長谷部 彩翔(はせべ あやと、1990年2月6日 - )は、… 長谷部 彩翔(はせべ あやと、1990年2月6日 - )は、新潟県新潟市出身の元サッカー選手。ポジションはMF。 2008年、大野和成と共にアルビレックス新潟トップチームに昇格。2009年、JAPANサッカーカレッジに移籍。2010年、新潟に復帰しツエーゲン金沢に期限付き移籍して試合経験を積む。2011年に新潟に復帰したが、リーグ戦1試合に途中出場したのみで出場機会に恵まれず、2011年シーズン終了をもって契約満了となった。 2012年、東北社会人サッカーリーグ2部のFCガンジュ岩手に移籍。2015年1月、契約満了により退団。岩手ではサッカーのオフシーズンを利用して北信越フットサルリーグ所属の新潟モナルカ(現新潟レガソン)でプレーをしていた。
斉藤 匠(さいとう たくみ、1989年11月12日 - )は… 斉藤 匠(さいとう たくみ、1989年11月12日 - )は、新潟県長岡市(旧与板町)出身のサッカー選手。新潟県サッカーリーグ1部・長岡ビルボードFC所属。 ポジションは、MF。
小林 一貴(こばやし かずき、1989年9月6日 - )は、… 小林 一貴(こばやし かずき、1989年9月6日 - )は、新潟県出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 帝京長岡高校を経て、2008年JAPANサッカーカレッジに加入。 2010年、アルビレックス新潟・シンガポールに移籍したが、2011年をもって契約満了により退団。
大野 和成(おおの かずなり、1989年8月4日 - )は、… 大野 和成(おおの かずなり、1989年8月4日 - )は、新潟県上越市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・湘南ベルマーレ所属。ポジションはディフェンダー(センターバック)。 2008年(平成20年)、長谷部彩翔とともにアルビレックス新潟ユースからトップチームに昇格。2010年(平成22年)はリーグ戦4試合、2011年(平成23年)はプロ入り後初スタメン入りを果たすなどリーグ戦7試合に出場して徐々に出場時間を延ばしていったが、更なる出場機会を求めて2011年(平成23年)8月から愛媛FCに半年間の期限付き移籍。愛媛では移籍後すぐにレギュラーに定着し、リーグ戦17試合に出場した。 2012年(平成24年)は新潟から湘南ベルマーレに期限付き移籍。
川村 優理(かわむら ゆうり、1989年5月17日 - )は… 川村 優理(かわむら ゆうり、1989年5月17日 - )は、新潟県新潟市出身の女子サッカー選手。現在はNWSLのノースカロライナ・カレッジに所属。新潟医療福祉大学出身。サッカー日本女子代表。ポジションはディフェンダーまたはミッドフィールダー。
田中 亜土夢(たなか あとむ、1987年10月4日 - )は… 田中 亜土夢(たなか あとむ、1987年10月4日 - )は、新潟県新潟市東区出身のプロサッカー選手。ポジションは攻撃的ミッドフィールダー。FCコーテーペー所属。 兄はサッカー審判員の田中玲匡。既婚。 10歳の頃からサッカーを始める。中学卒業前にサンフレッチェ広島ユースのセレクションを受けたが、最終選考で落選した。中学卒業後は新潟を離れて前橋育英高校に進学したが、全国高等学校サッカー選手権大会には出場できなかった。2005年にアルビレックス新潟の特別指定選手となり、リーグ戦2試合に出場した。 高校卒業後の2006年に新潟に入団。リーグ戦22試合に出場し、J1第33節名古屋戦でプロ初得点を記録した。
熊谷 幸剛(くまがい ゆきたか、英:KUMAGAI Yuki… 熊谷 幸剛(くまがい ゆきたか、英:KUMAGAI Yukitaka、1987年9月26日 - )は、新潟県出身のサッカー審判員。 新潟経営大学サッカー部出身で現役時代はDFとしてプレーし、2008年より2級審判として活動。2012年12月に1級登録されると2年間のJFL担当を経て2015年よりJリーグ担当に昇格。2017年には全国高等学校サッカー選手権大会決勝に抜擢。翌2018年にJ1昇格を果たすと2020年にはルヴァンカップ準決勝、2021年には天皇杯準決勝と重要な試合に任命され始める。2023年1月19日、国際審判員としてFIFAから承認されたことがJFAより発表された。八木あかね以来となる新潟県サッカー協会所属のサッカー国際審判員となった。
