武久 源造(たけひさ げんぞう、1957年7月27日 - )… 武久 源造(たけひさ げんぞう、1957年7月27日 - )は、日本の鍵盤楽器奏者、チェンバロ奏者、フォルテピアノ奏者、オルガン奏者、古楽器奏者、クラヴィコード奏者、即興演奏家、バッハ研究家、作曲家、指揮者。愛媛県松山市出身。 国立音楽大学客員講師。フェリス女学院大学音楽学部器楽科及び同大学院元講師(1998 - 2010年)。 1歳で全盲となり、2歳で音楽教師であった父親に音楽の才能を見出される。1966年4月26日、ベルリン・フィル松山市民会館の公演でヘルベルト・フォン・カラヤンが演奏したチェンバロの音色に魅せられ、研究を始める。小学生でチェンバロを習うために寝台列車で東京へ通い続け[リンク切れ]、チェンバロ、オルガン、ピアノ、クラビコードなど様々な鍵盤楽器を弾きこなす。
中里 融司(なかざと ゆうじ、1957年2月4日 - 200… 中里 融司(なかざと ゆうじ、1957年2月4日 - 2009年6月18日)は、日本の小説家、漫画原作者、戦史研究家。日本SF作家クラブ会員。 東京都杉並区出身。武蔵大学経済学部卒業。 創作活動の出発点は漫画家としてであり、武蔵大学漫画研究会の旗揚げに関わった。大学卒業後、銀行員として社会人生活を送っていたところ、身体を壊して退職したのを機に漫画家への転身を決意し、いくつかの漫画賞に応募する。 白泉社の月刊『アニマルハウス』誌においてストーリーテリングを評価され、漫画原作者としてデビューすることになり、『鬼十郎妖戦録』シリーズ(作画:近石雅史)などの原作を担当する。 『アニマルハウス』休刊に伴い、小説家への転身を決意。
テミヤン(Temiyan、1957年2月3日 - )は、日本… テミヤン(Temiyan、1957年2月3日 - )は、日本のフォークシンガー、シンガーソングライター、野草研究家。本名:宮手健雄(みやて たけお)。アップフロントワークス所属。自称「浜辺のフォークシンガー」。テミヤンの名付け親はブレッド&バターの岩沢二弓。本名の「みやて」を並べ替えて「てみやん → Temiyan」になった。神奈川県平塚市出身。湘南学園高等学校卒、和光大学表現学部芸術学科中退。学生時代に神奈川県茅ヶ崎市に移り住み、2018年に葉山に移住した。湘南ビーチFMの開局から10年にわたり、ラジオパーソナリティを務めた。 中学から音楽に目覚めエレクトリック・ギターを手にしていたが、岡林信康に強烈な影響を受け、エレキをアコースティック・ギターに持ち替え、フォークソングに傾倒する。
斎藤 英治(さいとう えいじ、1957年 - )は、日本のア… 斎藤 英治(さいとう えいじ、1957年 - )は、日本のアメリカ文学研究家、映画評論家、翻訳家。明治大学法学部教授。 茨城県生まれ。茨城県立水戸第一高等学校、慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。明治大学文学研究科英文科修士課程修了。 大学時代に映画・文学批評の同人誌「キップル」を畑中佳樹、武藤康史と発行。小説家の村上春樹が1986年にジョン・アーヴィングの『熊を放つ』を翻訳する際、柴田元幸、畑中佳樹、上岡伸雄、斎藤英治、武藤康史の5人でチームを組んでバックアップした。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
羽仁 礼(はに れい、1957年〈昭和32年〉 - )は、ノ… 羽仁 礼(はに れい、1957年〈昭和32年〉 - )は、ノンフィクション作家、占星術研究家、中東研究家。外務省の元外交官であり、本名は松岡信宏。 広島県芦品郡駅家町(現・福山市駅家町)生まれ。1980年島根大学文理学部卒。 少年時よりUFO、超能力など、超常現象と総括される事象に多大な関心を持ち続け大学在学中、「超自然現象研究会」を結成、機関紙『Z』を刊行。(名称は受験の通信添削で著名なZ会に由来する。卒業後、時を経てこの機関誌は『0界通信』として復刊された)。さらに『ムー』などUFOやオカルト関係の専門誌に投稿を始める(デビュー作は、「UFOと宇宙(1978年9月号)」誌に投稿した、『ガリヴァー旅行記のジョナサン・スイフトはコンテクティーだ』であった)。
