渡部 陽美(わたなべ みなみ、2007年1月1日 - )は、… 渡部 陽美(わたなべ みなみ、2007年1月1日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。 三田松聖高校では3年次に主将を務め、ウィンターカップで初のベスト16に導いた。 2024年11月、シャンソン化粧品シャンソンVマジックにリーグ唯一の高校生としてアーリーエントリー登録される。 2026年、大学進学のため退団。
兵庫県:36人
渡部 陽美(わたなべ みなみ、2007年1月1日 - )は、… 渡部 陽美(わたなべ みなみ、2007年1月1日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。 三田松聖高校では3年次に主将を務め、ウィンターカップで初のベスト16に導いた。 2024年11月、シャンソン化粧品シャンソンVマジックにリーグ唯一の高校生としてアーリーエントリー登録される。 2026年、大学進学のため退団。
元澤 誠(もとざわ せい、2000年〈平成12年〉10月26… 元澤 誠(もとざわ せい、2000年〈平成12年〉10月26日 - )は、シーホース三河に所属している兵庫県明石市出身のプロバスケットボール選手(シューティングガード、スモールフォワード)。 小学生の時に兄の影響でバスケットボールを始める。甲南中学校・高等学校を経て、東海大学を卒業。大学3年次には西宮ストークスの練習生として活動した。2023年1月に立川ダイスと契約し、プロバスケットボール選手となる。2024年オフに退団すると、シーホース三河に練習生として加入。シーズン開幕前には選手を契約を締結した。
元澤 陸(もとざわ りく、1997年〈平成9年〉7月31日 … 元澤 陸(もとざわ りく、1997年〈平成9年〉7月31日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。兵庫県明石市出身。現役時代のポジションはシューティングガード。現在は3x3を中心にプレーしている。 小学生の時にバスケットボールを始め、甲南高等学校、甲南大学を経て2016年に練習生として西宮ストークスに入団。ストークスの育成チーム・兵庫インパルスでもプレーした。B3リーグ参入前のトライフープ岡山に所属した後、2019年から2021年まで金沢武士団でプレーしBリーガーとなる。金沢退団後は、滋賀レイクスターズで練習生兼アカデミーコーチとして活動していた。2022年から練習生として古巣・金沢武士団に合流し、再び選手契約を締結した。
井上 桃子(いのうえ ももこ、1997年5月26日 - )は… 井上 桃子(いのうえ ももこ、1997年5月26日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。Wリーグの山梨クィーンビーズ所属。 大阪薫英女学院中学校から市立尼崎高校、関西学院大学に進み、インカレベスト8。 卒業後は地域リーグの山形銀行に入社。 2023年、山梨クィーンビーズに加入。
中野 司(なかの つかさ、1996年〈平成8年〉10月28日… 中野 司(なかの つかさ、1996年〈平成8年〉10月28日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。兵庫県出身。ポジションはシューティングガード。3ポイントシュートを得意とし、シューターとして定評がある。 報徳学園高校では田中敬コーチの指導を受けた。 3年次の2014年8月には部として初の全国大会となる高校総体に出場、2回戦で八村塁を擁する明成に敗れた。 2014年12月にはウインターカップに出場、3回戦まで進み、ベスト16入りを果たした。2回戦の城東戦では3P5本を含む40得点を記録した。 関西学院大学へ進学し、関西学生リーグでは大学2年次に優勝、3年、4年次には2年連続で3点シュート王となった。
谷口 二千華(たにぐち にちか、1996年1月24日 - )… 谷口 二千華(たにぐち にちか、1996年1月24日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。兵庫県出身。ポジションはガードフォワード。ニックネームは「ニチカ」。 夙川学院高校から愛知学泉大学に進み、4年時にはユニバーシアード日本代表に選ばれ銀メダル獲得。 2018年1月、アーリーエントリーとして富士通レッドウェーブ加入。
