若林 憲一(わかばやし けんいち、1953年5月3日 - )… 若林 憲一(わかばやし けんいち、1953年5月3日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。
山梨県:930人
若林 憲一(わかばやし けんいち、1953年5月3日 - )… 若林 憲一(わかばやし けんいち、1953年5月3日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。
小川 正史(おがわ まさし、1953年4月7日 - )は、日… 小川 正史(おがわ まさし、1953年4月7日 - )は、日本の外交官。 山梨県出身。1979年(昭和54年)東京大学文学部を卒業し、外務省に入省した。在ミャンマー日本国大使館参事官、中国モンゴル課日中経済室長、人事企画官、2011年(平成23年)9月、人事課調査官を経て、2013年(平成25年)9月11日から、ネパール駐箚特命全権大使。2018年(平成30年)7月、KDDI顧問。
篠原 尚之(しのはら なおゆき、1953年(昭和28年)2月… 篠原 尚之(しのはら なおゆき、1953年(昭和28年)2月8日 - )は、日本の元財務官僚。元国際通貨基金副専務理事。 山梨県出身。甲府第一高校、東京大学経済学部卒業。小宮隆太郎のゼミで国際金融などを学ぶ。 1975年に大蔵省入省。2007年から2年間、財務官を務め、G7財務大臣中央銀行総裁会議の議長国(2008年)として、またリーマン・ショック(2008年9月)への対応などに当たった。2009年2月14日、中川昭一財務大臣兼金融担当大臣(肩書きは当時、以下同)のローマで行われたG7の財務大臣・中央銀行総裁会議後の朦朧記者会見時に同席していた。 財務省退官の後、2010年から5年間、IMF(国際通貨基金)副専務理事として欧州債務危機等に対応した。
安東みきえ(あんどう みきえ、1953年 - )は、日本の児… 安東みきえ(あんどう みきえ、1953年 - )は、日本の児童文学作家・絵本作家。山梨県甲府市生まれ。 1992年、「地球のゆめ」で 第12回 カネボウ・ミセス童話大賞 アイディア賞を受賞。1994年、毎日新聞社主催の《小さな童話》大賞で大賞と選者賞今江祥智賞を受賞(大賞受賞作は「ふゆのひだまり」選者賞受賞作は「いただきます」) 。2000年、「天のシーソー」で第11回椋鳩十児童文学賞を受賞。2018年、「満月の娘たち」で第56回野間児童文芸賞を受賞。2022年、「夜叉神川」で第62回日本児童文学者協会賞を受賞。 「」内が安東みきえの作品 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
中沢 正隆(なかざわ まさたか、1952年9月17日 - )… 中沢 正隆(なかざわ まさたか、1952年9月17日 - )は、日本の工学者。東北大学特別栄誉教授、災害科学国際研究所特任研究員。 専門は光通信・光情報処理の通信工学、電子工学、量子エレクトロニクスで、エルビウム添加光ファイバ増幅器・ファイバーレーザー・光ナイキストパルスの開発で知られる。 山梨県東八代郡豊富村(現・中央市)生まれ。1971年山梨県立甲府南高等学校卒業。1975年金沢大学工学部電子工学科卒業。1977年東京工業大学(のちの東京科学大学)大学院理工学研究科修士課程修了。1980年同大学院総合理工学研究科博士課程修了、工学博士。 1980年日本電信電話公社入社、茨城電気通信研究所。1984年‐85年MIT電子工学研究所客員研究員。
末木 恭彦(すえき やすひこ、1952年8月2日 - )は、… 末木 恭彦(すえき やすひこ、1952年8月2日 - )は、日本の中国哲学者。駒澤大学名誉教授。朱子学、徂徠学に地道な研究を進める。六十歳を過ぎて井筒俊彦の哲學に深い影響を受ける。 1952年、山梨県甲府市生まれ。中学卒業までを甲府で過ごす。幼少時から人と交わるのが苦手であったが、気の合う少数の友人とは深く交わる。中学時代に中国に深い興味を抱く。 高校は桐朋高校へ進む。高橋毅や森雅雄、土屋俊などと親しくする。この時期学生運動の影響を強く受けた。また、高校時代から父末木剛博、兄末木文美士と家庭内の勉強会を行っており、幅広く耳学問をした。高校時代兄と一緒に『ガロ』を購入して読んでおり、一時は本気で漫画評論家を目指した。
