沢田 雅美(さわだ まさみ、1949年〈昭和24年〉7月11… 沢田 雅美(さわだ まさみ、1949年〈昭和24年〉7月11日 - )は、神奈川県横浜市出身の女優。京浜女子短期大学附属高等学校(現・鎌倉国際文理高等学校)中退。夫は俳優の赤松秀樹。 1964年、10代半ばでTBSのオーディションに合格し、『ただいま11人』にてデビュー。 1967年放送の『渥美清の泣いてたまるか』での渥美とのカラミは絶妙とされた。 若手の頃から石井ふく子プロデュース作品(TBS系列)には常連出演しており、「石井組(ファミリー)」の一員と見なされていた。 山岡久乃や京塚昌子からはデビュー当時よりとても可愛がられ、「山岡のお母さん」「京塚のお母さん」と呼んで慕っていた(『徹子の部屋』より)。
鈴木 いづみ(すずき いづみ、1949年7月10日 - 19… 鈴木 いづみ(すずき いづみ、1949年7月10日 - 1986年2月17日)は、日本の作家、女優である。女優としての芸名に浅香 なおみ(あさか なおみ)がある。
伊藤 めぐみ(いとう めぐみ、1949年6月28日 - 20… 伊藤 めぐみ(いとう めぐみ、1949年6月28日 - 2023年8月24日)は、日本の元女優。本名、田浦 めぐみ(たうら めぐみ)。旧姓名は芸名と同じ。夫は、俳優の夏夕介。長女は、元宝塚歌劇団宙組娘役の愛花ちさき。 東京都出身。埼玉県志木市出身。貞静学園高等学校卒業。身長165cm。B83cm、W58cm、H88cm(1976年2月)。東宝芸能、人間プロダクションに所属していた。 高校卒業後、東宝芸能アカデミーに入る。卒業後は東宝テレビ部に所属し、1970年のテレビドラマ『はまぐり大将』(日本テレビ)でデビュー。 1971年の花王 愛の劇場『氷点』(TBS)などの出演を経て、1972年の特撮テレビ番組『愛の戦士レインボーマン』(NET)に、主人公であるヤマトタケシの恋人・水野淑江役でレギュラー出演。
服部 妙子(はっとり たえこ、1949年〈昭和24年〉6月2… 服部 妙子(はっとり たえこ、1949年〈昭和24年〉6月23日 - )は、日本の女優。本名、矢田 妙子。旧姓名は芸名と同じ。 愛知県名古屋市出身。愛知県立愛知商業高等学校卒業。どりいみい7を経て、M.M.P所属。 高校時代まで名古屋のNHK児童劇団に在籍する。 高校を卒業した1968年に上京して文学座付属演劇研究所に入所。同年のNHK劇場『芽咲く頃』で、集団就職で上京して蕎麦店で働く少女を演じてデビュー。 1969年に文学座の座員となる。同年のテレビドラマ『どくろ銭』(NET)では、高橋英樹の恋人役を演じた。当時の紹介記事では、目標とする女優として渡辺美佐子を挙げている。 以後、『地の群れ』『花の館』などの舞台に出演するが、1973年に文学座を退団してフリーとなり、『卒業旅行』(1973年)、『岸壁の母』(1976年)などの映画やテレビドラマで活動する。
牧 れい (まき れい、1949年6月21日 - )は、日本… 牧 れい (まき れい、1949年6月21日 - )は、日本の女優・歌手。東宝に所属していた。 芸名は本名の「宮内恵子」→「牧麗子」→「牧れい子」→「牧れい」と変更している。 長野県飯田市松尾町出身。姉がいる。2歳の時に愛知県名古屋市へ移住した。精華学園女子高校(現・東海大学付属市原望洋高等学校)在学中にオール東宝ニュータレント6期生として東宝俳優養成所に入所。東宝専属となり、本名の宮内恵子でデビュー。それ以降東宝の青春女優として活躍する。 東宝退社後の1969年に牧麗子と改名してスキャット・ポップスと銘打ったデビュー曲「夕焼けは知らない」で歌手デビューし、大人のムードを持った本格的な歌手として活動を再開。
鷲尾 真知子(わしお まちこ、1949年6月2日 - )は、… 鷲尾 真知子(わしお まちこ、1949年6月2日 - )は、日本の女優・声優。神奈川県出身。シス・カンパニー所属。夫は俳優の中嶋しゅう。 演劇誌『悲劇喜劇』で劇団NLTを知り、試験を受けて合格。精華学園女子高等学校(現・東海大学付属市原望洋高等学校)卒業後、1969年に劇団NLTに入団し、俳優活動をスタート。夢の遊眠社でも活動した。 声優として『うる星やつら』(1981年10月 - 1986年3月)のサクラ役が当たり役となる(舞台を見に来ていた斯波重治にスカウトされたという)。1989年、NLTを退団。 2003年からの『大奥』では「大奥スリーアミーゴス(のうちの葛岡役)」が好評を得て、全シリーズに出演する。
