相澤 清一(あいざわ せいいち、1952年8月13日 - )… 相澤 清一(あいざわ せいいち、1952年8月13日 - )は、日本の政治家。宮城県美里町長(3期)。元美里町議会議長。 宮城県遠田郡小牛田町(現・美里町)に生まれる。宮城県小牛田農林高等学校を経て、1973年(昭和48年)3月、宮城県農業短期大学卒業。 1999年(平成11年)2月、小牛田町議会議員に就任。2003年(平成15年)に再選。 2006年(平成18年)1月1日、遠田郡の小牛田町と南郷町が合併して美里町が誕生。これに伴って2月5日に行われた美里町議会議員選挙に出馬し初当選。2010年(平成22年)に再選。同年2月から、町議を辞職する2013年(平成25年)11月まで議長を務めた。 2014年(平成26年)1月14日告示の美里町長選挙において無投票により初当選。
佐々木 洋一(ささき よういち、1952年3月31日 - )… 佐々木 洋一(ささき よういち、1952年3月31日 - )は、日本の詩人。 宮城県栗原郡栗駒町(現・栗原市)生まれ。1969年「詩人会議」新人賞佳作入選。1971年第一詩集『4と童と永遠に』刊。1972年詩誌「野音」創刊に参加。詩誌「方」同人、「詩人会議」に加入。1994年日本現代詩人会に加入。1996年日本詩人クラブに加入。1998年第27回壷井繁治賞受賞。宮城県芸術選奨受賞。1999年第1回白鳥省吾賞選考委員となる。2000年県芸術祭文芸賞受賞。2001年H氏賞選考委員となる。
猪股 洋文(いのまた ひろぶみ、1952年3月28日 - )… 猪股 洋文(いのまた ひろぶみ、1952年3月28日 - )は、日本の政治家。元宮城県加美郡加美町長(3期)。 宮城県加美郡中新田町(現・加美町)出身。加美町立中新田中学校、宮城県古川高等学校、ユタ大学政治学部卒業。宮城県庁に奉職。県職員時代、2年8か月、韓国のソウルに駐在した。 2007年の加美町長選挙に宮城県職員を退職して出馬。新人5名中2位得票となるものの、1位だった佐藤澄男が法定得票を満たさなかったため、再選挙となり、最下位得票だった1名を除く4名が再出馬する中で、佐藤にわずかな差で敗れ落選。その後、社会福祉法人の役員となる。 2011年の町長選挙に出馬し、現職の佐藤を下して初当選。 2015年の町長選挙に出馬し、無投票で再選。
川島 秀一(かわしま しゅういち、1952年 - )は、日本… 川島 秀一(かわしま しゅういち、1952年 - )は、日本の民俗学者、博士(文学)。東北大学災害科学国際研究所教授、神奈川大学日本常民文化研究所客員研究員、日本民俗学会会長などを歴任。 宮城県気仙沼市に生まれる。宮城県気仙沼高等学校を経て、1976年3月に法政大学社会学部社会学科を卒業した。1977年4月、東北大学附属図書館司書となる。1982年4月から気仙沼市市史編纂室職員に移り、1998年4月に気仙沼市図書館司書となる。2005年4月、リアス・アーク美術館勤務(2012年3月まで副参事兼副館長)。 2010年3月、総合研究大学院大学より博士(文学)の学位を取得した。 2012年4月、神奈川大学特任教授となる。
加藤 国安(かとう くにやす、1952年 - )は、漢文学者… 加藤 国安(かとう くにやす、1952年 - )は、漢文学者、名古屋大学名誉教授・二松學舍大学特命教授。 宮城県岩沼市生まれ。1975年東北大学文学部中国文学科卒。1980年同大学院博士後期課程退学、1982年10月愛媛大学教育学部講師、1985年助教授、1997年教育学研究科教授、2007年名古屋大学文学研究科教授。2015年退職、名誉教授、二松學舍大学東アジア学術総合研究所教授、のち特命教授。2001年「庾信論 時代・人・作品考」で京都大学文学博士。
渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は… 渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は、日本の文芸評論家、早稲田大学教育学部複合文化学科教授。専門はフランス現代思想・文学。
小石川 正弘(こいしかわ まさひろ、1952年 - 2020… 小石川 正弘(こいしかわ まさひろ、1952年 - 2020年8月26日)は、日本の天文家である。宮城県出身。 宮城県宮城郡広瀬村の愛子(現在は仙台市青葉区)にある曹洞宗の寺院・安養寺に生まれる。 宮城県農業高等学校を卒業後に五藤光学研究所勤務を経て、1972年から仙台市天文台の技術職員となり仙台市教育委員会生涯学習課天文台係長などを務めた。2013年に定年退職し、以後はせんだいメディアテークの嘱託職員として啓蒙活動を行っていた。 1988年12月に (3994) アヤシを発見したのをはじめとして、多数の小惑星を発見した。小惑星の発見数は1987年から1995年にかけて19個にのぼり、仙台市の地名やゆかりの人物、仙台市の姉妹都市にちなんだ命名をおこなっていた。
