渡邊 真太朗(わたなべ しんたろう、1992年11月8日 -… 渡邊 真太朗(わたなべ しんたろう、1992年11月8日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。 栃木県那須烏山市出身。那須烏山市立烏山小学校、那須烏山市立烏山中学校、栃木県立烏山高等学校を経て、2016年に学習院大学経済学部を卒業。 同年に足利銀行に就職、2018年に退職し、2021年末まで福田富一知事の後援会事務所職員として働き、2022年に松下政経塾に入塾、2024年9月20日に早期卒塾し、同年10月3日に栃木県庁記者クラブにて次期衆議院議員総選挙に栃木3区から出馬することを表明した。10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙では、自由民主党現職の簗和生を178票差にまで追い詰めたものの落選。
山越 享太郎(やまこし きょうたろう、1991年3月18日 … 山越 享太郎(やまこし きょうたろう、1991年3月18日 - )は、栃木県出身の元サッカー選手、政治家。栃木県日光市議会議員(1期)。ポジションはディフェンダー。 東京ヴェルディユースから筑波大学へ進学。2012年7月にはJ1の川崎フロンターレに特別指定選手として登録され、7月14日のサンフレッチェ広島戦でJリーグ初出場。8月10日、特別指定選手の認定を解除し、川崎と正式にプロ契約を結んだ。筑波大学蹴球部は退部したが、大学には籍が残ったままプレーしていた。 2015年11月30日に契約満了となり、2015年12月24日に栃木SCへの完全移籍が発表されたが、2016年シーズンをもって契約満了に伴い退団。
森島 武芳(もりしま たけよし、1986年(昭和61年)8月… 森島 武芳(もりしま たけよし、1986年(昭和61年)8月22日 - )は、日本の政治家。栃木県矢板市長(1期)。元矢板市議会議員(1期)。 栃木県矢板市出身。私立すみれ幼稚園、矢板市立矢板小学校、矢板市立矢板中学校、栃木県立宇都宮高等学校、筑波大学、同大学院博士前期課程修了。2011年に株式会社リクルートに入社、企画、営業、渉外を担当し、社内では課長職に従事する。2021年に妻子と矢板市に戻る。リクルートは2023年初めに退職した。 2023年4月、矢板市議会議員選挙に立候補し、市に資料が残る1971年以降、最多となる2,764票を得てトップで初当選した。 矢板市議を1期途中に辞職し、2024年4月の矢板市長選挙に立候補し、現職の齋藤淳一郎を破り、初当選。
上原 チョー(うえはら チョー、1981年10月10日 - … 上原 チョー(うえはら チョー、1981年10月10日 - )は、日本のピン芸人、政治家。真岡市議会議員(1期)。本名、上原 亮(うえはら りょう)。 栃木県真岡市出身。吉本興業所属。栃木県立益子高等学校(現・栃木県立益子芳星高等学校)を経て、茨城キリスト教大学卒業。東京NSC11期生。よしもと栃木県住みます芸人。 高校時代は教師を目指していた。大学入学した初日に同級生のGO!皆川に一緒にお笑いをやらないかと誘われ、コンビを組み、大学内でお笑いをやっているうちに人に笑ってもらえる幸せを感じ、本気で芸人になろうと志した。 大学卒業後、那須町のホテルサンバレー那須で住み込みで1年間働き、東京NSCの入所資金を貯めた。
石坂 太(いしざか まさる、1980年〈昭和55年〉12月2… 石坂 太(いしざか まさる、1980年〈昭和55年〉12月23日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。栃木県議会議員(2期)を務めた。 真岡市出身。父は元真岡市長の石坂真一。拓殖大学政治経済学部卒業。 卒業後は衆議院議員渡辺喜美の秘書を務め、その後は衆議院議員佐藤勉の秘書に転じる。2009年、佐藤が国家公安委員会委員長、内閣府特命担当大臣になるとその秘書官となる。2010年、総務大臣秘書官となり、2015年には佐藤勉の政策担当秘書となる。 2019年の栃木県議会議員選挙で初当選(自民党公認)。2023年の栃木県議会議員選挙では無投票で再選した(自民党公認)。 2026年2月の第51回衆議院議員総選挙で栃木4区から自民党公認で立候補し、中道改革連合の藤岡隆雄らを破り初当選した。
坂村 哲也(さかむら てつや、1979年12月19日 - )… 坂村 哲也(さかむら てつや、1979年12月19日 - )は、日本の政治家。栃木県下野市長(1期)、元下野市議会議員(2期)。 栃木県下野市出身。聖学院大学卒業後、イギリスへの留学を経て聖学院大の事務職員として17年間勤務する。父・和夫はテーラーの2代目店主として勤める傍ら、下野市議も務めた人物であったが、2013年に急逝する。哲也は2018年の下野市議選で父の遺志を継ぐとして立候補し、選挙戦の結果初当選した。また、2019年には父の急逝以降閉業していたテーラー坂村を復活させた。2022年4月の市議選ではトップ当選した。 2022年5月31日、同年7月に予定される下野市長選挙に、広瀬寿雄市政の継承を掲げて立候補すると表明。