小俣 雅子(おまた まさこ、1952年(昭和27年)6月19… 小俣 雅子(おまた まさこ、1952年(昭和27年)6月19日 - )は、日本のフリーアナウンサー、エッセイスト。元・文化放送アナウンサー。アップフロントクリエイト(アップフロントグループ)所属。血液型O型。山梨県都留市出身。山梨県立都留高等学校、東京学芸大学教育学部卒業。独身。 1975年4月、文化放送にアナウンサーとして入社。1990年3月退社後、フリーとしてテレビやラジオ、講演、執筆活動など、幅広く活躍。1987年から2007年までの20年間『吉田照美のやる気MANMAN!』で、入社が1年先輩にあたる吉田照美とコンビを組んだ。 大学時代に、中学・高校の英語教員免許を取得。他に書道五段。福山雅治の大ファンと公言している(そのため、小俣が出演している『やる気MANMAN!』にも、最終回を含め数回、福山がゲスト出演している。
三浦 友和(みうら ともかず、1952年〈昭和27年〉1月2… 三浦 友和(みうら ともかず、1952年〈昭和27年〉1月28日 - )は、日本の俳優、歌手。山梨県塩山市(現:甲州市)出身。小学校中学年から東京都在住。テアトル・ド・ポッシュ所属。 父親は日下部警察署塩山分庁舎の警察官(巡査)をしていたが、母の実家の神金で生まれた。小学3年生で東京に来るまで大菩薩峠の麓を6回引っ越した。覚えているのは三歳で移った大藤村と次の東雲の駐在所だけという。 引っ越し続きが子どもの教育によくないと考えた父は、甲州市立東雲小学校3年生の3学期のとき、山梨県警察を退職し、一家で東京へ転居を決める。バス会社の国際興業に転職し、一家は新宿区の社員寮に移る。これに伴い新宿区立津久戸小学校に転校した。
長田 達也(おさだ たつや、1952年(昭和27年) - )… 長田 達也(おさだ たつや、1952年(昭和27年) - )は、日本の照明技師である。 1952年(昭和27年)、山梨県山梨市牧丘町に生まれる。 1971年(昭和46年)、照明助手としてテレビ映画、独立プロダクションの作品に参加。1983年(昭和58年)、森﨑東監督作品で初めて技師を手掛けた。 撮影現場では照明だけでなくさまざまな提案をする照明マンとしても有名で、周防正行監督や矢口史靖監督のブレインとしても活躍している。 1997年(平成9年)、『shall we ダンス?』で第20回日本アカデミー賞 最優秀照明賞を受賞。以後、2002年(平成14年)『陰陽師』、2004年(平成16年)『壬生義士伝』、2008年(平成20年)『それでもボクはやってない』、2010年(平成22年)『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』2014年(平成26年)『舟を編む』2020年(令和2年)『カツベン!』の6作品で優秀照明賞を受賞。
山下昌彦(やました まさひこ、1952年- )は日本の建築家… 山下昌彦(やました まさひこ、1952年- )は日本の建築家、都市計画家。株式会社UG都市建築代表取締役。建築・まちづくり専門家。APECアーキテクト。 銚子市都市計画マスタープラン策定委員会委員。日本建築家協会、日本都市計画家協会会員。山梨県甲府市生まれ。
福田 修二(ふくだ しゅうじ、1951年12月20日 - )… 福田 修二(ふくだ しゅうじ、1951年12月20日 - )は、日本の実業家。太平洋セメント代表取締役社長を経て、同社取締役会長、サッポロホールディングス取締役。元セメント協会会長。 山梨県白根町(現南アルプス市)出身。父は俳人の福田甲子雄。山梨県立巨摩高等学校を経て、1974年福島大学経済学部卒業、小野田セメント(現太平洋セメント)入社。経理部長、北陸支店長を経て、2008年執行役員人事部長。2010年取締役常務執行役員。 2012年から太平洋セメント代表取締役社長を務め、中期経営計画を進め、財務体質強化や、グローバル化にあたった。 2016年セメント協会会長。2018年新規中期経営計画の開始を機に太平洋セメント取締役会長に退いた。
笹本 正治(ささもと しょうじ、1951年(昭和26年)12… 笹本 正治(ささもと しょうじ、1951年(昭和26年)12月19日 - )は、日本の歴史学者。前信州大学人文学部教授・副学長。2016年4月1日から長野県立歴史館長。専攻は日本の中世史・近世史。
