介川 アンソニー 翔(すけがわ アンソニー しょう、2004… 介川 アンソニー 翔(すけがわ アンソニー しょう、2004年3月30日 - )は、東京都出身のバスケットボール選手。ポジションはスモールフォワードまたはパワーフォワード。 アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれる。日本とアメリカを行き来し、中学2年生の頃からカリフォルニア州サンディエゴに定住した。 2021年に新型コロナウイルスの流行もあり帰国し、開志国際高等学校に転入学。3年時に出場した第75回全国高等学校バスケットボール選手権大会ではエースとして優勝に貢献し、大会ベスト5に選出された。 高校卒業後は専修大学へ進学。2024年2月には三遠ネオフェニックスの練習に参加した。 2024年12月13日にプロ契約の特別指定選手として島根スサノオマジックに加入した。
小野寺 佑奈(おのでら ゆうな、2002年3月24日 - )… 小野寺 佑奈(おのでら ゆうな、2002年3月24日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。Wリーグのトヨタ自動車アンテロープス所属。 清田中学校でジュニアオールスター・全中ベスト8となり、開志国際高校を経て日体大に進み、インカレベスト8を経験。 2023年12月、トヨタ自動車アンテロープスにアーリーエントリーとして加入。
山口 里奈(やまぐち りな、2001年7月6日 - )は、日… 山口 里奈(やまぐち りな、2001年7月6日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。 開志国際高校で全国大会を経験。U17ワールドカップの日本代表にも選出される。 2020年、日立ハイテク クーガーズに加入。
小栗 瑛哉(おぐり あきとし、2001年3月1日 - )は、… 小栗 瑛哉(おぐり あきとし、2001年3月1日 - )は、岡山県出身のバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。身長174cm、体重75kg。Bリーグ・B2の信州ブレイブウォリアーズ所属している。 開志国際高校から大阪産業大学に進学。2022年12月より秋田ノーザンハピネッツの練習生となり、2023年2月3日に金沢武士団に特別指定選手として加入。その後3月10日に秋田ノーザンハピネッツに特別指定選手として加入。 2023-24シーズンより、秋田と選手契約を結んだ。 2025-26シーズンより信州ブレイブウォリアーズに移籍。
杉山 夏穂(すぎやま かほ、2000年7月6日 - )は、日… 杉山 夏穂(すぎやま かほ、2000年7月6日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。Wリーグの新潟アルビレックスBBラビッツ所属。 白山小学校3年でバスケットボールを始める 新潟清心女子高校では3年時の北信越総体ベスト4。 山梨学院大では4年時にインカレベスト8。 2023年、新潟アルビレックスBBラビッツに加入。チームでは2020年引退した山澤恵以来の県出身選手となる。
サンブ・アスドゥ(英語: Sambe Astou、1999年… サンブ・アスドゥ(英語: Sambe Astou、1999年6月27日 - )は、セネガルの女子バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。Wリーグの姫路イーグレッツ所属。 開志国際高校に留学し、インターハイ、ウインターカップともにベスト8。 高校卒業後、江戸川大に進学。 2023年1月、アイシン ウィングスにアーリーエントリーとして加入。 2025年オフ、アイシンを退団。姫路イーグレッツに移籍。
遠藤 善(えんどう ぜん、1998年11月5日 - )は、日… 遠藤 善(えんどう ぜん、1998年11月5日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。Bリーグ(B2)の鹿児島レブナイズ所属。ポジションはSG。 新潟県南蒲原郡田上町出身。帝京長岡高校から日本体育大学に進み、卒業前の2021年3月に大阪エヴェッサとアマチュア契約。 2021年7月、新潟アルビレックスBBに加入。 2024年6月、茨城ロボッツに加入。 2025年6月、鹿児島レブナイズに加入。
船生 晴香(ふにゅう はるか、1998年10月26日 - )… 船生 晴香(ふにゅう はるか、1998年10月26日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。 兄の船生誠也もプロバスケットボール選手。 開志国際高校から早大に進み、全国大会を経験。 2021年、日立ハイテク クーガーズにアーリーエントリーを経て加入。