中野 裕通(なかの ひろみち、1951年11月10日 - )… 中野 裕通(なかの ひろみち、1951年11月10日 - )は、日本のファッションデザイナー。ファッションブランド「ヒロミチナカノ」の創始者。日本各地の高等学校の制服も数多くデザインし、1994年には学生服メーカーのトンボと提携している。その他ライセンス契約する企業も多い(リーガルコーポレーション、タキヒヨー、ヤギ・コーポレーションなど)。宮城県岩沼市出身。神奈川県中郡大磯町在住。アート、映画にも造詣が深く、過去には『an・an』や『TV Taro』などで映画作品紹介をしていた。
阿部 俊則(あべ としのり、1951年10月27日 - )は… 阿部 俊則(あべ としのり、1951年10月27日 - )は、日本の実業家。積水ハウス代表取締役社長、代表取締役会長を経て、同社特別顧問。 宮城県登米郡東和町(現登米市)出身。宮城県佐沼高等学校、東北学院大学文学部史学科卒業後、1975年積水ハウス入社。2004年執行役員東北営業本部長。2005年常務執行役員東京営業本部長。2006年取締役常務執行役員首都圏本部長兼東京営業本部長。2007年取締役専務執行役員経営企画部長。 2008年積水ハウス代表取締役社長兼COOに昇格。2018年地面師による詐欺で巨額の損失を被った責任として、取締役会で解任しようと動議を出した和田勇代表取締役会長に対し、逆に解任動議により辞任に追い込み、後任の代表取締役会長に就任。
石塚 忠(いしづか ただし、1951年10月3日 - )は日… 石塚 忠(いしづか ただし、1951年10月3日 - )は日本の技術者、実業家。元日揮株式会社代表取締役社長。 宮城県仙台市出身。1972年宮城工業高等専門学校(現仙台高等専門学校名取キャンパス)機械工学科卒業、日揮入社。プロジェクトマネージャーの森本省治(のちに代表取締役社長)を師と仰ぎ、東南アジアや中東の建設工事の指揮などで活躍した。2008年常務取締役に昇格。2010年専務取締役。2011年から取締役副社長を務め、2013年のアルジェリア人質事件では責任者として部下の遺体の引き取りをし、セキュリティ体制の整備にあたった。2015年家庭の事情で退任。2017年に上席副社長として日揮に復帰。同年代表取締役社長COO(Chief Operating Officer)に昇格し、リスク管理強化を進め、2018年には黒字転換を実現した。
関東 孝雄(かんとう たかお、1951年9月2日 - )は、… 関東 孝雄(かんとう たかお、1951年9月2日 - )は、宮城県白石市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ。1979年から1981年まで登録名「関東孝夫」。 仙台育英高では3年次の1969年に夏の甲子園県予選準決勝に進出するが、仙台工業に引き分け再試合の末に敗退。卒業後は1970年に日本通運浦和へ入社し、稲葉誠治監督や初岡栄治監督の指導を受ける。1975年の都市対抗では電電関東に補強されて出場し、決勝の大昭和北海道戦ではエース・加藤英美から2試合連続となる本塁打を放ち優勝に貢献。 同年のドラフト6位で中日ドラゴンズに入団。1年目の1976年から一軍で起用され、左の代打要員、内野のオールラウンドプレイヤーとして活躍。
池上 政幸(いけがみ まさゆき、1951年8月29日 - )… 池上 政幸(いけがみ まさゆき、1951年8月29日 - )は、宮城県出身の検察官、弁護士。最高検察庁刑事部長、次長検事、名古屋高等検察庁検事長、大阪高等検察庁検事長を経て、最高裁判所判事(2014年10月2日-2021年8月28日)。
バイソン片山(バイソンかたやま、1951年8月6日 - 20… バイソン片山(バイソンかたやま、1951年8月6日 - 2024年8月17日)は、日本のジャズ・ドラマー、作曲家、タレント。宮城県生まれ。 宮城県気仙沼市出身。宮城県気仙沼高等学校卒業。1974年に上京し、ANコンテンポラリーミュージックにて日野元彦(ds)に師事。同時にプロ活動に入る。 日本フィルハーモニー交響楽団首席奏者の佐藤にティンパニ、NHK 首席奏者の有賀に小太鼓を師事。杉野喜知郎p3、ドン・エイブニーp3、松本英彦ts4のレギュラードラマーとして活動。 1985年渡米し、以降自己のトリオ・グループを中心に活動。 現在、自己のトリオ、カルテット、バイソンバンドで首都圏はもとより、日本国中のライブハウス等を中心に活動。