相川 圭子(あいかわ けいこ、1949年5月18日 - )は… 相川 圭子(あいかわ けいこ、1949年5月18日 - )は、日本の女優。本名は小林 清美。愛知県名古屋市昭和区出身。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
親 桜子(しん さくらこ、1949年5月12日 - )は、日… 親 桜子(しん さくらこ、1949年5月12日 - )は、日本の元女優。本名、山田 厚子。 静岡県御殿場市出身。静岡県立御殿場南高等学校中退。オフィス・トゥー・ワンに所属していた。 芸能界入りを反対する家族を説得し、高校を1年で中退して松竹音楽舞踊学校に入学。1967年、同校を卒業。1968年、文学座の研究生となる。数本のテレビドラマのゲスト出演を経て同年、 ポーラテレビ小説『三人の母』と『泥棒育ち ドロボーイ』にレギュラー出演。当時のプロフィールでは見かけに寄らず芯は強いと紹介されている。 1971年、ピープロ制作の特撮ドラマ『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』に第17話から第35話までレギュラー出演した。
二木 てるみ(にき てるみ、本名;二木 輝美〈にき てるみ〉… 二木 てるみ(にき てるみ、本名;二木 輝美〈にき てるみ〉、1949年〈昭和24年〉5月11日 - )は、日本の女優、声優。東京都世田谷区出身。元夫は俳優の岩崎信忠。サンプロモーション所属。立教女学院短期大学客員教授。 鷗友学園女子高校卒業。 1953年、周囲に同年代の子供が少ない環境を心配した両親によって劇団若草に入団。父親が若草で事務の仕事をしていたこともあり、劇団の活動は学生時代で辞めたが、1973年に結婚する直前までマネジメントは若草に委託していた。 その後、フリーランス期間を経て、オフィス・ノーメルに所属していた 1954年、3歳の時に黒澤明の監督映画『七人の侍』でデビュー。1955年、久松静児の監督映画『警察日記』で主人公に引き取られる捨て子を演じて以来、子役として活躍。
澤井 孝子(さわい たかこ、1949年4月13日 - )は、… 澤井 孝子(さわい たかこ、1949年4月13日 - )は、日本の女優。本名および旧芸名、沢井 孝子(読み同じ)。 大阪府出身。城右女子高等学校卒業。姉は女優の沢井桂子。矢島聰子事務所を経て、宝井プロジェクト所属。 中学3年生だった1964年に、芸能界入りした姉とともに上京。高校3年のときに「ミス着物」に選ばれ芸能界を目指すようになる。 1968年高校卒業と同時に東宝芸能アカデミーに入る。1972年の新聞インタビューでは、芸能界入りに際して姉の桂子からは内向的な性格から反対されるが、芸能界入りしてからは内向的な性格が治り、陽気な性格に変わったと答えている。 その後、劇団雲の研究生となり、1970年のテレビドラマ『だいこんの花』(NET)でデビュー。
夏 純子(なつ じゅんこ、1949年〈昭和24年〉3月21日… 夏 純子(なつ じゅんこ、1949年〈昭和24年〉3月21日 - )は、日本で1969年から1981年にかけて活動した女優。現在(1982年以降)は引退状態。本名(旧姓名)、坂本 道子(さかもと みちこ)。 東京都西多摩郡五日市町(現:あきる野市)出身。立川女子高等学校卒業。 小学校時代に書き始めた日記で文章を書くことに興味をおぼえ、中学校時代には詩や小説を書くようになり、そのうち小説の主人公にどうしてもなりたいと思い、それを実現するには女優しかないと考える。高校時代には演劇部に所属。高校在学中から、両親の反対を押し切って女優を志し、1967年、若松孝二監督の映画『犯された白衣』に唐十郎の相手役として、また同監督の『続日本暗黒暴行史 暴虐魔』に本名の「坂本 道子」名義で出演。
新藤 恵美(しんどう えみ、1949年3月20日 - )は、… 新藤 恵美(しんどう えみ、1949年3月20日 - )は、日本の元女優。東京都・小石川出身。 クラシックバレエを4歳から始め、星美学園中学校・高等学校在学中の1964年、スカウトされ15歳で芸能界入り。松竹映画のニューフェースとしてデビュー。 最終学歴は、昭和42年3月 頌栄女子学院卒業。 1971年、テレビドラマ『美しきチャレンジャー』の主演で人気を得る。1980年代には日活ロマンポルノ作品にも出演。元夫は俳優の長谷川明男(1974年に結婚、1978年離婚)。1990年に6歳年下のマネージャーと再婚した。 2008年からは那須塩原市に移り住み、2009年からは黒磯駅そばでパブ「ベガ」を経営。
