄の近世経済史に初めて科学的なメスを入れ、優れた先駆的な業績を数多く残した。
内田 忠夫(うちだ ただお、1923年(大正12年)7月25… 内田 忠夫(うちだ ただお、1923年(大正12年)7月25日 - 1986年(昭和61年)10月15日)は、日本の経済学者。専門は計量経済学。学位は、経済学博士(東北大学、1962年)(学位論文「計量経済学の方法とその日本経済への適用」)。東京大学名誉教授。正四位勲三等旭日中綬章。三重県川越町生まれ。 日本初のマクロ計量モデルを開発(渡部経彦(元大阪大学教授)らとの共同開発) この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
杉岡 碩夫(すぎおか せきお、1923年7月25日 - 20… 杉岡 碩夫(すぎおか せきお、1923年7月25日 - 2011年4月6日)は、日本の経済学者。専門は中小企業論。日本でいち早く地域主義を唱えた。 三重県生まれ。東京大学経済学部卒業。読売新聞社勤務、千葉大学法経学部教授、獨協大学経済学部教授、兵庫大学経済情報学部教授(1995年 - 1999年)などを経て、フリーの経済評論家。
森嶋 通夫(もりしま みちお、1923年7月18日 - 20… 森嶋 通夫(もりしま みちお、1923年7月18日 - 2004年7月13日)は、日本の経済学者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス名誉教授、同校サー・ジョン・ヒックス教授、大阪大学名誉教授。イギリス学士院会員。大阪府出身。 1923年に大阪市に生まれるが幼少期は神戸に在住し、1936年に神戸市の本山第一小学校を卒業する。七年制の旧制浪速高等学校を卒業後、1942年10月に京都帝国大学経済学部に進学する。大学在学中の1943年、学徒出陣により、20歳で徴兵される。1943年12月大日本帝国海軍に入隊し、海軍通信学校を出た後、長崎の大村航空隊へ配属。暗号解読を担当する少尉として赴任した。大村航空隊では、通信将校として、数多くの特攻隊との通信、沖縄に向かった戦艦大和との通信、沖縄戦の通信などを担当した。
二階堂 副包(にかいどう ふくかね、1923年6月28日 -… 二階堂 副包(にかいどう ふくかね、1923年6月28日 - 2001年8月23日)は、日本の経済学者。一橋大学名誉教授、東京国際大学名誉教授。専攻は数理経済学。理学博士(東京大学、1961年)。 東京府生まれ。工業専門学校卒業後、東京物理学校を経て、旧制高等学校出身者以外にも門戸を開いていた東北帝国大学理学部数学科に入学した。ところが太平洋戦争末期に徴兵で東京の連隊に入隊し、首都防衛のための高射砲部隊に配属され、仙台に戻ることが困難となった。そのため日本の降伏後は、新たに旧制高等学校出身者以外にも門戸を開いた東京大学理学部数学科を卒業。 卒業後は大蔵省に入省するも、数カ月で退官し高等学校教員に転じ、のち母校東京理科大学から招かれて大学教員となった。
服部 文男(はっとり ふみお、1923年6月28日 - 20… 服部 文男(はっとり ふみお、1923年6月28日 - 2007年12月30日)は、日本のマルクス経済学者。東北大学名誉教授。 大阪府生まれ。父は服部英太郎。第二高等学校卒、父英太郎の予防拘禁で東京に移り、1949年東京帝国大学経済学部卒、1962年「マルクス主義の形成と発展」で東北大学経済学博士。1955年東北大学経済学部講師、1957年助教授、1970年教授、経済学部長、1986年定年退官、名誉教授、宮城学院女子大学教授。
