森井 勇佑(もりい ゆうすけ、1985年11月27日 - )… 森井 勇佑(もりい ゆうすけ、1985年11月27日 - )は、兵庫県出身の日本の映画監督・脚本家。 日本映画学校映像学科(現:日本映画大学)を卒業後、同校の講師であった長崎俊一監督の『西の魔女が死んだ』(2008年)で演出部として映画業界に入った。 その後、大森立嗣など日本映画界を代表する監督たちの作品で助監督を務め、経験を積んだ。
職業が映画監督:1,573人
森井 勇佑(もりい ゆうすけ、1985年11月27日 - )… 森井 勇佑(もりい ゆうすけ、1985年11月27日 - )は、兵庫県出身の日本の映画監督・脚本家。 日本映画学校映像学科(現:日本映画大学)を卒業後、同校の講師であった長崎俊一監督の『西の魔女が死んだ』(2008年)で演出部として映画業界に入った。 その後、大森立嗣など日本映画界を代表する監督たちの作品で助監督を務め、経験を積んだ。
エリザベス宮地(えりざべす みやじ、本名非公表。1985年1… エリザベス宮地(えりざべす みやじ、本名非公表。1985年11月13日 - )は、日本の映像作家、ミュージック・ビデオ監督、映画監督である。高知県生まれ。 2004年、18歳の時に電気通信大学人間コミュニケーション学科に進学すると同時に上京。 映像を撮り始めるきっかけはアダルトショップアルバイト時にカンパニー松尾監督のドキュメンタリー作品を見て衝撃を受けたことによる。 2008年にデンマークで行われたチャリティーイベントマスターベータソン2008において、7時間28回を達成し優勝、絶頂回数男性部門で世界記録を樹立(ギネスブックに事前申請したが、時代にそぐわないとして認められなかった)。2009年にそれらを題材にした本人主演のドキュメンタリー映画「みんな夢でありました」を学生時代の仲間であるJ小川、ガンダーラ北村と共に制作。
橋本 一郎(はしもと いちろう、1985年10月17日 - … 橋本 一郎(はしもと いちろう、1985年10月17日 - )は、日本の俳優、映画監督。鈍牛倶楽部所属。 東京都出身。父親は同じく俳優の役所広司。 成城大学法学部法律学科[要出典]卒業。柔道初段、茶道中級。大学では映画研究部に入る。 2007年、『俺は、君のためにこそ死ににいく』でデビュー。翌2008年に公開の『ひゃくはち〜我ら補欠 夢と煩悩のかたまり〜』で初めてセリフのある役を演じたが、同年に『劒岳 点の記』(2009年公開)を立山連峰で撮影中、かつて柔道で痛めた膝の古傷が悪化。監督の木村大作が仲村トオルらに諮ったところ、「検査の結果で決めよう」ということになり、帰京して検査を受けた結果、「これ以上の撮影続行は無理」と診断された(のちに入院・手術)。
平野 陽三(ひらの ようぞう、1985年10月9日 - )は… 平野 陽三(ひらの ようぞう、1985年10月9日 - )は、日本の実業家、映画監督。実業家の前澤友作のマネージャー兼プロデューサーを務める。ロシアの宇宙船ソユーズMS-20により、2021年12月に前澤友作とともに宇宙飛行を実施。国際宇宙ステーション(ISS)に滞在した12日間や宇宙飛行にいたるまでに密着した映画『僕が宇宙に行った理由』の監督を務めた。 2007年にZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイに入社。退社後にCMプロダクションでの勤務や独立を経て、2018年に前澤友作と再合流した。2021年現在は前澤のマネージャー兼dearMoonプロジェクトなどでプロデューサーを務める。 アメリカ合衆国のスペース・アドベンチャーズによる宇宙旅行プランに参加。
太田 信吾(おおた しんご、1985年9月12日 - )は、… 太田 信吾(おおた しんご、1985年9月12日 - )は、日本の映画監督・俳優・演出家。 埼玉県立浦和西高等学校、早稲田大学文学部卒業。在学中は哲学・物語論を専攻。 『卒業』でイメージフォーラムフェスティバル優秀賞・観客賞を受賞。『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で公開後、世界12カ国で配給され大ヒットを記録。2014年、第27回東京国際映画祭において『解放区』が「日本映画・ある視点」部門に選ばれた。2022年、志賀直哉原作の小説『城の崎にて』の監督を務めることが発表された。 俳優としても舞台・ドラマ・バラエティなどに多数出演。 2017年、韓国のソウル市立美術館で初のインスタレーション作品を発表した。
大山晃一郎(おおやま こういちろう、1985年8月2日 - … 大山晃一郎(おおやま こういちろう、1985年8月2日 - )は、日本の映画監督、演出家。大阪府大阪市生まれ。 大阪府大阪市出身。大阪府立住吉高等学校を卒業後、大阪芸術大学に進むが中退。映画監督の中田秀夫や若松節朗らの下で助監督を務めた。 短編映画「ほるもん」は、2011年度ショートショートフィルムフェスティバルのNEOJAPAN部門に選出された。 初監督長編映画「いつくしみふかき」はゆうばりファンタランド大賞など多数の賞を受賞、2020年より全国公開された。
