金子 瑛美(かねこ てるみ、1991年6月19日 - )は、… 金子 瑛美(かねこ てるみ、1991年6月19日 - )は、埼玉県出身の、日本の柔道選手である。階級は57kg級。身長162cm。血液型はAB型。組み手は右組み。得意技は大内刈。自衛隊体育学校の所属。現姓は大辻。 柔道は5歳の時に五十嵐道場で始めた。淑徳中学3年の時に全国中学校柔道大会の個人戦52kg級で3位、団体戦でも3位になった。淑徳高校3年の時にはインターハイの個人戦57kg級で3位、団体戦では1年後輩の太田晴奈などとともに活躍して2位となった。全日本ジュニアでは優勝を飾った。 2010年には埼玉大学へ進学すると、全日本ジュニアでは3位にとどまり2連覇はならなかったが、学生体重別では決勝で筑波大学3年の牧志津香を破って1年生にして優勝を飾った。
藤井 岳(ふじい がく、1991年5月30日 - )は、東京… 藤井 岳(ふじい がく、1991年5月30日 - )は、東京都青梅市出身の日本の柔道選手である。階級は100kg超級。身長182cm。体重117kg。血液型はO型。段位は四段。組み手は左組み。得意技は体落。現在はパーク24に所属。さらに、SFC大学院にも在学している。 柔道は7歳の時に吉野柔道教室で始めた。桐朋中学入学後は大門柔道教室に入門して、3年の時には全国中学校柔道大会90kg超級で2位になった。国立大学への進学も視野に入れていたが、柔道に人生をかけるとして東海大相模高校に進む道を選択した。1年の時には早くも金鷲旗の優勝に1年先輩の高木海帆や同級生の羽賀龍之介らとともに貢献することになった。
ヌンイラ 華蓮(ぬんいら かれん、1991年5月23日 - … ヌンイラ 華蓮(ぬんいら かれん、1991年5月23日 - )は、千葉県船橋市出身の日本の女子柔道選手。階級は70kg級。身長166cm。組み手は右組み。血液型はA型。段位は弐段。得意技は大内刈。父親はガーナ出身。母親は風水鑑定士。三人姉妹の長女で、上の妹はユニバーシアード日本代表にも選ばれたバスケットボール選手のヌンイラ玲美。現在は了徳寺学園所属。 小学生の時は相撲に取り組んでいて、男子相手に優勝したこともあるという。柔道は八木が谷中学1年の時に始めて、3年の時には全国中学校柔道大会70kg級で優勝した。八千代高校時代はインターハイでベスト16止まりと振るわなかった。 2010年には古賀稔彦が柔道部総監督を務める環太平洋大学に進学すると、2年の時から学生体重別では2連覇を達成した。
六郷 雄平(ろくごう ゆうへい、1991年5月1日 - 。旧… 六郷 雄平(ろくごう ゆうへい、1991年5月1日 - 。旧姓:下山〈しもやま〉)は、愛知県出身の、日本の柔道選手である。階級は66kg級。身長167 cm。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は内股。その後了徳寺学園の職員を経て、2020年に帰郷し、夫人とともに両親と実兄の経営する「六郷接骨院」および「六郷道場」のスタッフとしても活動している。 (出典、JudoInside.com)。
羽賀 龍之介(はが りゅうのすけ、1991年4月28日 - … 羽賀 龍之介(はが りゅうのすけ、1991年4月28日 - )は、宮崎県延岡市出身の日本の元柔道家。階級は100kg級。身長186cm。血液型はO型。段位は五段。組み手は左組み。得意技は内股。現在は旭化成に所属している。父親は講道館杯などで優勝経験のある羽賀善夫。母親は国体やインターハイで活躍した元競泳選手。 幼少時に埼玉県に越すと、2歳年上の兄である善之介とともに5歳の時に柔道を始めた。当時は競泳も習っていて、自由形で県大会で2位になったこともあった。 小学校3年の時に横浜市に移ると、朝飛道場に所属して柔道に専念することになった。小学校6年の時には全国少年柔道大会の団体戦で3位になった。六角橋中学3年の時に全国中学校柔道大会90kg級で3位になった。
伊左次 雄介(いさじ ゆうすけ、1991年4月5日 - )は… 伊左次 雄介(いさじ ゆうすけ、1991年4月5日 - )は、日本の柔道家、総合格闘家。日本の政治家。柔道五段。得意技は背負い投。上星小学校、国士舘中学校、国士舘高校、日本体育大学卒。神奈川県海老名市出身。伊左次道場師範。海老名市議会議員。 2023年11月12日投開票、海老名市議会議員選挙において最年少当選。 新人最多得票数での初当選。日本維新の会公認。 海老名維新の会、代表に就任。 神奈川維新の会、副総務会長に就任。 2024年 柔道全日本マスターズ選手権大会で 2025年 柔道世界マスターズ選手権大会 フランス・パリに出場。 慶應大学大学院政策研究科進学。 元公立小学校教諭、中学校教諭、 教員免許所持(幼稚園、小学校、中学校 体育、 伊左次雄介 Yusuke Isaji (日本/伊左次道場) 生年月日●1991年4月5日生 出身大学●日本体育大学 柔道 元全日本強化指定選手 柔道 世界大会1位(ドイツ) コンバットレスリング 全日本1位 サンボ 全日本選手権1位 MMA戦績 3戦3勝0敗0引き分け GLAND SLAM、grand royal ウェルター級 勝利、amateur grand slam グラップリングマッチ 勝利 巌流島 opening fight 70kg契約 勝利
