梅谷 陽二(うめたに ようじ、1932年(昭和7年)12月1… 梅谷 陽二(うめたに ようじ、1932年(昭和7年)12月12日 - 2024年4月)は、制御工学・バイオメカニクス・ロボット工学を専門とする日本の研究者。東京工業大学名誉教授、工学博士(東京工業大学、論文博士)。プラントの制御やバイオメカニクスとそのロボット応用、宇宙ロボットなどの研究に従事。1991年 エンゲルバーガー賞 受賞、2015年、瑞宝中綬章受章。 東京大学生産技術研究所講師、東京工業大学助教授、教授、豊田工業大学教授、日本ロボット学会会長、バイオメカニズム学会会長を歴任。大学を退職後も、有限会社知能システム研究所を設立し、代表としてコンサルティングや文筆業に従事していた。この間、ロボットによる「からくり能」を提唱し、創作台本『友月』を著している。
奈良 毅(なら つよし、1932年〈昭和7年〉12月11日 … 奈良 毅(なら つよし、1932年〈昭和7年〉12月11日 - 2014年〈平成26年〉1月20日 )は、日本のベンガル語学・文学研究者。東京外国語大学名誉教授。公益財団法人日印協会顧問 1932年(昭和7年)12月11日、秋田県秋田市生まれ。秋田大学学芸学部国文科卒。1958年、東京大学大学院言語学専攻修士課程修了。カルカッタ大学比較言語学博士課程修了。PH.D。 1964年東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教授、のち教授。1995年(平成7年)定年退官、名誉教授、清泉女子大学教授。2003年定年。 田中嫺玉とベンガル語による短縮版『マハーバーラタ』を共訳、1974年にマヘーンドラナート・グプターがまとめたラーマクリシュナの言行録『不滅の言葉』を共訳し抄訳として出版、これにより日本翻訳文化賞を受賞した。
津金沢 聡広(津金澤 聰廣、つがねさわ としひろ、1932年… 津金沢 聡広(津金澤 聰廣、つがねさわ としひろ、1932年11月8日 - )は、日本の社会学者、メディア研究者、関西学院大学名誉教授、関西学院大学博士(社会学)。
津金沢 聡広(津金澤 聰廣、つがねさわ としひろ、1932年… 津金沢 聡広(津金澤 聰廣、つがねさわ としひろ、1932年11月8日 - 2022年2月19日)は、日本の社会学者、メディア研究者、関西学院大学名誉教授。学位は、博士(社会学)(関西学院大学・2000年)。 群馬県生まれ。1957年京都大学教育学部卒業、1959年同大学院教育学研究科修士課程中退。関西学院大学教授を務め、2000年「現代日本メディア史の研究」で関西学院大学より博士(社会学)の学位を取得。定年後名誉教授、桃山学院大学特任教授、2008年退任。 戦中期から戦後に至るメディア史、宝塚歌劇の宣伝戦略などを研究、『村嶋歸之著作選集』も編纂した。 1976年には、桑原武夫、鶴見俊輔、多田道太郎、井上俊らと現代風俗研究会を創設(桑原が初代会長)。
杉野 要吉(すぎの ようきち、1932年11月 - 2024… 杉野 要吉(すぎの ようきち、1932年11月 - 2024年3月5日)は、日本の近代文学研究者、早稲田大学名誉教授。日本社会文学会代表理事(1997-1998)。 1932年、北海道美唄市に生まれる。北海道美唄工業高等学校機械科に進むが、2年時の国語の教員に影響を受けて国語の教員を目指す。1953年、早稲田大学教育学部国語国文学科に入学。指導教員は川副國基で、卒業論文は「堀辰雄論」だった。1957年、同大学を卒業後、北海道美唄東高等学校教諭となる。1958年、東京大学新聞五月祭賞の評論部門で佳作入選。1961年、北海道小樽緑陵高等学校教諭、札幌市立旭丘高等学校教諭を経て、1967年、関東学院女子短期大学専任講師。
佐々木 英也(ささき ひでや、1932年〈昭和7年〉10月3… 佐々木 英也(ささき ひでや、1932年〈昭和7年〉10月3日 - )は、日本の西洋美術研究者。東京芸術大学名誉教授。 岩手県江刺市(現・奥州市)に生まれる。1951年、岩手県立水沢高等学校卒業。1956年、東京藝術大学美術学部専攻科卒業。1958年、イタリア政府給費留学生としてローマ大学に学ぶ。1961年、国立西洋美術館研究員。1972年『ザ・ヌード』で日本翻訳出版文化賞受賞。1976年、東京藝術大学美術学部助教授、1985年同教授。1990年『ジョットの藝術』でマルコ・ポーロ賞受賞。2000年定年退官、名誉教授。2001年岩手県立美術館館長に就任、2010年退任。