土屋 アリスター時生(つちや アリスターときお、1995年〈… 土屋 アリスター時生(つちや アリスターときお、1995年〈平成7年〉12月31日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。兵庫県西宮市出身。ポジションはパワーフォワード。B.LEAGUE・秋田ノーザンハピネッツ所属。 スコットランド人の父と日本人の母のもと、スコットランドのエディンバラで生まれ、3歳のときに西宮に移住、安井幼稚園、浜脇小学校、浜脇中学校と西宮の地元で育つ。バスケットボールは小学4年生で始め、中学生の時に西宮市の選抜チームに選出された。 高校は神戸の葺合高等学校に進学した。葺合高校はバスケの強豪校ではなかったが、育英高等学校のアシスタントコーチだった末松慶治の指導を受け、県ベスト16が最高成績。
卜部 兼慎(うらべ けんしん、1995年〈平成7年〉4月5日… 卜部 兼慎(うらべ けんしん、1995年〈平成7年〉4月5日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。兵庫県明石市出身。B3リーグの岐阜スゥープスに所属している。ポジションはスモールフォワード。 小学生時代に江井島ミニバスケットボールクラブでバスケットボールを始める。東海大学卒業後の2018年にアイシン・エィ・ダブリュに入社し、同社の男子バスケットボール部・アイシン・エィ・ダブリュ アレイオンズ安城に入団した。社員選手としてアイシンAWでは5シーズンプレーしたが、2022年のチーム活動終了に伴い、豊田合成スコーピオンズにプロ選手として移籍。翌年には1部 (B1) のシーホース三河に移籍し、自身初のB1挑戦となった。
北間 優衣(きたま ゆい、1994年10月6日 - )は、日… 北間 優衣(きたま ゆい、1994年10月6日 - )は、日本の女子車いすバスケットボール選手。ポジションはガード。女子車いすバスケットボールチーム「カクテル」所属。車いすバスケットボール女子日本代表選手。 兵庫県伊丹市出身。先天性の二分脊椎症で3歳の時から車いすを使用していたが、学校では周囲の理解があって体育の授業等もすべて出席し、運動は好きだった。中学1年生の時、マネージャーをしていたバスケットボール部顧問から伊丹スーパーフェニックスを紹介され、車いすバスケットボールを始める。伊丹スーパーフェニックスのチームメイトの紹介で女子チーム「カクテル」にも入団。伊丹高校1年生の時、車いすバスケットボール女子日本代表に選出され、2010年アジアパラ競技大会に出場。
木下 勲(きのした いさお、1994年4月7日 - )は、日… 木下 勲(きのした いさお、1994年4月7日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。LEBオロ(スペイン2部)のABカステリョー(英語版)所属。ポジションはポイントガード。兵庫県西宮市出身。関西学院大学在学中。 関西学院高等部で1年次よりインターハイ出場、2年次にはウィンターカップにも出場した。 3年次となる2013年の1月にナショナル・バスケットボール・リーグのトライアウトを受験し、和歌山トライアンズの勧誘を受ける。同年4月に関西学院大学法学部に進学した木下は、大学に籍を置いたままトライアンズと契約し、日本男子バスケトップリーグ初の現役大学生選手となった。11月2日に公式戦に初めて出場を果たした。
河谷 昇悟(かわたに しょうご、1994年〈平成6年〉2月2… 河谷 昇悟(かわたに しょうご、1994年〈平成6年〉2月20日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。兵庫県西宮市出身。近畿リーグ・BUBBLES所属。 定時制高校出身の人物として初のプロバスケットボール選手である。 定時制高校の兵庫県立西宮香風高等学校を卒業。在学中は全国高等学校定時制通信制バスケットボール大会で優勝を経験している。ベスト5受賞。 2015年7月に和歌山トライアンズに入団。1シーズン在籍後、2016年7月からは地元の西宮ストークスに練習生として在籍している。