藤井 孝藏(ふじい こうぞう、1951年10月17日 - )… 藤井 孝藏(ふじい こうぞう、1951年10月17日 - )は、日本の宇宙工学者。JAXA宇宙科学研究所名誉教授。東京理科大学工学部情報工学科教授。山梨県甲府市出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鈴木 幹夫(すずき みきお、1951年〈昭和26年〉10月1… 鈴木 幹夫(すずき みきお、1951年〈昭和26年〉10月16日 - )は、日本の政治家。山梨県甲州市長(2期)。第124代山梨県議会議長、山梨県議会議員(4期)、塩山市議会議員(3期)などを歴任した。 山梨県塩山市下塩後(現・甲州市塩山下塩後)に生まれる。1971年(昭和46年)3月、山梨県立農業大学校卒業。 1995年(平成7年)4月、塩山市議会議員に初当選。2003年(平成15年)、3期目の当選。 2005年(平成17年)8月に行われる塩山市長選挙に立候補の意欲を示したが、その後断念した。 同年7月22日に市議を辞職し、28日、山梨県議会議員補欠選挙に塩山市選挙区から無所属で立候補し、無投票により初当選。
赤羽 博(あかばね ひろし、1951年7月4日 - )は、テ… 赤羽 博(あかばね ひろし、1951年7月4日 - )は、テレビドラマ、映画作品の監督・演出家である。山梨県甲府市出身。 1951年7月、山梨県甲府市生まれ。 専修大学法学部法律学科に入学したが、自分には「法学」が合わないと思い、卒業後の就職先として、映像制作を志し、その頃バイトしていたTBSの報道部の部長にドラマ制作現場を紹介してもらい面接を受けた。1975年、専修大学法学部法律学科卒業後、木下プロダクションと連携しているある番組制作会社に就職した。その当時親や親戚は故郷の山梨県庁に就職するように勧めていたので猛反対されたがそれをバネに努力してきた。 テレビドラマのチーフ助監督になるべく、約4年の下積みの後、1979年、退社してフリーによるテレビドラマの助監督(AD)となり、自己の演出技能を磨くため、当時の民放各局のメイン・ディレクターたちと一緒に仕事をして能力を高め、人脈を築いていった。
ジャンボ鶴田(ジャンボつるた、1951年〈昭和26年〉3月2… ジャンボ鶴田(ジャンボつるた、1951年〈昭和26年〉3月25日 - 2000年〈平成12年〉5月13日)は、日本のプロレスラー、スポーツ科学研究者。本名及び旧リングネーム:鶴田 友美(つるた ともみ)。 全日本プロレスで活動した三冠ヘビー級王座の初代王者であり、日本人初の第30代AWA世界ヘビー級王者である。 1972年ミュンヘンオリンピックのレスリングである、グレコローマンスタイル最重量級日本代表を経て、その後全日本プロレスへ入門する。ジャイアント馬場の後を継ぐ次世代・全日本プロレスの若き大型エースとしても期待され、順調に頭角を現しトップレスラーの1人として活動した。しかし後にB型肝炎を発症したことにより第一線を退く形となる。
有賀 健(あるが けん、1951年2月24日 - )は、ラグ… 有賀 健(あるが けん、1951年2月24日 - )は、ラグビーの元日本代表選手。ポジションは左ウィング。
川上 洋司(かわかみ ひろし、1951年 - )は、日本の声… 川上 洋司(かわかみ ひろし、1951年 - )は、日本の声楽家、テノール歌手。東京藝術大学名誉教授。山梨県甲府市出身。 その他、数多くステージで活躍し、オペラでは、「イドメネオ」「コシ・ファン・トゥッテ」、「ポッペーアの戴冠」、「ノルマ」、「トスカ」、「アイーダ」、「オルフェオとエウリディーチェ」「サロメ」、「スペードの女王」他、のオペラに出演している。 コンサートでは1989年、1990年と「NHKニューイヤーオペラコンサート」に出演。またNHK交響楽団などの主要オーケストラを中心にバッハ「ロ短調ミサ」、ヘンデル「メサイア」、モーツァルト「レクイエム」、ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」、「第九」、ヴェルディ「レクイエム」、ファリャ「はかなき人生」、マーラー「千人の交響曲」、「大地の歌」、ヤナーチェク「グラゴル・ミサ」、ブルックナー「テ・デウム」、ロッシーニ「小荘厳ミサ」、「スターバト・マーテル」などを共演している。
風間 深志(かざま しんじ、1950年9月26日- )は、山… 風間 深志(かざま しんじ、1950年9月26日- )は、山梨県山梨市出身の冒険家。オートバイによる史上初の北極点・南極点到達、チョモランマ挑戦時の世界最高高度記録(6,005m)など3つの世界記録を持つ。パリ・ダカールラリーにおいて二輪部門での日本人初参戦など、オートバイラリーのパイオニア。ホリプロ所属、日本モーターサイクルスポーツ協会 (MFJ) 評議員、山梨県観光大使、山梨市観光大使、全日本そり連盟会長と、多岐にわたって活動中。三男は俳優でモトクロスライダーの風間晋之介。
