石川 良三(いしかわ りょうぞう、1951年〈昭和26年〉4… 石川 良三(いしかわ りょうぞう、1951年〈昭和26年〉4月19日 - )は、日本の政治家。元埼玉県春日部市長(4期)。元春日部市議会議員(3期)。 埼玉県南埼玉郡武里村備後(現春日部市)生まれ。春日部市立武里小学校、春日部市立武里中学校、埼玉県立杉戸農業高等学校卒業。1985年、有限会社武農を設立する。1995年6月、春日部市議会議員選挙に出馬し、初当選を果たした。以後、春日部市議を3期10年務める。 2005年10月1日、春日部市・北葛飾郡庄和町の合併により新・春日部市が誕生する。この合併により行われた11月6日投開票の春日部市長選挙に、市議を辞職し無所属で出馬。5候補が乱立した混戦を制し、23554票を獲得して春日部市長に当選した。
谷古宇 勘司(やこう かんじ、1950年〈昭和25年〉12月… 谷古宇 勘司(やこう かんじ、1950年〈昭和25年〉12月15日 - )は、日本の政治家、会社役員。第101代埼玉県議会議長、元草加市議会議員。社会福祉法人理事長。草加市体育協会第4代会長。 埼玉県草加市出身。谷古宇甚三郎の長男である。生家は北関東全域や利根川流域で不動産開発を手掛けていた。 草加市立谷塚小学校、明治大学付属中野中学校・高等学校、獨協大学法学部卒業。 1983年4月から2012年12月まで8期埼玉県議会議員をつとめた。1999年、埼玉県議会第101代議長に就任。草加青年会議所理事、草加市体育協会理事、草加市文化協会理事、草加市野球連盟会長、草加市立松江中学PTA会長などをつとめた。
古谷 松雄(ふるや まつお、1950年12月8日 - 202… 古谷 松雄(ふるや まつお、1950年12月8日 - 2024年12月11日)は、日本の政治家。元埼玉県北葛飾郡杉戸町長(4期)。 埼玉県北葛飾郡杉戸町出身。埼玉県立杉戸農業高等学校卒業。 青翔運輸株式会社設立、杉戸町議会議員(3期)を経て、2009年に杉戸町長に初当選。 2013年9月11日、埼玉県北葛飾郡杉戸町清地の県道交差点で、右折していた古谷の乗用車が横断歩道を渡っていた女性をはねて、左足骨折の重傷を負わせた。 2013年、2選を果たす。 ※当日有権者数:---人 最終投票率:52.91%(前回比:---pts) 2017年、3選を果たす。 ※当日有権者数:38,350人 最終投票率:40.71%(前回比:-12.2pts) 2021年、4選。
川合 善明(かわい よしあき、1950年(昭和25年)10月… 川合 善明(かわい よしあき、1950年(昭和25年)10月26日 - )は、日本の政治家、弁護士。元埼玉県川越市長(4期)。 埼玉県川越市生まれ。川越市立川越第一小学校、川越市立川越第一中学校、埼玉県立川越高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。早大卒業後、東京教育大学文学部に学士入学し、卒業。1979年に弁護士登録し、東京弁護士会に所属。1985年から飯田橋で川合法律事務所を開設。そのかたわら、川越市法律相談担当を務める。1990年、社団法人川越青年会議所財務室長に就任。2005年から川越市選挙管理委員長、東京弁護士会副会長を務める。2007年、筑波大学法科大学院客員教授に着任。 2009年1月25日執行の川越市長選挙に無所属で出馬し、当選した。
河田 晃明(かわた こうめい、1950年(昭和25年)8月2… 河田 晃明(かわた こうめい、1950年(昭和25年)8月21日 - )は、日本の政治家。埼玉県羽生市長(5期)。元羽生市議会議員。 羽生市に生まれる。埼玉県立不動岡高等学校、玉川大学文学部卒業。小学校教員、羽生市学校教育課長、春日部市立藤塚小学校長、羽生市議会議員を歴任した。 2006年6月11日に前市長の逝去に伴い実施された羽生市長選挙に立候補して、自民党・公明党が推薦する候補を破って初当選した。※当日有権者数:-人 最終投票率:54.79%(前回比:-pts) 2010年5月16日、無投票で再選を果たした。 2014年5月18日の羽生市長選挙では自民党・公明党の推薦を得て、新人2人を破って3選を果たした。
工藤 正司(くどう まさじ、1950年(昭和25年)6月25… 工藤 正司(くどう まさじ、1950年(昭和25年)6月25日 - )は、日本の政治家。元埼玉県行田市長(3期)。 埼玉県行田市出身。埼玉県立熊谷高等学校定時制を経て、1974年(昭和49年)3月、拓殖大学政経学部政治学科卒業。同年4月1日、行田市役所に入庁。2005年(平成17年)4月1日、上下水道部長に就任。2006年(平成18年)1月1日、市民生活部長に就任。同年4月1日、消防長に就任。 2007年(平成19年)4月22日に行われた行田市長選挙に立候補し3候補を破り初当選。 2011年(平成23年)、無投票により再選。2015年(平成27年)、無投票により3選。 2018年(平成30年)9月、4選出馬を表明。