桂木 美加(かつらぎ みか、1949年3月2日 - )は、日… 桂木 美加(かつらぎ みか、1949年3月2日 - )は、日本の元女優。本名、川崎 梅代。 東京都出身。豊島岡女子学園高校卒業。 高校卒業後、東宝芸能アカデミー演技科に学び、在学中の1968年、日活映画『ある少女の告白 純潔』でデビュー。その後、東宝と正式に契約し、映画『呪いの館 血を吸う眼』などに出演。1971年、特撮テレビドラマ『帰ってきたウルトラマン』に丘ユリ子隊員役でレギュラー出演。当時のプロフィールでは「相当のアクションがあると聞いているので、身体のコンディションは常にベストにするつもりです」と答えている。 本作終了後は、映画『血を吸う薔薇』で学長夫人を演じるなど、映画、テレビドラマに出演するが、1974年の『ウルトラマンレオ』第35話へのゲスト出演以降、芸能活動の記録がなく、以降の消息も明らかではない。
東丘 いずひ(ひがしおか いずひ、1949年2月17日 - … 東丘 いずひ(ひがしおか いずひ、1949年2月17日 - 2019年5月1日)は、日本の女優。本名は、太田 千恵子。 長野県安曇野市出身。駒澤大学卒業後、文学座付属研究所第15期生、文学座サヴァーグループ。『いでゆアラカルト』(TBSテレビ)でデビューする。 芸名は「東の丘から日(ひ、太陽)出(いず)る」に由来する。 1986年に劇団夢屋を旗揚げ。日本で最初の慰安婦を題材にした舞台を同年11月22日から3日間公演し、その後「消された戦史・従軍慰安婦」シリーズを3部作として舞台公演した。 声優やナレーターとしても活躍していた。 2019年5月1日、急逝。 慰安婦の舞台を公演した後、1980年代後半に慰安婦を慰霊するための支援活動を行っていた。
田島 令子(、1949年〈昭和24年〉2月17日 - )は、… 田島 令子(、1949年〈昭和24年〉2月17日 - )は、日本の女優、声優、ナレーター。東京都新宿区四谷生まれ、神奈川県横須賀市出身。 緑ヶ丘学院、日本大学藝術学部演劇学科卒業。所属事務所は劇団欅、劇団昴、野間事務所を経て、アルファエージェンシーに所属。 小さい頃は、ひとり遊びをしたり、読書をしたりしていることが多く、一人っ子だったため、人と接するのが苦手な子供だったという。 高校時代に素人劇団のようなところに所属していた同級生に誘われ、1回だけ舞台に立つ。その時に「ちょっとおもしろいわね」と思ったが、受験勉強に入ってしまったことから、1回だけだったという。大学時代、サークルは所属しておらず、大学2年の時に日大闘争で学校が閉鎖され、1年間学校に行けなかった。
松木 聖(まつき ひじり、1949年2月15日 - )は、日… 松木 聖(まつき ひじり、1949年2月15日 - )は、日本の元女優。本名同じ。姉は女優の松木路子。 福岡県出身。筑紫女学園高等学校卒業。楡プロダクションに所属していた。 1967年に劇団雲の研究生となる。研究生時代よりテレビドラマに出演するが、小柄であるため実年齢より年下の役柄が多かったことから、大人の女優を目指して1969年に劇団雲を退団する。しかし、移籍した事務所でも思うような仕事が来なかったため、1971年に芸能界からの引退を決意して帰郷する。 1972年、ライオン奥様劇場『落城の舞い』(フジテレビ)の主演に予定されていた姉・路子のスケジュールが合わず、代わりに出演話が持ち込まれ、本作のヒロインである千姫役で復帰する。
原田 糸子(はらだ いとこ、1949年2月14日 - )は、… 原田 糸子(はらだ いとこ、1949年2月14日 - )は、日本の元女優、歌手。大阪府生まれ。徳島県出身。 西野バレエ団5人娘レ・ガールズの一人として金井克子、由美かおる、奈美悦子、江美早苗とともに活躍。大阪女学院高等学校卒業。大阪女子学園高等学校(大阪夕陽丘学園高等学校)卒業。 1965年、「バックナンバー333」でテレビドラマデビュー。 1966年、「銀嶺は恋してる」で映画デビュー。 1967年、「ヴェニスの恋」で歌手デビュー。 1969年、テレビドラマ「フラワーアクション009ノ1」を以って芸能界から引退した。 現在は、千葉県香取市で陶芸家として活躍。
加藤 美津子(かとう みつこ、1949年2月10日 - )は… 加藤 美津子(かとう みつこ、1949年2月10日 - )は、日本の女優。千葉県出身。日本大学芸術学部卒業。演劇集団 円所属。特技はモダンダンスとフルートの演奏。
