石垣 元気(いしがき げんき、2007年8月16日 - )は… 石垣 元気(いしがき げんき、2007年8月16日 - )は、北海道登別市出身のプロ野球選手(投手)。右投両打。千葉ロッテマリーンズ所属。 登別市立幌別西小学校1年時に柏木ジュニアーズで野球を始める。登別西陵中学校では洞爺湖シニアに所属し、キャプテンとして北海道選抜に選ばれる。 高崎健康福祉大学高崎高等学校では1年からベンチ入りし、2年春のセンバツでは5試合に登板し優勝に貢献。2年秋の関東大会・準々決勝の佐野日大高校戦では2年生史上最速を1km/h更新する158km/hを記録した。3年春のセンバツでは3試合に登板しベスト4入りに貢献。3年春夏の両大会で佐藤由規(由規)、安樂智大に並び甲子園最速となる155km/hを記録。
藤森 海斗(ふじもり かいと、2007年6月27日 - )は… 藤森 海斗(ふじもり かいと、2007年6月27日 - )は、北海道根室市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。 社会人野球・JR北海道の元外野手であった父・塁の影響で野球を始める。根室市立花咲小学校から、高知県の明徳義塾中学校に野球留学。同高校2年時の選手権大会、3年時の選抜に出場。通算3試合で打率4割6分をマークする。3年秋にはU18日本代表に選出され、9月のU18W杯の準優勝に貢献した。同高の2学年先輩には寺地隆成がいた。 2025年10月23日に行われたドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから5位指名を受ける。 11月8日に契約金3000万円、年俸530万円(推定)で仮契約を結ぶ。背番号は57。
能戸 輝夢(のと きらむ、2007年5月15日 - ) は、… 能戸 輝夢(のと きらむ、2007年5月15日 - ) は、北海道河東郡音更町出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 小学校低学年から野球を始め、小・中で野球部に所属。 中学3年の頃、通っていた学校に明秀日立高野球部の金沢成奉監督が訪れ、「一緒に甲子園へ行こう」と言われたことをきっかけに同校への進学を決めた。 明秀日立高校では投手と野手の二刀流で活躍。俊足巧打が魅力で、持ち前のバットコントロールで広角に長打を放つことができるシュアなバッティングで注目された。2年生の冬に左足首の靭帯を断裂するも、主将としてチームを甲子園に導いた。 2025年ドラフト4位指名で中日ドラゴンズに入団。
高橋 幸佑(たかはし こうすけ、2006年12月31日 - … 高橋 幸佑(たかはし こうすけ、2006年12月31日 - )は、北海道札幌市生まれ、神奈川県横浜市都筑区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 横浜市立茅ケ崎台小学校1年時に、近所の友人の誘いで野球を始めた。横浜市立茅ケ崎中学校時代は軟式野球をプレーし、3年時には横浜市選抜入りを果たし県大会優勝を経験した。 2018年および2019年の夏の甲子園観戦をきっかけに、北照高等学校へ一般入試で進学し、2年春よりベンチ入りをした。また、ウエイトトレーニングに励んだ結果、入学時120km/h台だった球速は3年時には149km/hを計測し、U-18代表候補に選ばれるまでに成長した。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、中日ドラゴンズから5位指名を受けた。
澁谷 純希(しぶや じゅんき、2006年11月25日 - )… 澁谷 純希(しぶや じゅんき、2006年11月25日 - )は、北海道帯広市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 帯広市立豊成小学校3年生のときに『豊成ファイターズ』で野球を始め、帯広市立南町中学校では軟式野球部でプレー。 帯広農業高校へ進学し、2年秋まで野手に専念した。1年秋に左足首を骨折。さらに、2年春から違和感を感じていた左肘神経麻痺の手術を2年夏の大会後に受けた。2年秋の大会後から徐々に本格的な投球練習を開始し、3年春の十勝支部予選1回戦(対帯広柏葉)で公式戦初登板。3年夏は十勝支部予選決勝(対帯広大谷)で敗退し、公式戦登板は4試合のみであった。
澤田 遥斗(さわだ はると、2006年7月30日 - )は、… 澤田 遥斗(さわだ はると、2006年7月30日 - )は、北海道札幌市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投両打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校3年生の時に「真栄ビクトリー」で野球を始める。始めた理由として、友だちが公園で父親とキャッチボールをしているのを見て、してみたら楽しくて始めたと語っている。札幌市立真栄中学校在学時には「北広島リトルシニア」に所属し、野球を続けた。 中学卒業後は、京都府の京都国際高等学校に進学。1年時の夏の甲子園はベンチ外。ベンチ入りを果たしたのは1年秋の府大会からで、その後の近畿大会からセンターのレギュラーとなった。2年夏の府大会では立命館に1対4で敗れ、ベスト8で敗退。
