林家 きく姫(はやしや きくひめ、1970年5月8日 - )… 林家 きく姫(はやしや きくひめ、1970年5月8日 - )は、落語協会・トヨタアート所属の真打落語家。本名は松本 恋由姫(まつもと こゆき)。愛媛県松山市出身。 幼い頃に、松山市から東京に家族とともに転居した。母が音楽好きで、幼い頃からクラシックやジャズが流れる家で育つ。東京都中野区立第八中学校卒業後、ジャズヴォーカリストを目指し日本音楽高等学校声楽科に進学した。 テレビで『笑点』を観たのがきっかけで、1987年に高校を中退し16歳で初代林家木久蔵(現在は林家木久扇)に入門し、惣領弟子となる。弟子入りするまで木久蔵が落語家であると知らなかったとの話もある。 1991年に二ツ目、2001年秋に東京の女性落語家としては4人目、落語協会所属の女性落語家としては3人目となる真打に昇進した。
三遊亭 窓輝(さんゆうてい そうき、1970年4月16日 -… 三遊亭 窓輝(さんゆうてい そうき、1970年4月16日 - )は、東京都出身の落語家。本名∶橋本 大樹。落語協会所属。六代目三遊亭圓窓の三男である。 明治大学附属中野高等学校を卒業後、1996年1月、父六代目三遊亭圓窓に入門し「窓輝」を名乗る。 1999年11月、柳家三之助、春風亭あ太郎と共に二ツ目昇進。 2010年3月に桂文ぶん、柳家三之助、三代目桂文雀と共に真打昇進。 二代目柳家さん助の釣り竿を誤って踏んでしまい、浅草演芸ホールの奥の鏡まで蹴飛ばされてしまった。
林家 すい平(はやしや すいへい、1970年4月7日 - )… 林家 すい平(はやしや すいへい、1970年4月7日 - )は、落語協会に所属していた元落語家。林家こん平門下で、廃業時点では真打。本名:木村 亮。 広島県呉市出身で、インドと日本のクォーター(曾祖母がインド人)。両親は画家。地元の私立呉港高校卒業後上京。東映大泉撮影所の撮影助手を経て、東京都台東区上野の鈴本演芸場の裏でアルバイトをしているうちに落語に興味を抱くようになる。柳家小さんに入門を志願したが断られ、一年後の1992年4月に林家こん平に入門。前座名は呉市出身ということで「かもめの水兵さん」に因んで「すい平」。1995年5月、二ツ目昇進。 2005年9月、三遊亭丈二、三遊亭金也、橘家圓十郎、三代目桃月庵白酒とともに真打昇進。
桂 三輝(かつら さんしゃいん、1970年4月6日 - )、… 桂 三輝(かつら さんしゃいん、1970年4月6日 - )、本名グレゴリー・ロビッチ(英: Gregory Robic)は、カナダの落語家。トロント大学卒業。上方落語協会会員。現在は、活動の拠点をアメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークに置いている。 両親はスロベニア人。 トロント大学にて古典演劇を専攻する。劇作家・作曲家としてカナダの大学院在学中に制作した初ミュージカル作品「Clouds」はトロントの劇場で15か月間上演された。 日本の伝統芸能である能に興味をもち1999年に来日。三遊亭亜郎のミュージカル落語の音楽などを手掛けたのち、2003年からカナダ亭恋文(かなだていらぶれたー)や楽喜亭三陀(らっきーていさんだー)を名乗りアコーディオン漫談や英語落語で活動を始める。
立川 雲水(たてかわ うんすい、本名:矢野 究、1970年3… 立川 雲水(たてかわ うんすい、本名:矢野 究、1970年3月31日 - )は、落語立川流の落語家。家元・上納金制度廃止後の一定期間、理事を務めた。 出囃子は『自転車節』。立川流ではあるが上方落語をしゃべる。趣味はスポーツ観戦、折り紙。 大阪府八尾市生まれ、徳島県阿南市を経て、兵庫県神戸市出身。兵庫県立北須磨高校卒業。
三遊亭 神楽(さんゆうてい じんらく、1970年2月25日 … 三遊亭 神楽(さんゆうてい じんらく、1970年2月25日 - )は、青森県青森市出身の落語家。出囃子は『ねぶた囃子』。五代目円楽一門会所属。本名∶神 博充。 青森市桜川に男三人兄弟の次男として生まれる。 青森県立青森戸山高等学校時代は3年間クイズに没頭し、『全国高等学校クイズ選手権』(日本テレビ系)に応募した(出場には至らず)。 立正大学法学部時代もクイズ研究会(初代会長)のほか、少林寺拳法部にも所属した。1992年に大学を卒業して、CSKに入社したが、2年後の1994年5月に退職して国内および世界各地を放浪した。 1997年4月、5代目三遊亭圓楽の23番目の弟子になる。21番目弟子の三遊亭京楽以来 (22番目弟子の三遊亭全楽は神楽と上楽が弟子入り後に立川談志門下から移籍して来た弟子のため、5代目圓楽の直弟子ではない。