市川 祐樹(いちかわ ゆうき、1987年8月29日 - )は… 市川 祐樹(いちかわ ゆうき、1987年8月29日 - )は、新潟県出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはDF。 駒澤大学を経て、2010年からJAPANサッカーカレッジ、2012年から、アルビレックス新潟シンガポールへ移籍。 2013年12月1日、ゲイラン・インターナショナルFCへ移籍。
森田牧子(もりた まきこ、1984年10月10日 - )は、… 森田牧子(もりた まきこ、1984年10月10日 - )は、新潟県糸魚川市出身の元女子サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。 2004年シーズン途中からYKK APフラッパーズ(→TEPCOマリーゼ)に入団。在学していた東京女子体育大学中退を決断する。2007年の日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)第14節・対スペランツァF.C.高槻戦では、後半ロスタイムに決勝ゴールを決め3-2で劇的な逆転勝ちを収める立役者となった。またオーバヘッドで点を決めるなど、アクロバティックなプレーで観客を沸かせる。 2010年2月2日に現役引退が発表された。 現在は本田圭佑プロデュースサッカースクール「SOLTILO FAMILIA SOCCER SCHOOL」 に就任し、なでしこクラスのメインコーチとして携わっている。
吉田 正樹(よしだ まさき、1984年4月10日 - )は、… 吉田 正樹(よしだ まさき、1984年4月10日 - )は、新潟県新潟市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー。 法政大学を経て2008年に横浜FC入団。シーズン当初こそ出番に恵まれなかったが、徐々に出場数を増やしシーズン後半は右SBのレギュラーとして活躍。2009年も主力として42試合に出場した。2010年からは大学時代の恩師である川勝良一が指揮を執る東京ヴェルディへ移籍。しかし、東京Vでは出場機会には恵まれなかった。 2012年からはJリーグに昇格した松本山雅FCに移籍したが出場機会に恵まれず、同年7月にFC琉球へ期限付き移籍。7月29日のJFL第23節、対SAGAWA SHIGA FC戦でJFL初出場。
高橋 聡(たかはし さとし、1984年3月11日 - )は、… 高橋 聡(たかはし さとし、1984年3月11日 - )は、新潟県出身のサッカー選手。 ポジションはFW。
野本 安啓(のもと やすひろ、1983年6月25日 - )は… 野本 安啓(のもと やすひろ、1983年6月25日 - )は、新潟県新潟市出身の元サッカー選手。ポジションは、DF。 2002年から千葉大学工学部夜間コースに入学し、2005年春にシンガポール移籍を機に休学。復学と同時に岡山大学に編入し転校。2010年3月岡山大学経済学部卒業。
相澤 貴志(あいざわ たかし、1982年1月5日 - )は、… 相澤 貴志(あいざわ たかし、1982年1月5日 - )は、新潟県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー。 小学生の頃は剣道少年だったが、進学した新潟大学教育学部附属新潟中学校に剣道部がなかったことからサッカー部に入部し、2年生からフォワードとして抜群なシュート力を発揮した。新潟江南高等学校ではインターハイ出場なども経験した。卒業後、練習生を経て2000年に川崎フロンターレに入団した。 2001年、J2リーグ初出場。2002年からの3年間は浦上壮史・吉原慎也の前に公式戦での出場は無かったが、川崎がJ1に昇格した2005年シーズン途中から先発出場の機会が増え、チームの上位進出に貢献した。
清野 智秋(せいの ともあき、1981年9月29日 - )は… 清野 智秋(せいの ともあき、1981年9月29日 - )は、新潟県阿賀野市(旧水原町)出身の元サッカー選手である。 水原町立水原中学校卒業後、秋田市立秋田商業高等学校に単身スポーツ留学。高校時代からコンビを組んでいたMF熊林親吾と共に、2000年にジュビロ磐田へ入団。 2002年6月、生活規範に問題(多重債務による金銭問題)があると判断され、磐田から解雇される。11月からは東海リーグ1部の静岡FCに入団し、2003年は11ゴールでリーグ得点王となる。2004年、コンサドーレ札幌に移籍。2005年にはチーム一といわれたシュート技術で11月19日の京都パープルサンガ戦でハットトリックを決めるなど、チーム2位の10得点を叩き出した。