石田 充冴(いしだ じゅうざ、2006年7月21日 - )は… 石田 充冴(いしだ じゅうざ、2006年7月21日 - )は、北海道旭川市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 旭川市立啓明小学校で1年生の時に啓明ライオンズで野球を始める。投手を務め、同学年のウメビンユオオケム明とバッテリーを組んでいた。 北星学園大学附属高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。初めて背番号1を背負った2年秋の全道大会では、駒大苫小牧との初戦で6回まで無安打無失点と好投したが、7回に3失点し敗れた。3年夏の南北海道大会は大会直前に左足首を捻挫した影響で先発を回避し、チームは札幌支部代表決定戦で敗れた。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから4位指名を受けた。
茨木 佑太(いばらぎ ゆうた、2006年5月9日 - )は、… 茨木 佑太(いばらぎ ゆうた、2006年5月9日 - )は、北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 実兄は阪神タイガース所属の茨木秀俊。 札幌市立手稲中央小学校1年生のときに『手稲ヤングスターズ』で野球を始め、札幌市立手稲中学校時代は硬式野球の『札幌東シニア』に所属。3年時には東日本選抜大会に出場した。 帝京長岡高校へ進学すると、1年夏からベンチ入り(背番号11)を果たし、新潟大会では佐渡との3回戦で公式戦初登板。先発の兄・秀俊の後を受け、小学校時代以来となる兄弟継投となり、3回無失点に抑えた。1年秋から背番号1を付け、県大会では長岡商業との3回戦で敗退。
ウメビンユオ オケム明(ウメビンユオ オケムめい、2006年… ウメビンユオ オケム明(ウメビンユオ オケムめい、2006年4月10日 - )は、長野県松本市出身、北海道旭川市育ちのプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 NPBでの登録名はオケム。 小学校入学前に松本市から旭川市に転居。旭川啓明小1年の時に啓明ライオンズで野球を始め、当時のポジションは捕手であった。旭川東光中では軟式野球部に所属。旭川志峯高校での最高成績は3年夏の北北海道大会4強であった。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、埼玉西武ライオンズから育成7位指名を受けた。11月18日には支度金350万円・年俸280万円(金額はいずれも推定)で仮契約を締結。
稲田 太陽(いなだ たいよう、2006年3月7日 - )は、… 稲田 太陽(いなだ たいよう、2006年3月7日 - )は、北海道出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。 小学校時代は旭川中央ファイターズJrでプレーした。 中学時代は旭川大雪ボーイズでプレーした。2学年上に松浦慶斗がいた。 旭川実業高等学校に進学するが、1年で中退し上田剛史が創設した東京カラーズに入団した。旭川実業高等学校の2学年上に田中楓基がいた。 2023年途中より北海道ベースボールリーグに所属している旭川BeːStarsに入団した。2年目より内野手から捕手に転向した。 前年よりウエスタン・リーグに参入したくふうハヤテベンチャーズ静岡のトライアウトに参加し、2024年12月16日に入団が発表された。
川下 将勲(かわしも まさひろ、2005年4月3日 - )は… 川下 将勲(かわしも まさひろ、2005年4月3日 - )は、北海道函館市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。埼玉西武ライオンズ所属。 函館市立南本通小学校4年生のときに『千代田ビクトリーズ』で野球を始め、5年生から本格的に投手になった。函館市立本通中学校では軟式野球部でプレー。 函館大有斗高校では1年秋からベンチ入り。入学当時の体重は55kgで球速も120km/hに届かなかったが、2年春から監督に就任した片口伸之との出会いが転機となり、食事とトレーニングに力を入れると、体重が17kg増加。3年時に目覚ましい成長を遂げ、春の最速は134km/hであったが、夏に142km/hを計測した。大会での実績は、2年秋から3季連続で全道大会に進出。
門別 啓人(もんべつ けいと、2004年7月10日 - )は… 門別 啓人(もんべつ けいと、2004年7月10日 - )は、北海道沙流郡門別町(現:日高町)出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 日高町立富川小学校1年時に富川野球スポーツ少年団に入り野球を始め、6年時に北海道日本ハムファイターズジュニアに選出された。 日高町立富川中学校在籍時は軟式野球部に所属し、道選抜に選ばれた。 中学卒業後は東海大学付属札幌高等学校へ進学した。在籍中は地区大会で勝ち進めず、甲子園の土を踏むことはできなかった。2022年春の地区大会で最速150km/hを計時し、プロからも注目される存在となり、チームメイトの唐川と共にプロ志望届を提出した。2022年10月20日のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受け、契約金6000万円、年俸720万円で仮契約を結んだ(金額は推定)。