玉井 雅利(たまい まさとし、(本名:同じ)1985年7月2… 玉井 雅利(たまい まさとし、(本名:同じ)1985年7月29日 - )は、愛媛県出身の映画監督である。身長173cm。血液型はAB型。獅子座。愛媛大学工学部環境建設工学科卒業。監督業以外に、スタントマン・アクション俳優・アクションコーディネーターとしても現役で活動している。一ノ瀬雅利は、旧芸名。2012年3月17日、バク転でギネス世界記録を保持している。。。
ヤングポール(1985年4月10日 - )は、日本の映画監督… ヤングポール(1985年4月10日 - )は、日本の映画監督。ヤングポールと中黒抜き表記の場合もある。 アメリカ人の父と日本人の母を持つ。日本大学芸術学部映画学科映像コース卒業。東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域修了。東京芸術大学大学院修了制作『真夜中の羊』がフランクフルト映画祭、ハンブルク映画祭で上映され、その後イギリスのレインダンス国際映画祭が選定する「今注目すべき7人の日本人インデペンデント映画監督」のうちの一人に選ばれる。 TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM 2016にて準グランプリを受賞した映画『ゴーストマスター』(2019年)が長編デビュー作となる。同作は、第37回ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭Spamflix Asian Film部門および第52回シッチェス・カタロニア国際映画祭JAPAN MADNESS部門の正式出品作品。
草野 なつか(くさの なつか、1985年 - )は、日本の映… 草野 なつか(くさの なつか、1985年 - )は、日本の映画監督・小説家。神奈川県出身。 東海大学文学部文芸創作学科を卒業後。映画美学校第12期フィクション・コース高等科修了。映画の道に進んだきっかけは、大学で山根貞男の授業を受講したことだったという。 インディーズ映画の撮影や製作などに関わったのち、2014年に『螺旋銀河』で長編映画を初監督。同作は、埼玉県川口市でデジタル撮影作品を対象に開かれる「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」にて監督賞を受賞。またシンガポールやフィンランドの映画祭にも参加、ドイツで開かれる日本映画祭「ニッポン・コネクション」では審査員賞を受賞した。 2016年、愛知芸術文化センターの助成を得て長篇第2作『王国(あるいはその家について)』を監督。
頃安 祐良(ころやす ゆうすけ、1984年12月24日 - … 頃安 祐良(ころやす ゆうすけ、1984年12月24日 - )は、日本の映画監督。岡山県津山市出身。岡山県立津山高等学校卒業。日本大学大学院芸術学研究科映像芸術専攻博士前期課程修了。 大学時代から多くの自主映画を製作。卒業制作として発表した「穢れ多き、人に非ず」が第11回京都国際学生映画祭で準グランプリを受賞。代表作「シュナイダー」は東京学生映画祭グランプリをはじめ、第31回ぴあフィルムフェスティバルなどの様々な映画祭に入選した。「あの娘、早くババアになればいいのに」は第7回田辺・弁慶映画祭で弁慶グランプリと市民賞をW受賞。 また、映画を製作する一方で、アイドルネッサンスやトクマルシューゴ、埋火のミュージックビデオを製作。
原 昂史 (はら たかし、Takashi Hara、1984… 原 昂史 (はら たかし、Takashi Hara、1984年12月17日 - ) は、日本の俳優、映画監督、プロデューサー、武術家、講師。 幼少期から剣道を学んでおり、他にも和太鼓、中国武術、太極拳、形意拳を得意とする。 2009年、名城大学農学部を卒業後、上京し劇団ひまわり俳優養成所にて演技、ボイストレーニング、歌、バレエ、日本舞踊、武道などを学ぶ。 2015年には、中国の曲阜少林武術学校で中国伝統武術を学ぶ。帰国後、東京都大田区武術太極拳大会にて武器術で優勝。 2016年、原はオーストラリアのシドニーに移住し、活動の場を海外に移した。その後は主にアクション映画の出演、制作を行なっている。
松本 准平(まつもと じゅんぺい、1984年12月4日 - … 松本 准平(まつもと じゅんぺい、1984年12月4日 - )は日本の映画監督。長崎県西彼杵郡出身。精道三川台中学校卒業。青雲高等学校卒業。吉本総合芸能学院(NSC)東京校12期生。東京大学工学部建築学科卒業。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。
