増原 裕子(ますはら ひろこ、1977年12月27日 - )… 増原 裕子(ますはら ひろこ、1977年12月27日 - )は、日本のLGBT活動家、社会起業家、文筆家、地方公務員。2020年4月に兵庫県明石市の専門職員に就任した。 神奈川県横浜市出身。慶應義塾女子高等学校、慶應義塾大学文学部卒業。2003年に慶應義塾大学大学院文学研究科フランス文学専攻修士課程を修了後、外務省のジュネーブ公館に在外公館派遣員として勤めた。その後、会計事務所やIT関連会社に勤務。 2011年春、性的少数者のシンポジウムを通じて東小雪と知り合う。東はシンポジウムの登壇者で、増原はスタッフの一人だった。 2012年3月1日、東京ディズニーシーで東と同性挙式を挙げた(後述)。 2013年12月、企業や団体向けにLGBT講演や研修を取り組む社会的企業「トロワ・クルール」を立ち上げ、代表取締役を務める。
荒井 勝喜(あらい まさよし、1967年7月17日 - )は… 荒井 勝喜(あらい まさよし、1967年7月17日 - )は、日本の通産・経産官僚。元内閣総理大臣秘書官。早稲田大学卒業。経済産業省を経て、2021年10月の岸田内閣発足と同時に首相秘書官へ就任。広報を担当し、演説の執筆やメディア対応など、首相のスポークスマン的役割を担っていた。2023年2月、LGBTQなど性的少数者について、「見るのも嫌だ」「隣に住んでいるのも嫌だ」など複数の差別発言をしたことで岸田文雄首相より更迭された。 2023年7月、通商政策局担当の大臣官房審議官に就任した。国際関係担当の官房政策統括調整官も兼ねる。2024年7月、通商政策局長に就任。 神奈川県出身。父は警察官、母は市役所職員。
飯田 陽一(いいだ よういち、1966年3月6日- )は、日… 飯田 陽一(いいだ よういち、1966年3月6日- )は、日本の経済産業・通商産業技官。初代内閣サイバー官。 神奈川県横浜市出身。神奈川県立光陵高等学校を経て、1989年(平成元年)3月に東京大学工学部都市工学科を卒業し、同年4月に通商産業省に入省。 入省後、資源エネルギー庁長官官房鉱業課備蓄班長、デューク大学留学、通商産業省環境立地局環境政策課課長補佐、経済産業省製造産業局参事官室室長補佐、経済産業省製造産業局航空機武器宇宙産業化宇宙産業室長、経済産業省製造産業局航空機武器宇宙産業課長、経済産業省大臣官房参事官(製造産業局担当)、経済産業省貿易経済協力局貿易管理部長などを歴任。経済産業省貿易経済協力局貿易管理部長に在任中、対韓輸出規制問題に関する協議などに取り組んだ。
野村 竜一(のむら りょういち、1964年〈昭和39年〉10… 野村 竜一(のむら りょういち、1964年〈昭和39年〉10月2日 - )は、日本の運輸・国土交通技官。 神奈川県出身。川崎市や横浜市で育ち、聖光学院中学校・高等学校を経て、1989年(平成元年)、東北大学理学部を卒業。1991年(平成3年)に東京大学理学系研究科修士課程を修了し、同年気象庁に入庁。入庁後、総務部企画課企画調整官、仙台管区気象台気象防災部長、地震火山部管理課長、総務部企画課長などを歴任。 2021年(令和3年)1月5日、大阪管区気象台長に就任。 2022年(令和4年)4月1日、地震火山部長に就任。 2023年(令和5年)1月5日、大気海洋部長に就任。在任中、農家や漁業関係者などへのデータ提供が想定された「デジタルアメダス」の導入に取り組んだ。
宮崎 正裕(みやざき まさひろ、1963年2月5日 - )は… 宮崎 正裕(みやざき まさひろ、1963年2月5日 - )は、日本の剣道家、警察官。神奈川県警察本部教養課長代理、術科特別訓練剣道師範。段位は範士八段。階級は警視。神奈川県警察武道館館長。 1990年代の大会で活躍し、剣道競技史上最高の戦績を残したことから、「平成の剣豪」、「剣道界の鉄人」、「努力の天才剣士」などと称される[要出典]。 横浜市出身。小学校1年生から玄武館坂上道場で剣道を始める。中学校では廃部寸前の剣道部に所属し、部員勧誘に奔走したが、結局部員は2人しか集まらず、体育館も使用させてもらえなかったため教室で稽古を重ねた。中学校1年生の時に初段の昇段審査を受験したが、4度連続で落ち、2年生の時に5度目の挑戦でようやく合格した。