十田 美里(とだ みり、1991年3月28日 - )は、大阪… 十田 美里(とだ みり、1991年3月28日 - )は、大阪府出身の柔道選手。階級は48kg級。身長157cm。血液型はO型。組み手は左組み。段位は弐段。得意技は大外刈。現在は自衛隊体育学校に所属している。 6歳の時に柔道を始めた。高石中学から埼玉栄高校へ進むと、3年の時にインターハイ48kg級で5位となった。近畿大学に進学後、1年の時に全日本ジュニアで2位となった。2年の時も2位だったが世界ジュニア代表に選ばれて、その決勝では全日本ジュニアの決勝で敗れた藤村女子高校1年の玉置桃を判定(3-0)で破って優勝した。3年の時には講道館杯で3位となった。4年の時には講道館杯の準決勝で藤枝順心高校の岡本理帆を技ありで破るが、決勝では世界チャンピオンであるコマツの浅見八瑠奈に0-3の判定で敗れて2位となった。
森崎 由理江(もりざき ゆりえ、1991年3月12日 - )… 森崎 由理江(もりざき ゆりえ、1991年3月12日 - )は、熊本県八代市出身の日本人の女子柔道選手である。階級は48kg級。身長151cm。血液型はB型。組み手は右組み。得意技は背負投。 柔道は8歳の時に文政少年柔道クラブで始めた。 八代第三中学から宮崎日大高校へ進むと、3年の時にインターハイ48kg級で3位となった。 2009年に鹿屋体育大学へ進むと、3年から2年連続で学生体重別で3位となった。2013年には鹿屋体育大学柔友会所属となり、柔道部のコーチも務めることになった。シニアの強化指定選手には一度も加わったことのない無名の選手ながら、講道館杯では決勝まで進むと、アジアチャンピオンである筑波大学の遠藤宏美と有効を取り合った末に送襟絞で一本勝ちして、予想外の優勝を飾った。
太田 慶一(おおた けいいち、1990年12月6日 - )は… 太田 慶一(おおた けいいち、1990年12月6日 - )は、愛知県出身の、日本の柔道選手である。階級は73kg級。身長174 cm。血液型はA型。組み手は右組み。得意技は一本背負投。 柔道は8歳の時に羽田野道場で始めた。桜丘中学から桜丘高校へ進むが、この当時はこれと言った実績はなかった。2009年に東海大学へ進学すると力を付け始め、3年の時には学生体重別73kg級の決勝で山梨学院大学3年の中村剛教に敗れるも2位となった。講道館杯では3位に入った。4年の時には学生体重別の準決勝で世界ジュニアチャンピオンである天理大学3年の大野将平を背負投の有効で破ると、決勝でも同じく天理大学2年の土井健史を内股の有効で破って優勝を飾った。
春山 友紀(はるやま ゆうき、1990年12月4日 - )は… 春山 友紀(はるやま ゆうき、1990年12月4日 - )は、千葉県出身の、日本の柔道選手である。階級は81 kg級と90 kg級。身長173 cm。組み手は右組み。得意技は寝技。 柔道は5歳の時に明倫館杉崎道場で始めた。小学校5年と6年の時には全国少年柔道大会の決勝で秋田県代表の櫻庭翔を破って2連覇を達成した。また、6年の時にはマルちゃん杯全日本少年柔道大会の個人戦無差別でも優勝を飾った。八街中央中学へ進むと、3年の時には全国中学校柔道大会の90kg級で3位になった。 国士舘高校に進むと、1年の時には全国高校選手権団体戦の決勝で東海大学相模高校に敗れて2位だった。2年の時には金鷲旗の決勝でも東海大学相模高校に敗れた。
西山 大希(にしやま だいき、1990年11月20日 - )… 西山 大希(にしやま だいき、1990年11月20日 - )は、広島県東広島市出身の日本の柔道家。階級は100kg級。身長179cm。得意技は大外刈。73kg級の西山雄希は弟にあたる。2013年から新日鉄住金に所属している。 柔道は7歳の時に始めた。東広島市立西条中学の頃から全国レベルで活躍して、桐蔭学園高等学校2年の時にインターハイで3位になり、3年の時には2位となった。筑波大学に進学後、全日本ジュニアを制して世界ジュニアでは3位となった。さらにシニアの大会である講道館杯でも3位となった。 その後、グランドスラム・東京では、初戦で世界チャンピオンの李奎遠を破るも、決勝では高校、大学の先輩である小野卓志に敗れて2位に終わった。