角田 裕秋(つのだ ひろあき、1984年11月15日 - )… 角田 裕秋(つのだ ひろあき、1984年11月15日 - )は、日本の映画監督・脚本家・漫画家。映像制作会社・サンディ所属。千葉県松戸市出身。武蔵野美術大学卒。 漫画家としてはライフスタイル角田(らいふすたいる つのだ)名義で活動している。 映像作品制作と並行して、ライフスタイル角田名義でギャグ漫画家として活動。クリエーター集団「にがウーロン」の単独コント公演に出演。 漫画家としては、いがらしみきお・谷岡ヤスジから影響を受けており、創作に反映されている。自身の代表作である『ケツ犬』はYahoo!コミックの無料マガジン・EDENにて連載され、アニメ化された。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。
長久 允(ながひさ まこと、1984年8月2日 - )は、日… 長久 允(ながひさ まこと、1984年8月2日 - )は、日本のCMプランナー、映画監督、映像作家、脚本家。東京都出身。 1984年、東京都で生まれる。 青山学院大学文学部フランス文学科在学中、大学の隣にあったイメージフォーラムでたまたま観た新藤兼人監督の映画『ふくろう』に衝撃を受け、ダブルスクールでバンタンデザイン研究所映画映像学部に通い始める。バンタンデザイン研究所の卒業制作では、短編映画『FROG』で監督と脚本を手掛けた。 大学卒業後、電通に入社し営業に配属されるがその後、転局試験を受けCMプランナーとなり、黒須美彦に師事する。2013年、カンヌ国際広告祭のヤングライオンフィルム部門で日本人初のメダリストとなる。
三宅 唱(みやけ しょう、1984年7月18日 - )は、日… 三宅 唱(みやけ しょう、1984年7月18日 - )は、日本の映画監督。とくに『きみの鳥はうたえる』(2017)、『ケイコ 目を澄ませて』(2022)などの作品が国外でも高く評価されている。 1984年、北海道札幌市東区に生まれる。北海道札幌北高等学校卒業。2007年、23歳の時に映画美学校第10期フィクション・コース初等科を修了。2009年、25歳の時に一橋大学社会学部を卒業した。 『1999』『4』『マイムレッスン』『スパイの舌』といった短編作品を手がけたのち、初長編『やくたたず』を監督した。 ロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品された『Playback』で第22回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞。
蔦 哲一朗(つた てついちろう、1984年6月29日 - )… 蔦 哲一朗(つた てついちろう、1984年6月29日 - )は、日本の映画監督である。 徳島県三好市池田町生まれ。 池田高等学校野球部を高校野球日本一に導いた蔦文也を祖父に持つ。小中高はサッカーをしていた。池田高校から東京工芸大学へ進学し、大学卒業後は映写技師のかたわら、短編映画を製作する。2009年、『夢の島』がぴあフィルムフェスティバルに入選し、観客賞を受賞。2013年、『祖谷物語 おくのひと』が第26回東京国際映画祭「アジアの未来」部門にてスペシャル・メンションを受賞する。2011年から、蔦文也の足跡をたどる記録映画の製作を進めており、蔦の家族や教え子たち約20人を取材した。2014年度阿波文化創造賞を受賞。
宇賀那 健一(うがな けんいち、1984年4月20日 - )… 宇賀那 健一(うがな けんいち、1984年4月20日 - )は、日本の俳優、映画監督、脚本家。神奈川県生まれ。東京都出身。青山学院大学経営学部経営学科卒業。株式会社Vandalism代表取締役。 役者として活動する中、監督業に興味を持ち、短編映画『発狂』が初の監督作品となった。 2016年夏には馬場ふみか、間宮祥太朗、村上虹郎、今井華、柳英里紗ら若手俳優が出演したガングロギャル映画『黒い暴動❤』を監督。初の長編映画となる。 2018年には『サラバ静寂』、2019年には『魔法少年☆ワイルドバージン』、2020年には『転がるビー玉』が劇場公開された。 2021年には過去に撮影した連作短編映画『異物』『適応』『増殖』『消滅』の4本を繋いだ『異物 -完全版-』が、トリノ国際映画祭、モントリオール・ヌーヴォー・シネマ映画祭(英語版)、エトランジェ映画祭(フランス語版)などで上映された。
上田 慎一郎(うえだ しんいちろう、1984年4月7日 - … 上田 慎一郎(うえだ しんいちろう、1984年4月7日 - )は、日本の映画監督。滋賀県伊香郡木之本町(現:長浜市)出身。株式会社PANPOCOPINA(エイベックス・ピクチャーズ業務提携)取締役。妻は同じく映画監督のふくだみゆき。 木之本町立木之本中学校在学時から、父親のハンディカムで友人と自主映画を撮り始める。滋賀県立長浜高等学校在学時も自主映画を撮り続け、文化祭での上映を行っていたところ、演劇部の顧問に声をかけられ高校2年生の終わり頃に演劇部に入部。演劇部では舞台劇の脚本・演出を担当し、高校3年生時に創作した作品は2002年度近畿高等学校総合文化祭で上演、春秋座の招待公演「演じる高校生」でも上演された。