大内 秀明(おおうち ひであき、1932年10月 - 202… 大内 秀明(おおうち ひであき、1932年10月 - 2024年1月9日)は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。東北大学名誉教授。 1932年、東京市(現・東京都)に生まれる。神奈川県立小田原高校、東京大学経済学部を卒業、東京大学大学院社会科学研究科博士課程を修了し、1963年に 『価値論の形成』で東京大学より経済学博士の学位を受ける。その後、東北大学教養部教授を務める。 1993年に東北大学を退官して名誉教授となる一方、東北科学技術短期大学学長に就任した。この年、社会党シャドーキャビネットで「経済企画庁長官」に任じられた。 1999年より、東北文化学園大学総合政策学部で教授を務める(2003年まで)。
杉浦 康平(すぎうら こうへい、1932年9月8日 - )は… 杉浦 康平(すぎうら こうへい、1932年9月8日 - )は、日本のグラフィックデザイナー、アジアの図像学研究者、神戸芸術工科大学名誉教授、同大学アジアンデザイン研究所(RIAD)所長。 意識領域のイメージ化で多元的なデザイン宇宙を切り開き、レコードジャケット、ポスター、ブックデザイン、雑誌デザイン、展覧会カタログデザイン、ダイアグラム、切手などの第一線で先端的かつ独創的な活躍を展開。また、「マンダラ 出現と消滅」展や「アジアの宇宙観」展、「花宇宙・生命樹──アジアの染め・織り・飾り」展など、アジアの伝統文化を展覧会企画構成および斬新なカタログデザインで紹介するとともに、マンダラ、宇宙観を中核とする自らの図像研究の成果を『かたち誕生』ほかの幾多の著作をとおして精力的に追究している。
森川 昭(もりかわ あきら、1932年8月29日 - 202… 森川 昭(もりかわ あきら、1932年8月29日 - 2026年2月3日)は、日本の日本文学研究者。専門は日本近世文学、特に俳諧。東京大学名誉教授。芭蕉や西鶴の資料考証の第一人者だった。 神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程中退。1957年戸山高等学校講師、1961年成蹊高等学校教諭、1965年愛知県立大学助教授、1970年成蹊大学助教授を経て、1976年東京大学国文科助教授、教授、1993年定年退官し名誉教授。同年より帝京大学文学部教授。2003年定年退職。
鶴田 欣也(つるた きんや、1932年8月23日 - 199… 鶴田 欣也(つるた きんや、1932年8月23日 - 1999年11月8日)は、日本出身の日本文学研究者。ブリティッシュコロンビア大学(UBC)教授を務めた。 東京生まれ。幼くして実母と死別、継母に育てられた。上智大学英文科卒業後、米国へ留学中、実父が死に天涯孤独の身となる。ワシントン大学で芥川龍之介についての博士論文を書き、トロント大学助教授を経て1973年から1993年までブリティッシュコロンビア大学教授。国際日本文化研究センター外国人教授、龍谷大学教授を務めた後、死去。最後はカナダ国籍だった。教え子に萩原孝雄、榊敦子、小谷野敦らがいる。 もっぱら川端康成を研究対象とし、1990年以降は平川祐弘とともに多くの国際シンポジウムを開催した。
亀井 俊介(かめい しゅんすけ、1932年8月14日 - 2… 亀井 俊介(かめい しゅんすけ、1932年8月14日 - 2023年8月18日)は、日本の比較文学者、アメリカ文学者、アメリカ大衆文化研究者。東京大学名誉教授。 岐阜県中津川市生まれ。新制岐阜県立中津高等学校卒業。1953年、東京大学文学部英文科卒。1952年、同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了。はじめ詩人を目指していた。同大学院比較文学比較文化専攻博士課程在学中に休学し、セントルイスのワシントン大学に留学。メリーランド大学大学院などをへて、1962年に帰国して大学院に復学。1963年、東京大学大学院比較文学比較文化専攻博士課程単位取得退学。師の一人に島田謹二がいる。 1963年東京大学教養学部助教授、1984年教授、1993年定年退官、名誉教授、東京女子大学教授、2003年岐阜女子大学教授。