宇田川 岳夫(うだがわ たけお、1957年 - )は、サブカ… 宇田川 岳夫(うだがわ たけお、1957年 - )は、サブカルチャー研究家である。 60-70年代のメインカルチャーに反逆的な漫画・音楽・演劇等の芸術作品を「フリンジ・カルチャー」と命名、「萌え系」文化全盛の時代に反逆する評論活動を行う。「ふくしま政美ルネッサンスの会」元会長。 東京都出身。東京大学卒業。80年代には同人誌『漫画ゾンビ』を編集。1984年、『漫画ブリッコ』で竹熊健太郎が「聖マッスル」を取り上げたことから同誌に投稿、以後親交を深める。同時期に雑誌『MARQUEE』にロック評論を寄稿していた。 90年代半ば、『QuickJapan』が幻のカルト漫画家として徳南晴一郎を取り上げた際に、同誌と関わりを持ち始め注目を集める。
犬塚 潔(いぬづか きよし、1957年 - )は、三島由紀夫… 犬塚 潔(いぬづか きよし、1957年 - )は、三島由紀夫研究家。東京医科大学卒業の医師(形成外科)、医学博士。 三島由紀夫の資料を収集している。
山崎 和樹(やまざき かずき、1957年 - )は、日本の染… 山崎 和樹(やまざき かずき、1957年 - )は、日本の染色工芸家 、染色研究家、草木染め研究家。群馬県高崎市生まれ。東北芸術工科大学元准教授。明治大学農学部修士課程修了。信州大学工学系研究科博士後期課程修了。学術博士。 1982年、父である山崎青樹(群馬県重要無形文化財指定者)のもとで草木染の研究を始める。 1985年、神奈川県川崎市に草木染研究所柿生工房(草木工房)を開設し、草木染の研究、作品制作、講習会を行う。
岡田 光興(おかだ みつおき、1957年 - )は、日本の東… 岡田 光興(おかだ みつおき、1957年 - )は、日本の東洋・西洋神秘学研究家、実践言霊道宗家継承者、歌人。「未来潮流研究会」主宰。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
瀬川 千秋(せがわ ちあき、1957年 - )は、中国文化研… 瀬川 千秋(せがわ ちあき、1957年 - )は、中国文化研究家。 東京都武蔵野市生まれ。1980年早稲田大学社会科学部卒業(刑法専攻)。出版社のアルバイトを経て、フリーライター。中国語の翻訳、中国の民間文化や芸術を研究し、2003年『闘蟋 中国のコオロギ文化』でサントリー学芸賞受賞。
冴木 一馬(さえき かずま、昭和32年(1957年) - )… 冴木 一馬(さえき かずま、昭和32年(1957年) - )は、日本の花火写真家、研究家。花火師の免許を取得している。 山形県鶴岡市出身。現在[いつ?]、大阪在住。専門学校卒業後、アパレル会社へ就職。その後、フリーカメラマンとして独立。写真への興味は専門学校時代に同じ寮にいた友人の影響だと語っている。 韓国の民主化運動の取材では肩から提げていたカメラバッグを銃弾が貫通したという話が残っている。 事件や事故の現場を中心に担当していた中、1987年に大阪の天神祭で花火を記録したことをきっかけとして花火への興味を持つようになった。今日では、ハナビストを自称している。ハナビストは写真家以上の活動として肩書きを考えていた当時、コラムニストやエコノミストなどの横文字職業が流行していたのを機に「ハナビスト」と自分で考えたと伝えられている。
津上 俊哉(つがみ としや、1957年 - )は日本の現代中… 津上 俊哉(つがみ としや、1957年 - )は日本の現代中国研究家・経済評論家・コンサルタントである。専門は中国経済。(有)津上工作室代表を務める。
浅利 幸彦(あさり ゆきひこ、1956年9月30日 - )は… 浅利 幸彦(あさり ゆきひこ、1956年9月30日 - )は、日本の歯科医師、予言研究家。 静岡県沼津市出身。東京歯科大学卒業。ノストラダムスの予言について研究し、これらに関連する著作などもある。すべての著作においてノストラダムスの予言は全四行詩一事件解釈としている。
髙信 幸男(たかのぶ ゆきお、1956年〈昭和31年〉8月1… 髙信 幸男(たかのぶ ゆきお、1956年〈昭和31年〉8月10日 - )は、日本の名字研究家、司法書士、作家。日本家系図学会理事。元国家公務員(法務省法務局職員)。茨城県久慈郡大子町出身、水戸市在住。 茨城県立大子第一高等学校時代からの趣味で名字研究を始める。法務省法務局職員として長らく戸籍の業務に携わる。水戸地方法務局・札幌法務局・さいたま地方法務局・甲府地方法務局・東京法務局・横浜地方法務局にて勤務。県や市町村、大学等での講演、テレビ・ラジオなどの番組客演や監修に協力。 2017年3月に法務省を退官。以降は、司法書士を本業としつつ、フリーの名字研究家として活動している。 後年はバラエティ番組『沸騰ワード10』にて、「はんのひでしま」店主の秀島徹との対決企画が定期的に特集として組まれて話題となり、名字の由来を世に紹介する文化的な側面で貢献している。