石川 清(いしかわ きよし、1950年(昭和25年)6月13… 石川 清(いしかわ きよし、1950年(昭和25年)6月13日- )は、日本の政治家。埼玉県坂戸市長(4期)。元坂戸市議会議員(4期)。 埼玉県坂戸市出身。坂戸市立坂戸中学校、埼玉県立川越高等学校、日本大学経済学部卒業。 1996年(平成8年)4月、坂戸市議会議員に就任。以後、同市議を4期つとめる。 2012年(平成24年)4月15日執行の坂戸市長選挙に無所属で出馬。現職の伊利仁(無所属・自由民主党推薦)を破り、初当選した。5月12日、市長就任。※当日有権者数:80,326人 最終投票率:51.76%(前回比:pts) 2016年(平成28年)、前市議の宮崎雅之、前市議の小川達夫らを破り再選。2020年(令和2年)、前回戦った元市議の小川達夫ら3人の候補者を破り3選。
石川 清(いしかわ きよし、1950年6月13日 - )は、… 石川 清(いしかわ きよし、1950年6月13日 - )は、日本の政治家。埼玉県坂戸市長(2期)。元坂戸市議会議員(4期)。
嘉田 由紀子(かだ ゆきこ、1950年〈昭和25年〉5月18… 嘉田 由紀子(かだ ゆきこ、1950年〈昭和25年〉5月18日 - )は、日本の政治家、農学者、環境社会学者、文化人類学者。日本維新の会所属の参議院議員(2期)。 滋賀県知事(第8代)、日本未来の党代表、地域政党チームしが代表、びわこ成蹊スポーツ大学学長、教育無償化を実現する会副代表などを歴任。 埼玉県本庄市の養蚕農家に、3兄妹の末っ子として生まれる。父親の渡辺康雄は本庄市議会議員も務めた人物で、父が8人兄弟の長男であったことから、3世代13人の大家族で暮らす。嫁ぎ先でこき使われ結核を患った母の姿を見て、「女性がなぜ苦しい思いをするのか」との思いから学問を志す。 今西錦司や梅棹忠夫の本でアフリカ研究に憧れを抱くようになり、埼玉県立熊谷女子高等学校卒業後、京都大学農学部へ進学。
齊藤 芳久(さいとう よしひさ、1950年(昭和25年)5月… 齊藤 芳久(さいとう よしひさ、1950年(昭和25年)5月10日 - )は、日本の政治家。元埼玉県鶴ヶ島市長(2期)、元鶴ヶ島市議会議員(3期)。 埼玉県川越市に生まれる。鶴ヶ島市立鶴ヶ島第二小学校、鶴ヶ島市立鶴ヶ島中学校、職業訓練大学校付属訓練所卒業。 1988年鶴ヶ島市立杉下小学校PTA会長就任。 2007年4月、鶴ヶ島市議会議員に初当選。2015年5月から2017年(平成29年)5月まで市議会議長を務めた。 2017年10月15日公示の鶴ヶ島市長選挙で無投票により初当選した。11月5日、市長就任。 2021年10月10日公示の鶴ヶ島市長選挙で無投票により再選した。 2025年10月26日投開票の鶴ヶ島市長選挙で落選。
田中 和明(たなか かずあき、1949年(昭和24年)1月2… 田中 和明(たなか かずあき、1949年(昭和24年)1月21日 - )は、日本の政治家。元埼玉県草加市長(2期)。 埼玉県草加市生まれ。1971年3月、國學院大學文学部を卒業し、同年4月に草加市役所に入職。広報広聴課長や草加市教育委員会、議会事務局長等を務める。2009年3月、草加市役所を退職。 2010年10月27日、草加市議会は臨時議会を開き、贈収賄事件で有罪判決が確定した元草加市助役を擁護する発言を問題視され、9月に不信任決議を可決されていた木下博信に対し、再び不信任決議を賛成多数で可決。地方自治法の規定により、木下市長は自動失職した。木下の自動失職により、12月12日に執行された出直し市長選に自民・民主・公明3党の支持を受けて無所属で出馬し、木下を破って初当選した。
日森 文尋(ひもり ふみひろ、1948年12月3日 - 20… 日森 文尋(ひもり ふみひろ、1948年12月3日 - 2022年6月9日)は、日本の政治家。 衆議院議員(2期)、与野市議会議員(4期)、与野市議会副議長、社会民主党国会対策委員長(第7代)、朝鮮の自主的平和統一を支持する日本委員会議長を務めた。
山口 泰明(やまぐち たいめい、本名:やまぐち やすあき、1… 山口 泰明(やまぐち たいめい、本名:やまぐち やすあき、1948年11月10日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日重光章。衆議院議員(7期)、外務大臣政務官(第1次小泉内閣)、内閣府副大臣(第3次小泉改造内閣衆議院 外務委員長、自由民主党選挙対策委員長などを歴任。 埼玉県比企郡川島町生まれ。日本大学第二高等学校、日本大学法学部政治経済学科卒。叔父が武州ガス会長で、その勧めにより、旭川ガスに入社。その後、坂戸ガス・武州ガスと各ガス会社に勤務している。 1996年の総選挙で初当選。以降、小選挙区で4回連続当選。 党総務、衆議院安全保障委員会理事、外務大臣政務官、等を歴任。第3次小泉改造内閣では内閣府副大臣を務めた。