行方 均(なめかた ひとし、1951年6月29日 - 202… 行方 均(なめかた ひとし、1951年6月29日 - 2020年3月13日)は、日本のレコード・プロデューサー、音楽評論家。宮城県仙台市出身。 東京都立西高校を経て早稲田大学政治経済学部卒業。1976年東芝EMI(当時)に入社。1988年ブルース・ランドヴァル(当時ブルーノート社長)、マイケル・カスクーナ(同プロデューサー)らの協力を得てブルーノートの姉妹レーベル「サムシンエルス」を社内に設立。現在まで200タイトル近くの作品を同レーベルで制作。多くはブルーノートを通じて海外でも発売されている。軽井沢録音のゴンサロ・ルバルカバ『ラプソディア』(1992年)はグラミー賞にノミネート。日本国内においてブルーノートをはじめとする多くのジャズ作品やミュージシャンを紹介し、ジャズ市場の育成に貢献。
八重樫 幸雄(やえがし ゆきお、1951年6月15日 - )… 八重樫 幸雄(やえがし ゆきお、1951年6月15日 - )は、宮城県仙台市出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ・監督。野球解説者。 宮城県仙台市に生まれる。 仙台商高では1年生の時に一塁手、7番打者として、1967年の夏の甲子園に出場。2回戦で、同大会に優勝した習志野高と対戦し敗れている。翌1968年からは正捕手となり、夏の県大会に出場するが、東北大会準決勝で東北高と対戦し、チームは相手校のエース佐藤政夫に抑えられ惜敗した。秋は東北大会決勝で三沢高の太田幸司に完封負け。1969年夏は東北大会準決勝をで磐城高を延長15回の末に破るなどの躍進で優勝。夏の甲子園には4番打者として本大会に出場した。2回戦では広陵高の佐伯和司を打ち崩し、仙台商高は同校として初の夏の甲子園ベスト8まで駒を進めるが、準々決勝で玉島商のエース松枝克幸(法大-西川物産)に抑えられ敗退した。
大空 遊平(おおぞら ゆうへい、1951年5月3日 - )は… 大空 遊平(おおぞら ゆうへい、1951年5月3日 - )は、日本のお笑い芸人。本名∶小野寺 正幸。宮城県金成町(現栗原市)出身。血液型:O型。出囃子は『わたり拍子』。 岩手県立花泉高等学校、東海大学中退。当初は落語家志望で、六代目蝶花楼馬楽の四番弟子として入門、前座名「楽三」と名乗るも、8か月で廃業。その後、大空ヒットに入門する。「大空遊平・泳平」のコンビで活動後となる1982年7月、大空ヒット・三空ますみ門下にて「大空遊平・大海かほり」を結成。浅草松竹演芸場で初舞台、1983年、テレビ朝日「ザ・テレビ演芸」第20代チャンピオンとなる。 1992年、落語協会に入会。1993年に第55回国立演芸場花形演芸会金賞を、1994年に第14回国立演芸場花形演芸大賞特別賞を、1996年に第51回文化庁芸術祭演芸部門芸術祭新人賞を受賞。
佐藤 仁一(さとう じんいち、1951年(昭和26年)4月2… 佐藤 仁一(さとう じんいち、1951年(昭和26年)4月22日 - )は、日本の政治家。宮城県議会議員(2期)。元宮城県岩出山町(現・大崎市)長(4期)。 宮城県大崎市出身、大崎市立岩出山中学校、宮城県古川高等学校卒業後、酪農業に従事する。1990年、岩出山町長に当選、大崎市に合併する2006年まで4期務めた。この間、岩出山町にある道の駅あ・ら・伊達な道の駅の社長に就任、経営を黒字に転換させた。2010年の大崎市長選挙に立候補したが、現職の伊藤康志に敗れた。2014年の大崎市議会議員選挙に立候補してトップ当選した。2018年の選挙でも2位で再選。2019年の宮城県議会議員選挙で大崎市選挙区から立憲民主党公認で立候補し、当選した。
Template:Infobox サッカー関係者 国井 精一… Template:Infobox サッカー関係者 国井 精一(くにい せいいち、1951年〈昭和26年〉4月14日 - )は、日本のサッカー指導者。聖和学園高等学校女子サッカー部創設者・初代監督。後任の監督は、教え子であり元日テレ・ベレーザ選手の曽山加奈子。現在は東北福祉大学男女サッカー部監督を務める。 2021年には、日本サッカー協会(JFA)の創立100周年記念表彰において、長年の女子サッカー普及・発展への貢献を称え「功労表彰」を受賞した。 宮城県岩沼市出身。小学6年時よりサッカーを始め、宮城県工業高等学校から日本体育大学へ進学。選手時代はDFとして、天皇杯、全日本大学サッカー選手権大会、国民体育大会などに出場した。
