岡江 美希(おかえ みき、1971年12月2日 - )は、日… 岡江 美希(おかえ みき、1971年12月2日 - )は、日本のニューハーフであり、美容研究家。本名は多田美希。 兵庫県南あわじ市福良乙出身。18歳の時に家出し、大阪の「Jack and Betty」でダンサーとして働く。この頃、岡江久美子に憧れて「岡江」という苗字を名乗るようになり、22歳になると性別適合手術を受けた。 1996年(平成8年)、有限会社トリプルサンを設立。2001年(平成13年)、外科医・土屋繁裕とともに化粧品「エポラーシェ」を発売。2003年(平成15年)、トリプルサンを「株式会社」に改組。2005年11月から、ショッピング専門チャンネル「ショップチャンネル」に出演。2007年(平成19年)5月、京都市四条河原町に初のオフィシャル店「Triplesun Shop」を開業。
阿古 真理(あこ まり、1968年 - )は、日本の生活史・… 阿古 真理(あこ まり、1968年 - )は、日本の生活史・食文化研究家、ノンフィクション作家。 くらし文化研究所を主宰している。 兵庫県西宮市で生まれる。1981年4月 神戸女学院中学部入学。1987年3月 神戸女学院高等学部卒業。神戸女学院大学文学部総合文化学科を卒業後、広告制作会社にコピーライターとして勤務。 1996年 フリーライターとして活動を開始し、情報誌や広告分野の仕事を手掛ける。1999年 東京都に活動拠点を移す。 2001年 『AERA』(朝日新聞社)で執筆活動を開始し、以後ノンフィクション分野を活動の軸に据える。 2004年 自身初の単著となる『ルポ「まる子世代」』を出版。2018年 料理家の有賀薫らと新しいカテイカ研究会を創設。
大西 賞典(おおにし しょうすけ、1962年3月31日 - … 大西 賞典(おおにし しょうすけ、1962年3月31日 - )は、兵庫県加古川市出身の防災研究家・防災伝道師・防災アドバイザー。 本業は、兵庫県加古川市にある有限会社ごくらくや佛檀店(創業:慶応4年)専務取締役、仏具や漆器製作の工芸家(2015年には兵庫県からの依頼で皇太子への献上品も製作)でもある。 阪神・淡路大震災以降、地域防災、市民防災等、一般市民がやらなければならない防災研究を20年以上継続する、地域防災・市民防災研究のパイオニア。 全国での講演活動から各地における防災活動・減災活動に意識改革・意識革命を起こす防災活動家、防災研究家。 著書「非常持ち出し本・DIB」は国会図書館をはじめ全国の行政機関や防災研究機関にも採用される。
熊谷 真菜(くまがい まな、1961年10月14日 - )は… 熊谷 真菜(くまがい まな、1961年10月14日 - )は、日本の生活文化研究家、食文化研究家、日本コナモン協会会長、フードマーケティングデザイナー。一般社団法人全日本・食学会理事。 兵庫県西宮市出身。地元西宮では、たこ焼きといえば明石焼き(あかしやき、地元では玉子焼、卵焼きと呼ぶことが多い)のことであった。子どものころ、大阪の屋台で初めてソース味のたこ焼きを食べて驚愕。大阪のたこ焼きと明石焼きの違いに素朴な疑問を感じ、たこ焼きに興味を持つ。これが後年、日本文化・生活文化の研究テーマとして、食文化としてのたこ焼き研究に挑む契機となった。[要出典] 高校時代から、京都学派の拠点のひとつでもある社団法人現代風俗研究会(1976年9月発足、初代会長・桑原武夫)に所属していた[要出典]。
寺田 裕一(てらだ ひろかず、1960年 - )は、日本の鉄… 寺田 裕一(てらだ ひろかず、1960年 - )は、日本の鉄道研究家、鉄道写真家、会社員。京阪電気鉄道勤務。 兵庫県姫路市出身。京都府京田辺市在住。 1960年(昭和35年)、兵庫県姫路市にて生まれる。1979年(昭和54年)、兵庫県立姫路西高等学校を卒業後に上京し、慶應義塾大学商学部に入学。同学部では藤井弥太郎研究会の一員として、交通経済学を専攻していた。 1983年(昭和58年)、同校同学部を卒業し近畿に戻り、京阪電気鉄道に入社する。14年後の1997年(平成9年)に京阪友の会に出向し、同社の取締役を務める。その後京阪電気鉄道に戻り、流通開発部課長を歴任。その後京阪カードに出向し、同社常務取締役を務め現在は同社代表取締役社長である。
金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2… 金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2013年8月30日)は、日本のサイエンスライター、SF研究家。有限会社コンタクト代表取締役、古脊椎動物学会(英語版)会員、宇宙エレベーター協会名誉会員[4]、ハードSF研究所所員[5]、CONTACT Japan 会員、宇宙作家クラブ会員[6]。