六代目 柳亭 左龍(りゅうてい さりゅう、 1970年2月1… 六代目 柳亭 左龍(りゅうてい さりゅう、 1970年2月15日 - )は、落語家。千葉県柏市出身。落語協会所属。本名:中村 進。出囃子は「俄獅子」。 1993年3月、柳家さん喬に入門し、5月に前座名「小太郎」として楽屋入り。1996年5月、二ツ目昇進。 2006年3月、柳家獅堂、林家久蔵、柳家三三、三代目柳家甚語楼とともに真打昇進。六代目「柳亭左龍」を襲名。 2009年に第14回林家彦六賞を、2010年 花形演芸大賞銀賞、2011年花形演芸大賞金賞、2012年花形演芸大賞金賞をそれぞれ受賞している。 東京女子大学非常勤講師(日本の古典芸能)を勤めている。同期である柳家三三との勉強会を年四回行っている。
林家 卯三郎(はやしや うさぶろう、1970年2月2日 - … 林家 卯三郎(はやしや うさぶろう、1970年2月2日 - )は、上方落語の落語家。本名∶小川 祐之介。岐阜県羽島郡笠松町出身。酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業。1995年獣医師免許取得。 出囃子∶『うさぎ』。紋∶ぬの字うさぎ。 中学生の頃から落語を聞くようになる。岐阜県立羽島北高等学校卒業。大学では落語研究会に入部。1994年に酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業後、岡山県の家畜保健衛生所に獣医師として勤務。4年間畜産の防疫業務に携わるが、落語という長年の夢が捨てきれず1999年に上方落語家の林家染丸に入門する。2002年年季(修行)明けを許される。現在は獣医師の免許を封印し、天満天神繁昌亭や各地域寄席に出演するほか大阪、北海道、岡山などで定期的に「卯三郎の会」を催す。
三遊亭 兼好(さんゆうてい けんこう、1970年1月11日 … 三遊亭 兼好(さんゆうてい けんこう、1970年1月11日 - )は、五代目円楽一門会所属の落語家。福島県会津若松市出身。本名∶佐藤 健司。血液型B型。 出囃子は『さんげさんげ』。紋は『三ツ組橘』。 福島県立若松商業高等学校、二松學舍大学文学部国文学科卒業。落語家に成る前は、さまざまな仕事を転々としていた。 27歳の頃、魚河岸で働いていた時に、仕事が昼頃には終わるので「安いお金で時間を潰せる所はないか?」と寄席に通い始め、落語に出会う。何回か通っていると、三遊亭好楽の高座に良く出会うので、「これは運命かな?」と思っていたところ、偶々家も近いことがわかり、「この辺に(師匠の)家があるな」とスクーターで走っていたところを偶然好楽の散歩中に出くわして、「弟子にして下さい」とお願いをした。
桂 文ぶん(かつら ぶんぶん、1969年12月25日 - )… 桂 文ぶん(かつら ぶんぶん、1969年12月25日 - )は、東京の落語家。本名∶蓮見 英俊。埼玉県志木市出身。出囃子は『さいごどん』。 西武台高等学校卒業。 1995年10月、三代目桂文生に入門し、「文々」となる。 1999年9月に二ツ目昇進、「文ぶん」と改名。 2010年3月に三遊亭窓輝、柳家三之助、三代目桂文雀と共に真打昇進。
笑福亭 瓶二(しょうふくてい へいじ、1969年12月11日… 笑福亭 瓶二(しょうふくてい へいじ、1969年12月11日 - )は、日本の落語家(上方噺家)。本名は後藤 純二(ごとう じゅんじ)。所属事務所は松竹芸能。血液型O型。 兵庫県多可郡出身。兵庫県立多可高等学校卒業。身長174cm。 高校卒業後、テキスタイルデザインの仕事に就いていたが、1990年8月1日、笑福亭鶴瓶に入門。1998年より活動の拠点を東京に移す。 妻は、師匠の落語会「鶴瓶噺」のサポートで知り合った元テレビ朝日社員で、現在は主婦業の傍ら構成作家やスクールJCA講師などでも活動する戒能真理(通称:カイマリ)。
三遊亭 愛楽(さんゆうてい あいらく、1969年〈昭和44年… 三遊亭 愛楽(さんゆうてい あいらく、1969年〈昭和44年〉11月8日 - )は、日本の落語家。愛知県岡崎市出身。五代目円楽一門会所属、マネジメントはオフィスまめかな。本名∶藤谷 哲郎。出囃子は『勢い』。 父親はいわゆる転勤族で、中学2年生のときに出生地の岡崎市に戻った。母親は元バスガイド。少年時代はサッカー少年で、ポジションはゴールキーパーだった。岡崎市立城北中学校卒業後、愛知県立幸田高等学校に進学。高校時代にフジテレビ系列の『発表!日本ものまね大賞』に出場し、アイデア賞を受賞したことがある。また、高校では生徒会長を務めた。高校卒業後は進学するか円楽一門に入門するかで悩んだが、最終的には大学進学を諦めて落語家になることを決意。