小川 知子(おがわ ともこ、1949年〈昭和24年〉1月26… 小川 知子(おがわ ともこ、1949年〈昭和24年〉1月26日 - )は、日本の女優・歌手。広島県広島市生まれ 、東京都北区育ち。 1970年前後に、人気アイドル歌手として有名になる。1980年代は『金曜日の妻たちへ』などのテレビドラマに出演。1990年代は幸福の科学の関係者として知られた。 広島市の生まれ。祖父は近衛兵を務めた。3歳の時、東京王子に転居。北区立王子小学校の同級生に羽田健太郎がいる。 バレエを習いながら小学校5年の時東宝児童劇団に入り1960年、日本テレビドラマ『ママちょっと来て』でデビュー。 子役としてドラマの出演の他、精華学園女子中学校在学中から日本テレビのバラエティ番組『九ちゃん!』の司会などで活躍。
珠 瑠美(たま るみ、1949年1月15日 - )は、日本の… 珠 瑠美(たま るみ、1949年1月15日 - )は、日本の女優、映画監督・脚本家。出生名は小谷 瑠美(こたに るみ)、木俣堯喬との結婚後本名は木俣 瑠美(きまた るみ)。珠 るみ、珠 ルミとクレジットされた作品もある。プロダクション鷹取締役、代表取締役を歴任した。 1949年(昭和24年)1月15日、東京都世田谷区烏山町(現在の同区烏山)に生まれる。父は戦前に日活大将軍撮影所の小道具係であり、戦後も東映東京撮影所や連合映画撮影所で装飾部として活動した小谷春勇(小谷春男)、叔父が大映の撮影技師・渡辺公夫(1918年 - 1983年)、兄がのちに東映の照明部に在籍しており、2歳下の妹がのちに女優なる谷身知子(1951年 - )である。
沢田 亜矢子(さわだ あやこ、本名:澤田 元美〈さわだ もと… 沢田 亜矢子(さわだ あやこ、本名:澤田 元美〈さわだ もとみ〉、1949年〈昭和24年〉1月1日 - )は、日本の女優、歌手、タレント。所属芸能事務所はオフィスのいり。北海道北見市生まれ。北海道北見北斗高等学校卒業、国立音楽大学声楽科中退(一年で中退)。 娘はシンガーソングライターの澤田かおりで、娘のライブのゲストとして親子共演している。 東京都の高輪プリンスホテル内『ナイトスポット』でピアノの弾き語りのアルバイトをしていたところをスカウトされ、1973年、岡田嘉子が作詞を手掛けたシングルレコード 『アザミの花』で歌手デビューした。同年この曲を含むアルバム(LP)『アザミの花/特別なともだち〜沢田亜矢子ファーストアルバム』発売(詳細はディスコグラフィを参照)。
ふく まつみ(本名:松本 松江、旧芸名:松本松江、松本まつえ… ふく まつみ(本名:松本 松江、旧芸名:松本松江、松本まつえ、松本マツエ、松美さかえ、松美里杷、1948年12月25日 - )は、埼玉県出身の日本の女優。ケイエムシネマ企画所属。身長152 cm。体重67 kg。血液型はAB型。 埼玉県立松山女子高等学校卒業。1971年、舞台芸術学院19 期入団をきっかけにデビュー。デビュー作は「噂」。舞台芸術学院での同期は市村正親。かつては劇団青俳、希楽星に所属していた。 母、姉、弟と暮らしており、好きな色は明るい色、暖かく感じる色。
西 恵子(にし けいこ、1948年12月11日 - )は、日… 西 恵子(にし けいこ、1948年12月11日 - )は、日本の元女優。本名(旧姓名)、西山 幸子。 新潟県長岡市出身。宝仙学園高等学校卒業。吉村事務所、柊企画に所属していた。既婚。 父は洋裁業を営み、中学時代に家族で東京都に転居する。 高校卒業後、武蔵野ドレスメーカー(現・専門学校武蔵野ファッションカレッジ)に進学するが、学校で開催された学園祭に先輩の薦めで出演していたところ、学園祭を見ていた芸能関係者にスカウトされて吉村事務所に所属する。 1968年、日活映画『BG・ある19才の日記 あげてよかった!』でデビュー。本作を機に日活と専属契約を結び、丘みつ子、沖雅也、長谷川照子とともに「エメラルドライン」として売り出すが、日活が任侠映画やロマンポルノに方向転換したことも重なり、低迷する。
梶 三和子(かじ みわこ、1948年12月1日 - )は、日… 梶 三和子(かじ みわこ、1948年12月1日 - )は、日本の女優。 東京都渋谷区出身。東京都立田園調布高等学校を経て、舞台芸術学院卒業。現代制作舎、ブルーベアハウスに所属していた。
八木 孝子(やぎ たかこ、1948年11月23日 - )は、… 八木 孝子(やぎ たかこ、1948年11月23日 - )は、日本の女優。東京都新宿区荒木町出身。成女高等学校(現:成女学園中学校・成女高等学校)卒。東宝、新国劇に所属していた。特技は日本舞踊、洋舞。同期は有吉ひとみ、伊吹吾朗、柳谷慶寿。