村上 教行(むらかみ のりゆき、1951年4月3日 - 20… 村上 教行(むらかみ のりゆき、1951年4月3日 - 2021年6月9日)は、日本の実業家。元イオンモール社長、元イオン 顧問、イオン東北代表。宮城県出身。 1951年(昭和26年)宮城県気仙沼市唐桑町生まれ。宮城県気仙沼高等学校を経て、東北学院大学経済学部を卒業後にジャスコ(現在のイオン)に入社した。 2007年4月 イオンモール社長に就任。その後、同社会長、イオン東北代表、2014年3月イオン専務、顧問を歴任。日本ショッピングセンター協会 副会長、みなと気仙沼大使を務める。
荒川 忠一(あらかわ ちゅういち、1951年〈昭和26年〉4… 荒川 忠一(あらかわ ちゅういち、1951年〈昭和26年〉4月 - )は、日本の機械工学者。数値流体力学の権威。世界最軽量の汎用小型風力発電システムの開発の第一人者。東京大学名誉教授、京都大学特任教授、名古屋大学客員教授。世界風力エネルギー学会副会長。
斎藤 博明(さいとう ひろあき、1951年3月8日 - 20… 斎藤 博明(さいとう ひろあき、1951年3月8日 - 2020年8月31日)は、日本の実業家、会計士補。TAC株式会社の創業者であり、代表取締役社長、資格の学校TAC学院長を務めた。TAC株式会社の大株主であるヒロエキスプレスの代表取締役社長を兼ねた。ヒロエキスプレスは斎藤の資産管理会社であり、2020年3月末現在ヒロエキスプレスはTAC株式会社議決権の33.43%を保有する。このため斎藤はTAC株式会社の株主総会特別決議を阻止することができた。 「自分の人生の主導権は自分が握る。決して他人(会社)には握らせない」ことをモットーとする[要出典]。
原 研二(はら けんじ、1951年3月8日 - 2008年9… 原 研二(はら けんじ、1951年3月8日 - 2008年9月28日)は、日本のドイツ文学者で、近代のドイツ・オーストリア文学・文化史専攻。ヘルマン・ヘッセ、ローベルト・ムージル、チャールズ・シールズフィールド(英語版)の研究で知られた。晩年は沼田裕之(東北大学名誉教授)らと共に、ヤーコプ・ブルクハルトの『イタリア・ルネサンスの文化』校訂版編集に心血を注いだ。 1951年、仙台市に生まれる。父は建築業であったが、京都大学経済学部の出身で、室積徂春門下の俳人でもあり、その影響により、幼いときから文学に親しんだ。宮城県仙台第二高等学校の頃からヘルマン・ヘッセの小説を愛読。病気休学のため、高等学校を1年遅れで卒業し、東北大学文学部に入学。
熊谷 盛廣(くまがい もりひろ、1951年〈昭和26年〉3月… 熊谷 盛廣(くまがい もりひろ、1951年〈昭和26年〉3月3日 - )は、日本の政治家。元宮城県登米市長(2期)、元宮城県議会議員(1期)、元津山町長(1期)。名前の表記に関しては熊谷 盛広と書かれることも多い。 宮城県登米市出身。宮城県佐沼高等学校、慶應義塾大学法学部(通信課程)卒業。 2002年(平成14年)、津山町長に就任。2005年(平成17年)4月1日に津山町が他の登米郡8町と合併し消滅するまで町長を務めた。 2007年(平成19年)4月に行われた宮城県議選・登米選挙区(定数3)に無所属で立候補し3位で初当選。当選後に自民党入り。 東日本大震災のため2011年(平成23年)11月13日に延期された県議選、2015年(平成27年)10月25日に行われた県議選は、いずれも自民党公認で立候補するも次点(3位)で落選した。
中村 雅俊(なかむら まさとし、1951年〈昭和26年〉2月… 中村 雅俊(なかむら まさとし、1951年〈昭和26年〉2月1日 - )は、日本の俳優、シンガーソングライター、タレント、司会者、ナレーター。ノースプロダクション所属。2020年までは自身が代表取締役社長を務めていたエム・ジェイ・エンタープライズに所属していた。マリンパル女川の名誉館長も務めていた。妻・五十嵐淳子との間に1男3女がおり、長男は元俳優の中村俊太、三女はタレント・モデルの中村里砂。 宮城県牡鹿郡女川町出身。女川町立女川第一中学校、宮城県石巻高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。身長182cm。 江戸時代、先祖が江島に移住し、祖父はカツオ船の漁師、父はカツオ節職人を営んでいた。父は中村が4歳の頃死去。