亀崎 鮎太(かめさき あゆた、1981年9月3日 - )は、… 亀崎 鮎太(かめさき あゆた、1981年9月3日 - )は、新潟県出身の元サッカー選手、ビーチサッカー選手・指導者。ポジションはFW。
小林 浩孝(こばやし ひろたか、1981年7月18日 - )… 小林 浩孝(こばやし ひろたか、1981年7月18日 - )は新潟県新潟市出身のサッカー選手、サッカー指導者。
本間 勲(ほんま いさお、1981年4月19日 - )は、新… 本間 勲(ほんま いさお、1981年4月19日 - )は、新潟県北蒲原郡中条町(現・胎内市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションは守備的ミッドフィールダー。 2000年のプロデビューから2014年までの15年間、アルビレックス新潟でプレーし、チームの象徴として「ミスターアルビレックス」と呼ばれた。2014年シーズン途中から栃木SCへ移籍し、2017年に新潟に復帰。同年限りで現役を引退した。 8歳からサッカーを始め、地元の中条サッカースポーツ少年団に入団。胎内市立中条中学校を経て、千葉県の習志野高校へ入学後は1998年に千葉県大会で優勝し、第77回全国高等学校サッカー選手権大会に出場している。
小林 大輝(こばやし だいき、1980年11月6日 - )は… 小林 大輝(こばやし だいき、1980年11月6日 - )は、新潟県新潟市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはフォワード、ディフェンダー。 日本文理高校在学中の1997年にU-17サッカー日本代表に選出されるもその後伸び悩み、高校卒業後Jリーグからのオファーはなし。1999年、当時JFLだった水戸ホーリーホックに入団。 2001年、FC刈谷に完全移籍。4年間フォワードの主力としてチームに貢献。 2005年、アルビレックス新潟シンガポールに期限付き移籍で加入し、翌年に完全移籍。2006年にはキャリアハイとなる1シーズン10得点を記録。2007年シーズンをもって契約満了。 その後アジア各国のクラブを転々とし、2015年に現役引退。
山本 寛幸(やまもと ひろゆき、1979年10月27日 - … 山本 寛幸(やまもと ひろゆき、1979年10月27日 - )は、日本の元サッカー選手、サッカー指導者である。 2019年、富山新庄クラブの監督に就任。
奥山 達之(おくやま たつゆき、1976年1月30日 - )… 奥山 達之(おくやま たつゆき、1976年1月30日 - )は、新潟県出身のサッカー指導者、元サッカー選手。
川口 信男(かわぐち のぶお、1975年4月10日 - )は… 川口 信男(かわぐち のぶお、1975年4月10日 - )は、新潟県三条市出身(出生は隣接している加茂市)のサッカー指導者、元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード(FW)及びミッドフィールダー(MF)。 小学生の時に兄の影響でサッカーを始めた。高校時代には新潟県選抜として国体に2度出場。1994年に順天堂大学に進学し、先輩・名波浩のパスからゴールに迫る活躍で 同年の関東大学リーグ新人賞を受賞。スピードを活かした突破力を武器に快足ストライカーとして名を馳せた。同期に鈴木悟、鳥羽俊正。1997年には大学選抜に選出され、ユニバーシアードに参加。 1998年、名波が在籍するジュビロ磐田に入団。
石栗 建(いしぐり たつる、1971年10月16日 - )は… 石栗 建(いしぐり たつる、1971年10月16日 - )は、新潟県出身のサッカー指導者。日本サッカー協会公認Proライセンスを有する。 新潟明訓高等学校を経て、一浪の末筑波大学へ進学。同大蹴球部でセンターバックとしてプレーし大槻 毅と最終ラインを組む一方で、同大ゼミにてスポーツ医学を学び大学院に進学、卒業した。 当初教員を志していたが大学院在学中より指導者としてサッカーに携わりたいとの想いを強め、1998年にヴェルディ川崎のユースでフィジカルコーチとして指導者のキャリアをスタート。コンサドーレ札幌、東京ヴェルディ、清水エスパルスなどでフィジカルコーチを歴任した。 浦和レッドダイヤモンズの強化スタッフを務めていた大槻から「一緒に仕事をしないか」と熱心な誘いを受け、妻の実家が浦和にあり妻の家族が浦和レッズの熱烈なサポーターだった縁もあり、2013年に浦和レッドダイヤモンズユースでフィジカルコーチも兼ねたコーチに就任。