小栗 はるひ(おぐり はるひ、1984年4月4日 - )は、… 小栗 はるひ(おぐり はるひ、1984年4月4日 - )は、日本の映画監督。神奈川県出身。 横浜商工高等学校、日活芸術学院、ENBUゼミナール熊切和嘉コース卒業。 日活芸術学院卒業制作『パンツの華』が京都国際学生映画祭2007において入選。 ENBUゼミナール卒業制作『少年少女』が夕張国際学生映画祭2008国内部門グランプリ、国際部門準グランプリ、成城大学映画祭グランプリ、CO2映像展2009オープン・コンペ部門入選。 2011年、「どんずまり便器」では主演の菜葉菜がゆうばりファンタスティック映画祭にてベストアクトレス賞を受賞。 OP PICTURES新人監督発掘プロジェクト2018に応募し、脚本が審査員特別賞を受賞。
杉野 希妃(すぎの きき、1984年3月12日 - )は、日… 杉野 希妃(すぎの きき、1984年3月12日 - )は、日本の女優、映画プロデューサー、映画監督。 広島県広島市南区出身。慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。スターダストプロモーション、和エンタテインメントを経て、現在はアプレ所属。女優、プロデューサー、監督としてアジアを中心に国境を超えて活動し「アジア・インディーズのミューズ」と称される。 宝塚歌劇団に憧れて中学2年生のときに演劇部に入部、中学卒業時に宝塚の受験を希望するものの母親に猛反対され、「とにかく大学に行きなさい」「大学に行けば好きにしていい」と言われた。進学校として有名な中高一貫の女子校に通い厳しい親と学校の中で抑圧感を抱きながら生活し、自由に解放されたい、エンタテインメントの中心である東京で刺激を受けたいとの思いから、得意な数学を活かして慶應義塾大学経済学部経済学科への進学を志す。
坂井田 俊(さかいだ しゅん、1984年3月10日 - )は… 坂井田 俊(さかいだ しゅん、1984年3月10日 - )は、日本の映画監督。神奈川県海老名市出身。 高校生時代、同級生がJR根岸線の電車内で40代男性をハンマーで殴打する殺人未遂事件を起こす。同時期には西鉄バスジャック事件が起きたり、カッターナイフやバタフライナイフを使用した事件が多発し、これらに坂井田は「共振」を感じた。北野武監督の映画『その男、凶暴につき』を鑑賞し、その「共振」を表現する手法として、実際に事件を起こすのではなく、現実の代用として映画で表現することを考え始める。 高校卒業後はバンタン映画映像学院(現:バンタンデザイン研究所映像デザイン学部)に進み、3年間映像制作を学ぶ。卒業制作として高校生時代に感じた「共振」を表現した、通り魔殺人を犯した少年と殺人願望を持つ少年を描いた短編『壊したいおもちゃ』を制作し、第9回CHOFU SHORT FILM COMPETITION奨励賞、シネアスト・オーガニゼーション・大阪(CO2)オープン・コンペ部門入選を果たす。
草野 翔吾(くさの しょうご、1984年 - )は、日本の映… 草野 翔吾(くさの しょうご、1984年 - )は、日本の映画監督、脚本家。群馬県桐生市出身。群馬県立桐生高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。 早稲田大学映画研究会在籍中に監督した作品が、学生映画祭において数々の賞を獲得。2009年、シアターTSUTAYAにて上映され、同館のレイトショー観客動員記録を樹立した『Mogera Wogura』をはじめ、在学中より、渋谷シネマ・アンジェリカやUPLINK FACTORYなどの一般劇場で長編監督作が上映される。2012年、自らの故郷桐生を舞台にした長編映画『からっぽ』が、第4回沖縄国際映画祭パノラマスクリーニング部門や、第27回高崎映画祭“若手監督たちの現在”に選出。
清水 俊平(しみず しゅんぺい、1984年 - )は、日本の… 清水 俊平(しみず しゅんぺい、1984年 - )は、日本の映画監督・脚本家。東京藝術大学大学院映像研究科修了。 監督作品に『ふざけるんじゃねえよ』などがある。 1984年生まれ、パリ出身。伯父はマルグリット・デュラス『愛人 / ラマン』の翻訳で知られる仏文学者の清水徹。明治学院大学文学部卒業後、海運会社勤務を経て、多摩美術大学入学。青山真治監督の授業で制作した初監督作品『ふざけるんじゃねえよ』が第26回東京学生映画祭グランプリをはじめ、東京国際映画祭やバンクーバー国際映画祭など国内外20以上の映画祭に正式出品される。東京藝術大学大学院映像研究科にて脚本家・坂元裕二の助手を務めた後、ピエール・ウィリアム・グレン、レナート・ベルタの通訳、マーティン・スコセッシ監督『沈黙 -サイレンス-』(2017)制作部、イザベル・ユペールの付き人を経て、タル・ベーラに師事。
伊藤 丈紘(いとう たけひろ、1984年 - )は、日本の映… 伊藤 丈紘(いとう たけひろ、1984年 - )は、日本の映画監督。宮城県出身。 横浜国立大学大学院環境情報学府修了。東京芸術大学大学院映像研究科修了。大学院修了後の初長編作品『OUT THERE』が、2016年のマルセイユ国際映画祭にて日本映画としては初めてインターナショナルコンペティションと処女長編コンペティションへ同時選出された。