溝口 雄三(みぞぐち ゆうぞう、1932年(昭和7年)7月3… 溝口 雄三(みぞぐち ゆうぞう、1932年(昭和7年)7月30日 - 2010年(平成22年)7月13日 )は、日本の中国学者・思想史家・中国思想史研究者。専門は、明末清初の思想史(宋明理学)・精神史(近代化論)。東京大学・大東文化大学・中国社会科学院名誉教授。 1932年、愛知県名古屋市で生まれた。東京大学文学部中国文学科で学び、1958年に卒業。卒業後、名古屋に帰郷して家業を一時継ぎ、その活躍ぶりは新聞に掲載されるほどの業績であった。 その後名古屋大学大学院文学研究科中国文学専攻に入学し、入矢義高に師事。同大学大学院修士課程を修了。 1967年、東京大学文学部中国文学研究室助手に採用された。
山口 重克(やまぐち しげかつ、1932年7月27日 - 2… 山口 重克(やまぐち しげかつ、1932年7月27日 - 2021年9月11日)は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。東京大学名誉教授。 日本の代表的なマルクス経済学者である宇野弘蔵に師事し、宇野経済学の原理論と呼ばれる領域のうち,難問の一つとされた商業資本論と呼ばれる分野をはじめ貨幣論,金融論などの分野に独創的な論考が数多くある。同時代の研究者として、降旗節雄、大内秀明、鎌倉孝夫、桜井毅のほか岩田弘等がいる。 福井県武生市出身。東京大学経済学部卒業、1962年東京大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。1968年経済学博士(東京大学)。電気通信大学助手、新潟大学助教授、法政大学経済学部教授、東京大学経済学部教授を経て国士舘大学経済学部教授を2002年まで勤めた。
濱川 圭弘(はまかわ よしひろ、1932年7月12日 - 2… 濱川 圭弘(はまかわ よしひろ、1932年7月12日 - 2016年12月19日)は、日本の太陽光発電の研究者。工学博士。多接合型太陽電池の発明等で世界的に知られ、教育にも力を入れている。京都府出身。 多接合太陽電池の発明者として世界的に知られる。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
山内祥史(やまのうち しょうし、1932年6月19日 - 2… 山内祥史(やまのうち しょうし、1932年6月19日 - 2017年4月3日 )は、日本の近代文学研究者。専門は太宰治の書誌研究。 元神戸女学院大学学長、神戸海星女子学院大学学長。神戸女学院大学・神戸海星女子学院大学名誉教授。 香川県三豊郡(現在の観音寺市)出身。香川県立観音寺第一高等学校、関西学院大学文学部日本文学科卒業。関西学院大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程単位修得退学。 1961(昭和36)年4月樟蔭中学校・高等学校に国語教師として着任、1964(昭和39)年4月神戸女学院中学部・高等学部に転任し、1972(昭和47)年4月神戸女学院大学文学部総合文化学科助教授、以後1998(平成10)年3月まで、教授、文学部長、評議員、理事、学長を務めた。
大森 郁之助(おおもり いくのすけ、1932年6月6日 -2… 大森 郁之助(おおもり いくのすけ、1932年6月6日 -2007年12月12日)は、日本の近代文学研究者。札幌大学名誉教授。主に川端康成、堀辰雄、太宰治などの昭和文学を研究した。 1951年、埼玉県立秩父高等学校卒業後、1955年、國學院大學文学部文学科卒業。明治書院、國學院高等学校教諭を経て、1967年、札幌大学専任講師。1968年、同女子短期大学部専任講師、1972年助教授、1974年教授。1997年、札幌大学文化学部に転属。2003年、定年退職、名誉教授。
畑中 圭一(はたなか けいいち、1932年5月28日 - )… 畑中 圭一(はたなか けいいち、1932年5月28日 - )は、日本の児童文学研究者。 北海道岩見沢市生まれ。京都大学文学部仏文科卒業。高校教師をしながら童謡の創作と研究に携わり、大阪府で社会教育行政に従事、1984年大阪国際児童文学館総括専門員、名古屋明徳短期大学教授。1981年詩集『大阪弁のうた二人集ほんまにほんま』(島田陽子と共著)で第11回日本童謡賞を受賞。1991年『童謡論の系譜』で日本児童文学学会奨励賞受賞。2007年『日本の童謡 誕生から九〇年の歩み』で日本児童文学学会賞受賞。