大島 清(おおしま きよし、1948年6月20日 - )は、… 大島 清(おおしま きよし、1948年6月20日 - )は、日本の政治家。埼玉県伊奈町長(3期)。 埼玉県北足立郡伊奈村(現・伊奈町)出身。埼玉県立上尾高等学校を卒業後、上尾商工会議所や伊奈町観光協会で町おこしに尽力したという。中央大学法学部通信部を中退。不動産管理会社社長を務めた。 2016年(平成28年)4月24日に行われた伊奈町長選挙に自民党・公明党の推薦を得て立候補。引退する野川和好町長の長男の野川英和を大差で破り、初当選を果たした。投票率は37.57%。5月14日、町長就任。 2020年(令和2年)、無投票により再選。 2024年(令和6年)4月21日に行われた伊奈町長選挙に元兵庫県議会議員の小西彦治を大差で破り、三選を果たした。
武山 百合子(たけやま ゆりこ、旧姓:中田、1947年9月5… 武山 百合子(たけやま ゆりこ、旧姓:中田、1947年9月5日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(4期)。埼玉県春日部市出身。 政界引退後の2020年2月に旧統一教会(現在の名称は世界平和統一家庭連合)が韓国で開催したイベントに出席し、代表の韓鶴子に対して頭を下げて挨拶をして、梶栗正義国際勝共連合会長・UPF会長とともに「真の父母」への供物を納めている姿が報道された。
柿沼 トミ子(かきぬま トミこ、1947年〈昭和22年〉8月… 柿沼 トミ子(かきぬま トミこ、1947年〈昭和22年〉8月13日 - )は、日本の政治家。埼玉県議会議員(2期)、埼玉県北埼玉郡大利根町(現・加須市)長(1期)。 加須市出身。埼玉県立久喜高等学校卒業。卒業後は埼玉県庁に入庁。女性政策課長、環境防災部長、県知事特別秘書を歴任した。 2008年(平成20年)2月15日付で県庁を退職した。同年の大利根町長選挙に立候補し、現職を破って当選した。 ※当日有権者数:12,071人 最終投票率:73.22%(前回比: 0.15pts) 町長は2010年(平成22年)に加須市に合併するまで務めた。2012年(平成24年)の埼玉県議会議員補欠選挙で無所属で立候補し、無投票で初当選する。
松本 恒夫(まつもと つねお、1947年5月18日 - )は… 松本 恒夫(まつもと つねお、1947年5月18日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日小綬章。 埼玉県比企郡小川町長(2期)、埼玉県議会副議長、埼玉県議会議員(3期、自由民主党)、小川町議会議員(3期)を歴任。 埼玉県比企郡小川町出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、中央大学理工学部中退。 1970年、小川石油株式会社に入社。1998年、小川町議会議員に就任。同年、株式会社武州めんに勤務。その後1999年と2003年にも当選。小川町議を3期務める。2004年の埼玉県議会議員補欠選挙に立候補し、初当選(西15区)。2007年と2011年(無投票当選)の3期にわたって当選した。2013年、埼玉県議会副議長に就任。
大橋 良一(おおはし りょういち、1947年5月3日 - )… 大橋 良一(おおはし りょういち、1947年5月3日 - )は、日本の政治家。元加須市長。 加須市助役を経て、平成17年(2005年)7月に合併前の加須市長に就任。2期在任。 平成22年(2010年)4月、新設合併により誕生した加須市でも初代市長となり、3期在任。2期目および3期目は無投票であった。 令和3年(2021年)11月に、次期市長選挙に立候補しない事を表明して、通算5期に及ぶ市長の職を退く事になった。
戸張 胤茂(とばり たねしげ、1947年(昭和22年)3月1… 戸張 胤茂(とばり たねしげ、1947年(昭和22年)3月11日 - )は、日本の政治家。元埼玉県吉川市長(4期)。 埼玉県北葛飾郡吉川町(現・吉川市)出身。埼玉県立杉戸農業高等学校卒。吉川町議会議員を経て(1996年の市制施行により吉川市議会議員)、1999年、吉川市長深井誠の死去による市長選挙に立候補し、初当選する。2003年の選挙でも再選。2007年の選挙は無投票で三選。2011年の選挙で四選した。2015年の選挙で落選、市長を退任した。