清雲 栄純(きよくも えいじゅん、1950年9月11日 - … 清雲 栄純(きよくも えいじゅん、1950年9月11日 - )は、山梨県塩山市(現:甲州市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者、ラグビー選手、法政大学スポーツ健康学部教授。サッカー選手時代のポジションはDF。 中学時代までは野球をしていた。山梨県立日川高校入学後、クラス対抗ラグビー大会の活躍によりまずラグビー部からスカウトされ、その後サッカー部にも入り、両部を掛け持ちするようになる。サッカーでは県大会3位止まりだったが、主にフルバックやウイングとしてプレーしたラグビーでは3年生の時に全国高校ラグビー大会で準々決勝まで進出し、大会ベストフィフティーンにも選ばれた。高校時代の同級生には有賀健、風間深志、ジャンボ鶴田がいる。
武井 美男(たけい よしお、1950年9月3日 - 2006… 武井 美男(たけい よしお、1950年9月3日 - 2006年6月4日)は、日本のアマチュア相撲指導者、明治大学付属中野中学校・高等学校相撲部元監督、教員。山梨県出身。 相撲の基礎からの徹底指導に定評があり、若乃花勝・貴乃花光司兄弟や栃東大裕、玉力道栄来などの力士を育て上げ、角界に送り出した名監督として知られている。 山梨県立日川高等学校を経て明治大学に進むと相撲部の主将を務めた。同大学卒業後は明治大学付属中野中学校・高等学校の教員となり、教鞭をとりながら相撲部の監督として後進の指導にあたってきた。2006年6月4日、学校近くに仕事用として借りていた住居で、55歳という若さで死去した。人工透析を受けるなどの持病があったが、亡くなる直前まで教壇に立っていたという。
藤巻清志(ふじまき きよし。1950年8月15日- )は日本… 藤巻清志(ふじまき きよし。1950年8月15日- )は日本競輪選手会北海道支部に所属していた元競輪選手。日本競輪学校第27期生。実兄は藤巻昇(22期)。 山梨県出身。山梨県立石和高等学校時代はラグビーをやっていた。 競輪選手としての最初の登録地は神奈川。師匠は高原永伍。1970年2月19日、平塚競輪場でデビューし、初勝利も同日。そしてこの開催では完全優勝も達成。 1972年、競輪祭新人王戦を制覇したが、兄・昇も1968年に同タイトルを制しており、同レース史上初の兄弟制覇を成し遂げる。 1975年、高松宮杯決勝で、阿部道、昇らを撃破して初の特別競輪(現在のGI)のタイトルを獲得。昇はまだこの当時無冠であったから、GIのタイトル制覇は弟が先んじる形となった。
高木 晴雄(たかぎ はるお、1950年〈昭和25年〉7月24… 高木 晴雄(たかぎ はるお、1950年〈昭和25年〉7月24日 - )は、日本の政治家。山梨県山梨市長(3期)。元山梨県議会議員(2期)。 山梨県山梨市出身。山梨県立日川高等学校卒業。リフォーム・ガス会社「株式会社タカギ」の社長を務めた。 2011年(平成23年)の山梨県議会議員選挙に無所属・民主党推薦で出馬し初当選した。2015年(平成27年)の県議選で再選。 2017年(平成29年)8月7日、前年に行われた市職員採用試験を巡り、山梨市長の望月清賢が虚偽有印公文書作成・同行使の容疑で逮捕された。同年8月13日、望月は辞職。8月23日、望月の辞職に伴う市長選挙に立候補する意向を表明し、同日、県議を辞職した。
中沢 新一(なかざわ しんいち、1950年5月28日 - )… 中沢 新一(なかざわ しんいち、1950年5月28日 - )は、日本の宗教史学者・文化人類学者。千葉工業大学日本文化再生研究センター所長。京都大学こころの未来研究センター特任教授。秋田公立美術大学客員教授。 チベット密教と構造主義をつなげた『チベットのモーツァルト』(1984年)が、斬新な切り口で話題になる。現代思想界の代表格として活躍。著書に『森のバロック』(1992年)、『野生の科学』(2012年)など。 クロード・レヴィ=ストロース、フィリップ・デスコーラ、ジャック・ラカン、ジル・ドゥルーズ等の影響を受けた現代人類学と、南方熊楠、折口信夫、田邊元、網野善彦等による日本列島の民俗学・思想・歴史研究、さらに自身の長期的な修行体験に基づくチベット仏教の思想研究などを総合した独自の学問「対称性人類学」を提唱する。