村中 祐生(むらなか ゆうしょう、1932年5月15日 - … 村中 祐生(むらなか ゆうしょう、1932年5月15日 - 2010年10月11日)は、中国仏教思想、天台教観思想の研究者。大正大学学長・天台宗勧学大僧正。天台宗慈照院(群馬県前橋市)第53世住職。 群馬県出身。大正大学大学院仏教学博士課程満期退学。大正大学仏教学部助教授、教授、学長。2006年「天台法華宗の研究」で大正大学仏教学博士。
端山 貢明(はやま こうめい、1932年〈昭和7年〉4月28… 端山 貢明(はやま こうめい、1932年〈昭和7年〉4月28日 - 2021年〈令和3年〉5月11日)は、日本(東京都出身)の作曲家、メディア研究者、東北芸術工科大学名誉教授。 1932年、東京に生まれる。東京藝術大学音楽学部在学中に、『ヴィオラ協奏曲』(1955)を作曲し文化庁芸術祭文部大臣賞を受賞。同大学卒業後、1957年、フランス政府給費留学生として渡仏、パリ国立音楽院でオリヴィエ・メシアンらに学ぶ。 1959年帰国し作曲を続ける。NHKの放送音楽、映画音楽なども手掛ける。また、芸術的表現と社会的コミュニケーションのメディアとしてのコンピュータに着目した研究活動に取り組む。1969年、『ピアノと管弦楽のための交響的変容』が文化庁芸術祭ラジオ音楽の部優秀賞を受賞。
岩田靖夫(いわた やすお、1932年4月25日 - 2015… 岩田靖夫(いわた やすお、1932年4月25日 - 2015年1月28日)は、日本の哲学研究者、文化功労者。東北大学・ 仙台白百合女子大学名誉教授。古代ギリシャ哲学専攻。
菊地 弘(きくち ひろし、1932年4月7日 -2018年1… 菊地 弘(きくち ひろし、1932年4月7日 -2018年10月31日 )は、日本近代文学研究者。 東京生まれ。早稲田大学文学部国文科卒。跡見学園女子大学教授、2003年定年退任、名誉教授。
町田 三郎(まちだ さぶろう、1932年〈昭和7年〉1月31… 町田 三郎(まちだ さぶろう、1932年〈昭和7年〉1月31日 - 2018年〈平成30年〉3月18日)は、日本の中国哲学研究者。九州大学名誉教授。 1932年、群馬県前橋市若宮町に生まれる。1950年に群馬県立前橋高等学校を卒業。東北大学文学部に入学して中国哲学を専攻した。1954年に卒業し、同大学大学院に進んだ。1960年、博士課程を単位取得退学。 卒業後は、同1960年4月より東北大学川内分校助手に採用された。1962年に講師昇格。1963年より文学部助手、1964年より教養部講師、1966年に同助教授に昇格。1974年に九州大学文学部助教授となり、中国哲学講座を担当した。1981年に教授昇格。
笠原 伸夫(かさはら のぶお、1932年1月13日 - 20… 笠原 伸夫(かさはら のぶお、1932年1月13日 - 2017年11月8日)は、日本近代文学研究者・文芸評論家。日本大学名誉教授。 北海道小樽市生まれ。1950年、日本大学第一高等学校卒業。1954年、日本大学文学部国文学科卒業。1979年、日本大学文理学部教授。2002年、同名誉教授。 はじめ歌作を行う。評論は中世文学から出発し、1967年、『中世の発見』『中世の美学』を刊行。その後、近代文学における情念に関心を寄せながら、『虚構と情念』『泉鏡花 美とエロスの構造』『谷崎潤一郎 宿命のエロス』などを刊行。現代短歌や現代俳句も論じている。
安藤 靖彦(あんどう やすひこ、1932年1月5日 - )は… 安藤 靖彦(あんどう やすひこ、1932年1月5日 - )は、日本近代文学研究者。愛知県立大学名誉教授。 愛知県一宮生まれ。東京教育大学国文科卒、1964年同大学院博士課程単位取得。愛知県立大学文学部助教授、教授、1996年定年退官、名誉教授、金城学院大学教授、特任教授。
長岡弘芳(ながおか ひろよし、1932年1月1日-1989年… 長岡弘芳(ながおか ひろよし、1932年1月1日-1989年8月14日)は、原爆文学研究者、詩人。本名は奥村弘芳。 東京出身。東京都立大学卒。千葉ベ平連に参加。原爆関係の文献をあつめ「原爆文献を読む会」「原爆体験を伝える会」の中心となる。1980年代初頭に刊行された〈日本の原爆文学〉シリーズの編集作業の中心を担った。1989年8月14日、自宅にて自殺。