多田 武史(ただ たけし、1997年〈平成9年〉11月25日… 多田 武史(ただ たけし、1997年〈平成9年〉11月25日 - )は、日本のバスケットボール選手。新潟県新潟市出身。ポジションはシューティングガード。B.LEAGUEの鹿児島レブナイズ所属。 八王子学園八王子高等学校を卒業後拓殖大学に進学。 2020年1月20日、秋田ノーザンハピネッツに特別指定選手として加入した。2020-21シーズンより、秋田と選手契約を結んだ。 2023年6月7日、福島ファイヤーボンズに移籍。 2025年6月12日、鹿児島レブナイズに移籍。
星野 曹樹(ほしの ともき、1997年11月5日 - )は、… 星野 曹樹(ほしの ともき、1997年11月5日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。 帝京長岡高校時代には全国大会ベスト8。白鷗大ではパワーフォワードとして関東大学選手権優勝とインカレ4位。年代別日本代表も経験。 2020年1月、新潟アルビレックスBBに特別指定選手として登録。卒業後にプロ契約。 2022年5月、新潟と契約解除。 8月、群馬クレインサンダーズに練習生として加入し、12月に選手契約。 2024年6月5日に仙台89ERSと契約を結んだ。
シラ・ソハナ・ファトー・ジャ(Sokhana Fatou D… シラ・ソハナ・ファトー・ジャ(Sokhana Fatou Dia Sylla、1997年6月4日 - )は、セネガルの女子バスケットボール選手である。ポジションはセンター。Wリーグのデンソーアイリス所属。 中学までセネガルで過ごしたのち、開志国際高校に留学。白鷗大学卒業。 2021年1月、アーリーエントリーでトヨタ自動車アンテロープスに加入。 同年、バスケットボール女子セネガル代表に選出され、アフリカ選手権に出場。
秋山 皓太(あきやま こうた、1996年〈平成8年〉12月2… 秋山 皓太(あきやま こうた、1996年〈平成8年〉12月29日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。新潟県上越市出身。ポジションはシューティングガード兼スモールフォワード。 新潟県上越市出身。小学生から競技を始め、上越教育大学附属中学校で2年次前半まで活躍。その後、全国屈指の強豪校である新発田市立本丸中学校に転校し、一躍全国区のプレーヤーに。富樫勇樹の父でU-16男子日本代表アドバイザリーコーチである富樫英樹の指導を受け、2010年の全国中学校バスケットボール大会で優勝。中学3年の時にU-16日本代表候補に選出され、その時のアシスタントコーチだった井手口孝がコーチを務める福岡第一高等学校に進学した。
千葉 歩(ちば あゆみ、1996年8月4日 - )は、日本の… 千葉 歩(ちば あゆみ、1996年8月4日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。 東京学館新潟高校で全国大会を経験した後、専修大学に進み、インカレ5位。 2019年、新潟アルビレックスBBにアーリーエントリー。 2021年、シャンソンVマジックに移籍。 2023年2月22日、方向性の違いを理由にシャンソン化粧品を退団したことを発表。 2023年4月17日、東京羽田ヴィッキーズに加入。 2026年2月26日に現役引退を表明した。
今村 佳太(いまむら けいた、1996年1月25日 - )は… 今村 佳太(いまむら けいた、1996年1月25日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはSG/SF。Bリーグ1部の名古屋ダイヤモンドドルフィンズ所属。新潟県長岡市出身。 長岡市立東北中学校から長岡工業高校へ長岡工業高校から新潟経営大学に進み、大学4年で新潟アルビレックスBBに加入。 2018年8月、2018年バンコクアジア大会の日本代表に選ばれたが、大会期間、 深夜外出時に「JAPAN」ロゴ入り公式ウェア着用のまま現地女性に対し、買春行為を行い、ホテルへ赴き、17日未明に選手村に戻った。それがアジア大会日本選手団の行動規範違反であったため、日本オリンピック委員会より他3名の選手たちと共に日本選手団認定を取り消され帰国を命じられた。
石井 峻平(いしい しゅんぺい、1995年7月13日 - )… 石井 峻平(いしい しゅんぺい、1995年7月13日 - )は、新潟県長岡市出身の元プロバスケットボール選手。ポジションはシューティングガード。 2011年から2013年まで新潟県立長岡大手高等学校でプレー、2014年から2017年まで駒澤大学でプレー。 2018年に特別指定選手としてアースフレンズ東京Zでプレー、2018年から2021年まで新潟アルビレックスBBでプレー、2021-23シーズンは愛媛オレンジバイキングスでプレーした。2023年7月20日、バンビシャス奈良へ移籍した。 2026年6月1日に引退を表明した。
