阿部 卓也(あべ たくや、1978年7月5日 - )は、日本… 阿部 卓也(あべ たくや、1978年7月5日 - )は、日本のデザイナー、メディア論・デザイン史研究者。デザイナーとしては『仮面ライダークウガ』 などのクリーチャーやキャラクターデザイン、書籍や装幀デザインで知られる。 フランスのポンピドゥーセンターIRI招聘研究員、東京大学特任講師などを経て、2017年より愛知淑徳大学創造表現学部メディアプロデュース専攻准教授。2026年4月より同・教授。 岩手県北上市出身。岩手県立黒沢尻北高等学校、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。東京大学大学院修士課程修了、同博士課程単位取得満期退学。博士(学際情報学)。武蔵野美術大学在学中に『仮面ライダークウガ』に携わり、グロンギ怪人やリント文字などのデザインを担当。
千田 要一(ちだ よういち、1972年〈昭和47年〉 - )… 千田 要一(ちだ よういち、1972年〈昭和47年〉 - )は、日本の精神科医、心療内科医、心理学研究者、博士(医学)。医療法人千手会ハッピースマイルクリニック理事長。ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ人間幸福学部プロフェッサー。 岩手県北上市生まれ。1998年秋田大学医学部卒。2004年九州大学大学院医学研究院で博士(医学)取得。2005年~2006年九州大学心身医学助教(学術研究員)。2006年 - 2009年ロンドン大学 ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン 疫学・公衆衛生学講座で臨床研究員。2009年 - 2013年同講座の名誉上級研究員(Honorary Senior Research Fellow)。
海妻 径子(かいづま けいこ、1968年 - )は、日本のジ… 海妻 径子(かいづま けいこ、1968年 - )は、日本のジェンダー研究者。岩手大学人文社会科学部国際文化課程教授。専門は男性史研究。 岩手県盛岡市出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1991年お茶の水女子大学家政学部家庭経営学科卒業。1993年同大学院人間文化研究科修士課程修了、1997年同博士課程単位取得退学。2001年博士(学術)の学位を取得。 父海妻矩彦は岩手大学名誉教授・岩手大学学長(1996-2002年)、岩手県立博物館館長だった(東京大学農学部卒業・専門は育種学)。祖父海妻玄彦は東京外国語大学名誉教授(東京帝国大学法学部卒業・専門は国際法)。姉は東北大学医学部卒業の医師で博士(医学)。
中村 三春(なかむら みはる、男性、1958年12月3日 -… 中村 三春(なかむら みはる、男性、1958年12月3日 - )は、日本の日本近代文学研究者。学位は、博士(文学)(東北大学・論文博士・2011年)(学位論文「新編言葉の意志 有島武郎と芸術史的転回」)。北海道大学教授。 岩手県釜石市生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学文学部日本文学科卒、同大学院博士課程中退。2011年「新編言葉の意志 有島武郎と芸術史的転回」で、東北大学より博士(文学)の学位を取得。東北大学助手、弘前学院大学文学部講師、山形大学人文学部講師、助教授、教授を経て、2008年10月から北海道大学大学院文学研究科教授。2007年宮澤賢治賞奨励賞受賞。有島武郎、太宰治、宮沢賢治、横光利一、村上春樹、小川洋子などを専門とし、テクスト理論の立場から研究する。
佐々木 良昭(ささき よしあき、1947年11月18日 - … 佐々木 良昭(ささき よしあき、1947年11月18日 - )は、日本の国際問題評論家、イスラム圏研究者。 岩手県生まれ。1966年、岩手県立一関第一高等学校卒業。 19歳の時にムスリムになった。 1970年、拓殖大学商学部卒業。同年の大阪万国博覧会でアブダビ政府館副館長を務めた。1971年、リビアに渡って国立リビア大学(英語版)神学部に入学。1974年に修了し、アラブ・データ・センター勤務となり、ベイルート駐在代表。 1976年、クウェートの新聞『アルカバス(英語版)』の東京特派員。1978年、在日リビア大使館渉外担当を経て、1980年に拓殖大学海外事情研究所研究員となり、その後、徐々に昇任して1993年に同教授となる。