稲田 和子(いなだ かずこ、1932年- )は、民話研究者、… 稲田 和子(いなだ かずこ、1932年- )は、民話研究者、山陽学園短期大学名誉教授。岡山県生まれ。岡山大学法文学部卒業。山陽学園短期大学助教授、教授、2003年定年退任、名誉教授。1955年ころより昔話の採集・研究を始める。夫は稲田浩二、娘は絵本作家の稲田奈穂。
大久保 そりや(おおくぼ そりや、1932年 - 2016年… 大久保 そりや(おおくぼ そりや、1932年 - 2016年12月)は、日本の在野研究者(言語学、マルクス主義)。英米SF翻訳家。 別名義に、小堀 靖生、おおくぼそりやがある。徳島市生まれ、1955年に京都大学文学部言語学科卒業。 大学卒業後も『早稲田大学新聞』(早稲田大学新聞会)、『情況』第1期(情況出版)等の左派系媒体にソシュール言語学や現代思想に関する論考を数多く発表していた。大学在学時からカール・マルクスや梯明秀の影響を受け、疎外論を重視する立場であった大久保は、やがてその立場から人間存在と言語との関係性を考究するようになり、「言語共産学」と称する独自の言語思想を提起するに至っていく。 また戦後日本SFの論者としても、1962年『悪魔運動』誌に小堀名義で発表した「SF論序」において、SFを「サイエンス・フィクション」ではなく「スペキュレイティヴ・フィクション」として位置付けていた。
山口 博(やまぐち ひろし、1932年 - )は、日本の日本… 山口 博(やまぐち ひろし、1932年 - )は、日本の日本近代文学研究者。元・鎌倉女子大学教授。 静岡市生まれ。國學院大學文学部卒業。高校教諭となり、神奈川県立平塚江南高等学校校長、鎌倉女子大学講師、助教授、教授。
井上 博司(いのうえ ひろし、1932年(昭和7年) - )… 井上 博司(いのうえ ひろし、1932年(昭和7年) - )は日本の釣り師、ジャーナリスト、釣具研究家、フライフィッシング研究家、フィッシング技術研究者。 日本におけるルアー、およびフライフィッシングのパイオニアであり、釣りに関する書物を多数著している。 中央大学卒業後、報知新聞社アングラーズ・ペン・クラブに所属し疑似餌釣りの普及に貢献する。 日本バスプロ協会 (JB) 顧問、日本疑似餌連盟 (JLAA) 顧問、NPO法人日本釣り環境保全連盟理事などを歴任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
大野忠男(おおの ただお、1932年 - 没年不詳)は、日本… 大野忠男(おおの ただお、1932年 - 没年不詳)は、日本の画家、アイルランド研究家。 埼玉県浦和市出身。1955年東京大学工学部応用化学科卒。科学技師となるが、1963年画家となる。 1966年明治大学工学部建築学科を卒業後、西アジア、ヨーロッパ旅行、1966年オーストリア巡回個展、東ヨーロッパ旅行、1968年北アフリカ、西アジア旅行、1971年窯を作り作陶を始める。1973-1980年アイルランド遺跡拓本採集。 上野学園大学短期大学部教授を務めた。
八巻 俊雄(やまき としお、1932年 - 2018年)は、… 八巻 俊雄(やまき としお、1932年 - 2018年)は、広告研究者、東京経済大学名誉教授。 山梨県生まれ。東京大学法学部第2類(公法コース)卒。 日本経済新聞社企画調査部長、日経広告研究所専務理事などを経て、1987年に東京経済大学経営学部教授に転じ、1995年に同コミュニケーション学部へ異動。 2004年定年、名誉教授。日本広報学会理事、CM総合研究所顧問。
三分一 政男(さんぶいち まさお、1932年 - )は、日本… 三分一 政男(さんぶいち まさお、1932年 - )は、日本の工学研究者。教育者。山口大学第8代目学長。同大学名誉教授。工学博士(1967年、名古屋大学にて取得)。 1932年生まれ。1967年名古屋大学工学部化学工学科にて、「定圧濾過の理論的ならびに実験的解析」で工学博士となる。1990年から1993年まで山口大学第8代目学長を務めた。同大名誉教授。1995年より宇部工業高等専門学校の第7代目校長に就任(2001年まで)。広島大学工学部元教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
