山本 翔太(やまもと しょうた、1999年10月19日 - … 山本 翔太(やまもと しょうた、1999年10月19日 - )は、山形県出身の男子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード(SG)。B.LEAGUE、熊本ヴォルターズ所属。 1999年、山形県出身。 2018年、日本大学山形高等学校を経て専修大学に入学。在学中の成績は以下の通り。 2022年6月16日、熊本ヴォルターズと新規選手契約を締結。 レギュラーシーズン全試合出場(スターター8回)・1165.45(平均19.24)分出場・6.2PPGなど、プロ1年目ながら、独特のフォームで3Pシュートを量産し活躍する。プレーオフも2試合すべてに出場し、43分40秒(平均21分50秒)、8.0PPG。
前田 悟(まえた さとる、1997年3月6日 - )は、日本… 前田 悟(まえた さとる、1997年3月6日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。山形県出身。B.LEAGUEの京都ハンナリーズ所属。 山形南高校時代に年代別日本代表を経験。 その後、青山学院大学に進み、4年時に富山グラウジーズの特別指定選手となる。 卒業後、富山と正式選手契約。2019-20シーズンの開幕戦では途中出場ながら3Pシュート4本を含む22得点を記録。その後もコンスタントに出場を重ね2019年10月23日のシーホース三河戦で初スタメン。三河戦以降はスタメンに定着した。新人離れした勝負強さを発揮し、特に2019年12月28日のレバンガ北海道戦では3Pシュートのバスケットカウントを獲得するなどして勝利に貢献。
阿部 龍星(あべ りゅうせい、1995年〈平成7年〉9月19… 阿部 龍星(あべ りゅうせい、1995年〈平成7年〉9月19日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。山形県出身。ポジションはポイントガード兼シューティングガード。B2リーグ・山形ワイヴァンズ所属。 山形県で生まれる。山形県立山形南高等学校、中央大学を経て、2018年からは北関東地域リーグに所属する横河電機ワイルドブルーでプレー、3x3チームのTACHIKAWA DICEにも所属している。 2021年10月に横浜ビー・コルセアーズに入団。 2021-22シーズンは、15試合に出場(0先発)、1試合平均で3.2分出場、0.6得点、0.4アシスト、0.1スティールを記録した。シーズン終了後の2022年5月に契約満了と退団が発表された。
柏倉 哲平(かしわぐら てっぺい、1995年1月20日 - … 柏倉 哲平(かしわぐら てっぺい、1995年1月20日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。B.LEAGUEのベルテックス静岡所属。 山形南高校から青山学院大学に進み、アースフレンズ東京Zと特別指定選手契約。卒業後にプロ契約。 2020年オフ、新潟アルビレックスBBに移籍。 2021年オフ、滋賀レイクスターズに移籍。キャプテンに指名された。 2024年6月、川崎ブレイブサンダースに移籍。 2025年6月、ベルテックス静岡に移籍。
加藤 臨(かとう のぞみ、1994年9月9日 - )は、日本… 加藤 臨(かとう のぞみ、1994年9月9日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ニックネームはヨウ。ポジションはフォワード。山形県出身。トヨタ紡織サンシャインラビッツ所属。 いずみミニでバスケを始め、羽黒中学校で全中出場、ジュニアオールスター3位、山形商業高校に進みウィンターカップいずれも準優勝。 早稲田大学進学後はインカレ優勝を経験。 2017年、トヨタ紡織に入社。 年代別日本代表として、U-18アジア選手権準優勝、U-19世界選手権8位を経験。 2017年ユニバーシアード日本代表に選ばれ銀メダル獲得。
仲野 由真(なかの ゆま、1993年10月28日 - )は、… 仲野 由真(なかの ゆま、1993年10月28日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。山形県出身。アイシン ウィングス所属。ポジションはCF。 山形商業高校で国体・ウィンターカップ準優勝。 2012年、アイシンに入社。