大林 正典(おおばやし まさのり、1962年〈昭和37年〉4… 大林 正典(おおばやし まさのり、1962年〈昭和37年〉4月28日 - )は、日本の国土交通技官。 神奈川県横浜市出身。栄光学園高等学校を経て、東京大学理学部を卒業。 大学卒業後、気象庁へ入庁し、仙台管区気象台においてレーダー観測や天気予報に係る業務に従事。その後、気象庁予報部などで勤務し、降水短時間予報や航空気象予測資料の開発に努めた他、予算や組織体制、施策の立案・推進などの業務畑を経験。気象庁総務部企画課長、仙台管区気象台長、気象庁地球環境・海洋部長、気象庁大気海洋部長などを歴任した。また、青年海外協力隊にも参加し、1992年1月から約2年間、ドミニカ共和国の国家気象局で活動した。 日本気象学会では東北支部長などを務め、主に気象学の動向の知見を得る活動に従事し、学会の大会の開催にも携わった。
大久保 智子(おおくぼ ともこ、1961年1月21日 - … 大久保 智子(おおくぼ ともこ、1961年1月21日 - )は、日本の地方公務員。横浜市西区長、総務局長、水道局長を経て横浜市副市長。 神奈川県横浜市瀬谷区出身。神奈川県立希望ケ丘高等学校卒業、中央大学法学部卒業。1983年(昭和58年)4月、横浜市役所入庁。市民局男女共同参画推進室男女共同参画推進課長、西区総務部地域振興課長、都市経営局秘書部秘書課長。2009年(平成21年)、水道局お客さまサービス推進部長。2011年(平成23年)、総務局人材組織部長。 2012年(平成24年)、西区長に就任。重点施策として「住民間の顔の見える関係づくりを一層進めていく。みなとみらいのような新しい街と古くからの市街地の住民の交流を図り、防災面からも地域の『絆・つながり』を深める」ことを挙げた。
大澤 太郎(おおさわ たろう、1960年 <昭和35年> 8… 大澤 太郎(おおさわ たろう、1960年 <昭和35年> 8月 - )は、日本の地方公務員。川崎市環境局長、同市総務企画局長、同市上下水道事業管理者を歴任。 神奈川県立川崎高等学校卒業。1984年 川崎市役所に入庁、2017年4月 小林哲喜の後任として環境局長、2019年4月 同職を斉藤浩二と交代し唐仁原晃の後任として総務企画局長。同年 (令和元年) には令和元年東日本台風の襲来、翌2020年には 新型コロナウイルス対策に取り組んだ 2021年3月 同職を中川耕二と交代し金子督の後任として川崎市上下水道事業管理者。管路や配水池、配水等の耐震化やBCP等のソフト対策の充実に取り組んだ。
林 琢己(はやし たくみ、1960年 - )は、日本の地方公… 林 琢己(はやし たくみ、1960年 - )は、日本の地方公務員。元横浜市副市長。現在は株式会社横浜国際平和会議場の代表取締役社長。神奈川県横浜市出身。早稲田大学大学院修了。 横浜市で生まれ、横浜市立金沢高等学校、早稲田大学社会科学部、早稲田大学大学院政治学研究科を経て、1985年に横浜市役所入庁。 2001年に南区区政推進課長、2003年に市民局、2006年に都市経営局部次長(政策課長)。さらに2008年に市民活力推進局市民協働推進部長、2010年に市民局区政支援部長となる。 2012年から金沢区長となったのち、2015年に経済局長。2020年には横浜市副市長就任。2022年3月に横浜市副市長を退任し、同年6月に株式会社横浜国際平和会議場の代表取締役社長に就任した。