下和田 翔平(しもわだ しょうへい、1990年10月25日 … 下和田 翔平(しもわだ しょうへい、1990年10月25日 - )は、広島県出身の日本の柔道家である。階級は100kg級。身長192cm。血液型O型。段位は四段。組み手は右組み。得意技は大外刈。2021年3月まで京葉ガスに所属していた。。 柔道は7歳の時に八本松柔道教室で始めた。西条中学から崇徳高校に進むと、3年の時にはインターハイの100kg級で修徳高校3年の岩尾敬太に有効で敗れるも3位となった。なお、高校の1年先輩には後に無差別で世界チャンピオンになる上川大樹がいた。2009年に日本体育大学へ進学すると、優勝大会では1年から4年連続で5位にとどまった。体重別団体では1年から3年連続で5位だったものの、4年の時には3位となった。
高木 海帆(たかぎ かいはん、1990年10月15日 - )… 高木 海帆(たかぎ かいはん、1990年10月15日 - )は、オーストラリアの柔道選手である。階級は100 kg級。身長182 cm。現在はJRAに所属している。得意技は大内刈、寝技。2016年までは全柔連の強化指定選手で、世界選手権では2度日本代表を務めたこともあった。2018年に国籍を変えて、カイハン・オズチチェク=タカギ(Kayhan Özçiçek-TAKAGI)という名でオーストラリア代表となった。 神奈川県川崎市麻生区で育った。トルコ人の父親を持つハーフで、名前の「海帆(かいはん)」はトルコの神様から取ったもの。 オーストラリアのシドニーで出生、柔道連盟のプロフィールにはオーストラリア出身と書かれている資料も多数ある。
中井 貴裕(なかい たかひろ、1990年10月15日 - )… 中井 貴裕(なかい たかひろ、1990年10月15日 - )は、愛知県大府市出身の日本の柔道家。階級は81kg級。身長175cm。血液型はA型。組み手は左組み。段位は四段。得意技は内股、大外刈、指導2勝ち。流通経済大学卒。現在は吉田秀彦が監督を務めるパーク24に所属している。 吉田や谷本歩実を輩出したことで知られる地元大府市の大石道場で6歳から柔道を始めた、大成高等学校3年の時にジュニアの体重別で2位に入った。流通経済大学に入学後は講道館杯で2位になり、2010年にはワールドカップウィーンで国際大会初優勝を果たした。続く体重別では、決勝で高松正裕を破って優勝し世界選手権代表に選ばれた。しかし9月の世界選手権では3回戦で敗れた。
廣瀬 順子(ひろせ じゅんこ、1990年10月12日 - )… 廣瀬 順子(ひろせ じゅんこ、1990年10月12日 - )は、山口県山口市出身の日本の柔道家。視覚障害者柔道57kg級の選手。身長158cm。旧姓は三輪。 2024年パリパラリンピック金メダリスト 柔道は小学校5年の時に少女漫画『あわせて1本!』に影響されて始めた。小郡中学から西京高校へ進むと、インターハイにも出場を果たした。 ところが、花園大学社会福祉学部臨床心理学科1年の時に膠原病を患ったことで視界が狭くなり、一旦は柔道から離れた。しかし、障害者スポーツのゴールボールの試合を見て心を動かされたこともあって、視覚障害者柔道で復帰することを決意した。2014年アジアパラ競技大会で2位、2015年にはIBSAワールドゲームズで5位に入った。
広瀬 順子(ひろせ じゅんこ、1990年10月12日 - )… 広瀬 順子(ひろせ じゅんこ、1990年10月12日 - )は山口県山口市出身の日本の柔道家。視覚障害者柔道57kg級の選手。身長158cm。旧姓は三輪 。
菊川 優希(きくかわ ゆうき、1990年10月3日 - )は… 菊川 優希(きくかわ ゆうき、1990年10月3日 - )は、千葉県出身の日本の柔道家。63kg級の選手。身長170cm。組み手は左組み。得意技は内股、大内刈。 インターハイの団体戦で3連覇を成し遂げた市立柏高校の柔道部を指導していた父親の菊川慶一の影響で、柔道は6歳の時に武秀館小坂柔道場で始めた。しかし、当時は全然楽しくなかったという。小学校6年の時には市立柏高校の練習に参加するようになると、広島平和カップの際の練習試合では高校生相手に24戦全勝を記録する大活躍を見せたにもかかわらず、依然楽しさを感じることはなかった。野田第一中学1年の時には全国中学校柔道大会の57kg級で早くも決勝まで進むが、香長中学3年の川崎萌に敗れて2位だった。
木戸 慎二(きど しんじ、1990年10月2日 - )は、日… 木戸 慎二(きど しんじ、1990年10月2日 - )は、日本の柔道家。広島県出身。階級は60kg級。身長162cm。組み手は左組み。段位は二段。血液型はB型。得意技は大内刈、脚三角からの縦四方固。現在は岩倉高校の教員で、柔道部の監督を務めている。 柔道は6歳の時に始めた。崇徳中学から崇徳高校に進学するが、3年の時にインターハイ60kg級でベスト16に入ったくらいで際立った活躍は見られなかった。日体大に進学すると、1年の時に全日本ジュニアで大学の1年先輩である山本浩史に内股で敗れるが2位となった。2年の時には1年後輩である伊左次雄介が付き人となり、講道館杯、グランドスラム・東京で3位になった。学生体重別では3年の時から2連覇を達成した。