真木 洋子(まき ひろこ、1948年〈昭和23年〉11月10… 真木 洋子(まき ひろこ、1948年〈昭和23年〉11月10日 - 2000年〈平成12年〉7月22日)は、日本の女優。本名:郡司 園子(ぐんじ そのこ)。 東京都渋谷区千駄ヶ谷出身。大東学園高等学校卒業。高校卒業後に劇団青年座入団。 デビュー当時は、柚木れい子(ゆずき れいこ)という芸名であった。 1972年、連続テレビ小説 『藍より青く』のヒロイン・田宮真紀役に抜擢され、これを機に「真木洋子」に改名。健気な戦争未亡人を演じ、注目を浴びる。 翌1973年の映画『日本侠花伝』では、打って変わって激しい気性の女侠客を演じ、大胆なヌードでも話題を呼んだが、東宝宣伝部や主要スタッフからヌードになるよう1ヶ月に渡り説得されるも拒否した。
川崎 あかね(かわさき あかね、1948年11月10日 - … 川崎 あかね(かわさき あかね、1948年11月10日 - )は、日本の女優。本名、奥野 ときゑ。旧姓名、川崎 ときゑ。父親は撮影技師の川崎新太郎。 京都府京都市出身。洛陽女子高等学校卒業。八重子プロに所属していた。 6歳より日本舞踊を学ぶ。 1967年に高校卒業と同時に大映に入社。1968年公開の『陸軍中野学校 開戦前夜』に端役で出演。同年の『妖怪大戦争』ではヒロイン役を演じて実質的なデビュー作となる。以後、『笹笛お紋』(1969年)などに出演。 1971年11月20日封切りの映画『蜘蛛の湯女』に主演。セミヌードが話題になるが、同月29日に大映が倒産したため、1972年1月、松竹へ移籍。同年の映画『女生きてます 盛り場渡り鳥』に主演するが、1973年に退社してフリーとなる。
喜多川 美佳(きたがわ みか、1948年10月28日 - )… 喜多川 美佳(きたがわ みか、1948年10月28日 - )は、日本の女優である。本名は大野 照代(おおの てるよ)。旧芸名は北川 美佳(きたがわ みか)。
岸 ユキ(きし ユキ、1948年10月23日 - )は、日本… 岸 ユキ(きし ユキ、1948年10月23日 - )は、日本の女優、タレント、画家。B&G財団理事。海上保安友の会理事。恩賜財団済生会評議委員。西野バレエ団出身。父親は日本画家の山田皓斉(1906〜97)。本名、重吉富巳。夫は2014年に死去。 兵庫県芦屋市出身、神戸松蔭短期大学卒業。身長165cm(1975年7月)。千葉県君津市に農園とアトリエを持つ。 1964年、西野バレエ団に入団しラジオ出演や歌手として活動を始める。1969年「サインはV」で女優デビュー。1980年頃からは司会的な仕事に比重を移していった。 「明るい農村」、「岸ユキのふるさとホットライン」への出演を機に農業へ関心をもつようになり、同時期に東京の自宅とは別に山梨県韮崎市に居を構え、自ら畑を耕すようになった。
八並 映子(やなみ えいこ、1948年10月22日 - 20… 八並 映子(やなみ えいこ、1948年10月22日 - 2017年1月14日)は、日本の女優。本名:三浦 由江(みうら よしえ、旧姓:青木)。身長163cm、体重49kg。 静岡県藤枝市出身。県立藤枝西高校卒業。1969年、大映に第20期ニューフェイスとして入社、翌年にデビュー。 大映末期で唯一活気に満ちていた高校生番長シリーズと呼ばれる集団青春劇の中心的存在として、野放図な若さを堂々と体現し、関根恵子、渥美マリ、南美川洋子、川崎あかねとともに大映末期の5人娘として活躍した。早熟な高校生、番長といった反体制的な役柄を得意とした。1970年度エランドール新人賞受賞。 主演作の「悪名尼」は大映配給の最後の作品 (1971年11月20日公開) である。
岡田 可愛(おかだ かわい、朝: 오카다 가와이, 1948… 岡田 可愛(おかだ かわい、朝: 오카다 가와이, 1948年10月19日 - )は、日本の元女優。後にアパレル関係の仕事をしている。本名・伊藤可愛。青蘭学院高等学校(現青稜高等学校)卒。 大阪市生野区に6人兄妹の末っ子として生まれる。両親とも韓国人。 名前は可愛いという意味ではなく「可レ愛」(愛される可し)、つまり多くの人に愛されるようにという意味で、父の友人である漢文の先生に名づけられた。 父親の事業の失敗などで小学校4年の大晦日に一家で東京・吉原へ移り住む。小学校6年の時に一番上の姉によって劇団日本児童へ入れられる(父が厳格で簡単に出掛けさせてくれなかったことから、妹の付き添いをするために外へ出たいという口実からされたことだった)。