坂本 拓己(さかもと たくみ、2004年7月6日 - )は、… 坂本 拓己(さかもと たくみ、2004年7月6日 - )は、北海道奥尻郡奥尻町出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 奥尻町立青苗小学校1年生のときに青苗スカイバードに入り野球を始める。奥尻町立奥尻中学校では軟式野球部に入り、3年時は上ノ国中学との連合チームでプレーした。 高校からは野球と向き合うために島を離れ、北海道知内高等学校に進学し、1年秋からベンチ入りする。入学当時は最速117km/hで制球の乱れも目立ったが、2年の夏には141km/hを記録するようになる。3年夏の全国高等学校野球選手権南北海道大会では準決勝の東海大札幌戦で門別啓人との投げ合いを制したものの、決勝で札幌大谷に敗れ甲子園出場は逃す。
茨木 秀俊(いばらぎ ひでとし、2004年6月8日- )は、… 茨木 秀俊(いばらぎ ひでとし、2004年6月8日- )は、北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。阪神タイガース所属。 実弟は千葉ロッテマリーンズ所属の茨木佑太。 小学校2年生の時に手稲ヤングスターズで野球を始め、札幌市立手稲中学校在学時は硬式野球のクラブチームである札幌東シニアでプレーしていた。 地元の北海道を離れ、新潟の帝京長岡高等学校に進学した。自身の入学と同時に元プロ野球選手(投手)の芝草宇宙が監督に就任し、マンツーマンで指導を受けた結果、入学時は130km/hだった最速を147km/hまで伸ばした。3年夏はエースとして新潟県大会決勝まで勝ち上がり、日本文理と対戦。相手エース田中晴也との延長11回に及ぶ投手戦の末、サヨナラ負けを喫した。
斉藤 優汰(さいとう ゆうた、2004年5月27日 - )は… 斉藤 優汰(さいとう ゆうた、2004年5月27日 - )は、北海道岩見沢市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 岩見沢市立日の出小学校で4年生の時に友人に誘われたことをきっかけに野球を始める。当時のメインポジションは捕手だった。岩見沢市立明成中学校では軟式野球部に所属。人数不足のため岩見沢市立緑中学校と合同チームを組んだ際、緑中学校の指導者である日向清一から投手転向を勧められ、2年秋から本格転向した。 苫小牧中央高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年秋からエースとなった。3年春の北海道大会で自己最速を更新する151km/hを計測し、注目を集めた。同年夏は南北海道大会準決勝で札幌大谷に敗れた。
宮下 朝陽(みやした あさひ、2004年1月26日 - )は… 宮下 朝陽(みやした あさひ、2004年1月26日 - )は、北海道寿都郡黒松内町出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 黒松内小2年から軟式チームで野球を始め、小学6年生の時に北海道日本ハムファイターズジュニア入りを果たした。黒松内中時代は余市シニアで全国を経験。 北海高等学校では主将と4番打者を務め、3年春の第93回選抜高等学校野球大会、夏の第103回全国高等学校野球選手権大会に出場したが、いずれも初戦で阪上翔也擁する神戸国際大附に敗れた。2学年先輩に辻本倫太郎、同学年に木村大成、大津綾也、工藤泰己、江口聡一郎がいた。 高校卒業後は東洋大学へ進学。当時2部リーグながら1年生から主力を務める。
江口 聡一郎(えぐち そういちろう、2003年11月22日 … 江口 聡一郎(えぐち そういちろう、2003年11月22日 - )は、北海道札幌市のプロ野球選手(外野手)。右投右打。 札幌市立真栄小学校1年次に真栄ビクトリーで野球を始めた。 札幌大谷中学校では札幌大谷リトルシニアでプレーした。 北海高等学校では高校2年の6月に右胸郭出口症候群になり7月に手術をし50kgあった握力は8kgまで下がり右手で箸を持てないほどになった。7月に手術をしてから県秋季大会よりスタメンを勝ち取った。秋季大会では万全ではなかったが人生初アーチを含む打率.364を記録し第93回選抜高等学校野球大会への出場に貢献した。特に決勝の旭川実業高等学校戦では田中楓基から本塁打を放ちそれが決勝点となった。
工藤 泰己(くどう たいき、2003年9月29日 - )は北… 工藤 泰己(くどう たいき、2003年9月29日 - )は北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 札幌市立常盤小学校3年時に常盤ハリケーンで捕手として野球を始め、札幌市立常盤中学校在学時は軟式クラブチームのT・TBCでプレー。中学時代は髙谷舟とともにプレーした。 中学卒業後は北海高等学校に進学。2学年先輩に辻本倫太郎、同級生に木村大成、大津綾也、宮下朝陽、江口聡一郎らがいる。1年時からベンチ入りを果たし、最初は捕手として木村と公式戦で1年生バッテリーを組むことがあったが、やがて外野手を経て投手へとポジションを変える。チームは第93回選抜高等学校野球大会、第103回全国高等学校野球選手権大会に出場するも木村の控えで登板なし。
木村 大成(きむら たいせい、2003年9月12日 - )は… 木村 大成(きむら たいせい、2003年9月12日 - )は、北海道北広島市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 北広島市立東部小学校1年生の時に軟式野球を始め、北広島市立東部中学校では軟式野球部に所属した。 北海高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年秋からエースとなり、北海道大会で優勝。3年春の第93回選抜高等学校野球大会に出場し、開幕戦となった阪上翔也擁する神戸国際大附との1回戦に先発したが、1点リードの9回裏に同点に追い付かれ、延長10回裏に適時打を打たれサヨナラ負けを喫した。同年夏の南北海道大会では苫小牧中央との1回戦にて、視察に訪れたスカウトのスピードガンで自己最速を更新する150km/hを記録した。