益子 純恵(ましこ すみえ、1979年1月13日 - )は、… 益子 純恵(ましこ すみえ、1979年1月13日 - )は、日本の政治家。栃木県那珂川町長(1期)。元那珂川町議会議員(3期)。 栃木県大田原市出身。大田原市立野崎中学校、栃木県立大田原女子高等学校、国際医療福祉大学保健学部卒業。那須脳神経外科病院に勤務。 2002年、結婚をきっかけに那珂川町に移住した。 2017年10月29日に行われた那珂川町議会議員の補欠選挙に立候補し初当選した。議員活動の傍ら、3人の息子の子育てやデイサービスの経営にも当たった。 2022年、議長に就任。同年、栃木県町村議会議長会の会長、関東町村議会議長会の副会長に就任。 2025年10月19日に行われた那珂川町長に立候補。
東村 里恵子(ひがしむら りえこ、1975年〈昭和50年〉3… 東村 里恵子(ひがしむら りえこ、1975年〈昭和50年〉3月19日 - )は、日本の政治家、新潟市議会議員(2期)。新潟県新潟市を拠点に活動するレポーター。AB型。 栃木県足利市生まれ。国士舘大学政経学部政治学科卒業。長野県のコミュニティテレビこもろアナウンサー、新潟県のエフエム新津アナウンサーを経て2007年(平成19年)、フリーアナウンサーとして独立。レポーター等でラジオに出演している。2010年(平成22年)結婚、その後離婚。 2019年(平成31年)4月7日の新潟市議会議員選挙では、秋葉区選挙区から無所属で出馬し5634票を獲得して候補者7名中2位で初当選。会派は翔政会に所属。2023年(令和5年)の市議選も同区から無所属で出馬し5405票を獲得して候補者7名中トップ当選を果たした。
若林 芽育(わかばやし めぐみ、1974年8月14日 - )… 若林 芽育(わかばやし めぐみ、1974年8月14日 - )は、日本のフリーアナウンサー、政治家。宇都宮市議会議員(1期)。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立鹿沼高等学校、文教大学情報学部卒業後の1997年、鹿児島放送に入社した。6年間アナウンサーを務める。退社後フリーアナウンサーとなりTBSテレビの『はなまるマーケット』の「とくまる」コーナーに不定期に出演した。 2004年からは地元のとちぎテレビに移り生放送番組のキャスターを務めた。栃木放送がとちぎテレビの子会社になってからはラジオパーソナリティなども務めた。 翌年の宇都宮市議会議員選挙出馬の準備のため、2022年12月をもってすべてのレギュラー番組を降板した。
齋藤 淳一郎(さいとう じゅんいちろう、1972年(昭和47… 齋藤 淳一郎(さいとう じゅんいちろう、1972年(昭和47年)6月15日 - )は、日本の政治家。元栃木県矢板市長(2期)。元栃木県議会議員(2期)。 栃木県矢板市出身。矢板市立西小学校、矢板市立矢板中学校、栃木県立大田原高等学校、早稲田大学教育学部社会科卒業。早稲田大学雄弁会に所属。また、在学中に国会議員政策担当秘書資格試験に合格し、長峯基参議院議員の公設政策担当秘書を務めた。1997年(平成9年)3月、早稲田大学大学院修士課程修了。同年4月、栃木県庁に入庁。2002年(平成14年)1月、日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部中国・北アジアチームに派遣された。 2010年(平成22年)10月、栃木県庁を退職。
早川 尚秀(はやかわ なおひで、1972年6月6日 - )は… 早川 尚秀(はやかわ なおひで、1972年6月6日 - )は、日本の政治家。栃木県足利市長(2期)。元栃木県議会議員(5期)。 栃木県足利市生まれ。足利市立南小学校、足利市立山辺中学校、桐蔭学園高等学校、早稲田大学卒業。足利銀行に就職。 2001年3月19日、父親で足利市長の早川一夫が任期中に死去。これにより政界進出を決意し、足利銀行を退社。2003年、第15回統一地方選挙の一環として行われた栃木県議会議員選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選。平成28年4月に第110代栃木県議会副議長、令和元年5月に第106代栃木県議会議長を歴任。 2021年1月15日、足利市長選挙への立候補を表明。同年4月25日に行われた選挙で現職の和泉聡を破り初当選した。
五十嵐 清(いがらし きよし、1969年〈昭和44年〉12月… 五十嵐 清(いがらし きよし、1969年〈昭和44年〉12月14日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)。 環境大臣政務官(第2次石破内閣)、栃木県議会議長(第105代)、同副議長(第109代)、栃木県議会議員(5期)などを歴任した。 小山市出身。小山市立小山第一小学校、小山市立小山中学校、栃木県立石橋高等学校卒業。1993年、ボンド大学経営学部経営経済学科卒業。 その後、茂木敏充・佐藤勉・岩崎純三の各議員の秘書を約10年務める。 2003年、栃木県議会議員選挙(小山市選挙区)に立候補し初当選。その後5期連続当選し第105代栃木県議会議長を務める。 2021年6月、自民党栃木県連は公募を経て五十嵐を次期衆議院議員総選挙の栃木2区の候補予定者に決定。