三遊亭 楽昇(さんゆうてい らくしょう、1969年9月4日 … 三遊亭 楽昇(さんゆうてい らくしょう、1969年9月4日 - )は元落語家。 青山学院大学法学部卒業後、1997年7月に春風亭柳昇に入門する。1999年9月、浅草演芸ホールで初高座を踏む(前座名:柳如)。 2003年9月に二ツ目に昇進し、2005年7月に円楽一門会の所属となり、三遊亭楽太郎(後の六代目三遊亭円楽)一門に移籍、三遊亭楽昇に改名する。 2008年に廃業した。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
林家 久蔵(はやしや きゅうぞう、1969年8月23日 - … 林家 久蔵(はやしや きゅうぞう、1969年8月23日 - )は、落語家。落語協会・トヨタアート所属。東京都保谷市(現西東京市)下保谷出身。本名は木村 朋幸(きむら ともゆき)。
林家 彦いち(はやしや ひこいち、1969年7月3日 - )… 林家 彦いち(はやしや ひこいち、1969年7月3日 - )は、落語協会・所属の落語家。鹿児島県出身。本名∶安田 修。出囃子は「毬と殿様」。紋は「光琳の蔦」。所属事務所はトヨタアートを経てオフィス・トゥー・ワン→アンダーパレス(業務提携)。 鹿児島県立加世田高等学校卒業。国士舘大学文学部地理学専攻中退。 1989年12月に初代林家木久蔵に入門、林家時蔵、林家きく姫に継ぐ3番弟子になる。前座名は、師匠木久蔵の昔のあだ名より「きく兵衛」。 1993年5月に柳家喬太郎、入船亭扇辰と共に二ツ目昇進、大師匠林家彦六の「彦」の一文字を取り「林家彦いち」に改名。2000年に北とぴあ落語大賞とNHK新人演芸大賞落語部門大賞を受賞。
三代目 三遊亭 百生(さんゆうてい ひゃくしょう、1969年… 三代目 三遊亭 百生(さんゆうてい ひゃくしょう、1969年5月8日 - )は、五代目圓楽一門会所属の落語家。本名、伊藤 宏紀。独身。 三重県員弁郡東員町出身。三重県員弁高等学校卒業。 『テリーとたい平のってけラジオ』(ニッポン放送)を愛聴していた。落語家になりたくて、すでに40歳になっていたが放送局で出待ちをして林家たい平に弟子入りを志願した。なんとか入門を許され「林家なみ平」となったものの、落語協会の入門には年齢制限があることを受け、たい平から五代目円楽一門会に所属する三遊亭好楽を紹介された。 2009年12月、40歳で三遊亭好楽に入門。好楽とたい平のふたりの名前を合わせ「三遊亭たい好」を名乗った。
桂 雀喜(かつら じゃっき、1969年5月7日 - )は大阪… 桂 雀喜(かつら じゃっき、1969年5月7日 - )は大阪府茨木市出身の落語家。本名∶長坂 堅太郎。 所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員(2008年12月師匠雀三郎協会復帰に伴い入会)。出囃子は『昭和拳』。 大阪府立千里高等学校卒業後、同志社大学へ進学。大学生時代に3代目桂春蝶の家庭教師をしていた。またサークルはハンドボール同好会所属、卒業論文で関西と東京の笑いの違いについて論文を書いたことで落語に興味を持つ。大学卒業後、桂米朝への弟子入り志願で自宅を訪れたが米朝はすでに弟子をとらない方針だったために断られ仕方なく2か月のサラリーマン生活を経たのち退社し、再び米朝宅に訪れたところ、孫弟子の桂雀三郎を紹介され、1993年8月26日に雀三郎に1番弟子として入門。
桂 かい枝(かつら かいし、1969年5月7日 - )は、兵… 桂 かい枝(かつら かいし、1969年5月7日 - )は、兵庫県尼崎市出身の落語家。本名∶古瀬 浩雄。出囃子は「三枚弾き」。定紋は「結三柏」「三ツビリケン」。 文化庁文化交流使(平成19年度)。吉本興業所属。上方落語協会会員。香港理工大学特別講師。名古屋大学非常勤講師。大阪樟蔭女子大学客員教授。 報徳学園中学校から兵庫県立尼崎北高等学校に進学。高校在学時には水球でインターハイに出場した経験を持つ。じゅんいちダビッドソンは同じ高校の水球部の後輩。 高崎市立高崎経済大学在学中、偶然見た5代目桂文枝の高座に惚れ込み、弟子入りを決意。大学を卒業後の1994年6月に5代目文枝に入門した。素人時代に落語の経験が全くなかったため、芸名を拝名するまで9カ月もの期間を要した。