花野 文昭(はなの ふみあき、1995年1月23日 - )は… 花野 文昭(はなの ふみあき、1995年1月23日 - )は、新潟県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。身長173cm、体重73kg。国際バスケットボール連盟(FIBA)承認、日本バスケットボール協会(JBA)公認の3x3グローバルプロリーグの3x3.EXE PREMIERのMINAKAMI TOWN.EXEに所属。 本丸中学校(新潟県)から桜丘高校(愛知県)へ進学。 桜丘高校では全国高校総体(インターハイ)や全国高校バスケ選抜優勝大会(ウインターカップ)、国民体育大会に出場。 2013年、信州ブレイブウォリアーズで練習生を経て、選手登録される。 2016年、群馬クレインサンダーズへ移籍。
富樫 勇樹(とがし ゆうき、1993年7月30日 - )は、… 富樫 勇樹(とがし ゆうき、1993年7月30日 - )は、新潟県新発田市出身のプロバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。B.LEAGUEの千葉ジェッツふなばしに所属。バスケットボール男子日本代表。 タレント業においてはアミューズ所属。 新潟県新発田市に生まれ、小学1年生でミニバスケットボールを始める。新発田市立本丸中学校では監督としてチームを率いる父親のもと、3年時に全国大会で優勝したほか、2年時と3年時にはそれぞれ15歳以下、16歳以下の日本代表に選抜された。 中学卒業を控え、当時浜松・東三河フェニックスのヘッドコーチで、富樫の父親と交流があった中村和雄の勧めもありアメリカ留学を決意。
加藤 竜太(かとう りょうた、1993年2月3日 - )は、… 加藤 竜太(かとう りょうた、1993年2月3日 - )は、新潟県糸魚川市出身のバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。 糸魚川市立大和川小学校の3年の時にバスケットボールを始めた。糸魚川市立糸魚川東中学校を経て糸魚川高校から新潟工業短期大学に進学した。 新潟工業短期大学在学中の2012年10月、新潟アルビレックスBBのトライアウトで合格し、練習生となった。 2013年、ドラフト2巡目で指名されプロ契約を結んだ。 2016年7月、バンビシャス奈良に期限付き移籍。 2017年7月、岩手ビッグブルズに移籍。 2018年11月、プロバスケットボール選手を引退する事を、本人と思われるTwitterアカウントでTweetがあった。
加藤 佑理(かとう ゆり、女性、1989年7月27日 - )… 加藤 佑理(かとう ゆり、女性、1989年7月27日 - )は、新潟県出身の日本のバスケットボール選手である。ポジションはセンター。日立ハイテク クーガーズ所属。 新潟中央高校から2008年、日立ハイテクノロジーズに入社。2012年引退。
小林 高晃(こばやし たかあき、1988年3月8日 - )は… 小林 高晃(こばやし たかあき、1988年3月8日 - )は、新潟県出身のバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。身長187cm、体重90kg。 洛南高時代は3年時にキャプテンを務め、インターハイでベスト8。ウインターカップではインターハイ同様に優勝した福岡第一高に僅差で敗れるものの、3位に輝いた。オールラウンダー集団と言われた洛南で、ゴール下やリバウンドなど地味なところをこなすプレーヤーであり、ウインターカップでは1試合平均32.4得点を記録。 卒業後は青山学院大学に進み、4年次にユニバーシアード代表に選出される。実弟・遥太もバスケットボールプレイヤーで、洛南高から青学大に進み活躍している。
小林 祐太(こばやし ゆうた、1987年6月19日 - )は… 小林 祐太(こばやし ゆうた、1987年6月19日 - )は、日本のプロバスケットボール選手である。bjリーグの秋田ノーザンハピネッツに2013-14シーズンの間所属していた。ポジションはガード。 新潟県新潟市出身。小学校6年生時、田臥勇太らを擁した秋田県立能代工業高等学校に憧れ、本格的にバスケットボールに取り組みようになる。中学を卒業すると単身秋田に引っ越し能代工業に入学、3年次にはスターティングメンバーに選ばれた。この時の同期生には信平優希らがいた。 高校卒業後は秋田経済法科大学(ノースアジア大学)を経て、秋田ノーザンハピネッツを運営する秋田プロバスケットボールクラブ社に就職、運営スタッフとして働いていた。