田中 楓基(たなか ふうき、2003年8月23日 - )は、… 田中 楓基(たなか ふうき、2003年8月23日 - )は、北海道旭川市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 旭川市立新富小学校1年生の時から所属した新富野球少年団では、松浦慶斗と一緒にプレー。旭川市立明星中学校では軟式野球部に所属した。 旭川実業高等学校では1年春から背番号1を付けてベンチ入りし、2年秋の全道大会ではエースとしてチームを準優勝に導いた。3年夏の北北海道大会は1回戦で帯広大谷高等学校と対戦し、自己最速タイの148km/hを記録するなど奮闘したが、延長13回タイブレークで敗れて初戦で敗退した。後に、この登板について「一番記憶に残っている。ああいう経験はしたくない。
髙谷 舟(たかや しゅう、2003年7月27日 - )は、北… 髙谷 舟(たかや しゅう、2003年7月27日 - )は、北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 札幌市立円山小学校在学中の小学3年で学童野球チーム「円山スターズ」に加入し、野球を始めた。円山スターズは円山小の児童を中心に構成される少年野球チームで、平日には同校グラウンドまたは体育館で練習が行われている。 札幌市立向陵中学校に進学後、クラブチーム「T・TBC」(軟式)に所属し、外野手としてプレーした。2017年に開催された「スーパースポーツゼビオ杯 秋季空知中学校野球選手権」では最優秀選手賞(MVP)を受賞している。 札幌日本大学高等学校では控え投手としてベンチ入りした。
大津 綾也(おおつ りょうや、2003年5月28日 - )は… 大津 綾也(おおつ りょうや、2003年5月28日 - )は、北海道久遠郡せたな町出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 せたな町立北檜山小学校1年の時に北檜山ラウドネスで野球を始め、6年時には松浦慶斗らとともに北海道日本ハムファイターズジュニアのメンバーに選出されている。せたな町立北檜山中学校時代は軟式野球部でプレー。 北海高等学校では1年春から遊撃手としてベンチ入りし、1年秋から捕手に転向。2年夏から正捕手。3年春には第93回選抜高等学校野球大会に出場。1回戦の神戸国際大附戦はエース木村大成をリードし8回まで2-1と勝ち越していたが、9回裏に自らの捕逸でピンチを招いて追いつかれ、延長10回にサヨナラ負けを喫した。
秋山 俊(あきやま しゅん、2003年4月20日 - )は、… 秋山 俊(あきやま しゅん、2003年4月20日 - )は、北海道登別市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 登別市立富岸小学校に入学し、小学1年から軟式野球を始める。また、小学6年の時には北海道日本ハムファイターズのジュニアチームに入る。登別市立緑陽中学校に進み、中学時代は登別ビッグ・フラップ・オーシャンに所属する。その後、仙台育英学園高等学校に進学し、1年の秋からベンチ入りする。2年の秋からレギュラーに定着し、主に「3番・中堅手」を、3年では4番を務めた。 中京大学では1年の春から中堅手としてレギュラーになり、主に7番で起用される。2年の秋から「3番・三塁手」、3年の春からまた中堅手に戻っている。
根本 悠楓(ねもと はるか、2003年3月31日 - )は、… 根本 悠楓(ねもと はるか、2003年3月31日 - )は、北海道白老郡白老町出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学校1年から野球を始め、白老町立白翔中学校では軟式野球部に所属し、3年時の第39回全国中学校軟式野球大会では決勝戦で完全試合を達成、その数ヶ月後に行われた第9回U-15アジア野球選手権大会では後に東京ヤクルトスワローズに入団する内山壮真とバッテリーを組み、優勝に貢献。この大会でチームメイトであった山城航太郎は後にプロでもチームメイトになる他、同じくチームメイトであった寺西成騎、平尾柊翔も後にプロ入りする。 進学した苫小牧中央高校では、3年夏は準々決勝で駒大苫小牧相手に15奪三振を記録するも敗れ、甲子園出場経験はなかった。
佐藤 爽(さとう そう、2003年2月9日 - )は、北海道… 佐藤 爽(さとう そう、2003年2月9日 - )は、北海道北広島市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校2年生のときに『北広島イーストグローリー』で野球を始め、北広島市立大曲中学校時代は硬式野球の『札幌豊平ボーイズ』でプレーした。 札幌山の手高校では2年秋にチーム史上3度目となる全道大会へ進出。ただ、全道大会では帯広農業との初戦(2回戦)で敗退し、3年間では2年秋の全道大会2回戦が最高戦績と目立った実績を残せなかった。 星槎道都大学へ進学すると、1年春からリーグ戦に登板。2年秋にチームは4季ぶりとなるリーグ優勝を果たしたが、明治神宮大会の出場権が懸かった北海道地区代表決定戦では東農大オホーツクに敗れた。