柳家 小平太(やなぎや こへいた、1969年3月24日 - … 柳家 小平太(やなぎや こへいた、1969年3月24日 - )は、落語家。落語協会所属の真打。紋∶三ツ柏。出囃子∶蟹がね。本名:山田 耕一郎。 秋田県仙北市生まれ。秋田県立大曲農業高等学校卒業。高校までを秋田で過ごし、卒業後に上京する。 2003年5月、柳家さん喬に入門。前座名は山田耕筰から「さん作」。2007年2月、二ツ目に昇進し「さん若」と改名する。 2018年9月、古今亭駒治、柳家勧之助、林家たこ蔵、古今亭駒子と共に真打に昇進し「小平太」と改名した。「小平太」の名は昔の役者に由来する。 2003年入門の同期、古今亭文菊、柳家小八・三遊亭ときん・鈴々舎馬るこ・桂三木助・柳亭こみち・古今亭志ん五・古今亭駒治・柳家小平太・柳家勧之助の10人で、「TEN」というユニットを組んでいた。
春風亭 鯉枝(しゅんぷうてい こいし、1969年1月1日 -… 春風亭 鯉枝(しゅんぷうてい こいし、1969年1月1日 - )は日本の落語家。本名:渡利 哲也、落語芸術協会所属。 北海道滝川市生まれ。趣味は競馬と麻雀。 北海道滝川西高等学校卒業後、社会人を経験したのち、1995年(平成7年)に春風亭鯉昇(現瀧川鯉昇)に入門した。同7月に前座入りし、前座名は「鯉枝」であった。 1999年(平成11年)7月に二ツ目に昇進した。出囃子は『月の巻(つきのまき)』。 2009年(平成21年)5月に真打に昇進したが、亭号は本人のこだわりによって「春風亭」のままとしている。なお、同期に真打に昇進した落語家に三遊亭遊喜、橘ノ杏奈、瀧川鯉太、3代目桂枝太郎がいる。 大師匠の春風亭柳昇を思わせる新作落語で注目されたが、2011年(平成23年)にアルコール依存症を発症。
笑福亭 生喬(しょうふくてい せいきょう、1968年11月2… 笑福亭 生喬(しょうふくてい せいきょう、1968年11月26日 - )は、落語家。本名∶小西 正之。 三重県松阪市出身。大阪芸術大学卒業後、1991年3月17日に六代目笑福亭松喬に入門。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
三代目 柳家 甚語楼(やなぎや じんごろう、1968年10月… 三代目 柳家 甚語楼(やなぎや じんごろう、1968年10月15日 - )は、埼玉県上尾市出身の落語家。落語協会所属。本名∶小柏 一。出囃子は『独楽』、『證誠寺の狸囃子』。 1992年3月、早稲田大学法学部卒業。 1993年5月に三代目柳家権太楼に入門、前座名「太一」を名乗る。当初は体形から「太め(ふとめ)」となりそうだったが、大師匠柳家小さんに訂正された。 1997年5月、二ツ目に昇進し、「さん光」に改名。 2006年3月に柳家獅堂、林家久蔵、柳家三三、六代目柳亭左龍と共に真打に昇進し、「三代目柳家甚語楼」を襲名。 落語協会所属の若手7人の落語家ユニット「大江戸台風族」メンバー。甚語楼は「台風2号」。
川柳 つくし(かわやなぎ つくし、1968年9月7日 - )… 川柳 つくし(かわやなぎ つくし、1968年9月7日 - )は 千葉県市川市出身の落語協会所属の女流落語家。本名∶熊井 佳奈子。出囃子はビートルズの「イエロー・サブマリン」。 早稲田大学教育学部国語国文学科近世文学専修卒業。興津要のゼミに所属し、毎回寄席へ連れて行かれる。卒業後は出版社で主に辞書の編集の業務に就いていた。その後、寄席通いを始め、通い続けるうちに自分も落語をやりたいと思うようになる。 1997年3月、川柳川柳に入門。前座名「つくし」で5月に楽屋入りし、15日には上野鈴本演芸場で初高座を踏む。演目は「八九升」。 2000年11月、金原亭小駒、林家謙信平と共に二ツ目昇進。 2013年9月、金原亭龍馬、三遊亭天どん、四代目三遊亭金朝、柳家喬志郎と共に真打昇進。
瀧川 鯉太(たきがわ こいた、1968年(昭和43年)4月2… 瀧川 鯉太(たきがわ こいた、1968年(昭和43年)4月21日 - )は、落語芸術協会所属の落語家。本名∶大西 洋士。
桂 福点(かつら ふくてん、1968年3月23日 - )は兵… 桂 福点(かつら ふくてん、1968年3月23日 - )は兵庫県川西市出身の落語家。本名∶桝川 明。 2018年平昌オリンピック及び平昌パラリンピックではNHKのユニバーサル放送に参加(『みんなで応援!ピョンチャン2018オリンピック』及び『みんなで応援!ピョンチャン2018パラリンピック』への出演及び障害者向け副音声実況に聞き手として出演)。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
