奥瀬 平七郎(おくせ へいしちろう、1911年〈明治44年)… 奥瀬 平七郎(おくせ へいしちろう、1911年〈明治44年)11月13日 - 1997年〈平成9年〉4月10日)は、日本の忍術研究家、小説家、三重県上野市(現・伊賀市)の元市長。三重県阿山郡上野町(現・伊賀市)生まれ。 1911年(明治44年)、三重県阿山郡上野町(現・三重県伊賀市)で代々続く醤油製造販売業「細平(こまへい)」の二男として生まれる。父の平十郎(1887年〜1956年)は、家業を従業員に任せ上京。霞翠の号で当時の代表的な投稿雑誌や文芸誌、詩歌誌に数多くの作品を発表、文芸誌『初楓』を創刊、また東京二六新聞記者として、上野町の『伊賀新聞』に小説『鞠子』を71回にわたって連載するなど文筆家として活躍した人物だった。
丹羽 文雄(にわ ふみお、1904年〈明治37年〉11月22… 丹羽 文雄(にわ ふみお、1904年〈明治37年〉11月22日 - 2005年〈平成17年〉4月20日)は、日本の小説家。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。位階は従三位。 三重県出身。複雑な生い立ちに立脚した私小説風作品や宗教的作品、マダム物をはじめとする風俗小説、戦争物などを独自のリアリズムで旺盛に執筆し、多数の読者と高い評価を得た。昭和を代表する作家の一人である。また、文壇の大御所的存在であり、各種文学賞の選考委員や、日本文芸家協会会長・理事長などを歴任したほか、「文学者」を主宰して後進の育成にも尽力した。中村光夫と風俗小説論争を展開したことでも知られる。 三重県四日市市北浜田にある真宗専修寺高田派の崇顕寺(現存する。
中谷 孝雄(なかたに たかお、1901年(明治34年)10月… 中谷 孝雄(なかたに たかお、1901年(明治34年)10月1日 - 1995年(平成7年)9月7日)は、日本の小説家。妻は小説家の平林英子。 三重県一志郡七栗村(現・津市)出身。三重県立第一中学校(現・三重県立津高等学校)卒業後、旧制第三高等学校に進学し、梶井基次郎、飯島正、浅野晃らと出会う。平林英子とは三高在学中に出会い、2人が既に同棲をしていた下宿へ友人であった梶井基次郎や大宅壮一が遊びに訪れた。 1924年(大正13年)に東京帝国大学文学部独文科に進み、一旦離れていた平林英子と10月から同棲を再開し結婚。翌1925年(大正14年)1月に、同校の梶井基次郎、外村茂らと同人誌『青空』を創刊した。
伊東 ハンニ(いとう はんに、1898年(明治31年)8月2… 伊東 ハンニ(いとう はんに、1898年(明治31年)8月25日 -1969年(昭和44年)8月3日)は、日本の作家、相場師、社会運動家。伊東阪二とも書く。本名松尾 正直(まつお まさなお)。昭和初期に相場で巨富を得、兜町の風雲児として注目され「昭和の天一坊」とも呼ばれた。 『国民新聞』、雑誌『日本国民』のオーナー。川端康成、与謝野晶子等のプロデューサー。東洋のマタハリと呼ばれた川島芳子と親交あり。熱烈な愛国者であり、太平洋戦争を回避しようと日本国中を遊説した。 三重県鈴鹿郡加太村(現亀山市)に米穀商・松尾伝吉の三男に生まれる。父は米穀商の傍ら株の仲買人を手がけていたが、日露戦争後の相場の乱高下で損害を被り名古屋へ転居。
横光 利一(よこみつ りいち、1898年〈明治31年〉3月1… 横光 利一(よこみつ りいち、1898年〈明治31年〉3月17日 - 1947年〈昭和22年〉12月30日)は、日本の小説家・俳人・評論家。本名は漢字表記同じで「よこみつ としかず」。 菊池寛に師事し、川端康成と共に新感覚派として大正から昭和にかけて活躍した。『日輪』と『蠅』で鮮烈なデビューを果たし、『機械』は日本のモダニズム文学の頂点とも絶賛され、また形式主義(英語版)文学論争を展開し『純粋小説論』を発表するなど評論活動も行い、長編『旅愁』では西洋と東洋の文明の対立について書くなど多彩な表現を行った。1935年(昭和10年)前後には「文学の神様」と呼ばれ、志賀直哉以来の「小説の神様」とも称された。
