佐々木 中(ささき あたる、1973年8月2日 - )は、日… 佐々木 中(ささき あたる、1973年8月2日 - )は、日本の哲学研究者、作家。京都精華大学国際文化学部人文学科准教授。専門は現代思想、理論宗教学。学位は博士(文学)(東京大学)。
青森県:16人
佐々木 中(ささき あたる、1973年8月2日 - )は、日… 佐々木 中(ささき あたる、1973年8月2日 - )は、日本の哲学研究者、作家。京都精華大学国際文化学部人文学科准教授。専門は現代思想、理論宗教学。学位は博士(文学)(東京大学)。
櫛引 素夫(くしびき もとお、1962年 - )は、ジャーナ… 櫛引 素夫(くしびき もとお、1962年 - )は、ジャーナリスト出身の日本の地理学者、メディア論研究者、青森大学社会学部教授、専門地域調査士。 青森市生まれ。実家は、後に建設される新青森駅の近傍にあった。 東北大学大学院理学研究科修士課程を修了し、1987年に東奥日報に入社、以降、メディア情報部,八戸支社、政経部などを経て、2006年から政経部付編集委員となった。この間、弘前大学大学院地域社会研究科博士後期課程に学び、2006年に博士論文「地域振興策としての整備新幹線構想が持つ問題点と可能性:東北新幹線・盛岡以北を中心に」により博士(学術)を取得した。 八戸支社勤務時代の2000年から、取材を契機として整備新幹線問題について特に関心を寄せるようになり、学術的研究にも取り組むようになった。
河村 次郎(かわむら じろう、1958年12月29日 - )… 河村 次郎(かわむら じろう、1958年12月29日 - )は、日本の哲学研究者。 青森県むつ市生まれ。1984年東洋大学文学部哲学科卒業。1991年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。91年から東洋大学非常勤講師。
斎藤 光(さいとう ひかる、1956年12月13日 - )は… 斎藤 光(さいとう ひかる、1956年12月13日 - )は、日本の科学史・科学論、近現代文化誌研究者。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部教授。日本科学史学会会員、現代風俗研究会理事。 青森県弘前市出身。1980年、京都大学理学部卒業。北海道大学大学院をへて、1987年、東京大学大学院理学系研究科(科学史・科学基礎論) 修士課程修了。 1990年、京都精華大学講師。1995年、同助教授。2002年、同教授。2007年、同人文学研究科長。2009年、同全学研究センター長。2013年、同大学ポピュラーカルチャー学部長。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
青山 昌文(あおやま まさふみ、1952年 - )は、日本の… 青山 昌文(あおやま まさふみ、1952年 - )は、日本の美学研究者。放送大学名誉教授。 専門は、美学、芸術学、自然哲学、比較思想。主な研究領域は、ディドロ美学、現代芸術理論。学位は博士(学術)。元 日本大学大学院芸術学研究科兼任講師。放送大学教授及び特任教授を歴任。 ディドロの美学・芸術論が最も狭い意味での専門領域であるが、それらの研究から必然的にヨーロッパの美学・芸術論の歴史の全般に関心の対象が広がってゆき、その中でもプラトンやアリストテレスの古代ギリシア美学と20世紀後半の現代芸術思想に特に深い関心をもっている。近代の人間主観中心主義を超えて、現代の環境芸術思想の根源をも成しているミーメーシス芸術理論の現代的意義の解明を根本的な研究課題としている。
藤田 晴央(ふじた はるお、1951年- )は、日本の詩人、… 藤田 晴央(ふじた はるお、1951年- )は、日本の詩人、エッセイスト、評論家、児童文学研究者、(元)放送ディレクター。青森県弘前市出身・在住。日本大学ドイツ文学科卒業。 日本現代詩人会会員、青森県詩人連盟会長、弘前市立郷土文学館運営委員会委員長。 RAB青森放送のディレクターとして、 白神山地、三内丸山縄文遺跡、教育問題にまつわるテレビドキュメンタリーを多く企画・演出(2016年退職)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
米田 一彦(まいた かずひこ、1948年 - )は、クマの研… 米田 一彦(まいた かずひこ、1948年 - )は、クマの研究者。 青森県十和田市生まれ。秋田大学教育学部卒業。秋田県庁生活環境部自然保護課に勤務、鳥獣保護行政を担当した。1986年、退職。1990年、中国地方西部のクマ保全を目指し、広島県佐伯郡吉和村(現廿日市市)に移り住んだ。1991年、日本で初めての奥山放獣をおこなった。1997年より、大韓民国や中華人民共和国でクマの保全事業に取り組んだ。2001年、特定非営利活動法人日本ツキノワグマ研究所を設立し理事長に就任した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は… 三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は、日本の編集者、文芸評論家、舞踊研究者。日本芸術院会員。1978-80年は執筆時に今井裕康というペン・ネームを使用した。 「ユリイカ」「現代思想」の編集長を経て評論家に。文学、芸術、思想を中心に批評活動を展開する。著書に『メランコリーの水脈』(1984年)、『小説という植民地』(1991年)、『考える身体』(1999年)、『人生という作品』(2010年)など。 青森県弘前市出身。青森県立弘前高等学校卒業。 1969年、青土社創業とともに入社、『ユリイカ』創刊に参画。1972年より『ユリイカ』編集長。1975年より『現代思想』編集長。1982年退社。