藤堂 陽子(とうどう ようこ(旧姓名:葛城 陽子)、1948… 藤堂 陽子(とうどう ようこ(旧姓名:葛城 陽子)、1948年9月22日 - )は、日本の女優、声優。三重県出身。文学座所属。中央大学卒業。現在も舞台女優として活動中。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
大信田 礼子(おおしだ れいこ、1948年9月15日 - )… 大信田 礼子(おおしだ れいこ、1948年9月15日 - )は、日本の女優、歌手。京都府京都市出身。身長165cm。B90cm、W58cm、H89cm(1969年12月)。 父・一雄、母・常子の一人っ子。幼い頃に父の仕事の関係で青森県三沢市へ転居する。三沢市立上久保小学校時代に弁論大会で優勝した。中学生までに京都へ戻り、1964年に京都府立鴨沂高等学校へ入学する。在学中の1966年に平安神宮前で建築家に写真を撮影されことを契機に、シカゴでミスコンテスト「第1回ティーン・プリンセス」(10代の女王コンテスト)に出場して日本代表に選ばれ、世界大会で優勝した。1966年にNHKのテレビドラマ『太郎』で芸能の仕事を始める。
杉田 景子(すぎた けいこ、1948年9月8日 - )は、日… 杉田 景子(すぎた けいこ、1948年9月8日 - )は、日本の元女優。本名は藤田景子。東京都出身。文学座に所属。身長156cm(1976年4月)。 日本女子大学家政学部住居学科卒業。学生時代、ニッポン放送の『ミス・ラジオ』に選ばれ、同局で番組のアシスタントを6か月務め、後にFM東京でDJを6か月間務める。 1972年、文学座付属演劇研究所入所。1973年、テレビドラマポーラテレビ小説「愛子」で主演を務める。1977年、文学座映画放送部所属となる。1981年に芸能界を引退した。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
中川 梨絵(なかがわ りえ、1948年8月13日 - 201… 中川 梨絵(なかがわ りえ、1948年8月13日 - 2016年6月14日)は、日本の女優。本名:長谷川栄(旧姓:中川)。東京都台東区出身。 東京都立田園調布高等学校卒業。 幼い頃から子役として活躍し、5歳の時に『藤娘』で初舞台。NHKの人気ドラマ『ホームラン教室』『お笑い三人組』などに出演した。 高校卒業後の1967年に東宝に入社し、芸名を中川さかゆとして成瀬巳喜男監督の『乱れ雲』でデビュー。『ゴー!ゴー!若大将』、続いて1968年に『年ごろ』などに出演するが芽が出ず、東宝を退社した。 1971年にロマンポルノ路線に転じた日活に入社、芸名を中川梨絵にかえ、『OL日記・牝猫の匂い』、『花弁のしずく』、『OL日記・牝猫の情事』、『エロスの誘惑』、『恋人たちは濡れた』、『(秘)女郎責め地獄』、『女地獄・森は濡れた』などに出演し、一躍、女優として花開いた。
八月 真澄(はづき ますみ、1948年8月8日 - )は、日… 八月 真澄(はづき ますみ、1948年8月8日 - )は、日本の歌手でミュージカル女優、作詞・作曲家。 ウイリー沖山の直弟子。ヨーデル講師でありBelting歌唱法のインストラクターでもある。 現在はライブ活動は不定期に開催しリモートで全国の生徒にヨーデルを指導。 佐賀県武雄市出身。小学校時代に神戸に一家で移住。高校卒業と同時に伊藤忠商事大阪本社に英文タイピストとして勤務するも19才で退社し舞台俳優を目指し単身上京。演劇の勉強をしながらステージで歌う。 NHKのヤング101の第二期生に合格して、青木マスミとしてNHK総合テレビジョンの音楽番組『ステージ101』に1971年7月7日に初出演。ヤング101には1974年3月31日の番組最終回まで在籍した。
山之内 重美(やまのうち しげみ、本名:上杉重美、旧芸名:山… 山之内 重美(やまのうち しげみ、本名:上杉重美、旧芸名:山之内滋美、1948年8月4日 - ) は、日本の歌手、女優、ロシア演劇・ロシア大衆歌謡ピェースニャ研究家である。 京都府京都市出身、大阪外国語大学ロシア語学科、早稲田大学大学院文学研究科ロシア文学専修卒。関西芸術座、劇団三十人会、表現劇場に参加。吉田名保美事務所、中村企画(社長中村敦夫)を経て現在フリー。 在学中より演劇に惹かれ、女優を目指す(代表作参照)。ロシア語のできる女優は日本では少なく、他に栗原小巻が知られている程度である。ロシア演劇研究家としてはスターリンに粛清された悲劇の演出家メイエルホリドを永年のテーマとし、メイエルホリドの孫娘であり生涯をかけて祖父の名誉回復に尽力したマリヤとの深い親交があった。