鈴木 康雄(すずき やすお、1950年4月23日 - )は、… 鈴木 康雄(すずき やすお、1950年4月23日 - )は、日本の総務(旧郵政)官僚。総務省情報通信政策局長や、総務審議官(郵政・通信担当)、第8代総務事務次官、総務省顧問等を経て、日本郵政取締役兼代表執行役上級副社長を務めた。 山梨県出身。山梨県立甲府第一高等学校、東北大学法学部法律学科を経て、1973年郵政省に入省。東大の入試が中止になった年に東北大法学部に進学し、官界では東大卒が当たり前の中、郵政や通信分野で頭角を現し、『郵政のエリート』として一目を置かれる存在になった。"尊大な物言い"とマスコミ嫌いは有名で、次官室のドアに『取材お断り』と書かれた紙を貼ったこともあった。2009年総務事務次官となり、退官後は損害保険ジャパン顧問を経て2013年日本郵政に副社長として入社。
白根山 宗則(しらねやま むねのり、1950年3月11日 -… 白根山 宗則(しらねやま むねのり、1950年3月11日 - )は、現在の山梨県南アルプス市出身で伊勢ノ海部屋に所属した元大相撲力士。本名は深澤 宗則(ふかざわ むねのり)。188cm、113kg。最高位は東十両13枚目。得意技は右四つ、吊り。 中学卒業後に地元郵便局に1年半勤務後、大相撲を志し、猛反対する両親を兄に説得してもらい入門を果たした。1966年9月場所に16歳で初土俵。三段目を1場所で突破するなど順調に出世し、1968年5月場所に18歳の若さで幕下へ昇進するが7戦全敗と跳ね返された。その後は幕下と三段目を往復する日々が続いていたが、1971年頃から幕下に定着し、1972年3月場所に22歳で十両昇進を果たした。
吉沢 やすみ(よしざわ やすみ、1950年〈昭和25年〉1月… 吉沢 やすみ(よしざわ やすみ、1950年〈昭和25年〉1月8日 - )は、日本の男性漫画家、同人作家、実業家。 娘は漫画家の大月悠祐子(かなん)。義理の息子(悠祐子の夫)は漫画家の大井昌和。 山梨県山梨市出身、父親はギャンブル狂いの果てに失踪したため母子家庭で育つ。 山梨県立日川高等学校に進学、高校在学時より同人作家として活動を開始し、貝塚ひろしが主催する同人誌「まんがマニア」に漫画を投稿。高校卒業後に弟と母に向かって「絶対マンガ家になる」と発して旅立ち、上京。貝塚に師事する。なお、高校での1年後輩にプロレスラーのジャンボ鶴田がいた。 1970年(昭和45年)、貝塚の紹介で『週刊少年ジャンプ』に『ど根性ガエル』の読切り(吉沢 保己名義)を投稿。
中村照人(なかむら てるひと、1949年(昭和24年)10月… 中村照人(なかむら てるひと、1949年(昭和24年)10月1日 - 2009年(平成21年)12月28日)は、日本の政治家。元山梨市長(新市制、1期)。 山梨県山梨市出身。山梨県立日川高等学校を経て山梨大学工学部精密工学科卒。同じく山梨県出身の田邊圀男の国会秘書を経験したのちに1987年、山梨市より山梨県議会に初当選した。その後4期県議会議員(自由民主党所属)を務めた。この間、1997年10月28日から1998年12月4日まで県議会議長を務めた。 2002年4月12日、山梨市長選挙への立候補を正式に表明した。6月4日、県議を辞職し、自民党も離党した。7月20日、元県議同士の一騎討ちを制して、初当選を果たした。
嶋田 義仁(しまだ よしひと、1949年9月27日 - )は… 嶋田 義仁(しまだ よしひと、1949年9月27日 - )は、日本の文化人類学者、元名古屋大学文学部教授。 山梨県生まれ。1968年、山梨県立甲府第一高等学校卒業、高校時代末木文美士、五十嵐勉と親交を結ぶ。1974年、京都大学文学部宗教学科卒業、1982年、同大学院文学研究科博士課程満期退学、1985年、フランス社会科学高等研究院博士課程修了(民族学専攻)。1984年、静岡大学人文学部講師、1985年、同大学助教授、1994年、同大学教授。2000年、名古屋大学文学部教授、文学研究科教授。2000年「稲作文化の世界観『古事記』神代神話の構造分析より」で京都大学から博士(文学)。名古屋大学定年後、中部大学教授を務める。
澤井 敏和(さわい としかず、1949年(昭和24年)9月2… 澤井 敏和(さわい としかず、1949年(昭和24年)9月24日 - )は、日本の政治家。元東京都あきる野市長(1期)、元あきる野市議会議員(3期)。 東京都あきる野市平沢生まれ。秋多町立東秋留小学校卒業(現・あきる野市立東秋留小学校)、秋多町立秋多中学校卒業(現・あきる野市立秋多中学校)、日本大学明誠高等学校、日本大学農獣医学部卒業。1973年(昭和48年)、武蔵野市役所に奉職。 2005年(平成17年)、あきる野市議会議員選挙に初当選。市議時代は議長を歴任した。 2015年(平成27年)8月、あきる野市長選の自民党推薦候補を決める予備選に立候補して大差で勝ち、引退を表明した臼井孝市長の後継候補となった。
