日置俊次(ひおき しゅんじ、1961年)は、日本の歌人、小説… 日置俊次(ひおき しゅんじ、1961年)は、日本の歌人、小説家、日本近代文学研究者、青山学院大学文学部教授。専門は横光利一、夏目漱石、芥川龍之介、宮沢賢治、窪田空穂、井伏鱒二、太宰治、中島敦、正岡子規、村上春樹、泉鏡花などの作家論のほか、宮崎駿、細田守などを始めとする現代アニメーション論。また、馬場あき子、岩田正などを始めとする現代短歌論。 岐阜県中津川市生まれ。岐阜県立中津高等学校、東京大学文学部国文学科卒業。在学中、サンケイ・スカラシップ奨学生としてフランスへ留学、エクス・マルセーユ第1大学にて言語学を専攻、その後東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、博士課程中退。フランス政府給費留学生としてソルボンヌのパリ第3大学大学院博士課程で比較文学専攻、DEA取得。
加藤 孝男(かとう たかお、1960年11月20日 - )は… 加藤 孝男(かとう たかお、1960年11月20日 - )は、日本の歌人、身体哲学研究者。東海学園大学教授。 愛知県岡崎市生まれ。愛知県立岡崎北高等学校、中京大学文学部国文科卒業。同大学院文学研究科博士後期課程満期退学。2007年「近代短歌史の研究 時代の推移と短歌の変容」で中京大学博士(文学)。東海学園女子短期大学助教授などを経て、東海学園大学教授。 1984年、歌誌「まひる野」に入会。1988年、「言葉の権力への挑戦」で現代短歌評論賞を受賞。1990年、谷岡亜紀、大辻隆弘、大野道夫らと短歌評論誌『ノベンタ』を創刊。2002年、『TRADITION』で、柳生延春との対論「柳生新陰流の技と哲学」を発表。
藤島 秀憲(ふじしま ひでのり、1960年10月9日 - )… 藤島 秀憲(ふじしま ひでのり、1960年10月9日 - )は、日本の歌人。 埼玉県上尾市出身。城西大学附属川越高校、法政大学経営学部卒業。歌誌「心の花」所属。佐佐木幸綱に師事。2002年、「路地生活者」で第48回角川短歌賞佳作。2007年、落語を引用しながら短歌に使われる日本語オノマトペを考察した『日本語の変容と短歌-オノマトペからの一考察』により、第25回現代短歌評論賞を受賞。2010年、老父母の介護や自らの失業などの日常をユーモラスに描いた第一歌集『二丁目通信』により、第54回現代歌人協会賞および第18回ながらみ書房出版賞を受賞。2014年、父の介護と死、長年住んだ家への訣別を描いた第二歌集『すずめ』により、芸術選奨新人賞および第19回寺山修司短歌賞を受賞。
松村 由利子(まつむら ゆりこ、1960年9月14日 - )… 松村 由利子(まつむら ゆりこ、1960年9月14日 - )は、日本の歌人、新聞記者、著作家、翻訳家。まつむら ゆりこ名義で、科学関係の児童書の翻訳も手がける。 1960年、福岡県福岡市生まれ。福岡県立筑紫丘高等学校、東洋英和女学院短期大学、西南学院大学文学部英文科卒。同大学院中退。 朝日新聞社を経て、毎日新聞社に入社。千葉支局、生活家庭部、学芸部、科学環境部の記者をつとめる。 2006年よりフリーとなる。2010年より沖縄県石垣島在住。
櫂 未知子(かい みちこ、1960年9月3日 - )は、日本… 櫂 未知子(かい みちこ、1960年9月3日 - )は、日本の俳人。「群青」共同代表、俳人協会理事。 北海道余市郡出身。当初は短歌を学んだがのちに俳句に転向、転向後しばらくは、口語表現を生かしつつ、男女の性愛や、強さとエレガンスを持つ女性像を描き出した作品で知られる。近年では口語表現から、文語表現にシフト。代表句に「春は曙そろそろ帰つてくれないか」「佐渡ヶ島ほどに布団を離しけり」「雪まみれにもなる笑つてくれるなら」「一瞬にしてみな遺品雲の峰」「地吹雪や蝦夷はからくれなゐの島」などがある。 北海道余市郡余市町に生まれる。北海道小樽潮陵高等学校時代より詩を作っては投稿をしていた。1980年、一浪ののち青山学院大学文学部日本文学科入学。
大辻 隆弘(おおつじ たかひろ、1960年8月25日 - )… 大辻 隆弘(おおつじ たかひろ、1960年8月25日 - )は、日本の歌人、文芸評論家。現代歌人協会会員、現代歌人集会理事、日本文藝家協会会員、中部日本歌人会副委員長、一般社団法人未来短歌会理事長・歌誌「未来」編集発行人・選者、同人誌「レ・パピエ・シアン・Ⅱ」代表、元皇學館大学講師。元津西高等学校教員。宮中歌会始選者。現津東高等学校教員。 三重県松阪市稲木町に生まれ、松阪市に在住。三重県立松阪高等学校卒業後、1979年4月、龍谷大学文学部哲学科に入学。大学院時代に、NHKの短歌番組をきっかけに作歌を始める。1985年3月、龍谷大学大学院文学研究科(哲学)を修了。翌1986年、未来短歌会に入会し、岡井隆に師事した。