柏倉 祐司(かしわくら ゆうじ、1969年〈昭和44年〉4月… 柏倉 祐司(かしわくら ゆうじ、1969年〈昭和44年〉4月10日 - )は、日本の政治家、医師。日本維新の会所属の衆議院議員(2期)。 宇都宮市立峰小学校、宇都宮市立陽東中学校、栃木県立宇都宮高等学校を経て、1996年3月、岡山大学医学部卒業。同年4月、東京逓信病院内科研修医となる。 2004年3月、順天堂大学大学院医学研究科博士課程を修了し、博士(医学)の学位を取得。同年9月、ジョンズ・ホプキンス大学循環器内科・博士研究員。2009年、岡山大学ナノバイオ標的医療イノベーションセンター特任准教授・慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特別研究准教授。 2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙にみんなの党公認で栃木2区から出馬。
松井 正一(まつい しょういち、1965年(昭和40年)9月… 松井 正一(まつい しょういち、1965年(昭和40年)9月12日 - )は、日本の政治家。栃木県鹿沼市長(1期)。元立憲民主党栃木県議会議員(5期)、元鹿沼市議会議員(2期)。 栃木県鹿沼市出身。1984年栃木県立鹿沼高等学校卒。同年鹿沼市役所に入る。2003年鹿沼市議会議員に当選。2期務める。2008年栃木県知事選挙と同時に行われた栃木県議会議員補欠選挙に民主党公認で立候補し、無投票で初当選。栃木県議を5期務め、立憲民主党の県副代表や幹事長を務めた。 ほか、鹿沼市PTA連絡協議会会長、鹿沼市立中央小学校PTA会長、鹿沼市立西中学校PTA会長などを務めた。 2024年6月9日に行われた鹿沼市長選挙に無所属で立候補。
大嶋 一生(おおしま かずお、1965年(昭和40年)1月2… 大嶋 一生(おおしま かずお、1965年(昭和40年)1月25日 - 2021年(令和3年)4月5日)は、日本の政治家。元栃木県日光市長(1期)、元日光市議会議員(1期)。 栃木県今市市(現・日光市)出身。今市市立今市第三小学校、今市市立今市中学校、栃木県立栃木高等学校、東北福祉大学卒業。 1989年(平成元年)、父親が経営する葵建設株式会社に就職。2002年(平成14年)、日本青年会議所栃木ブロック協議会会長に就任。 2006年(平成18年)、葵建設の代表取締役に就任。2010年(平成22年)4月、代表取締役を退任し、同月に行われた日光市議会議員選挙で初当選した。 2014年(平成26年)4月13日に行われた日光市長選挙に立候補。
枝野 幸男(えだの ゆきお、1964年〈昭和39年〉5月31… 枝野 幸男(えだの ゆきお、1964年〈昭和39年〉5月31日 - )は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(11期)、旧・民主党政策調査会長(第3代)、民主党政策調査会長(第6代)、内閣官房長官(第79代)、外務大臣(第140代)、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)、経済産業大臣(第16代)、内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構担当)、民進党幹事長(初代)、旧・立憲民主党代表(初代)、立憲民主党代表(初代)、立憲民主党最高顧問、衆議院決算行政監視委員長、同憲法審査会会長、衆議院予算委員長などを歴任した。 栃木県宇都宮市出身。サラリーマン家庭に生まれる。 祖父が尊敬していた憲政の神様である尾崎行雄にあやかり、男の初孫である枝野には「ゆきお」という名前をつけろと父が祖父から言われていて、字は違うが画数の良いものとして"幸男"と名付けたというのが名前の由来である。
和泉 聡(いずみ さとし、1963年8月7日 - )は、日本… 和泉 聡(いずみ さとし、1963年8月7日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト。元栃木県足利市長(2期)。 栃木県足利市生まれ。栃木県立足利高等学校卒業。1986年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 1987年12月、朝日新聞社に入社。仙台支局、千葉支局、本社社会部に勤務。事件担当や天声人語の補佐を務める。 1997年7月、アメリカ合衆国ハーバード大学ケネディ行政大学院に社費留学。2002年4月、ブラジル・サンパウロ支局長に就任。2009年6月、社会部筆頭次長に就任。2010年9月、宇都宮総局長に就任。 2013年1月、朝日新聞社を退社。 2013年4月の足利市長選挙に自由民主党の推薦と連合栃木の支援を受け、無所属で立候補。
金子 裕(かねこ ゆたか、1962年(昭和37年)10月8日… 金子 裕(かねこ ゆたか、1962年(昭和37年)10月8日 - )は、日本の政治家。栃木県佐野市長(2期)。元栃木県議会議員(4期)、元佐野市議会議員(4期)。 栃木県佐野市生まれ。栃木工業高等学校を卒業後、日本国有鉄道、東京電力社員を経て佐野市議会議員、栃木県議会議員を歴任。 2005年2月28日、旧佐野市と田沼町・葛生町が新設合併し、新市制の佐野市が誕生。合併に伴い同年4月17日に行われた市長選挙に立候補したが岡部正英に敗れる。 2021年、佐野市長選挙に再挑戦、現職の岡部を破り、初当選。4月17日、市長就任。 2025年4月の市長選挙では元県議ら4人を破り、再選。