中村 博保(なかむら ひろやす、1932年 - 1997年1… 中村 博保(なかむら ひろやす、1932年 - 1997年11月5日)は、日本の日本文学研究者。専門は日本近世文学、特に上田秋成。静岡大学名誉教授。 東京都墨田区生まれ。1944年麻布中学校・高等学校に入学。地方転出のため休学し、1952年新潟県立長岡高等学校卒業。1956年早稲田大学第二文学部卒業、1961年同大学大学院文学研究科修士課程修了。 1959年芝中学校・高等学校教諭(- 1966年)。教え子に北方謙三がいた。北方は「私の持っている素養の大部分は、先生から受けたものだと言っても、過言ではないだろう」と述懐している。1966年暁星高校教諭(- 1972年)。1972年、静岡大学教育学部助教授、1976年同教授。
藤原 宰太郎(ふじわら さいたろう、1932年 - 2019… 藤原 宰太郎(ふじわら さいたろう、1932年 - 2019年5月21日)は、日本の小説家、推理作家・研究者。広島県尾道市出身。本名は宰(おさむ)。広島県立尾道北高等学校を経て早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。推理研究家として多くの著作を刊行、他にも様々な活躍を続けた。 1968年3月にKKベストセラーズから刊行した『探偵ゲーム』を始め同様の推理クイズ本を量産し、推理クイズブームを創りだした。内容は、いわゆる殺人のトリック、密室なのにどうやって殺せたか、凶器はどこに隠したか、というものだった。これを見て該当する作品を読むという、ガイドブックのようなものとしても使用できるものであったが、一方でトリックがあらかじめ分かってしまうことも事実であった。
小林 惺(こばやし さとし、1932年 - 2008年3月)… 小林 惺(こばやし さとし、1932年 - 2008年3月)は、日本のイタリア語学者・イタリア文学研究者。専攻はイタリア語・比較文化。1960年東京外国語大学イタリア語学科卒業。1962年東京大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化専攻入学、1970年同博士課程単位取得退学。武蔵野音楽大学教授を務め、定年後名誉教授。パーキンソン病に苦しみながら、ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ『山猫』のイタリア語原典から訳書を刊行直後に没した。
俵 好夫(たわら よしお、1932年又は1933年 - 20… 俵 好夫(たわら よしお、1932年又は1933年 - 2024年2月13日)は、日本の物理学者、希土類磁石の研究者。長女は歌人の俵万智。 1957年大阪大学理学部物理学科卒、1959年東北大学大学院理学研究科修士課程修了、1967年「金属間化合物Fe5Ge3およびMn5Ge3の結晶磁気異方性の研究」で理学博士。1959年松下電器産業入社、1975年退職、デイトン大学客員研究員、1976年信越化学工業入社、1998年退職。磁性材料研究所所長、コーポレートリサーチセンター所長を歴任。 1999年大橋健共著『希土類永久磁石』(森北出版)を刊行、2007年日本磁気学会出版賞を受賞。俵が発明したサマリウムコバルト磁石は1970年から1980年ごろまで世界で一番強い磁石であったが、その後ネオジム磁石にその地位を譲った。
三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月… 三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月18日)は、日本のスペイン文学者、民話研究者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 大阪市生まれ。1961年大阪外国語大学イスパニア語科卒、天理大学講師、大阪外国語大学講師、関西外国語大学助教授、教授、2003年定年退任、名誉教授。
佐々木 宏(ささき ひろし、1931年12月7日 - 201… 佐々木 宏(ささき ひろし、1931年12月7日 - 2019年9月1日)は、日本の建築家、建築評論家、近代建築研究者。 アカデミズムに属さず、自ら設計事務所を経営する傍ら、在野の研究者というスタンスを貫いた。唯一在職した法政大学では、非常勤講師の立場を通した。しかし、在野であるために何者にも遠慮することなく辛辣な批判を加える立場を崩さなかった。 1931年北海道小樽市に生まれる。北海道大学に入り、当初数学を目指したが、教師のアドバイスにより断念して建築へ転向。立原道造に傾倒して学内誌に立原論を投稿。在学中からアメリカの建築雑誌『アーキテクチュラル・レヴュー』を購読し、以来海外の建築動向には一貫して注目。