佐藤 優樹(さとう ゆうき、1987年5月3日 - )は、新… 佐藤 優樹(さとう ゆうき、1987年5月3日 - )は、新潟県新潟市出身の元プロバスケットボール選手で現在は指導者。現役時代のポジションはシューティングガード。役職はアシスタントコーチ。Bリーグ・新潟アルビレックスBB所属。 五泉高校から新潟医療福祉大学を経て、卒業後、アップルスポーツカレッジバスケットボール専攻科に進学。 在学中にチームトライアウトを経て新潟アルビレックスBB-A2に入団。2011年2月にトップチーム昇格を果たした。(2010 - 11年契約締結時にはリリースされなかったが、アーリーチャレンジでの契約であり、2011年ドラフト会議対象選手となっている。)五泉高校、新潟医療福祉大学の両卒業時にアルビレックスBBの平岡ACがスカウトに行っている。
佐藤 優樹(さとう ゆうき、1987年5月3日 - )は、新… 佐藤 優樹(さとう ゆうき、1987年5月3日 - )は、新潟県新潟市出身のプロバスケットボール選手である。日本男子プロバスケットボールリーグB.LEAGUEの新潟アルビレックスBB所属。ポジションはフォワード。背番号は5。
本間 愛美(ほんま まなみ、旧姓:坪谷、1986年6月14日… 本間 愛美(ほんま まなみ、旧姓:坪谷、1986年6月14日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ポジションはガードフォワード。コートネームは旧姓から取った「ツボ」。新潟県五泉市出身。
長谷川 惠一(はせがわ けいいち、1985年5月11日 - … 長谷川 惠一(はせがわ けいいち、1985年5月11日 - )は、日本の実業家、パーソナルトレーナー、元バスケットボール選手、タレント。新潟県新潟市出身。 Amazon Prime Videoの恋愛リアリティ番組『バチェロレッテ・ジャパン』シーズン2の出演を経て、『バチェラー・ジャパン』シーズン5にて5代目バチェラーを務めたことで知られる。
齋藤 崇人(さいとう たかと、1985年5月10日 - )は… 齋藤 崇人(さいとう たかと、1985年5月10日 - )は、新潟県新潟市出身の元プロバスケットボール選手である。 10歳の時にバスケットボールを始める。 中学校は新潟市立東石山中学校に進学。 2001年4月、地元の名門新潟県立新潟商業高等学校に進学し、1年生時よりスタメンでインターハイ、ウインターカップに出場。3年生時の2003年ウインターカップでベスト8入り。 2004年4月、日本大学に進学。3年生時の全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)で3位。4年生時の関東リーグ戦で準優勝し、敢闘賞を受賞。インカレは5位。 大学在学中の2008年1月にbjリーグ2次トライアウトに合格して育成指定選手となり、2月にアーリーチャレンジ制度により新潟アルビレックスBBに入団。
小菅 直人(こすげ なおと、1982年3月5日 - )は、新… 小菅 直人(こすげ なおと、1982年3月5日 - )は、新潟県柏崎市出身のプロバスケットボール選手である。新潟アルビレックスBBと琉球ゴールデンキングスに所属していた。ポジションはシューティングガード。187cm、80kg。 9歳の時にバスケットボールを始める。中学校は柏崎市立東中学校に進学。高校は柏崎工業高校に進学。当時の新潟には全国的にも強豪の新潟商業があった為、全国大会(インターハイ・国体・ウィンターカップ)には無縁の3年間を過ごす。この頃は、まだ全国的には全くの無名選手だった。 それでも大学は関西で強豪の近畿大学から声をかけられ進学。。この大学4年間で大きく飛躍し、全国に知られる存在となる。
五十嵐 圭(いがらし けい、1980年5月7日 - )は、日… 五十嵐 圭(いがらし けい、1980年5月7日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手。ニックネームは「ケイ」。新潟県上越市出身。2013年10月1日付で芸能事務所セント・フォースのアスリート部門「ゾーン」と契約。血液型はA型。 真行寺幼稚園、上越市立春日新田小学校、上越市立直江津東中学校、北陸高等学校、中央大学文学部卒業。[要出典] 中央大学在籍時、インターカレッジ(全日本大学バスケットボール選手権大会)で1年生の時に3位、3年生の時に準優勝を経験。[要出典]2003年、日立サンロッカーズに入団。背番号は7。日本代表にも選出される。2006年にはバスケットボール世界選手権に出場した。 2009年、トヨタ自動車アルバルクに移籍。