富塚 良三(とみづか りょうぞう、1923年5月15日 - … 富塚 良三(とみづか りょうぞう、1923年5月15日 - 2017年1月12日[要出典])は、日本のマルクス経済学者、中央大学名誉教授。千葉県生まれ。 千葉県生まれ。旧制第三高等学校を卒業し、京都大学文学部西洋史学科に入学。その後1949年東京大学経済学部卒業、指導教授は大河内一男。利潤率の傾向的低下の法則を証明したことでも有名。また、著書である「恐慌論研究」において均衡蓄積軌道論を提示し、再生産論および恐慌論の発展に寄与した。 東京大学在学中に山田盛太郎の再生産論を、大原社会問題研究所では久留間鮫造から資本論を学ぶ。福島大学に所属していたときに熊谷尚夫との間で繰り広げられた、「相対的過剰人口」での討論は、近代経済学、マルクス経済学の有意義な論争の一つである。
江村 稔(えむら みのる、1923年〈大正12年〉5月5日 … 江村 稔(えむら みのる、1923年〈大正12年〉5月5日 - 2017年〈平成29年〉11月6日)は、日本の経済学者。東京大学名誉教授。1999年に勲二等瑞宝章授与。位階は正四位。専門は監査会計。東京都杉並区出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
逸見 謙三(へんみ けんぞう、1923年5月 - )は、日本… 逸見 謙三(へんみ けんぞう、1923年5月 - )は、日本の農業経済学者。農学博士(1961年)。東京大学名誉教授、東洋英和女学院大学名誉教授。 1923年5月、東京都生まれ。1947年10月、東京大学農学部農業経済学科卒業。同1947年、農林省農業総合研究所。 1962年「世界農業の構造的不均衡」で農学博士の学位を取得。1962年1月東京大学助教授、1972年7月同大教授、1984年定年退官、名誉教授。亜細亜大学経済学部教授。1989年、東洋英和女学院大学社会科学部教授。
林 直道(はやし なおみち、1923年3月31日 - 202… 林 直道(はやし なおみち、1923年3月31日 - 2023年1月6日 )は、日本のマルクス経済学者・百人一首研究家。大阪市立大学名誉教授。専門は、恐慌論、日本経済論。関西勤労者教育協会副会長。百人一首について歌織物説を唱える。 1923年、大阪市に生まれる。1946年大阪商科大学卒。1977年野呂栄太郎賞受賞。1964年大阪市立大学教授、1974年「景気循環の研究」で大阪市大経済学博士。1983年同名誉教授、大阪経済法科大学教授。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
尾上 久雄(おのえ ひさお、1923年3月20日 - 201… 尾上 久雄(おのえ ひさお、1923年3月20日 - 2014年10月23日)は日本の経済学者。兵庫県姫路市出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
重富 健一(しげとみ けんいち、1923年3月16日 -20… 重富 健一(しげとみ けんいち、1923年3月16日 -2020年10月11日)は、日本の経済学者。専門は農業経済学。東洋大学名誉教授。 佐賀県生まれ。佐賀師範学校卒、1945年東京高等師範学校卒、1947年まで東京都立上野中学校(旧制)(現東京都立上野高等学校)教諭、1950年京都大学農学部卒、政治経済研究所研究員、1961年東洋大学経済学部専任講師、1962年助教授、1967年教授。1976年東洋大学理事。1979年評議員。1983年東洋大学経済研究所長。1992年退任、名誉教授。 全日本学生自治会総連合設立に関わり、日本共産党に入党した。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。