秋山隆之(あきやま たかゆき、1970年5月24日 - )は… 秋山隆之(あきやま たかゆき、1970年5月24日 - )は、新潟県三条市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 秋田経法大付属高校、立正大学を経て1993年にJリーグ名古屋グランパスエイトに入団し、新潟県出身者初のJリーガーとなるが、リーグ戦等の出場機会に恵まれず同年限りで現役を引退。 引退後は母校でもある立正大学体育会サッカー部監督に就任し、安英学らを育成。その後、ジェフユナイテッド市原・千葉の強化部育成普及部を経て、出身地の新潟医療福祉大学サッカー部監督に就任。 現在は新潟医療福祉大学(男子・女子)サッカー部部長、又同校教員として健康スポーツ学科の准教授を務めている。
神田 勝夫(かんだ かつお、1966年6月21日 - )は、… 神田 勝夫(かんだ かつお、1966年6月21日 - )は、新潟県新潟市出身の元プロサッカー選手、大学教授。兄(昭夫・日立)と弟(勝利・NKK)は共にJSLでプレーした経験を持つ。 NKK在籍時まではフォワードであったが、1994年に移籍したセレッソ大阪で左サイドバックに転向。同年JFLのベストイレブンに選出される。アウトサイドのプレーヤーとして中盤でもプレーした。 1995年に新潟県出身者として初めて日本代表に選ばれ、1995年5月28日のキリンカップ・エクアドル代表戦で1キャップを記録。1998年より横浜F・マリノス、2000年よりアルビレックス新潟でプレーし、2003年をもって現役を引退した。
古俣 健次(こまた けんじ、1964年7月15日 - )は新… 古俣 健次(こまた けんじ、1964年7月15日 - )は新潟県新潟市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。サッカー解説者。 新潟工業高校から大阪商業大学を経て、1987年に日本サッカーリーグ(JSL)のヤマハ発動機(現ジュビロ磐田)に入団。1987/88年シーズンで全試合に出場し、新人王を受賞。日本代表合宿に招集され、松永成立、武田修宏、黒崎久志、菊原志郎らと共にマラハリムカップに出場し、優勝に貢献した。ジャパンフットボールリーグを経て、ジュビロがJリーグ昇格後の1994年まで主力の一角としてプレーしたが、1995年は頸椎の骨折や、同じポジションのドゥンガ加入などが原因でわずか1試合の出場に留まり、オフに戦力外通告を受けて退団した。
有田 一矢(ありた かずや、1960年4月2日 - )は、新… 有田 一矢(ありた かずや、1960年4月2日 - )は、新潟県出身の元サッカー選手、ポジションはセンターバック。サッカー指導者。日本サッカー協会公認S級コーチ。 新潟工業高等学校が1978年度の全国高等学校サッカー選手権大会に初出場した時にはフォワードのポジションでプレー。その後、ヤマハ発動機に入ってからディフェンダーに転向。 ヤマハでは森下申一(後にサッカー日本代表GK)と同期入社。石神良訓、内山篤、柳下正明、吉田光範などと共にプレーし、1988年の日本サッカーリーグ1部優勝に貢献した。 1990-91年シーズンを最後に現役を引退。その後はサッカー指導者の道に入り、現在に至る。
牛木 素吉郎(うしき そきちろう, 1932年6月12日 -… 牛木 素吉郎(うしき そきちろう, 1932年6月12日 - )は、新潟県中頸城郡津有村(現:上越市)出身のサッカージャーナリスト、元サッカー選手。元兵庫大学経済情報学部教授。 太平洋戦争中は朝鮮で暮らしていたが、12歳で終戦に伴って日本に帰国。親戚を頼って新潟県中頸城郡津有村(現:上越市)に移った。 中学時代にサッカーを知り、新潟県立新潟高等学校を卒業後、東京大学文学部社会学科に入学してア式蹴球部に在籍した。1956年に大学を卒業して東京新聞に入社。1959年に読売新聞へ移り、運動部編集委員として30数年間スポーツ記者を務めた。また、1969年には読売サッカークラブ(現:東京ヴェルディ)の設立に携わった。