ゆうむ はじめ(1955年11月9日 - )は、日本のオカル… ゆうむ はじめ(1955年11月9日 - )は、日本のオカルト研究家、謎本ライター、小説家。 西風隆介(ならい りゅうすけ)名義で小説も執筆している。 兵庫県神戸市出身。鳥取大学農学部農芸化学科卒業後、丸の内にある商社に就職し、サラリーマンとして4年間勤務したのち、「オカルト現象は科学の領域で説明できる」という信念を抱いて、超能力や霊、気功等を研究する傍ら、東京サザエさん学会に対抗して、「サザエさん」についての研究をするための組織「世田谷サザエさん研究会」を立ち上げ、著書「サザエさんの秘密」「サザエさんの悲劇」など(以上データハウス刊)を刊行、東京サザエさん学会の研究を痛烈に批判し、週刊文春で東京サザエさん学会のメンバーが「恥を知れ!!世田谷サザエさん研究会」なる反論記事が取り上げられるなどして、論争になったことでも知られた。
あいはら 友子(あいはら ともこ、1954年7月14日 - … あいはら 友子(あいはら ともこ、1954年7月14日 - )は、日本の女優、株式研究家、画家。日本テクニカルアナリスト協会公認テクニカルアナリスト。高野山真言宗僧籍・高野山宝亀福寿会理事。本名、高木(旧姓・原) かよ子。
岡庭 加奈(おかにわ かな、1953年 - )は、日本の西洋… 岡庭 加奈(おかにわ かな、1953年 - )は、日本の西洋占星術研究家。アメリカ占星術協会(AFA)会員。(社)日本写真協会会員。日本風景写真協会会員。(社)日本地震学会会員。兵庫県神戸市生まれ。聖心女子学院初等科・中等科・高等科、聖心女子大学文学部卒業。所属事務所はスカイコーポレーション。有限会社ミィーボート代表取締役。 1966年の中学一年の時にアストロロジー(占星学)に関心を持ち、1983年に研究用ツールの研究開発を始める。 1996年に西洋占星術支援ソフトMIIBOATが収録されたフロッピーディスク付きの「Windows版ソフトによる占星学教室」を刊行した。
山口 崇(やまぐち たかし、1936年11月17日 - )は… 山口 崇(やまぐち たかし、1936年11月17日 - )は、日本の俳優・テレビ司会者・長唄三味線奏者・民話研究家。本名:山口 岑芳(たかよし)。兵庫県三原郡阿那賀村(現:南あわじ市)出身。所属事務所はオフィス天童。長男は長唄唄方の杵屋巳津也(山口太郎)。長女は長唄三味線方の杵屋 巳織(きねや みおり)(山口由紀)。
田隅 恒生(たすみ つねお、1931年 - 2019年)は、… 田隅 恒生(たすみ つねお、1931年 - 2019年)は、日本の中東近代史研究家。 兵庫県出身。兵庫県立芦屋高等学校卒、1954年京都大学法学部卒業。丸紅に勤務。その間テヘラン、ニューヨーク、マニラに駐在。丸紅紙業を経て、1993年退職。 T・E・ロレンスの『知恵の七柱』を完訳した。
山田 修(やまだ おさむ、1929年1月31日- )は、日本… 山田 修(やまだ おさむ、1929年1月31日- )は、日本の建築家、韓国古文化研究家。 兵庫県伊丹市出身。1950年神戸工業専門学校卒。大阪市立工芸高等学校教諭。韓国古文化研究会主宰。1979年日本建築士連合会長賞受賞。大阪市立大学生活科学部・大阪市立デザイン教育研究所講師。修(しゅう)建築事務所主宰。伊丹市図書館協議会委員、伊丹市美術館協議会委員。1987年韓国観光公社賞、1998年釜山広域市建築士会功労牌、2002年駐大阪大韓民国総領事感謝状。
土居 晴夫(どい はるお、1923年(大正12年)5月6日 … 土居 晴夫(どい はるお、1923年(大正12年)5月6日 - 2018年(平成30年)2月16日)は、日本の歴史家、坂本龍馬研究家。龍馬の甥にあたる坂本直寛の孫。 兵庫県神戸市生まれ。報徳商業学校(現在の報徳学園)卒。神戸市職員、八代学院大学(現・神戸国際大学)講師。神戸史学会、土佐史談会、高知海南史学会に所属。龍馬研究会顧問・東京龍馬会顧問・愛媛龍馬会顧問を歴任した。
後藤 文利(ごとう ふみとし、1920年 - 1993年10… 後藤 文利(ごとう ふみとし、1920年 - 1993年10月12日)は、日本の経済学者・経済思想史研究家。 神戸市生まれ。兵庫県第二神戸中学校(「神戸二中」、現在の兵庫県立兵庫高等学校)卒業。兵庫県立神戸高等商業学校(のちの神戸商科大学、現在の兵庫県立大学)を経て神戸大学卒業。指導教官は福田徳三門下の宮田喜代蔵。近畿大学商経学部元教授。思想の科学研究会会員。 マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』におけるカルヴァン派に相当するものが、日本における浄土真宗であると考え、『真宗と資本主義』(所書店、1973年)を著した。また恩師と同じ福田門下である大熊信行の着想を展開させた『配分の経済学』(同文館出版、1977年)を出版した。
