桂 ちきん(かつら ちきん、本名:峯松 明生、1985年5月… 桂 ちきん(かつら ちきん、本名:峯松 明生、1985年5月22日 - )は、大阪府松原市出身の落語家・映画評論家。吉本興業所属。上方落語協会会員。よしもと奈良県住みます芸人。 小学校の頃からお笑いに興味を持ち、学生時代はバスター・キートン、チャールズ・チャップリン、ハロルド・ロイド、古川ロッパなどの喜劇から日本の砂川捨丸・中村春代、横山エンタツ・花菱アチャコの漫才、また上方落語、戦前、戦後の寄席演芸、バラエティ番組にいたるまでを研究に没頭。また喜劇映画にも精通する。週に映画を20本観ている。 奈良産業大学卒業後、2008年9月に桂きん枝(現・4代桂小文枝)に入門。当初芸名は謹賀新年にちなんで「きんが」(漢字表記不明)という候補があったが却下された、ちきんの友人らに相談したら「ちきん」と「きんかん」という候補が上がり、「ちきん」が選ばれた。
辰巳 孝太郎(たつみ こうたろう、男性、1976年〈昭和51… 辰巳 孝太郎(たつみ こうたろう、男性、1976年〈昭和51年〉8月21日 - )は、日本の政治家、ラジオパーソナリティ、映画評論家。日本共産党所属の衆議院議員(2期)、日本共産党中央委員。参議院議員(1期)を務めた。政治活動においては「たつみコータロー」表記を用いる。 大阪府大阪市西淀川区出身。「孝太郎」の「孝」は、父親が江戸時代初期に活躍した儒学者中江藤樹の著書「孝経啓蒙」に因んで名付けたという。大阪府立北野高等学校卒業後、「やりたいことを探して」単身アメリカ合衆国へ渡る。テネシー州のカーソン・ニューマン大学を経て、マサチューセッツ州ボストンのエマーソン大学映画学科に編入し卒業。 帰国後映像制作会社に入るが、国際連合ボランティアでコソボに赴任していた兄の求めに応じ、「コソボ高校生の日本招聘プロジェクト」事務局長に就く。
柳下 毅一郎(やなした きいちろう、1963年12月30日 … 柳下 毅一郎(やなした きいちろう、1963年12月30日 - )は、日本の映画評論家、英米文学翻訳家、殺人研究家。自称「特殊翻訳家」(後述)。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科非常勤講師(映像芸術論)。 大阪府生まれ。母親が熱心なSFファンであり、実家にあった大量のハヤカワSFシリーズと『SFマガジン』のバックナンバーを読む。 甲陽学院中学校・高等学校から東京大学理科一類を経て東京大学工学部建築学科卒業。東京大学在学中は、山形浩生と共に、「東京大学SF研究会」に属し、共同でウィリアム・バロウズについての研究ファンジン「バロウズ本」を作成し(北北西SF名義)、1988年のSFファンジン大賞の翻訳・紹介部門を受賞。
須藤 久(すどう ひさし、1933年10月18日 - 201… 須藤 久(すどう ひさし、1933年10月18日 - 2017年1月2日)は、日本の映画監督、脚本家、映画評論家、思想評論家。 ドキュメンタリー映画や思想や生き方についての評論集の著作を数多く輩出している。 大阪府生まれ、幼少期に山口県下関市に移住、戦時中に川棚温泉に疎開後、再び下関市に戻り旧制豊浦中学に入学、学校制度の変更後山口県立豊浦高等学校在学中、新聞部に所属、山口県秋吉台でおこなわれた1泊2日の反戦・平和キャンプ集会に参加、県警警備部刑事の撮影した写真によって参加が学校に明るみに出て、反省文を提出すれば無期停学にするという学校の処分を、何もやましい事がないのに反省文は出せないと拒否し、強制退学となる。
山田 和夫(やまだ かずお、1928年 - 2012年8月1… 山田 和夫(やまだ かずお、1928年 - 2012年8月11日)は、日本の映画評論家、映画史家、映画運動家。
滝沢 一(たきざわ おさむ、1914年11月10日 - 19… 滝沢 一(たきざわ おさむ、1914年11月10日 - 1993年7月11日)は、日本の映画評論家、ジャーナリスト、脚本家である。株式会社通信合同社代表。中川信夫との共同のペンネームは猿沢 丈介(さるさわ じょうすけ)。リアルタイムで作品を追い続けた、伊藤大輔、山中貞雄研究の第一人者である。 1914年(大正3年)、大阪市に生まれる。大阪府立市岡中学校(現・大阪府立市岡高等学校)卒業。 1933年(昭和8年)、マキノ・プロダクションの元宣伝部長・都村健らとともに、京都に合同通信社を興す。同社がのちに株式会社通信合同社となる。 1935年(昭和10年)、前年に市川右太衛門プロダクションに入社した、9歳上の友人・中川信夫と共同で脚本を執筆、『恥を知る者』『御用唄鼠小僧』を中川が監督した。
杉山 平一(すぎやま へいいち、1914年11月2日 - 2… 杉山 平一(すぎやま へいいち、1914年11月2日 - 2012年5月19日)は、日本の詩人、映画評論家、帝塚山学院大学名誉教授。 福島県生まれ。大阪府立北野中学校(旧制)、松江高等学校 (旧制)を経て、東京帝国大学文学部美学美術史学科卒業。在学中三好達治に認められ『四季 (詩雑誌)』に参加、文芸同人となる。卒業後、織田作之助らと『大阪文学』を創刊。1941年第2回中原中也賞(現在の同名の賞とは異なる)、1943年『夜学生』で文芸汎論詩集賞受賞。1987年大阪芸術賞受賞、2003年『戦後関西詩壇回想』で第5回小野十三郎賞特別賞受賞。2012年、詩集『希望』で第30回現代詩人賞を受賞。その他、兵庫県文化賞など受賞。