猪熊 純子(いのくま じゅんこ、1958年 - )は、日本の… 猪熊 純子(いのくま じゅんこ、1958年 - )は、日本の地方公務員。内閣官房地域活性化統合事務局次長、内閣府政策参与、東京都知事補佐官、東京都会計管理局長、東京都副知事、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会副会長等を歴任した。父は弁護士で元公明党参議院議員の猪熊重二。 神奈川県出身。神奈川県立横浜翠嵐高等学校を経て、1981年に一橋大学法学部卒業後、社会の役に立つ仕事をしたいと考え、当時の一橋大生の進路としては珍しかった東京都庁に入庁。学術休職制度で留学し、1992年ハーバード大学ケネディ・スクール修士課程修了、公共経営修士(MPA)。 墨田区厚生部高齢者福祉課長を経て、1998年から東京都港湾局副参事(人事担当)として東京臨海副都心の開発等に携わった。
武井 政二(たけい せいじ、1958年または1959年 - … 武井 政二(たけい せいじ、1958年または1959年 - )は、日本の地方公務員。神奈川県総務局長、同副知事を歴任。 神奈川県立西湘高等学校卒業、早稲田大学卒業。 1982年 神奈川県庁入庁。総務局長、保健福祉局長、総務局参事監などを務めた。2020年 (令和2年) 4月 中島正信、浅羽義里の後任として小板橋聡士とともに副知事就任。筆頭格として政策局(ヘルスケア・ニューフロンティア推進本部室、SDGs推進課、未来創生課を除く)、総務局、産業労働局、会計局、県政全般の総括。教育委員会、選挙管理委員会などとの連絡調整を担任。2024年2月 黒岩祐治知事の新型コロナウィルス感染により神奈川県議会本会議を欠席したことに伴い県提出議案の提案を代行説明。
金沢 和夫(かなざわ かずお、別表記 : 金澤 和夫、195… 金沢 和夫(かなざわ かずお、別表記 : 金澤 和夫、1956年 <昭和31年>7月4日 - )は、日本の地方公務員、自治・国土交通・総務官僚。熊本県副知事、同省官房審議官、兵庫県副知事を歴任。 神奈川県出身。栄光学園 (23期)、東京大学法学部卒業。1979年 自治省入省。1994年 (平成6年) 4月 山形県遊佐町助役、1998年4月 兵庫県総務部次長兼財政課長、同総務部長、阪神・淡路大震災からの復旧・復興を最優先に徹底した事業見直し、行財政改革を行った。後に同企画管理部企画調整局長、同企画管理部長。2002年4月 国土交通省航空局飛行場部環境整備課長、2004年6月 熊本県副知事、2008年7月 内閣府地方分権改革推進委員会事務局次長、2010年1月 総務省大臣官房審議官(財政制度・財務担当)。
浅羽 義里(あさば よしさと、1956年4月 - 2025年… 浅羽 義里(あさば よしさと、1956年4月 - 2025年5月16日)は、日本の地方公務員、土木技術者。神奈川県県土整備局長、神奈川県副知事、神奈川県住宅供給公社理事長、神奈川県内広域水道企業団企業長を歴任。 神奈川県横須賀市生まれ。神奈川県立横須賀高等学校を経て、1980年東京工業大学(のちの東京科学大学)工学部土木工学科卒業。同年土木職として神奈川県庁に入庁し、横浜治水事務所に配属された。都市計画課長、平塚土木事務所長、横須賀土木事務所長、環境共生都市部長、県土整備局参事監等を経て、2014年県土整備局長。2016年から土木職からは初となる神奈川県副知事を務め、スポーツ局、環境農政局、県土整備局、収用委員会、漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会等を担当するとともに、横浜新都市センター取締役を兼務し、神奈川県庁で山本隆東京都副知事との間で、2020年東京オリンピック・2020年東京パラリンピックの負担協議を行うなどした。
井上純一(いのうえ じゅんいち、1956年2月1日 - )は… 井上純一(いのうえ じゅんいち、1956年2月1日 - )は、日本の自治体公務員。 神奈川県秦野市出身。神奈川大学法学部卒業後、1978年、平塚市役所入庁。2013年4月、企画政策部長。2015年6月4日、平塚市副市長。2019年6月、任期満了に伴い退任。2020年5月26日、(公財)平塚市まちづくり財団理事長。