足立 尚計(あだち しょうけい、本名:角鹿 尚計(つのが な… 足立 尚計(あだち しょうけい、本名:角鹿 尚計(つのが なおかづ)、1960年6月30日- )は、日本の歴史学者、神道学者、歌人、エッセイスト、神職。福井県立大学客員教授。福井市立郷土歴史博物館元館長(第17代)、博士(文学)学位請求論文「古代氏族とその祭祀の研究-越前地方を中心に-」。日本文藝家協会・現代歌人協会・日本ペンクラブ・日本歌人クラブ会員。明治維新防長殉難者顕彰会会員、白鷺舎(松平春嶽・橋本左内の顕彰・研究の会=雀部なぎさ代表・東山成江副代表)顧問。『短歌人』同人。福島泰樹に師事。氣比神社(福井県越前町気比庄)他兼務9社の宮司を勤める。大阪市天王寺生まれ(実家の先祖は山口県萩市出身、現本籍福井県)。
小川 佳世子(おがわ かよこ、1960年5月31日 - 20… 小川 佳世子(おがわ かよこ、1960年5月31日 - 2022年1月)は、日本の歌人、能楽研究者。京都府出身。 同志社大学経済学部卒業。国際日本文化研究センター特別研究員、京都市立芸術大学伝統音楽研究センター特別研究員を経て、大手前大学大学院比較文学研究科博士課程で能の研究を行う。天野文雄(大阪大学名誉教授)の指導を受ける。能における和歌の重要性を考えるうちに、1997年より岡井隆の新聞短歌欄に投稿を始める。1999年、未来短歌会に入会。岡井隆に師事。2003年、2002年度未来年間賞受賞。2007年、第一歌集『水が見ていた』にて第33回現代歌人集会賞を受賞。2016年、第二歌集『ゆきふる』で第24回ながらみ書房出版賞を受賞。
山西 雅子(やまにし まさこ、1960年3月29日 - )は… 山西 雅子(やまにし まさこ、1960年3月29日 - )は俳人。舞俳句会主宰。 大阪府生まれ。奈良女子大学大学院文学研究科国文学専攻修士課程修了。 10代で詩作を始める[リンク切れ]。その後歌作を始め、「心の花」に入会。1989年、歌集『花を持って会いにいった』を刊行。同年、岡井省二に師事。「晨」を経て、1991年、省二の主宰誌「槐」創刊に参加。翌年、第1回槐賞受賞。2001年、省二の死去にともない退会。同世代の同門に、小山森生、加藤かな文、吉野裕之などがいる。 2008年、大木あまり、石田郷子、藺草慶子とともに「星の木」を創刊。2010年、「舞」を創刊、主宰。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
倉阪 鬼一郎(くらさか きいちろう、1960年1月28日 –… 倉阪 鬼一郎(くらさか きいちろう、1960年1月28日 –)は、日本の小説家・評論家・俳人・翻訳家。 環境経済学者の倉阪秀史は実弟。名字を「倉坂」と誤記されることが多い。 三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。三重県立上野高等学校、早稲田大学第一文学部文芸科卒業。早稲田大学大学院日本文学専攻中退。 早稲田大学時代は「幻想文学会」に所属し、東雅夫、浅羽通明らと知り合う。東がのちに創刊した雑誌『幻想文学』には、レビュー等を大量に寄稿する。また、「幻想文学会」の分科会として「幻想短歌会」を主宰した。 大学事務員として就職したもののフリーライターを志望して退職する。しかし生計が成り立たず印刷会社に入社、文字校正係として11年間勤務の後、退職。
谷岡 亜紀(たにおか あき、男性、1959年11月19日 -… 谷岡 亜紀(たにおか あき、男性、1959年11月19日 - )は、日本の歌人。 高知県高知市生まれ。神奈川県茅ヶ崎市在住。父は東京芸術大学卒の画家であった。高知学芸高等学校時代は、詩人の小松弘愛、林嗣夫に国語を教わる。高校卒業後、19歳で上京。1980年、「心の花」に入会し、佐佐木幸綱に師事。同門の俵万智や黒岩剛仁らと交友を持つ。早稲田大学第一文学部哲学科中退。在学中より演劇活動に熱中し、劇団を主宰する。 1987年、『「ライトヴァース」の残した問題』で第5回現代短歌評論賞受賞。1990年、大辻隆弘、大野道夫、加藤孝男らと短歌評論誌「ノベンタ」を創刊。1991年、アニメ『OH!MYコンブ』にシナリオライターとして参加する。