深井 誠(ふかい まこと、1947年〈昭和22年〉2月7日 … 深井 誠(ふかい まこと、1947年〈昭和22年〉2月7日 - 1999年〈平成11年〉1月19日)は、日本の政治家。初代埼玉県吉川市長。位階は正六位。勲五等双光旭日章。 埼玉県北葛飾郡吉川町(現・吉川市)出身。埼玉県立杉戸農業高等学校卒。農業協同組合理事長、青年会議所副理事長、吉川町議会議員などを経て、1987年、吉川町長に当選する。1991年に再選。1995年に三選。吉川町は1996年に市制施行し吉川市となり、吉川市長となった。1999年1月、4月の任期満了を目前にして死去。死没日付をもって正六位に叙され、勲五等双光旭日章を受章された。
大澤 タキ江(おおさわ たきえ、1947年1月6日 - )は… 大澤 タキ江(おおさわ たきえ、1947年1月6日 - )は、日本の政治家。元埼玉県長瀞町長(3期)。元長瀞町議会議員(4期)。 埼玉県皆野町生まれ。埼玉県立深谷女子高等学校(現・埼玉県立深谷第一高等学校)卒業。1999年(平成11年)4月、長瀞町議会議員選挙に立候補し初当選した。計4回連続当選。その間、議長を歴任した。 2013年(平成25年)6月30日に行われた長瀞町長選挙に立候補し初当選。7月29日町長就任。2017年(平成29年)7月、無投票で再選。2021年(令和3年)7月、3選。
田島 公子(たじま きみこ、1946年〈昭和21年〉9月29… 田島 公子(たじま きみこ、1946年〈昭和21年〉9月29日 - )は、日本の政治家。元埼玉県入間郡越生町長(1期)。 越生町出身。早稲田大学理工学部数学科卒業。卒業後は一度就職するが、父の死で帰郷。家業の雑貨店を継いだ。2003年(平成15年)8月から2009年(平成21年)2月まで越生町議会議員を2期務めた。町議時代に、町内の埋め立て工事の反対運動を起こし、事業を撤回させた。 同年の越生町長選挙に立候補し、現職を破って当選した。 ※当日有権者数:10,715人 最終投票率:64.32%(前回比:-pts) 町長時代に町長交際費の公開や18歳までの医療費無料化や町民サポーター制度の導入など実施した。
石塚 猛(いしづか たけし、1946年9月14日 - )は、… 石塚 猛(いしづか たけし、1946年9月14日 - )は、日本の政治家。埼玉県越谷市出身。自由民主党所属の台東区議会議員(4期)。前台東区議会議長(第63代)。 専修大学法学部卒業。 大学卒業後は会社員を経て、元衆議院議員深谷隆司の秘書として勤務。秘書時代には通産大臣になった深谷隆司の秘書官も務め、その後政策秘書に就任。深谷隆司のすすめにより、2007年4月の統一地方選挙に61歳で初出馬。台東区議会議員に初当選。現在4期目。2019年5月より、第63代台東区議会議長に就任。台東区議会自由民主党においても幹事長など要職を歴任。 この項目は、政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
須田 健治(すだ けんじ、1946年(昭和21年)5月17日… 須田 健治(すだ けんじ、1946年(昭和21年)5月17日 - )は、日本の政治家。元埼玉県新座市長(6期)。元新座市議会議員(3期)。 埼玉県新座市出身。立教高等学校、立教大学経済学部経済学科卒業。三越日本橋本店勤務後、1984年2月、新座市議会議員に出馬し初当選。 1992年7月26日、新座市長就任。2016年、市議の並木傑を後継者指名し、6期目で勇退。 2018年秋の叙勲で旭日中綬章を受章。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
板川 文夫(いたがわ ふみお、1946年〈昭和21年〉2月2… 板川 文夫(いたがわ ふみお、1946年〈昭和21年〉2月26日 - )は、日本の政治家。実業家。元埼玉県越谷市長(3期)。 埼玉県越谷市出身。明治大学法学部卒業。中小企業経営者団体理事長を経て、1997年(平成9年)民主・共産・社民・新社会の4党の推薦を受けて、越谷市長に当選した。2009年(平成21年)11月まで務めた。
佐藤 順(さとう じゅん、1946年(昭和21年)2月19日… 佐藤 順(さとう じゅん、1946年(昭和21年)2月19日 - )は、日本の政治家。元新潟県村上市長(1期)。 現 瀬波温泉 「木もれびの宿 ゆのか」代表取締役社長 新潟県出身。1964年、埼玉県立所沢高等学校を卒業する。卒業後は日本電子工学院に入り、卒業する。卒業後は地元の新潟県村上市で印刷会社「フォト・スタンプ新潟」を設立する。1983年、村上市議会議員となり、1期務める。 2002年、村上市長選挙に立候補し、現職の若林久徳を破って当選する。※当日有権者数:25,009人 最終投票率:74.48%(前回比:+11.18pts) 2006年の市長選挙に立候補したが、佐藤度に敗れて落選した。※当日有権者数:24,584人 最終投票率:75.59%(前回比:+1.11pts) 2008年、合併による村上市長選挙に立候補したが、大滝平正に破れ3人中3位で落選した。