野本 建吾(のもと けんご、1992年4月25日 - )は、… 野本 建吾(のもと けんご、1992年4月25日 - )は、兵庫県出身のバスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。身長200cm、体重99kg。 B.LEAGUEの川崎ブレイブサンダースに所属している。 2013年・2015年にはユニバーシアード日本代表、2014年・2016年には日本代表、2017年にはU-24日本代表に選ばれた。 兵庫県尼崎市出身。尼崎市立小園小学校4年生の時に、父の勧めでバスケットボールを始める。地元の中学校に進んだが、1年次の6月にはバスケットボールの強豪として知られていた北陸高校の付属中学校に転校する。 そのまま北陸高校に進学し、1年次より同級生の坂東拓とともにベンチメンバーに入る。
藤永 佳昭(ふじなが よしあき、1992年〈平成4年〉4月1… 藤永 佳昭(ふじなが よしあき、1992年〈平成4年〉4月10日 - )は、日本のプロバスケットボール選手である。兵庫県神戸市出身。ポジションはポイントガード。 北陸高校から東海大学に進学。卒業後、アースフレンズ東京Zに入団。2016年、名古屋ダイヤモンドドルフィンズに移籍。2018年、千葉ジェッツに移籍。 2022年オフ、アルバルク東京に移籍。 2023年、秋田ノーザンハピネッツに移籍。秋田では怪我のため出場機会がわずかであった。 2024年、富山グラウジーズに移籍。
道原 紀晃(どうはら のりあき、1989年〈平成元年〉9月7… 道原 紀晃(どうはら のりあき、1989年〈平成元年〉9月7日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。兵庫県神戸市出身。B.LEAGUEの神戸ストークス所属。ポジションはポイントガードまたはシューティングガード。 神戸市立春日野小学校、神戸市立葺合中学校、神戸市立科学技術高等学校、大阪商業大学を卒業後、2012年に兵庫ストークスに入団。以来、ストークスのフランチャイズプレイヤーとして活躍している。 左利きのプレイヤーで、細身でフィジカルはないが、それを高精度の外角シュートとハンドリングで補っている。2017ー2018シーズンには新たにPGのポジションも務め、プレーの幅を広げた。[要出典]
桝本 純也(ますもと じゅんや、1988年7月25日 - )… 桝本 純也(ますもと じゅんや、1988年7月25日 - )は、兵庫県出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。バンビシャス奈良所属。 西落合中学校、神戸市立科学技術高等学校を経て大阪体育大学に進学。4年生時の2011年関西学生バスケットボール選手権大会でベスト4入りし、優秀選手賞を受賞。同大会の得点ランキングで3位、スリーポイントシュートランキングで4位。関西学生リーグ(2部)でも優秀選手賞を獲得。 卒業後、ライジング福岡、大分ヒートデビルズ、宮崎シャイニングサンズの九州3球団トライアウトを経て、福岡に加入した。。2012-13シーズンはレギュラーシーズン26試合に出場し出場時間217分、スリーポイントシュート61本試投し、22本を決めた。
谷 直樹(たに なおき、1988年7月3日 - )は、日本の… 谷 直樹(たに なおき、1988年7月3日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。兵庫県川西市出身。B.LEAGUEの神戸ストークス所属。ポジションはスモールフォワード。兵庫ストークス (現: 神戸ストークス) の創設メンバーであり、長期にわたり在籍していることからミスターストークスと呼ばれる。
高松 英二(たかまつ えいじ、1988年〈昭和63年〉7月2… 高松 英二(たかまつ えいじ、1988年〈昭和63年〉7月2日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。兵庫県加古川市出身。現役時代のポジションはガード、フォワード。 加古川市立鳩里小学校から加古川市立加古川中学校、育英高等学校を経て京都産業大学へ進学。卒業後、2011年に兵庫ストークスに入団。 2014年1月、契約解除。
松崎 賢人(まつざき けんと、1988年〈昭和63年〉5月1… 松崎 賢人(まつざき けんと、1988年〈昭和63年〉5月17日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手、解説者。兵庫県相生市出身。現役時代のポジションはポイントガード。2011年に兵庫ストークスの初年度メンバーとしてプロ入りし、JBL2でMVPを獲得するなど、長くストークスで活躍した。2024年に現役引退。現在は神戸ストークスU18ヘッドコーチ。JBA公認B級コーチライセンス保有。 相生市立那波小学校の2年生ごろからバスケットボールを始める。その時からポジションはガード一筋である。相生市立双葉中学校、育英高等学校を経て拓殖大学に入学。卒業後、合同トライアウトを受けるも不合格となったが、2011年に故郷の兵庫県に誕生した兵庫ストークスに誘われて入団した。