桂 歌若(かつら うたわか、1968年3月6日 - )は落語… 桂 歌若(かつら うたわか、1968年3月6日 - )は落語家。青森県弘前市出身。血液型はO型。出囃子∶『牛若丸』。本名:葛西 哲治。 落語家になったきっかけは、専門学校在学中にたまたま見た笑点で桂歌丸を見て「緑色の着物を着たおじさんがいい人そう。」だと思った事だという。趣味はアニメ、ゲーム、パソコン、ミュージアム巡り、台湾探訪、江戸文化研究等がある。 古典落語も演じるが、得意な演目は新作落語。(自作の落語) ゲーム:『サクラ大戦』のファンだったことがきっかけで、学研アニメディアにてサクラ大戦コーナー:帝劇スタア、花組スタアで連載を担当。舞台『サクラ大戦』新春歌謡ショウにて花組大喜利の監修、演出を担当するまでに至る。
月亭 方正(つきてい ほうせい、1968年〈昭和43年〉2月… 月亭 方正(つきてい ほうせい、1968年〈昭和43年〉2月15日 - )は、日本の落語家、お笑いタレント。兵庫県西宮市出身。吉本興業大阪本部所属。NSC大阪校6期出身。本名および旧芸名は、山崎 邦正(やまさき ほうせい)。 2013年に芸名を高座名「月亭」に改名した。上方落語協会会員。出囃子は「ヤマザキ一番!」。長女、次女、末っ子の長男の3児の父。兵庫県立西宮南高等学校・立正大学心理学部卒業、同大学院心理学研究科修士課程中退。 1988年、軌保博光と「GSX(ガスペケ)」を結成しデビューする。 1989年、東京進出を機にコンビ名を「TEAM-0」へ改名。東京進出はダウンタウンよりも3か月早い。
2代目 桂 南天(かつら なんてん、1967年12月27日 … 2代目 桂 南天(かつら なんてん、1967年12月27日 - )は大阪府枚方市出身・四條畷市在住の、上方落語の落語家。本名∶尾崎 裕一。所属事務所は米朝事務所で、出囃子は「正月娘」。[要出典] 娘は2021年に上野の森美術館大賞展で大賞を受賞した日本画家の尾崎晴。 大阪府立枚方西高校を経て大阪芸術大学映像学科へ進学。大学時代には、落語研究会に所属しながら、「田舎家らくだ」という芸名で落語を披露していた。落語研究会の同期生に笑福亭生喬がおり、住んでいたアパートも同じ(隣室)だった。 大学卒業後の1991年3月に、3代目桂べかこ(現・3代目桂南光)へ入門。 米朝事務所大学入学以前からべかこに入門を決意していたが、当時すでにべかこには1人弟子(桂あかべ)がいた(べかこは一度に何人もの弟子を取らない方針だった)。
三遊亭 遊史郎(さんゆうてい ゆうしろう、1967年(昭和4… 三遊亭 遊史郎(さんゆうてい ゆうしろう、1967年(昭和42年)12月16日 -)は、落語芸術協会所属の落語家。マネジメントは放映新社に所属。本名は富崎 十郎。神奈川県横浜市出身。青山学院大学文学部英米文学科を卒業。出囃子は『供奴』。
春風亭 鹿の子(しゅんぷうてい かのこ、1967年12月11… 春風亭 鹿の子(しゅんぷうてい かのこ、1967年12月11日 - )は、日本の元落語家。女性。本名:桑原 由希子(旧姓・大釜)。かつては落語芸術協会に所属していた。出囃子は『娘道成寺』。東京都墨田区出身。 日本大学櫻丘高等学校卒業後、浅草演芸ホールの裏方の仕事を経て、1996年12月、五代目春風亭柳昇に入門。春風亭鹿の子の名で、翌1997年に初高座。 2001年2月、二ツ目に昇進。2003年6月、柳昇の死去により九代目春風亭小柳枝門下となる。 2010年5月、三笑亭可龍、春風亭傳枝、昔々亭慎太郎と共に真打に昇進。 2020年頃より休業し、2023年廃業、落語芸術協会退会。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。
明石家 のんき(あかしや のんき、1967年11月28日 -… 明石家 のんき(あかしや のんき、1967年11月28日 - )は、落語家、ロック歌手。本名∶明石 弘之。吉本興業所属。上方落語協会会員。 兵庫県西宮市出身。二代目笑福亭松之助の長男。弟はバレエダンサーのパーポ明石。 父・松之助の師匠である5代目笑福亭松鶴の本名・竹内梅之助に由来する「笑福亭 梅之助(しょうふくてい うめのすけ)」の高座名を、生まれる前に与えられた。 8歳となる年の1975年8月、実父・松之助に弟子入りし、同年に梅之助の名で初高座。この頃から日本舞踊、小唄、三味線などに精進し、これらでも舞台を踏んだ。仁川学院高等学校を卒業した。 1990年、笑福亭梅之助から「明石家 のんき」に改名。