米川 千嘉子(よねかわ ちかこ、1959年10月29日 - … 米川 千嘉子(よねかわ ちかこ、1959年10月29日 - )は、日本の歌人。 千葉県野田市生まれ。千葉県立東葛飾高等学校、早稲田大学第一文学部日本文学科卒業、早稲田大学国語国文学専攻科修了。 大学在学中に武川忠一が顧問を務める「短歌研究会」に所属し、内藤明、島田修三、小島ゆかりらと活動した。1979年、短歌結社「かりん」に入会し馬場あき子に師事。「慎重、丁寧な心づかいから生れる物言いに柔軟さと芯の強さをみせる歌人」「一つの歌材に対して深く思い入り、時間をかけて自分のものにするところに信頼がもてる」とは、その馬場による米川評である。 毎日新聞、信濃毎日新聞他歌壇選者。短歌研究新人賞、現代短歌新人賞選考委員。
田中 裕明(たなか ひろあき、1959年10月11日 - 2… 田中 裕明(たなか ひろあき、1959年10月11日 - 2004年12月30日)は、大阪府出身の俳人。波多野爽波に師事、「青」に拠ったのち、「ゆう」を創刊・主宰。1983年に角川俳句賞を当時史上最年少の22歳で受賞。俳句の伝統をふまえた瑞々しい句風で、俳壇のニューウェーブとして活躍したが、白血病により早世した。 大阪府大阪市生まれ。大阪府立北野高等学校在学中の1976年、短詩型同人誌「獏」に参加。翌年島田牙城に誘われて俳誌「青」に入会、波多野爽波に師事し、「青」学生メンバーからなる「がきの会」に参加。1978年、京都大学工学部電気系学科入学。1979年、「青」新人賞受賞。同年「青」300号を期として、島田牙城、上田靑蛙とともに同誌編集を受け継ぐ。
藺草 慶子(いぐさ けいこ、1959年(昭和34年)9月29… 藺草 慶子(いぐさ けいこ、1959年(昭和34年)9月29日- )は、日本の俳人。俳人協会幹事、日本文芸家協会会員。 東京都生。1982年、東京女子大学白塔会にて山口青邨に師事。青邨の「夏草」同人、のち斎藤夏風の「屋根」同人。「藍生」会員。1996年、『野の琴』により第20回俳人協会新人賞受賞。2006年、石田郷子、大木あまり、山西雅子とともに「星の木」創刊、同人。2016年、『櫻翳』により第4回星野立子賞受賞。他の句集に『鶴の邑』『遠き木』がある。2026年、『雪日』により第65回俳人協会賞受賞。 昭和女子大学日本語日本文学科で、俳句の創作を担当している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小林 貴子(こばやし たかこ、1959年8月15日 - )は… 小林 貴子(こばやし たかこ、1959年8月15日 - )は、長野県出身の俳人。 飯田市生まれ。松本市在住。1981年、信州大学学生俳句会、宮坂静生の「岳」入会。1982年、藤田湘子の「鷹」入会。1997年「鷹」退会。2003年、第58回現代俳句協会賞受賞。2020年、句集『黄金分割』により第8回星野立子賞を受賞。 代表句「この世から三尺浮ける牡丹かな」「海市見せむとかどはかされし子もありき」など、自在な詠みぶりと評論活動で信州俳壇を牽引。松本市在住。「岳」編集長、現代俳句協会、俳文学会会員。2022年4月より朝日新聞俳壇選者に就任。
河路 由佳(かわじ ゆか、1959年8月 - )は、日本の日… 河路 由佳(かわじ ゆか、1959年8月 - )は、日本の日本語教育学者、歌人。専門は日本語教育学、日本語教育史。杏林大学外国語学部特任教授、武蔵野大学日本文学研究所客員研究員、博士(学術)(一橋大学)。現代歌人協会、日本文藝家協会会員。 慶應義塾女子高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。慶應義塾大学大学院文学研究科国文学専攻修士課程修了。一橋大学大学院言語社会研究科博士後期課程単位取得退学。2004年、一橋大学より博士(学術)の学位を取得。学位論文は「戦時体制下における「国際文化事業」としての日本語教育の展開 : 1934-1945年の国際文化振興会と国際学友会」。 高校在学中より木下順二と山本安英に朗読と演劇を学んだ。
高田 正子(たかだ まさこ、1959年7月28日 - )は、… 高田 正子(たかだ まさこ、1959年7月28日 - )は、岐阜県出身の俳人。「青麗」創刊主宰。 東京大学卒。1990年、黒田杏子の「藍生」創刊に参加。1997年、藍生賞受賞。2006年、第二句集『花実』により第29回俳人協会新人賞、2015年、第三句集『青麗』により第3回星野立子賞受賞、2024年、「青麗」を創刊。「黒田杏子俳句セレクション」を発行するなど、黒田杏子研究の第一人者である。川崎市在住。夫は青山学院大学教授の高田祐彦。 大川の水の匂へる雪蛍 昔からずっと流れている隅田川に対する作者の想い。隅田川を称えるような気持ちを心の内に置いた上で「雪蛍」という生き物を持ってこられた。繊細で、趣きが深いと感じます。