江戸川 乱歩(えどがわ らんぽ、旧字体:江戶川 亂步、189… 江戸川 乱歩(えどがわ らんぽ、旧字体:江戶川 亂步、1894年〈明治27年〉10月21日 - 1965年〈昭和40年〉7月28日)は、日本の推理作家、怪奇・恐怖小説家、アンソロジスト。日本推理作家協会初代理事長。位階は正五位。勲等は勲三等。ペンネームの由来は、小説家のエドガー・アラン・ポーのもじり。本名は平井 太郎(ひらい たろう)。 大正から昭和期にかけて活躍し、主に推理小説を得意とした。また、第二次世界大戦後は推理小説分野を中心に評論家や研究家、編集者としても活躍した。乱歩の寄付で創設された江戸川乱歩賞が推理作家の登竜門となるなど、後世にも大きな影響を与えた。 1894年(明治27年)、三重県名賀郡名張町(現・名張市)で名賀郡役所書記の平井繁男・きくの長男として生まれる(本籍地は同県津市)。
笹尾 鉄三郎(ささお てつさぶろう、慶応4年8月15日(18… 笹尾 鉄三郎(ささお てつさぶろう、慶応4年8月15日(1868年9月30日) - 大正3年(1914年)12月30日)は日本のキリスト教の大衆伝道者、牧師、神学校教師、宗教家、讃美歌作家。 淀橋教会初代牧師、聖書学校(柏木聖書学院)初代院長。 1868年8月15日 伊勢安濃郡古河村(後の新町、現在の三重県津市)に、代々庄屋の家柄である父・藤堂藩の郡奉行伊藤篤之助、母・そうの5人兄弟の末子(三男)として誕生。 幼少期に父を亡くす。兄、七左衛門が後見人になる。その土地に中学校がなかったので伊藤家が土地を寄付して、鉄三郎のために中学を創設する。中学時代には肺炎を患い生死をさまよう。 1886年(明治19年)に津中学を卒業後する。
斎藤 緑雨(さいとう りょくう 齋藤緑雨、1868年1月24… 斎藤 緑雨(さいとう りょくう 齋藤緑雨、1868年1月24日(慶応3年12月30日) - 1904年(明治37年)4月13日)は、明治時代の小説家、評論家。本名・賢(まさる)。「正直正太夫」をはじめ、「江東みどり」「登仙坊」など別名も多数ある。幸田露伴がつけたという戒名は「春暁院緑雨醒客」。
伊藤 鋼一(いとう こういち)は、警視庁特殊部隊の元隊員で、… 伊藤 鋼一(いとう こういち)は、警視庁特殊部隊の元隊員で、危機管理アドバイザー、著作家である。 三重県員弁郡大安町出身。鳥羽商船高等専門学校卒業後、1976年に警視庁警察学校に入校。警視庁の警察官になり、一般機動隊員を経て、特殊部隊SAP(SATの前身)に転属。1989年の昭和天皇崩御に伴う警備を最後に退職は、1994年に月刊『コンバットマガジン』で「警視庁特殊部隊青春物語」を連載する。その後、軍事系雑誌などに自身の体験談等を寄稿する。
水生 大海(みずき ひろみ)は日本の小説家、推理作家、元漫画… 水生 大海(みずき ひろみ)は日本の小説家、推理作家、元漫画家。女性。三重県鈴鹿郡関町(現・亀山市)生まれ愛知県在住。日本推理作家協会 および本格ミステリ作家クラブ会員。 『少女たちの羅針盤』で第1回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作を受賞し、2009年に同作でデビューした。 大学卒業後、教育系出版社に勤務 ののち、派遣社員のかたわら漫画家として1995年に秋田書店からデビューしている。 その後、小説家として亜鷺一の名で2005年に第1回チュンソフト小説大賞に応募、『叶っては、いけない』でミステリー/ホラー部門銅賞受賞。 2008年に水生大海の名で第1回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞に応募、『罪人いずくにか』で優秀作を受賞した。