片山 楽生(かたやま らいく、2002年10月7日 - )は… 片山 楽生(かたやま らいく、2002年10月7日 - )は、北海道河東郡音更町出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 音更町立柳町小学校2年生のときに『柳町イーグルス』で野球を始め、6年時はエース兼遊撃手の1番打者として全道少年大会十勝支部大会で4位となり、道大会を経験した。音更町立共栄中学校では軟式野球部に所属し、3年夏はエースとして同校史上初の全日本少年軟式大会に出場し、ベスト4まで勝ち上がった。 白樺学園高校では1年秋からベンチ入り。打力もあったことから、2年夏は一塁手がメインであったが、新チームでは投手に戻り、エースで4番打者を務めた。2年秋にチームは全道大会で初優勝を果たしたが、片山自身は4登板で防御率6.05。
阿部 剣友(あべ けんゆう、2002年5月17日 - )は、… 阿部 剣友(あべ けんゆう、2002年5月17日 - )は、北海道北斗市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。プロでは育成選手であった。 身長200cmは日本人選手としては馬場正平(ジャイアント馬場)、同期入団の秋広優人と並んで歴代最長身。 北斗市立大野小学校3年生の時に軟式野球を始め、北斗市立大野中学校時代は軟式野球部に所属していた。 札幌大谷高等学校では1年秋に明治神宮野球大会に出場し優勝。2年春には第91回選抜高等学校野球大会に出場し、2回戦の明豊高等学校戦で先発し3回を1安打無失点に抑えるも、後続の投手が打たれチームは敗れた。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツより育成ドラフト8位で指名を受け、11月22日に支度金300万円、年俸360万円(推定)で仮契約を結んだ。
亀田 織音(かめだ しおん、2002年1月19日 - )は、… 亀田 織音(かめだ しおん、2002年1月19日 - )は、北海道釧路市出身の元女子プロ野球選手。ポジションは投手。血液型O型。 長兄は武修館高等学校・JR北海道でプレー、次兄は旭川実業高等学校の主将経験者。 石井宏が監督を務めた札幌新陽高等学校を卒業後、2020年レイアに入団。同年は選手減少により、試合開催時には京都フローラの選手として活動する。 シーズンでは15試合に登板、女子プロ野球最多タイとなるシーズン3被本塁打を浴びた。 同年限りで女子プロ野球を退団、札幌国際大学へ進学し女子硬式野球部に所属。
滝田 一希(たきた かずき、2001年12月28日 - )は… 滝田 一希(たきた かずき、2001年12月28日 - )は、北海道寿都郡黒松内町出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 6人きょうだいの5番目として生まれ、母子家庭で育った。黒松内町立黒松内小学校で3年生の時に黒松内スターズで野球を始め、黒松内町立黒松内中学校では軟式野球部に所属していた。 北海道寿都高等学校では1年春からベンチ入りしたが、3年間で甲子園大会出場はなく、人数不足により連合チームも経験した。 高校卒業後は就職する予定だったが、練習を見た星槎道都大学監督の二宮至の目に留まって同大学への進学を勧められ、反対する母を説得して進学した。3年時の2022年5月に母が心筋梗塞で亡くなり、一時は野球を辞めることも考えたが、二宮監督の「プロを目指して、契約金で立派な墓を建てろ」という言葉もあり思いとどまった。
竹内 龍臣(たけうち りゅうしん、2001年12月11日 -… 竹内 龍臣(たけうち りゅうしん、2001年12月11日 - )は、北海道札幌市北区出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学2年生の時に野球を始める。 札幌創成高等学校3年夏の南北海道大会ではベスト8。高校時代の監督は元中日ドラゴンズの遠田誠治。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議 で、中日ドラゴンズより6巡目で指名を受けた。また、札幌創成高等学校からドラフト指名された初の選手である。11月5日に契約金2500万円、年俸550万円で仮契約を結んだ。背番号は62。 2020年は夏場に右肘を疲労骨折するなど故障が重なり、一軍、二軍共に登板がなかった。11月26日に球団から翌年の契約を結ばず、育成選手として再契約する予定であることが発表された。
持丸 泰輝(もちまる たいき、2001年10月26日 - )… 持丸 泰輝(もちまる たいき、2001年10月26日 - )は、北海道旭川市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 旭川市立永山西小学校2年時に永山西クラブで野球を始め、旭川市立永山中学校ではエースで4番を務めた。 高校は旭川大学高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年夏には甲子園大会に出場し、1回戦の佐久長聖戦に「4番・左翼手」で先発出場。一時勝ち越しとなる適時打を放ったが、チームは大会史上初となるタイブレークの末に敗れ、初戦敗退した。新チームでは捕手にコンバートされ、3年夏も甲子園大会に出場。1回戦の星稜戦では「2番・捕手」で先発出場し、相手エースの奥川恭伸から1安打を放ったが、チームは0-1で惜敗した。