青木 節子(あおき せつこ、1986年12月10日 - )は… 青木 節子(あおき せつこ、1986年12月10日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。愛媛県出身。ニックネームは「テン」。ポジションはセンターフォワード。178cm、63kg。 夙川学院高校からトヨタ自動車に入社。 2010年、エバラヴィッキーズに移籍。
中濱 達也(なかはま たつや、1986年8月3日 - )は、… 中濱 達也(なかはま たつや、1986年8月3日 - )は、兵庫県出身の元男子バスケットボール選手。背番号は14。 土浦日大高校から東海大学を経て、日立に入社。(西村文男と同期入団。) 2002年の茨城インターハイでは3位。 2009年のユニバーシアードで日本代表に選ばれる。 2014年オフ引退。
濱田 卓実(はまだ たくみ、1985年〈昭和60年〉1月14… 濱田 卓実(はまだ たくみ、1985年〈昭和60年〉1月14日 - )は、日本の元バスケットボール選手。兵庫県神戸市出身。現役時代のポジションはフォワード。 神戸村野工業高等学校から京都産業大学を経てパナソニックに入社。 2009年ユニバーシアードの代表候補に選ばれた。 同年の東アジア大会で初のA代表入り。
正中 岳城(しょうなか たけき、1984年〈昭和59年〉9月… 正中 岳城(しょうなか たけき、1984年〈昭和59年〉9月15日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。兵庫県加古川市出身。現役時代のポジションはポイントガード/シューティングガード。 小学5年生頃からバスケを始めた。兵庫県立明石高等学校時代は点取り屋だったが、青山学院大学時代にPGをして成長。[要出典] 2007年にトヨタ自動車アルバルクに入団。2007年に行われたユニバーシアードでも代表選手として参加し4位入賞を果たした。[要出典] 現在は香川ファイブアローズに所属している岡田優介とは、大学時代から、岡田が2014年につくばロボッツに移籍するまで、同じチームでプレーをしていた。 2009年、アジア選手権で日本代表に選出される。
菊池 宏之(きくち ひろゆき、1983年12月13日 - )… 菊池 宏之(きくち ひろゆき、1983年12月13日 - )は、兵庫県尼崎市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。身長192cm、体重83kg。 尼崎市立立花中学校在籍中の13歳の時に漫画・SLAM DUNKと兄の影響でバスケットボールを始める。 1999年4月、尼崎市立尼崎高校に進学。3年生時には主将を務め、2001年インターハイに出場して初戦突破している。 2002年4月に進学した京都産業大学では1年生時よりレギュラーを獲得し、第29回関西学生選手権で最優秀新人賞を受賞、リーグ戦の優勝にも貢献した。2年生時の2003年新人戦でも最優秀新人賞を受賞。3年生時の2004年は第31回関西学生選手権で2年ぶりの優勝に貢献し、優秀選手賞を受賞。
長尾 強司(ながお きょうじ、1983年〈昭和58年〉7月7… 長尾 強司(ながお きょうじ、1983年〈昭和58年〉7月7日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。兵庫県淡路市出身。現役時代のポジションはポイントガード。 神戸市立御影工業高等学校、阪南大学を経て、横浜ギガスピリッツに入団。2006年、横浜ギガスピリッツを退団後、高松ファイブアローズの練習生となる。2008年から2009年にかけては高松市の一般クラブチーム(高商OB)に在籍し、国体の香川県選抜チームのメンバーに選ばれた。2009年8月、再び高松ファイブアローズの練習生となり、2009年9月に選手契約を結んだ。2011年1月退団。 2011年3月、同年秋よりJBL2に新規参入する兵庫ストークスのトライアウトに合格し入団。