小野 さやか(おの さやか、1984年 ‐ )は、日本の映画… 小野 さやか(おの さやか、1984年 ‐ )は、日本の映画監督。 日本映画学校(現・日本映画大学)17期卒業。在学中は映像ジャーナルコース所属。 日本映画学校卒業制作作品『アヒルの子』HOTDOCS国際ドキュメンタリー映画祭(カナダ)、シャドードキュメンタリー映画祭(オランダ)、ニッポンコネクション(ドイツ)に正式出品。 2010年:『アヒルの子』全国劇場公開。 2012年:フジテレビ『NONFIX』枠にて”ダッ!ダッ!脱原発の歌”を歌うアイドル・制服向上委員会の一年間を記録した『原発アイドル』にて、第50回ギャラクシー賞奨励賞。 2013年:『NONFIX』枠にて女装者たちを描いた『僕たち女の子』が話題を呼ぶ。
滝野 弘仁(たきの ひろひと、1984年 - )は、日本の映… 滝野 弘仁(たきの ひろひと、1984年 - )は、日本の映画監督、脚本家。石川県小松市出身。 2012年、監督作『もしかしたらバイバイ!』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭2012やドイツのNIPPON CONNECTION など、国内外の映画祭で入選。次作『FUCK ME TO THE MOON』はMOOSICLAB2013にて全国各地で上映される。近年では、短編作品が水戸短編映像祭、仙台短編映画祭などで上映が行われている。 助監督としても多数の作品に参加しており、映画やドラマ、CM・MVなど幅広い分野で活動している。 2024年、自身初の長編映画『くまをまつ』を発表。亡き祖父の家で脚本執筆と撮影を行い、石川県小松市滝ケ原町を舞台とした物語。
田中 稔彦(たなか としひこ、1983年〈昭和58年〉12月… 田中 稔彦(たなか としひこ、1983年〈昭和58年〉12月16日 - )は、日本の俳優、映画監督である。株式会社No Saint.&Bloom 代表取締役社長。 和歌山県出身。えりオフィス業務提携。 滋賀大学経済学部卒業。ミシガン大学アナーバー校に留学経験がある。身長175cm。特技はバスケットボール・野球・殺陣・英語、趣味は放浪の旅・写真撮影。語学力はTOEIC930点、TOEFL613点 自身が初監督・脚本・出演・撮影・編集・プロデュースした長編映画『莉の対(れいのつい)』が2024年1月に開催された第53回ロッテルダム国際映画祭で最優秀作品賞であるタイガーアワードを受賞した。単独でのタイガーアワード受賞は邦画では初の快挙。
たか ひろや(1983年11月16日 - )は、埼玉県出身の… たか ひろや(1983年11月16日 - )は、埼玉県出身の映画監督。2024年6月5日、日本脚本家連盟に加入。
工藤 将亮(くどう まさあき、1983年10月31日 - )… 工藤 将亮(くどう まさあき、1983年10月31日 - ) は、日本の映画監督・脚本家。 ビジュアルアーツ専門学校大阪、放送映画学科卒業。専門学校在籍中に京都の撮影所でエキストラや美術のバイトなどで働き出す。卒業後、松竹京都撮影所に演出部として入社。時代劇からファンタジー作品など数多くの作品に携わる。その後、東京に移り活動の場を広げる。主に師事した監督として森田芳光、行定勲、石井岳龍、東陽一などがいる。 2017年初監督作品『アイムクレイジー』を製作。同作は2018年第22回プチョン国際ファンタスティック映画祭に出品され、最優秀アジア映画賞(NETPAC賞)を受賞する。 2020年コロナ禍の中で製作した『未曾有』が2021年第25回タリンブラックナイト映画祭に正式出品される。
山田 孝之(やまだ たかゆき、1983年〈昭和58年〉10月… 山田 孝之(やまだ たかゆき、1983年〈昭和58年〉10月20日 - )は、日本の 俳優、声優、ナレーター、歌手、タレント、映画監督、映画プロデューサー。 沖縄県那覇市生まれ、鹿児島県川内市(現:薩摩川内市)出身。スターダストプロモーション所属。 1. 遠藤憲一・菅田将暉 | 2. 濱田岳 | 3. 長瀬智也 | 4. 岡田将生 | 5. 三上博史 | 6. 松岡昌宏 | 7. 草彅剛 | 8. 小栗旬 | 9. 石坂浩二 | 10. 浅野忠信 11. 志尊淳 | 12. ディーン・フジオカ | 13. 山田孝之・菅田将暉 | 14. 岡田将生 | 15. 光石研 | 16. 西島秀俊・内野聖陽 | 17. 大泉洋 2016. 山田孝之 | 2017. 浅野忠信 | 2018. 山田孝之・菅田将暉
石川 真吾(いしかわ しんご、1983年10月9日 - )は… 石川 真吾(いしかわ しんご、1983年10月9日 - )は、福井県出身の映画監督。 武蔵野美術大学映像学科卒。
芝 聡(しば さとし、1983年9月9日- )は、日本のバラ… 芝 聡(しば さとし、1983年9月9日- )は、日本のバラエティー番組のディレクター、総合演出家、プロデューサー、映画監督。 京都大学を卒業後、朝日放送入社。 「今ちゃんの実は」「ビーバップ!ハイヒール」「ハッキリ5」「名医とつながる!たけしの家庭の医学」「明石家さんまのコンプレックス杯」「これって私だけ?」など数々の番組を担当した。 2019年第11回沖縄国際映画祭では初監督作品としてNON STYLEの石田明が長年あたためてきた物語を脚本化した『クソみたいな映画』を手掛ける。