小林 珠維(こばやし じゅい、2001年5月7日 - )は、… 小林 珠維(こばやし じゅい、2001年5月7日 - )は、北海道帯広市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。KBOフューチャースリーグ参加球団の蔚山ホエールズ所属。 浦河堺町小学校1年の時から野球を始め、冬場はスピードスケートの練習をして、足腰を強化していた。中学校時代は新琴似リトルシニアに所属し、中学卒業後は東海大札幌高に進学する。高校時代は甲子園出場経験はなし。高校では投手と内野手(主に一塁手)を兼任していた。 2019年10月17日に行われたドラフト会議では、福岡ソフトバンクホークスから内野手として4位指名を受け、11月16日に札幌市内にて入団交渉を行い、契約金4000万円、年俸460万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月5日に福岡市内のホテルで入団発表会見が行われた。
村上 航(むらかみ わたる、2000年11月1日 - )は、… 村上 航(むらかみ わたる、2000年11月1日 - )は、北海道札幌市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 札幌市立本通小学校3年時に軟式野球を始めた。札幌市立柏丘中学校時代には軟式野球部に所属し2年時には全国大会に出場した。 北海道札幌白石高等学校では1年夏よりベンチ入りした。3年夏の県大会地区予選をキャプテン兼エースとして全4試合完投(完封2試合)の好投を見せ南北海道大会では1回戦で駒澤大学附属苫小牧高等学校と当たり3失点完投とゲームを作るが敗北した。 北海学園大学では北海道地区大学準硬式野球連盟2部に所属していた準硬式野球部に入部した。1年時の全国大会で親交を深めた福岡大学・準硬式野球部の大曲錬が、のちに2020年度のNPBドラフト会議で埼玉西武ライオンズに5位指名を受け、「準硬式出身では、自分が次に続く」と強い決意を持って練習に取り組み、3年生春より社会人チームであるウイン北広島で大学に在学しながら硬式に再挑戦した。
大窪 士夢(おおくぼ じゆ、2000年8月2日 - )は、北… 大窪 士夢(おおくぼ じゆ、2000年8月2日 - )は、北海道岩見沢市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 北海高等学校ではチームは1年夏と2年夏の甲子園に出場したがベンチ外。3年時は控え投手として全て救援投手として登板したが、甲子園出場はなかった。高校の1学年先輩に川村友斗、阪口皓亮、鈴木大和、1学年後輩に辻本倫太郎がいる。 2018年10月25日に行われたプロ野球ドラフト会議において、埼玉西武ライオンズから育成ドラフト2位で指名され入団。背番号は126。 2019年はイースタン・リーグ公式戦2試合に登板し、5回を投げ防御率7.20の成績だった。同年秋より西武に三軍制が敷かれ、大窪も三軍選手として指導を受けるようになる。
沼田 翔平(ぬまた しょうへい、2000年6月24日 - )… 沼田 翔平(ぬまた しょうへい、2000年6月24日 - )は、北海道旭川市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 旭川市立神居小学校では4年生時に野球を始めるも、シラカバアレルギーを発症し、バレーボールに転向。6年生時に永山ウィングのスパイカーとして全道優勝を経験。旭川市立神居中学校で再び野球に転向し、軟式野球部に所属した。 旭川大高校では1年春からベンチ入りし、主力投手として活躍。3年夏はエースとして北北海道大会を勝ち抜き9年ぶりの優勝に貢献した。第100回全国高等学校野球選手権記念大会では初戦の佐久長聖高校戦に先発し、8回4失点(自責0)と粘投したが、チームはタイブレークの末敗れた。
菊地 吏玖(きくち りく、2000年6月13日 - )は、北… 菊地 吏玖(きくち りく、2000年6月13日 - )は、北海道苫小牧市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 苫小牧市立拓勇小学校で2年生の時に拓勇ファイターズで野球を始め、投手を中心に内野、外野、捕手も務めた。 苫小牧市立青翔中学校在学時は、硬式野球のクラブチームである苫小牧中央ポニーでプレーし、3年夏には2015年ジャイアンツカップに出場した。 札幌大谷高等学校に進学し、1年春からエースを務めたが、同年夏から2年春まで右肩の炎症のため登板できず、その間は野手としてプレーした。 その後復帰し、3年夏は南北海道大会1回戦で札幌光星を相手に9回162球を投げ抜くも9失点し、敗れた。
若松 尚輝(わかまつ なおき、2000年5月10日 - )は… 若松 尚輝(わかまつ なおき、2000年5月10日 - )は、北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 少年野球のころは捕手。札幌市立中央中学校時代は札幌東ベースボールクラブに所属し、ジャイアンツカップにも出場した。札幌第一高等学校時代は外野手だった。札幌第一高校は2017年の第89回選抜高等学校野球大会に出場したが、若松はベンチ入りメンバー外の「ボールボーイ」だった。その後レギュラーとなる。札幌学院大学進学後も野手のままだったが、3年生秋にたまたま投手がいなかった機会に1イニングだけ登板したところ、監督の意向で投手に転向した。この背景には3日で7試合という過密スケジュールで練習試合が組まれた事情があった。