中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 199… 中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 1997年3月7日)は、日本の翻訳家、詩人、英米文学研究者。「ボブ・ディラン全詩集」などの訳者として有名。平安女学院大学、京都精華大学で教鞭をとった。本名、矢ケ崎庄司。 東京都八王子市出身。1954年、明治学院大学文学部英文科卒業。 1959年~1960年、フルブライト奨学生として渡米し、サンフランシスコに滞在。ここで片桐ユズルと出会う。1968年、国際基督教大学修士課程修了。1960年代末、東京都立武蔵高等学校の英語教諭から、京都の平安女学院短期大学の教官となる。 片桐ユズルとともにボブ・ディランの楽曲の歌詞の翻訳を手がけ、関西フォーク運動の影の仕掛人のひとりとしても知られ、中山ラビ、古川豪、高石ともやらに影響を与えた。
須田 稔(すだ みのる、1931年11月5日 - )は、日本… 須田 稔(すだ みのる、1931年11月5日 - )は、日本文学研究者、アメリカ文学者。立命館大学名誉教授。専門はアフリカン・アメリカン・スタディーズ研究者。憲法9条メッセージプロジェクト共同代表。非核の政府を求める京都の会常任世話人。京都府生まれ。
平山 城児(ひらやま じょうじ、1931年10月28日 - … 平山 城児(ひらやま じょうじ、1931年10月28日 - 2023年9月16日)は、日本文学研究者。専門は上代文学・近代文学。立教大学名誉教授。 京都生まれ。鎌倉育ち。作家・平山蘆江の孫。父は非凡閣の編集者などをしていた平山清郎。母は宝塚歌劇団に在籍した元タカラジェンヌで、戦後は同じ鎌倉市在住であった川端康成の『歌劇学校』の代筆をしていた平山宮子(旧姓:森下。芸名:近江ひさ子、宝塚歌劇団14期生)。 湘南高等学校卒、1954年立教大学英文科卒、1957年同大学院修士課程修了、1960年立教大学日本文学科卒、1965年同大学院博士課程中退。 立教大学一般教育部講師、1967年同助教授、1974年教授、1995年同文学部教授、1997年定年退任、名誉教授。
中山 和子(なかやま かずこ、1931年10月16日 - 没… 中山 和子(なかやま かずこ、1931年10月16日 - 没年不明)は、日本近代文学研究者。明治大学名誉教授。旧姓は永井。 長野県諏訪市生まれ。1950年長野県諏訪二葉高等学校卒業、明治大学文学部国文科卒業、1965年同大学院修士課程修了、同年明治大学文学部助手。1969年専任講師。以後助教授、教授を務め、1997年退職。平野謙に師事し、女性近代文学の大学教授の草分けである。
渡邊 二郎(わたなべ じろう、1931年10月15日 - 2… 渡邊 二郎(わたなべ じろう、1931年10月15日 - 2008年2月12日)は、日本の哲学者、ドイツ哲学の研究者。東京大学名誉教授。放送大学名誉教授。専攻は、西洋近現代哲学、現象学。東京大学で博士号(文学、1963年)。 ドイツ観念論、実存主義、解釈学、フッサール、ハイデッガー等についての研究が多数あり、フッサールの『イデーン』、ハイデガーの『存在と時間』など多くの哲学原典の翻訳を行っている。 東京都出身。1991年7月から1995年6月まで日本哲学会の会長を務め、1996年から1999年まで日本シェリング協会の会長を務めた。没後に弟子たちの編集で「著作集」が刊行された。 この項目は、哲学に関連した書きかけの項目です。
高橋 秀雄(たかはし ひでお、1931年9月17日 - 20… 高橋 秀雄(たかはし ひでお、1931年9月17日 - 2002年9月5日)は、日本伝統芸能研究者。 奈良県奈良市出身。早稲田大学第一文学部演劇科卒業。文化庁に入り、主任文化財調査官として日本伝統芸能(無形文化財)の全国調査、重要無形文化財の指定にあたる。国立劇場の指導・助言も行い、1986年度民謡文化賞受賞、1992年文化庁を退官。日本伝統芸能研究所所長として伝統芸能の企画・制作などで活躍。 2002年9月5日、肝臓癌のため死去。