戸田 彬弘(とだ あきひろ、1983年8月16日 - )は、… 戸田 彬弘(とだ あきひろ、1983年8月16日 - )は、日本の映画監督、映画プロデューサー、脚本家、演出家である。奈良県大和郡山市出身。株式会社チーズfilm代表取締役。劇団チーズtheater主宰。 近畿大学文芸学部芸術学科舞台芸術専攻卒業。株式会社チーズfilm代表取締役。劇団チーズtheater主宰。近畿大学で大橋也寸からルコックシステムを学び、演劇から活動をスタートさせる。独学で映画を撮り数々の賞を受賞。大学の先輩・大江崇允とチーズfilmとして2012年頃まで活動していた。 2015年に旗揚げした劇団チーズtheater第1回公演『川辺市子のために』がサンモールスタジオ選定賞2015において最優秀脚本賞を受賞。
藤村 享平(ふじむら きょうへい、1983年7月16日 - … 藤村 享平(ふじむら きょうへい、1983年7月16日 - )は、日本の映画監督、脚本家。石川県金沢市出身。日本映画学校(現・日本映画大学)17期、2005年卒業。ノックアウト所属後、2012年よりブリッジヘッド(代表 小川真司)所属。 (全て 監督・脚本作品) (記号※は監督作品。記号なしは監督・脚本作品)
金井 純一(かない じゅんいち、1983年6月27日 - )… 金井 純一(かない じゅんいち、1983年6月27日 - )は、日本の映画監督・脚本家。スターダストプロモーション関連のSTARDUST CREATORS所属。埼玉県出身。 埼玉県川越高校卒業後、中央大学理工学部に入学。大学入学後から、ドキュメンタリー作品をはじめとした、映像作品の製作を開始する。 大学中退後の2006年より、ENBUゼミナールにて映像制作を学び、2007年伊参スタジオ映画祭にて『求愛』がシナリオ大賞を受賞、2011年には映像産業振興機構に選出された『ペダルの行方』にて、ドバイ国際映画祭・アジアアフリカ映画短編コンペティション部門に選出される。 2012年、短編映画『転校生』にて、札幌国際短編映画祭最優秀監督賞・最優秀国内作品賞を受賞するなど、発表する各作品が映画祭にて高評価を受けている。
池田 将(いけだ しょう、1983年6月24日-)は日本の映… 池田 将(いけだ しょう、1983年6月24日-)は日本の映画監督。映像プロダクション、Sundy inc.の設立メンバー。 1983年東京生まれ。東京都昭島市、福岡県花畑、兵庫県神戸市、東京都昭島市で育つ。私立明法中学高等学校にて6年間過ごし、卒業後は新聞配達をしながら立川美術学院に在学。本予備校の小論文の先生が「映像歳事記 鳥居をくぐり抜けて風」のプロデューサーも務めた小笠原高志氏。東京造形大学デザイン学科映画専攻領域入学後、映画監督・諏訪敦彦に師事し、柏田洋平や吉田光希らと共に映画表現の在り方を日々模索。2008年、卒業制作で制作した『亀』は造形大学造形賞を受賞後、下北沢トリウッドにて劇場公開し監督デビュー。
ムータン(1983年6月3日 - )は、日本のAV男優。愛称… ムータン(1983年6月3日 - )は、日本のAV男優。愛称はムーちゃん。東京都東久留米市出身(生まれは西東京市・田無病院)。東京都立久留米高等学校卒業、東京農業大学応用生物科学科中退。 一人っ子として生まれ、勉強のできる子として育つ。中央大学付属高校に進学したものの2年で中退。通信制の高校に入り直し大学進学。大学4年で桃井望事件のことが気になり、まとめサイトを見てバナーをクリックしたことをきっかけに、AV制作会社に声をかけられ、2005年にAV男優デビュー。初出演作はナンパ作品で仙台や博多までナンパするADのような仕事から始めた。ここで勃起した性器が大きいと界隈に知られ、新人男優としては比較的売れっ子になる。
落合 賢(おちあい けん、1983年5月31日 - )は、日… 落合 賢(おちあい けん、1983年5月31日 - )は、日本の映画監督。東京都出身。スターダストプロモーション関連のSTARDUST CREATORS所属。落合賢は、ジャンルを横断する演出力と、アメリカで培った映画制作経験を生かした国際的な作風で知られる映画監督である。また、アクション、ドラマ、コメディ、短編映画など多様なフォーマットに対応し、日本、アメリカ、アジア諸国など文化や言語の異なる制作現場で作品を成立させてきた点も特徴とされる。近年は短編映画『ストレンジ / Strange』に見られるように、社会的少数者や個人の内面に寄り添ったテーマにも取り組み、Short Shorts Film Festival & Asia 2023での最多視聴賞受賞などを通じて国際的な注目を集めている。