大橋 健男(おおはし たけお、1951年(昭和26年)1月3… 大橋 健男(おおはし たけお、1951年(昭和26年)1月31日 - 2019年(令和元年)10月23日)は、日本の政治家。宮城県宮城郡松島町長(2期)。 宮城県宮城郡松島町出身。東北大学大学院工学研究科を修了し、一級建築士となった。 1978年(昭和53年)に仙台市役所入庁後、街並みデザイン課長・住環境整備課長等を歴任し、松島町長選挙へ立候補するため2006年(平成18年)12月に退職した。 仙台市役所を退職後、汚職事件で逮捕・起訴された内田鉄夫の辞任に伴い2007年(平成19年)1月9日に告示された松島町長選挙に立候補した。選挙では前松島町議会議員の松谷昭一に443票差で落選した。※当日有権者数:13,529人 最終投票率:72.75%(前回比:-6.36pts) 松谷昭一が当選し町長に就任してから2か月が経った2007年(平成19年)3月4日、利府町内の国道45号で起きた交通事故により松谷は死去した。
秋 亜綺羅(あき あきら、1951年1月23日 - )は、日… 秋 亜綺羅(あき あきら、1951年1月23日 - )は、日本の詩人・随筆家。日本現代詩人会会員。日本文藝家協会会員。月刊ココア共和国主宰。YS賞選考委員。 宮城県仙台市生まれ。宮城県仙台第三高等学校卒、早稲田大学中退。18歳のとき、受験雑誌に投稿したすべての詩が特選。選者は寺山修司だった。詩集『海!ひっくり返れ!おきあがりこぼし!』(1971年)を発表。1977年6月、高取英らと詩の理論と方法論の実験誌「0ff*0ff*t0ky0!」(ぱあぷる・ふいるむ社)を創刊。27歳で仙台に戻り、ジャンルを超えたイベントの企画などを手がける。1980年、斉藤文春らと批評総合誌「SENDAI IN」を発行。
若生 正博(わこう まさひろ、1951年1月18日 - )は… 若生 正博(わこう まさひろ、1951年1月18日 - )は、日本の地方公務員。宮城県副知事、公益財団法人みやぎ産業振興機構理事長、テクノプラザみやぎ代表取締役社長、七十七銀行取締役等を歴任。 宮城県仙台市出身。明治大学卒業後、1975年宮城県入庁。宮城県教育次長や、宮城県経済商工観光部長等を経て、2010年宮城県副知事。2017年テクノプラザみやぎ代表取締役社長、公益財団法人みやぎ産業振興機構理事長、七十七銀行取締役監査等委員。2019年には公益財団法人みやぎ産業振興機構と、七十七銀行などが、事業承継支援に関する連携協定を締結した。2021年、瑞宝中綬章受章。
遠藤 釈雄(えんどう とくお、1951年(昭和26年)1月1… 遠藤 釈雄(えんどう とくお、1951年(昭和26年)1月15日 - )は、日本の政治家。宮城県遠田郡涌谷町長。涌谷町議会議員(6期)、涌谷町議会議長(2期)を歴任した。 宮城県遠田郡涌谷町に生まれる。町内の小中学校を卒業後、宮城県小牛田農林高等学校に進学し、農業に従事する。涌谷町消防団本部分団部長、涌谷町農業委員を経て、1995年(平成8年)に涌谷町議会議員選挙に初当選する。以後6期にわたり町議会議員に当選し、2012年(平成24年)1月5日から涌谷町議会議長を務めた。 2019年(平成31年)1月30日、涌谷町は財政の逼迫と財政破綻の懸念により当時町長であった大橋信夫のもとで財政非常事態宣言が行われた。
若松 修(わかまつ おさむ、1951年1月1日 - )は、日… 若松 修(わかまつ おさむ、1951年1月1日 - )は、日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合(CDVJ)専務理事、(株)アイ・エス・ディー代表取締役 宮城県仙台市出身。宮城県仙台第三高等学校卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科入学。国際政治学者神谷不二教授のゼミで学ぶ。同期に武見敬三参議院議員がいる。 新日本製鐵(株)に入社、八幡製鉄所、本社勤務を経て6年後に退社し、医薬品等のマーケティングの会社を立ち上げた。 その後、1980年代初頭よりベンチャービジネスとして急速に拡大したレコードレンタル店による「貸レコード問題」が発生した際に、四面楚歌状態のレンタル業界からの要請で当時衆議院議員1期の菅直人や元ぴあ社長の湯川憲比古らと関わり、全国規模の業界団体の組織化に取り組み、CDVJの前身である日本レコードレンタル商業組合を結成した。
宮城 豊彦(みやぎ とよひこ、1951年 - )は、日本の地… 宮城 豊彦(みやぎ とよひこ、1951年 - )は、日本の地理学者。東北学院大学名誉教授。宮城県出身。 1970年宮城県仙台第三高等学校卒業。1974年東北学院大学文学部史学科卒業。1980年東北大学大学院理学研究科地学専攻博士後期課程修了、東北大学より理学博士の学位を授与される。1980年東北学院大学文学部史学科助手。1989年東北学院大学文学部教授。2005年東北学院大学教養学部地域構想学科教授。2019年3月に東北学院大学定年退職。東北学院大学名誉教授。 2017年6月に、国土地理院から、平成29年度「測量の日」における功労者感謝状を贈呈される。 主要な研究テーマは、自然地理学、丘陵地斜面の地形、地すべり地形、マングローブ林の地生態系。