江田 浩司(えだ こうじ、1959年7月2日 - )は、日本… 江田 浩司(えだ こうじ、1959年7月2日 - )は、日本の歌人、批評家。妻は英文学者で歌人の大田美和。 岡山県出身。高校浪人を経験した後、岡山県立烏城高等学校定時制に通いながら新聞配達のアルバイトで得た収入で買った本を濫読する。同校を二年で中途退学し、大学入学資格検定試験を受け、その後東洋大学文学部国文学科に進み、中世近世文学研究会に所属する。 研究会で教えを受けた俳文学研究者で俳人の村松友次(俳号・紅花)に師事し、俳句結社「雪」に所属する。大学院文学研究科国文学専攻科博士前期課程に進み、郁文館学園(現、郁文館夢学園)の講師として中高生に国語を教える。 俵万智の角川短歌賞受賞が契機となり、現代短歌に興味を持つようになる。
川野 里子(かわの さとこ、1959年〈昭和34年〉5月27… 川野 里子(かわの さとこ、1959年〈昭和34年〉5月27日 - )は、日本の歌人、評論家。短歌結社「歌林の会」(かりん)所属。 大分県竹田市生まれ。大分県立竹田高等学校、京都女子大学短期大学部卒業。千葉大学大学院文学研究科修士課程修了、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。山形市、カリフォルニアなどを移り住む。馬場あき子に師事。歌誌「かりん」編集委員。 朝日歌壇、日本農業新聞選者、専修大学、立正大学、放送大学非常勤講師。2008年度、2009年度、2023年度、2024年度NHK教育「NHK短歌」選者。2025年4月より、馬場あき子の後任として朝日歌壇選者に就任。
日原 傳(ひはら つたえ、1959年(昭和34年)4月30日… 日原 傳(ひはら つたえ、1959年(昭和34年)4月30日 - )は、日本の俳人・中国哲学文学研究家。法政大学人間環境学部教授。 山梨県に生まれる。同じ日原姓の日原利国と同じ集落の出身。(縁戚関係はない。)山梨県立日川高校卒。高校時代甲府一高で末木文美士を教えた弦間教諭の教えを受ける。1979年(昭和54年)、東大学生俳句会に入会し、小佐田哲男、有馬朗人、山口青邨の指導を仰ぐ。文科Ⅲ類から始め文学部国文学専修に進むが一年後中国哲学専修に転ずる。1984年(昭和59年)に東京大学文学部を卒業。1990年(平成2年)に有馬朗人主宰の「天為」の創刊に参加。1992年(平成4年)に同大学大学院人文科学研究科中国哲学専門課程博士課程を単位修得後退学する。
中山 明(なかやま あきら、1959年3月18日 - )は、… 中山 明(なかやま あきら、1959年3月18日 - )は、日本の歌人。 東京都目黒区出身。1977年駒澤大学高等学校、1981年駒澤大学文学部卒業。埼玉県の私立武南高等学校教諭(世界史担当)。 1980年、『炎祷』で第23回短歌研究新人賞を受賞。「詩歌」にて前田透に師事。前田没後の1984年に小森須美、井辻朱美、黒崎政男、林あまり、渋谷祐子らと「かばん」創刊。同年、第1歌集『猫、1・2・3・4』を出版した。 文語体を用いながらも軽快なリズムとサブカルチャー的なテーマを導入し、短歌におけるライトヴァースの先駆の一人となり、1990年代の穂村弘らのニューウェーブ短歌への下地となった。一方で1996年のオンライン歌集『ラスト・トレイン』以降、自らは作歌から離れた。
水原 紫苑(みずはら しおん、1959年2月10日 - )は… 水原 紫苑(みずはら しおん、1959年2月10日 - )は、日本の歌人。 第一歌集『びあんか』(1989年)で現代歌人協会賞を受賞。端正な古典文法を駆使した伝統的な和歌を踏襲し、「新古典派」とも称される。歌集に『客人』(1996年)、『くわんおん(観音)』(1999年)、『あかるたへ』(2004年)など。 神奈川県横浜市生まれ。父は陸軍士官学校卒の軍人で戦時中は皇居にいた。神奈川県立横浜翠嵐高等学校、早稲田大学第一文学部仏文科卒業、同大学院文学研究科仏文学専攻修士課程修了。1986年「中部短歌会」に入会し、以後春日井建に師事。1987年に『しろがね』で第30回短歌研究新人賞候補。1989年に第1歌集『びあんか』を刊行し翌年現代歌人協会賞受賞。
浦川 聡子(うらかわ さとこ、1958年12月12日 - )… 浦川 聡子(うらかわ さとこ、1958年12月12日 - )は、日本の俳人、編集者。 山形県生まれ。千葉大学教育学部音楽科卒業。音楽の教科書専門の出版社に勤務の後[要出典]、1985年から88年にかけて『俳句四季』(東京四季出版)の編集に関わり、俳句と出合う。1986年より石寒太主宰「炎環」に在籍。1990年『俳句倶楽部』「女流・句会実況中継」特集をきっかけに、若手の超結社グループ「雛の会」を結成する。同年、現代俳句協会新人賞佳作。1992年、同賞佳作。1993年「管楽器の闇」にて現代俳句協会新人賞受賞。1994年「炎環」同人。2007年より大峯あきら代表「晨」に同人として参加。2015年、俳句会「オリーブの会」を発足、主宰[要出典]。