佐藤 栄一(さとう えいいち、1961年(昭和36年)10月… 佐藤 栄一(さとう えいいち、1961年(昭和36年)10月5日 - )は、日本の政治家、実業家。栃木県宇都宮市長(6期)。 栃木県宇都宮市生まれ。栃木県立宇都宮南高等学校、明治大学法学部法律学科卒業。1984年、実業家であった父が死去したため、北関東観光開発株式会社(新宇都宮カントリークラブ)取締役に就任。1986年より同社代表取締役。1997年、社団法人宇都宮青年会議所理事長に就任し、2000年からは栃木県初の日本青年会議所副会頭を務める。2002年、宇都宮商工会議所青年部会長に就任。 2004年、福田富一宇都宮市長が栃木県知事選挙に出馬を表明し市長を辞職。それに伴う市長選に無所属で出馬し初当選。
琴寄 昌男(ことより まさお、1961年〈昭和36年〉5月1… 琴寄 昌男(ことより まさお、1961年〈昭和36年〉5月10日 - )は、日本の政治家。栃木県栃木市長(1期)。旧栃木市議会議員(1期)、栃木県議会議員(4期)を務めた。 栃木県栃木市生まれ。栃木県立栃木高等学校を経て、1984年に早稲田大学商学部卒業。有限会社琴寄運送代表取締役を経て、1999年より栃木市議会議員(旧市域)を1期務める。2003年、栃木市長選挙に立候補したが、日向野義幸に敗れ落選。2007年、栃木県議会議員選挙に当選。2期目途中の2014年に栃木市長選挙に立候補したが、現職の鈴木俊美に敗れ落選。2018年の栃木市長選挙にも立候補を表明したが、その後取り下げ、元市議の大川秀子への支援を表明した(大川は現職の鈴木を破り当選)。
川俣 純子(かわまた じゅんこ、1960年〈昭和35年〉10… 川俣 純子(かわまた じゅんこ、1960年〈昭和35年〉10月20日 - )は、日本の政治家、歯科医師。栃木県那須烏山市長(3期)。元那須烏山市議会議員(2期)。 栃木県那須烏山市出身。1979年(昭和54年)3月、栃木県立烏山女子高等学校卒業。1985年(昭和60年)3月、日本歯科大学歯学部卒業。同年4月、日本歯科大学病院小児歯科教室に勤務。1988年(昭和63年)から生家の川俣歯科医院に勤務。 2010年(平成22年)4月、那須烏山市議会議員に初当選。2014年(平成26年)、再選。 「複数の同級生が近隣の学校の校長に就任し、今なら連携しやすい」と考え、2017年(平成29年)4月、任期満了に伴う那須烏山市長選挙に立候補する意志を固める。
竹上 裕子(たけがみ ゆうこ、1960年〈昭和35年〉3月6… 竹上 裕子(たけがみ ゆうこ、1960年〈昭和35年〉3月6日 - )は、日本の政治家、教育者。 衆議院議員(1期)、愛知県議会議員(1期)を務めた。 栃木県宇都宮市出身。1978年3月、栃木県立宇都宮中央女子高等学校卒業。1982年3月、宇都宮大学教育学部中学校教員養成課程国語科卒業。 1982年4月から、結婚による中断を挟み、栃木県と愛知県にて34年半、公立小中学校(国語科)の教員を務め(豊橋市立青陵中学校、豊橋市立南稜中学校、豊橋市立本郷中学校、豊橋市立羽田中学校、豊橋市立章南中学校など)、2020年3月定年退職。以降、夫の家業である有限会社竹上豆腐店を手伝う。 2021年9月、あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」に端を発した愛知県知事・大村秀章へのリコール署名運動をきっかけとして、名古屋市長・河村たかしが代表を務める減税日本の政策に共鳴し、政治活動を開始。
花塚 隆志(はなつか たかし、1959年(昭和34年)9月1… 花塚 隆志(はなつか たかし、1959年(昭和34年)9月17日 - )は、日本の政治家。元栃木県さくら市長(2期)、元栃木県議会議員(4期)。 栃木県出身。喜連川町立喜連川中学校(現・さくら市立喜連川中学校)、栃木県立宇都宮高等学校、成城大学法学部卒業。学習塾の塾長、矢板市の建設会社の役員、衆議院議員秘書を経て、1999年(平成11年)の栃木県議会議員選挙に出馬するも落選。 2003年(平成15年)、県議選に無所属で再挑戦し初当選した。以降は自由民主党に所属し4回連続で当選。 2017年(平成29年)4月16日に人見健次市長の任期満了と退任に伴って行われたさくら市長選挙に立候補し、元市議の桜井秀美を破り初当選した。
加藤 公博(かとう きみひろ、1959年4月21日 - )は… 加藤 公博(かとう きみひろ、1959年4月21日 - )は、日本の政治家であり、栃木県塩谷郡高根沢町の元町長及び塩谷広域行政組合の管理者である。 栃木県出身。栃木県立宇都宮高等学校を経て、明治学院大学を卒業後に栃木銀行に入行した。その後同銀行の支店長を経験した。同級生には元栃木県議会議員でさくら市長を務めた花塚隆志がいる。 2008年には教育長に就任しその後副町長を務めた。 2013年(平成25年)の前町長高橋克法が第23回参議院議員通常選挙(栃木ブロック)への立候補により辞職したことに伴う町長選挙に立候補し初当選した。 2017年(平成29年)・2021年(令和3年)の選挙でも再選を果たす。