中野 和信(なかの かずのぶ、1945年〈昭和20年〉12月… 中野 和信(なかの かずのぶ、1945年〈昭和20年〉12月14日 - )は、日本の政治家、行政書士。元埼玉県蓮田市長(4期)。元蓮田市議会議員(1期)。 埼玉県蓮田市出身。埼玉県立春日部高等学校、法政大学卒業。大学卒業後、蓮田市役所に勤務。都市整備部長、蓮田市教育委員会事務局教育部長、蓮田市シルバー人材センター事務局長などを務めた。 2002年(平成14年)5月19日投開票の蓮田市長選挙に立候補したが、210票差で現職の樋口曉子に敗れ落選。※当日有権者数:人 最終投票率:59.68%(前回比:pts) 2003年(平成15年)1月、埼玉県行政書士会登録。同年、蓮田市議会議員に初当選。 2006年(平成18年)5月21日投開票の蓮田市長選挙に立候補。
名倉 隆(なぐら たかし、1945年〈昭和20年〉8月16日… 名倉 隆(なぐら たかし、1945年〈昭和20年〉8月16日 - 2025年〈令和7年〉3月5日)は、日本の政治家。位階勲等は従四位旭日中綬章。 元埼玉県鳩ヶ谷市(現・川口市)長(4期)。 埼玉県川口市(のち鳩ヶ谷町→鳩ヶ谷市に分離)出身。埼玉県立川口工業高等学校卒。卒業後は機械、印刷、製薬会社に勤務する。1974年(昭和49年)から鳩ヶ谷市議会議員を4期務める。 1990年(平成2年)9月9日の鳩ヶ谷市長選挙に無所属で立候補し、元市議や政治活動家の三井理峯ら4人を破って初当選する(三井は82票と最下位)。 ※当日有権者数:41,396人 最終投票率:62.17%(前回比:+18.14pts) 1994年(平成6年)9月11日の市長選挙に自民党、新生党、日本新党、民社党、新党さきがけの各党の推薦を得て無所属で立候補し、共産党推薦の無所属新人を破って再選を果たした。
田中 暄二(たなか けんじ、1945年6月18日 - )は、… 田中 暄二(たなか けんじ、1945年6月18日 - )は、日本の政治家。元・久喜市長(新市2期、旧市4期。通算6期在任)、元埼玉県議会議員(2期)、元久喜市議会議員(1期)。 1997年(平成9年)からの4期と2010年(平成22年)の合併による新・久喜市での2期市長を務め、通算6期連続で久喜市長を在任した。元埼玉県市長会会長、埼玉県防犯協会連合会会長。 ※当日有権者数:128,490人 最終投票率:50.03%(前回比:-2.56pts) 2024年(令和6年)11月の秋の叙勲において、旭日中綬章を受章した。
加山 俊夫(かやま としお、1945年(昭和20年)2月18… 加山 俊夫(かやま としお、1945年(昭和20年)2月18日 - )は、日本の政治家。前神奈川県相模原市長(3期)。 埼玉県北足立郡大和町(現和光市)生まれ。3歳の時に相模原町(当時)に転居した。相模原市立向陽小学校、相模原市立旭中学校卒業。1963年(昭和38年)3月、神奈川県立相原高等学校卒業。同年4月、相模原市役所に就職。1967年(昭和42年)3月、働きながら東京経済大学経済学部の夜間部を卒業した。相模原市都市整備部長、経済部長、消防長、都市部長を経て、2004年(平成16年)4月から相模原市助役に就任した。 2007年(平成19年)2月、小川勇夫相模原市長が体調を崩して入院し、市長を辞職する意向を表明。
会田 重雄(あいだ しげお、1945年2月16日 - )は、… 会田 重雄(あいだ しげお、1945年2月16日 - )は、日本の政治家。前埼玉県北葛飾郡松伏町長。 埼玉県北葛飾郡松伏町出身。埼玉県立杉戸農業高等学校卒業。 川崎重工業勤務、松伏町議会議員(5期)を経て、松伏町長(3期)を務める。町長に初当選後の2005年、自身の任期を「三期を超えて在任しないよう努める」とした多選自粛条例を町議会に提出し、制定される。2016年9月、同条例を廃止する条例を町議会に提出し、多選自粛条例は廃止される。2017年5月、町長選としては12年ぶりとなる選挙戦に出馬し4選に挑んだが落選する。 2019年、旭日小綬章受章。 道路の拡幅工事の件で、単純ミスで甚大な税金の無駄遣いをしたのではないか、との指摘がある。
樋口 暁子(ひぐち あきこ、1944年9月7日 - )は、日… 樋口 暁子(ひぐち あきこ、1944年9月7日 - )は、日本の政治家。元埼玉県蓮田市長(2期)。埼玉県初の女性首長である。 埼玉県蓮田市出身。埼玉県立浦和第一女子高等学校卒業。食生活改善推進員として市民活動に関わる。蓮田市食生活改善推進員協議会会長、生損保代理店社長などを務めた。 1998年(平成10年)、蓮田市長選挙に立候補し、現職の石川勝夫を破り初当選した。5月31日、市長就任。 2002年(平成14年)、元市職員の中野和信、元市長の石川勝夫ら3候補を破り再選。 ※当日有権者数:人 最終投票率:59.68%(前回比:pts) 2006年(平成18年)、前回選に続いて立候補した中野和信に敗れ落選した。