上村 典子(うえむら のりこ、1958年11月16日 - )… 上村 典子(うえむら のりこ、1958年11月16日 - )は、歌人。 山口県山口市出身。サビエル高等学校を経て、ノートルダム清心女子大学文学部国文学科卒業。高校時代より作歌を始める。1985年、音短歌会に入会。1990年、作品「通過列車の風」50首で第36回角川短歌賞佳作。1991年、作品「貝寄風」50首で第37回角川短歌賞佳作。2005年、歌集『貝母』にて第14回ながらみ書房出版賞を受賞。山口県歌人協会理事を務める。
坂井 修一(さかい しゅういち、1958年11月1日 - )… 坂井 修一(さかい しゅういち、1958年11月1日 - )は、日本の歌人、情報理工学者、東京大学副学長・附属図書館長・名誉教授・特任教授。愛媛県出身。 短歌結社「かりん」に所属。科学者としての視点を生かしながら人間的な振幅を示す表現が特徴。現在、「かりん」編集人、現代歌人協会理事長。 情報理工学の分野でも活躍し、電子技術総合研究所(現:産業技術総合研究所)に勤務していたときに、汎用性があるという意味で世界初といわれている高並列データ駆動計算機「EM-4」の開発に携わる。その後マサチューセッツ工科大学招聘研究員、筑波大学助教授、東京大学工学部助教授、同大学情報理工学系研究科教授を経て、同大学副学長・附属図書館長・名誉教授・未来ビジョン研究センター特任教授。
大滝 和子(おおたき かずこ、1958年11月1日 - )は… 大滝 和子(おおたき かずこ、1958年11月1日 - )は、歌人。本名、矢口和子。 神奈川県藤沢市出身。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。 1983年、未来短歌会に入会。岡井隆に師事。1992年、作品「白球の叙事詩(エピック)」にて第35回短歌研究新人賞を受賞。1994年、第一歌集『銀河を産んだように』を刊行。翌1995年、同歌集にて第39回現代歌人協会賞を受賞。2000年、第二歌集『人類のヴァイオリン』を刊行。翌2001年、同歌集にて第11回河野愛子賞を受賞。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
大庭 将(おおば まさる、1958年5月30日 - )は、日… 大庭 将(おおば まさる、1958年5月30日 - )は、日本の歌人。柳原白蓮研究家。左利きの書家。書道の雅号「啓山(けいざん)」「劉將(りゅうしょう)」「正智(しょうち)」秋月(髙橋)種冬≈大庭源馬の末裔。
柴田 奈美(しばた なみ、1958年5月6日 - )は、俳人… 柴田 奈美(しばた なみ、1958年5月6日 - )は、俳人・日本近代文学研究者、岡山県立大学教授。 岡山生まれ。1981年岡山大学教育学部小学校教員養成課程卒、89年同大学院教育学研究科国語教育博士課程満期退学、2000年「正岡子規の俳句における伝統の継承と革新: 俳句分類作業を通して見た子規俳句の研究」で安田女子大学大学院日本文学博士後期課程修了・文学博士。1981-89年岡山県中学校教諭。1989年岡山県立短期大学専任講師、93年岡山県立大学短期大学部専任講師、97年助教授、2004年岡山県立大学デザイン学部助教授、07年准教授、教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山中 律雄(やまなか りつゆう、1958年3月22日 - )… 山中 律雄(やまなか りつゆう、1958年3月22日 - )は日本の歌人、曹洞宗の僧侶。日本文藝家協会会員。現代歌人協会会員。日本歌人クラブ秋田県代表幹事。秋田魁新報読者文芸「短歌」選者。秋田県歌人懇話会会長。短歌結社「運河」所属。 秋田県にかほ市出身・在住。駒澤大学仏教学科時代に短歌を始め、1983年に「運河」に入会した。川島喜代詩に師事し、後に代表となる。 1996年、歌集『無窮より』(川島書店)を出版した。1997年、「現代短歌の新しい風」(ながらみ書房)に参加する。 2000年、歌集『刻ゆるやかに』(角川書店)を出版。同歌集にて「秋田県芸術選奨」「日本歌人クラブ東北地域ブロック優良歌集賞」を受賞した。