飛彈 良一(ひだ りょういち、1954年または1955年 -… 飛彈 良一(ひだ りょういち、1954年または1955年 - )は、日本の地方公務員。元川崎市上下水道事業管理者。瑞宝小綬章受章。 東京都出身、神奈川県立多摩高等学校卒業、1979年 (昭和54年) 横浜国立大学卒業、川崎市役所入庁、2009年 (平成21年) 4月 まちづくり局長、2011年7月 同職を金子弘と交代し平岡陽一の後任として総合企画局長、2013年4月 平岡の後任として川崎市上下水道事業管理者。2016年3月 金子正典を後任として同職を退任、辞職。 市役所退職後、同年6月 一般財団法人川崎市まちづくり公社理事長、2022年 (令和4年) 6月 同職退任。同月 砂田慎治の後任として川崎信用金庫監事。
関水 康司(せきみず こうじ、1952年12月3日 - )は… 関水 康司(せきみず こうじ、1952年12月3日 - )は、 日本の国家公務員(運輸省)、国際公務員(国際海事機関(IMO))。同機構の第8代事務局長を歴任した。 1952年12月3日、神奈川県横浜市出身。 1975年3月に大阪大学工学部造船工学科卒業、同年4月に大阪大学大学院工学研究科に進んだ後、1977年3月に修了して工学修士を取得。大学院修了と共に運輸省入省。 運輸省時代は長崎運輸支局を皮切りに本省の海上技術安全局安全企画室、大臣官房海洋環境課、海上技術安全局安全基準課に勤務し、主に海洋安全や海洋環境の業務を中心に歩むと共に途中で日本造船研究協会(現:日本船舶技術研究協会)及び外務省経済局経済協力2課への出向も経験している。
岡田 優子(おかだ ゆうこ、1952年5月17日 - )は、… 岡田 優子(おかだ ゆうこ、1952年5月17日 - )は、日本の地方公務員。横浜市教育長を経て、神奈川県公安委員会委員長。 同市では地方教育行政の組織及び運営に関する法律改正後初の教育長。 1952年、神奈川県横浜市生まれ。神奈川県立鶴見高等学校卒業後に、1971年、横浜市役所に入庁。2009年4月から2012年3月まで神奈川区長。2012年4月から2015年3月まで横浜市市民局長を歴任。2015年4月から教育長。2018年3月神奈川県公安委員会委員。2021年4月神奈川県公安委員会委員長。 福島第一原子力発電所事故で福島県から横浜市に自主避難した男子生徒が「賠償金があるだろう」など150万円近くを恐喝されるいじめを受けていた事件を「いじめと認定するのは難しい」との認識を示し批判を浴び、後日撤回して「いじめ」と認定した。
三浦 淳(みうら あつし、1952年 - )は、日本の地方公… 三浦 淳(みうら あつし、1952年 - )は、日本の地方公務員。川崎市総合企画局長や、川崎市副市長を経て、公益財団法人川崎市産業振興財団理事長。 神奈川県川崎市生まれ。1971年神奈川県立川崎高等学校卒業。1975年横浜国立大学経済学部卒業。大学卒業後は川崎市を良くしたいという思いから、横浜国立大学生の進路としては珍しかった川崎市役所に入庁。予算や、まちづくりなどを担当し、2006年総合企画局長に就任。 2010年4月 総合企画局長を平岡陽一と交代し曽禰純一郎の後任として川崎市副市長を務め、経済政策、環境政策、福祉行政等を担当し、京浜臨海部国際戦略特区の整備などにあたった。2018年副市長退任。
吉川 伸治(よしかわ しんじ、1952年 - )は、日本の地… 吉川 伸治(よしかわ しんじ、1952年 - )は、日本の地方公務員。神奈川県政策局長や、神奈川県副知事、神奈川県内広域水道企業団企業長を経て、地方独立行政法人神奈川県立病院機構理事長。 神奈川県立小田原高等学校を経て、1975年千葉大学人文学部法経学科卒業、神奈川県入庁。財政課長、総務部次長等を経て、2007年保健福祉部長。2010年理事兼政策局長。2012年から副知事を務め、県民局、保健福祉局、京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区を担当し、医食農同源プロジェクトの推進などにあたった。2016年神奈川県内広域水道企業団企業長。2019年地方独立行政法人神奈川県立病院機構理事長。