大沼 美琴(おおぬま みこと、1993年5月2日 - )は、… 大沼 美琴(おおぬま みこと、1993年5月2日 - )は、山形県寒河江市出身のバスケットボール選手である。ニックネームは「リト」。ポジションはシューティングガード。デンソーアイリスに所属していた大沼美咲は姉。 姉の後を追うようにバスケットボールを始め、姉と同じ山形市立商業高校への進学。 高校では1年次に第1回U-16アジア選手権の日本代表に選ばれ準優勝、2年次にも第1回U-17世界選手権出場を果たす。3年次には主将を務め、姉も成し遂げなかったウィンターカップ決勝進出を果たし、敗れて準優勝に終わったものの、ベスト5に選ばれた。 卒業後の2012年、JXサンフラワーズに加入。 2014年、仁川アジア大会に出場する日本代表に選出され銅メダル獲得。
佐藤 正成(さとう まさなり、1991年7月23日 - )は… 佐藤 正成(さとう まさなり、1991年7月23日 - )は、山形県出身の元男子バスケットボール選手。最終所属はSHONAN SEASIDE.EXE。 1991年、山形県出身。 2007年4月、山形県立山形南高等学校入学。 2010年4月、東海大学へ入学。2012年全日本大学バスケットボール選手権優勝・2013年関東大学バスケットボールリーグ戦および全日本大学バスケットボール選手権優勝などの成績を残す。 2014年、NBDL時代のアースフレンズ東京Zに所属。NBDL2014-2015ルーキーオブザイヤーを受賞。 Bリーグ初年度の2016年6月11日、パスラボ山形ワイヴァンズと新規選手契約を締結。
大沼 美咲(おおぬま みさき、1990年10月2日 - )は… 大沼 美咲(おおぬま みさき、1990年10月2日 - )は、山形県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。175cm。ニックネームは「カイ」。妹の大沼美琴もバスケットボール選手。 山形商業高校で全国大会に出場。3年のインターハイでは2回戦で阿部幸音擁する聖カタリナの前に敗退。ウィンターカップでは3位決定戦で聖カタリナと当たるも接戦を制して3位。阿部らとともにベスト5に選ばれる。一方で、女子U-18日本代表に選出され、U-18アジア選手権初優勝に貢献する。 卒業後の2009年、阿部とともにデンソーアイリスに加入。同年のU-19世界選手権にも出場した。2013年引退。引退後はチームスタッフに転身し、2015年アシスタントコーチに就任。
鈴木 大(すずき だい、1990年9月12日 - )は、山形… 鈴木 大(すずき だい、1990年9月12日 - )は、山形県上山市出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。B.LEAGUEのパスラボ山形ワイヴァンズに所属していた。2023_2024シーズンをもって現役引退をし、現在はライジングゼファー福岡のアシスタントコーチとしてB.LEAGUEに携わっている。 日大山形高校から新潟経営大学に進学。卒業後、信州ブレイブウォリアーズの練習生になり、2013年のbjリーグドラフト会議にて1巡目で信州に指名され、選手に昇格した。2019-20シーズンから福島ファイヤーボンズに2シーズン所属した。2021-22シーズンはバンビシャス奈良と契約。2022-23シーズンは地元の山形ワイヴァンズと契約。
二関 ひとみ(にせき ひとみ、1988年9月13日 - )は… 二関 ひとみ(にせき ひとみ、1988年9月13日 - )は、山形県出身の日本のバスケットボール選手である。ポジションはセンター。 山形中央高校から2007年、日立ハイテクノロジーズに入社。2016年退団。
菊地 祥平(きくち しょうへい、1984年8月27日 - )… 菊地 祥平(きくち しょうへい、1984年8月27日 - )は、山形県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。Bリーグのアルバルク東京所属。 日大山形高から日本大学に進み、卒業後、東芝(現・川崎ブレイブサンダース)に入社。 ルーキーシーズンより主力となり、オールスターにも2季連続で選出されている。[要出典] ユニバーシアード日本代表にも選出されている。[要出典] 2013年、トヨタ自動車アルバルク東京(現・アルバルク東京)に移籍。Bリーグが発足した2016年以後、アルバルク東京の主力選手として活躍し、2017-18・2018-19シーズンにおいて、リーグ連覇に貢献した。