佐藤 政夫(さとう まさお、1950年12月18日 - )は… 佐藤 政夫(さとう まさお、1950年12月18日 - )は、宮城県仙台市出身の元プロ野球選手(投手)。 東北高校3年時の1968年に、若生正廣との二枚看板で第50回全国高等学校野球選手権大会に出場。実際には宮城大会から先発を任されていて、本大会では1回戦で佐賀工業高校に敗れたものの、NPB球団のスカウトから注目されていた。大会後には社会人野球のチームからも数多くの誘いを受けていたが、「社会人(野球のチーム)には(自分のような)18歳の選手も30歳の選手もいて、大学(の硬式野球部)に比べればタテの世界(上下関係)が厳しくない」との考えから、高校の先輩(内野手の樋沢良信など)が硬式野球部に在籍していた地元の電電東北へ入社した。
佐藤 史生(さとう しお、1950年12月6日 - 2010… 佐藤 史生(さとう しお、1950年12月6日 - 2010年4月4日)は、日本の漫画家。女性。本名は佐藤ちよ子。24年組あるいはポスト24年組 のひとり。理知的な作風が特徴で、寡作でありながら根強い人気を誇る。代表作に『夢みる惑星』『ワン・ゼロ』など。 魔術や神話を先端科学と巧みにミックスする独自の作品世界を持つ。長編『夢みる惑星』は、はるかな昔に火星から移住してきた人々が築いた超古代文明の終焉の物語である。もうひとつの長編作品『ワン・ゼロ』では、意志を持ちネットワークに侵入する電子頭脳と魔神たち(大乗仏教の神々とインド古代神および古神道の神々との戦い)を描く。「ネペンティス」「心臓のない巨人」など、巨大な交易船で宇宙を旅しながら何世代も生き続ける隔離された人々が登場する「複合船」のシリーズは、文化人類学あるいは民俗学的なコード(ハレとケ、ケガレ、マレビトなど)を埋め込んだサイエンス・フィクション (SF) といえる。
森 俊博(もり としひろ、1950年10月27日 - )は、… 森 俊博(もり としひろ、1950年10月27日 - )は、日本の空手家。 組手競技においてJKA主宰世界選手権で優勝、JKA全日本選手権にて2度優勝を経験。日本空手協会宮城県本部顧問。 宮城県亘理町に生まれる。1969年3月、仙台商業高等学校卒業1973年3月、東北学院大学経済学部商学科卒業。モリプレゼンス株式会社代表取締役社長。 森は空手競技で大きな成功を収めてきた。
大友 喜助(おおとも きすけ、1950年(昭和25年)10月… 大友 喜助(おおとも きすけ、1950年(昭和25年)10月21日 - )は、日本の政治家。宮城県角田市長(3期)。 宮城県角田市出身。1975年(昭和50年)3月、東北福祉大学社会福祉学部卒業。同年4月、角田市役所に入庁。1995年(平成7年)3月、福島大学大学院地域政策科学研究科修士課程修了。角田市職員。 2008年(平成20年)7月27日に行われた角田市長選挙に無所属で出馬。3名の候補者との争いを制し初当選。8月10日、市長就任。 2012年(平成24年)、無投票で再選。 2016年(平成28年)、元市職員の新人を破り3選。 2021年、旭日小綬章受章。
若生 正廣(わこう まさひろ、1950年9月17日 - 20… 若生 正廣(わこう まさひろ、1950年9月17日 - 2021年7月27日)は、宮城県出身の元高校野球指導者。実兄はプロ野球選手の若生智男。 東北高校では投手。同期の佐藤政夫との二本柱であった。主将として1968年の宮城大会に臨む。先発を佐藤に任せ、四番打者、一塁手として活躍、決勝で築館高を破り全国選手権出場を決める。しかし1回戦で佐賀工に敗退した。この試合では佐藤をリリーフし、甲子園初登板を果たす。 卒業後は法政大学に進学。1年上に横山晴久、同期に池田信夫と好投手が揃い、あまり登板機会はなかった。社会人野球のチャイルドを経て1987年に埼玉栄高校野球部監督、1993年秋に母校である東北高校野球部監督に就任。
佐々木 幸男(ささき ゆきお、1950年9月3日 - )は、… 佐々木 幸男(ささき ゆきお、1950年9月3日 - )は、日本のシンガーソングライター。宮城県桃生郡(現石巻市)生まれ。小学校1年生の時、北海道札幌市に移住。高田みづえ、倉橋ルイ子などへ楽曲も提供した。現在は札幌を中心に活動を続けている。 札幌市の進学校である北海道札幌東高等学校へ進学。 北海道教育大学在学中の1970年に、いなむら一志らとバンド「第一巻第百章」を結成し、音楽活動を開始。大学卒業後の1976年に、『第11回ヤマハポピュラーソングコンテストつま恋本選会』にソロとしてエントリーし、「君は風」で優秀曲賞を受賞。また、同年11月に開催された『第7回世界歌謡祭』の本選にも出場した。 その後、1977年6月に「君は風」でディスコメイトレコードからデビュー。