黒川 雅夫(くろかわ まさお、1951年7月11日 - )は… 黒川 雅夫(くろかわ まさお、1951年7月11日 - )は、日本の地方公務員。神奈川県副知事、神奈川県信用保証協会会長を経て、神奈川県内広域水道企業団企業長。瑞宝中綬章受章者。 神奈川県立光陵高等学校を経て、1974年(昭和49年)3月に慶應義塾大学法学部法律学科を卒業。同年、神奈川県庁に入庁。 1999年(平成11年)、同県民部文化課長、同教育庁管理部教職員課長、同教育庁管理部総務室長、同教育局教育政策担当部長、同教育局長、同総務部長、同政策部長、同理事(特定行政課題担当)を歴任。 2010年6月より同副知事。2011年4月に神奈川県知事は黒岩祐治になったが、古尾谷光男とともに副知事を続投。
鈴木 隆(すずき たかし、1950年11月19日 - )は、… 鈴木 隆(すずき たかし、1950年11月19日 - )は、日本の地方公務員。横浜市総務局長や、横浜市副市長、横浜国際平和会議場代表取締役社長等を歴任した。 神奈川県横浜市南区出身。神奈川県立横浜緑ケ丘高等学校を経て、1974年横浜国立大学経済学部卒業、横浜市役所入庁。市民局区政課長、福祉局企画課長、保土ケ谷区地域振興課長、社会福祉法人横浜市社会福祉協議会事務局長、福祉局地域福祉部長等を経て、2003年子育て支援事業本部長。地域ケアプラザ構想の策定などにあった。 2007年都市経営局長。2009年行政運営調整局長。2010年総務局長。2012年から副市長を務め、林文子横浜市長の1期目を支え、待機児童ゼロ作戦の成功に尽力するなどした。
岩瀬 洋一郎(いわせ よういちろう、1949年 <昭和24年… 岩瀬 洋一郎(いわせ よういちろう、1949年 <昭和24年> 6月1日 - )は、日本の地方公務員。静岡県企画部長、同副知事、静岡県信用保証協会長を歴任。瑞宝中綬章受章者。 神奈川県横浜市生まれ、静岡県出身、静岡県立静岡高等学校、1973年 静岡大学教育学部卒業。静岡県庁に入庁し、空港部理事、企画部長を経て、2010年 (平成22年) 1月 副知事に就任、川勝平太知事を支えた。2012年3月 川勝知事が実現を目指す副知事3人制を巡って議会が大須賀淑郎と森山誠二を起用する人事案を否決する姿勢を示したことに伴い、それを回避するために副知事を辞任。「部下の人事案が否決されることは耐えられない」と語った。
門松 武(かどまつ たけし、1947年 <昭和22年> 11… 門松 武(かどまつ たけし、1947年 <昭和22年> 11月16日 - )は、日本の国土交通技官。国土交通省関東地方整備局長、河川局長、日本建設情報総合センター理事長を歴任。 1966年3月、神奈川県立湘南高等学校卒業。1967年4月、東京大学理科二類に入学。1971年3月、東京大学農学部林学科卒業。学士入学で同学工学部土木工学科に再入学し、1973年3月に卒業。東大では硬式野球部で投手として活躍し、再入学後は助監督も務めた。 1973年4月、建設省に入省し、近畿地方建設局(現・近畿地方整備局) 淀川工事事務所に配属。1974年4月、同局真名川ダム工事事務所。1975年4月、福島県土木部河川課主査。
佐々木寛志(ささき ひろし、1947年1月16日 - )は日… 佐々木寛志(ささき ひろし、1947年1月16日 - )は日本の地方公務員。横浜市都筑区長、同市健康福祉局長、同市副市長を歴任。瑞宝小綬章受章。 神奈川県横浜市出身。1970年 国際基督教大学教養学部卒業。1971年 横浜市入庁。 道路局理事兼総務部長などを経て、2002年5月 都筑区長。2004年4月1日 福祉局長。2006年4月1日 健康福祉局長。 2007年4月1日から横浜市副市長。こども青少年局、健康福祉局、資源循環局、病院経営局、教育委員会事務局、鶴見区、神奈川区、南区、港南区、磯子区、金沢区を分担。2009年12月11日に辞職。 2010年4月 横浜市信用保証協会会長。2015年2月 ホテル、ニューグランド社外取締役。