伊藤 誠(いとう まこと、1983年5月2日 - )は、東京… 伊藤 誠(いとう まこと、1983年5月2日 - )は、東京都渋谷区出身の映画監督・映像作家・グラフィックデザイナー・ウェブデザイナー・technicute代表。 東京都渋谷区の原宿育ち。幼少期は漫画家を目指していたが、同じ登場人物の絵を何度も描くことに飽きて諦める。 東京都立駒場高校に入学後、撮影すれば描かなくても良いと思い映画監督を目指すようになり、同時にデザインにも興味を持ち始める。 武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業後、デザインワークと映画・ショートフィルムの製作活動をしている。 劇団青春事情の宣伝美術を担当。ウェブサイトデザインの他、第7回公演以降の本公演・企画公演のチラシは全て伊藤がデザインをしている。
和島 香太郎(わじま こうたろう、1983年4月7日 - )… 和島 香太郎(わじま こうたろう、1983年4月7日 - )は、日本の映画監督。京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科(現映画学科)卒業。 2006年、京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科卒。 2007年、BS-TBS先生道・『聴く先生』(主演・大浦龍宇一)を監督。同年9月、仙台短篇映画祭「新しい才能」部門にて、監督作の『店番の間』が上映される。シナリオ『かなたゆ』(未映像化)が第4回BS-i(現BS-TBS)新人脚本賞にて審査員特別賞受賞。 2008年11月、文化庁若手映画作家育成プロジェクト(NDJC 2008)に選出され、35ミリフィルムによる映画『第三の肌』(出演:りりィ、唐橋充)を監督。 2010年3月、トロントジャパニーズ短編映画祭にて『第三の肌』(英題 "A Third Skin")が観客賞(Audience Choice Award)を受賞。
友利 翼(ともり つばさ、1983年2月6日 - )は、日本… 友利 翼(ともり つばさ、1983年2月6日 - )は、日本の映画監督・映像作家。沖縄県沖縄市出身。 19歳で上京し、専門学校卒業後テレビ局で番組アシスタントディレクターとして働くかたわら、自主脚本を執筆。退社後、フリーで映像制作を開始する。ショートフィルム、ミュージックビデオ、イベント映像制作等幅広く活動中。2022年から京都を拠点としている。
手塚 悟(てづか さとる、1983年1月2日 - )日本の映… 手塚 悟(てづか さとる、1983年1月2日 - )日本の映画監督。山梨県南アルプス市出身。やまなし大使。 山梨県立白根高等学校、尚美学園大学卒業。 ジャッキー・チェンに憧れていた映画少年だったがさらに小学校の担任教師がビデオ制作をしていたことに感化され、同級生と共に映画遊びをはためる。大学在学中にENBUゼミナールでも映画製作を学び、卒業後は短編作品を中心に活動。 2008年、第6回NHKミニミニ映像大賞に「サミット ニュース篇」がノミネート。2009年『つるかめのように』がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭をはじめとする 国内の映画祭にノミネートされた。2011年『こぼれる』は水戸短編映像祭、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、下北沢映画祭等、前作以上の数の国内の映画祭にノミネート上映された。
安藤 大佑(あんどう だいすけ、1983年 - )は日本の映… 安藤 大佑(あんどう だいすけ、1983年 - )は日本の映画監督。NHKディレクター。福岡県出身。 東京外国語大学卒業。在学中に朝鮮語を専攻していた。2002年より映画製作を始める。 2004年、韓国留学し、韓国映画の現場で助監督、通訳として働いていた。2005年には韓国映画『まぶしい一日』のスタッフとして製作に関わる。日韓合作映画のスタッフとしても多数参加。 2006年製作した監督作品である『けつわり』は、戦争中、筑豊地方の炭鉱から逃げ出してきた朝鮮人労働者と少年の交流を描いた作品である。 2008年NHK入局。主にドラマ番組を担当。 平山カンタロウ『キミと歯のうた』(2020) MV 【監督】
五十嵐 耕平(いがらし こうへい、1983年 - )は、日本… 五十嵐 耕平(いがらし こうへい、1983年 - )は、日本の映画監督。 静岡県藤枝市岡部町出身。東京造形大学にて、諏訪敦彦に師事した。在学中に手がけた『夜来風雨の声』が、2008年のシネマ・デジタル・ソウル映画祭にて韓国批評家賞を受賞した。その後、東京藝術大学大学院に進学。修了作品の『息を殺して』が、第67回ロカルノ国際映画祭にて上映された。ふみふみこの漫画を映画化したオムニバス作品『恋につきもの』では、「豆腐の家」を監督している。 2017年、ダミアン・マニヴェルとの共同監督作品『泳ぎすぎた夜』が第74回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門にて上映される。2024年の監督作品『SUPER HAPPY FOREVER』も第81回ヴェネツィア国際映画祭のヴェニス・デイズ部門にて上映される。