魚柄 仁之助(うおつか じんのすけ(ペンネーム)1956年4… 魚柄 仁之助(うおつか じんのすけ(ペンネーム)1956年4月21日 - )は日本の食生活研究家、エッセイスト、漫画原作者、ペーパーナイフアーティスト。 福岡県北九州市戸畑区に生まれる。実家は大正7年創業の日本料理店。 小学生時代、針金が左目に刺さる事故で左目を失明。中学生時代から独学で自転車・ラジオ・時計の修理、ギターの修理と演奏に熱中する。当時から中古自転車・中古ギターを修理・売買し、中学3年生からはキャバレーのギター演奏のアルバイトも行っていた。 1975年、福岡県立戸畑高校卒業後、宇都宮大学農学部に入学。実家の仕送りには頼らず、ギター弾きや建築現場の養生作業、旅館の配膳アルバイトをしながら1981年に古物商免許を取得し、貯金200万円を元手に宇都宮市でバイク店を開いた(共同経営)。
高田 邦夫(たかだ くにお、1956年3月25日 - )は、… 高田 邦夫(たかだ くにお、1956年3月25日 - )は、日本のバッハ研究家。 京都府京都市出身。中学生時代にヨハン・ゼバスティアン・バッハの音楽に多大な衝撃を受け、京都大学を卒業後、技術者としてのキャリアの傍らバッハを独学で研究し、独自の理論を確立するに至るというユニークな経歴を持つ。その音楽以外の豊富な知識を活かし、バッハの音楽について「彼の音楽は宇宙そのもの」という宇宙論・宇宙物理学的解釈を展開している。 2004年、本格的な研究家転向にあたって活動拠点をバッハゆかりの地であるドイツのライプツィヒに移す。バッハ・アルヒーフやメンデルスゾーン音楽院での情報収集及び研究、毎週の聖トーマス教会でのモテットの取材のほか、音楽界・文化界の各著名人とも親交を結び、ライプツィヒ大学での講演、地元テレビへのインタビュー出演やツィッタウ新聞の表紙を飾るなど、精力的に活動する。
金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2… 金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2013年8月30日)は、日本のサイエンスライター、SF研究家。有限会社コンタクト代表取締役、古脊椎動物学会会員、宇宙エレベーター協会名誉会員、ハードSF研究所所員、CONTACT Japan 会員、宇宙作家クラブ会員。 兵庫県神戸市に生まれ、大阪で育つ。中央大学杉並高等学校を経て、中央大学商学部で経営学を専攻、1978年に同大学卒業。高校時代は地学部の天文班に所属。大学在籍中から執筆活動をはじめ、一般科学雑誌などを活躍の場とする。1980年代には『メカニックマガジン』(ワールドフォトプレス)、さらに1990年代にかけては「最新科学論」シリーズ(学研)や『恐竜学最前線』(同)、1990年代中頃は『科学朝日』(朝日新聞社)、2000年代には『ディノプレス』(オーロラ・オーバル社)などで広く記事を執筆。
金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2… 金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2013年8月30日)は、日本のサイエンスライター、SF研究家。有限会社コンタクト代表取締役、古脊椎動物学会(英語版)会員、宇宙エレベーター協会名誉会員[4]、ハードSF研究所所員[5]、CONTACT Japan 会員、宇宙作家クラブ会員[6]。
星 敬(ほし たかし、1956年1月17日 - 2019年1… 星 敬(ほし たかし、1956年1月17日 - 2019年12月2日)は、日本のSF研究家。SF関連図書の収集家としても知られる。 1956年、東京都に生まれる。 日本大学文理学部を卒業。大学入学前から豊田有恒に師事し、アシスタントを行う。『ベストオブ豊田有恒』(1981年、太陽企画出版)などのアンソロジーの編集、NHKラジオ第1の『ラジオSFコーナー』のシリーズ構成(1979年から1983年)を行った他、TVアニメ『宇宙戦艦ヤマトIII』(1980年から1981年)のSF設定協力を豊田有恒、出渕裕と共同で行うなど、幅広い分野で活躍した。 『S-Fマガジン』(早川書房)、『SFアドベンチャー』(徳間書店)などのSF専門誌で日本SFの研究活動をおこなっていた。