高須 幸雄(たかす ゆきお、1946年(昭和21年)8月29… 高須 幸雄(たかす ゆきお、1946年(昭和21年)8月29日 - )は、日本の外交官、国際公務員。2012年から2017年まで国際連合事務次長(管理局長)。 2007年から2010年まで国連大使。 東京大学法学部第二類中退、1969年外務省に入省する。オックスフォード大学留学。 1981年国際連合日本代表部参事官としてニューヨークに赴任する。1988年本省に戻り欧亜局西欧第二課長。1989年国際連合局国連政策課長。1992年インドネシア公使。1993年国連事務次長補・行政管理局財務官。1997年国連日本代表部大使。2000年総合外交政策局国際社会協力部長。2001年在ウィーン国際機関日本政府代表部特命全権大使。
大森 陽一(おおもり よういち、1944年1月4日 - )は… 大森 陽一(おおもり よういち、1944年1月4日 - )は、日本の特許庁技官。特許技監や、知的財産研究所専務理事、知的財産研究教育財団理事長を務めた。 長野県上伊那郡藤沢村(現伊那市)生まれ。神奈川県立希望ヶ丘高等学校を経て、埼玉大学理工学部卒業。特許庁に入庁し、特許技監や、一般社団法人知的財産研究所専務理事、一般財団法人知的財産研究教育財団理事長(代表理事)等を歴任した。2015年春の叙勲で瑞宝中綬章受章。
小方 武雄(おがた たけお、1942年 <昭和17年> - … 小方 武雄(おがた たけお、1942年 <昭和17年> - )は、日本の地方公務員、土木技術者。神奈川県県土整備部長、神奈川県都市整備技術センター理事長を歴任。勲位は瑞宝小綬章。 1942年 神奈川県相模原市生まれ。1961年 神奈川県立湘南高等学校卒業。1966年 東京大学工学部土木工学科卒業。同年 神奈川県庁に入庁し、土木部道路建設課、1988年 横浜国立大学非常勤講師、1989年 (平成元年) 厚木土木事務所道路都市課長、1991年 同部道路管理課長、1993年 小田原土木事務所長、1996年 同部道路整備課長。1998年 同部技監、2001年 県土整備部長。2003年 財団法人神奈川県都市整備技術センター理事長。
吉田 次郎(よしだ じろう、1930年4月3日 - )は、… 吉田 次郎(よしだ じろう、1930年4月3日 - )は、日本の地方公務員、経営者。神奈川県総務部長、テレビ神奈川社長を務めた。神奈川県横浜市出身。勲四等瑞宝章受章。 1954年に東京都立大学人文学部を卒業し、同年に神奈川県庁に入庁。総務部長、湘南国際村専務を経て、1994年6月にテレビ神奈川社長に就任し、1998年6月までに務めた。2000年春の叙勲で勲四等瑞宝章を受章。
小泉富太郎(こいずみ とみたろう、1920年12月25日 -… 小泉富太郎(こいずみ とみたろう、1920年12月25日 - 2008年5月1日)は日本の地方公務員、刀剣研究家。横浜市助役、神奈川県公安委員会委員などを務めた。1992年には勲三等瑞宝章を受章。 1938年に神奈川県立横浜第三中学校を卒業後、1943年に國學院大學文学部国史科卒業。その後大日本帝国海軍に入隊した。 1949年に横浜市に入庁。主に清掃局の畑一本で過ごしてきた。清掃局清掃施設課長、清掃局管理部長などを経て、1971年9月1日に清掃局長、1972年8月3日に総務局長、1975年5月26日には横浜市助役に就任した。1979年5月25日に辞職。 1982年10月21日 神奈川県公安委員会委員。
廣枝 音右衛門(ひろえだ おとえもん、1905年(明治38年… 廣枝 音右衛門(ひろえだ おとえもん、1905年(明治38年)12月23日 - 1945年(昭和20年)2月24日)は、台湾総督府警察の警察官、海軍巡査である。毎年9月第三土曜日か日曜日に、台湾・苗栗県南庄郷の勸化堂で慰霊祭が斎行されている。 1905年(明治38年)12月23日、神奈川県足柄下郡根府川村(片浦村を経て現在の小田原市)に生まれる。片浦尋常高等小学校(現・小田原市立片浦小学校)・逗子開成中学・日本大学予科を経て、1928年(昭和3年)に幹部候補生として佐倉歩兵第57連隊へ入隊。軍曹まで昇進する。 満期除隊後、湯河原町の小学校教員となるが、1930年(昭和5年)に職を辞して台湾に渡り、当時難関の職業であった台湾総督府巡査を志願し晴れて合格した。