石垣 博美(いしがき ひろみ、1923年2月10日 - 20… 石垣 博美(いしがき ひろみ、1923年2月10日 - 2013年7月6日)は、日本の経済学者。北海道大学名誉教授。専門は国際経済学。経済学博士。 北海道に生まれる。1948年東京帝国大学経済学部卒業。同年、北海道大学法文学部助手。後に、北海道大学法経学部助手。1952年北海道大学法経学部助教授。1953年北海道大学経済学部助教授。1968年北海道大学経済学部教授。1973年北海道大学評議員に就任。1980年北海道大学経済学部長に就任。1981年文部省大学国際交流調査研究プロジェグト委員会委員。1984年大学基準協会国際交流委員会委員。1986年3月北海道大学停年退官。同名誉教授。北星学園大学経済学部教授。
寺尾 晃洋(てらお こうよう、1923年1月26日 - 20… 寺尾 晃洋(てらお こうよう、1923年1月26日 - 2003年6月23日)は、日本の経済学者。関西大学名誉教授。専門は、公企業論、水道事業論。商学博士(関西大学、1990年)。 公益事業学会理事、国際公共経済学会理事、京都市交通事業審議会委員、大山崎町・大阪府・吹田市・東大阪市・堺市・摂津市・川西市・豊中市の水道事業審議会委員、大阪市政調査会理事などを歴任。
恒松 制治(つねまつ せいじ、1923年(大正12年)1月2… 恒松 制治(つねまつ せいじ、1923年(大正12年)1月21日 - 2011年(平成23年)7月23日)は、日本の経済学者、政治家。島根県知事(3期)。第5代獨協大学学長。連邦制・道州制を提唱。戦国武将で尼子氏の家臣・立原久綱の後裔にあたる。 島根県大田市生まれ。武蔵高等学校、京都帝国大学経済学部卒業後、農林省(現・農林水産省)入省。 1958年(昭和33年)学習院大学経済学部教授に転じ、1975年郷里の知事に担ぎ出され、日本社会党の推薦で初当選。県議の8割を占める保守系県議の支援も得て、3期務めた。任期中は、賛否が割れていた宍道湖・中海淡水化事業を巡って苦心したほか、1981年(昭和56年)には韓国・慶尚北道を訪れ、姉妹提携の筋道をつけた。
大川 政三(おおかわ まさぞう、1923年1月3日 - 20… 大川 政三(おおかわ まさぞう、1923年1月3日 - 2007年3月21日)は、日本の経済学者。一橋大学名誉教授、東京国際大学名誉教授。専門は財政学。勲三等旭日中綬章受章。 日本財政学会代表理事、日本経済政策学会理事、日本地方自治研究学会理事、国際財政学会理事、財政制度審議会委員、大学設置審議会委員、日本学術会議会員、国税審議会会長などを歴任。 指導学生に堀場勇夫(青山学院大学名誉教授)、内藤忠顕(元日本郵船社長)、永田雄志(元東洋エンジニアリング会長)、伊藤隆敏(コロンビア大学教授)、金田勝年(元法務大臣)、進藤孝生(日本製鉄会長)、塚原治(元国税庁国税審議官)、鹿取克章(元駐インドネシア大使)、吉國眞一(元国際決済銀行アジア太平洋総代表)、星野茂夫(元国土交通省海事局長)など。
竹浪 祥一郎(たけなみ しょういちろう、1923年- )は、… 竹浪 祥一郎(たけなみ しょういちろう、1923年- )は、日本の経済学者、桃山学院大学名誉教授。 青森県北津軽郡板柳町出身。弘前中学校(現青森県立弘前高等学校)、旧制弘前高等学校卒、1947年東京帝国大学(現・東京大学)経済学部卒、大学院、東京大学社会科学研究所助手、中部日本新聞の記者をへて、1963年桃山学院大学経済学部助教授、1965年教授、1969年経済学部長、図書館長、1992年定年退任、名誉教授。
生川栄治(いくかわ えいじ、1923年-不明)は、日本の経済… 生川栄治(いくかわ えいじ、1923年-不明)は、日本の経済学者。大阪市立大学名誉教授。経済学博士(京都大学)。専門は金融論、銀行論、金融史。マルクス経済学に基礎をおき、イギリスやドイツの金融資本に関する研究を行った。 1923年、大阪府に生まれる。1944年、大阪商科大学 (旧制)(大阪市立大学→現大阪公立大学)卒業。1954年大阪市立大学助教授、同教授。退職後、同大名誉教授、近畿大学商経学部教授。