山前 譲(やままえ ゆずる、1956年1月7日 - 2026… 山前 譲(やままえ ゆずる、1956年1月7日 - 2026年1月29日)は、日本の推理小説研究家。 北海道生まれ。北海道大学理学部地球物理学科卒業。雑誌『幻影城』のファンクラブ「怪の会」の元会員。ミステリー文学資料館編集委員。 建設土木コンサルタント会社に勤めたのち、1982年に私淑していた鮎川哲也の『戌神はなにを見たか』(講談社文庫)の解説を執筆。幅広い推理小説の知識を持ち、解説のほかにアンソロジーの編纂も多い。 2003年、『幻影の蔵』(新保博久との共著)で第56回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。著書に『日本ミステリーの100年』がある。 2026年1月29日、慢性アルコール性肝障害のため神奈川県の自宅で死去。
竹内 久美子(たけうち くみこ、1956年〈昭和31年〉 -… 竹内 久美子(たけうち くみこ、1956年〈昭和31年〉 - )は、日本のエッセイスト、動物行動学研究家。産経新聞正論メンバー。 愛知県生まれ。1974年(昭和49年)愛知県立旭丘高校普通科卒業、1979年(昭和54年)京都大学理学部卒。同大学大学院博士課程中退。京都大学大学院では日高敏隆教室に在籍し動物行動学を専攻。ツイッターのプロフィールで理学修士であると称している。 生物学者の伊藤嘉昭らは、竹内の一連の著作は理論の濫用だとして批判している。また、一部の著作はトンデモ本と批判されている。ただし、竹内自らトンデモ本とする著作もある。 宝島社の別冊宝島Real第43号『まれにみるバカ女 ―社民系議員から人権侵害作家、芸なし芸能人まで!―』(2003年)でバッシングされていた。
杉山 光男(すぎやま みつお、1956年 - )は、日本の作… 杉山 光男(すぎやま みつお、1956年 - )は、日本の作家、劇画原作者、歴史研究家、ゴルゴ13研究家。宮城県石巻市生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業。 出版社勤務を経て、1990年より執筆活動を始める。また、歴史研究家として、テレビ東京「新説!?みのもんたの日本ミステリー!〜失われた真実に迫る〜」「新説!? 日本ミステリー」にしばしば出演。「武田信玄と上杉謙信は信長に暗殺されていた」「武田信玄と徳川家康は親子だった」「佐々木小次郎はキリシタンだった」「千利休は家康の指令で秀吉暗殺を企んだ」「篤姫は将軍家定と大老井伊直弼暗殺の黒幕だった」等の奇説を展開している。 ゴルゴ13研究家としては、書籍やWebサイト『THEゴルゴ道』等の企画・執筆・解説等を担当。
岡本 翔子(おかもと しょうこ、1956年 - )は、日本の… 岡本 翔子(おかもと しょうこ、1956年 - )は、日本の著述家、翻訳家、占星術研究家。英国占星学協会会員。 1980年より英国に留学、英国占星学協会にて心理占星学を学ぶ。ハワード・サスポータスに師事する。 帰国後はカルチャー・センターの講義や雑誌などで、心理占星学を紹介するなどの普及活動を行っている。 近年は、アラビア語を習得しモロッコの魅力を紹介、旅のオーガナイズなども行っている。
北岡 元(きたおか はじめ、1956年 - )は外交官であり… 北岡 元(きたおか はじめ、1956年 - )は外交官であり、日本のインテリジェンス(諜報活動)研究家。エディンバラ総領事等を経て、駐タジキスタン特命全権大使。
飛幡 祐規(たかはた ゆうき、女性、1956年 - )は、東… 飛幡 祐規(たかはた ゆうき、女性、1956年 - )は、東京都出身のフランス文化研究家、翻訳家、作家。本名は田代 優子(たしろ ゆうこ)。
吉谷桂子(よしや けいこ、1955年12月25日 - )は、… 吉谷桂子(よしや けいこ、1955年12月25日 - )は、日本の園芸研究家、ガーデンデザイナー。 1955年12月25日、東京都新宿区生まれ。日本大学芸術学部美術学科ヴィジュアルデザイン科卒。広告美術デザイナーを経て1992年にイギリスに渡る。帰国後、イギリスでの滞在経験を生かし、園芸関係の分野でデザイン、著作などを行う。
ゆうむ はじめ(1955年11月9日 - )は、日本のオカル… ゆうむ はじめ(1955年11月9日 - )は、日本のオカルト研究家、謎本ライター、小説家。 西風隆介(ならい りゅうすけ)名義で小説も執筆している。 兵庫県神戸市出身。鳥取大学農学部農芸化学科卒業後、丸の内にある商社に就職し、サラリーマンとして4年間勤務したのち、「オカルト現象は科学の領域で説明できる」という信念を抱いて、超能力や霊、気功等を研究する傍ら、東京サザエさん学会に対抗して、「サザエさん」についての研究をするための組織「世田谷サザエさん研究会」を立ち上げ、著書「サザエさんの秘密」「サザエさんの悲劇」など(以上データハウス刊)を刊行、東京サザエさん学会の研究を痛烈に批判し、週刊文春で東京サザエさん学会のメンバーが「恥を知れ!!世田谷サザエさん研究会」なる反論記事が取り上げられるなどして、論争になったことでも知られた。