濵田 尚里(はまだ しょうり、1990年(平成2年)9月25… 濵田 尚里(はまだ しょうり、1990年(平成2年)9月25日 - )は、日本の女子柔道家、サンボ選手。2021年開催の東京オリンピック柔道78kg級金メダリスト。2018年世界柔道選手権大会78kg級金メダリスト。鹿児島県霧島市出身。山梨学院大学卒業。自衛隊体育学校所属の幹部自衛官(2023年12月現在、1等陸尉)。名字は報道等では浜田と表記されることもある。 握力は右59kg、左64kg。組み手は右組み。得意技は内股。趣味はコーヒータイムとケーキ作り。血液型はB型。 寝技の名手として知られる(後述)。試合に勝っても負けても畳の上では一切表情を変えない武道家らしい所作でも知られている。 柔道は霧島市立国分西小学校に在籍していた10歳の時に、兄と一緒に近所の陸上自衛隊国分駐屯地内の国分西柔道クラブで始めた。
濱田 尚里(はまだ しょうり、1990年9月25日 - )は… 濱田 尚里(はまだ しょうり、1990年9月25日 - )は、鹿児島県霧島市出身の、日本の柔道選手である。階級は78kg級。身長167cm。組み手は右組み。血液型はB型。得意技は内股、寝技。現在は自衛隊体育学校に所属。
緒方 亜香里(おがた あかり、1990年9月24日 - )は… 緒方 亜香里(おがた あかり、1990年9月24日 - )は、熊本県宇城市(旧・下益城郡松橋町)出身の日本の柔道家。階級は78 kg級。現在はAACC所属の総合格闘家。 生まれた時、体重は4600 gもあったという。小学生の時は空手と水泳を習っており、とりわけ空手は小学校4年生の時に全国優勝を果たした。しかし、松橋中学1年の時に兄に借りた柔道マンガの帯をギュッとね!や、柔道部物語に影響されたことで柔道に興味を持ち始めた。夏には沖縄で開催された空手の全国大会に出場するが、寸止めルールであるにもかかわらず開始3秒の正拳突きで対戦相手をノックアウトして反則負けになったのを契機に、空手を辞めて柔道を始めることになった。
山部 佳苗(やまべ かなえ、1990年9月22日 - )は、… 山部 佳苗(やまべ かなえ、1990年9月22日 - )は、北海道札幌市東区出身の日本の元女子柔道選手。階級は78kg超級。段位は五段。身長172cm。体重100kg。組み手は右組み。血液型はB型。得意技は払腰。 現在はミキハウスに所属している。趣味はスノーボード、スキー、音ゲーの「ピアノタイル2」をプレイすること。ももいろクローバーZのファンで、コンサートにも出向いたりしており。なお、2017年8月に発売されたシングル「BLAST!」のミュージックビデオでは柔道の選手役で出演している。 山梨学院大学・ミキハウスの同期にロンドンオリンピック競泳メダリストの鈴木聡美がいて、競技は違えどお互いの試合を応援しに行く仲でもある。
中村 剛教(なかむら たけのり、1990年9月8日 - )は… 中村 剛教(なかむら たけのり、1990年9月8日 - )は、兵庫県出身の、日本の柔道選手。階級は73kg級。身長174cm。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は背負投。 柔道は5歳の時に父が教える社柔道少年団で始めた。社中学から京都共栄学園高校へ進むと、2年の時にインターハイ66kg級の初戦で敗れた。3年の時には京都パリ交流柔道大会で2位となった。2009年に山梨学院大学へ進むと、1年の時には全日本ジュニアの73kg級で3位になり全日本強化選手に選ばれた。2年の時には講道館杯で3位に入った。3年の時には全日本学生体重別で初の全国大会優勝を果たした。また、講道館杯で3位、グランプリ・青島では2位となった。
岩尾 敬太(いわお けいた、1990年8月18日 - )は、… 岩尾 敬太(いわお けいた、1990年8月18日 - )は、埼玉県出身の日本の柔道選手。階級は100 kg超級。身長182 cm。体重125 kg。組み手は左組み。得意技は払腰。京葉ガスに所属していたが、現在は山口県萩市にある至誠館大学の講師及び、柔道部のコーチをしている。 柔道は10歳の時に関道場で始めた。 修徳中学から修徳高校へ進むと、1年の全国高校選手権団体戦では3位となった。2年のインターハイ団体戦では2位、全国高校選手権では3位だった。3年の時には金鷲旗で3位になると、インターハイの個人戦100kg級で決勝まで進むが、東海大相模高校の高木海帆に有効で敗れた。 国士舘大学に進むと100kg超級に階級を上げて、1年の時から団体戦のレギュラーになった。