森 英一(もり えいいち、1945年10月10日- )は、日… 森 英一(もり えいいち、1945年10月10日- )は、日本近代文学研究者、金沢大学名誉教授。 青森県弘前市生まれ。北海道大学大学院博士課程中退。金沢大学教育学部助教授、教授を経て、2011年定年退職、名誉教授。金沢近代文芸研究会(『イミタチオ』発行)代表理事。筆名・三木進一。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
須藤 貢明(すどう つぐあき、1939年 - )は、日本の聴… 須藤 貢明(すどう つぐあき、1939年 - )は、日本の聴覚障害児教育の研究者、東京学芸大学名誉教授である。青森県弘前市出身。青森県立弘前高等学校を経て、1962年電気通信大学電波通信学部卒業。玉川大学工学部専任講師、東京学芸大学専任講師を経て、1992年に東京学芸大学教授に、2003年に同学名誉教授に就任した。聴覚心理学、言語指導論を研究する。 1992年に「聴覚障害児教育における言語指導の方法に関する実験的研究」で博士(教育学)を取得した(筑波大学、第471号)。
泉谷 治(いずみや おさむ、1934年 - )は、17・18… 泉谷 治(いずみや おさむ、1934年 - )は、17・18世紀のイギリス文学研究者、法政大学名誉教授 青森県北津軽郡金木町川倉に生まれる。青森県立五所川原高等学校卒業後、東京大学文学部英文学科を経て、1962年、同大学院修士課程を修了。法政大学文学部英文学科助教授、教授、2005年定年退職、名誉教授。2013年11月、瑞宝中綬章を受章。
小野 隆祥(おの りゅうしょう、1910年〈明治43年〉 -… 小野 隆祥(おの りゅうしょう、1910年〈明治43年〉 - 1986年〈昭和61年〉)は、日本近代文学研究者。太宰治研究家の小野正文の兄。 青森県下北半島生まれ。旧制青森中学校(現:青森県立青森高等学校)、旧制弘前高等学校を経て、1932年京都帝国大学文学部哲学科を卒業。 1953年、労働者農民党より第26回衆議院議員総選挙に岩手1区から出馬するが、候補者中最下位得票で落選。その後修紅短期大学教授を務めた。
柴田 治三郎(しばた じさぶろう、1909年2月17日 - … 柴田 治三郎(しばた じさぶろう、1909年2月17日 - 1998年7月27日)は、日本の文学研究者、ドイツ文学者、東北大学名誉教授。
木村 繁(きむら しげし、1908年5月29日 - 1985… 木村 繁(きむら しげし、1908年5月29日 - 1985年)は、昭和時代日本の作曲家、音楽研究者。 青森県出身。兄は作曲家・民俗音楽収集家の木村弦三。 1908年(明治41年)、弘前市に生まれる。東奥義塾再興後の1回生であり、1933年(昭和8年)に法政大学英文科を卒業した後は小松耕輔、近衛秀麿らの師事を仰ぐ。 1947年(昭和22年)から1969年(昭和44年)まで県立弘前高校の音楽教諭を務める傍ら津軽地方の民謡を採譜・収集し、その成果を合唱曲「津軽の旋律」として1958年(昭和33年)に陸奥新報社より刊行した。作曲家としては元青森県副知事の横山武夫が作詞したものが多く、2代目「青森市民歌」をはじめ県内各地の校歌を数多く手掛けている。
柳田 泉(やなぎだ いずみ、1894年(明治27年)4月27… 柳田 泉(やなぎだ いずみ、1894年(明治27年)4月27日 - 1969年(昭和44年)6月7日)は、日本の明治文学研究者・翻訳家。明治文学に関する資料収集・編纂、実証研究で多大な成果がある。 1894年、青森県中津軽郡豊田村(現・弘前市)生まれ。1918年に早稲田大学英文科を卒業。トルストイの小説や、『カーライル全集』、『ホイットマン全集』、『アミエルの日記』など英訳版からの重訳を含め、多くの思想哲学書を翻訳出版した。当初は英文学史研究を志したが、関東大震災で多くの書籍を火災で失ったことをきっかけに明治文学研究へと転向した。1924年には、吉野作造を中心に結成された「明治文化研究会」に参加。
今 和次郎(こん わじろう、1888年〈明治21年〉7月10… 今 和次郎(こん わじろう、1888年〈明治21年〉7月10日 - 1973年〈昭和48年〉10月27日)は、日本の建築学者、民俗学研究者。考現学の第一人者。 医学者今裕の甥。銅版画家今純三の兄。息子の今保太郎は東映の美術監督。 早稲田大学理工学部建築学科で長く教壇に立ち、日本建築士会会長他、団体の要職も多く務める。民家、服装研究などで業績があり、考古学に対し現在の通常の人々の日常生活や行動を考察する「考現学」を提唱し、建築学、住居生活や意匠研究などでも活躍した。文化女子大学短期大学部・現文化学園大学短期大学部との関わりもあり家政学を教えていたこともあるが、旧来の家政学や社会政策学への批判認識から生活学を提唱した。