織田 重治(おだ しげはる、1917年(大正6年)6月29日… 織田 重治(おだ しげはる、1917年(大正6年)6月29日 - 1995年(平成7年))は、大阪通管工業所の創業者で、アマチュアの古代史研究家。フィギュアスケート選手・織田信成の祖父。 兵庫県神戸市生まれ。1966年(昭和41年)家庭用下水配管の洗浄業を大阪市浪速区桜川で個人経営として創業。1968年(昭和43年)4月、家庭用下水配管の洗浄業を有限会社大阪通管工業所に改組する。 1983年(昭和58年)大阪医科大学の解剖学実習のための献体組織「さつき会」の初代会長となる。1985年(昭和60年)3月、「好太王碑文」の改竄説否定と碑文の再解析のために、古田武彦に従い藤田友治ら21名と訪中して「好太王碑」の現地調査を行う。
三橋 一夫(みつはし かずお、1908年8月27日 - 19… 三橋 一夫(みつはし かずお、1908年8月27日 - 1995年12月14日)は、日本の作家、健康研究家。 兵庫県神戸市生まれ。本名・敏夫。父親の三橋信三は三菱倉庫に勤務で、後、同社社長、三菱本社理事などを歴任。父親の影響で武術をはじめるが、一方で文学少年でもあった。 慶應義塾大学経済学部卒。在学中にヨーロッパへの留学経験がある。1940年ごろから同人誌『三田文学』、『文芸世紀』などに創作を発表し、終戦後の1948年には林房雄の紹介で『新青年』に「腹話術師」が掲載され、商業誌にデビューした。「不思議小説」と銘打った奇妙な作風で好評を博し、同誌の常連執筆者となる。『新青年』1949年6月号から同誌休刊の1950年7月号まで、横溝正史の命名による「まぼろし部落」のタイトルで不思議小説を毎号連載した。
杉原祥造(すぎはらしょうぞう、1883年〈明治16年〉7月 … 杉原祥造(すぎはらしょうぞう、1883年〈明治16年〉7月 - 1926年〈大正15年〉2月)は、日本の刀剣研究家。長年行方不明になっていた数珠丸恒次を再発見した人物として知られる。 1883年(明治16年)7月、兵庫県尼崎市にて生まれる。当初は歯科医を志して大阪にある歯科医院の書生となり、次いで東京にある歯科医専へ進学する。1902年(明治35年)春、19歳の頃に海軍水路部技師を務める傍ら刀剣研究を行っていた神津伯と出会ったことがきっかけで日本刀に魅せられ、歯科医専を中退して刀剣研究に没頭していった。 1918年(大正7年)には國學院大學で刀剣の講義を毎月行なうなど、刀剣研究家として活動するようになる。
平瀬 與一郎(ひらせ よいちろう、安政6年11月11日(18… 平瀬 與一郎(ひらせ よいちろう、安政6年11月11日(1859年12月4日) - 大正14年(1925年)5月25日)は、日本の民間の貝類研究家・貝類収集家・博物家・標本商。それまで欧米の研究者に依っていた日本の貝類学に手をつけた最初の日本人の一人で、日本貝類学史における最重要人物の一人。明治・大正期に精力的に研究活動を行ったが、生来病気がちであったことや、大学などの研究機関に所属せず全ての活動を私財を投じて行っていたこともあり、ついには財力・体力とも使い果たして力尽きた。日本産貝類の全貌究明を夢見ながら途半ばにして倒れた彼が残したのは、貴重な標本類と「日暮れて道遠し…」の言葉とであった。 日本産貝類の基礎的な知識の多くの部分が明治後期-大正初期にかけての彼の活動によって築かれ、間接的には1928年に創立され現在に至る日本貝類学会の源流をも作ったとも言える。
中田 文(なかた ぶん)は、日本の映画監督、アロマ研究家。 … 中田 文(なかた ぶん)は、日本の映画監督、アロマ研究家。 兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。 大学在学中の1981年、寺山修司主宰の演劇実験室天井桟敷による第29回公演『百年の孤独』の台本進行を務め、寺山より映画を撮るよう勧められる。女優活動の後、元P-MODELの秋山勝彦と音楽ユニットELLE NADJA(エルナディア)を結成。パルコモダーンコレクションでのパフォーマンスでデビュー。この頃、散文「天使の不思議流行通信」をペヨトル工房「EOS」誌上で連載。ライブ数回、シングル1枚、カセットブック1冊という短い音楽活動の後、「ニューヨークのファッションブティック」のリサーチに関わる。