大辻 康太(おおつじ こうた、1990年8月4日 - )は、… 大辻 康太(おおつじ こうた、1990年8月4日 - )は、兵庫県播磨町出身の、日本の柔道選手である。組み手は左組み。得意技は背負投。階級は90 kg級。 柔道は小学校2年の時に播磨町柔道倶楽部で始めた。二見中学から桐蔭学園高校へ進むと、3年の時にインターハイ73kg級に出場するも、3回戦で敗れた。なお、高校時代の同期には西山大希がいた。2009年に埼玉大学へ進学すると、4年の時には学生体重別で優勝を飾った。この際に、先々に攻める柔道スタイルから繰り出される大内刈や小内刈はスピードがあり、また、背負投や一本背負投に入るタイミングもうまいと評された。2013年には日本エースサポート所属となった。81kg級ながら関東予選で優勝を果たして全日本選手権に出場するものの、初戦で綜合警備保障の小林大輔に合技で敗れた。
田知本 遥(たちもと はるか、1990年8月3日 - )は、… 田知本 遥(たちもと はるか、1990年8月3日 - )は、富山県射水市出身の日本人の女子柔道選手。階級は70キロ級。身長167cm。血液型はA型。得意技は大外刈、寝技。組み手は左組み。段位は五段。姉は78kg超級で活躍している田知本愛。現在は綜合警備保障に所属している。
山本 小百合(やまもと さゆり、1990年7月23日 - )… 山本 小百合(やまもと さゆり、1990年7月23日 - )は、熊本県出身の日本の柔道家である。階級は63kg級。身長163cm。血液型A型。段位は弐段。組み手は右組み。得意技は背負投。 柔道は6歳の時に鹿本町武道館で始めた。阿蘇高校に進むと、監督の松岡静也の指導の下で力を付けていった。2年の時には高校選手権の団体戦で、後に世界選手権の78kg級で2位になる同級生の緒方亜香里とともに活躍して優勝を飾り、最優秀選手にも選ばれた。3年の時には都道府県対抗全日本女子柔道大会に熊本県代表で出場して優勝を飾った。インターハイの個人戦63kg級では2位にとどまったが、団体戦では緒方とともに活躍してチームの優勝に貢献した。
五味 奈津実(ごみ なつみ、1990年7月6日 - )は、東… 五味 奈津実(ごみ なつみ、1990年7月6日 - )は、東京都文京区出身の日本の柔道家。52kg級の選手。身長は156cm。血液型O型。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は3歳の時に講道館で始めた。文京第一中学から藤村女子高校を経て仙台大学へ進むと、1年の時には学生体重別の52kg級で3位となった。3年と4年の時にも学生体重別で3位に入った。2013年にはJR東日本の所属となると、 体重別と講道館杯でそれぞれ3位入賞を果たした。サンクトペテルブルクで開催されたワールドコンバットゲームズ団体戦では初戦のモンゴル戦で48kg級の世界チャンピオンである寝業師のムンフバット・ウランツェツェグを横四方固で破ると、決勝のブラジル戦でもエリカ・ミランダを指導2で破るなどしてチームの優勝に貢献した。
小寺 将史(こでら まさし、1990年6月18日 - )は、… 小寺 将史(こでら まさし、1990年6月18日 - )は、日本の柔道家。石川県出身。階級は66kg級。身長165cm。組み手は左組み。得意技は背負投。 柔道は6歳の時に鶴来坂田道場で始めた。同級生には2010年の世界選手権66kg級チャンピオンの森下純平がいた。幼馴染の森下とは何をやるのも一緒だったという。結果として大学まで同じ進路を歩むことになった。 北辰中学から鶴来高校へ進むと、3年の時にはインターハイ66kg級で優勝を飾った。2009年に筑波大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアの決勝で73kg級から66kg級に階級を下げてきた森下を破って優勝を飾った。2年の時の世界団体では決勝こそ出場の出番はなかったが、準決勝の韓国戦で曹準好を判定ながら破るなどしてチームの優勝に貢献した。
松木 武志(まつき たけし、1990年6月12日 - )は、… 松木 武志(まつき たけし、1990年6月12日 - )は、日本の柔道家。宮崎県出身。階級は60kg級。身長163cm。組み手は右組み。得意技は背負投。エル・エス・コーポレーション所属。 柔道は7歳の時に始めた。泰山学舎と朝飛道場の出身。五十市中学3年の時には全国中学校柔道大会55kg級で2位になった。足立学園高校へ進むと、3年の時にはインターハイと全日本ジュニアの60kg級で優勝した。 国士舘大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアと講道館杯、ワールドカップ・トビリシでそれぞれ3位になった。2年の時には東アジア選手権の個人戦と団体戦で2位、体重別団体で3位だった。講道館杯の決勝では高校の1年先輩である日体大3年の山本浩史に敗れるが2位となった。