島村 穰(しまむら みのる、1944年(昭和19年)8月1日… 島村 穰(しまむら みのる、1944年(昭和19年)8月1日 - )は、日本の政治家。元埼玉県上尾市長(3期)、元上尾市議会議員(1期)。
新井 康之(あらい やすゆき、1944年7月10日 - )は… 新井 康之(あらい やすゆき、1944年7月10日 - )は、日本の政治家。埼玉県越生町長(2期)。 越生町立梅園小学校、越生町立梅園中学校、埼玉県立川越高等学校を経て、1967年(昭和42年)に日本大学法学部を卒業。 2007年(平成19年)に、越生町議会議員に初当選。越生町議会議長を5年務め、入間郡町村議会議長会会長を2期務める。 新井雄啓の越生町長任期満了に伴う2021年(令和3年)2月7日の越生町長選挙に出馬し、前副町長の岩崎鉄也らを制して初当選を果たした。3月12日に越生町長に就任した。 ※当日有権者数:9,897人 最終投票率:58.2%(前回比:pts) 2017年10月から同県宮代町の町長を務める新井康之とは同姓同名である。
福永 信彦(ふくなが のぶひこ、1944年2月22日 - )… 福永 信彦(ふくなが のぶひこ、1944年2月22日 - )は、日本の政治家、元自民党衆議院議員。父は元衆議院議長の福永健司。 埼玉県大宮市(現在のさいたま市)出身。埼玉県立大宮高等学校12期生。 1966年に中央大学法学部卒。卒業後は父の秘書を務めた。 1990年の総選挙で旧埼玉5区から当選、3期務めた。派閥は宮沢派に属した(のち加藤派)。 1996年の総選挙で埼玉5区から立候補し、民主党の枝野幸男らを破って当選する(枝野は比例で復活当選)。 2000年の総選挙で枝野幸男に敗れて比例復活できず落選。以後の立候補はない。 2014年、旭日中綬章受章。
高橋 努(髙橋 努、たかはし つとむ、1943年(昭和18年… 高橋 努(髙橋 努、たかはし つとむ、1943年(昭和18年)5月27日 - )は、日本の政治家。元埼玉県越谷市長(3期)、埼玉県議会議員(3期)、越谷市議会議員(6期)を務めた。 埼玉県越谷市生まれ。越谷市立荻島小学校、荻島中学校(現越谷市立西中学校)、埼玉県立越ヶ谷高等学校定時制卒業。高校卒業後、越谷市役所に勤務しながら日本大学法学部二部に通学し、1967年に卒業。越谷市役所在職中は自治労越谷市職初代青年婦人部長、書記長、副委員長、越谷地区労副議長を歴任 。 1975年、日本社会党より越谷市議会議員選挙に出馬し、初当選。以後6期連続で当選し、市議会副議長も務める。1982年、埼玉県行政書士会に登録。
長谷川 憲正(はせがわ けんせい、1943年1月1日 - )… 長谷川 憲正(はせがわ けんせい、1943年1月1日 - )は、日本の政治家、郵政官僚。 参議院議員(1期)、総務大臣政務官、駐フィンランド特命全権大使などを歴任した。 郵政省官僚、駐フィンランド大使を経て、2004年に自由民主党から参議院に出馬し、初当選。 2005年に自由民主党を離党。国民新党旗揚げメンバーの一人として名を連ねるが、同年8月24日友党であった新党日本に同党の政党条件を満たすために期間限定で移籍。9月11日、新党日本へ離党届を提出し、国民新党へ復党した。この政党移籍はレンタル移籍と揶揄され、選挙互助会という批判があった。 全国郵便局長会顧問。政党代表者が招かれない定期総会に総務大臣と共に招かれた。
藤井 俊男(ふじい としお、1942年〈昭和17年〉9月28… 藤井 俊男(ふじい としお、1942年〈昭和17年〉9月28日 - 2026年〈令和8年〉1月2日)は、日本の政治家。元民主党所属。参議院議員、埼玉県議会議員、越谷市議会議員を歴任。旭日中綬章受章。 1942年、埼玉県南埼玉郡大袋村(現・越谷市)に生まれる。農家の三男。中学生の時父が他界。1963年、苦学の末、東京都立蔵前工業高等学校卒業。東武鉄道に入社。現場の技術者として働くとともに、東武鉄道労働組合で活動した。 1979年、統一地方選挙越谷市議会議員選挙に出馬し、初当選。2期務めた。1985年、埼玉県議会議員補欠選挙(東9区・越谷市)に日本社会党公認で出馬し初当選。以後、4期連続当選。1996年、社会民主党県議団を離団し、社民党離党。