大西 崇範(おおにし たかのり、1983年4月3日 - )は… 大西 崇範(おおにし たかのり、1983年4月3日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。兵庫県加古川市出身。ポジションはパワーフォワード。身長195cm、体重100kg。2005年にパナソニックトライアンズに入部、2013年からは東芝ブレイブサンダース神奈川に移籍し、2015-16シーズンを最後に引退した。 両荘中学校、育英高校を経て日本体育大学に進学。インカレを経験する一方、ユニバーシアード日本代表に選出される。日本体育大学グリズリー2005年キャプテン。 卒業後、松下電器に入社。 2006年バスケットボール世界選手権の日本代表候補に選ばれた。 2007年にはユニバーシアード代表に選出される。
田中 悠太(たなか ゆうた、1982年2月18日 - )は、… 田中 悠太(たなか ゆうた、1982年2月18日 - )は、兵庫県出身のバスケットボール選手である。ポジションはSG。背番号34。186cm、78kg。 東洋大姫路高校から大阪経済大学、大阪ディノニクスを経て、2006年に日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)の高松ファイブアローズ入団。 2007年、日本バスケットボールリーグ2部機構の豊田通商ファイティングイーグルスに移籍。2010/2011シーズン終了後に引退。
大西 裕之(おおにし ひろゆき、1981年9月2日 - )は… 大西 裕之(おおにし ひろゆき、1981年9月2日 - )は、兵庫県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはフォワード。背番号31。195cm、80kg。 永山中から国立高校へ進学。3年次には熊本国体で第3位となる。 卒業後は電気通信大学を経て、2004年エクセレンスに入団。クラブ選手権3位に貢献。 2005年にbjリーグが発足され、仙台89ERSよりドラフト2巡目指名を受け入団。 2007 - 08シーズン、日本バスケットボールリーグに新規参入するレラカムイ北海道に移籍。 2008年、アイシンシーホースへ移籍。2012年引退。
榊原 紀子(さかきばら のりこ、1978年8月4日 - )は… 榊原 紀子(さかきばら のりこ、1978年8月4日 - )は、兵庫県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「キコ」「キング」。ポジションはフォワード。175cm。父は元プロ野球選手の榊原良行。「花の78年組」の一人。
永山 誠(ながやま まこと、1977年〈昭和52年〉12月2… 永山 誠(ながやま まこと、1977年〈昭和52年〉12月21日 - )は、日本の元バスケットボール選手。兵庫県尼崎市出身。現役時代のポジションはポイントガード兼シューティングガード。役職はヘッドコーチ。トライアンズ.EXE所属。株式会社トライアンズ代表。 尼崎市立園田中学校で全国大会に出場。 高校バスケの名門、京都・洛南高等学校で1年生時から活躍、2年生以降はエース、3年生時にキャプテンとなり、3年間にわたり数回の全国ベスト4を含む上位進出に貢献。 3年生時には全日本ジュニアでもキャプテンを任される。 また、3年生時のウィンターカップで身長181cmながらダンクコンテスト優勝。 大学でも名門・日本大学で活躍。
慶山 真弓(よしやま まゆみ、1976年7月4日 - )は、… 慶山 真弓(よしやま まゆみ、1976年7月4日 - )は、兵庫県出身の女子バスケットボール選手。身長183cm。ポジションはセンター。2009年に引退。現在はパーソナルトレーニングジムを運営している。 甲子園学院高校から、シャンソン化粧品に入社。バスケット部に入部し、主力として活躍。シャンソン黄金時代を支えた。 また、全日本にも選ばれ、1998年の世界選手権及びアジア大会に出場し、アジア大会では金メダルを獲得した。 2003年、WIリーグのアイシン・エィ・ダブリュのアイシン ウィングスに移籍。2006年にはWリーグ昇格に導いた。 2009年に引退しその後、人材育成部に所属し、新入社員教育やリーダーシップ教育など担当。