竹内 博(、1955年8月15日 - 2011年6月27日)… 竹内 博(、1955年8月15日 - 2011年6月27日)は、日本の特撮映画研究家、香山滋研究者。 日本推理作家協会会員。日本SF作家クラブ会員。酒井敏夫の名でも特撮関連書籍を著した。 竹内が主催した特撮研究グループ「怪獣倶楽部」についても本稿で述べる。 東京都墨田区吾妻橋生まれ。後に神奈川県横須賀市に移ったため、横須賀を出身地とする。東京都立千歳丘高等学校定時制中退。 少年時代から香山滋の怪獣小説と特撮映画に魅され、中学卒業後の1971年(昭和46年)に円谷プロダクションに入社。勘当同然の身であったため、当時社長の円谷一の自宅に居候した。営業課に配属され、大伴昌司に師事する。1973年(昭和48年)の大伴の急逝後はその遺志を継ぎ、怪獣・怪人大百科や特撮研究書などを多数執筆した。
奥 正孝(おく まさたか、1955年7月27日 - )は、日… 奥 正孝(おく まさたか、1955年7月27日 - )は、日本の元テレビ番組ディレクターで、現在は都市計画家で観光の研究家。 大阪府岸和田市在住。吉本興業に在籍していた。岸和田市本町のまちづくりのために貢献している。秋田県のノースアジア大学(旧:秋田経済法科大学)法学部観光学科 の教授就任、現在は東京都新宿区高田馬場にある 東京富士大学(旧:富士短期大学)経営学部イベント・プロデュース学科の教授を就任している。 2007年4月1日、『岸和田だんじり祭りによるまちづくり』を文芸社ビジュアルアートで発刊。同年7月に完売し、9月に第二版が発刊された。2008年4月に向けて、吉本興業東京本部が新宿区の歌舞伎町花園神社隣の旧新宿区立四谷第五小学校の廃校に移転してディレクター・プロデューサー・放送作家・脚本家・映画監督を養成する「よしもと クリエイティブカレッジ」を創設。
原 健太郎(はら けんたろう、1955年6月15日 - )は… 原 健太郎(はら けんたろう、1955年6月15日 - )は、大衆演劇研究家、編集者。浅草芸能大賞専門審査委員。喜劇映画研究会の前身「喜劇研究会」の会員で、東京コメディ倶楽部代表、東京喜劇研究会幹部。 東京都世田谷区に生まれる。明治大学文学部(演劇学専攻)卒業(菅井幸雄に師事)。在学中の1976年、映画・演劇サークル「騒動舎」を創設し、ドタバタ喜劇の製作に乗り出す。のちの劇作家ケラリーノ・サンドロヴィッチも、当時高校生の身ながらこの一党に参加。「騒動舎」での後輩に「ジョビジョバ」などがいる。 卒業後、出版社くもん出版に編集者として勤務するかたわら、劇団「笑ボート」を旗揚げ。のち、改組して劇団「ズーズーC」となる。
成願 義夫(じょうがん よしお、1955年6月10日 - )… 成願 義夫(じょうがん よしお、1955年6月10日 - )は、日本の着物図案家、伝統文様研究家、和装研究家、壁面装飾画家、アートディレクター、グラフィックデザイナー、伝統産業商品開発アドバイザー。 和文化デザイン思考講師。株式会社京都デザインファクトリー社長。
森西 真弓(もりにし まゆみ、1955年5月25日 - )は… 森西 真弓(もりにし まゆみ、1955年5月25日 - )は、上方芸能研究家、演劇評論家。元・雑誌「上方芸能」編集代表。大阪樟蔭女子大学名誉教授 。 京都市生まれ。京都女子高等学校(1974年)、京都女子大学文学部史学科日本史専攻(1978年)卒業。 テレビで歌舞伎の劇場中継を見て興味を持ったのが古典芸能に関心を持ったきっかけ。演じるよりも鑑賞することに興味を持ち、中学生の時には一人で『演劇界』を読んで京都南座に観劇に通っていた。大学では歌舞伎研究会で部長を務めた。 大学4回生の3月、雑誌『上方芸能』に編集者募集の記事を見つけて応募。7人の応募者の中から編集長の木津川計に採用され1978年5月から編集部員となる。
三橋 順子(みつはし じゅんこ、ペンネーム、1955年〈昭和… 三橋 順子(みつはし じゅんこ、ペンネーム、1955年〈昭和30年〉5月23日 - )は、日本における性別越境(トランスジェンダー)の社会・文化史研究家である。トランスジェンダー女性。 埼玉県秩父市出身。埼玉県立熊谷高等学校卒業。1995年頃から、男性から女性への性別越境者の立場から講演・執筆活動を始め、さらに1999年からは日本における性別越境者の歴史学的・社会学的研究を開始する。2000年に中央大学文学部の講師(社会学)に任用され、日本で最初のトランスジェンダーの大学教員となった。中央大学社会科学研究所客員研究員、戦後日本〈トランスジェンダー〉社会史研究会幹事などを歴任し、2005年にはお茶の水女子大学非常勤講師として専論講座としては日本初となる「トランスジェンダー論」の講義を担当した。