相川 宗一(あいかわ そういち、1942年〈昭和17年〉9月… 相川 宗一(あいかわ そういち、1942年〈昭和17年〉9月13日 - 2021年〈令和3年〉1月25日)は、日本の政治家。位階は従四位。 埼玉県議会議員(3期)、浦和市長(第18代 - 第20代〈最終〉)、さいたま市長(初代・第2代)を歴任。 埼玉県浦和市(現:さいたま市浦和区)岸町出身。相川曹司の長男。相川家の家業は米穀商 で、元禄時代に先祖が亡くなり、300年以上は続いている。 1961年 (昭和36年) 慶應義塾志木高等学校卒業。1965年(昭和40年)慶應義塾大学商学部卒業。浦和青年会議所理事長を務めた。 1980年(昭和55年)旧浦和市から埼玉県議会議員の補欠選挙で埼玉県議会議員に当選(自由民主党)。
長峰 宏芳(ながみね ひろよし、1942年9月8日- )は、… 長峰 宏芳(ながみね ひろよし、1942年9月8日- )は、日本の政治家。自由民主党所属の元埼玉県議会議員(7期)。旭日中綬章受章。 埼玉県入間郡鶴ヶ島村(現・鶴ヶ島市)生まれ。製茶業を営む家に生まれた。埼玉県立川越高等学校を卒業後、家業の製茶業を継いだ。 1972年に鶴ヶ島町議会議員に当選。以後通算25年務めた。市制移行後には初代市議会議長を務めた。 1997年に自由民主党公認で埼玉県議会議員西12区(鶴ヶ島市)補欠選挙に出馬し当選。以後7期連続当選。県議会議長、県議会副議長、自民党埼玉県議会議員団長、自民党県連政務調査会長等歴任。
仲川 幸成(なかがわ ゆきなり、1941年(昭和16年)12… 仲川 幸成(なかがわ ゆきなり、1941年(昭和16年)12月24日 - )は、日本の政治家。前狭山市長(3期)。元狭山市議会議員(4期)。 2003年6月19日、町田潤一市長が死去、これに伴う狭山市長選挙が7月20日告示、27日投開票の日程で行われる事となった。市議会議長であった仲川は7月2日に出馬を表明。町田佐一・町田潤一の父子二代の市長にわたって続いた町田後援会は町田家及び後援会からの後継者擁立はしないことを決め、仲川支援を表明。11日には自由民主党埼玉県連合会が推薦を決定し、続いて公明党、連合埼玉も推薦を決めた。木下博入間市長、齋藤博所沢市長等周辺市の首長も仲川支持を表明した。日本共産党推薦を受けた元埼玉県議会議員・元狭山市議会議員の飯島邦男と選挙を戦ったが、「入間市との合併」「狭山市駅西口再開発事業推進」「行財政改革」を公約に掲げた仲川は26,940票を獲得して当選した。
横田 昭夫(よこた あきお、1941年(昭和16年)11月2… 横田 昭夫(よこた あきお、1941年(昭和16年)11月24日 - 2008年(平成20年)2月12日)は、日本の政治家。埼玉県行田市長(1期)。 埼玉県行田市出身。埼玉県立行田高等学校(現・埼玉県立進修館高等学校)を卒業後、行田市役所に入庁。1992年に同市企画部参事兼秘書課長、翌1993年に教育次長となる。その後、助役に就任。 2003年4月27日に行われた市長選挙に、前市長・山口治郎の後継者として出馬。市の職員組合や医師会などの支持を得て、4候補を相手に戦い初当選。5月1日に市長に就任。 市民への調査結果などから羽生市や南河原村との合併協議に吹上町を加える事を主張し、市長など三役と教育長の給与を減額する条例を提出した。
栗原 稔(くりはら みのる、1941年9月26日 - )は、… 栗原 稔(くりはら みのる、1941年9月26日 - )は、日本の政治家。埼玉県秩父市長(2期)、埼玉県議会議員(5期)を務めた。 埼玉県秩父市生まれ。1979年(昭和54年)4月以来5期19年にわたり、埼玉県議会議員として県政の一翼を担い、この間、1994年(平成6年)3月には第95代埼玉県議会議長に就任した。 2003年(平成15年)4月に秩父市長となり、4市町村(秩父市、吉田町、荒川村、大滝村)の合併を成し遂げた。2005年(平成17年)5月新秩父市の初代市長に就任。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
岩﨑 正男(いわさき まさお、1941年(昭和16年)8月2… 岩﨑 正男(いわさき まさお、1941年(昭和16年)8月21日 - )は、日本の政治家。元埼玉県桶川市長(3期)。旭日小綬章。 埼玉県北足立郡桶川町(現・桶川市)出身。埼玉県立熊谷農業高等学校卒。卒業後は桶川町役場に入り、建設部長、収入役などを経て、2001年、桶川市長選挙に立候補し、現職の上原榮一を破って当選する。2005年に再選。2009年に三選した。2013年に退任。退任後は桶川市社会福祉協議会会長を務める。2021年春の叙勲で旭日小綬章を受章。
穂坂 邦夫(ほさか くにお、1941年(昭和16年)8月14… 穂坂 邦夫(ほさか くにお、1941年(昭和16年)8月14日 - )は日本の政治家。瑞穂グループCEO、NPO法人地方自立政策研究所理事長。埼玉県志木市長(1期)、埼玉県議会議員(5期)、第99代埼玉県議会議長、志木市議会議員(4期)を歴任。衆議院議員の穂坂泰は息子。 埼玉県志木市出身。1969年、埼玉大学経済短期大学部卒業。埼玉県職員、足立町(現志木市)職員を経て、志木市議会議員に4期連続当選。第8代志木市議会議長を務める。1977年に学校法人と医療法人からなる瑞穂グループを設立、その後、埼玉県議会議員に通算5期当選し、1997年から1年間、第99代埼玉県議会議長を務める。 また、1993年の第40回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で埼玉5区から立候補するが、落選した。