末木 文美士(すえき ふみひこ、1949年9月6日 - )は… 末木 文美士(すえき ふみひこ、1949年9月6日 - )は、日本の仏教学者。国際日本文化研究センター名誉教授、総合研究大学院大学(総研大)名誉教授、東京大学名誉教授。 1949年、山梨県甲府市で生まれた。山梨県立甲府第一高等学校で学び、この高校時代に嶋田義仁、五十嵐勉らと親交を結んだ。1968年に卒業し、東京大学文学部に進んだ。一旦は哲学専修課程に進むが、1年後に印度哲学専修課程に転じ、1973年に卒業。同大学院人文科学研究科に進み、1978年に博士課程を単位取得退学。 その後、東京大学文学部助手となった。1981年からは財団法人東方研究会専任研究員。1986年、東京大学文学部助教授に就任。1993年、東京大学に学位論文『平安初期仏教思想史研究-安然の思想形成を中心として』を提出して博士(文学)の学位を取得。
小池 一夫(こいけ かずお、1949年〈昭和24年〉7月18… 小池 一夫(こいけ かずお、1949年〈昭和24年〉7月18日 - )は、日本の英語文学者。広島女学院大学教授。学校法人桜美林学園元理事長。桜美林大学名誉教授。山梨県北杜市(旧:大泉村)出身。 1968年3月、山梨県立峡北高等学校卒業。1972年3月桜美林大学文学部英語英米文学科を卒業後、1975年3月、日本大学大学院文学研究科修士課程英文学専攻修了(文学修士)。 1972年4月から2000年3月まで母校の桜美林大学で研究助手(1972年 - 1978年)、専任講師(1978年 - 1985年)、助教授(1985年 - 1992年。この間客員研究員としてUniversity of Edinburgh, Department of English Languageで英語史と英語学を研究)、教授(1992年 - 2000年。
山本 鈴美香 (やまもと すみか、1949年6月17日 - … 山本 鈴美香 (やまもと すみか、1949年6月17日 - )は、日本の漫画家。女性。山梨県塩山市(現甲州市)出身。代表作は、『エースをねらえ!』。 1949年(昭和24年)、山梨県塩山市(現甲州市)に生まれ、埼玉県浦和市(現さいたま市)育ち。埼玉県立浦和西高等学校卒業。1970年(昭和45年)、武蔵野美術短期大学商業デザイン科を卒業した後。1971年(昭和46年)、『その一言がいえなくて…』で漫画家としてのデビューを果たした。1973年(昭和48年)、テニスをテーマにした『エースをねらえ!』の連載が少女漫画雑誌『週刊マーガレット』上で開始、メイン層である女性だけでなく、男性層にも爆発的な人気を得た。
金丸 一元(かねまる かずもと、1949年〈昭和24年〉4月… 金丸 一元(かねまる かずもと、1949年〈昭和24年〉4月3日 - )は、日本の政治家。山梨県南アルプス市長(3期)。 山梨県出身。山梨県立甲府第一高等学校卒業。1974年(昭和49年)、立教大学卒業。 1987年(昭和62年)峡西青年会議所理事長、2004年(平成16年)南アルプス市議会議員に初当選。2008年(平成20年)に再選。2012年(平成24年)に三選。 2015年(平成27年)4月26日執行の南アルプス市長選挙で現職の中込博文を破り、初当選(金丸:18,109票、中込:16,235票)。同年4月27日、市長に就任。 2019年(平成31年)の市長選では、前回戦った元職の中込博文を破り再選(金丸:17,367票、中込:12,487票)。
剛 たつひと(ごう たつひと、1949年2月11日 - )は… 剛 たつひと(ごう たつひと、1949年2月11日 - )は、日本の俳優、レポーター。本名:小野 治夫、旧芸名:中沢 治夫(なかざわ はるお)。旧表記:剛 達人(読みは同じ)。 山梨県甲府市出身。関東商工高校卒。六芸社、フリーランス、東京俳優生活協同組合を経て、ケィ・サイド所属。 小学3年まで甲府で祖父母に育てられた後、両親のいる東京へ移り住む。劇団こまどりに所属し、1967年、日本テレビの青春学園シリーズ『これが青春だ』(主演:竜雷太)で中沢治夫名義でゲストの生徒役として出演。同じく竜雷太主演の『でっかい青春』が後半に高校を主な舞台とするに当たり、菊容子、梅田智子、大谷直らと共にレギュラーの生徒役として加入。
国井 雅比古(くにい まさひこ、1949年2月7日 - )は… 国井 雅比古(くにい まさひこ、1949年2月7日 - )は、NHKの元エグゼクティブアナウンサー。現在はフリー。都留文科大学特任教授。NPO法人日本トレッキング協会会長。オフィスカノン所属。