麻生川 静男(あそがわ しずお、1955年3月4日 - )は… 麻生川 静男(あそがわ しずお、1955年3月4日 - )は、日本のリベラル・アーツ研究家。企業人向けにリベラル・アーツ教育に関する講演を行っている。 ITベンチャーの顧問、カーネギーメロン大学日本校プログラムディレクター、京都大学産官学連携本部准教授、『リベラルアーツ教育によるグローバルリーダー育成フォーラム』主催・運営(2017年12月で休止)を歴任した。博士(工学)。 大阪府生まれ。京都大学では流体工学を学び、米国カーネギーメロン大学でコンピュータ工学を学ぶ。その後コンピュータソフト業界、IT業界で職歴を積む。学術では、徳島大学で人の音声の発生原理を解明した、博士(工学)を取得。 社会人となった当初は機械(減速機)設計に従事。
池田 憲章(いけだ のりあき、1955年1月14日 - 20… 池田 憲章(いけだ のりあき、1955年1月14日 - 2022年10月17日)は、日本の特撮研究家、映像評論家、フリーライター、編集者、プロデューサー。 日本推理作家協会会員、日本SF作家クラブ会員。名前の読みを「けんしょう」としている場合もある。 埼玉県所沢市出身。駒澤大学文学部卒業。大学在学中に、特撮ムック編集の先駆者であった竹内博が主催する日本最初期の怪獣映画を研究する同人集団『怪獣倶楽部』に参加、ライター・編集活動に入る。 得意とする執筆分野は主に特撮とアニメ。特撮、アニメ関係の専業ライターとしては1970年代より活動する草分け的存在。大学在学中よりプロのライターとして活動し、特撮、アニメ、海外ドラマの書籍の編集を行なう。
永嶺 重敏(ながみね しげとし、1955年 - )は、出版文… 永嶺 重敏(ながみね しげとし、1955年 - )は、出版文化・大衆文化研究家。 鹿児島県生まれ。九州大学文学部史学科卒業、図書館短期大学別科修了。東京大学経済学部図書室勤務、同法学部附属明治新聞雑誌文庫、史料編纂所図書室、駒場図書館、情報学環図書室、文学部図書室勤務。同定年退職。1997年『雑誌と読者の近代』で日本出版学会賞、国立大学図書館協議会賞、2001年『モダン都市の読書空間』で日本図書館情報学会賞、2006年『怪盗ジゴマと活動写真の時代』で内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞、日本児童文学学会奨励賞受賞。日本出版学会、日本メディア学会、メディア史研究会、芸能史研究会会員。
鳥越 けい子(とりごえ けいこ、1955年 - )は、日本の… 鳥越 けい子(とりごえ けいこ、1955年 - )は、日本のサウンドスケープ研究家、青山学院大学総合文化政策学部教授、髙島屋社外取締役である。 1955年生まれ。元聖心女子大学教授、芸術文化学博士。専門は環境文化学(特にサウンドスケープ)、芸術学(音楽学)、環境美学、環境芸術、環境デザイン、都市文化論である。「音風景」の観点から地域・都市開発や日本各地の「音文化」を研究している。各地域が持つ文化や生活文化を保全、継承するために、ワークショップなども手がける。日本サウンドスケープ協会常務理事、日本フィンランドデザイン協会理事を務める。また、学会としては日本音楽学会 、日本美学会 、日本カナダ学会 、日本ポピュラー音楽学会などに所属する。
稲葉 信子(いなば のぶこ、1955年 - )は、日本の文化… 稲葉 信子(いなば のぶこ、1955年 - )は、日本の文化財研究家、建築史家。筑波大学芸術系名誉教授。文化財保存修復研究国際センター(英語版)事務局長特別アドバイザー、日本遺産選定委員会委員長。縄文遺跡群世界遺産専門家委員会委員長。 愛知県名古屋市生まれ。1978年東京理科大学工学部第一部建築学科卒業。東京工業大学(のちの東京科学大学)大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了後、1985年同博士課程単位取得満期退学。平井聖研究室出身。1990年東京工業大学より工学博士の学位を取得。専門は遺産論、建築史。 1991年文化庁文化財保護部建造物課文化財調査官。2000年文化財保存修復研究国際センター(英語版)日本政府派遣職員。