出口 実(でぐち みのる、1972年7月4日 - )は、兵庫… 出口 実(でぐち みのる、1972年7月4日 - )は、兵庫県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。 北陸高校では1年次に3年生でキャプテンであった佐古賢一らとともにインターハイ優勝を経験し、さらに名古屋で開催されたアジアジュニア選手権日本代表に選ばれ、優勝に貢献。 その後、筑波大学に進学し在学中は2年から日本学生選抜に選出される。 社会人では河内敏光率いる三井生命に入社し2年目からは日本代表のスターターとして活躍。 高校時代から長身ながら柔らかいプレイと正確なミドルショットを得意とし、日本代表では3Pも放つ走れる大型長身フォワードとして活躍した。 1997年東アジア大会に出場。
久保田 久美(くぼた くみ、現姓:渡邊、1961年10月30… 久保田 久美(くぼた くみ、現姓:渡邊、1961年10月30日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。 和歌山県出身。大阪府枚方市立津田中から甲子園学院高校に進学し、全国高校総体で準優勝した。その後、日本リーグのシャンソン化粧品に所属し、1985-86シーズンに日本リーグMVPを獲得している。全日本にも選ばれ、1983年世界選手権に出場した。主将も務めている。引退後は元熊谷組の渡邊英幸と結婚。1男1女の母親となり、娘の渡邊夕貴はWリーグのアイシン・エィ・ダブリュに所属した元バスケットボール選手、息子の渡邊雄太はNBAで6シーズンプレーしたプロバスケットボール選手。
大山 春美(おおやま はるみ、1959年2月26日 - 20… 大山 春美(おおやま はるみ、1959年2月26日 - 2018年9月)は、日本の元バスケットボール選手。ポジションはフォワード。身長172cm。 尼崎市立小田南中学校入学時よりバスケットボールを始め、甲子園学院高校の時には1年生からレギュラーとして総体などで活躍した。 1977年シャンソン化粧品に入社。中川文一監督(当時)の元で1年目は出場機会に恵まれたが、その後膝の負傷などで手術を受け約1年半リハビリを続け、1979年に復帰。 1983年、キャプテンとして臨んだ第16回日本リーグでシャンソンの初優勝に貢献しMVPも受賞。その後左足の靭帯断裂に見舞われたがそのシーズンは最後まで出場し続け、オールジャパンと日本リーグの二冠を達成した1984年に引退した。
沼田 宏文(ぬまた ひろふみ、1951年8月15日 - 20… 沼田 宏文(ぬまた ひろふみ、1951年8月15日 - 2022年12月28日)は、兵庫県出身のバスケットボール選手・指導者である。ポジションはセンター。現役当時は204cmの長身から「ジャンボ沼田」と呼ばれていた。 加古川東高から同志社大学に進学。1970年インカレ準優勝を果たし、1972年ミュンヘン五輪に出場。 卒業後は、松下電器に入社。選手として7度の日本リーグ優勝に貢献、新人王も獲得しベスト5も5度受賞する。1976年にはモントリオール五輪代表となる。 引退後は1997年にバスケット部部長に就任。 2002年から2003年には日本協会男子指導部長も務めた。 2007年、母校である同大バスケットボール部監督に就任。
藤本 裕(ふじもと ゆたか、1950年12月21日 - 20… 藤本 裕(ふじもと ゆたか、1950年12月21日 - 2001年10月31日)は、日本のバスケットボール選手・指導者である。別名「日本のパット・ライリー」(北原憲彦談)。 育英高校から大阪商業大学に進学、卒業後の1973年に日本鋼管に入社。日本リーグ新人王を獲得。 1976年のモントリオールオリンピックに全日本として参加。 引退後、日本鋼管の監督に就任。毎年オフにはアメリカでスカウト活動を行い、NBAには及ばないが戦力として可能性のある選手を発掘する。エリック・マッカーサーもその1人である。 さらに日本人も阿部理らをスカウトした。 晩年はデンソーの監督を務めた。
テーブス 流河(テーブス るか)は、兵庫県神戸市出身のバスケ… テーブス 流河(テーブス るか)は、兵庫県神戸市出身のバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。父はバスケットボール指導者のBT・テーブス、兄はプロバスケットボール選手のテーブス海。 報徳学園高等学校では1年時から出場機会を得て、同年冬の第73回全国高等学校バスケットボール選手権大会(ウインターカップ)に出場した。2年夏の令和3年度全国高等学校総合体育大会(インターハイ)にも出場し、主力として活躍。同大会終了後にアメリカ留学を決断し、かつて兄の海が在学していたノースフィールド・マウントハーモン・スクール(英語版)へ編入した。 2022年より、ザ・ニューマン・スクール(英語版)へ転校した。