堀内 富久(ほりうち とみひさ、1949年〈昭和24年〉1月… 堀内 富久(ほりうち とみひさ、1949年〈昭和24年〉1月22日 - )は、日本の政治家。元山梨県都留市長(3期)、元山梨県議会議員(2期)。 山梨県南都留郡谷村町(現・都留市)出身。1967年(昭和42年)3月、山梨県立谷村工業高等学校(現・山梨県立都留興譲館高等学校)卒業。同年、電気会社に入社。1968年(昭和43年)、家業の堀内電気に入社。 2007年(平成19年)4月の山梨県議会議員選挙に無所属で出馬し初当選。2011年(平成23年)、再選。 2013年(平成25年)11月10日に行われた都留市長選挙に出馬。小林義光市長の路線の継続を主張した前市議の谷内茂浩を破り初当選を果たした(堀内:11,334票、谷内:7,958票)。
渡辺 達生(わたなべ たつお、1949年1月20日 - 20… 渡辺 達生(わたなべ たつお、1949年1月20日 - 2026年3月12日)は、日本のカメラマン、グラビア写真家。山梨県山梨市出身。 職業を写真家で括られる事もあるが、本人はあくまで「職業カメラマン」であると称している。 小学校時代より、写真好きな父親の影響で写真部に所属。父親ら家族とともに東京へ転居。1972年、成蹊大学経済学部を卒業。サンケイ出版でアルバイトをしながら著名カメラマンに師事することなく独学で写真を勉強。なお、大学時代の同級生にカシオペアのベーシスト、現東京音楽大学客員教授の鳴瀬喜博がいる。 フリー・カメラマンとしての業績では、小学館『GORO』のグラビアにおいて篠山紀信と共に看板カメラマンとなる。
谷口 由美子(たにぐち ゆみこ、1949年〈昭和24年〉1月… 谷口 由美子(たにぐち ゆみこ、1949年〈昭和24年〉1月9日 - )は、日本の翻訳家。ローラ・インガルス・ワイルダーの著作をはじめ、主にアメリカの児童文学の翻訳を行っている。本名、玉田由美子。 山梨県甲府市出身。1963年12月末に東京都世田谷区に転居、翌年4月都立駒場高等学校に進学。上智大学外国語学部英語学科4年のとき、1970年から1971年にかけて交換留学生として米国のセント・メアリ・カレッジ(英語版)で学ぶ。留学先の大学図書館に十代の初めごろから関心のあったローラ・インガルス・ワイルダー著の「小さな家シリーズ」(ローラ物語)の原書が所蔵されてあるのを見つけ、原書をこのときはじめて読み通している。
土橋 昭夫(どばし あきお、1949年〈昭和24年〉1月2日… 土橋 昭夫(どばし あきお、1949年〈昭和24年〉1月2日 - )は、日本の実業家。双日株式会社元会長。
宮川 博人(みやがわ ひろひと、1949年 - )は、日本の… 宮川 博人(みやがわ ひろひと、1949年 - )は、日本の空手家・農業者(わさび)。世界新実戦空手道機構宮川道場館長。山梨県笛吹市在住。 高校から空手を学ぶ。寸止め出身。自宅裏に8畳程度の「宮川道場」を開き、空手指導を行う。実践空手道場八段の達人である。空手以外にキックボクシングも習得し実践する。 山梨県に5つ道場がある。イランやアフガニスタン、パキスタンの発展途上国など、世界に13カ国に宮川道場の支部がある。新実践空手道の国際大会を開催しており、各大会で教え子選手は大会結果を現している。 日本国から世界にいるのであるが、特にイランには弟子が多く、1万人超いると言う。イラン元大統領ラフサンジャニと空手普及の功績をたたえ、謝意を示した。
輿水 精一(こしみず せいいち、1949年 )は、日本のブレ… 輿水 精一(こしみず せいいち、1949年 )は、日本のブレンダー。 山梨県甲府市生まれ。山梨大学工学部発酵生産学科卒業。1973年サントリー入社。多摩川工場でのブレンドグループを経て、1976年より研究センターでウイスキーの貯蔵・熟成の研究に従事。1985年より山崎蒸溜所で品質管理、貯蔵部門を担当した後1991年よりブレンダー室課長となる。 一日に200種類以上もの原酒をテイスティングし、世界的なコンペティションでトロフィーを受賞した「響21年」(1994年発売)「響30年」(1997年発売)をはじめ、「山崎50年」「同35年」など、様々なサントリーウイスキーの開発・ブレンドに携わる。1996年に主席ブレンダー、1999年より「ウイスキーの品質を決める最終評価者」であるチーフブレンダーとなり、2014年9月にチーフブレンダーの任期を終え、サントリースピリッツ(株)の名誉チーフブレンダーとなる。