長南 真由美(ちょうなん まゆみ、1983年2月20日 - … 長南 真由美(ちょうなん まゆみ、1983年2月20日 - )は、山形県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「レイ」。ポジションはセンターフォワード。 山形第一中学校では大神雄子と同期。 山形商業高校では3年連続で全国大会出場。専修大学に進学後は、2年でアジアヤングウーメン、3年でユニバーシアードに出場。 卒業後、大神も所属するJOMOに入社。 2009年、JOMOを退団しJALラビッツに移籍。 2011年に日本航空のリストラに伴うバスケットボール部廃部が決まったため退社して引退。 山口県のクラブチーム、エンジェルに所属し、国体山口県代表のあと、母校専修大学のコーチを務める。 2019年、男子Bリーグ2部、アースフレンズ東京Zアシスタントコーチに就任。
大神 雄子(おおが ゆうこ、1982年10月17日 - )は… 大神 雄子(おおが ゆうこ、1982年10月17日 - )は、日本の元女子プロバスケットボール選手である。山形県山形市出身。ポジションはポイントガード。ニックネームは「シン」。マネジメント契約先はスポーツビズ。 父は山形大学教授の大神訓章で、彼はインカレで山形大学女子バスケットボール部を5年連続ベスト8に導いている。 鋭いドライブから女子には珍しいワンハンドの3Pシュートまで、広いシュートレンジ・プレイエリアを活かして自らも得点を重ねる攻撃型のポイントガードである。男勝りなプレイスタイルと気取らない性格で人気がある。 父のコーチ留学先のロサンゼルスでNBAの地元チーム・レイカーズの試合に触発され8歳からバスケットボールを始める。
佐藤 稔浩(さとう としひろ、1980年1月28日 - )は… 佐藤 稔浩(さとう としひろ、1980年1月28日 - )は、山形県出身の元バスケットボール選手。日立サンロッカーズに所属していた。 山形南高校から青山学院大学に進み、インカレ初優勝に貢献。 卒業後、日立に入社。2012年引退。背番号「20」はサンロッカーズの永久欠番。
本間 京子(ほんま きょうこ、1979年7月26日 - )は… 本間 京子(ほんま きょうこ、1979年7月26日 - )は、山形県出身の元バスケットボール選手・指導者である。ニックネームは「ビク」。ポジションはガードフォワード。
橋本 伸広(はしもと のぶひろ、1977年10月2日 - )… 橋本 伸広(はしもと のぶひろ、1977年10月2日 - )は、山形県出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。194cm、96kg。 置賜農業高校卒業後、地元のクラブチームを経て、2004年に新潟アルビレックスBB入団。 2005年のbjリーグ発足の際にはプロテクトされたが、シーズン終了後に自由契約となる。 その後クラブチームに戻り、2年連続で国体に出場した。
宗田 研二(そうだ けんじ、1948年2月12日 - )は、… 宗田 研二(そうだ けんじ、1948年2月12日 - )は、山形県新庄市出身の元バスケットボール選手である。 中央大学から日本鋼管に入社。日本リーグ4連覇に貢献し、1970年にベスト5選出。 全日本にも選ばれ、1967年世界選手権、1972年ミュンヘンオリンピックなどにも出場。 1970年アジア競技大会では相手選手に顔にツバをかけられて、殴ってやろうと思ったが、手を出さなかった。
阿部 成章(あべ しげあき、 (1947-09-22) 19… 阿部 成章(あべ しげあき、 (1947-09-22) 1947年9月22日(78歳) - )は、山形県鶴岡市出身の元バスケットボール選手である。山形県加茂水産高校、日本体育大学卒業。ポジションはガード。 加茂水産高校から日本体育大学を経て、日本鉱業に入社。 入社一年目の第4回日本リーグでは、MVPこそ日本鋼管の谷口正朋に譲ったが、ベスト5・新人王・得点王とタイトルを総なめした。その時に手が届かなかったMVPも日本鉱業の日本リーグ初優勝時(第4回)に獲得している。日本リーグのベスト5は第4回大会から第8回大会まで5年連続獲得している。 全日本としてミュンヘンとモントリオールの五輪2大会に出場、モントリオールでは主将を務め、準決勝リーグのプエルトリコ戦で34点を叩き出した。
東海林 周太郎(しょうじ しゅうたろう、1933年11月12… 東海林 周太郎(しょうじ しゅうたろう、1933年11月12日 - 2017年7月15日)は、山形県山形市出身のバスケットボール選手・指導者である。 山形東高校から立教大学に進み、全日本チームの一員としてメルボルン五輪に出場。 卒業後は日本鉱業に入社し、ローマ五輪に出場した。 引退後はコーチに転じ、1966年には全日本の監督を務めた。 1995年にバスケットボール日本リーグ機構が発足されると、専務理事に就任した。 2017年7月15日、心筋梗塞のため神奈川県藤沢市の病院で死去。83歳没。晩年は同県茅ヶ崎市に在住しており、葬儀も茅ヶ崎市内の葬祭場でしめやかに営まれた。