近藤 達子(こんどう みちこ、1958年2月17日 - )は… 近藤 達子(こんどう みちこ、1958年2月17日 - )は、日本の歌人である。愛知県出身、神戸市在住。 大学在学中の1977年から翌年にかけて、寺山修司が主宰する俳句誌に作品を投稿していた。1980年3月に愛知淑徳大学文学部国文学科を卒業後、短歌の道に進む。1987年、塚本邦雄の主宰した短歌結社「玲瓏の会」に入会し、塚本に師事。機関誌『玲瓏』には7号から参加した。1998年ごろ、玲瓏の会を退会。2000年ごろ短歌結社「短歌人会」に所属したが、じきに退会している。 1990年には第1回歌壇賞候補となり、1992年には「クラインの涙壺」で第28回短歌研究新人賞最終選考を上位通過、翌1993年には再び「普通の国のアリス」で第4回歌壇賞候補に。
村井 康司(むらい こうじ、1958年- )は、日本のジャズ… 村井 康司(むらい こうじ、1958年- )は、日本のジャズ評論家、俳人、編集者。 北海道函館市生まれ。函館ラ・サール高等学校、上智大学文学部新聞学科卒。大学時代からジャズ・ビッグバンドでギターと編曲を担当。小学館に入社し、編集者として勤務のかたわら1987年より音楽雑誌にジャズ評論はじめ音楽についての文章を雑誌に書き始める。そのほか、俳人としても活動する。後藤雅洋、中山康樹と「熱血トリオ」と呼ばれ鼎談で仕事をしていた。俳句同人誌「恒信風」の初代編集長であり、同誌には長嶋有や川上弘美が俳人として依った。編集者としては、歌人の穂村弘をエッセイストとしてメジャーにした『世界音痴』の出版や、同郷の小説家・佐藤泰志の『海炭市叙景』復刊が知られる。
松本 恭子(まつもと きょうこ、1958年 - )は、長崎県… 松本 恭子(まつもと きょうこ、1958年 - )は、長崎県出身の俳人。 佛教大学在学中に「青玄」に入会し伊丹三樹彦に師事。のち同人。1986年、第一句集『檸檬の街で』刊行。「恋ふたつ レモンはうまく切れません」など、女性の青春的感性を口語文体で表現。翌年刊行された俵万智『サラダ記念日』の俳句版として話題となり「レモンちゃん」の愛称で親しまれた。のちの第二句集『夜の鹿』(2000年)では伝統的な文語体による作品となっている。エッセイ集に『二つのレモン』(1990年)がある。
小林 恭二(こばやし きょうじ、1957年11月9日 - )… 小林 恭二(こばやし きょうじ、1957年11月9日 - )は、日本の小説家、俳人。専修大学文学部教授。 メタ・フィクション的なユーモアに富んだ作風で知られる。 兵庫県西宮市生まれ。神戸製鋼専務取締役を務めた小林俊夫を父に持つ。父は奇矯な人物で、第一高等学校在学時代に橋川文三と親友になり、1970年三島由紀夫が自殺した際、橋川が小林の父のところへ来たという。 東京大学文学部美学芸術学専修課程卒業。同学科に宮城聰がいた。東京大学在学中には東大学生俳句会に所属し、のちに『俳句という遊び』『短歌パラダイス』といった著作で、「句会」「歌会」の楽しさを一般に紹介する。 1984年に『電話男』第3回海燕新人文学賞を受賞してデビュー。
橋本 喜夫(はしもと よしお、 1957年7月21日- )は… 橋本 喜夫(はしもと よしお、 1957年7月21日- )は日本の俳人、皮膚科医。北海道旭川市在住。俳句結社「雪華」主宰。 現代俳句協会、俳人協会会員。北海道新聞「日曜文芸」の俳句選者を務める。北海道新聞俳句賞選考委員。 北海道浜中町霧多布に生まれる。1983年に旭川医科大学を卒業した。 1998年に「雪華」、1999年に「銀化」にそれぞれ入会した。 2003年、「やぶくすし」50句で第5回俳句界賞を受賞する。 2005年、句集『白面』を刊行し、同書にて第26回鮫島賞、加美俳句大賞スウェーデン賞、第7回北北海道現代俳句協会賞を受賞した。 2016年、「雪華」主宰を継承する。 2020年、句集『潛伏期』を刊行し、同書にて第35回北海道新聞俳句賞を受賞した。
坊城 俊樹(ぼうじょう としき、1957年7月15日 - )… 坊城 俊樹(ぼうじょう としき、1957年7月15日 - )は、日本の俳人。 東京都出身。母方の曾祖父・高浜虚子、祖父・高浜年尾、父・坊城としあつ、母・坊城中子がともに俳人という俳句一家に生まれる。また、旧華族坊城家の流れを汲んでおり、父方の曾祖父・坊城俊章、祖父・坊城俊賢はともに貴族院議員である。妻の美奈子は伏見宮家尾崎光子の娘。 学習院初等科、学習院中・高等科、学習院大学経済学部卒業。祖父・年尾のもとで俳句をはじめる。損害保険会社に勤務を経て、1988年に俳句協会に専念。1998年、第9回日本伝統俳句協会新人賞を受賞。2003年から2年間NHK俳壇選者。2011年、母・中子より「花鳥」主宰を継承(第3代)。