日向野 義幸(ひがの よしゆき、1958年(昭和33年)6月… 日向野 義幸(ひがの よしゆき、1958年(昭和33年)6月18日 - )は、日本の政治家。2003年から2010年まで旧栃木市長を務めた。栃木県議会議員(4期)。栃木市議会議員(3期)。 栃木県栃木市皆川町に生まれる。1971年(昭和46年)に栃木市立皆川中学校入学、1977年(昭和52年)に足利学園高等学校を卒業、日本大学短期大学部に進学。卒業後は栃木青年会議所会員となる。知人の紹介で、渡辺美智雄衆議院議員と知り合い、渡辺氏から勧められた全国自民党青年局青年部研修会に参加し政治を学ぶ。1987年(昭和62年)4月の栃木市議会議員選挙で28歳の若さで初当選(全国最年少市議として当選)し、1999年(平成11年)まで市議会議員を3期務める。
上野 通子(うえの みちこ、1958年4月21日 - )は、… 上野 通子(うえの みちこ、1958年4月21日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(3期)。 内閣総理大臣補佐官(女性活躍及び高齢者・消費者対策担当)(第2次岸田第2次改造内閣)、文部科学副大臣(第4次安倍第2次改造内閣)、文部科学大臣政務官(第2次安倍内閣)、参議院文教科学委員長、栃木県議会議員(2期)、自由民主党政務調査会副会長、同女性局長などを歴任。 栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮市立昭和小学校、宇都宮大学教育学部附属中学校、栃木県立宇都宮女子高等学校、共立女子大学文芸学部卒業。 1981年4月、親族が経営する文星芸術大学附属高等学校(旧・宇都宮学園高等学校)に勤務。 1985年4月より、宇都宮文星女子高等学校に国語教師として勤務した。
高橋 克法(たかはし かつのり、1957年〈昭和32年〉12… 高橋 克法(たかはし かつのり、1957年〈昭和32年〉12月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(3期)、総務副大臣。 国土交通副大臣兼内閣府副大臣兼復興副大臣(第2次石破内閣)、国土交通大臣政務官(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、参議院文教科学委員長、栃木県塩谷郡高根沢町長(第12・13・14・15代)、栃木県議会議員(1期)を務めた。 栃木県塩谷郡高根沢町生まれ。栃木県立宇都宮東高等学校、明治大学法学部法律学科卒業。大学卒業後、岩崎純三参議院議員の秘書を務める。1985年2月、同公設秘書。1995年2月、同政策秘書となる。 1996年12月、栃木県議会議員補欠選挙(塩谷郡選挙区)に出馬し、初当選した。
相馬 憲一(そうま けんいち、1957年〈昭和32年〉5月3… 相馬 憲一(そうま けんいち、1957年〈昭和32年〉5月3日 - )は、日本の政治家。栃木県大田原市長(第7代)。 栃木県議会議長(第107代)、栃木県議会議員(5期)、大田原市議会議長(第34代)、大田原市議会議員(3期)を歴任。 栃木県大田原市出身。「憲一」という名前は憲法記念日に生まれた長男であったことが由来だという。 大田原市立大田原小学校、大田原市立大田原中学校を経て、1976年(昭和51年)、栃木県立大田原高等学校を卒業。高校時代は野球部に所属し、キャッチャーを務めた。 1980年(昭和55年)、青山学院大学経営学部Ⅱ部経営学科を卒業し、同年4月、エドヤファミリーデパートに入社。その3年後の1983年(昭和58年)4月に有限会社大新に入社した。
浅野 正富(あさの まさとみ、1957年(昭和32年)1月1… 浅野 正富(あさの まさとみ、1957年(昭和32年)1月10日 - )は、日本の政治家、弁護士。栃木県小山市長(2期)。 小学生の時に東京都から栃木県小山市へ転居。小山市立間々田小学校、小山市立間々田中学校、栃木県立宇都宮高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、早稲田大学法学部卒業。1988年(昭和63年)、弁護士登録。1992年(平成4年)、小山市内に浅野正富法律事務所を開設。 2009年(平成21年)、NPO法人ラムサール・ネットワーク日本の事務局長に就任。渡良瀬遊水地のラムサール条約湿地への登録推進に尽力。署名運動や議会への陳情の先頭に立ち、2012年(平成24年)7月3日の登録実現に大きな役割を果たした。
茂木 敏充(もてぎ としみつ、1955年〈昭和30年〉10月… 茂木 敏充(もてぎ としみつ、1955年〈昭和30年〉10月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(12期)、外務大臣(第155-156代)。内閣総理大臣臨時代理就任順位第2位。自由民主党栃木県支部連合会会長。 栃木県足利市出身。足利市立北郷小学校月谷分校に1年生から4年生まで通う。5年生から同小学校本校に通った。栃木県立足利高等学校、東京大学経済学部卒業。大学卒業後、丸紅社員を経て読売新聞社政治部記者を務めた後に、ハーバード大学ケネディ行政大学院に留学し、公共政策を学んだ。行政学修士を取得し帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社しコンサルタントを務めた。1992年にマッキンゼー・アンド・カンパニー幹部の大前研一が代表を務める平成維新の会事務局長に就任した。