11代目 柳家 小きん(やなぎや こきん、1967年11月2… 11代目 柳家 小きん(やなぎや こきん、1967年11月22日 - )は、東京都豊島区出身の落語家。落語協会所属。出囃子は「春風がそよそよと」または「梅は咲いたか」。本名:渡辺 雅彦。 1986年2月3日、実父である6代目柳家つば女に入門。4月に吉原松葉屋「つば女を楽しむ会」にて初高座。前座名「柳家小助」で、5月より前座になる。[要出典] 1989年9月、柳家小緑、三遊亭金時と共に二ツ目昇進。「11代目柳家小きん」に改名[要出典]。 1998年9月、五明樓玉の輔、入船亭扇好、5代目三遊亭金馬とともに小きんのまま真打昇進[要出典]。 趣味は食べ歩き、限度を超す利き酒、観劇、格闘技観戦[要出典]。
伊集院 光(いじゅういん ひかる、男性、1967年〈昭和42… 伊集院 光(いじゅういん ひかる、男性、1967年〈昭和42年〉11月7日 - )は、日本のお笑いタレント、ラジオパーソナリティ、評論家、元落語家。本名: 篠岡 建(しのおか けん)、旧姓:田中(たなか)。東京都荒川区西尾久出身。文京区在住。妻は元タレントの篠岡美佳。
三遊亭 全楽(さんゆうてい ぜんらく、1967年10月9日 … 三遊亭 全楽(さんゆうてい ぜんらく、1967年10月9日 - )は、落語家。円楽一門会所属の真打。出囃子∶五郎時致のせり。本名∶小平 時宗。 1967年、東京都大田区に生まれる。国士館大学文学部教育学科卒業。1991年6月、七代目立川談志に入門。立川國志館となる。 2000年9月、五代目三遊亭圓楽門下に移る。三遊亭両楽となるが、直後に安楽と改名して、二ツ目に昇進する。2002年5月、真打に昇進し、全楽と改名する。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
鈴々舎 鈴之助(れいれいしゃ すずのすけ、1967年9月3日… 鈴々舎 鈴之助(れいれいしゃ すずのすけ、1967年9月3日 - )は、落語協会所属の落語家。本名∶飯田 弘幸。 1990年6月、五代目鈴々舎馬風に入門し、前座名『鈴の助』となる。 1993年11月、二ツ目昇進し、『鈴之助』に改名。 2002年3月、古今亭菊生、林家彦いち、入船亭扇辰、三遊亭金八と共に真打昇進。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
十一代目 桂 文治(かつら ぶんじ、1967年8月25日 -… 十一代目 桂 文治(かつら ぶんじ、1967年8月25日 - )は、落語家。東西に存在する桂派の宗家の名跡「桂文治」の当代。落語芸術協会理事。出囃子は『武蔵名物』。大分県立四日市高等学校卒業。静岡文化芸術大学非常勤講師、京都芸術大学客員教授。
桂 まめだ(かつら まめだ、1967年8月3日 - )は大阪… 桂 まめだ(かつら まめだ、1967年8月3日 - )は大阪府貝塚市出身の落語家。本名は今泉 和。 高校卒業後、サラリーマン生活を経て、2000年7月1日に桂文福に入門。高座名は「豆狸」という意味。南京玉すだれと皿回しを特技とし、イベントや打ち上げ、落語会でも披露することがある。文福らくごプロモーション所属であったが師匠の文福がよしもとクリエイティブ・エージェンシー(吉本興業)の復帰に伴い自身も吉本入り。上方落語協会会員。 落語家・講談師のユニット「セブンエイト」のメンバー。同ユニット主催のイベント「7時だヨ!8人集合」に出演している。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
5代目 桂 文三(かつら ぶんざ、1967年7月25日 - … 5代目 桂 文三(かつら ぶんざ、1967年7月25日 - )は、上方落語の落語家(上方噺家)。本名:三宅 胤清。前名:桂 つく枝。出囃子は「助六上がり」(つく枝時代は「春藤」[要出典])。吉本興業所属、上方落語協会会員。 父は演芸好きで母は三味線を演奏するなど芸事が好きだった、そんな縁で子供の頃から吉本の劇場通いをする。大阪府立清友高等学校卒業後桃山学院大学に入学し落語研究会(落研)に入る。この時の部長が現在の林家花丸で在学時の先輩であるのだが、入門して噺家になったのは文三の方が先で、ゆえにどちらも互いに「さん」付けで呼び合っている。素人時代から5代目桂文枝(当時3代目小文枝)が審査員だった『素人名人会』に出演し名人賞を貰う、それが切っ掛けで小文枝の出演する落語会に顔を出すようになる。