仲 寒蟬(なか かんせん 1957年6月7日 - )は、大阪… 仲 寒蟬(なか かんせん 1957年6月7日 - )は、大阪府大阪市出身の俳人、内科医。本名、仲元司(なか もとじ)。1983年、信州大学医学部卒。1996年、「港」に入会し、大牧広に師事。1997年、読売俳句大賞準賞受賞。2001年、「里」創刊同人。2004年、第一句集『海市郵便』により第20回山室静佐久文化賞受賞。2005年、「小海線」50句で第50回角川俳句賞受賞。2015年、第二句集『巨石文明』で芸術選奨新人賞を受賞。大牧広の逝去を受けて後継誌「牧」を創刊、代表。「里」「群青」同人。長野県佐久市在住。佐久市立国保浅間総合病院勤務。
稲畑 廣太郎(いなはた こうたろう、1957年5月20日 -… 稲畑 廣太郎(いなはた こうたろう、1957年5月20日 - )は、日本の俳人。母は稲畑汀子。曾祖父に高浜虚子、稲畑勝太郎。祖父は高浜年尾。伯母は坊城中子。従弟は坊城俊樹。大叔母は星野立子、高木晴子、上野章子。従伯母は星野椿。再従兄は星野高士。再従姪は星野愛。大叔父に稲畑太郎、池内友次郎。 兵庫県芦屋市生まれ。幼少時より母・汀子について俳句に親しむ。甲南幼稚園、甲南小学校、甲南中学校・高等学校を経て、1982年に甲南大学経済学部を卒業後、合資会社ホトトギス社入社により本格的に俳句を志す。1988年「ホトトギス」同人、同誌編集長。2000年虚子記念文学館理事、2001年日本伝統俳句協会常務理事。2005年「ホトトギス」雑詠選者及び副主宰。
夏井 いつき(なつい いつき、1957年〈昭和32年〉5月1… 夏井 いつき(なつい いつき、1957年〈昭和32年〉5月13日 - )は、愛媛県を拠点に活動する日本の俳人・エッセイスト。本名は加根伊月(かね いつき)。帝塚山学院大学リベラル・アーツ学部客員教授。 愛媛県南宇和郡内海村(現・愛南町)の出身で、同県松山市に在住。現夫は、CM・映像プロデューサーの加根光夫(兼光)(詳細後述)。 愛媛県立宇和島東高等学校普通科を経て、京都女子大学文学部国文科を卒業後の1980年(昭和55年)に、国語科教諭として松山市立余土中学校へ赴任。1982年に御荘町立御荘中学校へ転任した。 教師時代から、仕事と家庭を両立させながら、唯一の趣味として独学で俳句を嗜んでいた。1988年 (昭和63年)に、教職を辞したうえで俳人に転身。
鈴木 伸一(すずき しんいち、1957年4月20日 - )は… 鈴木 伸一(すずき しんいち、1957年4月20日 - )は、日本の俳人。国際俳句雑誌「吟遊」同人。 群馬県出身。國學院大學文学部卒業。1985年に「俳壇正賞」を受賞。ぐんま社会保険センター俳句教室講師。1997年より上毛新聞「ジュニア俳壇」選者として数多くの青少年俳句に接すると共に、学校での俳句授業や講演などを行い、青少年が俳句に親しむ環境づくりに取り組んでいる。世界俳句協会会員。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
水野 眞由美(みずの まゆみ、1957年3月23日 - )は… 水野 眞由美(みずの まゆみ、1957年3月23日 - )は、群馬県出身の俳人。 前橋市生。和光大学人文学部卒業。前橋市にて古書店「山猫館書房」を経営しながら句作活動を行う。1985年より金子兜太に師事。「俳句空間」新人賞準賞、海程新人賞などを受賞。2001年、句集「陸封譚」で第6回中新田俳句大賞を受賞。女性ならではのみずみずしい感性を生かした作風で注目される[独自研究?]。現在[いつ?]、「海原」同人・「鬣-TATEGAMI」編集同人。朝日新聞群馬版・上毛俳壇選者。 エッセイ集「猫も歩けば」、評論集「現代の俳人101」(共著)。「小さな神へ—未明の詩学」で、群馬県文学賞評論部門を受賞。
髙橋 みずほ(たかはし みずほ、1957年2月12日 - … 髙橋 みずほ(たかはし みずほ、1957年2月12日 - )は歌人。祖父は歌人の髙橋俊人、父は植物育種学者の高橋成人、夫は歌人の吉野裕之。 宮城県仙台市生まれ。仙台市立上杉山中学校、聖ウルスラ学院高等学校を経て、東北学院大学文学部史学科卒業。多賀城跡調査研究所、東北大学工学部附属材料強度研究施設に勤務。 1987年、歌誌「個性」に入会し、加藤克巳に師事(2004年、「個性」終刊)。1994年、第一歌集『凸』を刊行。2002年、今井恵子、吉野裕之と短歌ユニット[BLEND]を始動。雑誌[BLEND]を第10号まで発行し、2007年、解散。その後、結社や同人誌などに拠らず、無所属で活動。 横浜歌人会運営委員を務めている。