高久 勝(たかく まさる、1955年10月1日 - )は、日… 高久 勝(たかく まさる、1955年10月1日 - )は、日本の政治家。栃木県那須郡那須町長(2期)。栃木県町村会副会長。那須未来株式会社代表。 那須町議会議員 (2003年 - 2010年)を務めた。 1974年(昭和49年)3月、栃木県立黒磯高等学校を卒業。卒業後、家業である農業に就農。 2003年(平成15年)8月31日、那須町議会議員補欠選挙に出馬し初当選。 2007年(平成19年)2月18日、那須町議会議員選挙に出馬し2選。 2009年(平成21年)11月26日、那須町長選への立候補を表明。2010年(平成22年)2月10日、那須町議会議員を辞任。同年3月28日、那須町長選挙に出馬し初当選。
石坂 真一(いしざか しんいち、1955年(昭和30年)9月… 石坂 真一(いしざか しんいち、1955年(昭和30年)9月4日 - )は、日本の政治家。元栃木県真岡市長(2期)、元栃木県議会議員(6期)。 栃木県真岡市生まれ。真岡市立真岡小学校、真岡市立真岡中学校、作新学院高等学校、日本大学卒業後の1978年(昭和53年)1月、参議院議員岩崎純三の政策担当秘書になる。1992年(平成4年)10月、総務庁長官となった岩崎純三の秘書官となる。 1995年(平成7年)、栃木県議会議員に初当選した。2007年(平成19年)5月から2009年(平成21年)3月まで県議会議長を務めた。 2017年(平成29年)4月16日告示、4月23日投開票の真岡市長選挙に自由民主党・公明党の推薦を得て立候補。
小林 幹夫(こばやし みきお、1954年〈昭和29年〉1月2… 小林 幹夫(こばやし みきお、1954年〈昭和29年〉1月22日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元自由民主党栃木県議会議員(5期)。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立宇都宮高等学校を経て、日本歯科大学を卒業。鹿沼市内で歯科医院を開業し、鹿沼市議会議員を4期務める。2003年栃木県議会議員に無所属で立候補し、初当選。後に自由民主党に入る。栃木県議を5期務め、2012年に副議長、2017年に議長に就任した。2023年の県議選で落選。 2024年6月9日に行われた鹿沼市長選挙に無所属で立候補。自民党と公明党の推薦を受けたが、元立憲民主党県議の松井正一に敗れた。※当日有権者数:78,411人 最終投票率:52.72%(前回比:2.87pts) 落選後、市内の有権者に配布されていたチラシが映画版「スラムダンク」のポスターに酷似してるとの指摘があり、著作権法に触れるおそれがあるとする声が上がった。
船田 元(ふなだ はじめ、1953年〈昭和28年〉11月22… 船田 元(ふなだ はじめ、1953年〈昭和28年〉11月22日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(15期)。作新学院学院長。 経済企画庁長官(第46代)、文部政務次官(竹下内閣)、総務政務次官(第2次中曽根第2次改造内閣)、衆議院憲法審査会筆頭幹事、同消費者問題に関する特別委員会委員長、同国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動に関する特別委員会委員長、同文教委員会委員長、裁判官弾劾裁判所裁判長、自由民主党憲法改正推進本部本部長、同党消費者問題調査会会長、同党科学技術創造立国推進調査会会長、同党憲法調査会会長、同党財務委員長、同党総務会長代理、同党外交部会長、同党青年海外協力隊に関する小委員会委員長、同党文教部会長、同党青年局長を歴任した。
福田 富一(ふくだ とみかず、1953年〈昭和28年〉5月2… 福田 富一(ふくだ とみかず、1953年〈昭和28年〉5月21日 - )は、日本の政治家。栃木県知事(公選第16・17・18・19・20・21代)。無所属。自由民主党栃木県連顧問。 宇都宮市長(2期)、栃木県議会議員(2期)、宇都宮市議会議員(2期)を務めた。栃木県上都賀郡今市町(現・日光市)出身。 1953年5月21日、栃木県今市市(現、日光市)で出生。1972年3月、栃木県立宇都宮工業高等学校を卒業。同年4月、栃木県庁に入庁。1979年3月、日本大学理工学部建築学科を卒業。1981年4月、栃木県庁を退職し、建築設計・行政書士事務所を開業。 1983年5月、宇都宮市議会議員選挙に出馬し、初当選(〜1990年2月)。
佐藤 勉(さとう つとむ、1952年〈昭和27年〉6月20日… 佐藤 勉(さとう つとむ、1952年〈昭和27年〉6月20日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(10期)、自由民主党経理局長、自由民主党総務会長(第58代)、総務大臣(第11代)・内閣府特命担当大臣(地方分権改革)、国家公安委員会委員長(第78代)・内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・防災)、総務副大臣(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、自由民主党国会対策委員長(第55代)、衆議院総務委員長、衆議院議院運営委員長、衆議院国家基本政策委員長、栃木県議会議員(3期)を歴任した。長男は栃木県議会議員の佐藤良。次男は佐藤の政策秘書を務めた。 1952年、栃木県下都賀郡壬生町生まれ。栃木県立壬生高等学校を経て、日本大学工学部土木工学科卒業。