早川 太貴(はやかわ だいき、1999年12月18日 - )… 早川 太貴(はやかわ だいき、1999年12月18日 - )は、北海道江別市出身のプロ野球選手(投手)、元地方公務員(北海道北広島市元職員)。右投右打。阪神タイガース所属。 大麻泉小学校3年時に東大麻グランドキングスで野球を始め、江別市立大麻東中学校では軟式野球部に所属した。 北海道大麻高等学校では2年時の秋に背番号1を任されたが、3年時の春の札幌支部大会中に右腕を疲労骨折し、夏の大会前も右肘頭を骨折し、大会では右肘を包帯で吊ったままベンチ入りしていた。甲子園出場経験はなし。当時の最高球速は125〜130k/mと公言している。 高校卒業後は小樽商科大学に進学し、当時札幌学生野球連盟の2部に所属していた硬式野球部に入部した。
髙島 泰都(たかしま たいと、1999年12月3日 - )は… 髙島 泰都(たかしま たいと、1999年12月3日 - )は、北海道赤平市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 赤平市立赤間小学校1年生のときに「赤平レッドレイズ」で野球を始め、赤平市立赤平中学校では軟式野球部に所属した。 滝川西高校に進学し、2年秋に背番号11でベンチ入り。3年夏は背番号10でチーム19年ぶり3回目となる甲子園に出場し、仙台育英との1回戦で2番手として登板して最速141km/hを計測するも、1回2/3を5失点であった。 準硬式野球部のスポーツ推薦で明治大学に入学。1年春からリーグ戦に登板し、当初は制球に苦しんだが、1年夏のオープン戦で「コントロールのこつを急につかんだ」と突如制球が安定し、その後はリーグ戦の1戦目を任されるなど、先発としての地位を確立した。
牧野 憲伸(まきの けんしん、1999年9月19日 - )は… 牧野 憲伸(まきの けんしん、1999年9月19日 - )は、北海道帯広市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 帯広市立大正小学校3年時に大正スカイファイターズにて軟式野球を始め、帯広市立帯広第七中学校を経て白樺学園高等学校へ進学。白樺学園では1年夏に甲子園に出場しているが、牧野はベンチ外で出場はなかった。3年夏(2017年)の北北海道大会では自身も腰を痛めながらも決勝まで勝ち上がったが、髙島泰都を擁する滝川西に敗れ準優勝。高校時代は2学年上に河村説人がいる。 高校卒業後は富士大学に進学したが、肘や肩の故障などもあり北東北大学野球連盟のリーグ戦では4年間で一度も登板できなかった。
川村 友斗(かわむら ゆうと、1999年8月13日 - )は… 川村 友斗(かわむら ゆうと、1999年8月13日 - )は、北海道松前郡松前町出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 北海高校では2年時に打線の中軸を任され、夏の甲子園大会での準優勝に貢献。当時のチームメイトに阪口皓亮と鈴木大和、1学年後輩に大窪士夢、2学年後輩に辻本倫太郎がいる。 高校卒業後は、仙台大学に進学。大学4年時の2021年度プロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスより育成選手ドラフト2位指名を受け、入団。背番号は132。 2022年、二軍公式戦に39試合出場し、打率.193、1本塁打、5盗塁、9打点、三軍戦では54試合に出場し、打率.261、4本塁打、12盗塁、22打点を記録する。
鈴木 大和(すずき やまと、1999年4月27日 - )は、… 鈴木 大和(すずき やまと、1999年4月27日 - )は、北海道北広島市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 北広島市立大曲東小学校2年から野球を始め、6年時には北広島イーストグローリーで高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメントに出場。北広島市立大曲中学校では札幌豊平ボーイズに所属し、3年時にジャイアンツカップに出場している。 北海高等学校では2年夏に第98回全国高等学校野球選手権大会に出場。「9番・中堅手」で全5試合に出場して27打数14安打、打率.519の好成績を残し、チームの決勝進出に貢献。決勝では作新学院のエース今井達也から2安打1打点を放ったが、1-7で敗れて準優勝に終わった。
古谷 優人(ふるや ゆうと、1999年2月19日 - )は、… 古谷 優人(ふるや ゆうと、1999年2月19日 - )は、北海道中川郡幕別町出身の野球選手で、元プロ野球選手(投手)。左投左打。 日本人左腕投手の史上最速となる球速160km/hを計測した(NPB非公式戦である、四国ILp・香川との交流戦における記録)。 札内南小学校3年時に軟式野球を始める。札内中学校では軟式野球部に所属した。 江陵高等学校に進学。1年春から主戦投手として登板し、1年春の十勝支部予選初戦で帯広大谷高等学校相手に完封デビュー。1年夏には道大会出場を経験。2年夏には、帯広農業高等学校との1回戦で延長15回と再試合延長12回の2試合計27回380球完投でチームの勝利に貢献した。3年夏には北北海道大会2回戦の旭川西高等学校戦では154km/hを記録し、準々決勝の釧路工業高等学校との戦いでは8者連続を含む大会新記録の20奪三振を記録するなどして、チームを初のベスト4に導いた。
若林 楽人(わかばやし がくと、1998年4月13日 - )… 若林 楽人(わかばやし がくと、1998年4月13日 - )は、北海道白老郡白老町出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 5歳で野球を始め、白老町立緑丘小学校1年次に緑丘ファイターズに入る。6年生の時にはファイターズジュニアでもプレーした。白老町立白老中学校野球部3年次には全日本少年軟式野球大会でベスト16を経験している。 駒澤大学附属苫小牧高等学校では1年秋からベンチ入り、3年次から三塁手のレギュラーだった。2年春に全道大会で準優勝したが、甲子園出場経験はない。1学年上には伊藤大海がいる(ドラフトでは同期にあたる)。 駒澤大学に進学すると、1年春からベンチ入りし、2年生からはレギュラーとして活躍。