祐木 毅(ゆうき たけし、1968年7月6日 - )は、新潟… 祐木 毅(ゆうき たけし、1968年7月6日 - )は、新潟県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。200cm。今は松山高校「天下の松高、比企の東大」体育教師を務めている 新潟南高校、筑波大学から熊谷組に入社。 休部後は、アイシン、ボッシュと渡り歩く。 全日本のメンバーとして1994年アジア競技大会や1998年世界選手権に出場。 ボッシュ休部を機に第一線から退き、埼玉県立浦和北高等学校の教諭を務め、教員連盟の大会にも参加している。
浦上 幸二郎(うらかみ こうじろう、1968年3月19日 -… 浦上 幸二郎(うらかみ こうじろう、1968年3月19日 - )は、新潟県出身のバスケットボール選手・指導者である。 坂井輪中学校、新潟工業高校から順天堂大学を経て、住友金属に入社。バスケットボール部に所属。 1998年の休部ととも地元である新潟支社に配属。一方、新潟工業OBチームでプレーを続け、国体にも出場した。 2004年、社員の肩書きのまま新潟アルビレックスBBのアシスタントコーチに就任。bjリーグ発足後も変わらず。 2008年、アドバイザリーコーチとなる。同年の大分国体では新潟県の監督を務めた。 プロ野球、阪神タイガースの熱烈なファンである。
倉石平(くらいし おさむ、1956年4月20日 - )は新潟… 倉石平(くらいし おさむ、1956年4月20日 - )は新潟県出身の元バスケットボール選手、現バスケットボール指導者である。現役時代のポジションはガード。早稲田大学スポーツ科学学術院准教授。
炭田 久美子(すみた くみこ、1953年3月18日 - )は… 炭田 久美子(すみた くみこ、1953年3月18日 - )は、日本の女子バスケットボール選手・指導者である。新潟県新井市(現:妙高市)出身。 新井中学校でバスケを始め、高田商業高校卒業後、日立甲府に入社。 1986年に山梨で開催されたかいじ国体では選手・コーチを兼任し、引退後はコーチに転じる。1997年にはヘッドコーチに就任し、日本リーグ初の女性ヘッドになった。 日立甲府が甲府→山梨クィーンビーズとクラブ化された後も引き続き指揮を執り、2005年には日本代表コーチも務める。 2012年にヘッド退任し、翌シーズンはゼネラルマネージャーを務めた。 2015年、地元の新潟アルビレックスBBラビッツのヘッド就任。
大島 康邦(おおしま やすくに、1938年6月8日 - )は… 大島 康邦(おおしま やすくに、1938年6月8日 - )は元バスケットボール選手。 1938年、新潟県生まれ。新潟市立鳥屋野中学校に入学し、バスケットボールを始める。新潟県立新潟南高等学校3年のとき、県大会決勝まで進む。新潟県立新発田商工高等学校を相手にチームの総得点51点のうち32点を入れたものの、惜敗。 1957年、立教大学に進学。立教大学の黄金時代を担うプレーヤーとなり、主将を務めた4年時には1960年ローマオリンピック大会の代表に選出される。 1961年日本鉱業に入社し、9シーズンプレー。日本鉱業の黄金時代のプレーヤーであり、オールジャパン4連覇のメンバーである。 引退後は、ペルー・フィリピンに駐在。
吉井 四郎(よしい しろう、1919年3月20日 - 199… 吉井 四郎(よしい しろう、1919年3月20日 - 1992年10月20日)は日本のバスケットボール指導者である。埼玉大学教授。日本バスケットボール協会理事。勲三等瑞宝章。
吉井 精三郎(よしい せいざぶろう、1917年3月9日 - … 吉井 精三郎(よしい せいざぶろう、1917年3月9日 - 1947年9月)は、日本の元バスケットボール選手である。 新潟県立新潟商業学校(現在の新潟県立新潟商業高等学校)に学び、強豪の籠球部(バスケットボール部)に所属した。 全日本の一員として1936年ベルリンオリンピックに出場した。 1964年東京オリンピックバスケットボール日本代表監督の吉井四郎は2歳下の弟。
横山 堅七(よこやま けんしち、1916年9月22日 - 生… 横山 堅七(よこやま けんしち、1916年9月22日 - 生没不明)は、日本のバスケットボール選手。1936年ベルリンオリンピックに出場した。 新潟県立新潟商業学校(現在の新潟県立新潟商業高等学校)に学び、強豪の籠球部(バスケットボール部)に所属した。早稲田大学に進み、バスケットボール部に所属。早稲田大学在学中、1936年ベルリンオリンピックに出場した。1938年には東洋選手権大会日本代表、1939年には来日したカナダのチーム(「ウェスターン軍」)と対戦した日本代表チームの一員となり、宗像卯一とともに年間最優秀選手に選ばれた。1940年には東亜競技大会の日本代表選手となる。 その後、日本鋼管に所属。