渡辺 喜美(わたなべ よしみ、1952年3月17日 - )は… 渡辺 喜美(わたなべ よしみ、1952年3月17日 - )は、日本の政治家。自由を守る会特別顧問。 内閣府特命担当大臣(金融)・行政改革担当大臣・公務員制度改革担当大臣(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、内閣府特命担当大臣(規制改革)(第1次安倍内閣)、内閣府副大臣(第1次安倍内閣)、参議院議員(1期)、衆議院議員(6期)、みんなの党代表(初代)、日本維新の会副代表、おおさか維新の会副代表などを歴任した。 2019年にNHK党(旧・NHKから国民を守る党)の立花孝志と共同会見を開き、参議院で院内会派みんなの党を結成して会派代表に就いた。 父は副総理、外務大臣、通商産業大臣、大蔵大臣、農林水産大臣、厚生大臣、衆議院議員、自由民主党政務調査会長などを歴任した渡辺美智雄。
佐藤 明男(さとう あきお、1952年(昭和27年)2月14… 佐藤 明男(さとう あきお、1952年(昭和27年)2月14日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。元自由民主党栃木県支部連合会事務局長。
玉木 朝子(たまき ともこ、1952年2月12日 - )は、… 玉木 朝子(たまき ともこ、1952年2月12日 - )は、日本の元政治家、難病患者団体代表。元衆議院議員(1期)。 栃木県立宇都宮中央女子高等学校に在学中、膠原病の一種である全身性エリテマトーデスを発症。1980年、全国膠原病友の会の栃木県支部を設立し、支部長に就任。2003年からは栃木県難病団体連絡協議会の会長を務める。 2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙に、比例北関東ブロックから民主党名簿35位に登載され立候補、初当選した。 衆議院解散の前日の2012年11月15日、民主党県連代表代行だった玉木は次期衆院選に立候補せず引退することを明らかにした。
鈴木 俊美(すずき としみ、1950年(昭和25年)7月10… 鈴木 俊美(すずき としみ、1950年(昭和25年)7月10日 - )は、日本の政治家、弁護士。元栃木市長(2期)、元大平町長、元栃木県議会議員。 栃木県下都賀郡大平町(現・栃木市)生まれ。1969年(昭和44年)3月、栃木県立栃木高等学校を卒業。1974年(昭和49年)3月、中央大学法学部を卒業。1980年(昭和55年)、弁護士登録。1984年(昭和59年)、四谷中央法律事務所創設。 1999年(平成11年)4月、栃木県議会議員選挙で下都賀郡南部選挙区(定数2)から立候補し当選。2000年(平成12年)9月、大平町長選挙で初当選。2004年(平成16年)に再選、2008年(平成20年)に3選。
簗瀬 進(やなせ すすむ、1950年〈昭和25年〉4月23日… 簗瀬 進(やなせ すすむ、1950年〈昭和25年〉4月23日 - )は、日本の元政治家、弁護士、教育者。昭和音楽大学学長。衆議院議員(2期)、参議院議員(2期)、栃木県議会議員(2期)を歴任。 1950年4月23日、宇都宮市一条に生まれる。1966年3月、宇都宮市立一条中学校卒業。1969年3月、栃木県立宇都宮高等学校卒業。1974年3月、東北大学法学部卒業。 1978年4月、栃木県庁入庁。司法試験合格。なお、北側一雄は司法修習33期の同期生。 1990年、第39回衆議院議員総選挙に森山欽司の後継者として自由民主党公認で出馬して初当選(当選同期に岡田克也・佐田玄一郎・藤井裕久・鈴木俊一・亀井久興・中谷元・森英介・福田康夫・石原伸晃・河村建夫・小林興起・塩谷立・古屋圭司・細田博之・小坂憲次・山本拓など)。
大久保 寿夫(大久保 壽夫、おおくぼ としお、1948年8月… 大久保 寿夫(大久保 壽夫、おおくぼ としお、1948年8月9日 - )は、日本の政治家、農林官僚。元栃木県小山市長(5期)。 栃木県下都賀郡寒川村押切(のちの間々田町、現在の小山市押切)に生まれる。栃木県立栃木高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月京都大学農学部卒業。1973年(昭和48年)3月、東京大学大学院修士課程修了。同年4月、農林水産省入省。 1997年(平成9年)、農林水産省本省室長就任。1999年(平成11年)、関東農政局建設部次長就任。 2000年(平成12年)7月16日に行われた小山市長選挙に立候補し、初当選した。 2013年(平成25年)7月6日、「ラムサール条約湿地登録1周年記念シンポジウム in おやま」を開催。