佐久間 実(さくま みのる、1940年〈昭和15年〉9月17… 佐久間 実(さくま みのる、1940年〈昭和15年〉9月17日 - )は日本の政治家・元埼玉県議会議員(9期)。元自民党県議団長。会社社長。 埼玉県立春日部高等学校卒業。会社役員、春日部市議会議員、同議長、自民党埼玉県連青年部長を経て、1979年4月実施の埼玉県議会議員選挙に東7区(春日部市、のち東8区)から立候補し、初当選。以後、9回連続当選。 埼玉県議会第90代議長に就任(1989年3月から1990年6月)。 1992年に埼玉県知事に就任した土屋義彦と対立。議長退任後の1993年5月、過去の埼玉県議会議長選挙をめぐる汚職事件が発覚し、佐久間は収賄容疑で逮捕された。佐久間は自民党県議団を離団し、議員辞職した。
山口 敏夫(やまぐち としお、1940年〈昭和15年〉8月2… 山口 敏夫(やまぐち としお、1940年〈昭和15年〉8月29日 - )は、日本の元政治家。埼玉県東松山市出身。父は元衆議院議員の山口六郎次。ニックネームは「政界の牛若丸」「珍念」「隙間政治家」。 衆議院議員(10期)、労働大臣(第47代)、新自由クラブ幹事長(第3代)を経て、政治団体国民主権の会代表。 埼玉県立松山高等学校を経て、明治大学法学部法律学科に進学するが、在学中に父・六郎次が死去。1963年に卒業し、労働省職員を経て、石田博英の秘書を務める。 1967年の第31回衆議院議員総選挙に父・六郎次の後継者として旧埼玉県第2区から無所属で出馬し初当選するが、当時最年少の26歳で話題になった。
沢辺 瀞壱(さわべ せいいち、1940年(昭和15年)4月2… 沢辺 瀞壱(さわべ せいいち、1940年(昭和15年)4月23日 - )は、日本の政治家。 飯能市議会議員(1期)、埼玉県議会議員(3期)、飯能市長(3期)を歴任。2019年春の叙勲で旭日中綬章を受章。 埼玉県英霊にこたえる会会長。飯能市英霊にこたえる会会長。明治神宮崇敬会飯能支部支部長。 飯能自動車学校の設置者。一男四女の父。 代々埼玉県飯能市岩沢の素封家として栄えてきた沢辺家は、瀞壱の祖父沢辺庄太郎が入間郡加治村の村長、父の沢辺浩(こう)が飯能町の町議会議員を務めるなど、地域のリーダーシップを取っていた。 飯能町立加治小学校の教員をしていた父の浩が1937年(昭和12年)に朝鮮全羅南道に一家で出向し、巨文島の小学校に校長として赴任している中、1940年(昭和15年)4月に誕生した。
小島 敏男(こじま としお、1939年〈昭和14年〉11月1… 小島 敏男(こじま としお、1939年〈昭和14年〉11月11日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属。立正大学名誉教授。 文部科学副大臣(第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)、防衛庁長官政務官(第1次小泉第1次改造内閣)、外務大臣政務官(第1次小泉内閣)、衆議院環境委員長、同北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、衆議院議員(4期)、埼玉県議会議長、埼玉県議会議員(4期)、熊谷市議会議長、熊谷市議会議員(3期)などを歴任。 熊谷市議会議員3期・同議長、埼玉県議会議員4期・同議長を経て、1996年の第41回衆議院議員総選挙に立候補するものの落選。1999年1月、中島洋次郎の議員辞職に伴い、同月21日付で繰上当選。
小島 卓(こじま すぐる、1939年(昭和14年)8月22日… 小島 卓(こじま すぐる、1939年(昭和14年)8月22日 - )は、日本の政治家。元埼玉県白岡市長(3期、白岡町長時代を含む)、自民党白岡支部長。白岡町議会議員(3期)を歴任した。 埼玉県南埼玉郡白岡町高岩に生まれた。白岡町立篠津小学校、白岡町立篠津中学校(現白岡市立篠津中学校)卒業。1958年3月、埼玉県立不動岡高等学校卒業。同年4月、埼玉県信用農業協同組合連合会(JA埼玉県信連)に就職する。1996年3月、同団体を退職。1998年5月、株式会社埼玉県農協総合情報センターの代表取締役に就任。1999年3月、同職を退任。 1999年4月から白岡町議会議員を3期務めた。 2008年11月16日に行われた白岡町長選挙に無所属で立候補し初当選。