飯塚 一郎(いいづか いちろう、1923年〈大正12年〉- … 飯塚 一郎(いいづか いちろう、1923年〈大正12年〉- 1986年〈昭和61年〉5月29日)は、日本の経済学者(専攻は経済史・経済思想史・経済学史)。学位は、経済学博士。位階は従四位。 静岡県静岡市生まれ。静岡県立静岡中学校を経て、1946年、同志社大学経済学部卒。山梨大学教授を務めた。1971年、「貨幣学説前史の研究」で関西学院大学経済学博士の学位を取得。1986年死去。死没日付をもって従四位に叙された。 もともとイギリス重商主義についての研究を進めていたが、その後、これに先行するスペインの植民地政策や経済思想にも関心を拡げていくことになった。特に伊藤不二男と並んで、日本におけるサラマンカ学派研究に先鞭をつけたことで知られる。
和田 繁(わだ しげる、1922年11月10日- 2021年… 和田 繁(わだ しげる、1922年11月10日- 2021年6月21日 )は、日本の経営者、経済学者。イズミヤ社長を務めた。 大阪府出身。1947年に関西学院大学経済学部を卒業し、同年に同大学教授に就任し、1978年4月には商学部長、1991年4月に名誉教授を歴任。宮内義彦も彼のゼミに所属していた。その一方で、1956年にイズミヤ監査役に就任し、1960年に取締役、1971年に取締役相談役を経て、1998年5月に社長に就任。2001年2月には会長に就任。 1998年11月に勲三等旭日中綬章を受章 2021年6月21日、老衰のために死去。98歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
青木 茂(あおき しげる、1922年(大正11年)10月29… 青木 茂(あおき しげる、1922年(大正11年)10月29日 - 2016年(平成28年)1月27日)は、日本の経済学者、政治家。サラリーマン新党代表。元参議院議員。妻は生活経済評論家の青木淑子。次女はノンフィクション作家の青樹明子(1955年7月5日 - )。長男はテレビ朝日プロデューサーの青木吾朗(1958年12月21日 - )。
青木 茂(あおき しげる、1922年(大正11年)10月29… 青木 茂(あおき しげる、1922年(大正11年)10月29日 - 2016年(平成28年)1月27日)は、日本の経済学者、政治家、参議院議員(1期)、サラリーマン新党代表。妻は生活経済評論家の青木淑子。次女はノンフィクション作家の青樹明子(1955年7月5日 - )。長男はテレビ朝日プロデューサーの青木吾朗(1958年12月21日 - 2022年8月21日)、その妻はテレビ朝日元アナウンサーの坪内純子。 愛知県豊橋市生まれ。東京帝国大学経済学部卒業。愛知教育大学教授、大妻女子大学教授を歴任。 1980年(昭和55年)の第12回参議院議員通常選挙に全国区から無所属で立候補したが落選した。1983年(昭和58年)5月8日、サラリーマン新党を結成し、代表となる。
大野 英二(おおの えいじ、1922年10月20日 - 20… 大野 英二(おおの えいじ、1922年10月20日 - 2005年9月6日)は、日本の経済学者、京都大学名誉教授。
伊東 政吉(いとう まさきち、1922年9月30日 - 20… 伊東 政吉(いとう まさきち、1922年9月30日 - 2021年10月2日)は、日本の経済学者、一橋大学名誉教授。日経・経済図書文化賞受賞。 神奈川県出身。横浜市立横浜商業専門学校(現横浜市立大学)塩野谷九十九ゼミ出身。東京商科大学(現一橋大学)卒、1950年一橋大学経済研究所アメリカ経済研究部門で、都留重人教授や小原敬士教授の下で助手に就任。1966年「アメリカの金融政策 その論争点の分析」で経済学博士(一橋大学)。一橋大学経済研究所教授を経て、1974-1976年一橋大学経済研究所所長、1986年定年退官、名誉教授、東京国際大学教授、成城大学教授を務めた。 1998年勲三等旭日中綬章受章。