赤坂 光昭(あかさか みつあき、1950年5月10日 - )… 赤坂 光昭(あかさか みつあき、1950年5月10日 - )は、宮城県出身の元プロ野球選手(捕手)。 宮城県築館高等学校では、捕手、四番打者として1968年夏の甲子園県予選決勝に進出するが、東北高のエース佐藤政夫に抑えられ大敗、甲子園出場を逸する。 1968年にドラフト外でサンケイアトムズへ入団。加藤俊夫、大矢明彦の壁を破れず、一軍でマスクを被ることはなかった。いわゆる当て馬として1971年に6試合出場したに留まる。1973年限りで現役を引退した。
藤村 新一(ふじむら しんいち、1950年(昭和25年)5月… 藤村 新一(ふじむら しんいち、1950年(昭和25年)5月4日 - )は、日本の元考古学研究者。特定非営利活動法人「東北旧石器文化研究所」元副理事長。 発掘に携わった遺跡から次々と新たな発見を行ったことから「神の手(ゴッドハンド)」と呼ばれ、脚光を浴びたが、2000年11月5日の毎日新聞朝刊での報道を皮切りに旧石器捏造事件が発覚。この事件は日本考古学協会が「社会的な信用を大きく失墜させた」とするほどの問題となり、国内外に大きな衝撃を与えた人物として知られる。捏造発覚後再婚し、妻の苗字を名乗っているため、藤村は旧姓である。宮城県出身。 1950年、加美郡中新田町(現在の加美町)生まれ。子供時代に土器を拾い、古代に憧れを持つ。
保科 郷雄(ほしな くにお、1950年5月1日 - )は、日… 保科 郷雄(ほしな くにお、1950年5月1日 - )は、日本の政治家。宮城県丸森町長(3期)。 丸森町に生まれる。宮城県伊具高等学校卒業。丸森町議を5期務め、2007年には町議会議長となった。 2010年12月の丸森町長選に出馬し、初当選。昭和の合併で誕生した丸森町では6人目の町長である。2期目は2014年12月に、無投票で当選した。 2018年(平成30年)12月11日に告示された丸森町長選では、自由民主党推薦で無投票で3選した。2019年(平成31年)1月14日から3期目が始まった。
小室 しげ子 (こむろ しげこ、1950年3月25日 - )… 小室 しげ子 (こむろ しげこ、1950年3月25日 - )は、日本の漫画家。宮城県白石市出身。女性。代表作に「あの日の夢を花たばにして」・「Aの悲劇」・「ばらの封印」などがある。 高校卒業後、1970年、『週刊少女コミック』第26号(10月11日号)の第3回週刊少女コミックまんが研究生に入選し、同年、『別冊少女コミック』掲載の「おとなってずるい」でデビュー。以後、小学館ほか、主として講談社の雑誌を中心に活躍し、アニメ絵本、カット、イラストの仕事も手がけている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
残間 里江子(ざんま りえこ、1950年3月21日 - )は… 残間 里江子(ざんま りえこ、1950年3月21日 - )は、出版・映像・文化イベントなどのプロデューサー。CS-TBS番組審議委員。 宮城県仙台市生まれ、中学1年生の時から静岡県富士市で育つ。 ⚫︎結婚したが離婚。シングルマザーで息子が一人。 (過去の出演は、ORICON TV出演情報より) この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
若生 英俊(わこう ひでとし、1950年3月13日 - )は… 若生 英俊(わこう ひでとし、1950年3月13日 - )は、日本の政治家。元宮城県富谷町長(第4代、2期)。元富谷市議会議員(2期)。 宮城県黒川郡富谷町(現・富谷市)出身。宮城県仙台第三高等学校卒業、明治大学法学部法律学科卒業。 卒業後は小中学校教員、会社員を経て行政書士事務所を開業する。 1999年と2003年の富谷町長選挙に立候補するが、いずれも現職で自身の従兄弟に当たる若生照男に敗れた。新聞には「因縁の対決」「骨肉の争い」と書かれた。 2006年12月富谷町長の若生照男が死去。翌年2月の町長選挙に立候補して、若生照男の長男の若生裕俊らを破って初当選。町長を2期務めた。 町長時代には前町長が廃止した助役を復活させた。