柳家 一琴(やなぎや いっきん、1967年6月28日 - )… 柳家 一琴(やなぎや いっきん、1967年6月28日 - )は、大阪府茨木市出身の落語家。本名∶竹田 桂吾。落語協会所属。出囃子は「雨の五郎」。 1967年6月28日、京都府に生まれ大阪府茨木市で育つ。 1988年5月に十代目柳家小三治に入門し「柳家桂助」。 1992年5月、林家たい平、古今亭菊若と共に二ツ目昇進し「三代目横目家助平」を襲名。当初は「台所鬼〆」襲名を希望していたが大師匠五代目柳家小さんに「横目家助平」の名を与えられた。1994年 、国立演芸場花形演芸会 金賞受賞。 2001年ににっかん飛切落語会 努力賞受賞。9月には柳家禽太夫、入船亭扇治、三遊亭白鳥、柳家三太楼、三遊亭萬窓、林家きく姫、柳家三太楼、古今亭駿菊、金原亭馬遊と共に真打昇進、「柳家一琴」と改名。
立川 寸志(たてかわ すんし、1967年6月7日 - )は、… 立川 寸志(たてかわ すんし、1967年6月7日 - )は、落語家である。落語立川流所属の二ツ目。出囃子は『ダーク』。本名:小田部 信英。 1967年6月7日東京都立川市出身。両親は共に警察官。東京都立立川高校、東京都立大学人文学部史学専攻を卒業。大学を卒業後、ベネッセコーポレーションに入社。同社の情報誌「たまごクラブ」「ひよこクラブ」の創刊当時に編集者として携わり、これらの誌名の名付け親ともなった。2011年8月、44才で立川談四楼に入門し落語家となる。2015年3月、二つ目に昇進する。 2017年12月、渋谷らくご賞・たのしみな二つ目賞を受賞。
笑福亭 喬楽(しょうふくてい きょうらく、1967年5月29… 笑福亭 喬楽(しょうふくてい きょうらく、1967年5月29日 - )は、大阪市生野区出身の落語家。本名は川満 大。出囃子は「大ちゃん数え唄」。 同志社香里高校、同志社大学経済学部を卒業。1991年8月1日に6代目笑福亭松喬に入門。所属事務所は松竹芸能。上方落語協会会員。
立川 志遊(たてかわ しゆう、1967年5月17日 - )は… 立川 志遊(たてかわ しゆう、1967年5月17日 - )は東京都北区赤羽出身の落語家。本名∶樋口 浩司。落語立川流所属。出囃子は「並木駒形」。 1991年3月 テレビで見た七代目立川談志の落語『黄金餅』に心を射抜かれ、在学していた埼玉大学を中退し落語立川流に入門。前座名「志楼」。 1999年11月 二ツ目昇進、高座名「志遊」と改名。 2009年6月 真打昇進。 正当派の古典落語を大事にする。毒々しさが控えめの柔らかい口調が特徴で、端正な語り口が特徴。得意ネタは「狸賽」「笑茸」「ねずみ」など。物腰の柔らかい個性を生かした人情噺が聞き所である。 「日暮里寄席」や「上野広小路亭」で行われる立川流一門の定期興行内で「志遊の会」という独演会を積極的に実施している。
桂 団朝(かつら だんちょう、1967年4月15日 - )は… 桂 団朝(かつら だんちょう、1967年4月15日 - )は、京都市出身の落語家。米朝事務所所属。上方落語協会会員。本名∶井上 孝司。 西京商業高等学校(現:京都市立西京高等学校)在学中より寄席に通い、また『素人名人会』に漫才で出場して名人賞を2回受賞したこともある、1987年4月5日に3代目桂米朝に入門。同年8月、京都東山安井金比羅会館での「桂米朝落語研究会」にて初舞台。高座名の「団朝」は、体格が大きくそのようになった。2002年4月より独演会を毎年開くかたわら、リリパットアーミーIIやTeam火の車、「舟木一夫特別公演」、「天童よしみ特別公演」などの舞台もこなす。夫人は松竹新喜劇所属の女優の川奈美弥生。
春風亭 昇乃進(しゅんぷうてい しょうのしん、1967年4月… 春風亭 昇乃進(しゅんぷうてい しょうのしん、1967年4月6日 - )は、落語家。落語芸術協会会員。本名∶山上 透。 長野県下高井郡山ノ内町出身。長野県須坂高等学校卒業、東海大学文学部広報学科卒業。中学、高校と陸上部。中学では「走り幅跳び」、高校では「三段跳び」において県大会で入賞している。東海大学では落研に入部。在学中、学生タイトルを取り、卒業後、春風亭柳昇に入門。新作を中心としていたが、真打ち昇進後は古典落語と新作の二刀流をスタンスとしている。趣味は作詞作曲、タップダンス、映画鑑賞。同じ山ノ内町出身の芸能人には、清水アキラがいる 。
立川 キウイ(たてかわ キウイ、1967年1月11日 - )… 立川 キウイ(たてかわ キウイ、1967年1月11日 - ) は落語家。本名∶塚田 洋一郎。東京都板橋区出身。落語立川流所属、立川談志直門。 板橋区立中台中学校、東京都立高島高等学校卒業。漫才ブーム到来で「芸人こそ現代の無頼」と考え、ブームの立役者であるビートたけしが立川錦之介として所属する落語立川流と、その家元である七代目立川談志の存在を知る。談志に弟子入りを志願するも「100万円貯金してからこい」と追い返され、4年かけて100万円貯めて再訪し入門。 1990年12月、七代目立川談志に入門し、立川キウイを名乗る。キウイ自身は由来について「入門当時、よしもとばななや、トマト銀行などが流行っていたからでは」など諸説を挙げている。