大田黒 久美(おおたぐろ くみ、1948年8月2日 - )は… 大田黒 久美(おおたぐろ くみ、1948年8月2日 - )は、日本の女優。別名義、大田黒 美波。 神奈川県藤沢市出身。北鎌倉女子学園高等学校卒業。 1969年、内藤洋子主演の映画『華麗なる闘い』の縫い子役募集のオーディションを受け、最終選考まで残る。オーディションの優勝者は、山田はるみだったが、最終選考に残った7人でファニー・セブン(桐生かほる、皆川妙子、坂本千桃、萩元克子、徳峰真理、中沢直子らがいた)として同映画に出演することになり本名の大田黒美波名義でデビューする。 1969年、東宝へ入社。東宝アカデミーを経て、翌1970年4月、東宝テレビ部に移籍し、テレビドラマを中心に活躍する。 1971年、東京12チャンネルの『ワン・ツウ アタック!』で主役に抜擢され、芸名を本名の美波から久美に改める。
尾崎 奈々(おざき なな、本名:石原 利子、旧姓:尾崎、19… 尾崎 奈々(おざき なな、本名:石原 利子、旧姓:尾崎、1948年7月28日 - )は、大阪府・池田市生まれで豊中市育ちの元女優。3人姉妹の末子。身長163cm、体重45kg(現役当時)。 特技である琴は豊中市庄内に住む坂和師匠の教えを乞い、中学3年生で初伝、高校1年生の時に中伝の免状を取得。 1965年、在籍していた大阪成蹊女子高等学校の帰り道、自宅最寄り駅である服部駅(現在の服部天神駅)付近で伊丹空港より車で京都へ向かう途中だった内田良平の平田マネージャーよりスカウトされ、勧められて同年夏に日活のカメラテストを受け合格するも決心がつかず、翌1966年の夏に再び平田マネージャーの勧めで東映のカメラテストを受け合格、そして最後に受けた松竹へ入社。
水木 正子(みずき まさこ、1948年7月18日 - 202… 水木 正子(みずき まさこ、1948年7月18日 - 2021年3月15日)は、日本の女優。本名は篠田 正子(旧姓・酒井)。埼玉県新座市出身。 元々芝居は好きだったが、本当はナレーターになりたかったと話していたことがある。1965年9月、大映演技研究所入所。研究所生時代からプロ並みの演技の上手さが評判で、大映の先輩の宇津井健も「個性のある人」と注目していたという。1966年3月に同研究所卒業、大映専属女優となる。「マコ」の愛称で、新人の頃は南美川洋子、渥美マリ、八代順子、津山由起子と共に「大映五人娘」として売り出された。 1968年当時公表していたプロフィールでは、サイズは身長162cm、B87cm、W59cm、H87cm。
呉 恵美子(くれ えみこ、1948年7月10日 - )は、日… 呉 恵美子(くれ えみこ、1948年7月10日 - )は、日本の女優。秋田県平鹿郡浅舞町出身。 本名は荒川 恵美子(旧姓:呉恵美子)。血液型O型。 2012年まで飲食店「くれたんぼ」を経営していた。 NET→ANB→EX この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
二宮 さよ子(にのみや さよこ、本名同じ、1948年6月23… 二宮 さよ子(にのみや さよこ、本名同じ、1948年6月23日 - )は、日本の女優、舞踊家。身長162cm、体重55kg。静岡県熱海市生まれ。 静岡県立三島北高等学校卒業。 趣味は三味線。実家はとんかつ屋。 1967年に高校を卒業すると、同年に文学座付属演劇研究所へ入所。杉村春子の部屋子として、身の回りの世話をしながら女優としての心得を叩き込まれる。 1973年から座員に昇格し、1990年、退団。 1973年に萩原健一主演の『化石の森』でスクリーンデビューしており、『吉原炎上』共々ヌードによる大胆な演技で話題となった。 はっきりした美貌と口跡で、気丈な女性役を得意とし、アメリカのテレビ映画の主人公ワンダーウーマン役のアテレコなどもこなした。
柴田 美保子(しばた みほこ、1948年〈昭和23年〉5月3… 柴田 美保子(しばた みほこ、1948年〈昭和23年〉5月31日 - )は、日本の女優。本名、市川 美保子、旧姓名、芸名と同じ。別名義、柴田 未保子、柴田 三保子。夫は脚本家の市川森一。 大阪府大阪市出身。金蘭短期大学卒業。石井光三オフィス、富士企画に所属していた。 小学1年生のときアカデミー児童劇団に入団し、大阪での舞台やラジオで活動していた。その後、アクタープロに移籍。1965年、大阪府立生野高等学校2年在学中、NHKの連続ドラマ『チコちゃん日記』の主演を務めデビュー。『チコちゃん日記』出演当時は授業が終わるとすぐに収録現場に駆け付け、無欠席であった。 映画、テレビドラマ、ワイドショーの司会など幅広い分野で活躍している。