君島 寛(きみじま ひろし、1948年(昭和23年)7月8日… 君島 寛(きみじま ひろし、1948年(昭和23年)7月8日 - 2019年(平成31年)3月9日)は、日本の政治家。栃木県那須塩原市長(1期)。 栃木県黒磯市(現・那須塩原市)出身。栃木県立黒磯高等学校を経て日本大学法学部政治経済学科に進む。ホテルのコックとして既に内定を得ていたが、父親から「明日は市職員の採用試験だ。帰ってこい」と言われ、方向転換を余儀なくされる。1971年(昭和46年)4月、黒磯市役所に入庁。 2003年(平成15年)4月から2004年(平成16年)12月まで黒磯市・西那須野町・塩原町合併協議会事務局長を務める。2005年(平成17年)1月1日、黒磯市は西那須野町、塩原町との新設合併を行い、那須塩原市が発足。
福田 昭夫(ふくだ あきお、1948年4月17日 ‐ )は、… 福田 昭夫(ふくだ あきお、1948年4月17日 ‐ )は、日本の政治家。民進党所属の衆議院議員(4期)。民進党栃木県連代表。
阿部 和夫(あべ かずお、1948年〈昭和23年〉4月11日… 阿部 和夫(あべ かずお、1948年〈昭和23年〉4月11日 - )は、日本の政治家。元栃木県鹿沼市長(2期)。 栃木県出身。栃木県立宇都宮工業高等学校卒。鹿沼市内で建設会社を経営し、鹿沼市議会議員を5期務め、議長となる。 2000年(平成12年)の鹿沼市長選挙に立候補し、現職の福田武を破って初当選する。2004年(平成16年)に再選。2008年(平成20年)に三選を目指したが、元栃木県議会議員の佐藤信に敗れた。2016年(平成24年)の市長選に立候補したが落選した。 このほか、自治会長や養護学校PTA会長などを務めた。
大谷 範雄(おおや のりお、1948年(昭和23年)3月29… 大谷 範雄(おおや のりお、1948年(昭和23年)3月29日 - )は、日本の政治家。元栃木県那須烏山市長(3期)。元南那須町長(1期)。 栃木県南那須町小河原(現・那須烏山市)生まれ。栃木県立宇都宮東高等学校卒業。1970年(昭和45年)3月、静岡大学農学部卒業。同年4月、フタバ食品株式会社に就職。1996年(平成8年)5月31日、同社を退職。同年6月1日、那須郡南那須町の助役に就任。2001年(平成13年)10月21日、那須郡南那須町長に就任。 2005年(平成17年)10月1日、烏山町と南那須町の新設合併により那須烏山市が発足。これに伴って11月6日に行われた市長選挙に出馬し、元烏山町長の岩崎義一を破り初当選。
国井 正幸(國井 正幸、くにい まさゆき、1948年1月4日… 国井 正幸(國井 正幸、くにい まさゆき、1948年1月4日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(2期)。 もともと連合栃木を支持基盤としており民主改革連合に所属していたが、後に保守政治家に転じた。渡辺美智雄と同じ栃木県選出の縁から旧渡辺派に所属していたが、後に山崎派に所属した。
大川 秀子(おおかわ ひでこ、1947年(昭和22年)11月… 大川 秀子(おおかわ ひでこ、1947年(昭和22年)11月9日 - )は、日本の政治家。栃木県栃木市長(2期)。元栃木市議会議長。 栃木県栃木市細堀町に生まれる。栃木市立吹上小学校、栃木市立吹上中学校、栃木県立栃木女子高等学校卒業。1993年(平成5年)栃木市女性プラン策定委員に就任。 1999年(平成11年)、旧栃木市議会議員に初当選。2003年(平成15年)、再選。 2010年(平成22年)3月29日、旧栃木市・大平町・都賀町・藤岡町が合併し新市制の栃木市が成立。これに伴って4月25日に行われた市議選で当選。同年から2012年(平成24年)まで議長を務めた。市議時代は自由民主党県連の役員であった。
人見 健次(ひとみ けんじ、1947年(昭和22年)6月2日… 人見 健次(ひとみ けんじ、1947年(昭和22年)6月2日 - )は、日本の政治家。元栃木県さくら市長(2期)、旧氏家町(現・さくら市)長(1期)。 栃木県塩谷郡氏家町(現・さくら市)出身。栃木県立喜連川高等学校(現・栃木県立さくら清修高等学校)卒。栃木県連合青年団長を経て、1979年氏家町議に初当選。町議を5期務め、副議長、議長を務めた。 1998年4月の氏家町長選挙に立候補し、当時現職だった町長との一騎打ちを大差で破って初当選する。2001年10月、8月に町内の有権者に茶を配ったとして公職選挙法違反(寄付行為の禁止)の疑いで書類送検された。これを受けて、翌2002年1月町議会議長に辞表を提出、町長を辞職した。
佐藤 信(さとう しん、1946年(昭和21年)11月17日… 佐藤 信(さとう しん、1946年(昭和21年)11月17日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元栃木県鹿沼市長(4期)。元栃木県議会議員(5期)。 栃木県鹿沼市出身。栃木県立鹿沼高等学校卒業後、高崎経済大学入学。高崎経済大学を卒業し、1969年(昭和44年)4月、藤井産業株式会社に就職。1972年(昭和47年)4月、鹿沼市役所に再就職。 1991年(平成3年)4月、栃木県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後5期連続当選し、18年間県議を務める。県議時代は民主党に所属した。 2008年(平成20年)5月25日に行われた鹿沼市長選挙に無所属で出馬。3選を目指す現職の阿部和夫を破り初当選した(佐藤:37,378票、阿部:15,440票)。