六代目 三遊亭 圓雀(さんゆうてい えんじゃく、1966年1… 六代目 三遊亭 圓雀(さんゆうてい えんじゃく、1966年12月12日 - )は、埼玉県草加市出身・在住の落語家。本名:葛城 竜太。出囃子は『宮さん宮さん』。 落語芸術協会会員、三遊亭圓雀の当代。陸上自衛官として勤務した経験を持つ。 1985年(昭和60年)に東和大学附属昌平高等学校(現:昌平高等学校)卒業後、陸上自衛隊に入隊。 第31普通科連隊重迫撃砲中隊(朝霞駐屯地)に配属される。自衛隊体育学校の近代五種班・体育班に所属していたことがある。 1987年(昭和62年)12月、三遊亭小遊三に入門。 1988年(昭和63年)3月、三遊亭あん太の高座名で前座となり、浅草演芸ホールで初高座。 1992年(平成4年)2月1日、二つ目に昇進し、デキシーバンド「にゅうおいらんず」での小遊三の同僚(ほぼ同期で年齢は2つ下だが叔父弟子でもある)にあたる5代目三遊亭圓雀が二つ目時代に名乗っていた三遊亭春馬を襲名する。
三遊亭 多歌介(さんゆうてい たかすけ、1966年〈昭和41… 三遊亭 多歌介(さんゆうてい たかすけ、1966年〈昭和41年〉11月26日 - 2021年〈令和3年〉8月27日)は、落語家。落語協会に所属していた真打。 東京都で生まれ、鹿児島県を経て中1で埼玉県越谷市に転入。越谷市立富士中学校で落語研究会に入部。春日部共栄高等学校在学中、1983年三代目三遊亭圓歌に入門。前座名「歌ちわり」。内弟子として4年半修行に励んだ。1989年に二ツ目昇進、「三遊亭歌風」を襲名。 1998年に三代目三遊亭歌雀、林家しゅう平、三遊亭歌武蔵と共に真打昇進、「多歌介」と改名。全国の講演会に出演していた。 2021年8月27日14時40分、新型コロナウイルス感染症のため、死去。
桂 こけ枝(かつら こけし、1966年〈昭和41年〉9月8日… 桂 こけ枝(かつら こけし、1966年〈昭和41年〉9月8日 - )は香川県三豊市(旧三豊郡高瀬町)出身の落語家、ラジオパーソナリティである。本名∶白川 賀一。 関西学院大学卒業後、1990年11月17日に五代目桂文枝に入門。1991年9月の「鎌倉落語会」で「子ほめ」で初舞台。吉本興業所属。上方落語協会会員。 地元香川県を中心にラジオやテレビの出演も多く、中でも『Passion Live〜情熱生放送〜WEEKEND SHUTTLE』(FM香川)は1997年から26年番組のメインパーソナリティを担当している。また、先天性股関節脱臼である自身の体験などから、福祉や人権、健康についての講演も各地で行っている。
金原亭 馬遊(きんげんてい ばゆう、1966年9月1日 - … 金原亭 馬遊(きんげんてい ばゆう、1966年9月1日 - 2024年10月9日)は、落語協会所属の落語家。本名は高満毅一。 北海道根室市出身。札幌大学経済学部卒。 1989年4月、金原亭伯楽に入門。前座名「桂太」として古今亭菊司と同時に楽屋入り。 1992年11月に古今亭菊翔(菊司改め)と共に二ツ目昇進。 2001年9月に柳家禽太夫、入船亭扇治、橘家文左衛門、三遊亭萬窓、三遊亭白鳥、柳家一琴、林家きく姫、古今亭駿菊(菊若改め)、柳家三太楼と共に真打昇進。「馬遊」と改名。 2024年10月9日、脳室内出血のため、東京都内の病院で死去した。58歳没。亡くなる数か月前から入院しており、三遊亭白鳥が8月に病院に見舞いに行っている。
立川 談春(たてかわ だんしゅん、1966年6月27日 - … 立川 談春(たてかわ だんしゅん、1966年6月27日 - )は、落語立川流所属の落語家、俳優。一般社団法人落語立川流副代表。かつての代名詞「今、最もチケットが取れない落語家」は談春自身がつけたキャッチフレーズ。入門した弟子が15名以上辞めている。株式会社フラジール・ルミエール所属。出囃子は『鞍馬』。 2014年に二ツ目の小春志(当時こはる)、春吾と絶縁状態になったと独演会で発言している。同時期に前座が立て続けて廃業したため弟子が一人もいなくなったが、後に小春志のみ復縁したため、女流真打ちの小春志が唯一の弟子である。噺家が闇夜にコソコソの配信企画では誕生日プレゼントを手渡した弟子に対して「ふざけてんのかテメェ」と怒鳴りながら受け取ったプレゼントを投げつける動画が配信されていた[要出典](現在は配信されていない)。