山下 悦子(やました えつこ、1955年 - )は、日本の女… 山下 悦子(やました えつこ、1955年 - )は、日本の女性史研究家、婦人問題・文化批評家。 評論家・婦人問題研究家で女性解放論者の山川菊栄は母方の親戚にあたる。江戸後期-明治時代の水戸藩士で弘道館教授頭取代理・彰考館権総裁を務めた儒学者・史学者の青山延寿と儒学者・史学者の青山延寿も山下の母方のルーツとなっている。父親は鹿児島県出身。農林水産省の役人で、元自由民主党衆議院議員の二階堂進と親交があった。夫は、政治家の家系。 東京都出身。日本女子大学を卒業後、東京都立大学大学院の人文科学研究科で、日本古代史、女性史を研究し修了。後に国際日本文化研究センターの共同研究員となる。その後、日本女子大学講師として女性史を講義し、1998年から3年間、渡米。
金原 瑞人(かねはら みずひと、1954年(昭和29年)11… 金原 瑞人(かねはら みずひと、1954年(昭和29年)11月29日 - )は、日本の翻訳家・児童文学研究家。法政大学社会学部教授。学位は、文学修士(法政大学)。芥川賞作家金原ひとみの実父。 大学時代は、大久保博、犬飼和雄に師事。鏡 美香名義でハーレクイン・ロマンスを翻訳して、翻訳家デビュー。また、1984年(昭和59年)から犬飼主催の海外の児童文学を紹介する同人誌「海外児童文学通信」を編集刊行。 英語圏のヤング・アダルト小説の翻訳を多数行い、大学同窓の赤木かん子とともに、「ヤング・アダルト」概念の確立に貢献。 1980年代後半からバベル翻訳・外語学院で翻訳講座を担当し、斎藤倫子、渡邊了介、佐藤弓生、宮坂宏美らを育てる。
萩原 俊嗣(はぎはらとしつぐ、1954年10月27日 - )… 萩原 俊嗣(はぎはらとしつぐ、1954年10月27日 - )は、スイカ研究家。株式会社萩原農場生産研究所の代表取締役社長。 社長就任以来「スイカのことなら萩原農場に訊け」といわれる会社にしたいとの思いをもち、スイカ・メロンの素材探索や品種改良、栽培技術研究に携わるとともに、全国を駆け回っての指導講習会、講演会、バイオテクノロジーを駆使した研究開発、ユニークなスイカ普及のPRなどで業界を牽引。 スイカ栽培と品種改良のパイオニアといわれる萩原農場の創始者となった祖父の萩原善太郎は、「スイカ界の聖者」(大和スイカ全編:鈴木栄次郎著富民協会昭和46年発行)と称され、スイカ界で初めて農水省種苗名称登録第27号となった「一代交配種富研号」を創成し、戦後の日本のスイカの発展に貢献した人物である。
綱島 理友(つなしま りとも、1954年8月15日 - )は… 綱島 理友(つなしま りとも、1954年8月15日 - )は、日本のプロ野球史研究家、プロ野球意匠学研究家、野球コラムニスト、編集者、エッセイスト。有限会社綱島理友事務所所属。日本プロ野球の歴史研究、特にユニフォームなどの意匠研究の第一人者として知られ、著書の出版のほか、複数のプロ野球チームに研究成果を提供している。 本名は武藤誠一郎。ペンネームの苗字の「綱島」は住んでいた横浜市港北区の地名「綱島」に由来、名前の「理友」はイタリア・フィアット社の小型車、リトモに由来する。なお活動初期には「理友」を「よしとも」と読ませていた。 神奈川県横浜市中区に生まれ。東京都立桜町高等学校、日本大学藝術学部美術学科(デザインコース)卒業。
岡野 あつこ(おかの あつこ、1954年8月5日 - )は、… 岡野 あつこ(おかの あつこ、1954年8月5日 - )は、日本の夫婦問題研究家、公認心理師、結婚・離婚カウンセラー、著作家、NPO法人日本家族問題相談連盟理事長、一般社団法人離婚相談連盟理事。芸能事務所・浅井企画に所属。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 修了(社会学MBA)。 離婚相談の離婚救急隊代表。離婚カウンセラー養成スクール運営。Youtube「岡野あつこチャンネル」開設。 埼玉県春日部市に生まれる。埼玉県立浦和第一女子高等学校、立命館大学産業社会学部(職業心理学専攻)卒業。夫婦問題を研究するようになったのは36歳の時、夫の浮気で離婚したのがきっかけ。相談するところがなく、悔しい思いをしたからだった。
あいはら 友子(あいはら ともこ、1954年7月14日 - … あいはら 友子(あいはら ともこ、1954年7月14日 - )は、日本の女優、株式研究家、画家。日本テクニカルアナリスト協会公認テクニカルアナリスト。高野山真言宗僧籍・高野山宝亀福寿会理事。本名、高木(旧姓・原) かよ子。