竹葉 リサ(たけば りさ、1983年 - )は、日本の映画監… 竹葉 リサ(たけば りさ、1983年 - )は、日本の映画監督、脚本家、小説家。 初の長編『さまよう小指』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭2014で最高賞とシネガーアワードを受賞。ロッテルダム国際映画祭、シッチェス・カタロニア国際映画祭にも招待された。2作目の長編『春子超常現象研究所』は同上の映画祭、モスクワ国際映画祭でも上映。『オルジャスの白い馬』は、オール・カザフスタンロケで日本・カザフスタン初の海外共同制作で、アジア最大級の釜山国際映画祭のオープニング作品に選ばれ、日本勢として16年ぶりの快挙となった。長編ホラー『シグナル100』はシッチェス映画祭、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭など世界のファンタスティック映画祭で上映されている。
森ガキ 侑大(もりがき ゆきひろ、1983年〈昭和58年〉 … 森ガキ 侑大(もりがき ゆきひろ、1983年〈昭和58年〉 - )は、日本の映画監督、CMディレクター。クリエイター集団「クジラ」主宰。広島県広島市出身。 広島工業大学高等学校を経て、広島工業大学を卒業。大学在学中、1台のビデオカメラを手に独学でドキュメンタリー映像の制作を開始。自ら現場へ足を運び、被写体と対峙する実地での撮影を通じて映像制作の基礎を習得した。大学卒業後、映像ディレクターを志し福岡県へ拠点を移す。 高校時代までは陸上競技に打ち込み、県大会上位に入る実力を持っていたが、同郷の為末大の記録を目の当たりにしたことで競技を断念。この挫折を機に、レンタルビデオ店で映画を観るようになったことが映像の世界へ進む原点となる。
岨手 由貴子(そで ゆきこ、1983年 - )は、日本の映画… 岨手 由貴子(そで ゆきこ、1983年 - )は、日本の映画監督である。長野県長野市出身[リンク切れ]。石川県金沢市在住。明治学院大学経済学部経済学科卒[リンク切れ]。 大学在学中、ENBUゼミナールの映画監督コースに通い、篠原哲雄の指導のもとで製作した短編『コスプレイヤー』が第8回水戸短編映像祭、ぴあフィルムフェスティバル2005に入選。 2008年、初の長編『マイム マイム』がぴあフィルムフェスティバル2008で準グランプリ、エンタテインメント賞を受賞。 2009年には文化庁若手映画作家育成プロジェクトに選出され、山中崇、綾野剛らを迎え、初の35mmフィルム作品『アンダーウェア・アフェア』を製作。
竹馬 靖具(ちくま やすとも、1983年 - )は、栃木県足… 竹馬 靖具(ちくま やすとも、1983年 - )は、栃木県足利市出身の映画監督・脚本家。 2009年に自ら監督、脚本、主演を務めた 映画『今、僕は』を発表する。2011年には真利子哲也と共に映画『NINIFUNI』の脚本を執筆。5年以上の歳月を費やし完成させた『蜃気楼の舟』が東欧最大の映画祭カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭のフォーラム・オブ・インディペンデントコンペティションに正式出品される。『蜃気楼の舟』は2016年1月、劇場公開。2020年8月、『ふたつのシルエット』劇場公開。2022年11月、『の方へ、流れる』劇場公開。2025年11月、『そこにきみはいて』(配給・日活)劇場公開。
西原 孝至(にしはら たかし、1983年 - )は、富山県出… 西原 孝至(にしはら たかし、1983年 - )は、富山県出身の映画監督、テレビディレクター。 1983年、富山県生まれ。富山県立呉羽高等学校卒業。2003年に早稲田大学川口芸術学校に第1期生として入学、映像制作を学ぶ。早稲田大学大学院国際情報通信研究科中退。映画美学校ドキュメンタリー高等科修了。 TVドキュメンタリーの演出を経て、 映画制作を開始。『Starting Over』(2014)は東京国際映画祭をはじめ、国内外10箇所以上の映画祭に正式出品され高い評価を得る。 近年はドキュメンタリー映画を続けて制作。『わたしの自由について~SEALDs 2015~』は北米最大の国際ドキュメンタリー映画祭 HotDocsにて上映。
オシア ウコ(1982年11月11日 - )は、日本の映画プ… オシア ウコ(1982年11月11日 - )は、日本の映画プロデューサー、映画監督、俳優。GUM株式会社代表取締役。大阪府出身。本名は葦澤 恒(あしざわ こう)。監督、脚本に関しては本名を使用している。独立プロダクションであるGUM株式会社を立ち上げ、実写映画や劇場版アニメの製作・プロデュースを行う一方、戦争を題材としたドキュメンタリー映画『満天の星』で長編映画監督としてもデビューした。 大阪府で育ち、19歳までプロのサッカー選手を目指していたが、挫折し、その後俳優の道へ進む。 上京し東京のオーディションを受け合格。老舗の前進座という劇団の養成所からキャリアをスタートする。 養成所卒業後7年間にわたり無名塾全国公演、松竹座公演、日本で初めて北朝鮮拉致事件を扱った舞台に出演など、歌舞伎系統から新劇、小劇場などあらゆるジャンルの舞台作品に出演した。