髙橋 みずほ(たかはし みずほ、1957年2月12日 - )… 髙橋 みずほ(たかはし みずほ、1957年2月12日 - )は歌人。祖父は歌人の髙橋俊人、父は植物育種学者の髙橋成人、夫は歌人の吉野裕之。
浅沼 璞(あさぬま はく、1957年(昭和32年)- )は日… 浅沼 璞(あさぬま はく、1957年(昭和32年)- )は日本の俳人、連句人(レンキスト)、日本大学芸術学部教授。 1957年(昭和32年)、東京都に生まれる。法政大学文学部日本文学科卒。日本大学、法政大学、武蔵野大学などで連句実作の講師を務める。『俳句・連句REMIX』で、第12回日本詩歌句随筆評論大賞評論部門大賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
岡田 光興(おかだ みつおき、1957年 - )は、日本の東… 岡田 光興(おかだ みつおき、1957年 - )は、日本の東洋・西洋神秘学研究家、実践言霊道宗家継承者、歌人。「未来潮流研究会」主宰。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
細溝 洋子(ほそみぞ ようこ、1956年10月12日 - )… 細溝 洋子(ほそみぞ ようこ、1956年10月12日 - )は、歌人。愛知県名古屋市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
恩田 侑布子(おんだ ゆうこ、1956年9月17日 - )は… 恩田 侑布子(おんだ ゆうこ、1956年9月17日 - )は、俳人。静岡県静岡市出身。 静岡県立静岡高等学校在学中より、短歌と俳句を始める。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。在学中に両親が離婚したこともあり、言葉から離れるため、卒業後は陶芸家を志す。その後腎臓病を発症し陶芸の道を断念し、俳句を再開。摂津幸彦に誘われ「豈」同人となる。種村季弘、池内紀、平賀敬らの「酔眼朦朧湯煙句会」、草間時彦捌きの連句「木の会」を終会まで楽しむ。16年間書き溜めた評論をまとめた芸術・俳句論集『余白の祭』を2013年に発表。同作で松本健一の選考により第23回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。現代俳句評論賞選考委員。
小島 ゆかり(こじま ゆかり、1956年9月1日 - )は、… 小島 ゆかり(こじま ゆかり、1956年9月1日 - )は、日本の歌人。コスモス短歌会に所属し、選者を務める。2023年からはコスモス編集人。1999年から青山学院女子短期大学講師。本名/横井ゆかり。 愛知県名古屋市出身。1975年愛知県立旭丘高等学校卒業、早稲田大学第一文学部入学。1979年同日本文学科卒業。大学在学中に武川忠一が顧問を務める「短歌研究会」に所属し、内藤明、島田修三、米川千嘉子らと活動した。1978年、コスモス短歌会に入会し宮柊二に師事。結社内グループ「桐の会」にも参加。1985年、同人誌「桟橋」創刊に加わる。1998年、コスモスの選者および編集委員就任。2003年、毎日新聞書評委員となる。
小澤 實(おざわ みのる、1956年8月29日 - )は、日… 小澤 實(おざわ みのる、1956年8月29日 - )は、日本の俳人、俳文学者。大学時代より「鷹」に所属し藤田湘子に師事。2000年に俳誌「澤」を創刊・主宰。本名・実。 長野県長野市生まれ。1972年、長野県松本深志高等学校に入学。同級にのちに小説家・長野県知事となる田中康夫がいた。高校時代は文学部の機関誌に小説を寄せ、ガリ版刷りの小詩集を刊行するなどした。1976年、信州大学人文学部在学中に信大連句会に参加、東明雅の指導を受ける。翌年、連句会の連衆であった宮坂静生のてほどきで俳句をはじめ、同年「鷹」に入会、藤田湘子に師事。また大学で信大俳句会を結成する。 1979年、大学を卒業し、成城大学大学院文学研究科修士課程に進学、尾形仂に師事し、北条霞亭など江戸時代の漢詩人の書簡を解読。
三田 完(みた かん、1956年3月18日 - )は、日本の… 三田 完(みた かん、1956年3月18日 - )は、日本の小説家、俳人。
五十嵐 秀彦(いがらし ひでひこ、1956年3月12日 - … 五十嵐 秀彦(いがらし ひでひこ、1956年3月12日 - )は、俳人。北海道帯広市生まれ。札幌市在住。現代俳句協会、俳人協会会員。漫画家の田島ハルは次女。 札幌北高等学校、明治学院大学法学部法律学科卒。1994年より句作を開始。俳誌「藍生」にて黒田杏子、「雪華」にて深谷雄大に師事。