武藤 順九(むとう じゅんきゅう、1950年2月18日- )… 武藤 順九(むとう じゅんきゅう、1950年2月18日- )は、日本の男性彫刻家・画家。宮城県仙台市出身。 1973年に東京芸術大学を卒業し、ヨーロッパに渡る。イタリアのローマと彫刻の町ピエトラサンタにアトリエを構えて、大理石の彫刻を中心に抽象的なテーマの彫刻を制作している。1997年にピエトラサンタでヴェルシリア賞国際グランプリを受賞した作品「風の環(わ)・PAX 2000」は、2000年7月25日にカステル・ガンドルフォにあるローマ教皇の避暑用の離宮に永久設置された。その後、「風の環」と題した彫刻作品を世界各地に設置している。2019年6月9日には昭島市の昭和の森内に大理石彫刻園を開園させた。
佐々木 一十郎(ささき いそお、1950年(昭和25年)1月… 佐々木 一十郎(ささき いそお、1950年(昭和25年)1月10日 - 2026年(令和8年)3月15日)は、日本の政治家。宮城県名取市長(3期)。名取市議会議員(2期)を歴任した。 宮城県仙台市出身。1972年(昭和47年)12月、東北工業大学建築科中退。1976年(昭和51年)10月1日、有限会社佐々木酒造店に入社。1992年(平成4年)2月1日から2000年(平成12年)1月まで名取市議会議員を2期務めた。1998年(平成10年)3月、有限会社佐々木酒造店の代表取締役に就任。 2000年(平成12年)の名取市長選挙に出馬するも落選。同年12月1日、閖上(ゆりあげ)わかば幼稚園の園長に就任。
阿部 邦子(あべ くにこ、1950年 - )は、日本の絵本作… 阿部 邦子(あべ くにこ、1950年 - )は、日本の絵本作家。 宮城県仙台市出身。尚絅女学院高等学校卒業後、仙台デザインスクールにてデザインを学ぶ。 1979年より宮城県石巻市十八成浜にて夫と共に民宿を営んでいたが、東日本大震災により民宿が被災し、2012年現在は仮設住宅に住んでいる。2011年10月より河北新報社が発刊する石巻かほくにて東日本大震災の体験と思いを「阿部邦子のがれきに咲いた花」として連載中。 石巻かほく新聞に「おれは海の子」「方丈さんものがたり」「十二支の童話集」「キョーホー館へようこそ」「まなざし」 など連載。
菅野 純(かんの じゅん、1950年 - )は、日本の心理学… 菅野 純(かんの じゅん、1950年 - )は、日本の心理学者。専門は学校カウンセリング。早稲田大学名誉教授。
山口 猛(やまぐち たけし、1949年12月29日 - 20… 山口 猛(やまぐち たけし、1949年12月29日 - 2004年9月3日)は、日本の映画、演劇評論家。本名:真 宮城県仙台市に生まれる。宮城県仙台第一高等学校20回生。東北大学工学部金属学科中退。劇団状況劇場の研究生となり、20歳から25歳まで状況劇場で過ごす。1975年に唐十郎監督の『任侠外伝 玄界灘』の助監督を務めた後、同年以降、フリーライターとなり、1981年からは映画を執筆の中心とした。東京藝術大学講師も務めた。 2004年9月3日、東京都内の病院にて心不全のため死去。
武田 信平(たけだ しんぺい、1949年12月11日 - )… 武田 信平(たけだ しんぺい、1949年12月11日 - )は、宮城県亘理町出身のサッカー選手、元サッカークラブ経営者。川崎フロンターレ前会長。日本アンプティサッカー協会理事長。元Jリーグ・クラブ経営アドバイザー。 中学時代、入学と同時に新設されたサッカー部にてサッカーを始める。仙台第一高校卒業後、1968年に慶応義塾大学経済学部に入学。ソッカー部では2年生時に全日本大学サッカー選手権大会に優勝した。 1972年に大学を卒業、サッカーを続けるために富士通に入社する。しかし富士通サッカー部総監督の八重樫茂生から、これ以上続けていても先が見えているからと現役引退を勧められ、2年目からはサッカー部のマネージャー(1973年-1976年)、日本サッカーリーグの運営委員(1977年-1981年)を務める。
櫻井 公一(さくらい こういち、1949年(昭和24年)11… 櫻井 公一(さくらい こういち、1949年(昭和24年)11月26日 - )は、日本の政治家。宮城県宮城郡松島町長(3期)。全国町村会副会長、宮城県町村会会長などを務めている。 宮城県宮城郡松島町に生まれる。松島町立第三小学校、松島町立松島中学校を卒業後、宮城県農業高等学校に入学する。1982年(昭和57年)に会社を設立し、1994年(平成6年)に代表取締役社長、2012年(平成24年)には会長に就任した。 また、1997年(平成9年)12月に行われた松島町議会議員選挙に出馬し初当選、以後5期にわたり町議会議員を務め、4期目となる2009年(平成21年)12月15日からは松島町議会議長を務めた。
高橋 英二(たかはし えいじ、1949年10月29日 - )… 高橋 英二(たかはし えいじ、1949年10月29日 - )は、宮城県出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。