志水 一夫(しみづ かづを、(「しみず かずお」 とも)、1… 志水 一夫(しみづ かづを、(「しみず かずお」 とも)、1954年2月9日 - 2009年7月3日)は、日本の作家、科学解説家、超常現象研究家。と学会運営委員。 著作は多数だが、非常に遅筆なため共著が多く、単著は少ない。 本名以外に三井 一郎(みつい いちろう)等のペンネームでの著作も多数。 東京都新宿区出身。慶應義塾大学文学部史学科卒業。 高校生時代からUFOや超能力に関する研究を開始し、そのまま著作業の道へと進む。大宮信光が主宰の、「SFファン科学勉強会」のメンバーだった。 「と学会」系の書籍、オカルト雑誌、およびウィキペディアやAmazon.com読者レビューなどで執筆活動を行っていた。
澤井 繁男(さわい しげお、1954年1月13日 - )は、… 澤井 繁男(さわい しげお、1954年1月13日 - )は、日本の作家、評論家、エッセイスト、イタリアルネサンス文学・文化研究家、元関西大学文学部教授、放送大学(大阪学習センター)非常勤講師。本名は茂夫。 公式サイト 澤井繁男 - オフィシャルホームページ 北海道札幌市生まれ。北海道札幌南高等学校から、東京外国語大学外国語学部イタリア語学科を卒業、京都大学大学院でイタリア文学を専攻。イタリア・ルネサンス思想の権威清水純一教授に師事。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。東京外国語大学時代、第19次『新思潮』に参加して小説を書いた。伊藤整・フォークナー・パヴェーゼに私淑。1999年、東京外国語大学論文博士(学術)取得。
桐野 作人(きりの さくじん、1954年 -)は、作家、歴史… 桐野 作人(きりの さくじん、1954年 -)は、作家、歴史研究家。武蔵野大学政治経済研究所客員研究員 鹿児島県出水市出身。鹿児島県立出水高等学校卒業。1979年立命館大学文学部東洋史学専攻卒業。歴史関係出版社の編集長を経て、編集プロダクションを設立。戦国史、主に薩摩島津氏の研究が多く、『真説 関ヶ原合戦』(学習研究社,2000年)、『真説 本能寺』(学習研究社2001年)などの実証的な書籍も執筆している。 在野の研究者ではあるものの、桐野の研究は歴史学界でも肯定的に評価されている。本能寺の変について朝廷黒幕説を唱えていることで知られていたが、後に明智光秀の単独犯行であるものとして黒幕説を否定するようになった。
渡辺 惣樹(わたなべ そうき、1954年 - )は、日本近現… 渡辺 惣樹(わたなべ そうき、1954年 - )は、日本近現代史研究家。ソーワトレーディング代表。日本開国から太平洋戦争開戦までの日米関係史を研究し、著作を発表している。『日米衝突の萌芽 1898-1918』により第22回山本七平賞奨励賞を受賞した。 静岡県下田市出身。1977年(昭和52年)、東京大学経済学部卒業。日本専売公社(現・日本たばこ産業)に勤務する。1982年(昭和57年)、カナダに移住する。ソーワトレーディング代表を務める。
吉岡 心平(よしおか しんぺい、1954年 - 2021年3… 吉岡 心平(よしおか しんぺい、1954年 - 2021年3月30日)は、貨物鉄道・貨車の研究家である。 横浜生まれ。高校時代より貨車、特に私有貨車を中心に研究活動を行い、生涯に渡って研究をつづけた。鉄道友の会では貨車部会の中心的人物であった。特定非営利活動法人貨物鉄道博物館の設立に尽力し、2003年の開館後は役員・館長を務めた。 職業人としては、1972年、大学の工学部応用化学科に進学。慶應義塾大学大学院工学研究科応用化学専攻博士課程前期修了を経て、東芝に就職し、研究開発に従事、2010年退職。 ネコ・パブリッシングが発行する鉄道雑誌『Rail Magazine』の119号(1993年8月号)より「プロフェッサー吉岡の私有貨車セミナー」の連載を開始し、約20年にわたり継続した。
風間 賢二(かざま けんじ、1953年(昭和28年)12月1… 風間 賢二(かざま けんじ、1953年(昭和28年)12月19日 - )は、日本の英米文学翻訳家、幻想文学研究家、アンソロジスト。本名:引田直巳。首都大学東京、明治大学、青山学院大学非常勤講師。 東京都生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業、早川書房勤務を経てフリーに。早川書房在職中に『ハヤカワ文庫』でファンタジーの叢書、ハヤカワ文庫FTを創設する。また翻訳ホラー小説の叢書『モダンホラー・セレクション』を企画した。 1998年に『ホラー小説大全』で第51回日本推理作家協会賞評論その他の部門受賞。 竹本健治が創設した変格ミステリ作家クラブの会員。