星島 一夫(ほしじま かずお、1922年9月10日 - 20… 星島 一夫(ほしじま かずお、1922年9月10日 - 2003年8月3日)は、日本の経済学者(社会政策論)。愛媛大学名誉教授。経済学博士。岡山県岡山市出身。 1922年(大正11年)岡山県岡山市生まれ。旧制釜山中学、旧制第六高等学校を経て、1948年(昭和23年)京都帝国大学法学部卒、昭和26年愛媛大学文理学部助手、昭和44年法文学部教授、附属図書館長、昭和60年法文学部長、愛媛大学退官後松山大学経済学部教授、平成5年今治明徳短期大学長。この間株式会社えひめ勤労者生活情報センター所長も務める。社会政策、労働問題を精力的に研究し、特に来島グループの坪内寿夫の経営姿勢や労務管理に批判的であった。後年には伊賀貞雪・愛媛県知事の推進した「生活文化」を賞賛した。
平田 清明(ひらた きよあき、 1922年8月17日 - 1… 平田 清明(ひらた きよあき、 1922年8月17日 - 1995年3月1日)は、日本の経済学者。専門は、経済史・マルクス経済学。京都大学名誉教授。正四位勲二等瑞宝章。高島善哉ゼミ出身。 市民社会論を展開。元経済理論学会全国幹事。京都西山の自然と文化を守る会会長、フォーラム90s呼びかけ人、トロツキー50周年実行委員会世話人等も務めた。 杉本苑子が直木賞を受賞した「孤愁の岸」で描いた宝暦の木曾三川の大治水普請(宝暦治水事件)の総奉行、薩摩藩家老平田靱負の末裔。 名大時代の弟子に山田鋭夫名大教授、八木紀一郎京大教授、植村邦彦関西大名誉教授、若森章孝関西大名誉教授が、斉藤日出治大阪産業大名誉教授、神奈川大学時代の弟子に丹野清人東京都立大学教授がいる。
大石 泰彦(おおいし やすひこ、1922年7月21日 - 2… 大石 泰彦(おおいし やすひこ、1922年7月21日 - 2014年1月16日)は、日本の経済学者。専門は、近代経済学(厚生経済学・交通問題)。学位は、経済学博士(東京大学・論文博士・1961年)。東京大学名誉教授。元東京大学経済学部長。日本会議代表委員。勲二等瑞宝章受章者。位階は正四位。 大分県中津市生まれ。旧制水戸中学校、旧制水戸高等学校を経て、1943年、東京帝国大学経済学部卒業。 1948年、東京帝国大学大学院特別研究生を退学し、東京大学経済学部助教授に就任。1960年、東京大学経済学部教授に昇任。1969年から1970年まで東京大学経済学部長。1983年、東京大学を退官し、東京大学名誉教授となる。
吉村 励(よしむら つとむ、1922年3月29日 - 202… 吉村 励(よしむら つとむ、1922年3月29日 - 2020年1月3日)は、日本の経済学者。大阪市立大学名誉教授。専門は、賃金論・労働運動・社会政策。 大阪商科大学卒、1948年副手、1949年大阪市立大学経済学部助手、講師、助教授、教授、1971年「現代の賃金問題」で、大阪市立大学より経済学博士の学位を取得。85年定年退官、名誉教授、奈良産業大学教授、97年退職。部落解放研究所労働部長。
伊達 邦春(だて くにはる、1922年3月26日 - 200… 伊達 邦春(だて くにはる、1922年3月26日 - 2000年4月24日)は、日本の経済学者。 東京出身。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院経済学研究科修了。1950年早稲田大学政治経済学部専任講師。助教授、教授となり、1992年定年、名誉教授となる。1997年勲三等旭日中綬章受勲。
前川 嘉一(まえかわ かいち、1922年2月9日 - 199… 前川 嘉一(まえかわ かいち、1922年2月9日 - 1990年1月29日)は、日本の経済学者。 京都市生まれ。第三高等学校、兵役をへて1947年京都帝国大学経済学部卒。1968年「イギリス労働組合主義の発展」で京都大学より経済学博士の学位を取得。1949年京都大学経済学部助手、1950年講師、1954年助教授、1969年教授、1976-1977年経済学部長、1985年定年退官、名誉教授。