内藤 久(ないとう ひさし、1948年7月5日 - 2025… 内藤 久(ないとう ひさし、1948年7月5日 - 2025年2月2日)は、山梨県出身のプロ野球選手(外野手)。右投両打。 山梨県立日川高等学校では、高校三年間の通算打率四割、スイッチ・ヒッター、ベース一周14秒1の快足の持ち主だった。 東京六大学入りを希望していた内藤を渡辺スカウトが説得。1966年第1次ドラフト会議にドラフト10位にて西鉄ライオンズへ入団。しかし、僅か1年で西鉄を退団した。 1969年は中南米で新たに発足したグローバルリーグの東京ドラゴンズに参加。しかし、同年限りでリーグが解体したため、帰国を余儀なくされた。 東京ドラゴンズ解散後、玉沢運動具店に入社すると納入企業であった縁から川上哲治監督に素質を見いだされ巨人へ入団。
深沢 修一(ふかさわ しゅういち、1948年6月17日 - … 深沢 修一(ふかさわ しゅういち、1948年6月17日 - )は、山梨県北杜市武川(現役当時は、同県北巨摩郡武川村)出身の元プロ野球選手(外野手)である。
渡辺 文人(わたなべ ふみと、1948年5月23日‐)は、山… 渡辺 文人(わたなべ ふみと、1948年5月23日‐)は、山梨県出身の高校野球監督である。
中込 博文(なかごみ ひろふみ、1948年(昭和23年)5月… 中込 博文(なかごみ ひろふみ、1948年(昭和23年)5月22日 - 2023年(令和5年)3月18日)は、日本の政治家。山梨県南アルプス市長(1期)、山梨県議会議員(1期)を歴任した。 山梨県出身。山梨県立甲府第一高等学校卒業。1973年(昭和48年)、防衛大学校卒業。同年、陸上自衛隊に入隊。2003年(平成15年)、一等陸佐で退官。同年、特別養護老人ホームの施設長となる。 2007年(平成19年)4月8日執行の山梨県議会議員選挙に、南アルプス市選挙区から無所属で出馬し、初当選。 2011年(平成23年)4月24日執行の南アルプス市長選挙に、無所属で出馬。現職の今沢忠文を破り、初当選(得票数は、中込:18,467票、今沢:16,439票)。
宮下 徳治(みやした とくじ、1948年5月18日 - )は… 宮下 徳治(みやした とくじ、1948年5月18日 - )は日本の高分子材料・ハイブリッドナノ材料、高分子ナノシート開発の研究者。山梨県富士吉田市出身。東北大学名誉教授。神奈川大学の非常勤講師も務めた。元高分子学会副会長。紫綬褒章、瑞宝中綬章受章。 1993年より東北大学教授、2013年東北大学名誉教授。2013年より宮下リサーチオフィス代表。2015年よりJNC(株)取締役。2011年よりプリンテッドデバイス技術 (PDTec) 研究会会長。研究業績としては、高分子化学の分野において、1分子の厚さ(100万分の1~2ミリ(1~2 nm))の極めて薄い高分子超薄膜フィルム(高分子ナノシート、宮下氏の命名)の開発に成功した。
藤巻 昇(ふじまき のぼる、1948年(昭和23年)4月28… 藤巻 昇(ふじまき のぼる、1948年(昭和23年)4月28日 - )は、元競輪選手、現在はスポーツ報知北海道総局所属の競輪評論家。現在の山梨県笛吹市石和町出身。日本競輪学校第22期卒業。初出走は1966年1月11日の立川競輪場で初勝利も同日。 競輪選手としての最初の登録地は山梨県であったが、後に高原永伍らがいた平塚競輪場に練習拠点を移したことから神奈川県へと移籍。さらに1973年からは、夫人の郷里である北海道へと移籍し、以後は函館競輪場をホームバンクとしていた。 山梨県立甲府工業高等学校を中退した後、実父の藤巻清一が選手であったことから日本競輪学校を受験し合格。後に弟3人(藤巻清志・藤巻勝・藤巻進) も選手となり、競輪一家としても名を馳せるようになる。
西村 公一(にしむら こういち、1948年4月10日 - )… 西村 公一(にしむら こういち、1948年4月10日 - )は、山梨県大月市出身の元プロ野球選手、プロゴルファー。
小林 義光(こばやし よしみつ、1948年〈昭和23年〉1月… 小林 義光(こばやし よしみつ、1948年〈昭和23年〉1月16日 - )は、日本の政治家。元山梨県都留市長(4期)。元山梨県議会議員(3期)。 山梨県出身。1966年、山梨県立都留高等学校、1970年、日本大学理工学部卒。卒業後は帰郷し、地元の丸大産業に入社する。1975年、同社の社長に就任。1986年、都留青年会議所理事長に就任。翌1987年、山梨県議会議員に無所属で立候補して初当選(のち自由民主党)。県議を3期務め、1997年に議長に就任。同年、都留市長選挙に立候補し当選する。市長は4期務め、2013年に退任した。2022年4月 令和4年春の叙勲で旭日中綬章を受章。