片方信也(かたがた しんや、1943年 - )は日本の都市研… 片方信也(かたがた しんや、1943年 - )は日本の都市研究者。日本福祉大学名誉教授。専門は都市計画・建築計画。博士(工学)。 新建築家技術者集団全国代表幹事。京都・まちづくり市民会議代表。沖縄連帯伏見の会代表。一級建築士事務所 企業組合もえぎ設計サポーター(非従事組合員)。 岩手県生まれ。岩手県立黒沢尻北高等学校を経て、1966年北海道大学工学部建築学科を卒業し、1969年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。京都大学助手を経て、1995年から日本福祉大学に。健康科学部や情報社会科学部教授歴任。2014年退職。 博士号は論文「大都市における居住環境整備計画に関する研究」にて1979年に京都大学より取得。
藤村 龍雄(ふじむら たつお、1936年3月13日 - )は… 藤村 龍雄(ふじむら たつお、1936年3月13日 - )は、日本の哲学研究者・論理学者。東京水産大学名誉教授。 樺太生まれ。岩手県立千厩高等学校卒、1958年千葉大学文理学部哲学科卒、1964年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学、東京薬科大学専任講師、1965年国士舘大学専任講師、1966年鹿児島大学法文学部助手、1967年講師に就任、1968年東京水産大学講師、1970年助教授、1980年教授、1999年定年退官、名誉教授、2001年立正大学教授、2006年に定年退職。 『フレーゲ著作集』で2000年日本翻訳出版文化賞受賞。
佐々木 英也(ささき ひでや、1932年〈昭和7年〉10月3… 佐々木 英也(ささき ひでや、1932年〈昭和7年〉10月3日 - )は、日本の西洋美術研究者。東京芸術大学名誉教授。 岩手県江刺市(現・奥州市)に生まれる。1951年、岩手県立水沢高等学校卒業。1956年、東京藝術大学美術学部専攻科卒業。1958年、イタリア政府給費留学生としてローマ大学に学ぶ。1961年、国立西洋美術館研究員。1972年『ザ・ヌード』で日本翻訳出版文化賞受賞。1976年、東京藝術大学美術学部助教授、1985年同教授。1990年『ジョットの藝術』でマルコ・ポーロ賞受賞。2000年定年退官、名誉教授。2001年岩手県立美術館館長に就任、2010年退任。
常盤 新平(ときわ しんぺい、1931年〈昭和6年〉3月1日… 常盤 新平(ときわ しんぺい、1931年〈昭和6年〉3月1日 - 2013年〈平成25年〉1月22日)は、日本の作家・翻訳家・アメリカ文化研究者。別名に、大原寿人(おおはらとしひと)。 岩手県水沢市(現・奥州市)生まれ。母親は福島県の出身。税務署員だった父親の転勤に伴って生後半年で水沢を離れ、山形県長井町、宮城県石巻市と転居した。小学校時代に仙台市に落ち着き、高校卒業までを同地で過ごした。宮城県仙台第二高等学校を経て、早稲田大学第一文学部英文科卒。同大学院修了。 早川書房に入社。1961年には新雑誌「ホリディ」の編集長になるが11号のみの発行となる。都筑道夫、生島治郎の後任として、ミステリー小説誌 『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』(日本版)の三代目編集長を、1963年(昭和38年)から6年間務めた。
新井 直之(あらい なおゆき、1929年9月21日 - 19… 新井 直之(あらい なおゆき、1929年9月21日 - 1999年5月13日)は、日本のジャーナリスト、ジャーナリズム研究者。 岩手県盛岡市出身。東京大学文学部独文科卒業。在学中に同大学新聞研究所の第1期研究生となった。1951年共同通信入社。社会部、文化部を経て文化部次長、科学部長、編集委員、調査部長を歴任し、1978年退社して創価大学文学部教授、1993年東京女子大学現代文化学部教授。日本ジャーナリスト会議設立時には共同支部幹事を務め、1973年から1979年まで同会議副議長を務めた。 評論家の樋口恵子とは事実婚の関係にあった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小原 繁男(おばら しげお、1925年頃 - 2010年5月… 小原 繁男(おばら しげお、1925年頃 - 2010年5月4日)は、岩手県花巻市矢沢在住の農家、農業研究者。