黛 ジュン(まゆずみ ジュン、本名:渡邊[要出典] 順子(わ… 黛 ジュン(まゆずみ ジュン、本名:渡邊[要出典] 順子(わたなべ じゅんこ)、1948年〈昭和23年〉5月26日 - )は、日本の歌手、女優、作曲家。東京都調布市出身。 1960年代後半を中心に、独特のパンチの効いた魅力的な歌声でヒットを飛ばした。実兄は作曲家の三木たかし。 活動開始は古く、1956年、8歳から歌手活動を始めている。品川区立冨士見台中学校卒業後、本名で各地の米軍キャンプをジャズ歌手として巡った。 1964年に「渡辺順子」の名でデビューするもヒットせず、1967年に石原プロモーションへ移籍する。作曲家の黛敏郎のファンだったことと、パンチのある歌唱力から「黛ジュン」と改名し、東芝音楽工業(現:ユニバーサル ミュージック合同会社)から「恋のハレルヤ」で再デビュー。
横山 リエ(よこやま りえ、本名:横山 真理子〈よこやま ま… 横山 リエ(よこやま りえ、本名:横山 真理子〈よこやま まりこ〉、1948年4月9日 - )は、日本の女優。 山形県山形市出身。山形県立山形中央高等学校卒業。 日本電信電話公社を退職後、劇団青俳研究生を経て、大島渚監督の映画『新宿泥棒日記』(1969年)にて主演デビュー。また若松孝二監督の『天使の恍惚』にも出演した。同作の中では歌も披露している。 その後は、映画やテレビドラマで助演に徹し、官能的な役柄や悪女を多数演じた。 現在は東京新宿でバー「新宿GOD」を経営。
篠 ひろ子(しの ひろこ、1948年〈昭和23年〉3月8日 … 篠 ひろ子(しの ひろこ、1948年〈昭和23年〉3月8日 - )は、日本の女優である。本名:西山 博子(にしやま ひろこ)。旧姓:沼澤(ぬまさわ)。宮城県仙台市出身、在住。東北学院大学法学部中退。血液型O型。所属事務所は芸映プロダクションであった。身長166 cm(1975年7月)。体重は48kg、スリーサイズはB83 cm、W58 cm、H88 cm(いずれも1974年)。 三男二女の長女で、父は電機会社の専務。兄にプロゴルファーの沼沢聖一、弟にゴルフクラブ設計家の沼沢雄二、甥に元プロサッカー選手で俳優の青山隼がいる。少女期はNHK仙台少年少女合唱隊(後輩に遊佐未森がいる)に所属していた。聖ウルスラ学院小学校・中学校・高等学校(現在の聖ウルスラ学院英智小学校・中学校・高等学校)卒業。
宇津宮 雅代(うつのみや まさよ、1948年3月6日 - )… 宇津宮 雅代(うつのみや まさよ、1948年3月6日 - )は、日本の女優。東京都出身。宇都宮雅代は誤り。
宇津宮 雅代(うつのみや まさよ、1948年〈昭和23年〉3… 宇津宮 雅代(うつのみや まさよ、1948年〈昭和23年〉3月6日 - )は、日本の女優。東京都葛飾区出身。宇都宮雅代は誤り。 青山学院女子短期大学中退。文学座付属演劇研究所第8期生を経て、文学座入座。舞台「津和野」でデビュー。 1970年代に活躍したが、1982年5月の第35回カンヌ国際映画祭受賞作品「雪華葬刺し」を最後に一度芸能界を引退。 1973年、同じ文学座に所属していた西岡徳美(現・西岡徳馬)と結婚。女児をもうけたが、2年後に離婚。1978年、三浦洋一と舞台での共演が縁で連れ子である女児を伴って2度目の結婚。しかし、1988年、2児を連れて渡英。1993年に正式離婚に至った。 1990年、ウェストサリー芸術デザイン大学のガラス科に入学し、コールドガラスを専攻。
春日 宏美(かすが ひろみ、1948年3月1日 - )は、日… 春日 宏美(かすが ひろみ、1948年3月1日 - )は、日本の女優、歌手。本名・川本好美。元松竹歌劇団の大幹部。 出生地は兵庫県神戸市。岡山県津山市育ち。岡山県美作高等学校卒業。1961年(昭和36年)、松竹歌劇団に入団。戦後の14期生。男役として活躍。1978年(昭和53年)に読売新聞社のSKD年間最優秀賞受賞。1979年(昭和54年)芸術選奨新人賞受賞。昭和50年代前半には大幹部に昇進。トップスターとして活躍するかたわら、渋谷ジァンジァンで、イヨネスコやノエル・カワードの舞台などにも出演。1981年(昭和56年)に大幹部筆頭の千草かほると、それに次ぐ沖千里が同時に退団し、大幹部筆頭になる。
八代 順子(やしろ じゅんこ、1948年2月17日 - )は… 八代 順子(やしろ じゅんこ、1948年2月17日 - )は、日本の元女優である。本名:国沢純子(くにざわ じゅんこ)。旧芸名・別名:矢代順子。