加賀谷 千保(かがや ちほ、1990年4月19日 - )は、… 加賀谷 千保(かがや ちほ、1990年4月19日 - )は、静岡県静岡市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は52kg級。身長159cm。血液型はA型。組み手は左組み。段位は弐段。得意技は内股。結婚して垣田姓となった。 柔道は7歳の時に静岡東部柔道クラブで始めた。観山中学3年の時に全国中学校柔道大会52kg級に出場するが初戦で敗れた。藤枝順心高校1年の時に全日本ジュニアで3位になった。2年の時にロシアジュニア国際に出場するが5位にとどまった。この時に48kg級で優勝した1つ年上である藤村女子高校3年の浅香夕海に、「加賀谷ってなんか妖怪みたいだよね」と言われたことがきっかけで妖怪というあだ名が定着することになってしまったが、本人は「妖怪ですけど、何か?」とこの事態を開き直っていた。
森下 純平(もりした じゅんぺい、1990年4月5日 - )… 森下 純平(もりした じゅんぺい、1990年4月5日 - )は、日本の柔道家。石川県白山市出身。階級は66kg級。身長165cm。得意技は内股。 柔道は6歳の時に鶴来坂田道場で始めた。同級生には2010年の世界団体の優勝メンバーである小寺将史がいた。幼馴染の小寺とは何をやるのも一緒だったという。結果として大学まで同じ進路を歩むことになった。北辰中学3年時に全国優勝。鶴来高校2年時にはインターハイ73kg級で優勝し、3年時にはインターハイの優勝候補筆頭とされるが、準々決勝で敗退した。その後階級を66kg級に下げて、筑波大学に進学。全日本ジュニアの決勝では小寺に判定の末敗れるも世界ジュニアの代表に選出されて、世界ジュニアではオール一本勝ちで優勝を果たした。
山本 浩史(やまもと ひろふみ、1990年3月25日 - )… 山本 浩史(やまもと ひろふみ、1990年3月25日 - )は、日本の柔道家。東京都出身。階級は60kg級。身長171cm。段位は四段。血液型はA型。得意技は内股。2016年より名城大学法学部助教。 柔道は8歳の時に始めた。足立学園中学3年の時に全国中学校柔道大会で2位になった。足立学園高校時代には3年の時にインターハイで2位となった。2008年に日本体育大学体育学部武道学科に進学すると、世界ジュニアで3位に入り、2年の時にはオール一本勝ちで優勝を果たした。また、シニアのグランドスラム・東京でも3位に入った。 3年の時には11月の講道館杯で初優勝を果たすと、続くグランドスラム・東京でも、決勝で大学の2年後輩である志々目徹に谷落で一本勝ちして優勝を飾った。
海老沼 匡(えびぬま まさし、1990年2月15日 - )は… 海老沼 匡(えびぬま まさし、1990年2月15日 - )は、日本の柔道家。栃木県小山市出身。組み手は左組み。得意技は背負投。ロンドンオリンピックおよびリオデジャネイロオリンピック柔道男子66kg級銅メダリスト。 座右の銘は「努力は必ず報われる」。 柔道は5歳の時に兄二人の影響で、後に60kg級世界チャンピオンの髙藤直寿も所属することになる野木町柔道クラブで始めた。講道学舎出身。長兄に個人インカレを制覇した海老沼聖、次兄に海老沼毅がいる。 中学からは上京して講道学舎に所属することになった。弦巻中学3年の全国中学校柔道大会66kg級で優勝した。世田谷学園高校2年の時にはアジアジュニアで優勝した。なお、この大会で知り合ったことがきっかけで東北高校3年の阿部香菜と交際するようになった。
酒井 高喜(さかい ごうひ、1990年2月1日 - )は、日… 酒井 高喜(さかい ごうひ、1990年2月1日 - )は、日本の柔道家。階級は100kg超級。新潟県三条市出身(生まれはアメリカ・ニューヨーク州)。得意技は、大外刈、小外刈。 加茂農林高校、天理大学を経て、新日本製鐵に所属。 父が日本人で、母がドイツ人。四人兄弟の長男であり、三人の弟、酒井高徳・酒井宣福・酒井高聖は皆、プロサッカー選手である。
川上 智弘(かわかみ ともひろ、1990年1月31日 - )… 川上 智弘(かわかみ ともひろ、1990年1月31日 - )は、東京都出身の、日本の柔道選手である。階級は81 kg級。身長178 cm。組み手は左組み。得意技は小外刈。現在は國學院大學職員として柔道部のコーチを務めている。 柔道は6歳の時に墨田柔道塾で始めた。足立学園中学・高校時代は大きな実績はなかった。なお、この当時の同級生には60kg級で活躍する山本浩史がいた。國學院大學に進学すると、1年生にして学生体重別のチャンピオンとなった。2年の時には全日本ジュニアで優勝して、世界ジュニアでも3位となった。3年の時には講道館杯で3位となった。2011年には体重別に出場して決勝まで進むも、高松正裕に背負投で一本負けして2位に終わった。