片桐 洋一(かたぎり よういち、1931年9月5日 - )は… 片桐 洋一(かたぎり よういち、1931年9月5日 - )は、日本の日本文学研究者。大阪女子大学名誉教授。大阪女子大学学長、関西大学文学部教授などを歴任。瑞宝中綬章受章者。文化功労者。 博士(文学)(関西大学・1992年)(学位論文「古今和歌集の研究」)。 大阪市生まれ。1954年京都大学文学部国文科卒。1959年同大学院博士課程退学。 大阪女子大学助教授、1974年教授。1987-1991年学長。1992年「古今和歌集の研究」で関西大学より文学博士の学位を取得。同年定年退官、名誉教授、関西大学教授、2002年退職。2008年春、瑞宝中綬章受勲。2011年文化功労者。
小笠原 克(おがさわら まさる、1931年9月3日 - 19… 小笠原 克(おがさわら まさる、1931年9月3日 - 1999年12月9日)は、日本近代文学研究者、文芸評論家。 北海道小樽市生まれ。北海道大学文学部卒。同大学院を経て、1961年藤女子大学助教授、のち教授。1962年、大炊絶の筆名で「私小説論の成立をめぐって」で第5回群像新人文学賞評論部門受賞。同年より『位置』を主宰、1968年、沢田誠一らとともに『北方文芸』を創刊、長く編集長の座にあった。伊藤整、小林多喜二など北海道出身の文学者のほか、野間宏など戦後文学を研究。1974年、北海道文化賞奨励賞受賞。藤女子大学教授在任中に、小樽文学館長を兼務(『小林多喜二とその周圏』著者紹介)。両職共に在任中に逝去。
大高 順雄(おおたか よりお、1931年8月19日 - 20… 大高 順雄(おおたか よりお、1931年8月19日 - 2019年7月26日)は、日本のフランス中世文学研究者、大阪大学名誉教授。 大阪府出身。1954年東京大学文学部仏文科卒。同大学院修士課程修了。岡山大学講師、助教授、フランス・パリ大学大学院で博士号取得。1969年「アントワヌ=ド・ラ・サルの研究」で名古屋大学文学博士。1971年大阪大学教養部助教授、言語文化部教授、1995年定年退官、名誉教授。大手前大学教授。1987年「Marie de France : Oeuvres complètes」で新村出賞受賞。2011年旭日中綬章受勲。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
竹村 英輔(たけむら えいすけ、1931年7月27日 - 1… 竹村 英輔(たけむら えいすけ、1931年7月27日 - 1997年)は、グラムシ研究者。専攻はイタリア現代政治史・社会思想史。日本共産党員。 東京生まれ。東京府立第五中学校(現・東京都立小石川中等教育学校)を経て、1953年東京大学教養学部教養学科卒業。合成化学産業労働組合連合(合化労連)書記、東京大学社会科学研究所非常勤講師(1973年4月1日~1975年3月31日)を経て、1975年日本福祉大学助教授。のち同大学社会科学研究所長、教授。在職中に急逝。 性教育評論家の高柳美知子は、小学校の同期生だった竹村が初恋の人だと著書『高齢恋愛』(茉莉花社、2004年)で告白している。
新保 満(しんぽ みつる、1931年7月24日 - 2015… 新保 満(しんぽ みつる、1931年7月24日 - 2015年5月24日)は、日本の社会学者、カナダ研究者。 東京市(現港区)出身。福岡県立修猷館高等学校を経て、1957年国際基督教大学社会学科卒、1959年東京教育大学大学院修士課程修了。1962年からカナダ・ブリティッシュコロンビア大学に学び、1970年博士号取得。オンタリオ州ウォータールー大学教授、1991年日本女子大学教授。2002年定年退任。1989年『カナダ社会の展開と構造』でカナダ首相出版賞受賞。キリスト教徒。
岡 百合子(おか ゆりこ、1931年7月14日 - 2022… 岡 百合子(おか ゆりこ、1931年7月14日 - 2022年9月23日)は日本の教育者・歴史研究者。 主な著書に『ぼくは12歳』(共編・筑摩書房)、『大空に舞った少年よ』(編著・筑摩書房)、『白い道をゆく旅―私の戦後史』(人文書院)、『朝鮮・韓国』(岩崎書店)、『中・高校生のための朝鮮・韓国の歴史』(平凡社)、『いのちの行方』(共著・径書房)、『市民がつくる日本・コリア交流の歴史』(共編著・高麗博物館編・明石書店)がある。 1931年7月14日、東京に生まれる。朝鮮史研究会、歴史教育者協議会に所属した。 1954年、お茶の水女子大学史学科卒業。東京都の公立中学と都立高校の社会科教諭として1986年まで勤務。