片岡 奨人(かたおか しょうと、1997年11月16日 - … 片岡 奨人(かたおか しょうと、1997年11月16日 - )は、北海道二海郡八雲町出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 札幌日本大学高等学校時代は2年秋の全道大会にベスト4に進出したのが最高成績で、甲子園出場経験はない。 高校卒業後は東日本国際大学に進学し、3年の秋季リーグから主将を務め、同大学を初の明治神宮野球大会出場に導いた。3年時と4年時には全日本大学野球選手権大会に出場しており、14打数6安打を記録。4年の春季リーグではMVPを受賞した。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議では、北海道日本ハムファイターズから7位指名を受け、11月14日に契約金2000万円、年俸700万円(推定)で仮契約を結んだ。
亀山 英輝(かめやま ひでき、1997年10月2日 - )は… 亀山 英輝(かめやま ひでき、1997年10月2日 - )は、北海道小樽市出身の元プロ野球選手(投手)。現在は社会人野球選手としてプレーを継続している。 小樽市立銭函小学校3年生の時に銭函ボーイズで野球を始め、小樽市立銭函中学校時代は軟式野球部に所属。北海道小樽水産高等学校の情報通信科に進学後から硬式野球を始めたが、1年生の夏の大会からベンチ入りを果たす。高校時代は投手だけでなく、内野手、外野手としてもプレーした。3年時は支部予選を勝ち抜けず敗退。 高校在学中に電気系やIT系の資格を取得して就職に備えていたが、野球を続けたいという思いが強くなり、札幌大学法学部に進学して札幌学生野球連盟1部所属の野球部に入部。
本前 郁也(もとまえ ふみや、1997年10月2日 - )は… 本前 郁也(もとまえ ふみや、1997年10月2日 - )は、北海道札幌市東区出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 札幌市立札苗小学校3年から東ハリケーンで野球を始め、札苗中時代は札幌白石シニアでプレー。 札幌光星高等学校では3年夏の南北海道大会でエースを務めるも、1回戦で駒大苫小牧に3対10で敗れた。齊藤誠人は小中高の2学年上の先輩にあたる。 北翔大学への進学後は1年春からベンチ入りし、札幌6大学リーグでは2年春~3年秋に3季連続で最優秀投手に輝いた。しかし、全国大会である全日本選手権や明治神宮大会への出場は叶わず、2019年9月2日の日本製鉄室蘭シャークスとのオープン戦では打球が頭部に直撃し、入院。
小原 美南(おばら みなみ、1997年9月1日 - )は、北… 小原 美南(おばら みなみ、1997年9月1日 - )は、北海道出身の女子プロ野球選手(投手)。2024年から広島県内の女子野球チーム・はつかいちサンブレイズに所属。 出身は北海道登別市。北海道登別明日中等教育学校卒。 2016年レイアアカデミーに加入。同年の入団テストに合格しアカデミー出身者初の女子プロ野球入団選手となる。 2017年はレイアに所属し、主に外野手として出場した。 2018年愛知ディオーネに移籍。この年から投手に専念となり3勝を記録した。 2020年限りで退団したことを自身のTwitterにて発表。 2021年からは東海NEXUSに所属する。背番号は11。 2024年にはつかいちサンブレイズへの移籍が発表された。
伊藤 大海(いとう ひろみ、1997年8月31日 - )は、… 伊藤 大海(いとう ひろみ、1997年8月31日 - )は、北海道茅部郡鹿部町出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 名前の正確な表記は旧字体を使用した「大海」。 祖父と父がタコ箱漁師の家系に長男として生まれる。父は同郷の元プロ野球選手・盛田幸妃と同級生であり、幼少期には盛田から直接指導を受けたこともある。 小学校では鹿部クラップーズに、中学校では函館東シニアに所属した。 中学卒業後は駒澤大学附属苫小牧高等学校に入学し、2年春に第86回選抜高等学校野球大会へ出場。初戦の創成館高等学校戦で完封勝利を挙げた。1学年下には若林楽人がいた。 その後は駒澤大学に進学し硬式野球部へ入部したが、「4年間プレーするビジョンを描けなかった」として1年時の10月に中途退学。
河村 説人(かわむら ときと、1997年6月18日 - )は… 河村 説人(かわむら ときと、1997年6月18日 - )は、北海道勇払郡鵡川町(現:むかわ町)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 愛称は「とっきー」。 むかわ町立鵡川中央小学校3年時に鵡川ジュニアファイターズで野球を始め、むかわ町立鵡川中学校を経て、白樺学園高校に進学。3年夏の第97回全国高等学校野球選手権大会にエースとして出場したが、初戦の下関商戦で敗退した。 高校卒業後は亜細亜大学に進学するも、環境を変えたいという理由で1年夏に中退した。また、右肩痛のため亜細亜大学時代は練習試合を含めて1試合も登板していない。その後北海道に戻り、翌年星槎道都大学に進学する。 硬式野球部に入部し、3年秋の札幌六大学リーグで3勝を挙げると、大学日本代表候補合宿の参加メンバーに選出される。