川端 龍(かわばた りょう、1989年11月29日 - )は… 川端 龍(かわばた りょう、1989年11月29日 - )は、日本の柔道家。大阪府豊中市出身。身長166cm。階級は60kg級。段位は三段。血液型はB型。得意技は足技と低い韓国背負い投げ。自身のYouTube上ではドンマイ川端名義で活動しており、篠原信一、野村忠宏、鈴木桂治、秋本啓之、大野将平、ウルフ・アロンなど五輪・世界大会優勝者と柔道関連の動画を中心に撮影して、柔道広報活動の一翼を担っている。 柔道は5歳の時に始めた。大阪の豊中十七中学から高校は広島県にある近大福山高校に進むと、2年の時にインターハイ60kg級で3位となった。2008年に国士舘大学に進学すると、2年の時には学生体重別で日体大2年の山本浩史を破って優勝した。
大野 陽子(おおの ようこ、1989年11月27日 - )は… 大野 陽子(おおの ようこ、1989年11月27日 - )は、島根県大田市出身の日本の柔道選手。階級は70kg級。身長169cm。血液型はA型。段位は参段。組み手は左組み。得意技は内股、寝技。立命館大学卒。2012年4月よりコマツ女子柔道部に所属。 柔道は6歳の時に大田少年柔道教室で始めた。島根県浜田第一中学3年の時に全国中学校柔道大会の63kg級で5位になった。同試合を見ていた立命館宇治高校の監督の目に留まり、立命館宇治高に進学。高校1年生からレギュラーとして活躍し団体・個人ともに3年連続でインターハイに出場した。3年生時に78kg級で3位に入り全国的に知られる存在になった。高校時代に左肩脱臼の怪我を負い手術した影響もあり大学2年生まで試合から遠ざかる。
浅香 夕海(あさか ゆうみ、1989年11月22日 - )は… 浅香 夕海(あさか ゆうみ、1989年11月22日 - )は、日本の柔道家。48kg級の選手。東京都出身。身長159cm。組み手は右組み。得意技は袖釣込腰、寝技。 柔道は6歳の時に臥牛館道場で始めた。藤村女子中学2年と3年の時に全国中学校柔道大会の44kg級で5位になった。 藤村女子高校へ進むと、2年の時にはインターハイ48kg級の東京予選で、福岡国際で優勝するなどシニアでも活躍していた渋谷教育学園渋谷高校2年の中村美里を破って本戦に進むと、決勝では新田高校3年の浅見八瑠奈を効果で破って優勝を飾った。3年の時はインターハイ東京予選で前年に続いて中村を破ると、本戦でも東京農大第三高校3年の笠原歩美を崩上四方固で破って2連覇を達成した。
上川 大樹(かみかわ だいき、1989年11月9日 - )は… 上川 大樹(かみかわ だいき、1989年11月9日 - )は、山口県山口市出身の日本の柔道家。階級は100kg超級。身長185cm、体重156kg。血液型はB型。組み手は右組み。段位は五段。得意技は足技。 5歳の時に松美柔道スポーツ少年団で柔道を始めた。山口市立良城小学校時代、2つ年下には後に73kg級の世界チャンピオンで2016年リオデジャネイロオリンピックの金メダリストとなる大野将平がいた。 山口市立鴻南中学校を経て崇徳高等学校に入学、高校3年の時にインターハイ及びジュニアの体重別を制して将来性を高く評価された。明治大学進学後も一定の成績を残すものの、首脳陣が寄せる大きな期待に見合うだけの結果は必ずしも残せているとは言えなかった。
上野 巴恵(うえの ともえ、1989年11月1日 - )は、… 上野 巴恵(うえの ともえ、1989年11月1日 - )は、北海道旭川市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は70キロ級。身長168cm。得意技は大外刈。組み手は左組み。段位は参段。血液型はA型。旭川南高校を卒業して、2008年に三井住友海上に入社するが2012年に退社して、2012年10月に退社した。2013年4月、自衛隊体育学校に入校[4]。
小倉 武蔵(おぐら むさし、1989年10月20日 - )は… 小倉 武蔵(おぐら むさし、1989年10月20日 - )は、愛媛県出身の日本の柔道家。66kg級の選手。身長は169cm。組み手は左組み。得意技は背負投。 柔道は4歳の時に皿が嶺柔道会で始めた。川内中学3年の時に全国中学校柔道大会の60kg級で2位になった。埼玉栄高校へ進むと、3年の時にはインターハイ66kg級決勝で東海大第五高校の前野将吾を破って優勝した。全日本ジュニアでは3位だった。 2008年に筑波大学へ進学すると、1年の時には学生体重別の決勝で山梨学院大学の早野友樹を破って優勝した。2年の時には学生体重別の決勝で同じ筑波大学の同級生である田中浩平を破って2連覇を達成した。東アジア大会でも優勝を飾った。
百瀬 優(ももせ まさる、1989年10月17日 - )は、… 百瀬 優(ももせ まさる、1989年10月17日 - )は、長野県塩尻市出身の、日本の柔道選手である。階級は100 kg超級。身長186 cm、体重120 kg。得意技は体落。現在は旭化成所属。 柔道は3歳の時に誠心館道場で始めた。小学校6年の時には全国少年柔道大会の団体戦で3位になった。丘中学3年の時に全国中学校柔道大会90kg超級で2位となった。その後、国士舘高校に進学すると、2年の時に金鷲旗で優勝を果たしたが、インターハイ団体戦では3位だった。さらに翌年の全国高校選手権団体戦では2位だった。3年の時にはインターハイ100kg超級の準決勝で崇徳高校の上川大樹に上四方固で敗れて3位だったが、団体戦では優勝を飾った。