大橋 秀雄(おおはし ひでお、1903年3月15日 - 20… 大橋 秀雄(おおはし ひでお、1903年3月15日 - 2002年6月1日)は、日本の警察官、著述家。元警視庁警視正。 警視庁特高部外事課に所属していた警部補当時、副主任としていわゆるゾルゲ事件を担当し、事件の全貌を明らかにした。その功により、1943年(昭和18年)に内務大臣功労記章を受章した。 神奈川県横浜市出身。横浜商業学校を経て、日本大学専門部法律学科第二本科を卒業した。1924年(大正13年)、陸軍近衛野砲兵連隊に入営し、1928年(昭和3年)陸軍砲兵少尉に任官した。同年警視庁巡査となる。 1932年(昭和7年)に巡査部長、1935年(昭和10年)に警部補に昇進する。1936年(昭和11年)、特別高等警察部外事課欧米係となる。
伊藤 裕康(いとう ひろやす )は、日本の海上保安官。第8代… 伊藤 裕康(いとう ひろやす )は、日本の海上保安官。第8代海上保安監。元一般財団法人海上災害防止センター理事長。運輸安全委員会委員。 神奈川県平塚市生まれ。1984年海上保安大学校卒業。海上保安官人生を歩み始める。1997年、第9管区海上保安本部警備課補佐官として、能登半島沖不審船事件に対処。ノルウェー王国日本国大使館1等書記官、唐津海上保安部長、第10管区海上保安本部警備救難部長、海上保安庁警備救難部警備課長、警備救難部管理課長、第11管区海上保安本部次長を経て2018年第8管区海上保安本部長、2020年海上保安庁警備救難部長。同年、第8代海上保安監に就任。2020年11月、フィリピン沿岸警備隊のラロヤ・レオポルド副長官(運用担当)と オンラインで長官級会合を開催し、海賊対策等で連携・ 協力を発展させることで一致した。
平井 節生(ひらい せつお)は、日本の国土交通技官。岩手県県… 平井 節生(ひらい せつお)は、日本の国土交通技官。岩手県県土整備部長、岩手県理事、名古屋高速道路公社副理事長、国土交通大学校副校長などを歴任した。退官後、セントラルコンサルタント副社長執行役員。 東京都生まれ。横浜市育ち。1987年東京工業大学(のちの東京科学大学)大学院土木工学専攻修了、建設省入省。1994年環境庁出向。建設省道路局企画課課長補佐を経て、1998年世界銀行派遣。2000年建設省道路局地方道・環境課沿道環境専門官(国際担当)。 2002年国土交通省四国地方整備局松山工事事務所長。2005年国土技術政策総合研究所高度情報化研究センター高度道路交通システム研究室長。 2008年岩手県県土整備部道路都市担当技監。
町田 隆敏(まちだ たかとし)は、日本の地方公務員。札幌市教… 町田 隆敏(まちだ たかとし)は、日本の地方公務員。札幌市教育委員会教育長を経て、札幌市副市長、札幌ドーム取締役副社長を歴任した。 横浜市出身。北海道大学法学部卒業後、1983年札幌市役所入庁。秘書部長、広報部長を経て、2013年同市教育委員会教育長。2015年から同市副市長を務め、多発する職員の不祥事への対応などにあたった。また2026年冬季オリンピックの招致活動を進めたが、北海道胆振東部地震を受け、ローザンヌでトーマス・バッハ国際オリンピック委員会会長と会談し招致を断念する合意をした。株式会社札幌ドーム取締役副社長、一般社団法人札幌圏地域データ活用推進機構理事長、北海道日本香港協会副会長、国土交通省国土審議会北海道開発分科会計画部会委員等兼務。
関山誠(せきやま まこと)は日本の政令指定都市である横浜市の… 関山誠(せきやま まこと)は日本の政令指定都市である横浜市の公務員。 横浜市出身。1980年 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1984年 横浜市入庁。2008年 政策局国際政策室長。2015年4月 初代国際局長に就任。2021年3月 退職。同年4月 公益財団法人横浜市国際交流協会業務執行理事。