2009年5月10日、56枚葉のクローバーを発見し、ギネス世界記録に認定された。 1925年頃、代々続く農家の長男として生まれる。花巻農学校卒業。「農家の子は大学に行かせてもらえなかった」(本人による)が、それでも研究がしたくて親を説得の上北海道農業試験場で働く。ここでは稲の品種改良に携わる。 1947年より岩手県職員。岩手県種畜場(現・岩手県農業研究センター)で飼料作物を研究。そんな折、多葉(4枚から8枚)が6割以上の確率で出現するクローバーの株を発見。踏まれると四つ葉になるという話は聞いているが、遺伝によるのではと疑問を持ち、その株を持ち帰りクローバーの多葉性に関する研究に没頭するようになる。
小川博三(おがわ ひろぞう、1913年10月3日 - 197… 小川博三(おがわ ひろぞう、1913年10月3日 - 1976年1月17日)は、日本の都市計画家研究者・交通計画研究者・歌人。岩手大学教授・北海道大学教授を歴任。 岩手県生まれ。学生時代から短歌をよくして、歌誌「地中海」や「満州短歌」の同人として活動。1975年には「カルル橋」で第11回「短歌研究賞」を受賞した。 1937年(昭和12年)、北海道帝国大学工学部土木工学科卒。在学中の満州事変勃発を契機に大陸に志を抱いたという。満州や朝鮮へ実習をかねて訪れている。大学卒業後、南満州鉄道株式会社へ入社する。 1943年、現職のまま大東亜省嘱託として東南アジア諸国の交通実態調査を命じられ、翌1944年から1946年まで、ベトナム、カンボジア、タイ王国、マレーシア、ビルマ(ミャンマー)などで調査にあたる。
宮澤 清六(みやざわ せいろく、新字体:宮沢 清六、1904… 宮澤 清六(みやざわ せいろく、新字体:宮沢 清六、1904年(明治37年)4月1日 - 2001年(平成13年)6月12日)は、日本の実業家、児童文学研究者。宮沢賢治と宮沢トシの実弟で、全集の編纂をはじめとする賢治の文学研究に携わった。宮沢和樹は孫。 宮澤政次郎の次男として岩手県稗貫郡花巻川口町(現・花巻市)に生まれ育つ(賢治の8歳年下)。 1922年、旧制岩手県立盛岡中学校(現・岩手県立盛岡第一高等学校)を卒業し、家業を手伝った。同年11月27日、6歳上の姉トシが死去。「家業への嫌悪」とトシ死去などの「暗欝な家庭からの脱出、息抜き」として家族の了解を得た上で、同年12月から東京市本郷区龍岡町(現・東京都文京区湯島)に下宿して、図書館や研数学館で数学(主として幾何学)と科学(主として電気)を学ぶ。
佐々木 喜善(ささき きぜん、1886年〈明治19年〉10月… 佐々木 喜善(ささき きぜん、1886年〈明治19年〉10月5日 - 1933年〈昭和8年〉9月29日)は、日本の民俗学者、作家、文学者、文学研究者、民話・伝説・習俗・口承文学の収集家、研究家。一般には学者として扱われるが、佐々木自身は資料収集者であり学者ではないと称している。 オシラサマやザシキワラシなどの研究と、400編以上に上る昔話の収集は、日本の民俗学、口承文学研究の大きな功績で、「日本のグリム」と称される。 岩手県土淵村(現在の岩手県遠野市土淵)の裕福な農家に育つ。母方の祖父である万蔵は近所でも名うての語り部で、喜善はその祖父から様々な民話や妖怪譚を吸収して育つ。その後、祖父の医者になる期待を背負い、明治35年、岩手県医科学校(現在の岩手医科大学)に入学するも、医師としての将来を思い描くことができず、2年後に中退する。
石坂 昭雄(いしざか あきお)は、日本の経済学者、経済史研究… 石坂 昭雄(いしざか あきお)は、日本の経済学者、経済史研究者。専門は西洋経済史で、特に16-19世紀のネーデルラント(オランダ・ベルギー地域)の貿易・金融構造、農村工業化、宗教亡命者と経済発展、プロテスタンティズム-資本主義論争に関する研究で知られる。 1954年に岩手県立盛岡第一高等学校を卒業。北海道大学経済学部教授を務め、1990年代後半に退官したとみられる。 その後、札幌大学経済学部教授・学部長も務めた。 主な研究テーマは、宗教改革期のネーデルラント人・プロテスタント散住の経済的意義、ベルギー産業革命、アムステルダム仲継市場の金融構造、地域工業化と近代国民経済の比較史など。科学研究費助成事業で複数回研究代表者を務めている。