中矢 力(なかや りき、1989年7月25日 - )は、日本… 中矢 力(なかや りき、1989年7月25日 - )は、日本の柔道家。階級は73kg級。身長168cm。血液型はA型。組み手は右組み。段位は六段。得意技は背負投、寝技。2012年より綜合警備保障に所属。 愛媛県松山市出身。中矢が誕生して命名するにあたっては母親がプロレスファンであり、当初は藤波辰巳に肖って『辰巳』とつけるつもりでいたが、字数が揃わなかったことから藤波の好敵手である長州力から名前を取って『力』と命名した。 幼稚園の時に兄が柔道をやっていた三津浜柔道会に入会して柔道を始める。中矢は少年時代に伊予柔道会との対抗戦で浅見八瑠奈と対戦したことがあり、伊予柔道会の稽古ぶりに感銘を受けて兄と共に伊予柔道会に移籍した。
バトトルガ・テムーレン(Battulga Temuulen … バトトルガ・テムーレン(Battulga Temuulen 1989年7月10日- )は、UAEの柔道選手。モンゴル出身。階級は100kg超級。テムーレン・バトトルガ(Temuulen Battulga)と呼ばれる。モンゴル語の正式名はバトトルギーン・テムーレン(Баттулгын Тэмүүлэн)。 なお、彼の個人名はテムーレンで、バトトルガは父称である。それゆえ、名を略す場合はテムーレンとなる。 2005年に柔道留学のために来日して石川県にある日本航空第二高校に在籍することになった。2007年のインターハイ90kg級では5位。国体少年の部では石川県チームの準優勝に貢献した。2008年には日本大学文理学部に進むと、学生体重別100kg級で外国の男子選手として初となる優勝を1年生にして成し遂げた。
長田 拓郎(おさだ たくろう、1989年7月6日 - )は、… 長田 拓郎(おさだ たくろう、1989年7月6日 - )は、日本の俳優・柔道家。 186cm、96kg。G-STAR.PRO所属。神奈川県出身。
連 佩如(れん ぺいる リェン・ペイジュ、女性、1989年7… 連 佩如(れん ぺいる リェン・ペイジュ、女性、1989年7月4日 - )は、台湾籍の柔道家。階級は52㎏級。 錦和高等学校卒業。台湾柔道界若手のホープ。姉の連珍羚を追って山梨学院大学に留学することになった。グランドスラム・東京2009が国際大会デビュー戦となったが初戦でこの大会で金メダルを獲得する中村美里と当たり敗れた。2014年に地元で開催されたアジアオープン・台北では、57㎏級に出場した姉の連珍羚とともに姉妹優勝を果たした。 (出典、JudoInside.com)。
牧 志津香(まき しずか、1989年6月9日 - )は、大阪… 牧 志津香(まき しずか、1989年6月9日 - )は、大阪府出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は57kg級。身長165cm。組み手は左組み。血液型はB型。得意技は大内刈。 柔道は6歳の時に池本道場で始めた。加賀屋中学3年の時に全国中学校柔道大会の52kg級で優勝した。大阪工大高1年の時には全日本ジュニアの57kg級で決勝まで進むも、金沢学院高校3年の松本薫に敗れた。2年の時には3位だったが、3年の時には決勝で帝京大学1年の石川慈を破って優勝を飾った。インターハイでは3位だったが、アジアジュニアでは優勝を飾った。講道館杯でも決勝まで進むが、帝京大学2年の松本に敗れて2位だった。ベルギー国際では優勝を飾った。
橋本 優貴(はしもと ゆき、1989年5月9日 - )は、兵… 橋本 優貴(はしもと ゆき、1989年5月9日 - )は、兵庫県神戸市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は52kg級。身長161cm。血液型はO型。組み手は右組み。段位は参段。得意技は大内刈、寝技。現在はコマツに所属。
吉田 優也(よしだ ゆうや、1989年4月28日 - )は、… 吉田 優也(よしだ ゆうや、1989年4月28日 - )は、東京都出身の日本の柔道選手。階級は90 kg級。身長は171 cm。血液型はA型。段位は四段。組み手は右組み。得意技は大内刈、大外刈、背負投、内股。現在は旭化成に所属。 柔道は5歳の時に鈴木道場で始めた。東海大相模中学3年の時には全国中学校柔道大会 90kg級で優勝を果たした。東海大相模高校2年の時には全国高校選手権の決勝で国士舘高校と対戦すると、重量級の百瀬優に一本勝ちしてチームを優勝に導いた。3年の時には金鷲旗でも優勝を飾った。インターハイの団体戦では準決勝で百瀬に敗れてチームも3位にとどまり、高校3冠(全国高校選手権、金鷲旗、インターハイ)はならなかった。